英雄伝説~菫の軌跡~(零篇)
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第15話
~星見の塔~
「き、消えた………」
「フウ……どうやらとりあえず満足して退いたみたいね。」
その様子をノエルは呆けた表情で見つめ、レンが安堵の表情で溜息を吐くと銀とレン、ロイド以外の全員は安堵や疲労によって地面に跪いた!
「九死に一生を得た気分ね………」
「……だが、あれで終わったと思わない方がいいぞ……去り際に吐いた野郎の捨て台詞からしてまたいつか俺達の前に現れるみたいな事を言っていたしな……」
「不吉な事を言わないでください……あんな相手、もう2度と戦いたくありません……」
エリィは安堵の表情で呟き、真剣な表情で呟いたランディにティオは疲れた表情で指摘し
「(あの男がバルバトス・ゲーティア……カイルやリオンさん達もそうだけどエステル達はよくあんな相手を何度も退ける事ができたな………)……………銀、これで満足か?」
少しの間目を伏せて考え込んでいたロイドは気を取り直して銀に視線を向けて問いかけた。
「あ…………」
「そ、そう言えばさっきの男との戦いであたし達を見極めるみたいなことを言っていましたね……」
ロイドの問いかけである事を思い出したエリィは呆けた表情で呟き、ノエルは不安そうな表情で呟いた後仲間達と共に立ち上がって銀を見つめた。
「フ………十分だ。」
「………改めて聞く。銀、何の用で俺達をここの呼び出した?」
銀の答えを聞いたロイドは気を引き締めて銀に問いかけた。
「フフ………ロイド・バニングス。薄々、見当は付いているのであろう?」
「!………………………」
しかし銀に問い返されたロイドは驚いた後、真剣な表情で黙り込んだ。
「え……」
「どういうことですか……?」
(うふふ、ロイドお兄さんは”どこまで”気づいているのかしらね?)
銀の言葉を聞いたエリィは驚き、ティオは不思議そうな表情でロイドを見つめ、レンは意味ありげな笑みを浮かべていた。
「お前のことは調べている。どうやら捜査官としてそれなりに勘が働くようだな。ならば私の用件もわかるはずだ。」
「ああ、そうだな………あんたの用件というのは―――最初にアルカンシェルのイリアさんに宛てた脅迫状………それについての話だな?」
「クク、その通り………では、その脅迫状の”何”について話があるというのかな?」
「それは………あの脅迫状を送った人物。それは、あんたじゃないんだな?」
「え………!?」
「どういう事だ……!?」
「まさか………」
ロイドと銀の会話を聞いていたエリィやランディは驚き、ティオは信じられない表情で銀を見つめた。
「ふふ、その通り……あれをイリア・プラティエに送ったのは、この”銀”ではない。私の名を騙る何者かというわけだ。」
「……やっぱりか。……捜査をしている最中、どうも違和感があったんだ。伝説の凶手……東方人街の魔人……調べて行けば行くほどその存在感は強くなっていった。だが、それに比べて最初の脅迫状は何というか………あまりにコケ脅しな匂いがした。イリアさんがイタズラだと決めつけてしまうくらいに。」
「ふふ……その通り。イリア・プラティエは天才だ。おそらく直感的に、あの脅迫状が本気で自分を狙ったものではないと気付いたのだろう。だが―――ならば何故、あんなものがアルカンシェルに送られたかという話になる。」
ロイドの話を聞いた銀は不敵な笑みを浮かべて答えた。
「そ、その……よくわからないんですけど。それこそアンチあたりのただのイタズラじゃないんですか?」
そこにノエルが自分の考えを口にしたが
「いや、”銀”がこのクロスベルに来ていることを知っている者は限られているんだ。黒月、ルバーチェ、捜査一課、遊撃士協会……あとはその関係者くらいだろう。」
「なるほど……そうなると確かにイタズラって線は無さそうですね。」
ロイドの説明を聞き、溜息を吐いた。
「そう……だが脅迫状一つで、アルカンシェルが新作の公開を中止することはありえない。さらに名指しでイリアを狙うと宣告したことについても不可解だ。その結果、捜査一課の介入を招きイリア周辺の安全に関しては万全の体制が敷かれる事になった。それこそ舞台中に狙われても未然に防げるくらいにな。」
「という事は……脅迫状を送ってこの状況を作り上げることで何か別の狙いを達成した………あるいはこれから達成しようとしている……?」
「その可能性は高いだろう。―――改めてお前達に依頼する。我が名を騙ったその何者かの企みを阻止してもらいたい。」
「なに………!?」
「おいおい。何、ムシのいい事言ってやがる。」
(”改めて”………?何だか一度依頼をしたような言い方ね………確か脅迫状の件で最初に依頼してきたのは”彼女”だったから………――――!うふふ、まだ決めつけるのは早いわね。)
銀の依頼を聞いたロイドは驚き、ランディは目を細め、銀の言葉に引っ掛かりを感じていたレンはある仮説が思い浮かび、興味ありげな表情で銀を見つめていた。
「クク……そんな事を言っていいのかな?その誰かが、何を狙っているのか私にも見当は付かないが……ロクでもないことであるのは目に見えているのではないか?」
「チッ……」
「確かにその可能性は高そうね。でも……どうして私達にわざわざそんな依頼を頼むの?あなた自身がやればいいのでは?」
「………………………フフ、こう見えても私はそれなりに忙しくてね。たとえばルバーチェどもの相手とか。」
「っ………やっぱり”黒月”に協力してマフィアと暗闘しているんだな………俺達クロスベル警察が手を出せないことをいいことに……!」
エリィの疑問に答えた銀の話を聞いたロイドは表情を厳しくして、銀を睨んだ。
「クク、そう恐い顔をするな。ギルドも面倒だし、一応民間人は巻き込まぬように配慮しているさ。もっともルバーチェの方がそこまで殊勝かどうかは知らないが。」
「お前………」
「いずれにせよ、我が名を騙って勝手な事をさせるわけにはいかない。依頼を受けるか否か――――答えてもらおう。」
「………わかった。あんたの頼みに応じる訳じゃないが真犯人の企みの阻止には協力しよう。」
「ふふ……それでいい。」
自分に対して敵意を見せながらも警察の本分――――”犯罪を防ぐ”為に自分の依頼を請けたロイドの返事に銀は満足げな笑みを浮かべて頷いた。
「………でも、どうするんですか?いつ、誰が何をしようとしているのか全く見当も付かないというのに……」
「いつ、というのは心当たりがある。もしその犯人がアルカンシェルに関することで何かを仕掛けてくるとすれば………本公演の初日か、プレ公演だろう。」
「本公演の初日か、プレ公演………」
「そいつは同感だな。やっぱり最高に盛り上がるとしたら本公演の初日になるだろうが……」
「……関係者一同が招待されて、お披露目をするプレ公演も格好のターゲットというわけね?」
(………アルカンシェルの公演の時に限って銀は真犯人の狙いを阻止する事ができない………しかも標的でもないイリアお姉さんの性格をまるでイリアお姉さんと親しい人かのように熟知している………うふふ、もう銀の正体はわかったも同然だけど念の為に銀と”彼女”がクロスベル入りした時期を調べないとね………クスクス、自分の正体が悟られた時の”彼女”の反応が今から楽しみね♪)
銀の推測にロイド達がそれぞれ考え込んだり話し合ったりしている中レンはある事を考えながらもその様子を一切表情に出さず、まるでロイド達と一緒に考え込んでいるかのような表情で黙っていた。
「フフ、その通りだ。お前達に頼みたいのはその両日における警戒行動………捜査一課が裏をかかれた時のため、劇場内を密かに巡回するという事だ。そして、いざ何かあった時は迅速な対処をしてもらいたい。」
「……勝手を言う……けど、筋は通ってるみたいだな。」
「アルカンシェル方面に頼めば劇場内の巡回は問題なさそうね。問題は一課の目を誤魔化せるかくらいだけど………」
「そうですね………見つかったらつまみ出されそうですし。」
銀の指示に溜息を吐いたロイドだったがすぐに気を取り直し、エリィの心配している事にティオは疲れた表情で同意した。
「フフ、引き受けてくれて何よりだ。―――それでは私はこのあたりで失礼しよう。朗報を期待しているぞ。」
ロイド達の答えを聞いた銀は口元に笑みを浮かべた後ロイド達に背を向けて呟き
「え……」
「ちょ、ちょっと………」
銀の言葉にロイドとノエルが呆けたその時、銀は走り出した!
「ま、待て……!」
「逃がすかよ……!」
それを見たロイドとランディは仲間達と共に追いかけたが、銀の足の速さはあまりにも速く、ロイド達は引き離されて行き、銀が逃げた場所―――屋上に到着するとそこには誰もいなかった。
~屋上~
「ここは………」
「どうやら屋上にある鐘楼部分みたいですけど……」
「野郎……どこに行きやがった!」
「ティオ、レン、サーチしてくれ!」
「はい………!アクセス……!」
「ま、無駄だとは思うけどね……―――アクセス。」
ロイドの指示に頷いたティオとレンは魔導杖を掲げて、少しの間周辺を探った。
「え……」
「何かわかったのか?」
「……地上のあたりにわずかに反応がありました。どうやら直接、ここから飛び降りたみたいです。」
「しかも凄いスピードでこの塔から段々と離れて行ってるわ。―――あ、もうサーチ外になっちゃったわ。」
「なっ……」
「そんな………」
「チッ……化物かよ。」
ティオとレンの報告によって銀のあまりにも人間離れした動きにロイドとエリィは驚き、ランディは目を細めていた。
「その……なんていうか。皆さん、とんでもないヤツを相手にしているみたいですね……」
一方考え込んでいたノエルは真剣な表情でロイド達を見つめた。
その後ロイド達はノエルの好意によって、警備車両でクロスベル市内に送ってもらった。
~夕方・中央広場~
「皆さん、お疲れさまです。本当だったら自分も協力したい所なんですけど………」
「ううん、塔の探索を手伝ってくれただけでも十分よ。」
「そうそう、正直助かったぜ。」
「そうですね……ここまで送ってくれましたし。」
「ノエルお姉さんのお陰で凄く楽にクロスベルに帰れたわ。ありがとう♪」
「曹長、本当にありがとう。」
申し訳なさそうな表情をしているノエルにエリィを始めとした特務支援課の面々はそれぞれ感謝の言葉を述べた。
「ふふっ、どういたしまして。でも、何かあったら遠慮なくタングラム門に連絡してくださいね?今日のことは副司令に一通り報告しておきますから。」
「ああ………その時はよろしく頼むよ。」
ノエルの言葉にロイドは頷き
「そんじゃあ、またな。」
「はい………!それではお疲れ様です!」
ランディの言葉にノエルは頷いた後敬礼し、警備車両に乗り込み、そして運転をして去って行った。
「さてと……まずは今週末にあるプレ公演での警戒活動か。」
「とりあえず支援課に戻って段取りについて検討しましょう。アルカンシェルにも連絡しないと。」
「………捜査一課の動向も掴んでおく必要がありそうですね。そのあたりは課長に頼めば探ってくれるとは思いますが………」
「もしくはハッキングで捜査一課のスケジュールを掴むのもアリだと思うわよ♪」
「あのな、レン………」
「警察官の癖に何で真っ先にそんな非合法な事ばかり提案するんですか……と言うかまさかとは思いますが遊撃士の頃から非合法なやり方で依頼を達成して出世したのですか?」
「ハハ……ま、いずれにせよ、メチャクチャ忙しくなりそうだな。」
その後――――ロイド達はアルカンシェルの関係者に連絡してプレ公演での段取りを詰めていった。その結果、ロイドとエリィが当日劇場内での警戒活動に当たり………ランディとティオは劇場外で待機、さらにロイドの提案により、レンをプレ公演の際、マクダエル市長の護衛に当てるよう手配した。そしてプレ公演当日――――ロイド達がそれぞれの所定の配置に付き、捜査一課を主体とした刑事達の警備の中、マクダエル市長を含めた招待客たちが次々とアルカンシェルに入り始めた。
3月22日―――――
~アルカンシェル~
「マクダエル市長もお出になったみたいだな…………そういえば、今回の新作に全面的に協力しているんだっけ?」
次々と招待客たちが来る様子を控え室へと続く通路にある扉から見守っていたロイドはエリィに尋ねた。
「ええ、元々おじいさまはアルカンシェルのファンだから。リーシャさんのデビューもすごく楽しみにしているみたい。」
ロイドに尋ねられたエリィは頷いた後、”月の姫”の衣装を身に着けているリーシャに視線を向けた。
「あはは……期待に応えられるといいんですけど。それより………”銀”という人が言ったように本当に何か起こるんでしょうか?」
視線を向けられたリーシャは苦笑した後、真剣な表情で尋ねた。
「………わからない。だが、可能性は高いと思う。捜査一課が警戒しているからイリアさんは大丈夫だと思うけど。」
「そうですか……」
「それよりも………イリアさんに今回のことを本当に伝えなくてよかったの?劇団長も同じ考えみたいだし………」
「はい……いいんです。あの人には――――イリアさんには余計な心配をしないで輝いていて欲しいですから。それが私の………私達全員の願いなんです。」
「君は本当にイリアさんが好きなんだな…………いったい、どうしてそこまで?」
エリィの疑問に微笑みながら答えたリーシャを見たロイドはリーシャのイリアに対する思いを微笑ましく思いながら何故そこまでイリアの事を大切にしているのかリーシャに訊ねた。
「ふふ……この劇団には、かなり強引に誘われてしまいましたけど………でも私、嬉しかったんです。クロスベルに来るまで………私は決められた道しか歩いていませんでしたから。」
「え………?」
「だからあの人の演技を見てとても惹きつけられたんです。ああ、こんな風にただ上を向いて力強く輝ける人がいるんだって。ふふ、決して手が届かないものだから憧れてしまったのかもしれませんね。」
「リーシャさん………」
寂しげな笑みを浮かべて語るリーシャをエリィは見つめ、ロイドは考え込んでいたが
「―――手が届かないなんてそんな事はないんじゃないか?」
「え………」
「確かに、今回の君の役は”月の姫”………”太陽の姫”の輝きを受けて映える役かもしれない。でも、素人目から見ても君とイリアさんの演技の良さはそれぞれ別物じゃないかと思った。君は君自身として……いつかきっと輝けるはずだよ。」
静かな口調で語り、リーシャをはげまそうとした。
「そう………でしょうか?」
ロイドの話を聞いたリーシャはどこか期待がこもった様子を見せながらロイドに尋ねた。
「ああ、だからこそイリアさんも君を誘ったんじゃないかと思う。今回の事件……俺達も壁にぶつかったけど何とかここまで辿り着いた。きっと解決してみせるから………だから君も全力で頑張って欲しい。」
「は、はい………!それじゃあ私、そろそろ行きますね。ロイドさん、エリィさん。どうか頑張って下さい。」
「ああ……!」
「ええ、あなたも頑張って。」
そしてロイドの説明を聞いたリーシャは嬉しそうな表情で頷いた後、ロイド達から去って行った。
「さてと……俺達もステージが始まるまでどこか別の場所で待機するか。………ん、どうしたんだ?」
リーシャが去った後ロイドはエリィに提案したが、リーシャが去った方向をじっと見つめているエリィの様子に首を傾げて尋ねた。
「はあ………まったくもう。これで無自覚なんだからタチが悪いというか………」
「へ………」
「―――何でもありません。それよりも、あそこまではっきりと約束したんだから。今回の事件………絶対に解決しないとね?」
呆けているロイドをジト目で見つめたエリィは微笑んだ。
「ああ、勿論だ……!」
「……そういえばずっと気になっていたんだけど、どうしておじいさまにおじいさまがわざわざ支援要請を出すという形をとってまでしてレンちゃんをおじいさまの護衛に付けたの?」
「あ……うん……マクダエル市長はいつ狙われてもおかしくない立場なのだから念のために護衛を付けておいても損はないだろう?まあ、マクダエル市長と親類関係であるエリィのコネを使ってまでレンの護衛を強引な形で認めさせた事に関してダドリー捜査官を含めた捜査一課の人達からは後で色々言われるかもしれないけどな………」
「フフ、アーネストさんがいるから別にわざわざレンちゃんに護衛してもらわなくてもよかったのに。アーネストさん、ああ見えて剣術の腕は結構凄いらしいし。」
「……………………そうだな。(俺の推理が間違っていた場合でも、それはそれでいい………)」
自分の話を聞いて微笑んでいるエリィを見たロイドは重々しい様子を纏わせて頷いた後、エリィから視線を逸らして真剣な表情で考え込んでいた。その後ロイド達は別の場所で待機し、劇が始まるのを待っていた。
こうしてアルカンシェルの新作、”金の太陽、銀の月”が開幕した―――――!
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