宇宙を駆ける狩猟民族がファンタジーに現れました
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第一部
ファンタジーへようこそ
ろく
前書き
素敵なシックスパックを披露しました。
光学迷彩機能を行い、洞窟の中を進んでいく。
既に外の異変に気付いていたであろう、残りの大きな小鬼は、プラズマキャスターの餌食となって尽くその頭部を吹き飛ばされていた。
あとは上位個体と思われるモノだけであるが、居場所は割れているため、そう急ぐこともない。
それよりも気になるのは、この何とも言えない饐えた臭いだ。余りにも生々しく、すぐに何が行われてきたのかが伺い知れる。
臭いもそうだが、何よりも行われてきた行為、それ事態に吐き気を催す。
最初にこの洞窟をスキャンした際に検知した、隠すように匿われた小さな空間には、大きな小鬼の幼体と思われる生物が犇めいていた。
滑り気のある未発達な体。なのにも係わらず、顔の造形は醜悪の一言につき、おおよそ愛らしさなど感じない。余りにもおぞましい光景に閉口した私は、無心でプラズマキャスターを乱射して、その痕跡を跡形もなく消し去った。
私の蟀谷が熱を持ったのも、焼けた砲身の所為だけではあるまい。
冒険者として各星を渡り歩くことがある中で、かなり低いレベルではあるが、文明をもつ知的生命体で雄雌の内、雌が自然発生しない種族が稀に存在する。
では、どうやって種族の保存を行っているのか、という話になるが、答えは至極単純で、妊娠出産が可能な他種族の雌を利用するというものだ。
中には共生関係として、そのような種族の保存を行っている場合もあるが、ほとんどの場合、強制的に攫ってくることが多く、所謂、苗床とされるケースがほとんどだ。
どうやらこの種族もそういった習性を持っているようで、いま私の目の前には荒く、乱暴に扱われたのが一目で理解できるほどに痩せ細った全裸の女性が手首を縛られ、分娩中の女性のように足を広げて地面に座っている。
私は光学迷彩を解き、彼女の目の前で膝を折る。
「――……。――……。――……」
やはり言語は分からない。
既に精神に異常をきたし、焦点の合わない瞳でぶつぶつと同じ言葉を呟いている様は、いっそ壊れたアンドロイドのようだ。
船に戻って、過去接触した知的生命体の言語データベースと照らし合わせれば、近いものが見付かるかもしれない。
しかし、彼女が何を望んでいるのか、私には分かってしまった。
こういったことに出くわすのも、一度や二度ではない。その度に私は彼らの希望を叶えてきた。
私には、そうすることしか出来ないのだから。
女性に確認するように、私はそっと、左手で彼女の頬に触れる。
頬に当たる手の感触も、私の低い顫動音も彼女の魂を呼び起こすことはない。
数度頭を撫で、左手で彼女の視界を覆う。
右腕ガントレットに収納されている、リストブレイドを伸ばし、なるべく痛みのないよう、心臓を一突きにする。
ズブリと抵抗もなく沈んでいく、慣れ親しんだ刃が肉に沈んでいく感触ではあるが、こういう場面は何時になっても慣れることはない。
彼女は一度小さく震え、静かに息を引き取った。
左手を離すときに瞼が閉じていることを確認し、痩せ細った体から引き抜いたリストブレイドで両手首の縄を切り、そっと地面へ寝かせる。
この星の宗教や作法は知らないので、取り合えず彼女の両手を胸の上で合わせてから立ち上がる。
「よお、糞野郎」
振り向くことなく背後の存在に罵声を浴びせる。
背後から不意打ち狙ってるのなんかバレバレなんだよ。
リストブレイドを収納し、ゆっくりと振り向く。さあ、どんなご尊顔なのか拝んでやろうじゃないか。
こちらにメイスを振り上げた状態で固まっている元凶を睨み付ける。
身長は大きな小鬼よりも多少大きい、170センチといったところか。
特徴的なのは、通常の大きな小鬼の額にコブのような角が二つであったのに対し、目の前のこいつはまるで冠のようにコブがぐるっと頭を一回りしている。
それに、大きな小鬼よりも筋肉質であるが、装備しているものは大きな小鬼とそう代わりない。
見た感じ、小鬼の王様とかいう奴か。
全く。
こういったとき前世の記憶があるというのは非常に厄介だ。同じ姿形をしている、たったそれだけで、どうにも必要以上に力んでしまう。
「おら、かかって来いよ色男」
伝わるなどとは微塵も思ってないが、ぐるりと首を回しながら言い放つ私の態度に、挑発されているということは理解できたようだ。
耳障りな雄叫びを上げて、愚直に突っ込んでくる。
私はそこから一歩も動くことなく、それを待ち構える形をとる。
小鬼の王様は腰だめにメイスを構え、私の腹部へと振り抜いてくる。
それを視界に納めながらも、私は指の一つも動かすことをせず、メイスが私の腹を殴る瞬間を見届ける。
ボギンッと洞窟内に反響した音は、木の柄から折れたメイスである。
スラッグ弾を至近距離で数発受けようが、止血で済ませるような生物だぞ、私は。
鍛え抜かれた私のシックスパックに、そんな粗末なメイスの一撃が傷を付けようなど笑止千万。
小鬼の王様の首根っこを掴み、目の前にぶら下げる。
苦悶に叫び、振りほどこうと暴れるが、私の体はびくともしない。それに業を煮やしたのか、折れたメイスの柄で万力のように締め上げている腕を突き刺してくるが、打った先から木片が飛び散るだけで終わる。
やがて酸欠から力が抜け落ちたところを見計らい、放り投げる。
勢いよく地面に叩きつけられた小鬼の王様は、蛙が潰されたような音を喉から鳴らして這いつくばる。その姿に王の威厳もクソもあったものではない。
ゼェゼェと、無理矢理酸素を取り込もうとして嗚咽する、無様な姿。
一歩一歩、足音を立てて近付いていけば、引き付けを起こしたように噦り上げ、尻餅をついた姿勢で器用に後退していく。
……下らない。何をそんなに熱くなっていたのだろうか。
急速に醒めていく気分が逆に、酷く不快な気持ちにさせる。
目の前で戦意を喪失している生き物に、トロフィーとしての価値もなければ、律儀に向かい合う意味もない。
私は無様に転がる“それ”に、一瞥もくれることなく通りすぎる。まだ確かめなければならないこともあり、光学迷彩装置を起動させ、その姿を消す。
左肩アームを作動させ、プラズマキャスターを背後へ一発。
一瞬明るくなった洞窟内と、何かが飛び散る音が聞こえたが、振り返ることはなかった。
―
やはり、というか何というか……。
私の目の前には、雑に伐採したのであろう不揃いな長さと形の木々で作られた、随分とみすぼらしい檻と、その中で体を丸くして、目立たないようにと小さく座り込んでいる数人の人間の女性達を見やっていた。
ほぼ確信に近い予想ではあったが、これが結構面倒というか、手間というか……。
まあ、このままにして、外にいる小鬼共の餌食にさせるのも忍びない。
幸運なことに、こちらに視線を向けているものは誰もいない。それに、ボロではあるが、何かしら布を体に纏っているので、素っ裸で森を歩くこともないだろう。
運が良ければ、洞窟内に彼女らの衣服もまだあるかもしれない。
プラズマキャスターの威力を絞り、雑に作られている檻に向けて放とうとしたとき、ヘルメットが音を関知する。
それも複数、混乱したような、音割れした叫びや怒号がヘルメットが捕らえていた。
洞窟内外のマッピングは自動的に行われているため、コンピューターガントレットを操作して、洞窟内と外を立体映像として浮かび上がらせる。
ヘルメットの捕らえた音の方角と、マップ情報を照らし合わせれば、洞窟の外からで間違いないようである。
混乱したような悲鳴は、小鬼達のものだ。奴等の言語パターンはデータとして取得してあるので、間違いない。
もう一つの言語パターンは恐らく、人間。ここにいる彼女らを救出するために派遣された、そう考えるのが自然だろう。
その過程で外にいる小鬼達と遭遇し、大方、戦闘にでもなったのだろうが、小鬼達にとっては不運なことだ。
私はコンピューターガントレットから浮かび上がる立体映像を消して、踵を返す。
救助にきたのであれば、私が手を出す必要もない。
もし、救助隊ではなく、野盗の類であったのなら、その時は殺せばいい。
私は深く考えるようなことはせずに、出口へと向かって歩みを進める。
既に外の小鬼達の掃討は済んだのだろう。洞窟内を進む複数の足音と話し声をヘルメットが検知する。そう広い洞窟でもないし、いずれは鉢合わせるだろうか。
私はわざと、外からの来訪者達の方へと歩みを進め、ある程度の広さと高さのあるスペースまで出ると天井に張り付き、通り過ぎるのを待つことにした。
すぐに救助隊と思われる者達が、私が息を潜めている場所てとやってくる。
先頭を歩く、兜を脇に抱えた女騎士から始まり、松明を片手に6人のフルプレートメイルを着込んだ、腰に剣を差した者達が鎧を鳴らしながら早足で通りすぎる。
「――――。――――――!」
「――!――」
やはり、何を言っているのかは伺い知れないが、レコーダーには記録させておく。
これで全員ということはないだろう。まず間違いなく、出入り口に見張りは立たせている筈だ。
後でもう一度洞窟内をスキャンして……。
不意に先頭を歩いていた女騎士が立ち止まる。それなりにスペースが空いている場所とはいえ、振り返れば視界全てには収まる程度の広さだ。
女騎士は、首を巡らせて周りを見渡すと、天井付近へ視線を寄越し、ピタリと動きを止める。
……勘の鋭い女だ。
私と見つめ合うように、1秒、2秒と時が過ぎ、一人の騎士が女騎士に何か問いかけると、違和感を拭い去るように首を振ってからこの場を後にした。
このように戦いに身を置く者の中で、やたらと勘が鋭い者達がいる。そういった者の多くは、何かしらの戦闘能力に秀でており、隠密での狩猟を生業とする同族も犠牲になることが多い。
女性の身でありながら先頭に立っていたことを考えれば、この隊の指揮官相当の立場にあるのは間違いないだろう。
また、フルプレートメイルを着こなしていたことから、筋力も申し分ない。
それに、全てが見た目通りというわけでもないだろう。
稀にいるのだ。
そういった“不可思議な力”を内包している種族が。
それは、魔法やら念道力やらエーテルやらスキルやら、フィクションでよく好まれた、“異能”といったものだ。
かく言う私も、そんなフィクションの中の生き物であり、種族なので否定はしないが、科学技術を主流として繁栄してきた我々とは根本が違う。科学力全てを無視できるほど万能と言うわけではないが、ある程度の物理法則を螺曲げる様はある意味反則だと言わざるを得ない。
さて、彼女とはこれっきりの付き合いといきたいところではあるが、恐らくそうはならない、確信にも近い予感に、私はやりきれないとばかりに喉を鳴らした。
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