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黄鶴楼 

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第一章

                 黄鶴楼
 明代の話である、科挙に及第せんと学問に励む劉高良は日々の学問に鬱屈したものを感じていた。それで家の使用人である辛票にこう言った。
「学問ばかりだとね」
「気が滅入りますか」
「どうにもね」
 碌に部屋から出ずに本ばかり読んでいるので青い顔だ、髭はなく細面で顔立ち自体はいい。しかしどうにも疲れきった顔だ。中背の身体もひょろりとしていてそれがかえって書生の白衣に似合ってはいる。その劉と正反対に辛は逞しい大男で髭も濃い。
 その辛にだ、劉は言うのだ。
「気が晴れないよ」
「塞ぎ込みますと」
 辛は自分が仕えている家の若旦那に言った。
「学問もです」
「身に着かないね」
「もうかなり覚えられましたね」
「うん、郷試には及第してるしね」 
 第一段階と言っていいそれはというのだ。
「だからね」
「それで、ですね」
「この調子でいったら会試も及第して」
「殿試も」
「いけるかもね、けれどね」
「今のお気持ちだとですか」
「影響が出るかもね」
 及第にもというのだ。
「やはり殿試まで及第しないと」
「本当の意味での及第ではないですね」
「そうだよ、だから何とかしたいけれど」
「そうですね、少し外に出られて歩くのもいいですね」
 辛は少し考えてから劉に答えた。
「それも」
「身体を動かすことかい?」
「はい、我が家は書斎人の家系ですが」
「武人の家の様にだね」
「別に馬に乗ったり武芸をするのではないですが」
 それでもというのだ。
「散策をしたりして身体を動かすこともいいかと」
「そういえば華陀もそんなことを言ってたそうだね」
 三国時代の医師だ、明代に至っては神格化さえされている。
「人は出来るだけ身体を動かした方がいいってね」
「そうすれば身体の中の気も動きますし」
「いいんだね」
「だから如何でしょうね」
 そうだね」
 すぐにだ、劉は辛に答えた。
「そうしてみるよ」
「朝早くから夜遅くまで学問をされてますね」
「もう何年もね」
 それこそ字の読み書きが出来る様になってからだ、彼は科挙の及第の為にこの歳まで学問ばかりしているのだ。
「そうしているよ」
「では学問の合間にです」
「散策をだね」
「黄鶴楼も近くにありますし」
 彼等がいる街のすぐ傍にだ。
「そこにも日の出の頃に行かれては」
「ああ、黄鶴楼だね」
 辛に言われてだ、劉も頷いた。
「そういえば言ってないね」
「若旦那様は基本この街から出られてないですね」
「それどころか家から出ること自体がね」
 朝から晩まで学問ばかりしているからだ。
「先生のところには行って教えてもらっても」
「それでもですね」
「殆ど家にいるからね」
 黄鶴楼に行くこともというのだ、それこそ歩いて行ける様な場所に住んでいてもだ。 
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