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トシサダ戦国浪漫奇譚

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第一章 天下統一編
  第二話 新生活

 俺は秀吉との対面を無事に終えた。秀吉は俺に朱印状を渡すと、俺が与えられる屋敷の件について語り出した。

「卯之助、お前の屋敷は変更する」

 俺は黙って秀吉の話の続きを待った。屋敷を変更するとはどういうことだ。俺は戸惑った。この屋敷の話は秀吉が事前に義父へ伝え、義父から俺へと伝えられていた。だから、俺が秀吉と対面している頃には小出家の者達が引越作業をはじめているはずだった。

「五千石の知行に相応しい屋敷ということでしょうか」

 俺は秀吉の指図の理由を思いつく限り考えた。考えるうちに一点思い浮かんだ。俺の知行が大幅に増えたことが理由だろう。秀吉は俺に知行五百石を与えることを想定して、義父に屋敷の話をしていたはずだ。
 秀吉は俺の指摘に口元に笑みを浮かべた。俺の考えは正解のようだ。

「お前の言う通りじゃ。五千石取りのお前を小身の屋敷に住まわせては儂の沽券に関わる」

 秀吉は厳粛な雰囲気で俺に言った。俺が秀吉の命に逆らえる訳でもなく、屋敷の変更を唯々諾々と従うしかなかった。

「治胤、開いている屋敷を見つけ、その屋敷に藤四郎を案内してやれ。急なことだ。できる限り藤四郎の頼みを聞いてやるのだ」

 秀吉が治胤に話を振ると、治胤は「かしこまりました」と平伏し急いで立ち去った。その様子を秀吉は一瞥し俺に視線を戻す。

「卯之助、小田原征伐まであまり日がない。準備を怠るでないぞ。失態を犯せば知行を召し上げになると覚悟しておけ。よいな」

 秀吉は厳しい顔で俺のことを凝視した。その顔は恐ろしく、その眼光は鋭い。これが多くの修羅場を潜り抜けてきた武将の迫力か。俺が失敗したら秀吉は本気で五千石を召し上げそうだな。

「殿下、心しておきます。ご期待に応えられるように頑張ります」

 俺は姿勢を正し平伏した。

「卯之助、お前の馬具一式と戦装束は儂が用立ててやる。寧々によく礼を申しておくのだぞ。小出家に養子に入ってから寧々に一度も顔を出していないだろ。気を遣っているのかもしれんが余計な気遣いだぞ」
「殿下、何から何までありがとうございます。折りを見て北政所様には御礼に上がらせていただきます」

 俺が顔を上げると、秀吉は笑顔で俺のことを見ていた。秀吉がどういう人間かわからなくなる。恐ろしい人間なのか。それとも情深い人間なのか。
 多分、どちらも正しいのだろう。
 俺は知識として秀吉が家族想いだとは知っていたが本当のようだ。それだけに晩年の彼の行動は異常に映る。我が子への強い愛情からと言えなくもないが常軌を逸しているからな。
 しかし、俺の懸念事項の一つは解消した。馬具一式と戦装束は秀吉がくれるから用立てる算段をする必要がない。鎧兜が一番金がかかるからな。

「殿下、小出殿の屋敷が見つかりました」
「どこだ?」
「聚楽第の北側になります。去年、改易になった者の屋敷です」

 俺は治胤の話を聞き安堵した。本来、秀吉から貰う屋敷というのは屋敷地のみだ。それを拝領屋敷という。その土地に屋敷が建設済みなら、それをそのまま流用できるから金銭的負担が楽になる。それでも屋敷の代金は相手に支払う必要がある。でも改易された者の屋敷なら払う必要がない。

「縁起が悪いな。治胤、他に無いのか?」

 秀吉は強い口調で難色を示し治胤のことを厳しい目で見た。

「殿下、聚楽第の近い場所にめぼしい屋敷が他になく」

 治胤は秀吉の口振りに恐れながら尻すぼみで答えた。俺は小姓だから、聚楽第から離れた場所だと色々と支障がある。その条件を加味して屋敷を探すとどうしても限定されてくる。秀吉としては改易された者の屋敷を従甥に下賜することは心情的に気持ちいいものでないことは分かる。
 更地の拝領屋敷を俺渡せばいいが、それだと屋敷が建つまで俺の実家から通うしかない。秀吉の様子からして、その選択はないだろう。これは義祖父と話をつけていると見ていい。そう思うと小出家への想いが一気に冷めた。
 秀吉や小出家の思惑がどうであれ、俺は余計な出費が浮くから全然気にしてない。

「殿下、改易された者の屋敷ということは、考え方を考えればこれ以上落ちないということです。後は上がるだけ。良い屋敷をお選びいただきありがとうございます」
「卯之助が良いなら何も言うまい。そこを卯之助の屋敷とする。卯之助、しばしの仮住まいじゃ。お前が北条攻めで手柄を上げれば良い屋敷を選んでやろう。その時のために金はとっておけ」

 秀吉は俺にそう言うと席を立って退出した。

「小出殿、では屋敷へご案内いたします」

 この後、俺は大野治胤(おおのはるたね)の案内でその屋敷に徒歩で向かうことになった。
 だが、ここで問題が一つあった。

「大野殿、事前に殿下から聞かされていた屋敷で小出家の者達が引越をしていると思います」

 俺は事情を包み隠さず治胤に説明した。隠しても意味がない。
 急いで引越をしていなければ、こんなに慌てる必要もなかっただろう。義父は馬廻衆だから聚楽第の近場に屋敷がある。だから引越を急ぐ必要性はない。だが、俺の義母が俺を早く追い出したいのか引越は今日になった。

「そうでしたか。殿下からは急なことなので便宜を計らうようにと言付かっております。直ぐに早馬を出しましょう」
「お手数をおかけして申し訳ありません」

 治胤は俺を置いて小走りで姿を消した。

 

 俺が手持ち無沙汰に時間を潰していると、治胤が息を荒げて戻ってきた。

「手配が整いましたから、直ぐにお家の方々へ連絡が届くと思います。私達は先に屋敷の方へ向かいましょう」
「よろしくお願いいたします」

 考えれば考えるほど迷惑な話だ。俺は初めの屋敷で構わなかった。だからといって秀吉に直接要求する度胸はない。今日の対面でも感じたことだが、秀吉は自分の命令に対して意見する者を許せない性格なのだろう。「天下人だからしょうがない」と言えばそれまでなんだがな。
 お陰で秀清は俺にぼやきそうだ。
 秀清とは俺の義叔父・小出秀清のことだ。彼は俺の引越の責任者だ。義父の命令で俺の引越を手伝うことになるが快く引き受けてくれた。その時、俺に「引越祝いに酒でも奢ってくれ」と注文を出してきた。ついつい「引越祝いは義叔父上が私に渡すものでしょう」と突っ込んだら「上手い酒を飲ませてくれ!」と笑いながら俺の指摘は無視していた。二日前の出来事だが今でも鮮明に覚えている。
 秀清は小出家の中では俺が胸襟を開いて話せる数少ない人物だ。それは秀清が義祖父の妾の子で、庶子という身の上であることも関係しているのかもしれない。その秀清は義父の家臣として義父の補佐をしている。傍目から見て義父より秀清が優れていると俺は内心思っている。その証拠に義父の家臣は秀清の方を頼りにしている。



 聚楽第を出てから四半刻(三十分)位歩いた頃、俺は秀吉から受け取った知行安堵状を取り出し目を通した。何度見ても俺の名と知行五千石を安堵すると書かれ朱印が押してある。五千石か。今後の苦労は気が重いが嬉しい。つい顔がにやけてしまう。

「小出殿が羨ましいです」

 俺は平静を装いながら、知行安堵状を折りたたみ油紙に包むと懐に仕舞う。早速、胡麻すりきたかと内心思った。

「五千石くだされるとは。いやぁ殿下は太っ腹ですね!」

 俺は嫌味が無いようにテンション高めに話した。

「そういう意味で申したのではありません。小出殿の聡明さが羨ましいと申しました。私は殿下と小出殿の会話についていけませんでした」

 治胤は俺を見ながら苦笑した。滑ってしまった。超恥ずかしいじゃないか。

「大野殿、買い被り過ぎです。たまたま黒田様の考えと私の考えたことが同じだっただけです。まぐれ当たりですよ」

 俺は大袈裟に慌てた素振りで治胤の俺への評価否定した。秀吉が想像以上に俺を高く評価したことで治胤も俺に一目置いたようだ。それか、今後の有望株と仲良くしておこうという考えかもしれない。
 後者だろう。
 治胤の素振りからして前者の可能性も捨てきれないが、治胤の人物像を完全に掴めない内は用心しておいたほうがいい。こいつは大野治長の弟だからな。大野治長も案外不幸と言えなくもない。大野治長は自分の母親が秀吉の側室・茶々の乳母であり、後に生まれる豊臣秀頼の乳母でもあったがために自滅したと言えなくもない。だが、彼の母のお陰で異例の出世を遂げたことは揺るがない事実である。

「そういうことにしておきましょう」

 治胤は爽やかな笑顔で愛想よく俺に返事した。俺は努めて平静を装い治胤の言葉を聞き流した。



 俺と治胤がたわいもない世間話をし歩いていると、治胤が大きな屋敷を指さした。

「小出殿の屋敷が見えてきました。あれがそうです」

 遠眼からもその大きさが分かる。治胤が指さす屋敷は義父の屋敷より間違いなく大きい。
 屋敷の門前に俺と治胤が到着すると俺は屋敷を見回した。屋敷は真新しい。聚楽第が完成して三年くらいだから当然といえた。俺が住んでいた義父の屋敷も規模と作りはかなり違うが真新しい屋敷だった。
 俺一人で住むには随分でかくて立派な屋敷だな。俺は屋敷の塀やら門を見回し人気を感じないことを確認すると門を潜った。俺の思った通り人気はない。

「私達の方が早かったようですね」

 俺の後を追うように治胤が門を潜ってきた。治胤は屋敷の玄関に進み周囲を見回す。屋敷の外からでも人気を感じなかったから予想通りだった。秀清達は今頃開いた荷物を荷車に積み直し、この屋敷に向かってきているのだろう。

「大野殿、わざわざありがとうございました。後のことは大丈夫です。もう少しすれば家の者達もくることでしょう」

 俺はやんわりと治胤に「もう帰っていいぞ」と言った。治胤も仕事中だろうから、さっさと帰りたいだろう。俺は治胤とあまり仲良くするつもりはない。だが、情報は引き出したい。主に茶々と石田三成の人物像を詳しく知りたい。歴史で知る二人とどれ程違うか確かめて置く必要はあるからだ。でも、今日は疲れたから、秀清が来るまでのんびりしたい。

「私のことはお構いなく。小出殿の引越が滞りなく終わるように差配することが本日の私の仕事です。ここで待たせていただきます」

 俺の思いとは裏腹に治胤は爽やかな笑顔で返事した。俺は治胤に少し苛立つ。こういう空気を読めない奴は好きになれない。でも、治胤の言い分は一理あるから俺は引き下がることにした。

「わざわざ気を遣わせてしまい済みませんね」

 俺は心と裏腹に愛想よく治胤に礼を言った。

「いえいえ気を遣わないでください。これも仕事の内です」

 俺と治胤は笑顔を交わしながら庭の方に移動した。立ったままでは疲れるから、俺は母屋の軒下の廊下に腰をかけることにした。丁度いい整形された長方形の石が軒下の廊下に沿って配置されていたので、それを足場にして軒下に座った。
 俺の横に治胤が腰をかけた。

「いやはや、今日は疲れました」

 俺は手を上げ腰を伸ばし身体を解した。ここまで来るのに半刻(一時間)位はかかったと思う。遠眼に聚楽第の天守が見える。良い眺めだな。

「明日はもっと疲れると思います」

 治胤は俺を見て苦笑していた。彼が言いたいことは俺が石田三成の下で働くことを指して言っているのだろうと何となく分かった。

「そう言えば。私の上司になる石田様はどのような方なのでしょう」

 俺の質問に対して治胤は腕を組み思案していた。そして、彼は石田三成の人物像について考えがまとまったのか口を開いた。

「小出殿、私が言ったことは黙っていてください」

 治胤は話をする前に俺に口止めをしてきた。俺は他人に喋るつもりなどないから治胤に肯定の意味で頷いた。

「石田様は気難しい方です。ですが、仕事はできる方だと思います」

 治胤の話は俺の知っていることと、それほど乖離していなかった。歴史の記録は時として時の為政者によって捏造されることもあるから歴史を鵜呑みにせず、得られる情報と俺の知る歴史を擦り合わせて間違いを修正していった方が今後の俺のためになる。

「でも槍働きは噂通り得意じゃ無いんですよね?」

 俺が何気なく呟いた言葉に治胤は表情を固くした。
 俺は何かまずいことを言ったのだろうか。
 治胤は咄嗟に周囲を見回した。ここに俺と治胤以外の者はいない。それでも条件反射で周囲を気にするとは、それだけ治胤にとって石田三成は苦手または恐ろしい存在なのだろう。朝鮮征伐で軍監として赴き賄賂を要求したり報告を捏造し同僚を不当に貶める人間だから恐ろしい人物ではあると思う。

「小出殿、その話題は石田様の前では禁句です。ご当人は気にしていないと仰りますが凄く気にしています。石田様の下で働くなら、このことは注意しておいた方がいいです」

 石田三成に会う前に聞いておいて良かった。治胤から聞いた話と治胤の様子から察して、石田三成はかなり面倒そうな人物であることは確かのようだ。歴史でも石田三成は豊臣系大名から蛇蝎の如く嫌われ殺意を抱かれていた。その上、人望は最悪で忠臣でもない。彼の忠臣という印象は徳川家康が豊臣家を滅ぼしたことからくる結果論でしかない。彼は権力争いの果てに失脚し、復権を狙い武力よる政変を引き起こし破滅しただけだ。そんな時勢を読めない者は仕事ができようと愚か者だ。

「大野殿、わざわざ教えていただきありがとうございます。心しておきます」

 俺は治胤に礼を言った。その後、この際だから俺は治胤から情報を引き出しておくことにした。こんな二人だけで会話する機会は今後あまり無いからな。

「大野殿の母上は浅井の姫様の乳母とお聞きしております。大野修理様は乳兄弟ということですね。浅井の姫様はどのような方なのでしょうか?」

 俺は治胤の母のことを大蔵卿局(おおくらきょうのつぼね)とは呼ばなかった。現在の茶々は秀吉の側室で、彼女の側近である治胤の母が大蔵卿局と呼ばれているか分からなかったからだ。俺のような宮仕えしたばかり小僧があまり詳しすぎると変だから、敢えて茶々のことを浅井の姫様と呼ぶことにした。
 俺の振った話を聞いた治胤の表情は優れなかった。この話は禁句だったか。俺と治胤の間に沈黙が広がった。
 凄く気まずい。急に重苦しい空気になってしまった。

「大野殿、あの。すみません」

 俺は気まずさから治胤に謝罪した。ここまで治胤が母や兄のことを引け目に感じているとは思わなかった。

「小出殿が謝る必要はありません。小出殿に他意ないとことは重々承知しています」

 治胤は無理して笑顔を保っていた。あまり触れて欲しくないことは確かなようだ。この時代は縁故で仕官・出世することは普通のことように思っていた。だが、茶々の妹、初の夫である京極高次は「蛍大名」と嘲笑されていたことを考えると、縁故の種類によっては嫉妬を買いやすく中傷を受けたりすることがあるのかもしれない。
 大野治長の出世は十割は彼の母の存在のお陰であることは疑うべくもない事実といえる。彼はお世辞にも官位や大名に見合った手柄は立ててない。

「私も大野殿の兄上とは変わりません。虚名も無き、手柄も上げていない私が五千石なのです。私こそ縁故の極みというものです。大野殿も気にしないでください」

 俺は豪快に笑い声を上げた。治胤の表情が少し和らいだ。

「小出殿は良い方ですね」

 治胤は俺から視線を逸らし前方を見た。その先の遠くには聚楽第があった。

「茶々様には何度かお会いしたことがあります。あの方はお美しく凜とした女性です。ですが、人知れないご苦労をお抱えになっておいででした」

 治胤は回想に耽るような目で遠くを見つめていた。大野治長兄弟も色々とあるようだな。

「茶々様の立場を考えれば苦労ばかりでしょうね。何と取り繕おうと、彼女のご実家は既になく孤児と同じです。殿下の庇護が無ければ生きていけない。だからだと思います。彼女は殿下の側室になった。そうすることで妹達に帰る場所を作ってあげたかったのでしょう。私は彼女を芯の強い情に深い優しい方だと思います」

 治胤の話を聞き、俺は自分が抱く茶々の人物像を語った。茶々は浅井長政と織田市との間に生まれた姫だ。それを叔父、織田信長により父と家を奪われた。本来ならここでのたれ死んでもおかしくない。彼女は幸いなことに織田信長から庇護された。その叔父も謀反により本能寺で死ぬ。その後は柴田勝家、次は豊臣秀吉と庇護者が転々と変わった。そして、茶々は二人の妹以外を全て失った。その彼女が血を分けた妹を守るためにできることなど限られている。そう考えると茶々のことが不憫に感じられた。俺は感傷的な気持ちになり多くを語ってしまった。

「茶々様のことをその様に思って下さる方がおられるとは思いませんでした。茶々様が小出殿の言われたことを聞けば怒ると思いますが」

 治胤は俺に嬉しそうに笑顔を返した。治胤の一族、大野家は浅井家臣の家柄である。だから、主君筋の浅井の姫である茶々には思い入れがあるのだろう。



「卯之助、こんなとこに居たのか」

 俺と治胤が会話をしていると秀清が現れた。秀清は額の汗を手拭いで拭くと、それを首にかけながら俺に声をかけてきた。

「小出殿、では私はこれで失礼させていただきます。それとこれをお受け取りください。殿下から引越の祝儀にございます」

 治胤は懐から紫の絹地に包まれた小さな包みを俺に差し出した。俺はそれを考えなしに受け取るとずしりとした重量だった。俺は視線を包みに落とす。この重みは間違いなく金、小判だな。秀吉からということは屋敷の件をやはり気にしていたのだろう。これで引越に来てくれた皆にごちそうが振る舞えそうだ。俺は自然と笑顔になる。

「殿下には有り難く頂戴いたしますとお伝えください」

 治胤は頷き俺に頭を下げ、通り縋りに秀清に会釈をして通り過ぎた。すると秀清も治胤に会釈した。

「あの男は誰だ?」

 秀清は俺の側に来ると開口一番に治胤のことを聞いてきた。

「義叔父上、大野修理様の弟、大野治胤殿です」
「大野修理様の弟か。ちゃんと挨拶をしておくべきだったな」

 秀清はしくじったという顔で治胤が去った先を見ていた。その方向から荷車を引く人足達がぞろぞろと入ってきた。その後ろから侍女達も着いてきていた。荷車には俺の荷物が積まれている。俺の荷物の大半は書籍が占める。その書籍の大半は兄・木下勝俊から貰ったものだ。俺を風流人と言った人でもある。

「大野殿はそんこと気にしないと思います」

 俺の言葉を聞き秀清は笑顔になる。

「断言するのだな。大野治胤様と仲良くできそうか」

 秀清は笑顔で秀清の問いに頷いた。

「卯之助、先輩達とは仲良くしていた方がいい。しかし、聚楽第から殿下の早馬が来た時には驚いたぞ」

 秀清は意味深な笑みを浮かべた。

「知行は幾ら貰ったのだ」

 秀清の質問は直球だった。

「五千石です」
「ご。五千石。卯之助、それは真なのか?」

 秀清の声は震えていた。
 俺も最初は驚いた。義父より知行が多い。義母は影で癇癪を起こしそうだな。

「義叔父上、これが朱印状です」

 俺は懐から知行安堵状を取り出し秀清に見せた。秀清は食い入るように知行安堵状を何度も繰り返し読んでいた。

「道理で屋敷がでかいと思った。卯之助、やったじゃないか」

 秀清は納得した様子で数度頷くと俺の方を見て笑った。彼は心底喜んでいる様子だった。

「卯之助様、秀清様」

 人足達が俺と秀清に声をかけてきた。引越の指示を待っているのだろう。秀清は引越の荷解きを終えていないことに気づく。彼は慌てて人足達と侍女達の所に向かい手際よく指示を出していった。俺はその様子を眺めて見ていた。
 秀清の指示が終わると人足達は荷物を家屋内に運びだし、侍女達は母屋にある勝手口から家屋内に入り掃除をはじめた。
 指示を出し終えた秀清は俺に近寄ってくる。彼と距離をとって後ろから二人の男女が付いてきていた。身なりから下人というところか。

「卯之助、詳しい話は引越した後だ。今日からお前の屋敷で働く者達を紹介しておく。九蔵とリクこっちに来い!」

 秀清は二人の男女を声を張り上げ呼んだ。彼に呼ばれ急いで二人は前に進み出た。男は三十代前半の冴えない白髪頭の小男、女は十第後半で二十手前の勝ち気な女だった。

「殿様、九蔵と申します。今日からお世話になります。何なりとお申し付けください」

 九蔵と名乗った男はおずおずと俺に頭を下げた。俺は九蔵に「よろしく頼む」と言った。九蔵は白髪頭で痩せているが衣服から見える手足は筋肉質だった。頭髪のせいで一見して老人に見えるが顔を見ると中年と分かる。

「殿様、リクと申します。よろしく願いいたします。何なりとお申し付けください」

 リクは勝ち気な顔と裏腹に殊勝な態度で俺に頭を下げた。奉公に来る人間が主人に失礼な態度はする理由がないか。俺は九蔵と同様にリクに「よろしく頼む」と言った。リクは髪を肩にかかるかかからないくらいで切り揃えていた。

「二人はお前の下人だ。お前の好きに使うといい」

 秀清は二人の下人を紹介し引越作業に戻って行った。 
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