ソードアート・オンライン―【黒き剣士と暗銀の魔刃】
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三節:微かな胎動
前書き
追加話二つ目。
またガトウが二節の最後で言っていた複線的な言葉と、一応の繋がりのある物です。
しかし……この話もやっぱり、微妙な伏線が混じっていると言えるでしょうか……?
その真実―――それは神のみぞ知る!(エッ
……なんて冗談はさておき、本編をどうぞ。
中途半端な数字を持つ層の……森林系フィールドの正にど真ん中。
そこは誇張なく、何処までも続きそうだと感じるぐらい、深い深ーい森の中。
もう既に攻略済みであり、攻略中の層よりも幾つか下に位置する層の、背の高い木々が乱立し絶えず濃霧の張る、とある森林エリアだ。
足元自体は其処まで悪くなく、沼地があると言った自然系トラップも存在していない。
だがその代わりか三メートル先すら見え辛く、『策敵』スキルの範囲も地図の表示される場所も尽く狭まってしまう。
暮れ時や夜中ともなれば、その視界の悪さは筆舌に尽くしが痛い。
またそれらシステム的な妨害の他にも、少し判断を間違えればモンスターによる急襲、道に迷い地形的な袋小路に陥る、ワープできる結晶アイテムを持たなければ帰り道に疲労が積み重なる………など、対策無しで踏み込めば酷い目に合う事は請け合いだ。
……が、スキルが無ければ例えウッカリしなくとも見落とす場所すら多々あり、しかもその情報は攻略が終わってからようやく判明して物である事も手伝って、基本的な道以外は放置されている。
つまり中層プレイヤー達にとって其処は、レアアイテムに希少装備、コル稼ぎ場所としてうってつけのフィールドであるのだ。
そして―――今日も今日とてこの森林エリアへと、少しでも多くのコルを稼ぎ数少ない娯楽の一つ“食事”の内容を豪勢にする為、また己が生き残る確率を上げてくれる装備のランクを上げる為、中層プレイヤーで構成された一パーティーが踏み込んでいた。
「うっは~、何時見たって霧濃い、つーかやっぱ濃いな!」
「そりゃそうだろ? それがこのフィールドのテーマになってんだぜ?」
「だけど、やっぱり私も言いたくなっちゃうかな、霧が濃すぎ! って」
「温度の所為もあるんでしょうか……? なんだか、余計に寒気立ちますね……」
霧の所為と言う設定なのか、ここ等一体はヒンヤリとしており、陽の光も差さないので本来の温度よりも数段下に感じるのだろう。
更に時折響く、ギェェェエェッ……! とも聞こえる不気味な鳥の……否、怪鳥のモノと思わしき鳴き声でその感覚は余計に増しており、その手の者に苦手意識を持たぬ者でも思わずビクついていしまい数なぐらいだ。
「《キキキィ……!!》」
「ひっ……!?」
「キュルル……?」
最後尾に陣取っていた、ペールブルー色の竜らしき小型モンスターを肩へ乗せる幼げな顔の少女プレイヤーが、直後に聞こえる濁った叫びで肩を大きくすくめた。
情けない、と肩を叩こうとした女性プレイヤーも、次いでよりおどろおどろしく響いた鳴声に充てられて首を縮めてしまい、やがてパーティー全員で顔を見合わせお互いに苦笑い。
暫し気分を落ち着かせ、互いに頷き合い落ち着いた事を確認して、一つだけ吐息を洩らすと再び歩き出す。
「地図は持ってるよな……まだ埋まって無いとこはあるのか?」
「まだまだあるぜ! 此処とココ……あとはすぐ其処の分かれ道も」
「うわ、殆ど見えないわね」
幾ら地図の表示範囲が狭まり、視界が悪く先が見えないとは言っても、最低限の救済措置は取られており、地図上では通った道が他のどの層の、どのフィールドの地図よりも鮮やかに濃く染まるのだ。
オマケに、案内の矢印の様なマークも追加される。
またその近辺へ寄ると、限定的にだがその道がハッキリ表示されるので……オブジェクトとしてある道しるべも確り確認し、逐一ちゃんと地図を開いて歩けば何となるのである。
更に運営の措置と称するべきか、幸いとでも言うべきか、モンスターも特殊な能力こそ有して居れど、レベルやステータスの観点から言えば安全マージン内で無くとも闘えるぐらい。
つまりぶっちゃけてしまえば、コツとも言えない応用点さえ掴めば後は対した事無いモンスターばかり。
要は地図の確認を疎かにするな、という教訓が学べるフィールドとでも言うべきだろうか。
その誰も語らぬ教訓を確り守って、リーダーは逐一地図を確認。
他のメンバーは周りを警戒し、モンスターがPOPすれば今居る場所から成るたけ離れぬよう戦う。
道を外れたなら距離に鑑みてある程度戻るかそのまま進むかを選び続ける。
と―――暫くの間は詳細こそ違えど、大雑把に見れば作業の単純な繰り返しが続く。
尤も……その事はパーティー全員が覚悟していたようだし、何より緊急離脱アイテムの存在も相俟って、そこまで疲労が積み重なっているという様子も見受けられない。
寧ろ、時折見つかる宝物エリアの宝箱に、このフィールド……いや最早ダンジョンと言って良いこの場の身にしか出現しないレアmodとの遭遇、そしてそれらから手に入る希少なアイテムに、テンションは上がり活気が溢れる様にすら見えた。
なればこそ、この面倒くさい探索を続ける価値があると言うモノだ。
「お、もう一個見っけ! これは―――――へぇ、インゴットみたいだぜ」
「コレで五個目だね。全員分の武器、新調出来るんじゃない?」
―――更に時は進み。
またも宝の置かれた脇道や広場で、モンスターを極力寄せ付けないギリギリの、しかし歓喜はコレでもかと含まれた声が上がり、全員が格好ややり方こそ違えどそれぞれガッツポーズをとる。
手に入れたアイテムの総量が、持ってきたポーション類や控え装備の数を上回り、パーティーの誰も彼もがホクホク顔となる。
誰か一人が得をするのではなく、全員に幸が廻って来てしかもお釣りすらも出そうだとくれば、上がる口角を止める事など出来ないだろう。
……本物の命が掛っているこのアインクラッドで、より確かな安全を手に入れられるのならば……尚更にだ。
「あ、でも……見た事無いタイプのインゴットですし……扱えるレベルの加治屋さんていますかね?」
「居るんじゃね? ってか、依頼するだけなら別に上層へ行ってもいいだろ」
「ああ。フィールドに出る訳じゃあないんだ。寧ろ本来なら中々手の届かない品を、安全圏内で手に入れられが為に上へ行くプレイヤーも多いからな」
「そっか……なら安心だ」
モンスターと戦うの事前提とするならば、各階層乃数字と同じ数に揃えればいいとされている。
だが、其れは飽くまで闘う事が出来るだけ。
死なない為には、本人のレベルが各階層の数字+10が基本とされ、それ以下のレベル及び仮想の装備のままでフィールドへ赴く事は、ほぼ自殺行為と同義だとまで言われているのだ。
……されど更に裏を返すなら、これらのレベルは闘う事を大前提としたものだ。
つまり、攻略組には食い込めないからと傭兵稼業を営むプレイヤーに依頼したり、単純に主街区の安全圏内で観光したりお使いクエストをこなしたりするのには、ぶっちゃけて何の関係も持たない。
元より新たな上層が開通すれば後は『転移の門』から自由に行き来できるのだし、開通記念祭りなどという、安全を考えて第一層に籠っているプレイヤー達の一部すらも足を運ぶぐらいの恒例行事の存在もある。
最下層に留まる彼等すら上層へ足を運ぶのだから、ある程度安全マージンを取っている中層プレイヤーが上層を訪れない方が、いっその事珍しい。
「商売繁盛を狙って、見逃した仮想の掘り出し物を置く人も、まぁ前に見たしね~」
「あぁ居た居た、いたなぁそんな奴。結構便利なの多かったから、一部攻略組も買いに来てたっけか」
「あの時はビックリしましたよ……トンデモない長さの行列に」
レアアイテムから派生した、少し妙ちきりんな思い出話に、その映像を頭に描きつつ彼等は皆声を出して笑う。
パーティーリーダーは地図を確認しながら、他のメンバーは一応周りに目を向けながら、それでもその談笑に加わっていた。
「それにしても、シリカちゃんの存在は心の支えになるわ。ありがとね?」
「い、いえ! 私が何かした訳でも……ヒールブレスとか、バブルブレスとか、ほぼピナの活躍のお陰ですし……」
「何言ってるのさ。君個人の実力だって悪くないし、ビーストテイマーとしてもプレイヤーとしても十二分に感謝できる事だって。な、ピナ?」
「キュルルッ!」
ドラゴンを肩の乗せた少女はシリカと言うらしく……彼女の様にモンスターを『使い魔』として飼いならしているプレイヤーは、実際のところかなり希少だったりもする。
RPG系ゲームに存在する職種に準えて『ビーストテイマー』という固有の呼称が出来るほどに、使い魔のテイムにはかなりの運が絡んでくるのだ。
その件を踏まえて言えば……使い魔を得たシリカも、彼女を率先してパーティーに入れられた彼等も、其れなりの運を持っていると言えるだろうか。
「……よし、そろそろ行くか」
雑談もそこそこにリーダーが〆の声を上げ、それが正しく鶴の一声とばかりに、皆の表情が引き締まる。
途中で時計を確認し、まだ時間があるからとあと一つ宝物部屋を見つけるため、パーティーは再度歩き始めた。
最初とはまた違い、見ただけでは到底デスゲーム中とも思えない、すっかりピクニックなムードを呑気に放ちながら彼等は進む。
直刃の剣を曲刃の剣を、短剣を、槍二つを振いながら連携を取り、時にポーションを口に含み、マップデータも順調に埋めて行く。
悩むべき事と言うなら……時間に鑑みてアイテム探索を欲張り続けることと、安全エリアに踏み入れ結晶アイテムで引き返すこと、そのどちらかをこの次の分岐点で選ぶ必要がある事だけだった。
兎に角、危険など“皆無”と言っても良かろう。
「リーダー? 怪しげな道、見つかった?」
「いや……でもこの先に分岐点があるから、可能性はあるな」
仲間へとそう返しながら、前方を確認し脇道を見やり後ろを視認した後で、リーダーは地図から目を放さずに歩き始める。
「お、あった! コッチを左に進めばまだマッピングしていない場所だから、何かあるかもしれないな」
リーダーの男は一頻り頷き時計を確認する。
まだ日が落ちるには早い判断してから、今度は一応確認の為に背後のシリカ達へ確認を取るべく首を傾けた。
……されど声を掛ける前に全員が確りと頷いた為、リーダーはその意気の合いように苦笑してしまっていた。
ちゃっかり結晶系アイテムを手にしている辺り、全員戦闘の覚悟も闘争の決意もとっくの昔に完了済みらしい。
幾ら探索が最早ピクニックのムードに近くなっていたとは言えど、仮にもデスゲームを一年以上も生き抜いてきた者達だ。
今更に人数的な利や、レベルに伴う実力、ビーストテイマーと言う存在だけで、奢り侮る真似などするはずもなかった。
一歩一歩早足ながらも慎重に、宝物広場と思わしき開けた場所まで進んでいく。
更に一歩踏み出し、名前も知らぬキノコを踏みつけた―――瞬間。
「「「!!」」」
突如としてポリゴンの組み上がっていく、微かな音が耳へと届いてくる。
湧出地帯では在り来たりな、所謂モンスターのPOP演出の音だと全員が気が付く頃には……既に皆それぞれの得物を抜刀し終えていた。
「『モロロロロォ……』」
「やっぱり来たか」
「定番よね、こういう奴」
「……全くな」
現れたのは樹木の化け物。
枯れ木の様な見た目はそれだけで不気味さが滲み出ている
何で出来ているかも分からない光玉の瞳と、歪な牙の生え揃う口と化している洞が一層プレイヤー等の目を引いた。
植物を多少ねじ繰り変えて化物へと変質させたようなこのモンスターは、森林地帯―――特に濃霧漂うフィールドでは当たり前に出て来るタイプでもあり、人に近い者から樹そのまんまの者まで実に様々だ。
その中でも人に近い物は少々ながら手強いのだが……幸運にも彼等の目の前に姿を現したのは、腕の様に左右へ伸びる太い枝を除けば、いかにも『樹』といった感じの実にそのまんまなタイプだった。
「よし、それぞれ構えてくれ! 近距離要員は待機! 中距離要員は何時も通り左右から!」
「了解!」
「任せて!」
「あ……は、はい!」
「キュルッ!」
盾持ち剣士であるリーダーが前に出て、同じく盾を持つ曲刀使いと、ビーストテイマー兼短剣使いであるシリカは少し離れて待機。
両手槍持ちの男女2組は右方と左方へ別々に分かれ、樹木型モンスターへと穂先を突き付ける。
「『ォオオオオオ……!!』」
「おっと……っ!」
真正面から叩き付けられた枝腕を盾できっちり防き、期を見て両側の槍使いが数回ばかりスラスト。
まだ闘い始めだからかそれでターゲットは分散し……二人いる為どちらへ的を絞ろうかと、樹木モンスターの身体が左右へ迷うように揺れる。
ゲームが故のその必然的な行動は、正面へ隙を晒すのと同義だった。
「そらっ!!」
迷うことなく踏み込んだリーダーの剣が瑠璃色へ変貌する。
一瞬の硬直から―――刹那、弾かれた様に刀身が高速で移動。
右側から切り上げ左側へ切り降ろし、その斬撃の軌道をなぞり返すが如く、再び垂直に2度切り裂く。
片手直剣スキル四連撃【バーチカル・スクエア】だ。
派手な音を立ててHPを大幅に削るも、高ダメージを叩きだすスキルの技後硬直からは、コレまだゲームが故に逃れられない。
「『モロロロォォ……!!』
盾こそ正面へ構えてあるものの、しかし振り下ろされる一撃からは逃れるのは無理。
……されど、リーダーの顔には焦燥など無く、まだまだ余裕の色が見られた。
それは、自らを襲うダメージが少ないからであろうか。
「今度は脇が甘い―――っての!」
「『!!』」
否、仲間がいるからだ。
蛍光カラーの黄緑に染まった、鋭い穂先がこめかみに相当する部分を一撃を突き込む。
更に曲線を描いて下部へ刃が移動する……と、同時に間髪置かずに切り上げ、
「ぜぇあっ!!」
矢鱈と気合のこもった一声を伴って、右斜めに斬り降ろした。
両手槍スキル三連撃【スピア・スナッグ】も、これまたキッチリ全段ヒット。
が、HPは先の連撃に比べるとまるで減っていない。
「『モ、ロ……ロロ……!?』」
だと言うのに、樹木モンスターは困惑の声を上げた。
実は―――このスキルの真価は別にあり、それは“デバフ”を相手へ付与する事。
流石にデバフの乗る確率はそこそこなのだが、特定のアイテムを利用せずとも使える利点があり、モンスターのHPバー横へは『防御力down』のアイコンがちゃんと灯っていた。
ターゲット自体は変わらなかったがそれでも攻撃を中止させる事には成功し、リーダーも数歩下がる事に成功する。
「成功成功! っし、もう一回こい!」
実に順調な、セオリー通りの戦闘だ。
もしかせずとも、シリカや曲刀使いとの交代は要らないだろう。
しかし、自分一人で多くの経験値を得るのは忍びないと思ったか、リーダーは斜め後方へ向け声を上げた。
「近距離組! 次に防御したら左右からソードスキルを!」
「了解だ!」
「分かりました!」
「『ォォォ……モロロロロロォ……!』」
リーダーのその宣言に答えるかのように、またも運が味方したか先と同様に枝腕が振り下ろされて、盾を掲げて使い余裕で受け流す。
今度はチクチク突っついて二人から興味を外させ、もう一撃を叩き込もうと樹木モンスターは両腕を掲げた。
そのガラ空きの懐へ、二つの影が割り込んで……リーダーが飛び退くと同時に2色の光が迸った。
「おりゃあっ!」
「ぃやあぁぁ!」
上段2回と下段1回の刺突を繰り出し、三角形を描く短剣スキル【トライ・ピアース】。
3連撃の斬り上げで、幾重もの三日月を作り出す片手曲刀スキル【オーバル・クレセント】。
それぞれの三太刀がダメージエフェクトを刻み、挟みこまれた衝撃から樹木モンスターの身体が激しく揺れる。
HPもまたそれへ呼応するみたく、レッドゾーンまで激しく減少する。
討伐まで、あと一歩。
「よし、トドメッ!!」
リーダーの剣が肩に担がれた直後、今度は槍使いの少年とも違う淡い黄緑色に光り、体勢も前傾気味になる。
対人戦ではないからこそ突進系スキル【ソニックリープ】の予兆を態とらしく見せ……また、迷い無く草地を蹴って跳び出す。
彼の身体が砲弾となったが如く、瞬く間に樹木モンスターとの距離が縮まっていく。
「うらぁあっ!」
力強い叫びと共に、勢いが乗せられた刃が幹目掛け、確信を持って振り下ろされた。
繰り出される一撃は、確実に当たるだろう。
事実、リーダーのその予想は、全く外れる事はなかった。
「“ア゛アアァァアアアアアァァアアアアアアアアァァァァァァ”!!!」
「うお……!?」
「え?」
「なっ……!」
―――――そう、攻撃が外れる事はなかった。
何処からともなく響いて来るは、耳を劈かんばかりに張り上げられた、この世の物とは思えぬおどろおどろしい《人ならぬモノ》の絶叫。
樹木型モンスターの断末魔もかき消され、リーダーもバランスを崩して勢いを殺せず転がっていく。
「えーと……?」
「……あー……」
「……」
暫し皆して押し黙り、気まずい沈黙が辺りを包んだ。
……が、それも束の間。
「“ア゛ア゛アァァアアアアァァァァッ”!!!」
「「「!?」」」
その静寂を切り裂く金切り声が響き渡る。
同時に……時に耳に心地よく高い、時に耳障りに擦れる金属音も聞こえ、何かが闘っているのが理解出来た。
瞬く光からすぐ近くらしい事も窺え、野次馬根性とでも言うべきか、彼等は揃って聞こえてきた場所へ近付き、陰から戦場を覗き込んだ。
「…………」
「プレイヤー、が居ますね……」
「けど顔は見えないな」
まず目に付いたのは、緑色のカーソルを持った人影の方……プレイヤーだ。
身長がかなり高く、最低でも180後半は余裕である。
しかし深く被ったフードの所為で人相までは窺えず、それが見た通りの男性なのか、背の高い女性なのか……そもそも何者なのかも判別が付かない。
これ以上得る者は無かろうと、彼等は次に―――改めて彼、もしくは彼女の対峙している『モンスター』を見やる。
「はぁ……?」
「これって……えっ……?」
「……なに、“アレ”」
―――そして、絶句せざるを得なくなった。
……まず、姿形がおかしい。
ハッキリとした人型であり、それにつられたか身長は2mも無い。
身体は異様なまでに細く、顔部分は骸骨染みており、表面の質感は木々に近いが……どちらかと言うとスキンヘッドの“ミイラ”に見える。
両手には赤紫色をした、焔みたく揺らぐ光を携えているその様からも、自然系とはまるで関連性を匂わせてくれない。
幾ら不気味だといえども周りは森林で、湧出するモンスターもそれに準じており……だと言うのに、行き成りのゴースト系だ。
これには驚くしかないだろう。
「“ア゛ア゛ア゛アァァァァアアッ”!!!」
三度迸る絶叫。
それが戦闘再開の“合図”だと気が付く頃には―――既に対峙しているローブの人物へと肉薄している。
振われた腕が桁違いのスピードを叩きだし、赤紫の光芒が一瞬遅れて空間に瞬いた。
「“ア゛……ジィアアァァ……”! “……ア゛”?]
だが、ダメージエフェクトは瞬かない。
『異形』のその右爪はダガーよって、本来の着弾地点より逸らされていたからだ。
「―――!」
『異形』が驚愕すると同時、フードの人物は飛び上がり両足で胴体を蹴って距離を取る。
少しよろめいたミイラ型の『異形』はすぐさま己の手を振りかざし、洞中に存在する燐光の眼を一層光らせた。
「“ジィィアアァァ……”!」
―――それと同時にローブの人物の目前へ肉薄していた。
「な……!?」
「うそっ……」
傍から見ていた彼らには、視認などまるで不可能。
理不尽過ぎるこのスピードに、辛うじて感想を口にできた二人すら、素っ頓狂な声しか出せない。
「“ァアアァァァァアッ”!!!」
振り下ろされる、恐るべき威力をはらんだ右碗、その先端に付く三本の鉤爪。
対するローブのプレイヤーはソレを、まるでコレが当たり前だと言わんばかりに『屈んで』避けた。
更にスローイングダガーを投擲し、それを嫌がってミイラ型の『異形』が飛退けば……その飛退いたのとほぼ同時に、這いつくばった格好から前方へ“ジャンプ”して追いすがる。
その勢いのままドロップキックを打ち込んで逆立ちになり着地。腕力で跳び上がり、追撃の爪打ち下ろしを避ける。
と―――姿勢を起こすと同時に『異形』の顔面へ回し蹴りが炸裂した。
「“シ゛――――!”」
「―――ッ!」
よろめいたその隙を逃さず、踏み込みからの左拳突き、追加で肘打ちを確実に決める。
左フックと裏拳を組み合わせて、悪あがきの両爪二連撃を確実に弾く。
ローブの人物は更に追撃するべく左からダガーで薙ぐも、そこで動きは止まらず、今度は『異形』の後方目掛けて突進しながら脇腹を掠め切った。
「“ジィアアアアァァァァアァアァアァアアアアアア”!!!」
AIが真っ芯にある以上、ある種のアルゴリズムに沿って動くデータの塊な筈なのに、その燐光漂う眼球には確かな殺意が籠っている。
声にすら、怒りが濃密に含まれている。
「…………」
「“ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァァァァァァァ”!!!」
『異形』はどうも良い様にやられた事が気にくわなかったらしく、今度は振り向きからディレイも無しに、左爪を豪快に振り上げて来た。
見ていたリーダーやシリカ等には、反転や僅かに振りかぶったプレモーションすら碌に視認できず……
「……!」
―――だが、目の前のフードの人物は武器で軌道を上方向へと逸らして僅かに腰を落とし、傍からでも余裕が分かる程悠々と回避。
そこから一歩踏み込んで、手に持っていたダガーを振い横一文字に斬り付ける。
更に反して薙ぎ払い、下がった右腕と入れ違いに左腕が突きだされ、重苦しいサウンドを上げてストレートが突き刺さる。
「“ジィアアアアァァァアアアァ”!!!」
『異形は』叫び声に怒りをほとばしらせ、しかしその後の行動は至って冷静だった。
大股で一歩距離を取って左爪を振い、当然とばかりに避けられれば即座に右爪で薙いだ。
それもフードの人物は屈んで避ける―――――だけに終わらず、両手をついて繰り出される足払い。
「“ジ――――ア゛ア゛アァァアアアァァァァ!”!!」
「!!」
『異形』は易々バランスを崩して倒れる……のだが、このままでは隙を晒すだけだと理解しているのか崩れた格好のままに、左爪を縦一線に叩きつけて来る。
「!」
余りにもAI離れした驚異的な挙動にも拘らずフードの人物は一瞬すら硬直しない。
立ち上がりながら僅かに跳び退き、真っ直ぐ上に掲げる右手のダガーを振り降ろして、またも軌道を変えて見せる。
そのまま位置の下がったダガー斜めに払い、腕を切り上げ赤いダメージエフェクトを刻んだ。
オマケとばかりに斜めに跳躍しながら肩を切り裂き、追加のダメージを負わせていた。
「……あ……?」
「う、そ……」
「すげぇ……スゴ過ぎんだろ……」
いっそ笑える程に呆けてしまうぐらい……そのプレイヤーと『異形』の行動は常識を逸脱し過ぎていた。
一体どれだけ強敵と戦えば、一体どれだけ修羅場をくぐり抜ければ、瞬時にそう言った行動を行使できるようになるのか。
検討など、付く訳がない。
「“ァ゛ア゛アァァァァ”…………」
僅かに見える『異形』のHPバーは、どうも少し前から闘っていたのか既にレッドゾーンだ。
プレイヤーの方はと言うと、殆ど喰らってなどおらず、九割減っているかどうか。
先の攻防と言い、実力の差が如実に表れていた。
と―――――何故だろうか。
いきなり両者は急停止し、先までの戦闘が嘘のように、両者構えもせず棒立ちになっている。
「……」
「“ア゛ァァ……”……」
「な、なんだ……何で行き成り?」
「知らないわよ……そんな事」
「何か意味があるんでしょうか……」
彼等の声など当然届かず―――しかしその穏やかなまでに静かな空気とは裏腹に、いっそ観ているプレイヤー達の方が、掌へじっとりと汗を滲ませるほど場の緊張感は高まり続ける。
もう一分過ぎたのだろうか……それともまだそこまで経っていないのか……。
そして、シリカ達が時計針の音を幻聴し始めた―――――刹那。
「―――ッ!!」
ローブの人物が突貫し、急速的に状況が動く。
数メートルを一気に詰めて来るプレイヤーに『異形』は爪を真正面に付きだして構えていた。
その突進が本命にしろフェイントにしろ、此方からは動かず迎え撃つつもりだ。
「「!!」」
リーダーやシリカ達から見ればほぼ一瞬、されど彼らから見れば濃密な時の中―――遂にダガーとクローが火花を上げて交差した。
「―――ッ」
右半身を向けたローブのプレイヤーはダガーを立て、右爪の貫撃を後方へ流す様に捌いている。
だが同時に……プレイヤー背後が、見事にガラ空きだった。
「“ア゛ァアアァ!”!!」
拍など置かずに左の爪が振り下ろされ、ローブのプレイヤーの背中を抉らんと赤紫の燐光が燃え塵消える。
「―――!」
それを背後も見ないままなのに絶妙のタイミングで、腕を使って殴るように押し上げ無効化。
今度は自分の番だと一歩懐へ踏み込み……腰だめにしたダガーにて切り裂くべく、体の重心が傾き軽く沈む。
「“ア゛アアァァッ”」
だがそれも、通じるのは一般プレイヤーまで。
明らかに常識離れした『異形』は軽く仰け反って、その斬撃をかわそうと―――
「“!!”」
突如として体が前に倒れ込んだ。
何が起こったか言うまでもない。ローブのプレイヤーがダガーを囮に右足でローキックをかまし、『異形』を再び転ばせたのだ。
更に倒れこんでくるミイラ型『異形』の顔面を、左手で掴んで後ろへ向け引っ張るようにして投げ着けた。
「――――!!」
地に叩きつけられた『異形』を待っていたのは―――青緑に染まった、ダガーでの体重を乗せた刺突。
「“ア゛ァァ”―――」
ド派手な音を立てて顔面に命中したかと思うと、『異形』はそこで不自然に硬直し…………青いポリゴンの欠片となって四散していった。
……後に残されたのは、ローブのプレイヤーのみ。
勝者は―――誰の眼から見ても明らかだった。
「……」
ふと……そのプレイヤーが何かに気が付いた様に屈みこむと、立ち上がった時にはその手に、何やら金色に鈍く輝く破片の様な物を手にしていた。
それが何なのかは、リーダー達が確認する前にしまい込んでしまった為、詳細はおろか形なども窺いしれないままだ。
「…………」
一応は興味がわいたのか、彼等は木陰からローブの人物へ近寄ろうとする。
が……ローブ姿のプレイヤーは、転移結晶を使ってさっさと立ち去ってしまい―――結局、何も分からずじまい。
「…………何、だったんだアレは……?」
そしてリーダーのそのつぶやきに答えられる者も、また居ないのであった。
コレが、“とあるプレイヤー”が迷宮区へ現れる……その約一週間前に起きていた出来事である。
後書き
大分後になってしまいましたが、リメイク版の此方にもAskaさん画の『ガトウ』のラフを乗せておきます。
ではまた次回。
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