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剣士さんとドラクエⅧ

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104話 起床

「あら、エルトにトウカ。目が覚めて良かった」

 温かな気配のするその部屋で真っ先に目に飛び込んできたのはゼシカだった。貸した上着を寒そうに羽織り、椅子に腰掛けてこちらを見る様子は普通に元気そう。同じく寒そうな陛下もいらっしゃるし、おそらく助けてくださった恩人であろうご婦人もおられた。

「おやおや、なかなか起きないので心配していたんですよ。もう一人のお仲間さんは大丈夫かね?」
「えぇ、まだ眠っているようですがじきに覚めると思いますので」

 優しそうな風貌のそのひと。髪も白く、年齢的には「おばあちゃん」といったところだろうか、深い知性を感じさせる瞳にはなんでも見透かされそう。それでいてそれはちっとも不快じゃないから出来た人なんだろうなって、思うんだ。

 今の私に“祖母”に当てはまる人はいない。父上も母上も両親を亡くして久しいから、私は会ったこともない。でも前世にはいた。だからかな、彼女の雰囲気にはとても安心できる何かを感じる。特に命の危険のすぐあとだからね。単に、メディさんの優しい雰囲気がそうさせるのかもしれないけどさ。

「さぁさぁそんなところで立ってないで席にお座り。もうすぐヌーク草のスープが出来ますからね。それを飲めば寒さなんて感じやしないさ」

 ヌーク草……?聞いたことがないけど、薬草の名前かな?なら結構マイナーなんじゃないだろうか。私、これでもその手の勉強は出来るつもりだし……毒見役としての知識ね。護衛は何でもできなくちゃあ。にしても摂取して体が温まるって結構有用だよね。育てるの大変なのかな……沢山出回ればいいのにな。

 有り難く木の温もりを感じる椅子に座り、ぱちぱちと爆ぜる暖炉の火をぼんやり見つめる。そういえば戦闘では完全にアドレナリンが出ていたのか、普段は寒いや暑いや痛いやらを鈍く感じてるみたいで部屋の中だっていうのに体が凍てつきそう。火もあるのにね。

「はい、お飲みなさいな。私は薬師のメディ。貴方たちの名前はなんて言うのかい?」

 赤い液体の入ったカップを渡してくれたメディさんは私たちに向けてにっこり微笑んだ。あぁ、自己紹介か。寒さを自覚したら思考がぼんやりしてしまう。なんか……すごく眠い……目覚めたばっかりなのに。

 マヒャドフライのマヒャドのダメージが抜けていないのかな……。我ながらヒャド系最強呪文をよく耐えきったよ、マホバリアはかけたけど。すかさず飛んできたククールのベホマじゃ本質的に冷えた体を温める事は出来なかったってことなんだろう。まぁ傷を癒す魔法であって、あったかくなるわけじゃないし。

「僕はエルトと言います。まだ眠っているのはククールです」
「あたしはゼシカです」
「わしはトロデじゃ。外の納屋をお借りしているのが、我が娘のミーティアじゃよ」

 にこにこと聞いていたメディさんはぼんやりしてたせいで出遅れた私に視線を移す。慌てて表情を引き締め背筋を伸ばし、私は座った体勢ながらも深々と頭を下げた。

「トウカと申します」

 この場で苗字をわざわざ言うのは無粋だろう。礼儀正しいのね、と微笑まれて少しくすぐったい。あぁ……おばあちゃんっていいな。

 とはいえこのパーティメンバーで祖母がいるのは……いや、誰もいないって言うのが正しそうだけど。私はいない、エルトはわからない、ククールは……分からないけど修道院にいたってことはそういうことだろうし、ゼシカはお母上以外の肉親はいないだろう、あの様子だと。いるかもしれないよ?私は知らないし。

 うーん、ないものねだり。いらっしゃるかわからないけどメディさんにお孫さんがいるなら羨ましい限りだよ。

 ともあれヌーク草のスープをエルトが横で口をつけているのに気づいて慌てて私もカップを持った。どうやら何時もは考え事しながらでも動けるけど駄目みたいだ。体を冷やすっていうのはいけないね。

「あ……美味しい」
「ちょっと辛いけど体にじんわり染みとおる感じがするわ……」

 マシュマロが好きだからてっきり私は甘党だと思ってたんだけど。甘党でも辛いのが好き、でも充分ありえるよね。ピリリと唐辛子のような……?ちょっと違うけど、そんな辛さがして、香りもそこはかとなくスパイシー。でも飲み込めないほど辛いわけじゃない。冬場の毛布みたいに優しい。

 そしてたった一口飲み込んだだけなのに胃から温かさが広がった。ゼシカの言う通り、じんわり染みとおるって正しくそう。

「ヌーク草のスープを飲めば外に出ても大丈夫だろうて。まぁ今夜はこの通り吹雪ですからな、ククールさんが目を覚ましてもこうして温まっておくといいでしょうな」
「ありがたくそうさせて頂くぞい」

 うーん、まだククールは起きないのかな。私を庇ったときに頭でも打ち付けちゃったんだろうか、特に外傷が見当たらなかったからうっかりしてた。もう少し待って起きないようならエルトにベホマをかけてもらわないとまずいかも……。

 あれこれ考えつつぴりぴり美味しいスープを飲んで爆ぜる火に温まっていたら本格的に眠くなってきた。いけないいけない、私はいつだって臣下だ。陛下の前、恩人の前でそんな情けないのはいけないね。頬を軽く叩いて眠気を飛ばし、船を漕ぎかけていたのをなんとかした。

 その時、下の階からあの大きな犬が帰ってきて、暖炉の前で寝転がる。……つまり、ククールが起きたと見ていいのかな。

 そしてその予想通り、足取りもしっかりしたククールが寒そうに上がってきて、私はようやく安心できた。暖炉の前の席は目覚めたばっかりのククールで正しかったみたい。たったひとりで目覚めたからか、みんなを見るとククールの少しこわばった表情が和らいだみたい。

「おはよう、ククール。さっきは庇ってくれてありがとう。目覚めないから少し心配してたよ……どっか怪我でもしてない?」
「あぁ、それは俺がしたことだからレデ……トウカは気にするな。怪我もないし、トウカこそ……」
「はいはい、寝坊したククールはそれよりはやく温まって。多分自分が思っているより体、冷えてるわよ」

 レ……?まさかレディとでも言おうとか、言いかけたとかないよね?まぁ気のせいだよね。私がレディとかないない。今更女扱いされても私は騎士なんだから、ナイトなククールと同じように誰かを守らないといけないんだし。あ、でも大事な友達として守ってくれたっていうなら……ただの想像なのに心にはじんわりくるね。

 実際は多分、優しいククールのこと一番近くにいた人を守っただけなんだろうけど。これがエルトやヤンガスだったとしても性別なんて実の所気にしてないんじゃない?女ったらし、みたいだけど、誰かさんへのカモフラージュじゃなくて本当に。

 ……の割には誰かを口説いてるとか、しないよなぁ……酒場でもなんかあしらってるし。少し飲んで、エルトや私が引き上げたら帰ってくる。真面目じゃないか、かなり。綺麗なお姉さん、とか声をかけるのはむしろ私だし。

 あれ?女好きは傍目から見たら私かな?

 私の内心はともあれゼシカの言葉によって大人しく席についたククールは、メディさんから貰ったスープを飲んで、やっぱりほっとしたように頬を緩めた。 
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