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私物化

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第四章

「俺のものじゃなくなった、関係する多くの人達のものじゃなくなったからな」
「だからですか」
「もう」
「俺は退く、表舞台からはな」
 こう言ってだった、彼は喋るのを止めた。それ以降この会議では一言も発さず。
 家に帰ってだ、郁恵に言った。
「後はだ」
「利光さんとよね」
「愛衣達に任せた」
「あの娘は経営には関わっていないけれど」
「家で助けてくれる」
 新社長となった夫をというのだ。
「ならいい」
「そういうことね」
「御前と一緒だ」
 実は郁恵も経営には関わっていない、家のことに専念していたのだ。
「あいつは御前似だからな」
「それでなのね」
「あいつはそこから会社を支えてくれる、そして」
「小松さんも他の人もいて」
「社員達もな、契約相手の人達もお客さん達もだ」
「皆がいるから」
「皆に何とかしてもらう。もう俺だけの会社じゃないのなら」
 それならともだ、森田は言った。
「俺が俺がじゃ駄目だな」
「やっとわこかったのね」
「そういうことだ、もう俺は見るだけだ」
 これからの森田物産をというのだ。
「俺だけのものじゃなくなって俺の手を離れていくからな」
「そうよね。じゃあ今は」
「今は。何だ?」
「このままお休みするのね」
「病みあがりだ、酒はいい」
「ではお風呂はどう?」
「それにするか、たまにはな」
 にこりとはしなかったが落ち着いた声でだ、彼は妻に話した。
「ゆっくり入るか」
「それがいいわ、これからはね」
「たまにじゃなくてか」
「いつもよ」
「ゆっくりと入ればいいな」
「お風呂にもね」
 こう夫に言うのだった。
「これからはずっとね」
「そうしたらいいか」
「ええ、会社は皆のものだから」
「俺のものだから俺がやらないとって思うこともないか」
「もうそうなっているからね」
「それがわかった、じゃあな」
「ええ、あなたがする分だけをしてね」
 これからはというのだ。
「皆の会社の中でね」
「わかった、そうするな」
 こう応えてだ、そのうえでだった。
 森田は風呂にゆっくりと入りに行った、そうして彼の分の仕事をする様になった。皆の会社の中において。


私物化   完


                       2015・10・20 
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