ソードアート・オンライン〜Another story〜
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マザーズ・ロザリオ編
第228話 結城家の食卓
前書き
~一言~
遅くなってしまってすみません! 何とか1話分書き上げる事が出来ました!
……そして、重い………、とても、重いです……… この辺の話は………、小説を読んだり アニメを見直したりしているんですが、命のやり取りをしていたSAOやGGOにも負けない……ある意味ではそれよりも重い空気…… 苦笑
こんな空気の中で、オリ分を入れるのがとても難しくて……、ちょっと出来が……、と不安ですが、温かい目で見ていただけたらなぁ、と思ってます。
しかし、京子御母様……、怖すぎです…… 苦笑
更に驚きな事に、リュウキさんが出てないんです……。不在な為、今章もう1人の主人公? とも言えるレイナさんに頑張ってもらわないと、です……。いえ、が、頑張ります!!
最後に、この小説を見てくださってありがとうございます。これからも、頑張ります!
じーくw
その後、リズがキリトやリュウキについて、その戦いを見てきた者にとっての想いを口にした後、しばし沈黙が訪れていた。
そして その沈黙を破ったのは現実世界ではキリトの妹であるリーファだった。
「――うーん、私が感じた限りではですけど……、お兄ちゃん、真剣だったと思いますよ。少なくとも、手を抜いてた、って事はまったくないと思います。リュウキ君程、はっきり確証もって言えないのが、妹としてはどーかと思うんですけどぉ……」
苦笑いをしつつ、リーファはそういった。
確かに、あのSAOの2年間と言う時間の濃密さはよく判る。……文字通り命懸けの戦いをし、共に乗り越えてきた間柄なのだから。それでも、すぐしてきた時間は、間違いなく圧倒的に妹であるリーファの方が長いから、複雑といえばそうなのだろう。
「あっら~? お兄ちゃんを盗られちゃったら困っちゃうよね~?」
「ぶっ、そんな事ないですよー!」
そんな時に、茶々を入れるのがリズだ。
時折、同性愛を疑いかねない程、通じ合っている部分を見た事があるからこそ……、とか何とか勿体つけてはいるものの、それに関しての発言は、殆どからかう為である。
「あっ、違うかー。困っちゃうのは、お2人さんの方かな~?」
「も、もう! リズさんっっ!」
「はぁ……。レイ、慌てすぎ。それに、リズもからかわないの!」
そう、あの勇者コンビ? にも負けない位通じ合っている仲良し姉妹の事だ。
アスナはどちらかといえば、レイナがいるから、それ程でもない。……が、それは勿論限定した場合、があればこそである。
そう、《キリト分》が少なく、《リュウキ分》が多い時に限りだ。
リュウキ関連が少しでも、混ざれば……必ずといっていい程、レイナは可愛く反応してしまうので。
逆に、キリトだけの案件? 内容? であれば、これまたアスナも可愛く反応(時には怒るが……)するから、ほんと似た者姉妹である。
「あははは……っ」
「ふふふ……っ」
シリカとリーファは、顔を見合わせながら笑っていた。
いつもであれば、シリカの頭上には、あの水色の小竜が定位置で待機して愛嬌を振りまいているのだが、今は生憎 キリトの膝の上。リーファは 自然ともう一度眠りこけているキリトの方を向いて、再び呟く。
「あ、そういえば……」
「ん? どうしたの??」
なにかを思い出した様に、リーファは口に出すと、アスナが反応、シリカもリーファの方を向いた。まだ、ちょっと 色々と言っているリズやレイナも同じくリーファの方を向く。
「これも確信は無いんですが、勝負が決まるちょっと前、鍔迫り合いで密着して、動きが止まった時、お兄ちゃん、絶剣さんと何か喋ってたような気がするんですよね……。そのすぐ後、2人が距離をとって、相手の突進攻撃をお兄ちゃんが回避しきれないで決着したんですが……」
「へぇ……、何話してたんだろ?」
「それが、訊いても教えてくれないんですよ。何かありそう……な気がするんですけどね」
そこまで言ったところで、リズも付け加える。
「そーだったんだ。……絶剣とキリト、一進一退で攻防を繰り広げていたから、目が奪われちゃって……、ってか、あんな次元の勝負、滅多に見られるもんじゃないから、気付かなかったわね。……そういえば、キリトとの勝負がついた後は、絶剣、……その後、あの勝負に触発されて、熱が入っちゃったプレイヤーが何人かいたけど、断っちゃったもんね? 絶剣は勿論、剣聖の方も。……そのリーファの言う 何かを話してたから……だったりしてね?」
リズが、う~ん……と唸りながらそう言う。
シリカも、その場にいた者として、感じる所があったんだろう。
「剣聖さんの顔も、何だか戦っていた時の爽快な表情から、変わってましたから……」
思う所を口にしていた。
「う~ん……、この中じゃ、キリト君しか知らない、って事だよね。お姉ちゃん」
「そうだね。でも、リーファちゃんが訊いてダメだったから、私が訊いてもダメだと思うなぁ……。だからさ」
「あっ……! うんっ!」
アスナの決意の表情を見て、レイナも悟ったのだろう。笑顔で頷いた。
「……後はもう、その絶剣さんや剣聖さんに直接聞いてみるしかない、かな?」
「だねっ? 私も一緒に闘うっ!」
「すっごいコンビネーションらしいから、気合、入るよね! 頑張ろ。レイっ」
2人の話を訊いて、リズの眉が上がった。
「やっぱり、闘うんだ? それも難易度アップ! の、2対2で?」
「まぁ、勝てるとは思わないけどね? 訊いた話じゃ、1対1より、2対2の方が、倍増し以上に強いらしいし……」
「でも、私達だって、意地があるからねー! 確か与えたダメージ量は1割未満だっけ? それ以上の追加ダメージ量、更新! 目指すよーっ」
随分と目標が低い気がするが、あの絶剣と剣聖の戦いっぷりを見ている2人以外からすれば、決して低くなく、限りなく高い試練だとも思えてしまう。それは、旧アインクラッドの最前線で戦い続けてきた姉妹であっても……だ。
間違いなく、キリトが戦った絶剣も、剣聖と共に戦ったらより強くなってる事が判るから。
――……背中を信頼できる人に任せ、闘う。心強い人と一緒に闘うと、もっと強くなれる。それは、あの世界で学んだ事だから。
「それにね」
アスナは、目を閉じ、そしてゆっくりと開けると、話した。
「その人たちは、なんだか目的があって ALOに来た様な気がするんだ。辻デュエルする事以外にね」
「あ、それ 私も思ったよ」
「うん、それはあたしも同じ。そう感じてた。でもさ、それを知ろうと思ったら、キリトと同じくらいいい勝負しないとだよ? きっと。それも 最早無敵、って言っていい双璧を相手にするんだからね。キリトよりも難易度高そう」
「う~……リズさん、プレッシャーダメだよー。でも、私、頑張るからね? お姉ちゃん」
「勿論、私も同じよ。レイ」
軽くハイタッチをする2人。
それを見て、リズは一頻り微笑むと。
「アスナは、キャラはどっちで行くの?」
リズの問いに、アスナは少々考える。
アスナは現在 旧SAOのプレイヤーデータをコンバートした水妖精族の細剣使い《アスナ》の他に、新規アカウントで1から育てている風妖精族の《エリカ》なるキャラクターも所有しているのだ。
特に深い理由はなく、単純明快。たまには他の顔になってみたかった、との事だ。
因みに、レイナにも、アスナは追加する時に、それとなく誘っている。
レイナも、『今の歌のスキルが満足に上がったら、上がりきったら、考えるかも』 と言っていたが。
『日々是精進』とはよく言ったもので、集中してどんどん 歌スキルをあげていっているから、中々タイミングがつかみにくく、そのまま 音楽妖精族の歌姫兼細剣使いの《レイナ》のままだったりするのはこちらの話。
少し脱線したので、話を戻すが、アスナ……じゃなく、エリカの能力構成は短剣スキルを主としたばりばりの近接戦特化だから、半分はヒーラー、半分はバーサク? なアスナよりも向いているだろう。(こういったら怒るけど……)
だが、アスナは肩を上下させて、即答した。
「慣れてる水妖精族で行くよ。相手がスピード型なら、秒間破壊力より、ぎりぎりの見切り勝負になると思うから」
「だね? 《エリカ》のお姉ちゃんも凄く心強いけど、やっぱり、お姉ちゃんは《アスナ》だから」
「あはは。もう、レイったら」
人懐っこく、アスナの腕を取るレイナ。
百合な香りが……、っとと、それはナイでしょう。きっと。仲良しさん、と言う範囲内である。勿論。
「皆、付き合ってくれる?」
「頑張るからね!」
くるり、と見わたすアスナと、両拳をぎゅっと握ったレイナ。
見渡した先の3人の親友たちは、同時に大きく頷いた。シリカが椅子の背もたれの下から突き出たシッポをぴんぴんと振りながら言う。
「もちろんですよ! こんな名勝負、絶対見逃せませんっ! 私たちの、かたきうち、お願いしますねっ」
「あははは。勝つ~とまでは言えないのが少し寂しいけど、頑張るよー、シリカちゃんっ」
「それだけの相手だからね? さて、午後3時に24層の小島に現れるんだっけ? なら二時半にここで待ち合わせをしよう……って、あっ!」
ここで、アスナがやや慌てて声を上げた。
「ん? どうしたの? お姉ちゃん」
「レイっ、左上っ! 時間っ!」
レイナの問いに答えつつ、アスナは、レイナの顔を両手で挟んで固定。その状態で視線を左上へと向けた。その勢いに少々気圧されそうになったレイナだったが、直様、アスナと同じ様に視線だけを動かして、視界の左上に表示されている現在時刻を凝視、そして理解した。
「あっ! ば、晩ご飯の時間っ」
「そうだよ、もう6時。遅れちゃうっ」
それは結城家の決まり事の1つである。
18時きっかりには必ず夕食を……となっている。VRMMOでは自宅にいながらのプレイである為、門限とは少し違うが指定時間には必ずいる様に、と言われているのだ。
現時刻は17:53。
「じゃあ今日はここでお開きにしましょう」
リーファが自分の前のウインドウをセーブしつつ、そう言う。彼女に習って皆でぱぱっと片づけに入りつつ、リズは苦笑いをしつつ言った。
「お嬢様方は辛いわねー」
皮肉、と言う訳ではないが、良い歳にもなって、少なからず不自由がある事に憂いているのだ。それに、リズは 2人から訊いている。『あまり、実家の事は好きじゃない』と言う告白を。
アスナもレイナも、歳頃の普通の女の子の様に、気の向くままに、友達たちと遊びたいし……、たまには 羽を伸ばして、門限など忘れて心ゆくまで遊びたい、と思う事は多いのだろう。
だが、幼少期より、英才教育を受けてきたアスナ。そして、そんな姉の背中を見つつ、同じく教育を受け、自分自身も負けない様にと研鑽を積んできたレイナ。そんな彼女達だからこそ、約束、決まりごとを反故にする様な事は、どうしても抵抗が有るのだ。
普通に――、と言うありふれた少女達願いは、彼の父親が思い描き続けた、息子への願いと、何処となく似ているのである。
……今はその話は良いだろう。
今後、彼女達の家庭には深く関わっていく事になるから。
だから今は話は元に戻そう。
リーファは、セーブや片づけを手早くすませると、キリトが眠る揺り椅子の傍に来て『起きて! 帰るよー!』と、何度も呼びかけているのだが、中々目を覚ます気配がない。
最終手段に移行する旨をシリカに伝えるリーファ。
それは、少々派手に揺り椅子を動かして、起こす、という手段。
だが、そうしてしまうと、キリトの膝の上で眠っているピナやユイも同じであり、少々 リーファの刺激で目を覚ましてしまうのは忍びない、と言う事で。
「ふふ、まだ起きないみたいですね?」
と、笑顔でキリトの膝の上で眠っていたピナ、そして ユイも一緒に、シリカはゆっくりと抱き寄せると、いつもの定位置であるシリカの頭上に載せた。
流石のピナもそこまですれば、目を覚ましたらしく、細く瞼を開けて、小さく可愛らしく、欠伸をしていた。
その間に、リーファはキリトの顔に、黒マジックで悪戯書きを楽しんでいたりするのはご愛嬌、さっさと起こす為に、先程の行為を実行に移す。がっこがっこ、と盛大に揺らしつつ、キリトを起こそうとしたのだった。
そんな2人、いや キリトを含めた3人を見て微笑むレイナ。
3人が楽しそうに起こしていた時。
「……ねぇ、リズ」
アスナは、リズにふとあることを思い至り、顔を寄せた。
「なに?」
「さっきさ。絶剣と剣聖の2人は、コンバートプレイヤーだって言ってたけどさ……。それだけ強いのなら、可能性としては、もしかすると、……元SAOプレイヤー、って線もあるんじゃないの?」
小声で尋ねるアスナ。……それを訊いたリズは、真剣な表情を作って頷いた。
「うん。あたしもまず、それを疑った。……キリトに勝っちゃう位だからね。……で、キリトが絶剣の方と闘った後、どう思うか訊いてみたんだけどさ……」
「キリト君はなんて……?」
「『絶剣や剣聖が、SAOプレイヤーだった可能性は、まずないだろう』って。……何故なら」
その後に、リズの口から訊いた言葉は、……キリトの推察は、何よりも説得力がある言葉だった。
「『もし、絶剣や剣聖が、あの世界にいたなら、《二刀流》スキルは、オレではなく、あいつら2人のどちらかに、与えられた筈だ』って」
キリトに速度の領域で勝ったのだ。
確かに、《二刀流=キリト》という代名詞が定着している、と言っていいキリト。その同時二択の剣擊は、少しでも読み違えれば、瞬く間に突破され、終わってしまうだろうと思える。
全てを視通す《眼》を持つリュウキだからこそ、その一瞬も見逃さなかった。だからこそ、反応速度の領域で劣っていても(リュウキ談)、捌く事が出来た。
そんなキリトだからこそ、二刀流じゃなければ、本気かどうか判らない、というリズの考えは正しい、と思えてしまう。
……だけど、SAO時代、最も長らく戦いを共にしてきた片手直剣だ。生半可なモノだとは到底思えなかった。
そんなキリトに勝った――……。
「お姉ちゃん? そろそろ帰らないと、お母さんが」
「っ、あ、ご、ごめんレイ。うん。判ってるよ」
その後は、もう一度集合場所と時刻、その絶剣と剣聖が現れる場所の確認をして、レイナとアスナは殆ど同時にログアウトをした。
その時には、キリトは目を覚ましており、ユイに顔中が墨だらけである事に驚かれ、笑われ、楽しそうだった。だけど……アスナは、その輪の中に入る事は無かった。
これから、帰る場所は 心の拠り所じゃないから――。
また、早くキリトに会う為にも。早く 一日を終えたかったから。
その気持ちは、レイナにも伝わっていた。キリトを何処か遠い目で眺めていたアスナを見たから。……それだけでもよく判ったから。
~結城家~
視界が、目の前に広がっていた世界が真っ白に染まった後、黒く闇に染まる。
それと同時に、チチッ、という短い電子音が聞こえてきた。それは、アミュスフィアの電源が落ちた音であり、心の拠り所でもあった 森の家から離れてしまった合図でもある。
ゆっくりと瞼を開けた明日奈は、肌にまとわりつく冷気を感じ、完全に意識を覚醒させた。……どうやら、エアコンを弱暖房運転にセットしていた筈なのに、タイマーを解除するのを忘れていた様だった。
――……どこが、しっかりものの、姉なんだろう。レイの方がよっぽど……。
それは、昔から脳裏に少なからず過る事だった。
妹の前では しっかりしている姉を演じなければならない。……見本でなければならない。
そう、幼少期から想い続けてきた。……だけど、認識はどんどん変わってきた。道標になる。支える。と想い続けてきたのだけれど、それは自分自身も同じだった、と言う事に気づいたからだ。
玲奈の屈託のない笑顔にいつも救われてきた事を、遅くなりながらも気づいたから。
そして、何度も言ってくれていたのは、妹の玲奈からだった。
子供の頃より憧れの視線を向けられていた事には、明日奈自身も気づいていた。勿論、それで明日奈が、玲奈に対し、優越感に浸ったり、先に生まれたからと言うだけの理由で、理不尽な姉妹問題に発展する様な事はない。
最終的には お互いが、お互いに尊敬し合っていた面があったから、その様な方向へと行かなかった、と言えるだろう。
明日奈は玲奈の事を、明るく真面目で、誰とでも仲良く輪に入っていける。言うならば、天真爛漫の見本である、と言っていい。
妹バカだと言われても別に良いし、娘であるユイの事同様に、それは 褒め言葉だと受け止めている。
玲奈は、明日奈の事を尊敬していた。常に前を向いて皆の見本、先を示す光になっている、と比喩抜きで思っていた。1つ歳下であるからこそ、同級生で 憧れの視線を集めていた事に関しては、妹として、本当に誇らしかったし、自分の事の様に嬉しかった。
2人で、勉強の話もして、お料理の話もして、クラスの友達の話もして、時には流行のファッションの話もして……、そんな空間がこの家の中で唯一の拠り所、だったのかもしれない。
――……いつから、自分の家を。……育ってきた筈の家を、そう想う様になったんだろう。
楽しさを沢山学ぶ事が出来た。幸せの形も、あの世界で学び、共に培う事が出来た、育む事が出来た。……この家では出来ない事が沢山出来た。
だからこそ、あの2年間があったからこそ、強く想う様になったのかもしれない。
明日奈は暫くベッドに腰掛けていたが、やがて 時間も迫っていた為 身体を起こし、重い足を引きずるように、クローゼットの前に移動する。アミュスフィアを利用する時は、ゆったりとした服装、フリースの上下など、楽な服装を選んでいる。
だが、母親は例え家の中であったとしても、いいかげんな格好をしているのを好まない。
だからこそ、身だしなみを整えて、夕食のダイニングへと向かうのだ。
そして、全ての準備が整った所で、2Fにある自分の部屋から外へ。半円を描く広い階段を降りようとした時だ。
『佐田さん。これ 作ってみたんです。よかったら、お子さんへのお土産にどうですか?』
玲奈の声が、1Fホールに響き渡り、2Fにも伝わってくる。
話し相手であろう《佐田》と言うのは、結城家で雇っているハウスキーパー、である。玲奈は、佐田にとある物を渡そうとしていたのだ。
『そ、そんな、お嬢様。私などの為に……』
『ふふっ、もう直ぐ バレンタインですから。良かったら、味の感想をくれる人が沢山いてくれた方が嬉しいんです。だから、どうですか?』
それは、手作りのチョコレート、だった。
結城家の令嬢である玲奈から頂くなんて……、と恐縮をし、申し訳なくも思っていた佐田だったのだが、玲奈の幼さがまだ残る笑顔を見せられ、無下に断るなんて事が出来る訳もない。そして、そのことは玲奈自身も判ってる。ずっと、お世話になってきたのだから。
『沢山作った中でも、これ自信作、なんです! あ、でも 一番美味しく出来てるって想ってる分は、……ちょっと申し訳ないですけど、渡せませんけど、ね?』
にこっ、とウインクをし、可愛らしくリボンで止められた包装紙に包まれたチョコレートを佐田の手の中に置いた。そこまでいわれて、佐田の表情も徐々に柔らかいものへと変わっていく。
自分にも 経験がある事だから、と笑顔を返し。
『……そうですね。お嬢様には素敵な人がいらっしゃるんですから』
『あ、あはは………//』
和ませる為とは言え、玲奈はやっぱり直接言われたら照れてしまうのは仕方がない事だろう。
『……ありがたく頂きます。本当にありがとうございます』
『い、いえいえ。あ、もし良かったら、佐田さんのアドバイスもくれたら嬉しいです』
『はい。判りました。喜んで』
場が和やかになった所で、階段の上にいる明日奈の気の持ちも代わり、先程まで重かった、引きずっていたのではないか? とも思える程の足取りも消え、歩を進めた。
「お疲れ様です。佐田さん」
妹の玲奈も、最初に下に降りて、佐田と顔を合わせて、感謝の言葉を伝えた筈。と明日奈は想い、直ぐに言葉に出した。
「本当に、毎日ありがとう。遅くまで御免なさいね」
明日奈が降りてきた事に気づいた佐田は、視線を玲奈から外し、滅相もない、というふうに目を丸くして首を振って、深々と一礼をした。
「と、とんでもないです、明日奈お嬢様。これが仕事ですので。……それに、とても心温まるプレゼントも頂けたので、これ以上、本当に無い事です」
両手に持った箱。両手にすっぽりと収まる程の大きさのリボンで綺麗に、可愛らしく装飾されている箱を明日奈の方に向けて、佐田は再び深く一礼をした。
「あはは。今度は 私もお願いします。妹に負けない様にしないといけないので」
「うんっ」
2人の笑顔を向けられ、佐田は また 穏やかな表情へと変わっていたのだった。
明日奈は一頻り小さく笑うと、ゆっくりと歩み寄って、小声で訪ねた。
「母さんと兄さんはもう帰ってます?」
「浩一郎様は、お帰りが遅くなるそうです。奥様は、もうダイニングにいらっしゃいます」
「……そう。ありがとう」
明日奈は礼を言いつつ、玲奈に視線を向けた。
それだけで伝わった玲奈は、一歩 佐田から離れると、同じ様に礼をいい。
「引き止めて御免なさい、佐田さん。また、よろしくお願いします」
そう言うと、佐田は再び深く腰を折り、重いドアを開けて、帰っていった。
先程の玲奈の言葉の中にあるとおり、佐田には子供。中学生と小学生の子供がいる。
彼女の家は、同じ世田谷区内ではあるが、今から買い物を済ませて、帰宅するとなると、7時半は回ってしまうだろう。
食べ盛りの子供には辛い時間帯だ。玲奈自身も何処かで想っていたことなのだろう。だから、彼女も行動に移したんだと思える。笑顔で受け取ってもらえる様に、必死に考えて。
明日奈は、それとなく母親に夕食は作りおきに……、と言ってみたことがあるのだが一顧だにされなかった。
「レイ、行こ」
「………うん」
和やかになった空間は、静かに、今の冷たい空気で冷めていく様に、徐々に消え失せ、少なからず再び重くなった足を、ダイニングルームへと向けて歩き出していった。
2人が、同時に重厚なオーク材のドアを左右に開け、中へと入った途端、静かだが、びんと張った声が明日奈と玲奈の耳を叩いた。
「遅いわよ。……5分前にはテーブルにつくようにしなさい」
時計を見てみると、6時半丁度。遅れてはない、と言う事を考えるよりも遥かに早くに言われ、何も返す事が出来ずに、2人とも。
「……ごめんなさい」
「ごめんなさい……」
低い声で呟きながら、テーブルへと歩み寄った。
20畳はあろうかというダイニングルームの中央に八脚の椅子を備えた長いテーブルが設えてある。その北東の角から二番目と三番目が明日奈、玲奈の席だと決まっている。その玲奈の左隣が兄、浩一郎。東端が父、彰三だが今は両方とも空いていた。
食卓とは、家族団欒の場。和やかな一時。一日の終わりと面白く、時には真剣に、話をして、訊いて、……そんな場。
だけど、そんな当たり前な事も、2人は知らずに。……いや、厳密には知っていたが、我が家では程遠い事だと認識してきた。 明るく笑顔な玲奈でも、この刺す様な空気の中で 振るう事など出来る事もなく、母親、京子が 不快にならない程度に視線を落としているのだ。
そして、2人が、其々の席に座ったのを確認すると、先程からお気に入りであるシェリー酒のグラスをテーブルに置き、読んでいた経済学の原書を閉じて、ナプキンを膝に起き、ナイフとフォークを取り上げた所で、2人の顔を観る。
これが合図、なのだ。
次に2人が同じ様に準備をして、小さく『いただきます』と会釈をし、スプーンを手にとった。
それは、向こうの世界では考えられない程の静寂な空間。
ただ、響くのは銀器が立てるかすかな音、そして 蝋燭に火が揺らぐ、そんな微かな 普段では聞こえる筈がないであろう程の音をも拾う。それだけ、だった。無音の世界、と言っても大袈裟ではないだろう。
――いったい、いつ頃から母親との食卓が、こんなにも緊張感に満ちたものになってしまったんだろう……?
それは、明日奈の気持ちである。
いや、或いは玲奈自身もずっと考え続けてきたのかもしれない。
『誰かを想って作る料理は素敵で、そして美味しかったら、美味しくなったら、尚嬉しい』
『料理は、食事は元気の源』
あの世界で、玲奈がしきりに彼に。……隼人に説いた言葉だった。
――……だけど、自分はどこでそれを習った? どこで、そのことを教わった?
玲奈はそれを考えていたのだ。間違いなく、この緊張感にあふれた食卓。佐田には感謝を深くしているが、それでも自分たちで作った物ではない食事を口にしている場では 培う事など出来ないと思えるから。
だから、必然的に2人は機械的に食事を続けながら、記憶のかなた、異世界の我が家へと意識が彷徨いそうになっていた。温かい其々の家族いや、皆一緒、皆の家族との団欒の思い出に……。
その時だった。
「……あなた達。また、あの機械を使ってたの?」
ぴん、とした声が。食事に手をつけて初めて場に響いた。
その言葉に、明日奈はちらりと母親に視線を向けて、小さく頷き、玲奈も遅れて頷いた。
「……うん。みんなと宿題する約束があったから」
「冬休みは、中々 みんなにあえなかったから、向こうだったら、直ぐに会えるから……」
言葉のひとつひとつを選んで 発言をする。
基本的に 《明日奈》の名前が上がっている時は、玲奈は口を挟まない。そして 《玲奈》の名前が上がった時は、明日奈は、よ程の事がない限り、口を挟まない。
自然とそう言うルールが出来上がってしまっていた。
そして、今回……、京子は『あなた達』と言っている為、明日奈と玲奈の2人が答えたのだ。
「宿題なんて、自分の手でやらないと意味は無いわ。それに、あんな機械使っても あってることにはならないわよ。……大体、宿題なんて1人でやるものです。100歩譲っても、あなた達2人だけ。……友達と一緒じゃ遊んじゃうだけだわ」
あの世界の事は、京子は理解してくれないのは解っていた。
自分自身のてでやっている事には代わらず、実際に相手の眼を見て、五感の全てで相手を感じる事が出来る世界である為、何一つ代わりない。
だけど、その世界を認めようとしてくれないのだ。
「いい? あなた達には遊んでいる余裕はないのよ。他の子よりも2年も遅れたんだから、2年分 余計に勉強をするのは当たり前です。何よりも明日奈。あなたがしっかりとしてる所をみせないと、玲奈にも示しがつきませんよ」
京子がそこまで言った所で、『私はそこまで子供じゃない。……お姉ちゃんはしっかりしてる。自慢のお姉ちゃんなの』と、玲奈は、力いっぱい言いたかった。でも、喉の奥に何かが引っかかってしまったかの様に、言葉が出てこなかったのだ。
自分の名を出された明日奈は、やや俯かせながらも、正面から答えた。
「……勉強はちゃんとしているわ。二学期の成績通知表、プリントして机に置いておいたでしょう?」
明日奈はそう返した。
……成績に関しては以前、順位表・点数で負けてしまった相手がいる。その時は 京子に目を見開かれたが、相手が相手だった為、別段言われなかった事があったと記憶している。
逆に、その時はこの京子も 感心さえもしていたから。そして今。
殆ど差もなく、同着が多い。玲奈も少しばかり及ばない部分はあるものの、それは殆どケアレスミス。誤差の範囲内。京子の示すノルマに似た数値は確保出来ている筈なのだ。
だから、大丈夫だと、思っていた。
次の―――言葉を訊くまでは………………。
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