101番目の哿物語
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第六話。千夜一夜夢物語①告げられた予兆
「お前さん、もうすぐ死ぬぜ」
理亜の夢に入り込んだ途端、その声が聞こえてきた。
俺の視界の先に映るのは長い銀色の髪を伸ばした綺麗な青目をした少女。その少女の顔に見覚えがありまくる。お洒落な帽子を片手で押さえながら、もう片手で俺を……いや、理亜の顔を指差しているその少女は……
______『予兆の魔女・アリシエル』。通称アリサ。
ロア喰いであるキリカを攻略する直前。霧の中で出会った銀髪青目の『魔女』のロア。
その少女が、俺を……理亜を見つめていた。
そのアリサの表情は口端が釣りあがっていて、いかにも『不敵』といった雰囲気なのだが、顔立ちがとても愛らしい部類に入るせいか、憎めない印象を与える。独特の口調の『だぜ』も彼女の雰囲気によくあっているというのもそういった印象を与える要因となっているのかもしれない。
そんなアリサが、理亜が通う十二宮中学の制服を着て理亜の前に立っていた。
今、俺は夢の中で理亜を通して見ているからその表情を見ることはできないが、もし、ここで第三者的な立場で自分の顔を見ることが出来たら、さぞかし俺は驚きを隠せなかっただろう。
アリサが着ている制服。十二宮中学の制服。
その制服を着ているということは十二宮中学に通っているということなのかもしれないが、それについては俺は気にしないことにした。何故ならば彼女と同じ『魔女』であるキリカは普通に人間として、女子高生の生活をエンジョイしているから。都市伝説が実体化したオバケ。『ロア』とはいえ、『魔女』であるアリサが人に紛れて中学校に通うのはそれほどおかしくないことなのかもしれない、なんて思ったからだ。
むしろ、俺が驚いたのはアリサが告げた一言。
『お前さん、もうすぐ死ぬぜ』
以前、俺もアリサに告げられた言葉だが、その言葉を告げられた理亜が落ちついてることに俺は驚いた。
「私ですか?」
「そ、お前さんだってば」
「私はもうすぐ死んでしまうんですか」
実感が湧かない、そういった態度を取る理亜だが。アリサの不躾な言葉の問いかけに対しても、ちゃんと丁寧に対応する様子に驚いた。
普通、自分が死ぬなんて言われてこんなに冷静でいられるだろうか?
俺の場合は、すでに何度か『死』を経験していたから、心構えが出来ているという理由があるのだが。
だが、理亜は違う。
『死』を宣告されているのにも関わらず、冷静に対応出来てしまっている。
この理亜の冷静さ。
これが、理亜が最強の主人公たる所以なのかもしれない。
「ま、実感なんて湧かないのは当たり前だと思うがな。どんな人間だっていつ自分が死ぬかなんて解らないから気楽に生きていられるんだし。生存率なんて、場所や環境での確率でしかないからな」
人が生きるか死ぬかは確率でしかない。
『魔女』であるアリサにそう告げられると、かつてセーラらに告げられた『死相』を思い出す。
『もうすぐ、死ぬ』
もうすぐ、ということは直ぐに死ぬわけではない。死ぬまでに何かしらの予兆や要因。きっかけがあるということ。
つまり、回避することができるということ。
理亜もその可能性に気づいたのか、あるいは無意識なのか。
理亜は「もうすぐ死ぬということに対して、反応を考えてみました。怒って問いただす、焦って問いただす、怖がりながら問いただす、の三択で」などと言い、アリサの「結局、どれを選ぶんだ?」との質問にあろうことか、「第四の選択肢」を提示した。
『どれも結果は同じなら、普通に問いただす』と。
「ははは! 面白いな、お前! 三択まで用意しておいて結局どれも選ばないのかよ!」
どこかで聞いたことのある言葉を放つと、アリサは楽しそうに笑いながら、顔を覗き込んできた。
そして、かつて俺にも言ったように意味深な言葉を告げる。
「うん、素質があるのかもしれないな、お前さん」
「素質、ですか?」
「ああ、私が探していた女なのかもしれない」
アリサはそう告げると、おもむろに理亜に手を伸ばした。
理亜のからだは自然な仕草で、サッと回避する。
「一体、何を……」
と理亜が言いかけた瞬間、俺の視界がぐるりと変化した。
理亜の体が、大きく回転したのだ。
理亜の体に意識がある俺から見てもその回避行動は異常だった。
「へえ、やっぱりな」
カツン、と地面に小石が落ちる音を聞こえる。
理亜の体を通して俺は、ヒステリアモードの視力によって今起きた出来事を瞬時に把握することが出来た。
アリサは理亜に向けて手にしていた小石を投げつけていたのだ。
「自身が認めた者でなければ触れることすら許さない。人であろうと物であろうと。そんな才能、聖女か女神くらいしか持ってないものだぜ?」
「咄嗟に体が避けてしまうだけです。多分、潔癖症なもので」
「そう、最初はきっと『触られたら嫌だ』くらいだったんだろうな。だけど、それが次第に自分の才能として昇華され、やがては『どんな不浄なものも触れること能わらない』のレベルまで達した。立派に聖女か女神だよ」
アリサの口から告げられた言葉に、俺も理亜も唖然としてしまう。
聖女、女神。
そんないかにもファンタジックな言葉も、目の前の少女から告げられると信憑性がある気がしてしまう。アリサの外見的なものもそう思わせる要因かもしれないが……。
それにしても、女神かぁ。
前世でもそうだったが、俺は非現実的な存在と縁があり、そういったものから逃げられないらしい。
「ますます、私のパートナーに相応しい」
ニヤッと笑うアリサを見て俺は理解した。やはり、彼女が理亜のブレインだと。
「……死にそうな人で、そういう才能がある人を探していたのですか?」
理亜は落ち着いて淡々とアリサに語りかける。
「わははは! そこは話せばちと長いんだが。どうだい、お嬢さん。死にたくないかい?」
「私はお嬢さん、という名ではなく、理亜という名前があります」
「そんじゃリア。私と一緒に千夜一夜を過さないか? そしたら『予兆の魔女・アリシエル』。通称アリサがその命を守ってやらなくもないぜ?」
『予兆の魔女・アリシエル』こと、自称アリサ。
それが理亜を『終わらない千夜一夜』にした張本人だった。
気がつくと、場所が変わっていた。夢の中だからか、移動が省略されるらしい。
ここは……見覚えがあるような、ないような、そんな曖昧な記憶だがいくつか解ることがある。
今いるここは整った女の子の部屋の中だということ。
椅子の上に一時的に制服がかけられていて、それが見覚えのある十ニ宮中学の女子制服だということ。
部屋の模様からしてここは理亜の部屋だということ。
…………。
制服がかけられている?
俺が状況を確認するよりも早く。
「はふぅ」
理亜の溜息と共に。
シュルッ、と俺が見ている視界の中で首のリボンが白い手によって取られる。
これは……!
「すぐに死ぬわけではないようなので、そこは良かったですが。アリサさんの言葉はどうも冗談には思えませんでした」
妹の着替えシーンに、こんな形で遭遇してしまう不幸な俺だった。
これじゃ本当に、すっかり妹の着替えを覗く気満々な変態さんじゃないですか!
俺は俺でテンパりそうになる。理亜は独り言の時も丁寧語なんだなぁ、とかどうでもいいことを同時に考えながら、目を閉じるにはどうすればいいかを必死に考えた。
このまま見続けていたら確実にヒステリアモードが強まる。
見たくないのか、と問われば返答に困る。
これ以上ヒステリアモードの俺でいたくない。
だけど、理亜の。可愛い従姉妹の着替えを見たくないというのも、それはそれで理亜に失礼だ。
と、見る見ないで葛藤していると、視界はあくまでも部屋の中を見ていることに気づく。
ああ、そりゃそうか。理亜の視点なんだから、理亜が自分自身をマジマジと見ない限り視界には入らないよな。自分が着替える時を思い出して納得する。
自分の体をわざわざ見るのは、筋肉がどのくらいついたのかを確実する時くらいだ。
とはいえ。
パサ、と椅子の上にかけられたスカートなとを見てしまうと、ヒステリア性の血流が強まるのを感じてしまう。今はYシャツと下着姿なのか、我が妹は。
って、何考えてんだ俺は⁉︎
妹の着替えにドキドキするとかそりゃまずいだろ!
と思うが、過去に妹でヒステリアモードになってしまった出来事を思い出してしまい、憂鬱な気持ちになる。あの時のかなめもYシャツを着てたよなー、裸で……って。バカ!
そんなことを考えてたら……ああ、畜生。また……ヒステリア性の血流が強まってしまった。
『妹みたいな存在とはいえ、血が繋がってない限り確か結婚も出来るよな?』なんてことを考えてしまうが。
よくよく考えてみたら、例えば血が繋がっていようと、ヒステリアモード時の俺ならば確実に口説くよな、と最早諦めの境地に達した。
「兄さんに相談して心配をかけたくありませんし。明日にでも学校で詳しく尋ねるとしましょうか。はふぅ」
理亜の呟きに俺の胸が小さく痛んだ。そっか、理亜も俺も、互いに想いあっていたからこそ相談出来なかったんだな。
そう思うと、やっぱりこのすれ違いが寂しく感じる。
「んー、それにしましても」
などと考えていたら理亜はそのまま部屋の隅にある姿見の前に立っていた。
俺はすれ違いうんぬんを考えていたせいで、目を閉じるタイミングを逃してしまい、Yシャツ一枚の理亜をバッチリ見てしまった。
Yシャツと裾から、綺麗な細い脚が伸びていて。その付け根に、淡いピンク色の薄い布地が見えてしまって。ドクンドクンと、興奮しているのが自分でもよく解る。
ああ、ダメだ。これはもう……抑えられない。
血流が滾っているのが解る。
止まらない。
止められない。
大切な妹分で興奮してしまっていることに果てしない罪悪感も感じてはいるが。
それよりも、まだ幼いと思っていた理亜がすっかり大人の女性になっていることにドキドキが止まらなくなっている。
「やっぱり兄さんは、音央さんみたいな体つきの方が好きなのでしょうか」
理亜は自分の胸に手を当てて、憂鬱そうに呟く。
イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ‼︎
そんなことはない!
理亜も充分素敵だよ‼︎
兄さんは理亜くらいのスタイルも好きだし、アリアや一之江よりあるんだから大丈夫だ!
それに、音央だって中学時代はそうでもなかったんだから、これからだよ理亜‼︎
罪悪感もあったせいで思いっきり叫びたくなったが、ここは理亜の夢の中。当然声が届くわけもなく。
「っと、こんな格好でいるのはアウトですね。兄さんにバッタリ覗かたりでもしようものなら、夕食に何かを仕込まなくてはなりませんし」
理亜がそう呟いたのをバッチリ聞いてしまう。
怖っ!
理亜のこういう時の報復はご飯攻めだったのか。
______だが、今の俺はその報復を甘んじて受けるレベルの罪悪感を感じている。
理亜よ。すまない。そして。
ご馳走様。
などとヒステリアモードの俺が心で拝んでいると、辺りの風景が再び変わった。
そこは十二宮中学校の教室。
俺の記憶にはない風景が広がっているので、恐らくここは理亜が過ごしている教室なのだろう。
理亜は確か2年A組だったはずだ。
そんなことを思っていると、キーンコーンカーンコーン、と懐かしいチャイムの音が響く。
チャイムの音は俺が今通っている夜坂学園のものとも、東京武偵高のものとも微妙に違っていた。
学校ごとに違っているのかもしれないな。
ガラッとドアが開いた瞬間に教室の中がザワッと色めき立つ。
教室に入ってきた担任の先生______四条先生______に向けられたものではない。
先生の後ろを、女子生徒が付いて来ていたからだ。
その女の子には見覚えがありまくったが、理亜からしてみるとこの時が初めての接触だったのだろう。その女の子の金髪やドリル頭をマジマジと見つめているのが解る。
「起立、気を付け、礼っ」
ハキハキした声で、メガネをかけた女生徒が号令をかける。
なんとなく、俺のクラスにもいる三枝さんと雰囲気が似ていた。
妹か何かだろうか?
「はい、おはようみんな、今日は転入生を紹介するよ」
四条先生はにこやかにみんなを見渡しながら言うと。
紹介された女生徒は元気良く自己紹介を始めた。
「グッモーニン! おはよう、はじめまして! わたしはスナオ・ミレニアムよっ。パパがニッポン大好きで、スナオな子になりますように、って付けてくれたの。仲良くしてくれたら嬉しいわっ! よろしくね!」
その元気いっぱいな挨拶っぷりにクラス中から好意的な笑みが向けられていた。
緊張を感じさせない人懐こさが可愛いと思われたのかもしれない。
初めて会った人に対するこのノリの良さなどは何処か理子を感じさせるものがある。
この時には既にロアとなっていたのか、それともまだロアではないのか。現段階では解らないが。
「んー……」
と、思っていたらスナオちゃんは何かを物色するかのような目をして、クラス内を見渡していた。
そして、俺……ではなく理亜と目が合ったところで視線を止めて、満面の笑みを浮かべると。次の瞬間。
「私、あの子の隣がいいわ!」
何処かの桃まん武偵を彷彿させるかのような言葉を告げた。
「センセ、いいかしら?」
「……私は別に構いませんよ」
理亜は理亜で、驚きながらもクールな返事をしていたが。
俺は気が気じゃなかった。
スナオ・ミレニアム。
彼女は『夜霞のロッソ・パルデモントゥム』のロア。
可愛い女の子を誘拐して最終的には殺害してしまう、という恐ろしい逸話を持った少女が理亜の前に現れた。
夢の中の出来事。ましてや、過去に起きた出来事とはいえ、俺は気が気じゃなかった。
「うーん、次の席替えまで、だよ」
「やったぁー!」
無邪気に笑って喜ぶ彼女からは、悪意や敵意は感じられないが。
それでも、彼女が現在理亜の物語になっているということは。この先理亜と彼女との間でロアとして対峙してしまうような出来事が起きる。
それだけは避けて通れないのだろう。
「よろしくね! スナオ・ミレニアムよっ!」
「須藤理亜です。よろしくお願いします」
スナオちゃんが差し出した手を理亜がしっかりと握る。
理亜の体を通してスナオちゃんの体温を感じることができたが。その手は小さくて細くて、そしてとても冷たかった。
「いやー、リアってばわたしの超好みだわー! えーい、ハグ!」
かなめやリサ、理子が俺に抱きついてくるみたいな感じでスナオちゃんが理亜に抱きつこうとするが……。
ガターン‼︎
気がつけば理亜は椅子から立ち上がっており。スナオちゃんは机と共に床に倒れていた。
「いたたたた……なんで避けるのよー⁉︎」
「えーっと、すみません、つい、体が勝手に動いてしまいまして」
「ハグはダメなの⁉︎」
「そういう文化に慣れていないもので」
理亜はクールな声で淡々と告げる。
解るぞ、その気持ち。
俺もかなめやリサに抱きつかれる旅に、文化の違いを思い知らされるからな。
「うう……絶対ハグしてやるんだから‼︎」
理亜や俺の思いを他所に。
スナオちゃんの決意表明に、クラス中が笑いに包まれる姿がそこにはあった。
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