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我が子

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6部分:第六章


第六章

「確か」
「いい名前ですよね」
「そうね、あんたにしては最高のセンスじゃない」
 歩美もそれで納得した顔になっている。同じ阪神ファンだからだ。
「日本人の名前じゃないですけれど」
「英雄の名前じゃない。これで決まりよね」
「それ本当にやったら裁判起こすわよ」
 そう語る良美の目は咎めるものではなかった。殺人未遂を起こす直前の人間のそれであった。それだけでよくわかる顔であった。
「言っておくけれど。甥っ子の名誉の為に」
「最高の名前なのにな」
「お姉ちゃん何もわかってないわね」
「わかってるから止めるのよ」
 その剣呑な目のまま妹夫婦に述べる。
「可愛い甥達にそんな馬鹿な名前つけさせないわよ」
「じゃあ何がいいんですか」
「そうよ。駄目出しばかりして。全然何も言っていないじゃない」
「普通の名前にしなさい」
 良美が言うのはそれだった。
「最低限ね」
「最低限ねえ」
「じゃあ何にすればいいんだ?」
 彼等の基準で考えることにしたのだった。ところがここで良美が言う。
「若し決まらなかったらね」
「どうするの?」
「どうするんですか?」
「私が名前を決めるわ」
 最後通告であった。
「いいわね、それで」
「お姉ちゃんが決めるって」
「どんな名前なんですか」
「仙一と守道よ」
 その名前を聞いた瞬間二人の顔が凍りついた。
「いいわね」
「げっ、それは」
「それだけは」
「じゃあ茂雄と貞治」
 阪神ファンにとってはこのうえない不吉な名前であった。
「これはどうかしら」
「お姉ちゃん、本気でその名前にするの?」
 歩美は顔を顰めさせて姉に問うた。
「本気で。どうなの?」
「これは最悪の名前よ」
 良美自身もこう断る。中日ファンである彼女にしろ流石にこの名前は気持ちのいいものではないのだ。中日も散々痛い目に遭っているからだ。
「だから。まともな名前にしなさい」
「わかったわよ」
「じゃあどうすればいいんだ」
 京介もまたぼやく。
「今までの名前が駄目だったら」
「阪神から離れる?」
 歩美はふと京介に話を出した。
「こうなったら」
「まあいい名前だったらそれでいいんだけれどな」
「そうね、やっぱり」
 歩美もこれには納得して頷く。
「それにね。越したことはないわね」
「しかしよ。全部駄目出しされちまったしな」
「お姉ちゃん厳し過ぎるわ」
「あんた達のセンスがなさ過ぎるのよ」
 ロゼを飲みながら妹に答える。
「黙って聞いていれば。もっと普通の名前にしたらどうなの?」
「普通って言われても」
「俺達なりに」
「じゃあこっちで決めるわよ」
 また最後通告をちらつかせてきた。
「それでもいいの?」
「だからそれは」
「困るんですけれど」
「じゃあ早くまともな名前出しなさい」
 彼女が言いたいのは結局のところそれなのだ。それを二人に対して言っている。それだけだがそれが二人にとっては非常に難しいことなのだ。実に単純かつ困難なパラドックスであった。
「いいわね」
「ううん、それじゃあ」
「どうする?」
「男の子二人だからね」
「ああ、そうだな」
 問題はそれだった。
「それにさ。あんたの子供よ」
「それを言ったら御前の子供でもあるんだぞ」
 左右にそれぞれ顔を向けて向かい合って言い合う。
「それを言ったら」
「けれど男の子じゃない」
 それをまた言う。
「だから。あんたが考えるのが一番なんだけれど」
「やっぱり俺がか」
「それで何か思いついた?」
「空海と最澄も駄目だしな」
「絶対駄目よ」
 前から良美が言ってきた。すかさずといった感じで。
「いいわね、それは」
「わかってますよ。それじゃあ」
「さあ、どうするの?」
「ええと。それじゃあですね」
 顔を上に向けてそのうえで考える。それまでにロゼを一杯ぐいっと飲む。そのうえでまた考えるがそれが導き出すのは何かというと。
「とりあえず考えた」
「考えたのね」
「ああ」
 まずは自分の妻に対して答える。名付ける対象をその中に抱いている相手に。
「それでどういった名前なのかしら」
「侑斗と隆司です」
 彼はこの二つの名前を出した。
「それでどうでしょうか」
「そうね。いいんじゃない?」
 良美はそれでよしとした。
「私はそれでいいわ」
「いいんですね」
「ええ。あなたはどう思うかしら」
 良美は今度は夫である有人に対して尋ねてきた。今の名前の是非を。
「今の二つの名前」
「別にいいんじゃないのかな」
 彼は少しぼんやりとした調子で妻に答えた。
「それで」
「いいのね、それで」
「僕はね。別に」
「そういうことよ」
 顔を夫から京介に戻したうえで述べてきた。
 
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