水の国の王は転生者
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第十二話 改革の芽
時は過ぎ、マクシミリアンの歳は11歳と半年、婚約破談のタイムリミットまで、後、半年にまでなっていた。
トリスタニアの王宮にて、マクシミリアンの自室ではカトレアを救う為の心臓の『複製』の研究の真っ最中だった。
自室の中は昼間でもカーテンが閉めてあって薄暗い。
そして部屋の中央に巨大な水槽が設置されていて、水槽の中にはマクシミリアンが魔法で精製した培養液と『心臓のようなもの』が、ふよふよと浮んでいた。
カトレアの細胞で心臓を複製しても同じように脆弱な心臓が出来上がる可能性が有った為。
ワルド子爵のパーティーを終えた後、ラ・ヴァリエール公爵家全員をドナーとして適正が有るかを調べたが、残念ながら適正は無し。
時間もそんなに残されてなかった為、一か八か、カトレアの細胞でトライしようと思ったいた所にダメ元で自分の適正を調べてみたらピッタリ一致。
運命……と、いう奴を信じるタイプでは無かったマクシミリアンだったが、今回ばかりはその運命に感謝したい気分だった
最大の難問は突破したと、マクシミリアンはスクウェアスペルに成るため特訓を開始。
そして特訓の末、11歳を前にスクウェアスペルに到達、周囲に貴族たちを喜ばせたが、その周囲の賞賛の声を適当にあしらって、自室に篭もり複製の研究を開始して現在に至る。
ポコポコと音を立てる水槽の中には自分自身の心臓の複製が浮んでいた。
水槽に絶えず新しい培養液を循環させる作業に没頭するマクシミリアン。
少しでも循環が滞るとクローン心臓が劣化してしまう可能性があったからだ。
ちなみに古くなった培養液は捨てるのではなく、新しい培養液に精製し直して使うようにしている。
マクシミリアンの見立てでは、後、一ヶ月もあれば完成する。
「なあ、これも採決してもらえないかな?」
「今、手が離せないんだよ、変わり採決してくれ」
「本当はこういうのダメなんだけどな……」
ぶつぶつと文句を言いながら書類に判を押すマクシミリアン。
なんと、自室には二人のマクシミリアンが居た。
「スキルニルは基本的に疲れないんだろ? だったら問題ない」
「本当にひどい奴だな」
そう、スキルニルを使って分担して作業しているのだ。
培養液を循環させているのが本物、書類の採決をしているのがスキルニルだった。
スキルニルは、その人間を外見、性格、能力すべてを完全に複製するマジックアイテムだ。
流石に魔力無限と目から破壊光線は複製できなかったが、マクシミリアンが就寝中や王家の人間としてどうしても外せない行事など、そういった時、代わりに培養液の循環をさせていた。
それ以外は、ほとんど自室に篭もりっきりで食事も睡眠も自室で行っていた。
母マリアンヌはマクシミリアンが離れて寝るようになった事を嘆いたが、たまに時間を作って機嫌をとるようにしている。
それと、この作業が外部に漏れて異端認定されるのを嫌い、父王エドゥアール1世とラ・ヴァリエール公爵夫妻ぐらいしか、この研究を知らない。
ワルド子爵らにすでに知られているが、今まで噂にすら上がらなかったことから、喋る気はないらしい。
……ともかくマクシミリアンは最後の締めを行っていた。
「……」
「……」
二人とも無言のままそれぞれの作業に没頭していた。
ぽこぽこと水槽内の培養液が循環する音と、ぺらぺらと書類をめくる音が室内を支配していた。
「ん、北部開発の報告書が来てるよ」
「順調に行ってる?」
「まあ、順調だね」
およそ一年前、ラ・ヴァリエール公爵家から帰った後、北部開発の予算が下りたため、家臣団に指示して四輪作法を始めとする新農法と公共事業を実施した。
最初に取り掛かったのは食糧問題。四輪作法の実施一年目の為、目に見える成果はまだ無い。だが、四輪作法による生産力アップと減税によって、トリステイン国民全体に食料が安く行き届くようになり、わずかに人口増加の兆しを見せている。
以前にも解説したが、四輪作法、またの名をノーフォーク農法は、大麦→クローバー→小麦→かぶの順に4年周期で行う農法だ。
マクシミリアンはロマリアから『てんさい』……またの名を砂糖大根を大量に輸入して砂糖大根の栽培を奨励させた。
これはトリステイン王国にて、新たに製糖産業を興す為でもあり、トリステイン北西部のヴァール川河口付近に建設中の新都市に製糖工場を作る計画だった。
さらに、ヴァール川に運河を建設して各河川を水運で繋げる計画もあった。
次に、四輪作法で生産力アップで家畜用の牧草も大量に賄う事が出来るようになった為、羊や牛と言った家畜もその数を急激に増やした。結果、大量の羊毛が安く市場に出回り、トリステイン第二の都市で元々縫製職人が多かったアントワッペンは被服業や織物業といった軽工業のメッカに成りつつある。
これは、マクシミリアンも家臣団も、ノータッチでアントワッペンにやり手の商人が居る事を知った。
そして、本命の公共事業の内容は、道路、河川の整備である。追加の予算が得られれば、海岸部の干拓を行う予定だ。
高額の資金が動く公共事業によって、新たに発生した雇用を求めて北部および北西部に人々が移り住むようになった。
人々が集まれば、それらを当てにした新たな商売も次々と生まれる。
(金の巡りは血の巡り……ってね)
血が勢い良く巡るようになれば、身体が熱くなる。
永らく不景気に喘いでいたトリステイン王国は少しづつだが景気が好転してきた。
「……北部開発はオレがしゃしゃり出なくても家臣団に任せておけば大丈夫だろう」
「まぁ、そうだろうね。さて次、置き薬のテストだけど誤飲が目立ってるって」
「置き薬……か」
置き薬は日本独自の医薬品販売法で、販売員が消費者の家庭や企業を訪問し、医薬品の入った箱を配置し、次回の訪問時に使用した分の代金を精算し、集金する仕組みの事だ。
医師の居ない農村など、通院することが難しい地域や、軽度の風邪などで初期医療に関わる費用を軽減できるメリットに注目して、テストの名目でトリスタニア郊外の村々に配置したが、どうも誤飲が目立っているようだ。
「原因は?」
「……字が読めなくて、うろ覚えで選んでしまった為。だ、そうだ」
「それは……盲点だったな。この手の解説はちゃんとしてあるんだろ?」
「転売禁止も含めて、その辺はしっかりと教育してるようだが。薬なんて毎日使うわけでもないし……まぁ、忘れるよな」
「うーん」
「で? どうするの?」
「……そうだな。絵で解かり易くするのはどうだろう?」
「あ、良いね。『絵で解かり易くするように』って書いとくよ」
「任せた」
「ああ」
この後、置き薬システムはトリステイン全土に行き渡たり、多くのトリステイン国民を救う事になる。
こうやってスキルニルと話しながら、マクシミリアンは思う。
(こうやってタメ口で馬鹿を言い合えるのが、スキルニルで作った自分自身だけ、というのは悲しすぎる)
以前は、グラモン家のジョルジュが付き合ってくれたが、王子にタメ口を言う光景を見た、とある貴族が。
『不敬ではないか』
と、鬼の首を討ったかのように、グラモン家に『お伺い』をしてきた為、元に戻ってしまった。
王子と貴族の子供との身分の違いを考えれば正しいのだが、前世が平凡な一市民だったマクシミリアンにとっては馬鹿を言い合える友人が余所余所しくなったと感じ、少なからずショックを受けた。
「……王族ってのは、孤独なもんだな」
「ん? 何か言った?」
「いや、なんでもない」
「そう」
誤魔化す様に言うと作業に戻った。
☆ ☆ ☆
……二人のマクシミリアンが黙々と作業を行っていた頃。
トリステイン王国国王エドゥアール1世は執務室で執務を行っていた。
エドゥアール王は、提出された報告書の一つ一つを吟味しながら採決している。
ちなみに、この報告書は、最近、開発されたばかりの木製紙を使った物だった
そして、報告書に書かれてある内容は、主に財政関連と北部開発関連で、トリステイン王国の財政が緩やかながら回復傾向にあることを示していた。
「流石はマクシミリアン殿下。この件で、トリステイン経済も回復の兆しを見せ始めました」
エドゥアール王とは、別の声が聞こえた。
執務室にはもう一人、聖職者のよく着るような法衣を纏った痩せた男が執務の補佐をしていた。
「マザリ-ニよ、あれだけの人材、どうやって集めたかは知らないし問うつもりも無いが、予算を出したからには結果を出しくれなければ困る」
と、エドゥアール王は、何処か突き放したような言い草だったが、嬉しさを隠し切れないのか口元が緩んでいた。
マザリーニと言われた男は、そんな、エドゥアール王を見てぎこちなく微笑む。
マザリーニはロマリア出身の僧侶で、その見識の高さをエドゥアール王に見込まれ、秘書兼相談役としてその手腕を振るっている。
エドゥアール王とマザリーニは、歳が近い事と外国人でありながらトリステイン王国のために骨身を削ってきた事から、お互い共感を持ち、身分を越えた友情を築いていた。
「ともかく、この四輪作法を我が直轄地でも実行できるように対応してくれ。マザリーニ」
「御意」
マザリーニは深々と頭を下げた。
「しかし……な、ふふ」
エドゥアール王は笑い出す。
「陛下? いかがいたしましたか?」
「いやな、マザリーニ。まさかこういう形で、改革の芽が出てくるとは思わなくてな……ふふ」
エドゥアール王は笑いを噛み殺しながら言った。
彼自身、何度も改革を行おうとしたが、その度にトリステイン貴族たちの妨害で頓挫してきたのだ。
しかし、感情的になってトリステイン貴族と対立して、内乱を起こさせる訳にも行かない
エドゥアール王にとって我慢の日々が続き、その為か、即位した頃より痩せてしまった。
「まさか、息子のおかげとはな」
「マクシミリアン殿下の事はいかがいたしましょう?」
「好きにやらせよう。我々は貴族たちの妨害がマクシミリアンに及ばないようにするのだ」
「御意」
……エドゥアール王は思う。
かつて憧れだった養父フィリップ3世。その亡霊とも言うべき守旧派……と、言われるトリステイン貴族の一派。
『古き良きトリステイン』を、守る為に活動する彼らにとって、マクシミリアンの改革は面白いはずは無い。
(必ず、何らかの動きを見せる)
と、そう思っていた。
エドゥアール王は、そういった貴族たちを監視し押さえつける事でトリステイン王国を治めてきた。
アルビオン王子エドワードからトリステイン王エドゥアール1世に成って十数年経つ。
今まで、多くのトリステイン貴族とやり合って、身も心もボロボロだが。
「報われる時がきた」
と、呟く。
「陛下? いかがなさいました?」
「いやな、我々の努力が報われる日が来ようとは……な」
エドゥアール王の言葉にマザリーニも神妙に頷いた。
「……畏れながら陛下、ここで感懐に耽って気を緩めるのも、いかがなものかと」
「……その通りだ、マザリーニ。よくぞ諫言した」
「ははっ」
エドゥアール王は、緩みかけた緊張感を再び引き締めた。
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