ソードアートオンライン アスカとキリカの物語
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アインクラッド編
異世界との出会い
「リンクスタート」と言った直後,アスカの体は奇妙な浮遊感に晒された。
視界は真っ白でなにも見えない。
しばらくして目を開けると、アスカは見知らぬ広場の中央に転送されていた。
第一層のスタート地点、〈始まりの街〉。
西洋風の建物が数多く存在しており,全プレイヤー1万人が滞在していても手狭に感じることの無いほどの広大さだ。
武器屋,アイテム売り屋等,フィールドに出る上で必要なものを買いそろえるお店も多数軒を連ねており,東西南北の四方向にまっすぐ伸びている大通りを進めば,そのままフィールドに出られる巨大な門へと繋がっている。
正式サービスが開始されてから1時間が経過して,すでに街は多くの人々で賑わっており、場を楽しげな喧噪が包みこんでいる。
その光景にアスカは目を見張る。
ソードアートオンラインの正式サービスは,ほんの1万人限定で行われた。
ベータテストに当選した幸運な1000人には正式パッケージも付いてくるが、そのほかの人々は残り9000台あるゲームパッケージの1つを手に入れるがためにお店の前で2日以上徹夜で待ち続けたような、重度のネットゲーマーである。
彼らにとって正式サービス開始一時間以内にログインしていることなど当たり前のことであるが、当然、アスカはそんなことは知らない。
アスカにとって、目の前の光景は不思議な、異様なものだった。
多くの者はアバターの見た目をリアルとは変えているのだろう、イケメンとして、美女として通るような文句の付け所のない完璧な容姿の者ばかり。
髪の色も現実ではあり得ないような、ピンクや赤、青などと色とりどりに染め上げられている。
中でも何よりもアスカの目を引くのが、彼らが身につけている装備である。
シンプルな布や皮だけで作られたものを着ているものは少なく、多くのものが重たそうで派手な金属装備をじゃらじゃらと音を立てながら歩いている。
更に、皆、自分の選んだ剣や槍、盾を携えている。
ゲームの中であるから、この光景が当たり前であることはアスカも理解している。
それでも、この〈ソードアートオンライン〉というゲームの作り出す仮想空間は現実と殆ど変わらない情報量をアスカに提供してくれるため、まるで本当にファンタジーの世界に迷い込んだような錯覚に陥っていた。
しばし、スタート地点で呆然としていたアスカだが、周りから変な目で見られるわけにもいかず、すぐさま行動を開始する。
とはいえ、アスカには説明書に書かれていたこと以上の情報は何一つ無い。
ネットゲームどころか,ゲームと名の付くものに手を触れたことも数えるほどしかないほどだ。
何も当てのないまま街の中を歩き始める。
「あの・・・・ちょっといいかな?」
不意に後ろから声をかけられて,アスカは振り向く。
声をかけてきたのは若い(といっても,アバターの容姿が自由に変更できるので,実年齢は判断しかねるが)男だ。
1人ではなく,男4人と女1人の5人で連れ並んでいる。
「・・・何か・・・?」
自分が話しかけられる理由に心当たりはないが,不慣れな環境故にぞんざいな対応をするわけにもいかず,一応答える。
「君,1人? 1人なら良かったら僕たちと一緒にパーティー組まない?」
「パーティー・・・?」
アスカは聞き慣れない単語に内心,首をかしげるが,説明書に書いてあったシステムなのですぐに思い出す。
「そう。パーティーの上限人数まであと2人なんだ。君も今から狩りに行くつもりならって思って」
「・・・・折角のお誘いだけど,遠慮しておく」
「ゴメン,ほかの人と待ち合わせでもしてた?」
「いや,1人で行きたいだけだから」
きっぱりとアスカは断る。
1人で行きたいというのは偽らざる本音だが,今日1日だけダイブしている身で浩一郎に無断でパーティーに入るわけにもいかない。
アスカの拒否に残念そうな顔をする男。すると,隣にいた女が話しかけている。
「だから,5人のままで良いって私言ったのに・・・・」
「でも俺たちのビルド構成で狩りに行ったら,前衛担当できるのがテツオだけになっちゃうだろ?」
「ケイタも頑張れば前衛できるじゃん」
「無茶言うな,ダッカー。元はといえば,おまえがシーフ(盗賊)なんて趣味ビルドを選択したから困っているんだぞ・・・!」
「ほ,ほかのゲームでもシーフやってたから・・・・」
ケイタと呼ばれている男睨むと悪そうな顔をしているダッカーを見て,後ろの2人の男が呆れたような表情を浮かべている。
仲がいいな,とアスカは思う。
ゲーム開始1時間でこれほど仲が良いということは,彼らは現実世界でも知り合いなのだろう。
しばし,がやがやと騒いでいる彼らを眺めていると,ケイタがアスカのことを思い出したのか慌てて振り向く。
「ご,ごめん。話の途中で・・・」
「気にしてない。・・・・仲,良いんだな」
「うん。僕たちリアルでは同じ学校のパソコン部の部員なんだ。ほんと,5人全員がこのゲームを手に入れたれたのは幸運だったよ」
「?・・・・そうなのか?」
「えっ?アスカだってそうだろ? お店に徹夜で並んで,苦労して手に入れたんじゃないの?」
そういえば,浩一郎もソードアートオンラインを手に入れることの苦労話をしていたな,と思い出す。
愚痴っぽかったから聞き流していたので,すっかりと忘れていた。
「俺は,所用で家にいない兄のを代わりに1日借りてるだけ。だから,勝手にパーティーに入ることもまずいんだ」
「それじゃあ,仕方ないね。・・・・わざわざ時間取らせちゃって申し訳ない」
ペコリと頭を下げてくる。
ネットゲーマーなんて現実世界の困難に立ち向かうことを諦めて,逃げた者,なんてかなり失礼な考えを頭の中で持っていたアスカにとって予想外な,優しく,柔和な態度で接してくるケイタ。
ほかの4人も同様に,暖かな親しみやすい雰囲気を醸し出している。
一緒に行きたいという気持ちがアスカの胸の奥底に芽生えるが,そっとその気持ちに蓋をする。
「じゃあ,また別の日に兄がこの世界にやってきたら,よろしく」
「お兄さんには是非ともパーティーに入ってもらうよ」
笑顔で手を振るケイタの後ろでダッカーがぶんぶんと音が出そうなほど大きく,サチも控えめではあるが手を振ってくれる。
アスカも応えて,歩き去りながら手を振る。
そうして,アスカはこのゲームで初めて知り合ったパーティーと別れた。
ケイタたちと別れた後,アスカは道すがら最初に目に入ったお店に寄り、細剣を購入して左腰につり下げると,ずっしりとした確かな重みを感じた。
説明書にもスキルやソードスキルについての説明はきちんと書かれていたので、明日香は迷わずに〈細剣スキル〉を選択する。
持っている武器と所持しているスキルが違うカテゴリの武器なら、ソードスキルが発動しないためだ。
武器調達とスキル選択が終ったアスカは、他のお店でポーションをいくつか買い、街の中を歩くこと数分、〈始まりの街〉の四方に1つずつある門の1つ、西門にたどり着く。
「・・・・凄いな・・・・・・」
フィールドに出ると、街の広場で感じた以上の驚きにアスカはそれ以上の言葉もでない。
どこまで続いていくか見当も付かないほどの広大な草原が辺り一面に広がっていた。
視界を遠くに移せば、北には森、南には湖、東には街の城壁、そして西には無限に続く空と金色に輝く雲が見渡せる。
巨大浮遊上〈アインクラッド〉第一層、〈始まりの街〉の西側のフィールドにアスカは立っていた。
他のプレイヤーもここらのフィールドで狩りを楽しんでいるはずだが、あまりの草原の広さ故か視界内には人の姿は確認できなかった。
今まで興味をまったく持っていなかったが、このような圧倒的な情報量をシステムとしてくみ上げているゲームの世界に対して、アスカは評価を改める。
決して母親が言っていたような、無駄なこと、では無いような気がする。
しばし、雄大な景色を楽しむが、慌てて意識を切り替える。
アスカは景色を眺めにフィールドに出てきたのではない。
他のプレイヤー同様に狩りをしてみよう。
そう思い、アスカは腰の細剣を抜きはなつ。
ショップで売っていた〈ブロンズレイピア〉という名の細剣カテゴリの武器だ。
ショップに置いてある最安値の細剣だが、それでも手の中にあるその剣は鈍い輝きを放ち、ずっしりとした重みと共に確かな存在感をアスカに与える。
ぐるりと草原を見渡すと、20メートルくらい離れた場所にポップしていた青色のイノシシのようなモンスターが視界に入る。
(まずはあのイノシシでいいか・・・・)
不恰好な構えのまま、アスカは手近なところにいたイノシシ型モンスターへと距離を詰めていった。
結果だけを言えば、アスカは余裕でそのモンスターを倒した。
一度だけ突進をくらったことを除けば、さしてダメージももらっていない。
アスカが最初のターゲットに選んだ青いイノシシ型モンスター〈フレイジーボア〉はスライム相当の雑魚キャラなので当然のようにも思えるが、ネットゲーム初心者としては上等だろう。
なにせこのゲームでは圧倒的な情報量故、モンスターの再現度が高すぎて実際に生身の自分目掛けて、牙を持っている本物のイノシシが雄叫びを上げながら突っ込んでくるように感じてしまう。
最初の突進は恥ずかしながらもビビって腰が引けてしまい、なにも出来ないままアスカは盛大に後ろに吹っ飛ばされた。
さすがに痛みまでは再現されていないところはありがたい。
現実世界で同じように突き飛ばされたら、骨の2、3本は確実に折れており,苦痛で泣き叫ぶことだろう。
斧や槍などのごつい武器は使いにくそうだから、という単純な理由で購入した細剣だったが、この武器のことをアスカはかなり気に入っていた。
「・・・・・ふっ・・・・!」
鋭く息を吐きながら、細剣でソードスキルを発動。
細剣を白色のライトエフェクトが覆い、剣を携える右手がシステムアシストによって、きらめくような速度で撃ち出される。
〈細剣スキル〉初級単発攻撃、〈リニアー〉。
初期状態から使える細剣カテゴリのソードスキル〈リニアー〉は、体の正中線に構えた剣を、ひねりを加えながら相手に突き込むだけのシンプルな技だ。
だが、狙ったところに勢いよく突きはなった剣が突き刺さる爽快感は筆舌に尽くしがたいものがある。
突進を喰らわされたお返しにと、アスカは二度ばかりイノシシの体に〈リニアー〉をたたき込む。
動きが鈍重なイノシシの横っ腹を、勢いよく細剣が貫く。
ぷぎゃっ、と短い叫び声を上げながらあっけなくHPバーがゼロになった〈フレイジーボア〉はピクリ、と体が動かなくなった後、無数のポリゴン片をまき散らしながら爆散、消滅した。
初めての戦闘を終えて、緊張で張り詰めていた息を吐き出すアスカの目の前に手に入れた経験値、コルが表示されるが、特に気にしないまま、右手を振り下ろしてそのウインドウを閉じる。
そしてすぐさま次の獲物を探すためにアスカは走り出した。
めずらしく、本当にめずらしく、アスカは時間のことも気にせずに遊んでいた。
夢中になってモンスターを狩り続けた。
相手の攻撃をよけて、〈リニアー〉をたたき込む。
何度も繰り返す。
モンスターの動きを読めるようになって動きがパターン化されても、同じ行動を何度も繰り返す。
それだけだが、アスカにとってはかつてないほどに楽しい時間だった。
最近感じていたストレスのせいか、ゲームの中で仮想の敵を倒すことで気分が爽快になっていく。
気づかない間にアスカは三時間も、自分のHPバーの減り具合や武器の耐久値の確認もせずモンスターを狩り続けた。
パッパカパーン!!
モンスターを狩り続けていたアスカの耳に、急に大音量の音が流れ込んでくる。
三時間の狩りによってアスカのレベルが2に上がったことを知らせるフィナーレ音と共にウインドウが現れて、レベルアップボーナスによるポイントを筋力値か敏捷値に振り分けるように指示される。
よく分からなかったが、スピードを上げたいのなら敏捷値を上げるべきだろうと考え、アスカはポイントを全て敏捷値に割り振る。
その作業をやり終えた時にようやくアスカは我に返り、大急ぎで現時刻を確認した。
夢中になってモンスターを狩り続けていたため、一体何時間ほど経っているのか見当も付かなくなってしまった。
ウインドウを慣れない手つきで操作して時刻を確認すると、まだ夕方の5時。
6時を過ぎているような最悪の事態は免れたので、ほっと息をはく。
母親が帰ってくる前にゲームをログアウトして、浩一郎の部屋にナーブギアを返しておきたかったアスカは、袖が引かれる思いを感じながらも、ログアウトをしようとした。
三時間の戦闘により刃こぼれしている剣のことは放っておき、アイテムストレージにパンパンになるほど詰め込まれているアイテムは無断でゲームを借りた浩一郎へのプレゼントにしよう、と考え、それも放置。
右手を振り下ろし、再度ウインドウを操作する。
出てきたメニュータブの一番下にあるログアウトボタンを押そうとした。
しかし、そこでアスカの手はピクリと止まる。
「・・・・ん?」
ない。
ログアウトボタンが。
説明書に書いてあったメニュータブの一番下は空白となっていた。
「・・・なんでだ・・・」
アスカはボタンがないことに焦りを覚える。
アスカは今、ログアウト出来ないことはゲーム運営側から見て不自然であることまでは理解していない。
しかし、アスカにとって何故ログアウト出来ないかは問題ではなかった。
問題は早急にログアウトする方法が無いことである。
説明書にはログアウトボタンを押す方法以外に現実世界へと帰還する方法は明記されていなかった。
さらに自分の手で頭からナーブギアを外して強制ログアウトしたくても、ナーブギアは脳からせき髄へ伝わり体を動かす命令信号を完全にキャンセルして、代わりにこちらの世界の体を動かす信号へと変えている。
つまり自分の手でコンセントを抜いたり、ナーブギアを頭から引っぺがすことは出来ない。
アスカの母親は6時過ぎには帰ってくるはずなので、その時間、もしくは夕飯の時間にでもアスカの頭から母親がナーブギアを取り外してくれる可能性もあるが、アスカにとって一番の危惧は母親にゲームをしていたことがバレることであり、頭にナーブギアをかぶっている姿を見られたら言い訳など出来ない。
アスカはなにか別の方法でログアウトできないか、考えるが、ゲーム初心者のアスカに思いつく方法など何も無かった。
「やばいな・・・・」
時刻は5時を過ぎて30分が経過しようとしており、アスカの焦りはどんどん膨れあがっている。
仮想の体なので汗を掻くことはないが、背中に冷や汗をかいているような感覚がする。
こういった状況なら、ゲーム運営側からなんらかの対応が取られるはずだが、アスカがログアウト出来ないと気づいてから30分以上経っても何も起こらない。
一旦焦りを落ち着けようとして、アスカは深呼吸をする。
現実世界の四季と準拠している仮想の初冬の冷たい空気を胸一杯に吸い込む。
気分が落ち着いたところで、ふとアスカは空を見上げた。
100メートル上空にある第二層の底部がうっすらと見える。
このあり得ないほどに高い層が全部で100層・・・・・。
そう考えて、アスカはこの浮遊上が恐ろしもののように感じた。
まるで一万人のプレイヤーが巨大な鳥かごの中にいるような・・・・・。
そして、その直後。
世界はその有り様を大きく変えた。
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