八神家の養父切嗣
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六十二話:“エミヤ”-Time alter-
赤いマントをはためかせ、乾いた荒野に立つ正義の味方。その背中はただ立っているだけで後ろにいる者達へ安心感を与える。反対に、目の前に立つ敵には圧倒的優位を崩されたという精神的ダメージを与える。
「もう一度尋ねよう。なぜ、生きている! なぜ私の前に立ちはだかる―――衛宮切嗣ッ!?」
自身の優位の崩壊と殺したはずの男の出現に珍しく取り乱すスカリエッティ。しかし、切嗣はそんな様子に微塵も興味を抱くことはない。どこまでも淡々としながらも皮肉気に返す。
「前半は自分で考えろ。後半はそうだな……お前が悪で僕が―――正義の味方だからだ」
余りにも以前の切嗣とは違う堂々とした宣言に一瞬言葉に詰まってしまうが本当に聞きたいことはそんなことではないと頭を振りスカリエッティは怒鳴り声を上げる。
「ああ、理屈は幾らでも考察できるさ。だが、なぜ、心臓が動いていないのに生きているのだ!?」
戦闘機人の目は相手の肉体情報すら読み取れる。それ故に理解できないのだ。衛宮切嗣という男の心臓が鼓動をしていないことが。普通の人間であれば動けるはずがない。例えもったとしても一分もすれば脳に酸素が行き渡らなくなり倒れるはずだ。だというのにこの男は平然と自分の前に立っている。その理由を悪魔の頭脳をフル回転させ理論を構築しあり得ない答えに辿り着く。
「まさか……体内時間を停止して死の間際で踏み留まっているというのかね!?」
その言葉に切嗣は皮肉気に笑うことで肯定して見せる。しかし、それでもスカリエッティは信じられなかった。オリジナルであれば理論上は時の流れを止めることはできる。だが、それでもなおあり得ないのだ。
少し考えれば分かることだ。心臓も停止し他の臓器も筋肉も停止している。言わば冷凍状態だ。その状態で人間が動けるはずがない。そこまで考えたところであることを思い出す。切嗣がユニゾン状態だということを。
「自身の時間軸を固定化し人形として五体を外部操作で動かしているのか!?」
「かの聖王も使った由緒正しい自殺行為さ、もっとも僕は既に死んでいるようなものだけどね」
驚愕するスカリエッティに対しやはり皮肉気に返す。かつて聖王オリヴィエはその体をゴーレム操作の要領で動かしていたというが、切嗣の場合はそれよりも酷かった。要はゾンビをコントローラーで操っているような状態だ。まずは衛宮切嗣という死にぞこないの時間を止めてブリキの人形を作る。後は外から操り糸をつけブリキの体が壊れるまで戦わせるだけ。
確かに死にはしないだろう。死の直前で停止したために心臓も動かない。最後の最後まで戦い続けることが可能だ。理論は簡単だ。しかしながら狂っている。かつて機械になろうとした男の体は今や完全なる機械と化した。与えられた命令に従い動くだけの存在。それを自ら望んだのだ。これを狂っていると言わずに何というのか。
「膨大な魔力制御のリソース、限界を超えて動かされる身体の損傷。……確かにそれらに目を瞑れば可能だ。そしてこの世界に来られたのはオリジナルゆえか」
自分を超えた狂気を見せつけられ冷静さを取り戻すスカリエッティ。そうすることで新たな疑問も見つかってくる。
「しかし妙だね。時間停止を行えば意識も働かないはずだが……今君の人格が表に出ているということはリインフォースⅠの方が停止した人格を担っているのかね?」
「そうだ。どちらも死にかけだが戦闘に秀でた僕が表に出ているに過ぎない」
「くくくく! つまり妻を犠牲にして娘を救いに来たというわけか!」
スカリエッティの愉悦に満ちた言葉に切嗣は静かに目を瞑る。後ろでははやてやスバルがやりきれないといった表情でその背中を見つめる。かつての切嗣であれば罪悪感で何も答えることができなかったであろう。しかし、今は違う。
「確かに客観的に見ればそうだろうな。でも、これは犠牲じゃない。親が子どものためにその身を削ることは犠牲ではなく―――愛と呼ぶんだ」
かつて愛を否定し愛に救われた男が静かに語る。言葉の意味で言えば親が子どものために死ぬのは犠牲というだろう。しかし、その尊い行為は、海よりも深い愛情は単純に犠牲という言葉では言い表すことなどできない。全くの別物だ。
「それにアインスは僕と共にいる。決して一人で戦っているわけじゃない。意識がなくとも、死にかけであろうとも、僕達は二人で戦っているんだ」
右手を音の鳴らない心臓の上に乗せる。アインスは切嗣に言った、共に家族を守ろうと。その結果として自分達が死のうともそれは犠牲ではなく、未来への―――希望なのだと。
『―――とある男の話をしよう』
それは絶望の果てに遂に答えを見つけた男の人生。
『男はこの世の誰もが幸せであって欲しいと願った 』
固有結界内の空間がさらに歪み始める。それに気づきながらも誰一人として動かない。男の人生を謡った歌が余りにも物悲しいが故に。誰もが影を糸で縫い付けられたように動けない。男の愚かな夢の後だけが時を流れる。
『だが、理想は絶望に堕ち男を天秤の計り手へと変えた 』
全てを救おうとした男の理想は呪いとなりその身を焼き殺した。
欠片も望まぬままに心と体を切り離し弱者を切り捨てるもっとも忌むべき存在になり果てた。
『分け隔てなく人々を救い、分け隔てなく殺して』
どこまでも平等に全ての人に救いを与え、全ての人に死を与えてきた。
『人の世の理を超えた理想を追い求めた』
初めから壊れていた夢を追い求め荒野を一人歩き続けた。
人が人であるべき原点を踏み越え、機械として全てを理想に捧げてきた。
『―――だというのに』
だが、彼の心は凍り付くことなどなかった。壊死することなどなかった。
心だけはいつまでも血の涙を流し続けてきた。
『彼はあまりにも人間すぎた』
何故なら彼は正義という集団秩序の味方でありながら家族を愛してしまったから。
寄り添ってくれる女性を守りたいなどと願ってしまったから。
娘に幸せになって欲しいと願ってしまったから。
『そんな―――』
そう、どこまでも愚かな男だ。結局願いは叶えられず手の中には何一つ残らない。
ただ、ひたすらに愚かな人生。だが、そんな無意味な人生だったからこそ―――
『―――愚かな男の物語を始めよう』
―――この胸に確かに価値あるものを得た。
世界が二つに別れる。空も、大地も、空気さえも二分される。片側は全てが乾ききったスカリエッティの心象風景。そしてもう片方は―――雪が舞い散る闇夜の雪原だった。
「固有…結界…ッ! 馬鹿な、一人で展開できるはずが…!」
「一人じゃない―――二人だ」
切嗣一人で固有結界を展開できるのはあり得ないと叫ぶスカリエッティに切嗣はハッキリと告げる。この世界は二人で創り上げたものだと。月も星もない闇夜。彼の人生は見えない月や星を追いかける暗闇の夜のような旅路であった。
全てを救おうとした道の果ては全てを失う断崖だった。月の明かりも、星の明かりすらも、もはや見えはしない。月は無く星も無く道は闇に消えた。だが、それでも―――雪だけは優しく男の体に降り注いでいた。
「僕とアインス、二人の残りの命全てを使ってお前を―――人間に引きずり落してやったぞ」
神とは唯一無二であり、絶対の存在であるからこそ神なのだ。そこに同じ能力を持ち、同じ力を持った人間が入り込んで来れば―――神は人間へと堕ちる。
「くくく…くはははは! そうか、そうかね! 最後の命を全て使い切って固有結界を展開したのか! 娘を守るために夫婦揃って、最後の一瞬までその命を燃やすか!!」
「無論だ、この命の使い道は既に決めてある」
圧倒的な優位は無くなった。絶対的な存在から転落した今、スカリエッティは死ぬ存在となった。時を戻せば相手が進め、時を進めれば相手が巻き戻す。まさに人間に戻ったというのにスカリエッティは冷静さを取り戻し笑っていた。
「あの時の発言は取り消させてもらおう。君は私がこの世で唯一尊敬するに値する人物だッ!!」
生まれて初めて見せるのではないかと思われるほどの真剣な表情でスカリエッティは語る。失望したなどとあの時は言ったがそれは大きな間違いであった。ここまで、強く美しい命の輝きは他の人間では見られない。蝋燭が燃え尽きる瞬間に一瞬だけ強く燃え上がるようなものかもしれない。だが、それでもよかった。目の前にいる男は生涯最高の敵に相応しい。
「嬉しくない尊敬だな」
「私は真剣さ、この上なくね。ああ、そうだ。私は君を倒さなくてはならない! 殺さなくてはならない! その他の有象無象などもはやどうでもいい。君を、いや君達をこの手で殺して私は真に神となるッ!!」
「やれるものならやってみろ」
絶対零度の視線がお互いの魂を貫く。凍えるような冷たさを感じるのは切嗣の固有結界の影響だけではないだろう。殺気とも違う圧倒的な威圧感。それが世界を支配している。吐き気を催してしまうほどの空気の中誰一人として動くことができない。
この空気を壊すことができるのは切嗣とスカリエッティの二人だけ。雪原に降る雪が砂漠に吸い込まれ消えていく。戦いにどちらが勝つのかはわからない。しかし、はっきりと分かることはどちらか片方の世界がもう片方に呑まれ消えていくということだ。
「フッ」
先に動き出したのは切嗣であった。はやて達にはもはや視認できない速度でキャリコを連射していた。その力はもはや人間の領域にはなく化け物の領域だった。だが、相手もまた同じような化け物であった。
「無駄! 無駄! 無駄!」
こちらも見えない速度で黒鍵を作り出し銃弾をハエでも叩くように落としていくスカリエッティ。しかもただ守りに入っているわけではない。超高速で前進しながら銃弾を捌いているのだ。
「コンテンダー!」
そこへ今度は防御不能な起源弾を叩き込む。魔力で練られた黒鍵であれば容赦なくその特性を発揮する。仮に魔力で防がなければ銃弾の威力のみで屠ることができる。しかし、相手もそう甘くはない。
「私が自分の作った武器に対して何の対策も練っていないと思うのかね!?」
起源弾の効果などそれこそ切嗣以上に熟知している。向かってくる弾丸へ黒鍵を投げて風圧をぶつける。勿論、それに弾丸を打ち落とす程の威力はない。だが、軌道をずらすには十分すぎる威力だ。
「私の作った武器で私に勝てると思わないことだ!」
「そっちこそ、僕の能力で僕に勝てると思うなよ!」
人の視力では追えない領域に達しながらスカリエッティは拳を切嗣に叩き込み、切嗣はコンテンダーでスカリエッティに殴り掛かる。どちらも相手の手の内を知り尽くしている。相手の策は最初から知っているようなものなので搦め手など通じない。
「その程度で私が倒れるものかッ!」
頭部に鈍器による一撃を食らっても不死身に近いスカリエッティは死なない。逆に新しい黒鍵で切嗣の心臓を貫く。
「さあ、どうだね! 心臓を貫かれた気分は!?」
「生憎―――この体は、もうその程度じゃあ死んでくれないんだ…!!」
心臓を刺されたにもかかわらず一瞬の動揺も見せることなく黒鍵を素手でへし折る。切嗣の体は外部から操作されている人形であり、その体の機能はもはや人間のものではない。骨が折れようと腕がちぎれようとも戦い続ける。停止している以上は時が動き出さない限り死ぬこともできない。それ故の不死身だ。
「お前の武器を返してやるよ…ッ!」
「なッ!?」
「そらぁッ!!」
お返しとばかりにコンテンダーを横からフルスイングしスカリエッティを吹き飛ばす。そのあまりの衝撃の強さにデバイスは完全に大破するが気にも留めない。
「く…! 今度は私からのお返しだよ!」
「ちっ!?」
だが、スカリエッティもただでは終わらない。吹き飛びながらも右肩と左足に黒鍵を投擲して切嗣の猛攻を物理的に止めさせる。すぐに黒鍵をへし折るがその僅かな時間の間にスカリエッティは態勢を整えていた。
「はぁ…はぁ…やはり同じ力同士だ。小細工ではいつまで経っても勝負が決まらないね」
「同感だ。お前如きにこれ以上無駄な時間は使いたくない」
お互いが握り拳を固める。切嗣はナイフをまだ持っている。スカリエッティはいつでも武器を作り出せる。だが、この戦いは武器では決まらない。重要なのはどちらかが真に己の敗北を認めるか否かだ。
「同じような顔で同じ力…これじゃ鏡だ。自分と戦うなんてつくづく苛立つ事をするよ、お前は」
「寧ろハンデだと思ってほしいね。同一人物であることで相手の戦略が読めるんだ。そういうのは得意だろう?」
方や無表情、もう片方は狂気の笑み。どちらがどちらの表情であるかなどいう必要もないだろう。極限の戦いの中二人の男は同じ力を操りながらも対極の存在であり続けた。
「おまえには負けない。誰かに負けるのは構わない。だが―――自分には負けられないッ!!」
自分のために、アインスのために、何よりはやて達の未来のために負けるわけにはいかない。既に人間として死んでいる男は、それでも人間として掴んだ小さな安らぎのためにブリキの体を動かす。
「つまるところ、私と君の戦いは外敵との戦いではなく―――自身を賭ける戦いというわけだ!!」
己の欲望のために、高みへ行くために、何より生を謳歌するために負けることはできない。人間でもなく、機械でもない男はこれから全てを得るために、己の渇きを癒すために肉の衣を動かす。
「かかってこい―――悪党」
「ぬかせ―――正義の味方」
終わりへと至る戦いが今始まりを迎える。
後書き
ケリィの詠唱
『―――とある男の話をしよう』
『男はこの世の誰もが幸せであって欲しいと願った 』
『だが、理想は絶望に堕ち男を天秤の計り手へと変えた 』
『分け隔てなく人々を救い、分け隔てなく殺して』
『人の世の理を超えた理想を追い求めた』
『―――だというのに』
『彼はあまりにも人間すぎた』
『そんな―――』
『―――愚かな男の物語を始めよう』
日本語は基本Zero原作の最初の部分から抜き出してます。
英語? 作者の中二病が疼いた結果です(真顔)
あれだったら本編の英語は消します。あとがきのは消さないけどぜひもないよね!
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