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ソードアート・オンライン―【黒き剣士と暗銀の魔刃】

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二節:睡眠の訳……?

 
 
 日本人ならば自然と気を落ち着かせられるような、島国特有の独特な雰囲気漂う和風な外観を持ち、西洋風味な外観が多いアインクラッドの中では少しばかり異彩を放っている、極めつけは迷宮区ですら『千蛇城』と名付けられている……和風好きにはたまらない十層、その主街区。


 長身で褐色肌を持つ短髪の男が、顔に付いている交差した傷を一度撫で、髪を強く掻きながら自分の寝床へと脚を運んでいた。

 特徴的な傷や鉄色と暗銀のメッシュ掛かりな髪色の他、いやに細長い片手剣なのか細剣なのか片手半剣なのかよく分からない刀剣という得物を背負っている……言わずもがな、ガトウである。


 何時も何時も飛んでもない場所で寝ている彼ではあるが、今日ばかりは安全且つ寝心地の良いベッドにて睡眠を取るつもりなのだろうか。


 しかしながら、彼の行動には疑問が残る……何故なのか。



 実は、今現在の時刻は十時丁度。つまりまだまだ寝る時間ですらないのだ。

 休日の二度寝なら有り得るかもしれないが、朝起きて二、三時間経ってすぐまた寝付くなど、常識はずれにも程がある。


 しかもこのガトウという男は、食事やレベル上げもある為にそうそう何時もではないが、それでも高い頻度で同じ事を繰り返しているので、常識的観点から見れば余計におかしく思えてしまう。


 だが、周りは生き残る為にレベルを上げ、ソロならば他すべてのプレイヤーに、パーティを組んでいるならば無所属のプレイヤーに構っている暇など無く、生産職についているプレイヤーも何も買わずにふらふら歩いて通り過ぎて行くだけの人物に注意を見けている暇など無いので、始めてみた者こそ二度見をするが大半は目線向けこそすれ、驚く者などいない。


 ならば、それだけガトウの奇行が有名になっているのか……と言われればそうでもない。


 彼はダンジョンにフィールドに街中に、攻略中の最上層―――現在は六十層―――からアインクランドの基盤たる第一層、その主街区である『始まりの街』まで、好き勝手に放浪者の如く行ったり来たりしている上、意外と影を選んで寝ているのでそこまで人目に付く訳でも無かったりする。


 流石にダンジョン内でしかもモンスターの湧出地帯で睡眠をとっている物が居るなど想像もしないだろうから、最初にガトウの噂が流れた時情報集めに難航したのも納得できる。
 尤も、ガトウに関する情報は彼自身特に隠すつもりがないのか、聞かれた事は全て答えを返しており、その情報をたどっていくと何故今まで見つけられなかったかが分かり、同時に余りにくだらない理由でげんなりする事請け合いだ。


 こんな睡眠バカな寝ぼすけけ太郎が、実際攻略そのものには参加していないのに―――寝てばかり居ればそれも当然だが―――攻略組に匹敵する実力を持つと知れば、その驚愕の度合いは知ったプレイヤーの大部分が、顎が外れんばかりな物となるのも避けられない。



 まあ、顔の傷やら左腕の包帯やら、筋肉質な肉体やら浅黒い肌やら高い身長やらの身体的特徴、ゲーム的に言うなら店売りしていない為プレイヤーメイドかモンスタードロップとしか思えない、本人曰く後の銘が全て “ゴックローク” と付くらしい短剣、長剣、大剣をもっているのだから、そこそこレベルの高いプレイヤーには見えるかもれない。

 実際、金属装備が彼以上に少ないが攻略組に名を連ねている『黒の剣士』と呼ばれるプレイヤーが居るらしいので、装備が足りない事とハイレベルで無い事はイコールで結べないから尚更だ。


 ……武器を装備していなければ左側に袖が無いインナーに、金属部の少ない軽量装備なので不安に思っても仕方無いであろうが。



 実にゆったりとした足取りで桜の舞い散る通りを歩きながら、ガトウは自分の寝床に辿り着いたか方向転換して道を変え、狭い路地裏から誰が利用するのかと突っ込みを入れたくなる扉へ手を掛け、製作者が戦闘と宿屋を勘違いしていたか番台に似た受付で用を済ませてから、部屋へと入り地面に座り込む。


 そしてパン一個口の中に放り込んで咀嚼し……何とそのまま寝込んでしまった。



 ゲームの中であるからして喉に詰まる事は無かろうし、仮に詰まっても空気抵抗の概念こそあれ呼吸する必要は無いのだから死にはしないだろうが、だからと言って食事途中に寝るなど余りに奇想天外な事態だ。


 彼は何故にそこまで睡眠を取りたがるのか、新たなる謎が生まれた瞬間である。



 そのまま、つまり口にパンを入れたまま十分ほど眠りこけた所でガトウは軽く目を覚まし、口の中のパンを咀嚼して座ったまま段々と猫背になり、それが自分にとっての普通だと言わんばかりに……寝た。


 こんな事を実に六回ほど繰り返して漸くパンを飲みこむと、ゆっくりと緩慢な動作で立ち上がってベッドに倒れ込―――まず大きな音を立てて奇妙な恰好で座り込むと、一応といった感じで体勢を胡坐に直して再び就寝する。


 現実の体で何か病的症状があって、止むを得ずこうなってしまうのならばまだ救いがあるかもしれないが、此処はゲームの中でしかもまだ昼真っただ中。
 変人奇人睡眠馬鹿という呼称に対し、相手をそうでは無いと納得させられる弁解などとてもできない。


 それにもしここが電脳世界で無かったら、脳に障害が出るわそれを回避しても体の節々が痛くなるわ、外で寝れば虫に刺されるわ汚れるわで散々である。



 もしもこうだったら……などといった不安事はつゆ知らぬとばかりに、ガトウは胡坐をかいたまま午後三時あたりまでずっと眠っていた。



 ガトウに対して周りがどんな反応を取っているか、中層プレイヤーは何も変わらずとも、最前線の攻略組の間で彼が関係したとある動きがあった事などは、やはり全く知らない様だ。


















 午後三時あたりにガトウが起きたのと時を同じくして、人々が疎らながら行きかう転移門の方でも動きがあった。
 殆どのプレイヤーが出てきた者達に注目し、隣同士で音量を下げて会話したり口を大きく開けて唖然としている。

 何故ならば、そこに居るのは血盟騎士団団長であるヒースクリフ、そして副団長アスナと団員一名であったからだ。

 血盟騎士団、英語読みのknights of the blood(ナイトズ オブ ザ ブラッド)から略称KoBと呼ばれる彼等は、攻略組の中でも最強ギルドと呼ばれる程のハイプレーヤー達が集うギルドであり、中層プレイヤーはおろか始まりの街にこもっている者達でも知っている程。
 中でも団長であるヒースクリフは、エクストラスキルと呼ばれる、クエストや特定条件でしか出現しないスキルの中でも、現時点で彼一名しか会得していない本当にレア中のレアスキルである《神聖剣》を扱い、その圧倒的防御力から《最強の男》や《聖騎士》、ヒースクリフの盾を貫く矛無しとも言われ、最初の名の通り全攻略組中で尤も最強と名高いプレイヤーである。

 副団長を任されているアスナも並大抵の実力では無く、何時から広まったかその神速の剣技から《閃光》の二つ名で知られている。
 彼女のレイピア捌きに付いて来られるプレイヤーは数える程しかいないと、そう言っても過言ではないだろう。
 また二つ名が付かずともKoBは先にも言ったがギルド自体がかなり有名なので、その制服を着用しているだけで注目を集めるのは必然であり、三人目の無名のプレイヤーも並々ならぬ注目を集めている。


 アスナは数歩進みでてから辺りを見回し、傍にいた女性プレイヤーに話しかけた。


「すみません、この辺りに肌が浅黒くて髪は単発で色が二色、奇妙な刀剣を持った顔に傷のある男を見ませんでしたか?」
「あ、あっはい! えっと……五時間ほど前にフィールドに行く際、あそこの路地裏へ行くのを見ましたけど……」
「ありがとう、情報提供感謝します」
「い、いえ」


 アスナのゲーム内では希少すぎる、華麗とも言える容姿に気後れしているのか、女性プレイヤーは終始どもり気味ではあったが、何とかアスナの問いへ返答する。
 情報を得たアスナはヒースクリフの元へ戻り今得た事柄を伝えると、軽く頷きそちらへと二人を伴い歩いて行く。

 探し人が居るかどうかは分からないが、取りあえず確認だけはするつもりらしい。
 アスナは兎も角、武器を装備している他二人やヒースクリフは、鎧に十字盾の所為で所々つっかえそうな細い路地に多少苦戦する。
 暫くその道を無言で進み、やがて三人は少々開けた場所に出てたった一つだけ存在している和風の扉に目を向けた。


「…………………………―――――ん?」
 

 タイミングがよかったか彼等の到着から数秒後に扉がのんびりと、それこそ短気な物ならイライラする程に呑気さが感じられる速度で扉が開き、中からお目当ての人物であるガトウが姿を現した。

 五分五分にもみたない確率の期待が当たった事で、ヒースクリフは若干、アスナと団員はかなり驚いている。
 三人を見るなり立ち止まったガトウは、明らかに自分目当てで来たであろう事が窺える状況に、しかし何の反応も返さない。
 一応眼は開いている為に眠ってはいないと分かるが、それでもこれまでの経緯から少々不安になるぐらい沈黙が続く。



 そうした沈黙の末に、先に口を開いたのは……意外にもガトウの方だった。


「……何か用があって、来た……んだよな?」
「無論だ」
「あ~……あ、そうかい……そうかいよ……」


 ガトウはヒースクリフからの返答を受け、適当だとしか思えない返事を右に左に体を揺らしながら言い、次いで頭を掻き現実ならばかなりエチケットに欠ける大きな欠伸をする。
 その相手を考えない態度には、アスナも男性団員も嫌悪を隠せない。

 対してヒースクリフは表情を変えずにガトウを見やると、彼の首回しと伸びが終わったのを見計らい、要件を口にする。



「君に対しての要件は二つだ」
「……面倒臭そう、だな」
「何、そこまで難しいものじゃあない。一つは君の力を私に見せて欲しいというものだ。勿論既に攻略済みであり、最上層から見てはるか下層であるこの十層では実力が測れないので上層へと移動させてもらうが……どうだろうか?」
「……ぬぅ…………」


 ガトウは奇妙に呟きながら頭を捻り、肯定するか否定すべきかをちゃんと真面目に考えている様子。
 きっかり―――二十秒悩んだ後、ガトウは口を開く。


「ああ、わかった。その要件は……受ける……」
「そうか、では指定場所まで案内しよう。ついてきてくれたまえ」
「……お~う」


 やる気無き事この上なしな間延びした返事と気だるげな雰囲気に、団員は肩を落としアスナは口を半開きにし、流石のヒースクリフも軽く頭を振る。
 付いて行く途中もあからさまに手をブラブラ揺らしてはいないが、やはり何処かシマりのない空気を漂わせていた。

 転移門へ行くまでの道すがら、団員がアスナに小声で耳打ちする。


「副団長……本当に彼は攻略組並みの実力を持っているんですか?」


 彼が口にしたのは妥当かつ正当な疑問であった。

 アスナはガトウの戦闘を実際に見ているが、ヒースクリフや彼は情報で見聞きしただけ。疑問に思わない方がおかしい。
 が、目の当たりにしたアスナでさえ、自分の目を疑ってきているのか言葉の前に溜息を吐く。


「正直に言うと、自分が少し信じられなくなってきている、としか言いようがないんですけどね……」
「はぁ……」


 彼女の返しもまた至極尤も。
 そうこうしている内に転移門へとたどり着き、ヒースクリフが転移場所を指定した。


 彼が選んだのは五十四層の主街区。レベル的に考えるならば実力を見極めるうえで確かに都合がいいだろう。
 転移門から抜けるや否やKoBの三人は真っすぐにフィールドを目指し、睡眠馬鹿もそれに従って一応早足のつもりかギリギリで付いて行く。

 フィールドに出てから数分と経たずに早速モンスターがPOPして、四人をターゲットし戦闘態勢をとった。

 アスナと男性団員もレイピアと両手剣を抜いて構え、リザードマンらしきそのモンスター三匹から目を放さずに、ヒースクリフは十字盾から長剣を抜きガトウへ要件の詳細を口にした。


「我々は周りの数匹を相手する。残った一匹を君が仕留めて見せてくれ」
「……はいよ」

  
「ガトウ、一体を頼んだよ」
「……はいよ」


 ガトウは、既に装備していたらしいあの時と同じ鍔の無い、鉄一個から削り出したが如き造型の短剣を指先で器用に回転させる。

 洞窟並みに暗く明かりの乏しい迷宮区で見た時とは違い、太陽の光を受けその刃物はぬらりとした青緑色に似た色彩の光沢を纏っており、鞘の無い背中の剣も基本同様でいやに不気味さを醸し出す。
 その刃とは対照的に不気味さの欠片もない、まるでやる気を感じられないその様子を不安に思いながらも、アスナはリザードマンの内一匹に狙いを定め、男性団員と共に挑む事と決めた。


「おおおおっ!!」
「グオオギャアアッ!!」


 男性団員が両手剣単発突進スキル『アバランシュ』を命中させ数回の攻防を行った後、背後から叫ぶ。


「リークさん! スイッチ!!」
「はい!」


 言うが早いかリークと呼ばれた団員は、無謀にも強攻撃を盾めがけて繰り出し、隙を作りながらも敵をノックバックさせた。
 HP0=死につながるこのゲームでそんな無茶な真似をした理由、それは後方から光の尾を引き突貫してくる―――――アスナだ。

 これが“スイッチ”と呼ばれる連携テクニックで、様は強攻撃や単発ソードスキルで強引にブレイクポイントを作り、その隙にもう一人と入れ替わるのである。
 ただ回復の為に交代するだけでなく、攻撃パターンを変えてAIを混乱させる目的も兼ねており、戦闘を比較的楽に運ぶ為の戦法とも言える。

 例に漏れず今回のモンスターも、重い縦切り主体の両手剣から、スピード重視で突き技主体の細剣へと変わった事で、それまでの動きが嘘のように目に見えて鈍くなった。


「ヤアアアッ!」
「ジュオオオッ!? ォォォ……」


 その隙を逃さず細剣スキル連続技『ペネトレイト』による三連突きを見舞い、リザードマンを爆散させポリゴンの破片へと変える。
 ヒースクリフも神聖剣四連撃『ゴスペル・スクエア』により菱形の閃光と共に葬りさった所だった。

 これで残るリザードマンは一匹となり、これまでずっとナイフを回していたらしく、今もまだ回しているガトウの出番が来た。


「ガトウさん! 危なくなったら援護します! だから全力で行ってください!」
「……」
「ガトウさん?」
「……」


 いやな予感を覚えアスナが耳をすませると……僅かに聞こえるいびき。

 何が起こっているか確定した。


「まさか……立ったまま寝てる!?」
「はいぃっ!?」
「……はぁ」


 アスナの発言にリークは驚愕し、ヒースクリフはため息を吐いた。
 立ったままナイフを回転させて寝るなど、どれほど器用で有ればそんなお馬鹿な芸当が出来るのであろうか。

 しかし戦況は刻一刻と変化するもの。隙だらけだとAIが判断したか、リザードマンは盾を前に出し片手剣を後ろに引き、体が硬直した瞬間モンスターの得物が朱色の輝きに包まれる。

 見紛う事無きソードスキルのプレモーションに、慌ててフォローに入ろうとするも……その前に発動してしまい、無慈悲な刃がガトウへと振りかかる。



 ―――そして何を捉えるでもなく空振りした。



「ジョ、オオッ!?」
「……ああ、出番……だと」


 五十九層迷宮区の時と同じくやる気の無い構えのまま、リザードマンの左後ろ側に陣取ったガトウは、本当に今更な発言を呟く。
 彼は、振り降ろされる刃に合わせてリザードマンから見た左側へと姿勢低くして移動し、同時にがら空きとなった背中を切り裂いたのだ。

 どう考えても寝ぼけた人間には出来ない芸当ではあり、初見であるリークは勿論アスナも目を見張っていた。


「ジャアアアアッ!!」


 決まると思った一撃を避けられ逆に一撃入れられたことからか、単純なアルゴリズムに従って動くだけな筈のリザードマンは、怒った様に剣を振りまわしてくるが、全て紙一重で仰け反られ屈まれ、逸らされる事で回避されて当たらない。

 攻略組の男性プレイヤーを相手した時にも似た状況に、しかしヒースクリフは関心の色を含んだ称賛を発する。


「凄いな彼は……」
「そうですね……私も改めてみましたが、やはり中々の物だと言えます」
「はい、プレイヤーとしての腕前はやはり攻略組にも劣らないかと」
「それだけでは無いよ」
「「えっ?」」


 ヒースクリフが発した一言にアスナとリークが聞き返すが、彼はただ黙ってガトウとリザードマンの戦いを見つめるのみ。
 それだけではないとはどういう意味なのか、そう疑問に思って再度目を向けていた二人の内、リークが恐る恐るといった様子で口を開いた。


「団長……あのガトウってプレイヤー……まさか、大きな回避行動を一回も取っていないんですか!?」
「その通りだ」
「え、ええっ!?」


 アスナはリークの発言とヒースクリフの肯定に驚いて、再三ガトウの戦いを見直す。


 と、丁度リザードマンが四連撃『ホリゾンタル・スクエア』のプレモーションを取り、それをガトウが対処する様を見てまた目を見張った。
 一撃目はまた紙一重で避け、二撃目は進み出てきた事を利用して潜り込んで回避、三撃目は回転に合わせ体をずらして外し、四撃目は微調整が効かず剣が届かない。
 正方形を描く水色の光が、空しく広がり散っていく。

 最初は彼の実力のみに目を向けていた為か気が付かなかったが………確かに大きな回避も防御も行っていない。
 パリィと呼べそうなものも、どちらかと言えば剣を当てて少し軌道を変え、攻撃判定が無い場所に移動しているだけ。

 驚異的な判断力と反応を持っているのか、それらにより最低限の動作で全て去なしているのだ。


「情報通り “先読み” とも呼ぶべきだなあれは……明らかに攻撃の来る場所が分かっている」


 ヒースクリフは改めて確認と分析を口にするが、アスナは返事と共に頷けたがリークは未だに大口を開けている。

 ヒースクリフは盾による防御主体、リークは武器防御と威力により勝る事を重視しているのであまり関係がないが、アスナはスピードを落とさぬ為態と盾を持っておらず、ステップ回避が主となる。
 しかしそこまで大げさに距離を取る事こそしないだけで、最小限の動作や紙一重の回避を続けるなど、技量と胆力の点で実行できるかどうか分からない。

 アスナも初期の層こそギリギリの位置を保っていた事があったが、それはあくまで攻撃が回避できるという意味のギリギリであり、ガトウの様なテクニック重視とは言えないのだ。

 一人一人にクセがあり、戦術も違う人間相手ですら攻撃を読みきったのだから、AIで動くモンスターの相手など彼にとっては造作もない事か。


 結局、ただの一度もスイッチもせず一定距離に張り付いたまま、ガトウはリザードマンを四散させてしまった。


 スピードを活かした撹乱と手数が売りの短剣でも、まず考えつかないであろう戦法での勝利……ヒースクリフは感心したように頷き、ガトウのもとへと歩いて行く。


「いや、素晴らしい戦いだったよ。アレは二対一でも出来るのかい?」
「……まあ一応、な。蜥蜴の棒振りを見切れ、ないなら嘘だ……」
「ほう、棒振りと来たか」


 仮にも敵として十分な技量を与えられている筈のリザードマンの技を “棒振り” などと言い現わした事から、初めて出会った前回同様に今回も本気では無かった事が窺える。

 彼の言い方からは読み取れないが……若しや『ソードスキル』も棒振りの中に入るのであろうか。


 また短剣を回しだしたガトウに、ヒースクリフは真剣味を帯びた目を向けた。


「ではガトウくん、もう一つの要件を聞いてくれるかね」
「……そういや、二つ……と言ってたか」


 一旦ナイフの回転を止めて腰のホルダーへ差し、視線だけヒースクリフの方へ向けていたのを止め体ごとゆっくりと向き直る。


 彼の動作が終わるのを待ってから、ヒースクリフはもう一つの要件をガトウへ伝えた。


「二つ目。君の実力を見込んで頼みがあるのだが……我がギルド、《血盟騎士団》へ―――」
「嫌だね」
「…………」


 まさかの子供染みた喰いぎみな即答に、ヒースクリフの口は思わず止まってしまう。

 再三口をあんぐりとさせざるを得ないアスナとリークはさておきとばかりに、ヒースクリフは硬直から数秒で立て直して続けた。


「理由を聞こう、何故かね?」
「……俺は基本用事の無い生き物だ、確かに年中暇だ。……だからって、このゲーム攻略に勤しむ気にはなれないのも……まあ事実なんでな……」
「なっ……!? どうして!? あなたはこのゲームから出たくは無いの!?」


 アスナの当然中の当然な疑問に、ガトウは場の空気を読まないゆったりとした動きで首を飲む気を変えて、彼女の方を見てから紡ぐ。


「……そもそも、ゲームから出られるか分からないからな……いや、クリアしたら……どうなるか分からない、ってのが正しかもしれねぇが……」
「何、言ってるの……あなた……?」


 前半の言い分は何となくわかる。

 終わりがまだ見えないアインクラッド攻略が不安であり、途中で死んでしまうのではないか、理不尽な策にはまってしまうのではないかという、死や行き詰まりへの恐怖から来るものだと。


 しかし後半はどうだろうか。


 クリアすればプレイヤー全員が脱出できる……これは第一層主街区『始まりの街』にて茅場明彦が空虚なる赤きフードローブのキャラクターを介したチュートリアル―――という名の絶望申告にて説明した事であり、全プレイヤーが揃っている場で言い放たれた衝撃的な事実を。忘れられるものはいない筈なのだ。


 ……目の前のガトウの様な、例外を除けばかもしれないが。


「ゲームクリアすれば脱出できるって、最初にそう言われたでしょ? だから皆頑張っているのよ?」
「……それぐらい、は知っている。後半のは個人的な、事だ。そこまで、深刻に帰されても困るんだが……」
「あ」


 つい敬語を忘れる程の事態にやっとこ付いて行きながら反論していたアスナだが、ガトウのその発言でリークやヒースクリフ共々後半の意味を悟る。


 もしかすると彼は、現実世界で何かあったのかもしれない。それこそ、このVRMMO『ソードアート・オンライン』に逃げたくなるぐらいの事態が。

 だからこその “どうなるか分からない” なのであろうと……極論を言えばゲームから出たくないという考えすら有り得るのではないかと。


 第一、アスナの様な者もゲームに参加しているという事例がある時点で、コアなゲーマーだけがこのアインクラッドに降り立っていると断言できる要素など失われている。

 複雑な事情と状況にて成り立っているプレイヤーも居るのは何ら不可思議な事でもない……現にアスナもこの世界に降りたつに至った発端は、兄の身代わりになってしまったという理由が存在するのだから。


 つまり彼は、整理が付くまで大きな行動を起こしたくないだろう……推論にすぎないが、それが妥当な位置だ。


「では、今すぐにとは言わない。団入りは考えておいてくれるかね?」
「そう、だな。今の所答えはさっきの、通り即決だが……こっちが纏まったらその時は、良いかもしれないな……」
「肯定的な回答が得られただけでも……いや、実力がみられただけでも収穫だな」


 要件は終わったと背を向けて歩き出すヒースクリフにアスナとリークは付いて行くが、ガトウは特に付いて行く理由も戻る理由もないのか立ち止まって遠くを見ている。

 また立ったまま睡眠をとっているかもしれない。


 そう思い呆れの色濃い溜息を吐くアスナは、ふと気になっていた事を思い出し、少し離れてしまった位置では不安なのでヒースクリフの一声かけてから、聞こえる位置まで歩いてガトウへと問いを投げる。


「あの~ガトウさん、起きてます?」
「……おぉ」
「良かった……あ、じゃなくて……あの五十五層迷宮区の時、道を塞いでましたよね? 用事はもうないって言ってましたけど、何の目的があってあそこに座っていたんですか?」
「あぁ……あぁ、アレか」


 特に細い通路に鎮座し剣を後方で交差させ、破壊不能オブジェクトを利用して通行不可能な状態を作っていた事を思い返し、ガトウは欠伸をかましてから理由を述べた。


「短剣あるしな……前からは、如何とでもなる……後ろからは難しい、から保険を置いておいただけだな……あぁ」
「へ? ってことはつまり―――寝る為?」
「……正解だ」
「はあああぁぁっ!?」


 あんまりな答えから思いっきり表情を崩してしてしまう程の呆れと驚愕に見舞われ、アスナは断られた際のヒースクリフと同様、しかしそれ以上に長い時間硬直してしまった。

 最上位ソードスキルもかくやという硬直が解けた時には、アスナの顔には怒りすら浮かんでいた。


「全くもう!! なんて人なの……アレだけ悶々と悩んでいたのが可笑しくなってくるわ!」



 言いながら小走りし、ゆっくりとした足取りで待つ事と歩を進める事を同時に行っていた二人に追いつき、主街区の方へと歩いて行く。




 ガトウはそんな三人の背中を見ながら―――




「…………お前らに、教える必要はまだ……無いんでな」


 気だるさなど一切感じない(・・・・・)空気を一瞬作り、座りこんでまた鼾をかいていた。


 
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