ホウエン地方LOVEな俺がゲームの中に吸い込まれちゃった
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サマヨールとユウキ
時は少し遡る。
具体的にはユウキが偽者と判断したヤンデレ系幽霊女から逃げ、最終的に追い詰められたところまで遡る。ゲンガーを先行させながら壮絶な笑みで追随したヤンデレ女に、ユウキが取れる選択肢は一つだった。
「頼んだサマヨール」
無機質なボディに一つ輝く緋の瞳がギョロリと動く。
頼れば答えてくれる彼、サマヨール。であるがしかしユウキの手持ちメンバーの中ではわりと奥の手的な存在である。おそらくゲンガーの技なのか、モンスターボールが開かないこの状況で頼れるのは既に場に出ていたサマヨールだけ。極力目立ちたくない、人目に晒されるのが嫌な彼に不満はあるだろうが頑張ってもらうより他なかった。
相手はどうやってかキノガッサを瞬時に無力化した相手。攻撃特化のキノガッサではあるがユウキの手持ちを無傷で倒すなど低レベルのポケモンに出来るわけがない。油断できない相手なのだ。
しかし反面ユウキは安心していた。
その安心感はサマヨールへの絶対的な信頼の証。それを知っているからこそサマヨールは引き受けた。無言でサムズアップ決めながら構えるサマヨールを見て、ユウキが不安に思う事などなにもなかったのだ。
*
ユウキと出会ったのはいつだったか。
確か住んでいたおくりびやまが騒がしくなり始めて、すぐだった気がする。野生のうちは本能のままに人やポケモンを驚かすだけのゴーストタイプ。だからこそ、たまたま出会って、頂上へ向かおうとするユウキを止めたあの時の自分の気まぐれは褒めてやっていいだろう。
あの時、ヨマワルだった私は普通に奮闘して普通に負けた。
ただ何故だろう。ここで行かせれば何か取り返しのつかないことがおこるような気がして、身体がボロボロになろうとも何度も何度も挑んだ。後に『あいいろのたま』と『べにいろのたま』が盗まれたと知った時に得心したが、通してしまっていたらユウキは二つの珠に意識を乗っ取られていたはずだ。
あの珠は使用者を操り、陸と海の支配者を呼び起こさせようとする。二つの珠はそれぞれ支配者の意識に繋がり、手にした者の自我を乗っ取るのだ。当然、のちにチャンピオンになる男がその資格を持っていないはずがない。何せユウキは空の支配者に認められたのだから。
もちろん、引き止めていなければ根負けしたユウキが私にモンスターボールを投げることもなかっただろうし、ホウエン地方の英雄が一転、超古代ポケモンを目覚めさせた巨悪として教科書に名を連ねていたのかもしれないのだ。
そういう意味では私の存在意義というものは見つかっていた。どこまでも空虚で、全てを飲み込む空洞を持つとされる私の中での唯一の光。それがユウキで、私の唯一の存在意義。感情の変化が無いに等しいゴーストタイプのポケモンとしては異常かもしれないが、そんなところが私がユウキについていく理由だ。
どこかのキノガッサの様に深い理由があってユウキについていくなんてことはない。いやアレはもう従属とでもいっていいレベルだから比較にはならないのだが。
だからそんなユウキの力になるなんて夢を掲げている友人と違い、大した目標も無くついていく私はユウキの手持ちの中で少々浮いた存在だった。
『俺はお前が羨ましい。その耐久力が有れば俺はユウキの盾になれたはずだ』
あの時、叫びながらひたすらに拳を打ち付けてくる彼を見て私は思った。
馬鹿馬鹿しいと。
そもそもゴーストタイプに物理攻撃一辺倒のかくとうタイプが勝てるわけがない。相性的には最悪の部類だ。それなのに何故こいつは手を止めないのか。ダメージが入ってないことがわからないのだろうか。そもそもタイプ相性を把握してないのだろうか。
手持ち同士で争っても意味がない。その時私はそう考え、諭した。
ーーそもそも種族が違うのだからステータスが違うのは当たり前だろ?
キノガッサは言った。
『お前のその飄々とした態度が気にくわないんだ。俺が求めるものを持っているくせに!』
正直理解出来なかった。だから私は言った。
ーー自分の長所をいかせば十分だろう。二つも三つも欲張るのはよくないぞ。
ただ、その時は迂闊だったといえよう。そもそもキノガッサの沸点はそこではなかったのだから。
そして、いつの間にか地に伏せていた。私が。
ーーなんっ!?
これには私も驚かざるを得なかった。
何が起きたのか。結論を出すより早くキノガッサが答える。
『かみなりパンチ』
バチィッ!!!とキノガッサの右手が電気を帯びる。出力を上げたところを見るに、私に気づかれないように威力を抑え、麻痺を狙ったのだろう。現に私の身体は痺れて動かすことができない。
『俺が癪に触るのはそういうとこだ。守備力に胡座を掻いて、どこかで相手を見下してる』
言い返す言葉がなかった。確かに絶対に突破されることはないとたかをくくっていたことは間違いない。その上無様にも、馬鹿だ馬鹿だと思っていたキノガッサの前で背を晒しているのだ。
一本取られた。
口を開けば精神論のキノガッサにパーティーの頭脳なんて気取っていた当時の私が技術で上を取られた。
そのことはその時の私に痛烈なダメージを与えた。
*
『俺じゃこのパーティーを守れない。だからお前が全てを受け止めるんだ。ユウキの《盾》になれ、サマヨール』
*
『お前には負けない』
ゲンガーの前に立つサマヨールは、右手を突き出し人差し指を曲げて来いよと挑発する。
ーー何を昔を懐かしんでいたのか。
唐突に若き日の出来事を思い出していた。いや、あの時は正直調子に乗っていたと思う。あの傲岸不遜な態度は今思うと恥でしかない。
そんなことにサマヨールはやれやれとため息をつきながらもゲンガーから目をそらさない。ゴーストタイプ同士、お互いに弱点同士だ。隙を突かれて先手を打たれるのは痛い。……まあすばやさの関係で自分が後手に回ることは確実なのだが。
ただそれ以前にあのキノガッサを倒したことは事実。あの漢を、それも無傷で倒すには尋常ならざるキノガッサのスピードを越えなければならない。先制されようが闇討ちされようが難なく状況を覆せるくらいには強いキノガッサを沈めた……その事実だけで十分警戒しなければならない相手だとわかる。
まあキノガッサを沈めた技の検討はついている。
しかしその技はサマヨールにとって警戒する程の技ではない。真にサマヨールが警戒しているのはゲンガーの特殊攻撃力の高さだ。どちらかと言えば特殊防御より物理防御が高い彼にとって、そのとくこうは若干冷や汗をかく程度には危険だった。いや、ゴーストなので汗なんてかかないが。
「サマヨール、これ使ってみてくれ」
そう言ったユウキに渡されたのは赤く小さな石。
サマヨールはほのかに輝くその石を手に持つと身体に少しの負荷がかかる感覚を覚えた。次いで明らかなステータスの上昇を感じる。
未知の感覚にキョトンとするサマヨールを見て、
「昨日たまたまジムバトルを観戦していた人がくれたんだ。道具の名前は『しんかのきせき』。進化前のポケモンの守りをあげるらしい。サマヨールならまだヨノワールを残してるし使いこなせるだろうよ」
なんだっけかな、シャラシティに寄ることがあれば是非我が家へお越しくださいとかなんとか言ってたんだけどその人の名前忘れちった……。
礼儀知らずにも程があるのだが、そんなことはサマヨールの頭に入ってこなかった。
『……!!!』
異常なほどの防御、特防の上昇を感じる。それこそどこかのヤサイの人が金髪になるレベルには上昇している。
これなら大丈夫だろう。ゲンガーも怖くはない。
「そんじゃ、頼んだぞサマヨール」
「あはぁ♡ようやく私と愉しむ気になったんですかぁ?じゃあ動かないでくださいね。今すぐ私と一緒になりましょお♡……ゲンガー『かなしばり』です」
「さ、さささサマヨールさん、ななななんとかしてもらっても!?」
うちの主人はテンパると本当に弱い。
とりあえず身体をゲンガーとユウキの直線上に滑り込ませて『かなしばり』を受け止める。ビリビリとした感覚が全身を叩くが、気合で吹き飛ばす。
「やっちゃってくださいサマヨールさま」
トレーナーが指示をしないというのはいかがなものか。まあいざって時は指示するだろうから、無指示は信頼と受け取ってなんとかしてやろう。
とジト目でユウキを見るサマヨールは思考を完結する。
「あらあらぁ、邪魔な子は排除しなくちゃあ。ゲンガー『シャドーパンチ』」
「グゲゲガァ!」
必中技のシャドーパンチ。
効果抜群なら当たれば倒せるだろうという安直な考えだ。ユウキなら相手の防御を計算に入れた上で自分のポケモンの攻撃力を把握しているから、そんな選択はとらない。
なんてことを思うサマヨール。ユウキの技量は認めているのだ。
「ヨール」
右手で飛んできたシャドーパンチをはたく。ゲンガーの右手から一直線に向かってきたゴーストの衝撃は呆気なく霧散する。
当然だ。効果抜群だろうが攻撃力の低いゲンガーの物理技など、サマヨールの前では無意味。ただ隙を作るだけだ。
そんな隙を見逃すサマヨールではない。内にためた気を解放し衝撃波を放つ。『ナイトヘッド』だ。
「グゲッ!」
「あぁ!ゲンガー!」
ナイトヘッドはレベル分のダメージを相手に与える技。当然の如くレベル上限に達しているサマヨールの与えるダメージは100固定だ。この技は攻撃・特攻が弱いサマヨールでも有効なダメージを与えることができる。そのため敵の攻撃を受けまくってナイトヘッドを当てていくのがサマヨールの黄金パターンとなるが……敵からしてみればこっちの攻撃は有効打足りえないのに相手からのダメージは普通に貫通するという崖っぷちでの戦いを強いられることになるのだ。
ポケモンのHPは数字に表すと大体300〜500程度。サマヨールが与えるダメージは100のため、5・6回うたれれば倒れる計算だ。その回数の中でサマヨールを落とすのは効果抜群と急所が運良く重なる等が無ければありえない。更に、サマヨールは『ねむる』というHP回復手段も持っている。苦労してHPを削っても立ち所に回復されてしまうのだ。
まさに難攻不落。
『それどうやって倒すんだ……?』
とは盾になれとか言っていたキノガッサの談である。盾どころかお鍋のふたがメタルキングの盾になっていた様な鉄壁っぷりに、再戦した件のキノガッサですらHPを半分も削れなかった。
「そういやそんな守備力を道具で更にあげてるって考えたら、相当えげつなくね?」
ユウキの与り知らないところだが、『しんかのきせき』の効果は【進化前のポケモンの防御・特防を1.5倍にする】というものだ。彼が1.5倍という数字を見たらぶっ壊れダァ!?と卒倒することは間違いない。
「ゲンガー『シャドーボール』」
「グゲゲゲッ!」
ヤンデレ女の瞳から光の一切が消えた。情け容赦なしのシャドーボール。それも複数。
そのゲンガーの攻撃手段としては最高のダメージ量を誇る漆黒の塊は、ゲンガーとヤンデレ女の笑い声をまとって不気味に光り輝く。
「よ、よール……(う、うわ……)」
「俺ポケモンの言葉わかんないけど、ゴーストタイプからみてもドン引きする光景ってことはわかったわ」
ふヒふふひいぉひひひぎぎヒぃヒヒひヒ!!?!
と口を三日月型に引き裂いて笑うのだ。片やゴーストタイプに片や感情がマイナスふりきっている人間。相乗効果で独自の不気味空間を作り上げていた。
「と思ってたら……迫ってるぞシャドーボール!」
「ヨー」
勿論サマヨールもわかっていた。だがその上でサマヨールはゆっくりと招き入れるかのように手を開く。
そして、ぽすっと音が響いた。
「……?」
「ゲ?」
「さ、サマヨール?」
てん、てん、てん……と沈黙が続く。
複数放ったシャドーボールの二個目がもう一度サマヨールに着弾する。
そして、ぽすっと音が響いた。
「え……?」
複数放ったシャドーボールの三個目がもう一度サマヨールに着弾する。
そして、ぽすっと音が響いた。
「…………」
「…………」
「…………」
複数放ったシャドーボールの四個目が……五個目が六個目が七個目がーー。
「そして、ぽすっと音が響いたんだろ! わかったからやめたげてよぉ!ゲンガーのメンタルマッハだから!」
まるでダメージなんてないかのように立つサマヨール。その様子を見て幽霊女は言葉を失い、自身の最強の攻撃を破られたことでゲンガーは唖然としていた。
種明かしをするならば、
元々防御特防の値が高いレベル100のサマヨールのステータスを更に1.5倍にするのがしんかのきせきである。
わかりやすく数値化すれば、約500。
それは伝説と言われるポケモン達に匹敵するステータスだ。いくら特攻の高いゲンガーといえど、そんなポケモンとの差は埋まらないのだ。
誰もがその異様な光景に呑まれる中、沈黙を破ったのは当人であるサマヨールだった。
彼はお返しとでも言うかのように構えた。表情は非常にわかりにくいがどことなく笑っているように見えて、ゲンガーは心底恐怖する。
「ヨッー」
サマヨールが手を後ろに引く。
「ルッ」
前に振った。
「……へ?」
「……ゲんがぁ?」
瞬間、一帯が吹き飛んだ。
床シャドーボールユウキヤンデレ幽霊壁ゲンガー置いてあった段ボールに扉に転がっていた空のモンスターボールに至るまで全てだ。
直後大規模な倒壊があった。ビルの階層を支えていた支柱も根こそぎ吹き飛んだのだ。
笑えねえぇぇ!!……崩落から逃げ回りながらユウキが叫ぶ。
「『いたみわけ』……範囲考えて使ってくれぇ!」
効果はHPの平均化。範囲内に含まれたものの体力を平等振り分けるのだが、
「人間、物にまで効果あるのかよ」
苦笑いするユウキは瓦礫を避けつつ空いた壁から空中へダイブ。ビル二階から紐なしバンジーを決行した。数十メートルの高さに身を震わせながらもなんとか受け身を取ることに成功する。
「骨何本か持ってかれるかと思ったけど……さすがポケモン世界。人間のステータスも高いこって」
これがスーパーミシロ人の力か……。
と打ち震えていると上からサマヨールが降ってきた。右手でゲンガーとヤンデレ系幽霊女をもんずと掴んで着地。目を回している幽霊を放置してゲンガーをビルの壁に叩きつけた。
「グ……ゲゲゲ(くっ、ころせ)」
その言葉に、
「ヨ」
サマヨールの、
「ォ」
スイッチが
「ル」
入った。
「ヨォル」
サマヨールの顔にーー喜悦が混じる。
「ヨォル(ナイトヘッド)」
「ガッ(ぐへっ)」
そして、いたみわけ。
「ヨォル(ナイトヘッド)」
そして、ねむる。
「ヨォル(ナイトヘッド)」
そして、いたみわけ。
そこでユウキが異変に気づく。
「おい、そろそろ……」
ナイトヘッドで痛めつけ、いたみわけで回復させ、自分のHPが減ったらねむるで回復する。あとはループするだけだ。
そしてサマヨールは満面の笑みを浮かべる。
あぁ、一つ記し忘れていた。
他のポケモン同様ユウキを好きという気持ちは変わらない。ただ、キノガッサの様な確固たる意思を持っていないだけだ。
というのが表。
無個性という個性?……いや違う。
ユウキのパーティーにいて、個性が強くないわけがない。
彼にはもう一つの顔があった。
大きな一つ目がゆっくりと細められる。HPの減衰を何度も味あわせられるゲンガーはナイトヘッドを受けるたびに苦しげに呻く。
《《それがサマヨールを喜ばせる》》。
「ぐ、げげ……」
カクンと気を失ったゲンガー。たとえHPは回復しても無限に続く痛みに耐えかねて意識が勝手に落ちたのだ。
「ヨルルルル」
サマヨールが嗤う。《《スイッチが入った時》》、彼は嗤う。
「ヨォォォォル(もーっといい声を私に聞かせてくれぇ)」
サマヨールは相手をとことん乏しめて喜ぶ変態さん。
真性のドSだった。
親しい友人に異常性壁を見せつけられたような、覗いてはいけない世界を見てしまった気がして、ユウキは口をパクパクさせていた。
ただ、こうしている間にもサマヨールがいたみわけで無理やりゲンガーを起こしてあの地獄の無限ループに引きずり込もうとしている。
「む、無限ループって怖くね」
辛うじて身体を動かすとモンスターボールを取り出す。
「あの……お楽しみでしたね……」
昨晩はお楽しみでしたねなんてノリで言って、サマヨールをモンスターボールに戻した。しかしスイッチが入ったサマヨールの顔は生き生きとしていた。そこにはいつもの無表情では無くゴーストタイプの『怖さ』があった。やはりゴーストとしての本質は其方にあるのだろう。
「…………」
徐々に野次馬が増える中、ユウキは目を周りに向けてみる。
ゲンガーがボロボロになって倒れ、ヤンデレ幽霊は凄惨な光景と絶望を体現したサマヨールを見て気絶しており、いたみわけによって崩れたビルの破片があたりに散らばっていた。
「えぇっと……こういう時なんて言えばいいんだっけ」
某8時から全員集合する人達のリーダーは確かこんな感じで言っていた気がする。
「駄目だこりゃ」
後書き
明日の9時に次話投稿します。
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