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テキはトモダチ

作者:おかぴ1129
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11. あなたと空を駆け抜けたくて(後) 〜赤城〜

 作戦場所は演習場。ここで戦闘機の操縦をしてくれる妖精さんを交え、3人で作戦を遂行する。

 作戦はこうだ。私が妖精さんが乗った戦闘機を超低空で射出。戦闘機はそのまま海上で待機している子鬼さんに向かって低空で飛行。子鬼さんはすれ違いざまに戦闘機に取り付けられたタラップをつかみ、戦闘機はそのまま上昇。こんな感じだ。

「いいですか? これは妖精さんの操縦技術と子鬼さんのすばしっこさと正確性……そしてチームワークが問われます」
「キャッキャッ!」

 作戦前のブリーフィングを波打ち際で行う。私の説明を子鬼さんは歯茎を全面に出しながら聞き、妖精さんは至極真剣な眼差しで敬礼をしながら聞いていた。妖精さんの表情はやる気に満ちている。子鬼さんの表情はいつもと変わらないが、その眼差しは少しだけワクワクが込められているように見えた。

「ではいきましょう! 各自、配置に着いてください!」
「キャァァアアアア!!」

 はじまりの合図として、私はパンと手を叩く。妖精さんはそのままの真剣な眼差しで私に敬礼を向けた後、子鬼さんと握手をして戦闘機に乗った。子鬼さんは妖精さんと握手をした後、しばらくこっちをジッと見て……

「……」
「……」
「必ず成功させますよ!」
「キヤァァアアアア」

 元気いっぱいに海上に出て行った。

「みんなー! がんばるのですー!!」
「がんばるクマー!!」
「おー! がんばれよー!!」

 電さんたちが少し離れたところから声援を送ってくれた。言われずとも必ず成功させる。子鬼さんに、美しい世界を見せてあげるんだ。私は艤装を取り付け、静かに海面に立った。冷たい風が頬をなでてくれる。心地いい冷たさが、私のドキドキをさらに加速させる。

「いい風ですね。波も穏やかになった……準備はいいですか!?」

 私から離れた場所にいる子鬼さんに声をかけた。遠くから『キヤァアアアア!』という、子鬼さんの叫び声が聞こえた。どうやら私の相棒は、準備が整ったようだ。

「では第一射、行きます!」

 戦闘機の矢をつがえ、弓を引き絞る。その途端朝稽古の時のように、私の世界が閉じていく。世界が私と戦闘機の妖精さん、そしてはるか先で待機する子鬼さんだけになった。矢が描く射線が子鬼さんに向かってまっすぐ伸びていく。私が思い描く理想のラインを形作った。

「……ッ!」

 戦闘機を放つ。放たれた戦闘機は軽快なプロペラ音をたてて海面スレスレを飛んで子鬼さんに向かっていく。

「子鬼さん!!」
「キヤァァアアアア!」

 同時に子鬼さんが海上を滑るように走る。戦闘機と魚雷艇では戦闘機の方が圧倒的に速いが、それでも魚雷艇のスピードであれば戦闘機に食らいつくことが出来る。そのまま並走し、戦闘機から垂らされたタラップさえ掴めば……!!

「……がんばれ!」
「キヤァアアアア」
「子鬼さーん! がんばるのですー!!」

 だがさすがに戦闘機のスピードは魚雷艇では並走しつづけるのは難しいようだ。子鬼さんはタラップをつかむことが出来ず、そのまま戦闘機に追いぬかれてしまった。

「あー……ダメだったのです……」
「やはり子鬼と戦闘機じゃスピードが違いすぎるか……」

 子鬼さんを追い抜いてしまった戦闘機が、そのまま私の甲板に戻ってきた。妖精さんはコクピットの中で私に申し訳ないような……なんだかしょぼんとした顔をしていた。

「気にしちゃだめです。失敗して当たり前。何度でもチャレンジしましょう」

 そういい妖精さんを元気づけた。ピコンと反応した妖精さんは、さっきまでのキリッとした表情に戻り、私に対して敬礼を返してくれる。よし。それでこそ一航戦。一度の失敗で心が折れるほど、一航戦は弱くない。

「子鬼さん! もう一度行きますよ!!」
「キヤァアアアア!」

 大丈夫。子鬼さんもあきらめてはいない。妖精さんも一緒に飛んでくれる。大丈夫だ。私は再度弓を構え、戦闘機を放ち、子鬼さんを走らせた。そして失敗。その繰り返しだ。

 試行回数が増えてくるに連れ、子鬼さんが次第にコツをつかみ出した。並走中にタラップをつかめるようになってきたのだ。

「子鬼さん! そのままタラップに足をかけて!!」
「キヤァアアアア!!」
「行くのです!!」
「いけ子鬼! 根性見せろー!!」
「がんばるクマー!」

 しかし超高速で戦闘機と並走しながらタラップを手でつかみ、そのままそのタラップに足をかけるというのは相当に難度が高いようだ。後一歩のところで足が滑り、手を離してしまい……

「ああ……」
「だあッ! ちくしょッ!! 後少しなのにッ!!」

 子鬼さんは水しぶきを上げながら、海面を転げまわっていた。

 やり直しては失敗を繰り返して10回を数えた頃、私たちは一度休憩し、昼食を摂ることにする。ギャラリーを含む全員で食堂に戻り、皆で昼食を摂る。

「やっぱり無理なのです……?」
「いくら姐さんでも難しいかもしれねーなー……」

 一緒にご飯を食べるギャラリーからはちらほらと不安視する声が出てはいるが……

「子鬼さん」
「?」
「まだがんばれますか?」
「キヤァァアアアア!」

 よし。子鬼さんの心は折れていない。ご飯を食べるスピードもさして遅いということもないようだ。大丈夫。

「妖精さんは?」

 同じく妖精さんを見ると、妖精さんもやる気に満ち溢れた敬礼を返してくれた。よし大丈夫。私たちはまだ心は折れていない。午後からも頑張れる。

 二人はもちろん、私の士気もまったく落ちていない。相棒である子鬼さんにあの美しい世界を見せてあげるまで、私は決して諦めない。

 昼食を摂った後も、“あなたと空を駆け抜けたくて大作戦”を続行する。ポイントに子鬼さんが到着したのを見計らって……

「子鬼さん! 準備はいいですか!?」
「キャッキャッ!!」
「では行きます!!」

 もう何度目だろうか。私は再び戦闘機の矢を引き絞った。世界が狭まり、私と戦闘機、そして子鬼さんが存在する世界に閉じていく。戦闘機が描く曲線が、子鬼さんを捉えた。よし。今度こそ……

「……ッ!!」

 戦闘機を放つ。プロペラ音が鳴り響き、猛スピードで戦闘機が子鬼さんに向かって飛翔して行った。

「子鬼さん!!」
「キヤァァアアア!!!」

 子鬼さんが走り始めた。昼食で元気を補給したためか、スピードが乗っている。いい感じだ。

「タラップを掴んだのです!」
「そのまま行け!! 足を乗せろ!!!」

 子鬼さんの憧れである天龍さんの叱咤を受け、子鬼さんががんばってタラップを掴んだのが見えた。子鬼さんが必死にタラップに足をかけようとしているのが分かる。がんばれ。そのまま足を乗せ、戦闘機が高度を上げれば……。

「……ああッ!?」
「ダメだったクマ……」

 うまくいかなかった。子鬼さんは猛スピードで駆け抜けながらタラップに足をかけることは出来なかったようだ。子鬼さんは手を離してしまい、水しぶきを盛大に上げて海面を転げまわった。水しぶきの大きさが、今までで一番大きい。

「子鬼さん!」

 たまらず私は海面を移動し、子鬼さんの元に駆け寄った。海面は一見クッションの役割を果たしそうだが、猛スピードでたたきつけられればそれは強大なダメージを与えてくる凶器に変貌する。子鬼さんは今、かなりのスピードで海面を転げまわり、たたきつけられた。大丈夫だろうか……。

 水しぶきが上がったポイントに到達した。子鬼さんは……いた! 仰向けになり、海面上を漂っている。

「子鬼さん! 怪我はないですか? 大丈夫ですか?」

 心持ち具合が悪そうに見える。もともと悪い顔色がさらに悪く見える……どこか怪我をしたのだろうか……やはり無茶だったのか……子鬼さんを戦闘機で大空に舞わせるというのは……私の希望は……私と相棒の希望は、無謀なことだったのだろうか……。

 私が葛藤に襲われ、心に少し罪悪感にも似た気持ちを抱きはじめたその時だった。

「フフ……コワイカ?」

 今日一日、何度もみんなを翻弄したセリフが聞こえた。子鬼さんの顔を見る。不思議だ。さっきまでと見た目はまったく変わらないキモい顔のはずなのに、その目は『まだ行けるよ』と私に笑顔で語っているように見えた。

「よかった……」
「アカギ!!」

 ギャラリーの方角から、私を呼ぶ声が聞こえた。この声は集積地さんだ。

「集積地さん!?」
「アカギ! そいつの見た目に騙されるな!」
「?」
「そいつはそんなナリをしてても軍艦だ! お前たちと死力を尽くして戦える軍艦だ!!」
「……?」
「海面で転げたぐらいで怪我するほどヤワじゃない! 数回の失敗で心が折れるほど、そいつらは弱くないんだ!!」
「……!!」

 集積地さんの叱咤が私の心に刺さった。確かにそうだ。こんなに小さくて幼く、そしてキモい姿をしているが、子鬼さんは……私の相棒は軍艦だ。それも、私たちと互角の死闘を演じることが出来る、強い軍艦だ。

「……」
「フフ……コワイカ?」

 俄然勇気が湧いてきた。そうだ。子鬼さんは強い軍艦なんだ。これぐらいの失敗やアクシデントでどうこうなるような、弱い子供ではないんだ。そのことを忘れていた。

「確かにそうですね。さすがは私の相棒で、天龍さんの化身です」
「なんか言ったか姐さん!?」

 ギャラリーの中にいる本物の天龍さんが何か私に聞いているようだが気にしない。

「……まだやれますか?」
「キャッキャッ!!」
「それでこそ私の相棒です!!」
「キヤァァアアア!!」

 戦闘機が甲板に戻ってきた。着艦後、戦闘機の中の妖精さんが私をジッと見ている。その真っ直ぐな眼差しはやる気満々だ。誰も心は折れていない。ならばやるべきことはひとつ。

「ではもう一度行きましょう!」
「キヤァァアアア!!」

 妖精さんの敬礼と子鬼さんのかわいい咆哮を確認した後、私は集積地さんの方を見た。彼女は子鬼さんや妖精さんと同じ、真っ直ぐな眼差しで私たちを見ていた。『お前たちの世界を子鬼に見せてやってくれ』彼女の眼差しは、そう言っているように私には見えた。

「集積地さん!!」
「なんだアカギ!」
「ありがとう! あなたのおかげで私は心を持ち直しました!!」

 あなたの激励がなければ、私は心が折れていたかも知れない。度重なる失敗の連続で、子鬼さんへの負担を言い訳にして、諦めていたかもしれない。

「信じてるぞアカギ!」
「任せてください!!」

 でももう大丈夫だ。子鬼さんも妖精さんもやる気満々。ならば私が心が折れてどうする。集積地さんにも力を分けてもらえた。成功するまで何度でも繰り返そう。

 子鬼さんに再びポイントについてもらい、私も自分の持ち場に戻る。成功するまで何度でもチャレンジする。私の願望は、集積地さんと、そして相棒の子鬼さんとの約束になった。ならば一航戦として、必ず成功させてみせる。

 とはいうものの……突破口が見えない。このまま同じことを繰り返しても、恐らく子鬼さんはタラップを掴んでも足をかけ損ね、先ほどと同じく大きな水しぶきとともに海面を転げまわることになるだろう。

「どうすれば……」

 成功するまで繰り返すことと、失敗を繰り返し続けることは同義ではない。先ほどと同じことをしても、きっと結果は先ほどと同じく失敗に終わるだろう。成功のための対策を講じなければ、私は子鬼さんを大空に飛ばすことは出来ない……

「……」

 必死に考える。戦闘機のスピードを今以上に下げるか……ダメだ。そうすれば浮力を失う。子鬼さんは今以上にスピードを上げることは不可能……どうすれば……

「赤城」

 私が答えの出ない難問に苦しんでいると、ギャラリーの中から聞き慣れた……それでいて懐かしい……私の先生、鳳翔さんの声が聞こえた。

 気がついた時、私はギャラリーの中にいる鳳翔さんの元にかけていた。私は、誰よりも尊敬している自身の先生にすがりたかった。

「鳳翔さん」
「がんばっていますね、赤城」
「ええ……ですが……突破口が見えません……どうすれば子鬼さんを空に飛ばしてあげられるのか……」

 私の先生である鳳翔さんに、私は素直に弱音を吐いた。士気は落ちてはいない。子鬼さんに大空を見せてあげるという目的に向かう決意は今も変わらない。でも、その方法が見いだせない。今のままでは、私は自分の相棒に私たちが見る美しい世界を見せてあげられることが出来ない……。

「赤城。みんなよくがんばっています。子鬼さんも妖精さんも……そして、あなたも」
「では……無理……なのでしょうか……」
「あなたは今、頑張りすぎているんです」
「それは……、どういう……?」

 鳳翔さんの言葉は意外だった。私が頑張りすぎている? 私にもっと力を抜いてリラックスしろと?

「あなたは今、自分の力で子鬼さんを空に上げることに囚われ過ぎています。自分の力だけで子鬼さんを空にあげようとしている。故に、あなたの狙いが定まらないんです」
「……」
「あなただけが頑張っているのではありません。妖精さんも、必死に子鬼さんを空にあげようと奮戦しています。子鬼さんも、自分が空を飛ぶために必死に駆けています」
「……私が、みんなを信じていない?」
「気負いすぎているんです。故に、あなたは子鬼さんと妖精さんを捉えきれず、狙いが定まっていないんです。だから失敗してしまう」

 鳳翔さんに指摘され、私は作戦中の自分の射撃を振り返った。……確かに私の狙いは定まってなかった。私と子鬼さんの間を結ぶ射線を捉えた段階で戦闘機を放っていた。戦闘機の動きと子鬼さんの動きを捉えきれてなかった。子鬼さんを的として認識し、世界を私と子鬼さんの二つに収束させた段階で、私は矢を放ってしまっていた。

「もう一度、私があなたに教えた基本を思い出しなさい」
「……」
「自分の射撃だけではなく、妖精さんが操る戦闘機の動きを捉えなさい。それを追いかける子鬼さんの動きのすべてを受け入れなさい。あなたの仲間の動きのすべてを受け入れ、そして捉えた射撃を放ちなさい」
「……わかりました」
「頑張りなさい赤城。あなたたちの作戦遂行、楽しみにしています」

 鳳翔さんの優しい指摘はきっと的確だ。そのアドバイスはすべてが腑に落ちた。私は再度自分の立ち位置に戻り、そして戦闘機の矢を取った。

 私の相棒。今度こそ、あなたを大空に送り出します!

「子鬼さん! 行きますよ!!」
「キャッキャッ!!」

 妖精さん。一航戦として、私とともに子鬼さんを大空に送り出しましょう!

 静かに目を閉じ、そして開く。

「……」
「なんか……寒くなったのです?」
「……アカギの周囲の空気が変わったな」

 ギャラリーの声が次第に遠のいてきた。戦闘機の矢をつがえ、弓を引き絞る。視界が次第に狭まる。世界が徐々に狭まり、私のみが存在する世界となった。

「……」

 そのままさらに世界を尖らせ、そして拡げる。風のうねりが白い線となって見える。私の背後の景色が見える。波の動きがミリ単位で認識できる。ギャラリー一人ひとりの動きのすべてが分かる。球磨さんのアホ毛の揺れ……電さんの緊張……集積地さんの胸の高鳴り……すべてが手に取るように感じられる。

「よぉ。調子どお?」
「業務が早く終わったので。様子を見に来ました」

 提督と大淀さんがギャラリーに合流した事を感じた。直接の姿ではなく、二人が来たことによる空気の動きでそれが分かった。天龍さんが生唾を飲み込んだ。緊張しているようだ。鳳翔さんの優しい眼差しが皮膚に暖かく、胸に心地いい。

 戦闘機の中の妖精さんが見えた。妖精さんは私と同じく、子鬼さんをまっすぐに捉えていた。妖精さんの飛行ラインを認識する。自分が今捉えた戦闘機の軌道を、自分が放つ射線と重ねる。私は今、妖精さんの気持ちを捉えた。

 子鬼さんを認識した。子鬼さんは今、私と妖精さんをまっすぐにじっと見つめ、私が戦闘機を放つタイミングを待ち構えている。私は意識下で矢を放つ。意識下の子鬼さんが駆け始める。矢が戦闘機に変わる。子鬼さんの手が戦闘機のタラップを掴み……足をかける。戦闘機が高度を上げる……私は今、子鬼さんの心を捉えた。

「……捉えた」

 私と妖精さん、そして子鬼さんが作り上げる射線が見えた。私はこの時、確実に世界のすべてを捉えた。これこそが私がいる世界。私が子鬼さんに見せたい、私達の美しい世界。

「……ッ!!」

 矢を放つ。子鬼さんがスタートしたのを感じた。矢が戦闘機に変わり、子鬼さんに向かって飛翔する。必死に戦闘機と並走する子鬼さんはやがて、戦闘機から垂らされたタラップを掴んだ。

「そのまま!!」
「足をかけるクマーッ!!」

 右足をあげ、タラップにひっかけた。子鬼さんは今、左足だけ海面につけている状況だ。あとは左足。それさえ持ち上げてしまえば……

「持ち上げてください!!」
「行け子鬼!! 妖精ももう上げろ!! 上げろ!!!」

 天龍さんも一緒になって叫ぶ。大丈夫。妖精さんは分かっている。妖精さんが機首を上げた。

「そのまま行ってください!! 相棒を空に連れて行ってください!!!」

 タラップにかけた子鬼さんの右足が落ちそうだ。左足が海面から離れない。たまらず叫ぶ。お願いします。

「上げてください! 飛んでください!!」

 そのまま持ち上がってください。

「キヤァアアアア!!!」
「行け! アカギのがんばりに応えろ!!!」

 妖精さんが歯を食いしばって必死に操縦桿を握り、機首を持ち上げようとしているのが伝わった。お願いします。私の相棒に美しい世界を見せてあげてください。

「お願いします!! 一航戦の底力を見せてください!!」
「キヤァァァアア!!!」
「飛び立ちなさい!!!」

 子鬼さんが左足を持ち上げ、タラップにかけた。妖精さんの操縦桿が軽くなった。機首が上がり、高度が上がる。プロペラ音が強くなり、スピードが上がった。

「そのまま上がりなさい!! 私たちの世界に来なさい!!!」
「キヤァァアアアア!!!」

 『ふわっ』という擬音が似合いそうな動きで、子鬼さんと戦闘機は持ち上がった。

「……新しい一航戦の仲間が増えましたね」

 鳳翔さんの温かい声が耳に届いた。子鬼さんをタラップにひっかけてぶら下げた戦闘機は、そのまま旋回しながら空高く舞い上がり……

「やったのです! 子鬼さんがお空を飛んだのです!!」
「ありがとう……アカギ……」
「ハハッ……すげーな姐さん……」
「さすがは一航戦だクマー!」

 そして私たちの頭上高くを飛び続けていた。演習場を飛び出した戦闘機と子鬼さんは、鎮守府の敷地内をゆっくりと飛びつづけ、そして高い高度を保ったまま演習場に戻ってきた。

 私は捉えた。妖精さんが、私と子鬼さんに向かって敬礼をしながら操縦桿を巧みに操って、子鬼さんを振り落とさないように戦闘機を操っている姿を。そして、子鬼さんのつぶらな眼差しには、私が見せたかった美しい世界が一杯に写っていることを。

「キャッキャッ!!」
「ようこそ……私たちの世界へ……」

 鋭敏になっていた私の感覚の最後の残滓が、日没が近い時刻であることを告げた。少しずつ演習場がオレンジ色に照らされ始め、戦闘機と子鬼さんはその夕日の中で大空を駆け抜け続けた。

「あ……」

 集積地さんが、夕焼けに照らされた海をじっと眺めていた。戦闘機は子鬼さんをぶら下げたまま演習場を再度抜け出て大海原を駆け抜ける。夕日に照らされた相棒たちの姿と夕焼けの海は、私が知っている世界と……私が相棒に見せたかった世界と同じぐらい美しい世界だった。

「……ハハ」
「赤城さん? どうしたのです?」
「私は、子鬼さんに私の世界を見せたくてがんばりました。でも……」
「?」

 実際は逆だったのかもしれない。私は、子鬼さんと妖精さんが見せてくれるこの美しい世界を見たくて……二人に連れてきて欲しくて、こんなにがんばったのかもしれない。

「子鬼さん、妖精さん……ありがとう。お二人の世界は、私と鳳翔さんが見ている世界と、同じぐらいに美しい世界ですね」

 感謝が口をついて出た。二人共ありがとう。あなたたちのおかげで、私はこの美しい世界を見ることが出来ました。本当にありがとう。

……

…………

………………

 その後のことはよく覚えていない。繰り返し矢を放ち続けた私は、思っている以上に疲労が蓄積していたみたいだ。そのまま晩ご飯を食べたかどうかもよく覚えてらず……気がついた時、私は自分の部屋で子鬼さんと妖精さんの3人で、折り重なるように眠っていた。

「……ん」
「クカー……」
「……zzZZZZZ」

 鳴り出しそうなほどにお腹が空いて目が覚める。鳴らないように気をつけながら上体を起こそうとしたが……

「……重い」

 私の胸の上には妖精さんが、お腹には子鬼さんが乗っかって眠っていた。上体を起こすのを諦め、私は再度寝転がる。部屋を見回すと、カーテンの隙間から朝日が差しているのが分かった。

 私の身体の上で仲良く眠っている二人の一航戦を見た。二人は手を繋いだまま、気持ちよさそうに寝息を立てていた。昨日は二人共あれだけがんばったのだ。今日はまだ一航戦の3人で仲良く眠ろう。朝ごはんはその後でいい。

「作戦は大成功ですね」

 私は再び目を閉じた。閉じた瞼に写った光景は、昨日二人が見せてくれた美しい世界だった。そしてその世界にいたのは、二人に新たな世界を見せることが出来た私と、私を美しい世界に連れて行ってくれた、大空を駆け抜ける妖精さんと子鬼さんだった。

 
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