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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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百九 長夜の始まり

 
前書き
お待たせしました。
ナルトが若干意地が悪いです。また、いつも通り捏造多数です。ご注意ください!

 

 
夢をみる。

幾度も見た、あの金が倒れゆく光景。
それを彼女は見ることしか出来ない。
止めることも防ぐことも出来ず、ただ己の眼に焼き付ける。

いつもの予知ならばクリアな映像が見えるのだが、殊の外ナルトに関する夢だけはハッキリ見えない。
まるで夢の中で霧が発生しているかのように、おぼろげなビジョン。

それでもその一瞬の光景が彼女の脳裏に強い印象を与える。翳みがかった映像と言えど、否定しようもない衝撃的な事実が彼女にナルトの死を突き付けていた。

鮮血が舞う。ナルトの首元から迸るソレが、彼女の視界を真っ赤に染める。
それは紛れも無く…――。













うっすらと瞼を上げる。
意識を取り戻した途端、紫苑の瞳に飛び込んできたのは夢と同じ色。

血のように真っ赤に焼けた落陽で周囲の木々が紅葉したかのように紅く染まる。
深い森を貫通する斜光の中、夢で見た金色の髪が目の前で揺れていた。

「起きましたか?」
背中で身じろぎしたのを感じ取って、ナルトが声だけを紫苑に寄越した。視線は変わらず前方を見ていて、彼の背中におぶさっている紫苑にはナルトの顔が見えない。

「もうすぐ沼の国に着きます……準備はいいですか?」
「……どうやって、奴らから逃れた?」
ナルトの問いに答えず、紫苑は逆に問い返した。

彼女の意識は、自分の命を狙うクスナ達の術による水龍に追われて高台に登ったところで途切れている。
現状を見る限り、無事にクスナ達の追跡から逃れたようだが、紫苑自身、意識を失っている間に何が起きたのか把握しておきたかった。

「…―――足穂殿が貴女の身代わりになって…」
暫し熟考したナルトは真実をあえて伝えずに過程だけを述べた。

紫苑の心意を知りたいが故の返答に、彼女は激しく反応する。背中越しにも伝わる紫苑の動揺に、ナルトは聊か心苦しく思えど、追及の手を緩めなかった。我儘ぶって本心を明かさない彼女の心の内を暴きたかった。


「――足穂は、馬鹿じゃ」
やがて紫苑が絞り出した声は、酷く冷静なものだった。だが冷たい声音に反して、ナルトの背中に伝わる震えが、彼女の本心を露わにしていた。
「だから、嫌だったのじゃ。自ら死を選ぶような馬鹿を連れて行きたくなどなかった…ッ」

忌々しげにそう吐き捨てる紫苑がわざと冷酷なふりを装っていることなど、ナルトは察していた。けれど、わざと「…本当に、何も感じないのか」と非難する。

「……………」
「足穂殿が、誰の為に、命をかけたのか解って言ってるのか」
「――黙れ…っ!黙れッ!!」
激昂した紫苑が激しく頭を振る。ナルトの背から逃れようと彼女は無理やり身を捻った。

木から木へと飛び移っているナルトから降りれば、即座に落下することなど眼に見えている。それなのに、頭に血が上っている彼女はそれすら構わぬとばかりに暴れた。
仕方なくナルトが地へ降り立つと、紫苑は弾かれたようにパッと背中から降りて、脇目も振らず駈け出した。


紫苑はナルトから逃げるように木々の合間を縫うように走る。長くナルトに背負われていたからか、足がもつれ、何度もこけそうになりながらも、彼女は駆けた。

やがて、息を切らした紫苑は、ようやく足を止め、巨大な木の幹に手をつく。
彼女の伏せた顔からは汗だけではない大粒の水滴が落ち、はぁはぁという苦しげな呼吸には嗚咽が雑じっていた。
「近しい者の死が…っ」

自分に追いついたナルトの気配を背中に感じながら、紫苑は木の幹に爪を立てた。
喉が張り裂けんとばかりの、心の底からの叫びが深い森の中こだまする。


「近しい人間が死んで、悲しくない者などおるかァ……ッ!!」


それ以上立っていられなかったのか、そのままずるずると紫苑は崩れ落ちた。長い艶やかな髪が彼女の泣き顔を覆い隠す。
身体をわななかせてうずくまる紫苑を、ナルトは無言で見下ろしていた。

「足穂殿から以前お話をお聞きしました。紫苑様が予知なさるのは大体においてお傍に仕える者達…」
「…その通りじゃ。予知とは巫女の命を守る為の能力。自らの死を察した時、巫女の魂は本体を離れ、過去の自分に死ぬ瞬間の映像を見せる…死ぬ時に見やるは巫女の傍にいる者の姿。だからその者は巫女から予知を聞き、自らが身代わりとなって、巫女の死を防がねばならぬと考えるのじゃ」

要は、時を越える能力が巫女には備わっているのだろう。その一端であるのが『予知』か、とナルトは冷静に推測していた。

「これが巫女の予知の仕組み―――巫女が死ねば、【魍魎】を封印出来る者はいなくなり、遠からず世界は破滅するだろう。だから巫女は、他人を犠牲にしてでも生き残らねばならぬ。生き続けなければならぬ」

紫苑の足元に散らばる落ち葉が濡れてゆく。
その原因が彼女の瞳から零れる大粒の涙だということは明白だったが、紫苑は頑なに泣き顔をナルトに見せなかった。
やがて彼女は歯を食いしばって、泣くのを無理やり押し止める。

「鬼の国の人間、特に巫女を守る付き人達は巫女の命を永らえさせる生贄そのもの……だからこそ、泣く事は許されぬ。今まで私の為に死んでいった者達を冒涜することになるから…」

目線こそ大木の幹に向けられているものの、紫苑の眼は何処か彼方を見ていた。
大木の根元に腰を下ろした彼女は、組んだ腕の中に顔を埋める。雪白の髪がさらりと、瞳に宿る諦観の色を覆った。

「誰が他人の屍の上でのうのうと生きていることを良しとしようか。いっそ、自分が死ねばいいと、何度思ったことか…。しかし、それは許されぬ。私は、【魍魎】を封印出来る巫女は、鬼の国…里の人間を犠牲にしてをも生きていかねばならぬ。そこに私情など関係無い……――これが巫女と我が里の物に与えられた運命」


「…いいのか」
紫苑の震える背中に、ナルトは静かに訊ねた。
「お前はそれで……」

諦念を抱いて寂しげに微笑む紫苑。苦しくても哀しくてもどんなに理不尽な事でも、何もかもを運命と受け入れて諦めているその有り様は、かつての木ノ葉の日向ネジと、そして昔のナルトによく似ていた。

「それでいいのか……紫苑」


今まで敬語を使ってきたナルトからの呼び捨てに、紫苑の心臓が僅かに跳ねる。
思いも寄らぬ言葉を掛けられて、紫苑は困惑して顔を上げた。後ろを振り返った紫苑の目がナルトの目とかち合う。


「――本当に、それでいいのか?」
紫苑に注がれるナルトの眼差しは、酷く切なくて真剣なものだった。























パチパチ、と篝火が闇の中で揺らぐ。
夜間に帰還したクスナ達一同は、揃って黄泉の前で頭を垂らしていた。

輿の上に座していた黄泉が気だるげに自らに従う配下を見遣る。一人足りない事実に、彼はどろんと濁った眼を細めた。

クスナ達の顔が青褪めている事は闇の中でもはっきりと見て取れる。
巫女抹殺の失敗に加え、ギタイまで失ったのだ。大失態である事は間違いなかった。
「申し訳ありません、黄泉様。次こそは…ッ」

深く謝罪するクスナに倣って、他の二人も一様に頭を下げる。
恐々と主を窺うように顔を僅かに上げたクスナの眼前で、最初黄泉は自分の名に何の反応を示さなかった。ややあって、ようやく自分の名かと思い当ったようなその風情に、クスナは目の前の主人がもう、今まで付き従っていた黄泉とは別のモノに成り果てている事実を改めて思い知った。

打ちひしがれているクスナの心中など知らず、黄泉はぼんやりと宙に視線を漂わせる。黄泉の濁った眼窩が見つめるその先から、やがて足音が聞こえてきた。

何者かが近づいてくる気配に、クスナ達が一斉に警戒態勢を取る。何事かと身構えていたクスナは、次第に見えてきた相手の姿に眼を見張った。
「…ッ、生きていたのか!?」

息も絶え絶えで這うように現れたのは、君麻呂との闘いに敗れ崖から転落したはずの、ギタイ。


仲間の生還に歓喜するクスナ達の前、黄泉は何も考えていなさそうな風情で瀕死のギタイを見遣ると、サッと手を翳した。
途端、彼の足元の地面が盛り上がり、ボコボコと音を立ててチャクラ蟲が飛び出てくる。

「出来損ないが…。もう要らぬ」
黄泉の罵り声に従い、蟲が鋭い牙を剥いて、驚くクスナ達の目の前でギタイに襲い掛かった。


既に体力も尽きていたギタイは断末魔を上げることもなく、蟲の猛攻をその身に受ける。
ギタイの手が救いを求めようと伸ばされ、クスナは思わずその手を掴もうとした。けれど、それすら叶わず、ギタイはその場に倒れ伏せ、それきり動かなくなる。


助けを求めにきたのに、黄泉によって逆に殺されたギタイ。

かつての仲間の亡骸を見下ろす三人は引き攣った顔でゴクリと大きく喉を鳴らす。自分に付き従っていた配下をいとも簡単に殺した当の本人は、何事も無かったかのように、しかしながら聊か脅迫じみた声音でクスナ達に命じた。


「…――今度こそ、必ずや仕留めるのだ」

さもないと、次に死ぬのはお前達だ、と言外に伝えられ、クスナ・シズク・セツナは皆、竦み上がる。


ギタイの死を哀しむと同時にクスナは、かつての黄泉の人柄を偲んだ。それがもうどうしようもない過去なのだ、と身に染みたクスナの脳裏に、あの金色が鮮明に浮かび上がる。
金髪の少年――敵であるはずのうずまきナルト。


黄泉に急き立てられ、地を蹴ったクスナの顔は何事か考えているかのようだった。それは、他の二人――シズクとセツナも同様だった。

しかしながら同じ結論を下している二人に反して、一人だけは異なった考えを持っていた。
その異存が浅はかな考えである事実に気づかずに。






















夜の帳がすっかり下り、つつ闇をつき進むナルトの背中で、紫苑はそっぽを向いていた。

足穂がてっきり死んでしまったと思い込んでいた彼女は、ナルトから彼の生存を聞いてすっかり不貞腐れてしまったのだ。

巫女の身代わりになろうとしていた動向を食い止め、足穂の死を防いだと耳にしてほっと胸を撫で下ろした後、それから徐々に紫苑の機嫌は降下してゆく。
色々情けないところを見られたと、彼女はナルトを恨みがましく睨みつけ、先ほど視た【予知】の内容を言い放ってやった。

「新たな予知じゃ」
意識を取り戻す前に視た夢。ナルトの首元から迸る血が紫苑の瞼の裏で静かに弧を描く。
「お前は、首をはねられ、死ぬ」


ちょっとした意趣返しのつもりだったが、ナルトは堪えた様子もなく「はは、それは怖いな」と笑った。微塵も怖がっていないその反応に、紫苑のほうが戸惑って、やがてむすっと唇を尖らせた。
「そんな事より。着きましたよ、紫苑様」

自分の死をそんな事、と一蹴して、ナルトが荒れ果てた崖の下方へと視線を促す。彼の目線を追った紫苑は、自分達がいる岩場から聊か離れた所に設けられている社を見つけた。

岩で造られた小さな社の前で、注連縄から下がる紙垂がひらひらと揺れている。祠の手前に広がる荒れ地にはボコボコとした大きな岩がいくつも並んでいて、不気味なほど寂然としていた。

「あそこが入口でしょう」
「よく知っているな。来たことがあるのか?」
「いや。なんとなく」

ただの勘か、と紫苑は呆れ返って、またもやそっぽを向く。おぶさっている身、彼女にはナルトの顔が見えない。
表面上涼しい顔をするナルトは、その実、自分の内にいる【零尾】の暴走を無理やり抑え込んでいた。


沼の国の祠に近づくにつれ、身体の中で零尾が暴れ回る。その原因が【魍魎】の莫大な妖気によるものだとナルトは察していた。
普段ナルトの中で大人しくしている零尾が、【魍魎】の他の闇を促進させる妖気に反応している事は明白だった。

だがその反面、零尾の暴走が激しくなるに従って、ナルトは【魍魎】の位置を把握する事が出来る。よって沼の国の祠が、あの崖に設けられた社だと解ったのである。


「……その話し方、止めろ」
とうとう沼の国の祠に着いたのか、と感慨めいたものを感じると共に、紫苑は不満げにナルトを睨んでやった。

「失礼致しました。不作法でしたね」
「違う、逆じゃ。敬語を止めろと言っておるのじゃ」
首を捻って不思議そうに此方を見遣るナルトから、紫苑は顔を逸らした。
「紫苑、でいい」

即座に荒々しい口調で、紫苑は言い訳した。一語一語区切って怒鳴る。
「お前に、丁寧な口調で話されると、なんだか、気味が悪いのじゃ!普通に話せ!!」
「ですが、雇われている身…」
「雇い主は私じゃ!主の言う事が聞けぬのか!!」

紫苑の久方ぶりの我儘に、ナルトは一瞬呆気にとられた。不思議そうにしながらも、気を許されたような心地がして、ふっと口許に微笑を湛える。

「仰せのままに――――紫苑」


顔を赤くして再びそっぽを向く紫苑を背負い直して、ナルトは軽く跳躍した。
急に岩場から飛び出したナルトに驚いて、彼の背中に慌ててしがみついた紫苑が尖った声を上げる。
「う、うわっ!なにを…―――」

紫苑の非難染みた文句は、祠の前に広がる荒地から次々と姿を現したソレらの正体によって、途切れた。

先ほどナルトが立っていた場所の岩が崩れて、中から何かが立ち上がる。同じく、荒涼とした岩場のあちこちから、ザラザラと砂を零しながら幾つもの影が現れてくる。


砂煙に塗れながら岩だとばかり思っていたソレらは、古代の武人を象った青銅の石像。
辺り一面を覆うほどの数多の兵馬俑が、ナルトと紫苑の行き先を遮るように埋め尽くしていた。


(結界から逃れてきた幽霊軍団の一部か…ッ)
周囲を石像に囲まれながら、ナルトはチッと舌打ちした。

鬼の国の遺跡周囲に張った結界の中に、幽霊軍団のほとんどは閉じ込めた。だが、おそらく【魍魎】自らが力を与えた石像だけは結界から抜け出ていたのだろう。
結界内に残った幽霊軍団の相手は再不斬達に任せているので、元々の幽霊軍団の数を考えるとこれでもほんの一部だ。

思うに現在目の前に立ち塞がるこれらの武人は、【魍魎】の命令により、この沼の国の祠に近づけさせないよう命じられ、岩に模して待ち伏せていたのだろう。
しかしながら、結界を抜けたという事はつまり、鬼の国の遺跡に残る武人より強い事は否めない。


ズシンズシン、と音を立てて近づく幽霊軍団がナルトと紫苑を踏み潰そうと迫り来る。砂煙の中、兵馬俑それぞれの眼に宿る剣呑な光が不気味に浮かび上がった。

「どうする?」
「このまま、行く」

紫苑の問い掛けに端的に答えて、ナルトが高く跳躍する。そのまま一気に祠目掛けて駆けたナルトの背に、紫苑はしがみついた。

しかし、一体の石像がその手に持つ槍を振るう。槍は紫苑の襟元に留められた鈴の留め具を引っ掻いた。
母の形見である大事な、鈴。


宙に放り出された鈴を掴もうと紫苑が大きく身を乗り出す。その拍子に、ナルトの背にしがみついていた手がするりと外れ、紫苑は空中に放り出された。

その背後に広がるのは、岩場の端にある深い谷。


急に消えた背中の重みに、ナルトが肩越しに振り返って手を伸ばす。
同じように紫苑が伸ばした指先が鈴を捕らえた。ナルトの手が宙を掴む。




手に鈴を包み込んだまま、紫苑は為すすべもなく、谷底に広がるつつ闇に吸い込まれていった。

 
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