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嘘をつくから

作者:夢叶
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聞こえない、でも聞こえてる

トイレの隅っこに転がってる
トイレットペーパーの芯

彼は昨日一晩、このごみ箱と壁の間で過ごしたのだ
このごみ箱と、一体何を語ったんだろう

「最近めっきり寒くなってきやがったなぁ」
ごみ箱はいつも隅っこにいるから、きっと寒がり
「最後のひと巻きまで持ってかれちまって、お前さんもかわいそうに」
裸にされた芯はちょっと泣きそうな顔をしている
「僕らは、そうなるために生まれたからね」
「お前さんらは、いつもはじめは豊かに太っちょなのになぁ」
「あなたは、僕の前の僕ともこうやって話したの?」
体の向きを変えることもできない彼らは
一人は天井を、もう一人は便器の方を向きながら話続ける
「おうとも」
「僕の前の僕はどんな僕だった?」
「そうさなぁ、お前とよくにていたなぁ」
「やっぱりそうなんだ」
「やっぱりってことは、お前はあったことがあったのかい?」
「いちどだけ、声がきこえたのさ」
芯の声は、自分の事を語るように誇らしげだ

『やぁ兄弟!きこえるかい!ぐるぐる巻きにされた僕の兄弟!』
彼の前の芯はペーパーがなくなって捨てられる時、必死に叫んだのだ
次にくる自分が、怖がらないように
段々と自分がなくなっていくことに、くじけないように

『歌をうたえ!詩をよめ!
自分がとられていくたびに、自分の言葉を増やすんだ!』

「彼は僕らの中で一番の英雄だ
だから僕は、僕が残してくれた言葉を、次の僕に残すんだ」

ごみ箱は知っている
その英雄の前にも、同じ言葉を叫んだ英雄がいたことを
その前にも、その前にも、その前にも
英雄たちはみな、先代の言葉を残していってるのだ
そしてそれをまた、新しい英雄が残そうとしている

「受け継がれるのは、いつだって心のこもった言葉だけ
そういうこったなぁ」

夜が明けて誰かがトイレに入ると
床にトイレットペーパーの芯が転がっている
ふとそれを拾ってみて、おもむろにごみ箱に入れる

そのときなんだか、誰かの声が聞こえる気がする

そして少し、手に持っている新しい方のトイレットペーパーが
うなずいたような感じがするのだ
 
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