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私物化

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第三章

「命に別状はないわ」
「そうか、ならだ」
「手術の後でっていうのね」
「退院してだ」
 そのうえでというのだ。
「すぐに復帰だ」
「もう止めて、また倒れるわよ」
「俺の会社だ、俺がいないとな」
「あなただけの会社じゃないわよ」
 ここでだ、郁恵は強い声で夫に告げた。
「もうね」
「どういうことだ」
「沢山の社員の人に株主の人達、契約先の人達がいるのよ」
「その皆のものか」
「そしてお仕事の結果会社が生み出したものを受ける人達のだ」
「俺が創業した会社でもか」
「もうあなただけのものじゃないのよ」
 妻はこう言うのだった。
「私物じゃないのよ」
「公になっているか」
「そうなっているのよ、もう」
「だからか」
「もう無茶はしないで」
 強い声でだ、妻は言った。
「後は利光さんと小松さんがいて」
「愛衣もいてか」
「皆がいるから」
 だからだというのだ。
「任せてね、社員の人達も頑張っているから」
「俺がいなくてもか」
「皆やっていくわ、むしろあなただけがやっていたら」
 これまでの様にというのだ。
「色々とよくないことになるから」
「だからか」
「もうあなたは全部しないで」
「隠居しろか」
「そこまでは言わないけれど」
 それでもというのだ。
「無理をしないで」
「そうか」
「さもないと誰にとってもよくないことになるわ」
 勿論森田自身にとってもだ、郁恵は言葉の中にこの言葉も入れてわした。
「わかったわね」
「そういうことか」
「ええ、もういいから」
 妻は夫にこれまで言うことのなかった強い言葉で告げた、そして。
 その話の後でだった、森田は。
 癌の手術に他の悪い部分の治療も受けて退院してだ、会社に復帰して。
 最初の役員会議でだ、こう言ったのだった。
「俺は社長と代表取締役を辞めて株もかなり手放す」
「えっ、その様にですか」
「されるというのですか」
「ああ、会長職はそのままだが」
 それでもと言うのだった。
「会社の権限は新社長の森田常務に任せる」
「私にですか」
「そうだ」
 利光にも言うのだった。
「いいな」
「わかりました」
「専務は小松君だ、他にはだ」
 新役員の人事も言って言った、そして。
 彼はだ、最後にこう言った。
「後は任せた、会社を頼む」
「社長、まさか」
「もうこれで」
「そうだ、俺は隠居する」
 会長職はそのままでもというのだ。
「経営の表舞台から退く、相談役ということだ」
「ですが社長は」
「これまでずっと」
「わかったんだ、この会社は俺が創ったが」 
 そして彼一代で大きくしたがというのだ。 
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