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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第三部 ZODIAC CRUSADERS
CHAPTER#11
  PHANTOM BLOOD NIGHTMAREⅢ ~Glass Melody~

【1】


「よぉ、花京院(オレ)
 絶句する中性的美男子の前で、全く同じ風貌をした者が告げる。
 鏡の中から抜け出して来たように、腰の位置で両腕を組み声まで似通わせて。
「誰だ? お前……」
 困惑は渦巻いていたが、裡に宿る高潔な精神はその流れを律した。
 実際に自分自身を真正面から見つめるのは、
これほど “クる” ものなのか、
嫌悪や憎しみにも似た感情が滲み出てくるのを抑えられない。
「おいおいおいおい、つれねーな。
自分で自分を否定するのか?
だったらお前は一体誰だって言うんだ?」
「フザけるなッ!」
 小馬鹿にしたような口調でそう問う自分に、
花京院はスタンドを撃ち放った。
 バチィ! というスタンド独特の炸裂音を響かせて、
伸ばした右拳は同じ右掌によって受け止められる。
「フン、 “花京院 典明” は、この世で自分一人だけだとでも言うつもりか?
しかしソレは自分の勝手な “思い込み” かもしれんぞ?
お前の仲間がオレを見たら、果たしてオレをどう認識するかな?」
 挑発的な微笑を浮かべる花京院が、
受け止めた拳を握りミシミシと軋ませる。
「クッ……!」
 即座に右拳を反転させ掌握から引き抜いた花京院は
スタンドを傍に漂わせたまま距離を取った。
「なるほど……ボクの姿のままで空条達に近づき、
一人ずつ 「暗殺」 するつもりか?
随分と姑息な、そして卑劣な真似をする……!」
「フン、合理性に徹した、プロの仕事と言って欲しいね。
所詮この世は結果がスベテ、勝った者が優れ負けた者が間抜けなのだ。
過程は問題ではない。そうは想わんか?」
「――ッ!」
“肉の芽” で操られていたとはいえ、
嘗て自分もこのような汚い台詞を平気で吐いていたのか、
その姿の如何に醜悪なコトか。
「……いだ」
「あん?」
 怒りと悔恨の入り交じった声が、口から漏れた。
「お前は不愉快だッ!」
 珍しく激昂した花京院の躰から翡翠色の幽波紋光(スタンド・パワー)が迸り、
高速で進み出たハイエロファント・グリーンが触手と触脚を同士に射出する。
「ハッ……!」
 鼻で笑った花京院が、同じように同じ幻 像(ヴィジョン)のスタンドを撃ち出す。
 全く同じ速度、全く同じ軌道、スタープラチナのような激しさはないが、
周囲を縦横無尽に駆け巡る複雑怪奇な連撃(ラッシュ)が互いの中間距離で交錯する。
「ならば……ッ!」
 膠着状態に陥り打撃戦を切り捨てたスタンドの両掌中で、
エメラルドの光がうねるように攪拌されていく。
 同様に対峙するハイエロファントの掌中にも、光が集束し結晶と化す。
「 “エメラルド・スプラッシュッッ!!” 」
「 “エメラルド・スプラッシュッッ!!” 」
 同じ構えと同じタイミングで、共通の流法(モード)が空間で弾ける。



 バァッッッッッッシャアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ――
―――――――――――――――――ッッッッッッッッ!!!!!!!



 威力、速度、軌道を含め全くの同条件で撃ち出された
“エメラルド・スプラッシュ” が完全相殺し、
砕けた結晶がアスファルトを穿ちショー・ウインドウを叩き割った。
 しかしコレは囮、流法の構えを執ったハイエロファントが
既にその場から消え去っている。
 体型(サイズ)を縮小させて潜り込んだ裡側は、互いのその 「本体」
 スタンドを取り憑かせて相手を完全支配する絶殺の流法(モード)
『パラサイト・グリーン』 
「クッ……!」
「フッ……!」
 中枢神経に幾重にも絡み付いた、スタンド紐 帯(ちゅうたい)に操られた手刀が
花京院二人の首筋に宛われる。
 その表面にはスタンドパワーが集中しており、
人間の首程度なら容易く落ちる。
 どちらが先に動いても相討ち、
双竦みの状態に陥った両者は流法(モード)を解く。
「姿だけではなく相手の能力までコピー出来る……!
ソレがお前のスタンドか!?」
「フン、さて、な?」
 息を巻く自分の言葉を、もう一人の自分が軽くいなす。
「それなら! コレも真似できるかッ!」
 両手を肩口と腰脇に、本体の執る独特の構えから、
ハイエロファントの周囲で閃きが走る。
 卓越した操作能力により、翡翠結晶を高速廻転させて繰り出す最大流法(モード)
 時間と本体の消耗を抜きにすれば、
事実上無限のパワーとスピードを宿すに至るスタンド奥義。
エメラルド・エクスプロージョン(E × E)ッッッッッッ!!!!!!』   
 見えざる速度で廻転していた夥しい結晶が、
ハイエロファントの展開した両腕から放射したパワーに拠って加速され
破滅の殺傷力を伴って全方位に爆裂総射される。



 ヴァッッッッッッッギャアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ
ァァァァァァァァ――――――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!!



 まるでエメラルドの洪水、否、津波を想わせる廻転翡翠結晶弾の嵐が
周囲300メートル、全方位に繚乱する。
 高層ビルの壁面を隈無く砕き、並び立つ街灯をへし折り、
英語で書かれた標識や看板が軒並み吹き飛んだ。
 しかしそれらの結晶群が街路の人々や建物内部を傷つける事はなく、
遮蔽物や他の結晶によって 『跳弾』 と化し標的のみに精密な角度で降り注ぐ。
 時間にして僅か数秒、にも関わらず革命にでも見舞われたかのような
惨状の直中で、声を発する者は誰もいない。
 翡翠の燐光を紛らせる爆煙が、寂滅の風と共に流れた。
「跡形もなく消し飛んだか……
しかしこれも命を賭けた勝負、悪く想うな」
 憂いを抑えた表情でそう呟いた花京院は、
次なる戦場へと踵を返す。
 しかし。
「ククク……」
 濛々と立ちこめる粉塵の中で、自分の声がした。
 コツコツと、手負いでない者の足音が冷たく響く。
「無傷……だと……!?」
 やがて自分の前に現れた自分に、
花京院は今度こそ驚愕を露わに口唇を震わせた。
 絶対の自信を持っていた流法(モード)
DIOにすら通用すると自負していた能力が、
完全に封殺された事に花京院の自信はガタガタに崩された。
 標的の周囲、街路の彼方にまで夥しい着弾痕が穿たれているのに、
その者の立っていた場所だけ神の 「聖域」 のように僅かな傷もない。
 一体どのように? 同じ流法(モード)を使っての相殺は有り得ない。
余りに威力が凄過ぎるので、相乗反作用に拠って互いが消滅するだけだ。 
「クククククク……すっかり困惑仕切った表情だな?
それはオレの 『能力』 の本質が掴めていないという何よりの証。
賢明な男だと聞いていたが、これは単なる買い被りだったかな?
クククククククク」
 嘲るように、もう一人の自分が両腕を組んで笑う。
 怖気の走る光景だったが、花京院はすぐさまに次の戦闘思考に移る。
「ボクの能力をコピーするのならば、
『相手の知らない能力を使えば良い』
どれだけ巧く盗作しようと、
その作品の 「続き」 は本物にしか描けない」
(――ッ!)
 自分の思考と寸分違わぬ事を、目の前の花京院が口にした。
「無い知恵絞ってよく考えたが、残念ながらソレは無理だなぁ~。
我がスタンドの、『真の能力』 の前ではなぁッッ!!」
 そう言って差し出した花京院の右腕が、突然ドロリと融解し始めた。
 やがてその体積比を無視して膨張した濃い黄色の液体が、
粘着質な質感を伴って襲い掛かる。
「クッ!」
 飛び退いて間一髪躱した足場に、その黄色の液体が雪崩れ落ちアメーバのように
形容を変え路上に拡散していく。
 流動するスタンドが這い擦ったその後は、
強酸で蝕まれたかのように煤煙が立ち上り表面が爛れていた。
「エメラルド・スプラッシュッッ!!」
 未知の脅威に怯むよりも先に、花京院は中空で己が流法を撃ち放つ。
 もう二度と 「恐怖」 には屈しないという、
旅立ちの前に立てた誓約により研ぎ澄まされるスタンドパワー。
 しかしスピードもキレも活性したその翡翠結晶弾は、
海面に落下した豪雨のように流動するスタンドに取り込まれ
そして呑み込まれた。
 半透明の内側で砕かれ吸収されていく結晶群。
 それに伴い流動するスタンドは、
生き物のようにサイズを更に膨張させていく。
「スタンドパワーを、喰っているのか……!?」
「クククククク……コレがオレのスタンド
黄 の 節 制(イエロー・テンパランス)!!』
喰らえば喰らうほどより強大に、強力に 「成長」 し!
しかもその肉と 「同化」 も出来るスタンドよッ!
お前もその仲間もすぐに! 骨も残さずに喰らってやるぜぇ~!
花京院 典明!!」
 スタンドと共に本性を現したのか、
黄 の 節 制(イエロー・テンパランス)』 の本体は、
悪辣極まる声でそう告げた。
「……喰らった “肉” と、「同化」 すると言ったな? 
お前、それだけの大きさに成長させる迄に、
一体どれだけの人々を 「犠牲」 にした!?」
 スタンドの脅威とは別の事象で蒼白となった花京院に、
影の自分が邪悪な笑みで返す。
「ククククククク! さぁ~てなぁ~? 
お前はメシを喰う時、ソレが雄だの雌だの、子供(ガキ)だの老耄(おいぼれ)だのと考えるのか?」
「貴様ァァァッッ!!」
 正義の怒りと共に翡翠色のスタンドパワーが迸り、
花京院はハイエロファントと共に
黄 の 節 制(イエロー・テンパランス)』 へと挑みかかる。
 その周囲に廻転する結晶弾を纏わせて、あらゆる角度から乱射される
触手と触脚の連撃(ラッシュ)
 しかしそれらはスベテ動作に合わせて流動するスタンドの肉塊に阻まれ、
本体には指一本触れる事が出来ない。
「クククククク、何をしようが無駄だ! 無駄ッ!
オレのスタンドはいうなれば、
(パワー)を吸い取る鎧!』 『攻撃する防御壁!』 
エネルギーは分散され吸収されてしまうのだッ!
どんな破壊力やスピードを持ったスタンドでも!
この 『黄 の 節 制(イエロー・テンパランス)』 の前には無力!
大人しく喰われる以外お前に選択肢はないッッ!!」
 パワー、スピード、技をも超えた圧倒的な 『能力』
 承太郎の 『スター・プラチナ』 でも、シャナの “贄殿遮那” でも、
このスタンドの前には完全なる無力。
 その事実を誰よりも熟知している本体が、勝ち誇った表情で告げる。
「ドゥー! ユゥー! アンダスタンッッッッ!!??」
「クゥ……ッ!」
 この男のした邪悪な所業は絶対に赦せないが、
しかし怒りに任せて戦っても勝機はないと判断した花京院は一旦距離を置いた。
 その瞬間に走る鈍痛、ナニカが、両手足を蝕んでいくような悍ましさ。
「な、に……!?」
 傍まで戻したスタンドの四肢に、黄色い肉塊の一部が喰い込んでいた。
 ソレは血膿の蠢くような音と共に、ハイエロファントを浸蝕していく。
「う……ぐ……ッ!」
 本体とスタンドの法則故に、花京院の四肢にも同様のダメージが浮かび
制服の内側から鮮血が繁吹いた。
「ククククククク、自ら罠にかかってくれるとはな。
言った筈だぞ? この夥しいスベテの肉塊が我がスタンドだと!
故にその一部を相手のスタンドに癒着させるなど造作も無き事ッ!
そして一度喰らい付いたスタンドは絶対に引き剥がす事は出来んッ!
その部分を切断せん限りな! 
クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」
 殺意に浮かされた哄笑を上げ、もう一人の自分がスタンドを一斉操作する。
 周囲一体を覆う黄色の濁流が、花京院に襲い掛かる。
「む……く……!」
 その細身の躰、至る所にスタンドが絡み付き
分泌される消化酵素で繊維と肉の溶ける匂いが充満した。
「これで、最早貴様に為す術は一切無い! 
このままジワジワと骨まで喰らってやる!
どこで死ねるかまでは解らんがなッ! 
クハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
 全身にスタンドがまとわりつく絶体絶命の状況。
 しかも一切の攻撃は通用しない無敵の能力。
 にも関わらず、己の躰が溶かされている恐怖にも屈さず、
花京院は強い意志の宿った瞳で前を見た。
「なるほど、確かに恐ろしい能力だ。
もしかしたら無敵のスタンドかもしれない。
大したモノだ」
「ククク、何だ? この期に及んで命乞いか?」
 勝ち誇る自分に、死に体の自分が静かに返す。
「 “亢龍(こうりゅう)()()り” “過ぎたるは(なお)及ばざるが如し”
中国の古い格言だ。
貴様のスタンドは、その完全性によりボクを追い詰めたわけだが、
『その完全性により、貴様はボクに敗れるコトになる』 」
「ハァ~? 何だとぉ~?」
 告げられた言葉を理解できなかった相手は、
その絶対的優位も手伝って頓狂な声を上げる。
「両手足を封じても、ボクのスタンドの場合余り意味がない。
“エメラルド・スプラッシュ” は、
ハイエロファントが存在している場所ならどこにでも創り出せる。
解らないのか? 
既に貴様の眼前で翡翠の結晶弾が、「廻転」 を続けているコトを」
 ジワジワと、己の皮膚や肉を溶かされている状態だが、
花京院は淀みのない口調で瘴煙の上がる指を差し向ける。
 なるほど、確かに落ち着いて眼を凝らせば、
肉塊に捉えられたスタンドの周囲で
エメラルドの光がキラッキラッ、と点滅している。
「だからどうしたッ! 貴様の如何なる能力も!
我が 『黄 の 節 制(イエロー・テンパランス)』 には通用せんという事は解っているだろう!
また 『E × E(エメラルド・エクスプロージョン)』 とやらを放つつもりか!? 
ヤってみろ! 同じようにスベテ吸収されッ!
オレのスタンドを成長させるだけだッ!」
 荒ぶる本体に、花京院はあくまで冷静な口調で告げた。
「いや、その必要はないな。言っただろう? 
貴様は、『貴様自身のスタンドで』 敗れる事になると。
ボクは、その 「特性」 を少し利用させてもらうだけだ」
 言葉の終わりと同時に、一際眩い輝きを放って撃ち出される結晶弾。
 通常と違い、発射されたのは 「一発」 のみ。
 だがガギュンッ! という通常の3倍以上のスピードで絶対防御のスタンド、
黄 の 節 制(イエロー・テンパランス)』 の右を撃ち抜く。
 無論それでスタンドを砕く事は出来なかったが、
結晶弾は消化酵素で表面を蝕まれながらもギャルギャルと廻転を続け、
その貫通力に引っ張られた肉塊はゴムのように伸びる。
 結晶強化の横廻転に加え、射出の瞬間、
「縦廻転」 を加えて繰り出された
“新型エメラルド・スプラッシュ”
 生来の才能と、理知的且つ合理的な研鑽の積み重ねによって生み出された
新流法(ニュー・モード)
 裂空刹迅。双貫の翠閃。
エメラルド()スプラッシュ()スクライド()ッッ!!』
流法者名-花京院 典明
破壊力-A+++ スピードAA+ 射程距離-AA+++
持続力-AA+ 精密動作性-AA+ 成長性-AA+




 間髪入れず二発目が、過去の軌跡と交差して撃ち込まれ、
同様に対称位置を長く引き延ばす。
“柔らかいというコトは、金剛石(ダイヤモンド)よりも砕けない”
 しかしソレはあくまでスタンドのみで、 「本体」 は別。
「が……ッ!? ぐ……ッ!? な、なにぃ~~~~~~~!!?」
 突如、驚愕の叫びと共に眼前の花京院が苦悶の表情を浮かべる。
 一人にとっては突然に、もう一人にとっては必然に。
 音速廻転する二つの結晶弾に引き延ばされたスタンド、
その張力に拠って繋がっている頸部の肉が恐ろしい圧迫で
締め付けられたのだ。
 ピアノ線やワイヤー等で背後から相手を絶命させる
特殊コマンドが用いる暗殺術のように。
 絶対の信頼を寄せていた己がスタンドそのまさかの造反に、
紛い物の自分が瞳孔を裏返し足下が徐々に浮いていく。
 その耳元に届く、本物の声。
「攻撃は、打撃技のみではない。
“絞め技” も有効な手だてだ。
そしてそれこそ、遠隔操作系スタンドの最も得意とする所。
倒すのに(パワー)が要らないからな」
 そう言って右腕を流すと同時に、結晶が操作され逆方向へと動く。
「がぁぐぅッ!? おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」
 引き延ばされたスタンドが交差した事により、
頸部が押し潰されるほどに圧迫が強まり藍青症(チアノーゼ)を起こし始める、
故にその 「本体」 は、最終手段を取らざる負えなくなる。
 相手の形容(カタチ)を執る量だけを残しての、スタンド一斉解除。
 コレにより本体は完全無防備、それを見越して構えていた花京院が、
拳にパワーを集束させたスタンドと共に挑みかかる。
「ドゥー・ユー・アンダスタン?」
 無敵のスタンドを、その知性と技術で完全に打ち破った爽やかな表情で。
 そう、完全なる勝利。
 誰しもが、疑いのようのない光景では在った。
 花京院は無論、その彼と相対する者でさえも。
 故に 『黄 の 節 制(イエロー・テンパランス)』 本体、
ラバー・ソウルが取った行動は半ば自棄(ヤケ)、一縷の希望に縋るようなモノ。
 だが、ソレ、は……
「!!」
 予期せぬ眼前の 『姿』 に、花京院の心が凍りついた、連動してスタンドも止まる。
 自分でも理解不能の、驚愕とも言い難いナニカによって、呼気を吐き出す事も出来ない。
 状況は、はっきりと認識している。
 それらスベテを充分に熟知していながら、でも、それでも、
花京院の躰は止まってしまった。
 長い栗色の髪と深い菫色の瞳。
 艶やかなタイトスーツと洗練されたグラスをかけた女性の眼の前で。
(……)
 鼓動が、狂おしい程に脈を打ち、冷たい雫が頬を伝う。
 目の前の人物が 「本物」 でないと解っていながら、
その後に待つ結末を理解していながら、
それでも花京院は “彼女” を攻撃する事を躊躇った。
 理由は解らない、繰り返す自問、
『ソレは命よりも大切な事なのか?』 
 結論が出るよりも速く、千載一遇の好機を覚った相手が、
花京院にとって何よりも残酷な声で言った。
「ありがと、ノリアキ」
 


 ヴァッシュアアアアアアァァァァァァァァァァ―――――――――――――――!!!!!!!!!!



 即座に撃ち出された、 “彼女” が遣うモノと寸分違わぬ群青の爪。
 ソレが花京院の胸元をスタンドごと三連に切り刻む。
 舞い散る血飛沫、ブレる視界、完全勝利から一変、完全敗北への転落。
 糸の切れたマリオネットのように地に伏する花京院の脳裡で、
『本物の』 彼女の姿が過ぎった。
 誓った 「約束」 追憶の情景。
(すいません……ミス……マージョリー…………)
 今もあの場所にいるのだろうかと、薄れる意識が途切れるその時まで、
花京院 典明はマージョリー・ドーの事だけを想っていた。


←TOBE CONTINUED…
 
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