真・恋姫†無双~現代若人の歩み、佇み~
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第一章:大地を見渡すこと 終
「仁君、そっちの箱持って」
「はいよー」
初めにこの古びれた蔵の中に入ったとき、中は埃と煤にまみれていた。その中にある一つ一つの物が歴史を刻んだ痕を残している。遥か昔、およそ二千年前からのものすらこの中にあるはあるというのだから、緊張しないわけが無い。大学で東洋史を専攻する仁ノ助は、ただ三国志が好きなだけの一般的な学生ではあったが、スポーツで鍛え上げたスリムで引き締まった体が老年の教授の目に偶然とまり、助教授の人と共に荷物運びを手伝わされる羽目となったのだ。助教授は役職の割には若く、三十後半にもなろうかというのに年齢を感じさせない若々しさと砕けた態度が仁ノ助の緊張を解し、教授がいない時だけため口をきいても良いと気を利かせてくれた。
博物館の特別展覧会、「三国時代を語る秘宝」と銘打った展覧会は日本各地の歴史愛好家を中心として大いに繁盛し、これの招致と周知に役を務めた老教授は鼻が高そうにしながら仕事内容を伝えた。曰く、中国本土から持ってきたものは実は余り無いとの事。曰く、日本各地にこれらの展示品を保管している場所があるとの事。曰く、そのうちの数箇所は大学の近辺にあるが小物を多く扱っているから信頼できる人に運搬を任せたいとの事。
「よって、君は助教授と共に手伝ってくれたまえ。君も好きなんだろう?」
上機嫌に言う教授の言葉に乗り、彼は自分の好奇心を十全に満たそうとしながら荷物運搬をし、今最後の蔵の中で作業をしている。
ゆっくりと箱を積み上げられた箱の上に置く。ここまでの作業は神経を磨り減らすような事が作業の割にはなく、体力は未だ残ったままである。
「おし・・・・・・これでおしまい、と。手伝いありがとうね、仁君」
「いえいえ、こっちも楽しませていただきました。」
互いの労をねぎらって笑顔を浮かべて言葉を述べる。
「んじゃ僕はトラックを返しにいくけど、君はどうする?ここからだと家には近いんでしょ?だったらこのまま帰ってもいいんだよ?」
「本当ですか?それじゃお言葉に甘えちゃおうかな。有難う御座います」
意外にももたらされた言葉に驚き、そして助教授の心遣いに甘える形でそれに応えた。
今日は久々に良い日となったなぁ、明日から祝日を挟んだ三連休だしゆっくりしようかなぁ。
彼は明日から始まる連休に胸を躍らせて蔵の外へと出る。まだ時間は午後4時を回ったあたりである。よく晴れた日差しは夕焼け前にも関わらず強く輝いている。
「あ、ちょっと待って」
助教授がトラックの運転席のドアに手をつけたときに、何か思い出したのか素早く蔵の脇に駆け寄って何かを探っている。そして見つけたそれを両手で持って仁ノ助の方へ歩み寄った。小さい年代物の木箱であり、B5サイズほどの大きさをしている。
「これなんですか?」
「教授がさぁ、これどこから借りてきたのかわからないっていってさぁ。んで片っ端から帳簿を調べたんだけど、これに関する情報がどこからも見つからなくてね。もしかしたら何か別の資料が紛れ込んだのかなって」
そこまでいうと溜息交じりの言葉を紡ぎ始める。
「現地でもう一回帳簿調べながら作業して来いっていって調べなおしたんだけど、やっぱりなくてね。完全に別物の資料みたい」
「それで、どうするんですかこれ」
「教授がいうに、探すまでに時間がかかりそうだからそれまではこちらが保管していてもいいだろうって。んでその管理を僕が担ったんだよね」
「ほー・・・。んじゃ態々自分に向かってこれを差し出してるってことは?」
にやりと笑う助教授、悪戯を思いついた顔をしている。
「本当は絶対駄目だけどさ、この連休の間だけならこれ君に貸してもいいよ」
「マジですか!?あ、あの、中身をみてもいいんですよね!?」
「どうぞどうぞ。ただし絶対に傷はつけないでよね。あ、ここで開けてもいいよ」
その言葉に乗じて仁ノ助は自分の興奮を殺しながら慎重に箱のふたをあける。
中に入っていたのは、祭礼用のものであろうか、額縁が厳かな印象をたたえている、一枚の鏡であった。
「ふあぁぁ・・・・・・」
随分と懐かしい夢を見た。彼が最後に日本に居た日の出来事、この大陸に足を踏み入れた最初の日の出来事であった。
(あの後自宅で鏡を持ちながら陶酔していたら、急に光に包まれてこの大陸にいたんだよな)
まどろむ頭の中で若き日の自分を思い出す。まだあの頃は全ての人間に一途な希望を抱いていたんだ。裏切りをされてもすぐに許してしまうお人よしだったことが懐かしい。
徐々に眠気が醒めてきて視界がはっきりする。一度眠りから醒めてしまうとすぐに眠気が雲散霧消する癖がついているのは、二度寝している間に敵の刃にかかって死んだ友人を思い出したからだ。痛みは無かったであろうが、抵抗も出来ずに死んでしまったことがさぞ無念であったろう。彼のようにならないためにこの癖を意識して作ろうとした結果が今のそれだった。
まだ鶏が鳴く時間でもない。思わぬくらい随分と朝早くに目が覚めてしまったらしい。窓から差す光は部屋の中を夜明けの赤が僅かに色をつけている。目の焦点を合わせて視覚になんら支障がないことを確認すると、わずかに臭覚を刺激する甘い香りを認識してそれが漂う方向へ頭を向けた。詩花がぐっすりとなぜか向かい合う形で眠っている。ご丁寧に、一見すると抱き合って眠っているかのようだ。彼女の健やかな眠りは安寧をたたえており、まだ一刻は目覚めそうも無い。早起きは三文の徳というが、彼女の寝顔をしわが数えられるくらいに近くで見られることは三両の得といったところである。
口元が緩んで髪の毛を昨日の夜にやったようにゆっくりと掻き揚げてやる。「役得、役得」と小さく呟きながらこれをする男の心には、自分自身もわからない変な燻りが出来始めた事にまだ気づいていない。
「おっし、これで準備万端っていったところね」
「・・・・・・」
刻はあれから五つ半ほど過ぎたあたりか。一日かけた商品売買と情報売買は功を奏して、必要な品を買っただけでもかなりのお釣りがもらえたのは僥倖である。これならこれまで控えてきた服の新調だってできるかもしれない。仁ノ助の懐にとって嬉しい出来事が立て続けにおきているのだが、彼の表情から憂鬱な疲れの色が見え隠れしている
町の通りを歩いて町人達とすれ違う度に「噂の二人はこの者たちなりや?」と興味津々な目で見つめられるのは若干肩がむずむじしてきて億劫|《おっくう》だ。そうでなくも二人で買い物をする羽目になった経緯を思い出すことも頭を抱える要素となっている。
先ほどまで痛んでいた腹を押さえてこうなった原因が頭を過ぎるのを彼はうんざりしながら思い出した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝、あれから彼女が起きるまで窓の外をぼんやりと見つめていたら、いきなり腹の真上を強い衝撃が走り自分の体が寝台の外へ弾き飛ばされた。鍛え抜かれた体でも突然の痛みを発する。
「おおおぉぉ・・・・」
そう唸りながら仁ノ助は寝台の上に拳を繰り出して膝立ちとなっている阿修羅の姿を垣間見た。顔が赤くなっているそれは自らの武勇を誇っている。見事な正拳で男の体を吹き飛ばしたそれは拳だけなら天下を取れるのかもしれない。
ポーズを決めるように息を荒げて佇む姿は絵になって・・・
「なにしてんのあんた!!!!!」
・・・・・・.いなかった。
阿修羅と思われたそれは全くの別人であり、実際は寝起きの詩花である。ただ寝起きという割には顔から眠気が白い湯気となってぶっとんでいる。男に無防備な寝顔を見られたことを意識する前に、起きたらなぜか男の顔が目の前にあったことに思わず驚いたが故に、このような怒りの拳を繰り出したのであろう。そしてその後に前者を意識して、乙女の羞恥心を覚えたのである。
顔の赤みは頬を染め上げて、耳も若干の恥ずかしさを覚えているのが彼女の短髪から見え隠れしている。大きな胸が荒い息と共に上下し、先ほどの動きで寝間着が着崩れて服の間から胸の谷間と健康なへそが目に入る。寝汗とは別の汗が胸の上の肌をつつと流れているのを凝視していると、彼女はそれを察して素早く両手で胸を抱いて隠す。その姿が余計に色っぽく感じられて、男の息子がようやく欠伸をしながらもたげ始めた。未だに大陸に来てから女性を味わっていないそれは目の前にある果実を前に我慢をする気など到底無かったらしい。
仁ノ助が勃起し初めたそれを隠す前に、詩花は目敏くそれを見つめてきてしまった。顔には別の赤みが増してきており、若干開けられた口からはどうしようもない怒りが毀れ始めている。それを発するが如く彼女は寝台の上から飛び上がって、地面に倒れて腹を押さえる仁ノ助に向かって見事な蹴りを繰り出してきた。
「こんのぉ・・・・・色ボケェェェェェ!!!!」
「イヤアアアアアアア!!!!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「まぁ、あれは仕方ないわよね。あんたも男だっていうことを完璧に忘れてたわ」
「だからといって蹴りまでいれ・・・・はい、いれますねごめんなさい。ですのでそれはやめて下さい」
中原美人の頭蓋を複雑骨折させるような拳を構える詩花に、仁ノ助は頭を下げて懇願する。彼女は過ぎたことを煮え返す性はなかったのか、笑顔をたたえたまま拳を解いて彼の隣を歩く。しかし彼にとってはあれを過ぎた事とするには、先ず痛覚を遮断することが先である。ズキズキと痛む腹は、彼女が拳だけでなく蹴りにおいても日々研鑽していたことを否が応でも伝えてくる。
頭を上げて彼女を見遣りながら彼は歩みを止めずに話しかける。
「で、なんでついてくるの?」
今彼は明日の出立に備えて街中で買い物をする最中である。本来なら彼女が一緒についてくる必要も無いわけだが、夜寝る間際に予定を話してしまった手前、一応ついてくる権利は彼女にもあるわけだが、念のためその訳をきいてみた。
「う~んと、あれから考えたのよねぇ・・・・・・」
宙を見据えてあごに手をやって考える姿も中々にさまになっている。目を閉じて顔の笑みをそのままにしている。
「色々とこれからどうしようか考えたのよ。家に帰ろうかなーとか、此処で働こうかなーとかね。それで、『冒険譚の一つくらいなきゃ家に帰れない』って思ったの」
「なんでそうなるの!普通真っ直ぐ家に帰ったりするでしょ!?」
「あたしはそう思わないの。んでね・・・・・・」
彼の突込みをあっさりと受け流して彼女は閉じた目を若干開けて見つめてきた。悪戯めいた光が漏れ出しているのを察してイヤな予感が背筋を走る。
「あんたについていったら、正に渡りに船かなって考え付いたの。だからこれからよろしくね」
「・・・・・・えー」
半ば予想していたことが案の定その通りだったことにやっぱりといった気持ちとなる。自分の買い物についてくる彼女はこれからの仁ノ助の旅に同行する気持ちで付き合っているのだ。
実家から飛び出して町を転々として、更に見知らぬ男について旅を続ける。正直彼にはそれが無謀なことだと思った。
これから先、先ず最初に彼がすることといえば黄布の乱に備えて十分な準備を整えて、その後皇帝からの命を受けて戦に望む諸侯のうちいずれかの軍隊に志願することである。
そして彼はその志願先を既に見据えていた。洛陽のすぐ東にある潁川《えいせん》で歴史的な邂逅を果たす二人の王、劉備玄徳と曹操猛徳である。前者はまさに王道を行く者、正史では行く先々で狸っぷりを見せ付けて危険を察するとすぐさまに逃げ出して、最後には蜀を建国するまでに生きおおせる男である。後者は覇道を行く者、正史・演技問わずその王才をどの場面でも発揮し、後世には彼は軍人・政治家・詩人として名高いほど。全く相容れぬ天に愛された両者であるが、そうであるが故に天下三分のうち二分を担うのである。
彼らの元へ行くという事はすなわち、群雄割拠の世を生き抜くために戦乱を通じて血飛沫と断末魔が絶え間ない世界に足を踏み入れることである。仁ノ助はある程度は可能かもしれないが、この女性にはどうみたって不可能である。そう断じるも絶対に折れる気はなさそうだ。諦めつつも問うてみる。
「それを選んだ理由は?」
「いざとなったら守ってくれる人が、あんた以外知らないから。勿論足を引っ張らないようにして、自分の身を守れるように強くなるわよ!こうみえても武術には一応自信があるし!ただあの時は得物を持ってなかっただけで・・・」
「はいはい、分かりました。どうぞ私めに付いてきていただけますか、お嬢様。」
彼女の長ったらしい言い訳を聞く気にもなれず、若干ノロケにも聞こえた理由を聞き流して諦めの境地で話し、買い物を続けるために足を速めた。
詩花は一瞬立ち止まって、自分の願いがあっさりと叶った事に喜んで軽くその場で小躍りするようにステップを刻み、腕でガッツポーズを決める。そして嬉しさをそのままに彼の隣に駆け寄って肘の下辺りを掴んだ。
「ほら!そうと決まればさっさと行くわよ!!」
「おい焦るな!!そっちじゃない!!」
駆け足に走る彼女にひきずられそうになりながら慌てて彼も足を合わせ、間違った道へ入ろうとする彼女を止めようと叫んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以下彼の奮闘をいくつか抜粋する。
「ねぇねぇ、この綺麗な宝石なに!?触ってもいい!?」
「お嬢様は御目が高くていらっしゃる。これはかの桓帝の側近の御息女が、幼き日よりご愛用申し上げられた由緒正しき宝玉でございまして・・・・・・」
「そうなの!?余計触りたくなるじゃない!!!」
「そんな豪華なもんがこんなとこに売ってるわけ無いだろ!!ってか触るな!!いじるな!!!!」
「この鞍いいなぁ、金毘のためにこれ買ってもいいよね?」
「今の鞍だって十分に良いものでしょうが。あれかなり精巧な木製のやつでしょ。なんで小さな商家のお前がもってるの?」
「家出するときに奪ってきちゃった。てへ★」
「お前、実は人の恨みをかなり買うタチじゃないか・・・?」
「お腹減ったねぇ、あの店の餃子おいしそうだなぁ。あ、その店のラーメンもいい匂いがするなぁ。あ!炒飯もまたいいパラパラ加減だぁ」
「やめろバカ!!俺の財産の生命力はとっくにゼロよ!!!!」
「・・・ぜろってなに?|《注:この時代の中原には『ゼロ』という数的概念がありません》」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
痛かった。なにが痛かったって食費でございます。仁ノ助の顔が痛みと裏腹に大して曇っていないのは、午後の情報売買である程度路銀の稼げたからであろう。後は最後に回る予定となっている鍛冶屋だけだ。昨日の戦いでは既に使っていた刀は賊の体から抜けなくなっており、賊から奪った刀はいずれも鈍|《なまく》らもいいところであった。血脂はすっかり錆びた鉄にこびり付いていて実践には使い物にならなかったため、刃をつぶして町の衛兵に寄付をした。あれならば練習用の刀の代替わりとなるに十分であったのか、衛兵は使えるものはなんでも使うとばかりに快くそれをもらってくれた。
その後に開かれた宴に酒が入る前に武器屋の厳つい親父がこちらに近寄って話しかけてきた。曰く、あんたに見合いそうな武器を数本持っているから暇があったら取りにこい。
どのような武器が手に入るかわくわくとするべきなのだが、なにぶん出費が思ったより嵩|《かさ》んでおり気がいまいち乗ってこない。詩花はそんな彼の憂鬱を吹き飛ばすようにわくわくと笑みをたたえながら機嫌よく歩いていく。
「武器かぁ・・・・・・チラッ。あたしも一本欲しいなあ・・・・・・チラッ」
「・・・一本くらいなら買ってやるから、ちらちらしないの」
「やった!その言葉信じるからね!!ん~~、出来るなら細剣が欲しいけどすぐ壊れそうだからなぁ・・・・・・。持つんなら剣はやめて戟にしようかな・・・・」
喜びながら自分が持つことになるまだ見ぬ武器に思いをはせる彼女を見て、開き直ったのか憂鬱な表情は軽い溜息と共に宙へ消え去った。深く悩まずに現実を受け入れる彼の性格はポジティブシンキングともいってよいのか、または何事にも軽い男というべきなのか。彼もまた自分に用意されているはずの武器達に思いをはせ、どのような物を持とうか思考をめぐらせている。
持てるのであれば、出きれば両刃の剣が欲しい。更にいえば、もし持てるならクレイモアに似た剣が持ってみたい。刀は刀身が真っ直ぐな直刀が多いが刺すだけでは昨日のようになる。もし持てるなら反りがある呉鉤|《ごこう》があればいいなぁ。それか短刀か投げナイフ。鉞|《えつ、即ちまさかり》は使いにくくて流石に無理だな。
そうこう考えているうちに目的の場所に着いた。入り口からは中で何かを叩いている音が聞こえてきた。鍛冶屋の主人自らの職を全うしているに違いない。
二人は互いを見つめ頷きあうと、いざ鍛冶屋の中へと入っていく。外からの風が入ってくるのを気配で察した主人は、はたして手に持っていたハンマーに似た形状をしているとんかちに似たような物を置いてこちらを見ずに話しかける。
「昨日の嬢ちゃんも一緒か。んじゃ早速見てくれや。俺は回りくどいのは嫌いなんでな」
「助かります。では早速武器を見させていただきます」
親父は仁ノ助の言葉にうんうんと返事をして、奥にある部屋へと武器を取りに行った。二人は早速どんな武器が出るか呟きあう。
「何だと思う?直刀は必ず出ると思うけどさ」
「あんたに似合うって言ってたじゃない。他の男共より背が高いし力もあるんだから、戟か槍じゃない?」
「まぁ出来れば槍がいいな。お前はどうする?何か目ぼしい物があるか?」
「う~ん、見た感じ無いなぁ・・・もうちょい探してみるね」
「おい聞こえてるぜ。俺は地獄耳でもあるんだよ」
奥から戻ってきた親父にギクリとし弁明の言葉を紡ごうとしたが、それを遮るように現れた親父が抱えている思いもよらなかった武器に目を奪われる。
二振りの剣と一つの戟がそこにはあった。一つは彼が望んでいたがこの時代にあると思いもしなかった武器、クレイモア・・・の中原版であった。刃の切れ味と取りわしが良い機動性、これを生かした攻撃『カット・アンド・スラスト』を使って16世紀前後から欧州の戦争で活躍した武器であり、著名な使用者としてはスコットランドの英雄であるウィリアム=ウォーレスなどがある。広刃でなんら彩色が施されていない無機質さを保っており、十字型の柄がとても印象的に目に映る。この時代の人に合わせて作られたか、柄を含めた長さは四尺五寸|《≒135センチメートル》くらいで、一見すると重量は2キロくらいか。しかしこれでも重量級の鎧を着た相手であっても十分だ。これを持って戦場に行けば猛者たちの目にもよく留まるであろう。
彼は満足そうに頭を頷かせると、二つ目の武器を見つめる。
片刃で反りが入ったそれは呉鉤ではあるが、なぜか形状が日本刀に似ている。特に刃の刀の鍔が見事な文様を描いているがためにそう思ってしまう。だがこれはあくまで呉鉤である、故郷にあった伝統ある人斬り包丁ではない。
彼は先ずは擬似クレイモアを親父から受け取って両手で握った。予想よりコンマ3キロは重かったが、それでも誤差の範囲内ではある。彼は一度刀を振る意を二人に伝えて距離をとらせると、大きく深呼吸をして刃を振りかぶりそのまま軽く音を立てながら下ろす。振れないことはないことがこの一振りでわかる。両刃の剣を使うのは余り無かったが、刃が1メートル近くもあるそれは十分な凶器となり、同時に相対する敵に恐怖を与えるであろう。
親父の見事な仕事に感服して満足した彼は二つ目の刀を握ろうとし、三振り目の武器を持った詩花の姿を見つけて自分の行為を中断した。
彼女が持っているのは典型的な戟であるが、刃の裏側から生える二つ目の刃である戈|《か》を見ると、戟というよりも鎌の印象を受けてしまう。使いこなすまでに時間がかかる武器であることがすぐに分かった。槍のように敵の体を刺して、それが外れた場合には戈でもって引手で掻き切ることを理想としている。詩花が持つそれは長さ七尺|《≒210センチメートル》ほどの長戟とされるものに分類し、金毘を駆って戦場を掛けるにはうってつけの武器であった。
ただ彼には一つの懸念がある。後に諸葛亮孔明によって実戦投入される槍にうってかわられ、その活躍の場を縮小していくことだ。活躍の場が少なければ武器に対する需要が減少して、当然必要性も減るからこれを扱う職人が居なくなる。これはあくまでも今の彼女には必要であっても、未来の彼女には必ずしも必要なものではないだろう。そんな思いを彼はいつかこれを想起する時のために心に残す。
彼女もまた武器を扱いたそうにしていたが、武器屋の中はそれを振り回すには若干狭すぎていた。詩花は残念そうな表情をして刃をみつめている。
「遊びの、実はまだ他にもおもしろいもんがあるんだが」
そう呼びかけられた仁ノ助は、クレイモアを壁に立てかけて親父の方を見る。親父が手に抱えていたのは一つの木製の箱である。こちらを見たのを認識すると親父は箱の中身をみせるように蓋を開ける。
中にあったのは数本の短い刀であった。柄を含めて長さはわずか八寸|《≒24センチメートル》も無い事から、専ら投擲用のナイフと解したほうがよさそうだ。これもまたクレイモアと同様に特徴がない外観である。だが暗器として扱うならば武器に特徴など関係はない、むしろ無いほうがいざ暗殺に使ったときに面倒にならずに済みそうだ。
思った以上の成果を得られて顔がにやける。そんな彼を見て親父は自分の仕事が役立ったことを誇るように笑みを浮かべた。
刻は夜明けの一つ手前というべきか、朝早くに出立して足を稼いでおく事を決めた二人は町で購入した馬と金毘に乗って、町の外へと繋がる門に向かっていた。両者の鞍には必需品を入れた大きさ二尺ほどの袋が乗せられている。
仁ノ助は昨日の買い物で購入した藍色の外套|《がいとう》を青の上着の上に着けている。服の前面を閉じるような結び目が見当たらないことから、外見を意識して作られたものらしい。しかし外套の中にはいくつもの手製の結び目があり、この中に投げ刀が鞘に入った状態で手に届く位置に収められている。左の腰には新しく手に入れた双手剣を差し、呉鉤は馬に乗せた鞍につけられて馬が動くたびに震えている。詩花は自らの戟を左手で後ろに流すように持ち、右手で器用に手綱を操る。
やがて門前に差し掛かって衛兵に呼び止められる。一昨日に使い捨ての刀を寄付した兵だ。両者は馬を立ち止まらせて彼の方をみる。
「もういくのか」
「えぇ、長居ができぬ理由ができました故」
「そうか。ならば引き止めんが、二人とも、くれぐれも気をつけろよ。特に最近は何やらきな臭い動きが続いているからな」
「ご忠告痛み入ります。もし再びこの町に来ましたら、その時は共に盃を交わしましょう」
「お世話になりました。またいずれお会いしましょう」
「あぁ、達者でな。元気でやれよ!」
衛兵と言葉を交わして有難いことに激励まで受けた二人は笑顔と共に別れの礼をする。金毘がぶるると震えて嘶く。そして二日間世話になった町の外へと目を向けて馬を歩ませていく。門を過ぎようとするあたりで詩花から声がかかった。
「ねぇ、折角だからあんたの馬を走らせてみない?」
「それって、競争しようっていうことか?」
彼の返しににやりと笑い、彼女は手綱を強く打って地の先へと駆けていく。
「おい詩花!ずるいぞ!」
仁ノ助は叫びながら急いで自分の馬を走らせていく。その様子を門から見ていた衛兵が苦笑いで送っていった。
彼女は本気で走ろうとはしなかったのだろう、五町|《≒550メートル》ばかり馬を走らせて並走の形をとった。彼女の方を見遣ると、今までの一人旅の孤独が吹き飛んだかのように清々しい笑みが顔に満ちていた。
仁ノ助はそれを一瞬見つめて再び前を見る。中原の空は未だ平和をたたえているが、その下の大地はすぐに血で赤く染まることだろう。日の出の光を受けてまばゆく光り始める西の空に一羽の鳥が飛んでいくのがみえる。そして彼は馬上からその下に広がる雄大な大地を見渡した。彼の胸にはこれからの戦乱に対する不安と、群雄達の活躍を間近で見れる興奮がない交ぜとなっていた。
第一章:大地を見渡すこと 完
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