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Element Magic Trinity

作者:緋色の空
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大嫌いだと、彼女は言った


―――――妖精の尻尾(フェアリーテイル)の中で、恋愛といえば?


こんな質問を投げかけられたとして、あなたはどう答えるだろうか。
きっと、いくつか答えの候補くらいはあるだろう。何せ、色恋沙汰からは遠くかけ離れているようなメンバーもかなり多いギルドである。恋よりも仕事、と答える魔導士も少なくはない。
さて、そんな環境、そんな候補さえ絞られる中で、あなたが答えとして用意したものは?

……いやいや、彼のあれは恋愛じゃあない。
飽くまでも、飽くまでもあれは家族愛だ。本人だってその線引きは出来ている。いつかその線を消しそうな気もしなくはないのが恐ろしいところだが。
という訳で、この回答として“クロス=T=カトレーンのティア=T=カトレーンへの愛情”と用意するのは、彼の頭から「姉は恋愛対象にはなり得ない」という常識がすっぽり抜けてからにして頂きたい。



……気を取り直して。

例えば、真っ先に屈託のない笑顔を思い浮かべた人もいるだろう。
子犬のような愛らしさと、時折覗かせる妖しささえ覚える年相応の微笑み。つい最近加入したばかりの星霊魔導士にぎゅっとくっつく姿は何も珍しいものではない。どこかの噂では既に父親公認らしいとかそうでないとか、曖昧ではあるもののそんな話すら聞く。

彼と同じ“片思い”というジャンルなら、忘れてはいけないのがギルドきっての苦労人たる彼だ。
ギルド最強の女問題児に出会って7年、恋し続けて7年目。アプローチの1つにすら、今から告白しますと言わんばかりの覚悟を必要とする奥手の中の奥手ともいうべきライアー・ヘルハウンド。真正面から向き合うだけで会話すらままならなくなる彼が告白するのは、はてさていつになる事やら。

中には、共通の名前で呼ばれながらも複数の姿を持つ彼に行きついた人もいるはずだ。
相棒たる少女からヴィーテルシアの名を貰った彼は……うぅん、微妙なところではあるが、あの愛情を本人は恋慕ではないと否定するだろう。感謝と尊敬と、家族愛を真似たようなそれ。
だが傍から見れば恋愛感情にしか見えないのだが……本人が違うと言うのなら違うのだろう、としておく。


そんな彼等に埋もれてしまいがちだが、一応両思いも存在する。
例えば、妖精戦闘狂(バトルマニア)なんて異名で呼ばれる銃使いと、その彼とタッグを組むとなれば真っ先に名の上がる杖使い。まあ彼等の場合はいわゆる両片思いというヤツなのか、2人とも鈍感故に相手から好かれているという考えすらないのだけれど。

既にギルドにはいないが、その姿を多く見かけるという点から彼の名前が挙がるかもしれない。
つい最近、死んだと思われていた恋人と生きて再会を果たした評議院第一強行検束部隊隊長。時折職場に来てはサボり癖のある彼を激励する彼女の姿は、既に珍しいものではなくなっている。かつてはそのお転婆っぷりで彼を困らせる事もあったようだが、その印象は消え去っていた。


両思いではない、けれど片思いとも言い難い。そう表しにくいのが、常時メイド服の彼女だ。
敵対していたギルドの解散後加入した彼女が想う相手、となれば真っ先に浮かぶのは粗い黒髪の彼だろうが、どうやらそれは違うとの風の噂。同年代のメンバーとの会話に出た同郷の青年が1番怪しいが、その関係を漁る材料は残念ながら手元にない。




……さて、いくらかの候補が出た現時点で、首を傾げる方もいるだろう。
一組足りない、何よりも真っ先に浮かぶはずの名前が出ていないと。上記の彼等よりも恋愛となればイメージの湧く、燃えるような真っ赤な髪の彼がいないと。


アルカンジュ・イレイザー、そしてミラジェーン・ストラウス。
ギルドきっての美男美女カップルを、どうすれば忘れられるだろうか。



さあ、今回はキミ達が主役。思う存分語ってもらえるかな、アルカ君。
……ああ、それともミラ嬢に期待した方がいいのかな。彼は案外語りたがらないから。

まあ、誰だっていいんだ。語る話も何だっていい。



――――彼女が満足する内容なら、それで百点満点。
ボクはただ、それを傍観()させてもらえれば構わないんだから。








「ぶふっ」

漫画などで有り得そうな音を発して、アルカは飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。空いた左手を口元に持っていく事で飛沫を抑えどうにか飲み込んだはいいものの、この状態で変なところに入らない訳もなく大きく噎せる。
ギルドのカウンターの、彼の指定席とも化している右端。そこにいつも通りに座り、特に考えないまま好みでコーヒーを注文、淹れてくれるのが彼をよく知る恋人だというのもあって熱すぎず冷めすぎてもいない好みの温度で出され、流石ミラだマジ最高と心の中で称賛していたら爆弾が落とされた。
いや、もちろん実際の爆弾ではない。そんな事になっていたらコーヒーを吹き出しかけている余裕なんてありはしないだろう。この場合の爆弾とは、爆弾発言とでもいうべきか。―――そう。

「私とアルカの馴れ初め?」
「はい!」

グラスを拭く手を止めてミラが繰り返した、つい数十秒前のこの問いかけである。

「げほっ…何で、そんな話……ごほっ」
「ずっと気になってたのよねー、2人の馴れ初め。……てか、大丈夫?」
「だ、大丈夫……」

問うルーシィにどうにか笑顔を見せ、どうにか呼吸を整える。噎せた原因ともいえる発言を繰り出したのは彼女だが、だからといってそれを責める気はない。
普段テーブル席に比べると人の少ないカウンターには、今アルカを含め5人ほどが座っている。1番右端がアルカ、そのすぐ隣にルーシィがいて、ならばその隣に来るのは風使いたる彼だろう―――が、その姿はない。「ウェンディとココロと仕事行ってくるねー」とギルドを出て行ったのは数時間ほど前の事だ。かといってルーシィの隣が空いているのかといえばそれは否であり、その席ではいくらか表情を緩めて好物であるアップルパイを食べ進める姿がある。

「別に…語るような話じゃねえよ?お互い好きになって付き合い始めた、くらいな事だし」
「そうね、あんまり特別な事はなかったわよ?」
「へえー……何か意外かも。アルカの事だから、何かしらとんでもない事してそうなのに」
「お前の中でオレはどんな奴なんだ」

さらっと言われた一言に密かに傷つきつつ、話を逸らせた事にそっと息を吐く。
確かに、意外性も特別感もない馴れ初め話だ。探せばどこにだって転がっていそうな、在り来たりな昔話。話そうと思えば躊躇いなく話せそうなそれを、実はアルカは語るのを拒む。
不快な思い出ではない。けれど大っぴらに話す事でもない。日頃の彼の姿を知る人からすれば首を傾げたくなり、ルーシィだって長々と語られる事覚悟で尋ねたのだが、案外あっさりとこの話は終わりそうだった。





「ま、強いて言うなら……告白したのがアルカじゃなくてミラの方、って事かしらね」

が、その終わりかけた話から終わりを遠ざける一言が入る。
ホール丸々1つ分のアップルパイを1人で食べるという、見た人全員が「太りそうだなあ」と思うであろう事を顔色1つ変えずに進めていたギルド最強の女問題児―――ティアは、皿の端にフォークを置き、左手で頬杖をついて笑みを浮かべた。その笑い方が明らかにからかう為のそれだと、長年の付き合いから察する。そして、彼女がこの表情の時は何かしらの悪戯か悪巧みを思いついた時で、こんな顔の時に吐き出されるのは嫌がらせ染みた一言が多かったりする。例えば、今みたいに。

「え、そうなの!?」

案の定ルーシィが食い付いた。
確かに、意外ではあるのだろう。何せアルカといえば、一応時と場合と場所を弁えてはいるものの、理由もなしに好意を隠す事はしない男である。それは何もミラに限定する事ではなく、単純に好き嫌いが人よりはっきりしているというだけだ。
だからこそ意外。彼女からの好意に応えたという事は少なからずミラを想っていた訳で、それが人であれ何であれ、好きなものには好きと言うスタイルのアルカの方からの告白ではないというのは驚愕以外の何物でもない。

「ティア……?」
「あら、余計だったかしら」

だとしたら悪かったわね、と口では言いつつも、その顔は明らかに現状を楽しんでいる。あの一件の後から彼女は表情豊かになり、ついでに悪戯心を存分に発揮し始めたと思うのはアルカだけではないはずだ。悪戯っぽいというのかSっ気というのか、気まぐれに揺れるその矛先を向けられないのは極々一部の人間だけである。

「余計も何もっ……オレがその話されんの嫌いだって知ってるよなお前!」
「当たり前でしょ、何年の付き合いだと思ってる訳?」
「9年!ってそうじゃなくて、だったら何で口挿んだんだよ!?」

若干キレ気味になりながら、びしっと人差し指を突き付ける。
と、ティアは自然な流れで眉を顰め―――それから、「何を言い出すかと思えば」とでも言いたげに肩を竦めて、ふっと口角を上げた。

「ただの気まぐれよ」







「ありがとうございました、ルーさん。おかげで助かりました!」
「僕何にもしてないよ?後ろの方でひたすら盾張ってただけだったし……」

困ったように微笑んで、ルーはこてりと首を傾げた。
然程大きな仕事ではなく依頼先がマグノリアから近い距離にあったのもあって、3人と1匹は既にマグノリアに帰って来ていた。普段ならウェンディ、ココロ、シャルルと一緒にいるのはアランだが、その彼はというと「今日はどうしても外せない用事があるんです!」と、あまり感情を強く出さない彼にしては珍しく目を輝かせて、朝から出かけている。その手に“大食い大会X784!優勝者には豪華賞品と賞金200万J!”と派手な色の文字が躍るチラシが握られていた辺り、参加するのだろう。

「ルーさんの防御魔法って凄いですね!埃っぽい空気からも守ってくれるなんて…」
「空気とか風は僕の専門だからねー。盾じゃなくても手段はあるんだけど、ぱっと張っちゃえばその後手を加えなくていいから簡単だよう」

今回受けた依頼は屋敷の掃除。戦闘を苦手とするルーや、まだ大きい仕事に慣れないウェンディとココロにとっては、そこそこの報酬がある手頃な仕事だった。因みに報酬は、この手の依頼にしては高めな60万J。取り分は均等に20万ずつとしてある。

「それにしても何なの、あの屋敷……どうしたらあんなにゴミだらけの埃だらけになる訳?」
「依頼人さん、掃除は苦手だって言ってましたけど…」
「苦手ってどころの話じゃないよねえ、あれ」

悪態づくシャルルの言う事は尤もだった。つい数時間前までいた仕事先を思い出して、ココロとルーが苦笑いを浮かべる。
依頼人はそこそこ裕福な家庭の人で、住んでいる家も大きな屋敷だった。が、どういう訳だが中は最悪で、埃が1cmは積もり、パンパンになるまで詰め込んだ黒いゴミ袋が床を埋め尽くしそうなほど転がっており、酷い悪臭に鼻のいい滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)のウェンディは気を失いかけたくらいだ。即座に窓を開けて風の魔導士3人が全力を以て空気の入れ替えを行ったところで、依頼書にあった“風の魔導士必須”の意味をようやく悟ったのは余談である。
とにかく3人と1匹は、ひたすら埃をはたいては魔法で埃っぽい空気ごと飛ばし、重量のあるゴミ袋をこれまた魔法で浮かせて外に出し、外と中をゴミ袋を持って往復し続けたシャルルが疲れと埃っぽさと悪臭で墜落するまで休みなく働いた。途中でココロが積もった埃を見て「美味しそう…」と呟き、それから何かを思い出したようにがっくりしていたのも余談である。

「私、あの後聞いたんですけど……あのお屋敷、半年に1度はああやって魔導士に依頼してお掃除してもらってるみたいです」
「自分ではやらないんだね…」
「僕、どんなにお金に困ってもあの人からの依頼は受けたくないよう」
「同感ね。あんな屋敷、2度と行くもんですか!」




「……あれ?」

“それ”を発見したのは、ギルドへの帰路での途中。話は仕事の事からがらりと変わり、ルーがこの10年で経験したギルドでのあれこれを2人にお願いされて話しているところだった。その大半がティアに関係する事なのは言うまでもない。
饒舌だったルーの話が突然止まり、疑問に思ったココロが問う。

「どうしたんですか?」
「アルカが全力疾走してるよう」
「え?」

ほら、と指差した先には確かにアルカがいた。どういう訳だか焦ったような表情で、どういう訳だか足を休める事なく走り続けている。運河を挟んで向かい側の道を全力疾走する彼は、こちらには気づいていないらしい。
ジョギングというペースではないし、まるで何かから逃げているかのような姿を左から右に見送って、その後ろ姿を暫し見つめてから、3人揃って首を傾げた。

「何かあったんでしょうか」
「ミラさん関係…ですかね?」
「だったら喧しく叫んでるでしょ。あんなに静かな訳ないわ」
「きっとティアに何かされたんだよ、ご飯食べられちゃったとか。ミラ以外でアルカにあれだけの逃げ足発揮させられるのティアだけだもん」
「逃げてるのは決定なんですね…」
「まあ、詳しい事はギルドで聞きましょう」

そうだね、と同意して、3人と1匹はアルカとは逆の方向へ歩いて行った。
帰るなりティアに「アンタ達何してきた訳?服に変な臭い染みついてるんだけど」と顔を顰められるのだが、それはもう少し後の話。







「……行っちゃった」
「あらあら」

ギルドを飛び出していったアルカの後ろ姿を見送って、ルーシィが呟いた。事の元凶であるティアは余計に笑みを深め、気づけば最後の一口分にまで減っていたアップルパイを食べ終える。その表情が意地悪そうな笑みなのは変わらない。
走り去った恋人の姿を見届けてから、ミラが柔らかな微笑みはそのままに言う。

「あんまりアルカをいじめないであげてね?」
「善処するわ」

くつくつと笑いながらのそれは、きっと上辺の一言だろう。

「……何かティア、最近意地悪になってない?」
「気のせいじゃない?現にクロスには“姉さんが今までより笑ってくれて嬉しいよ”って言われたけど」

正直彼には姉専用のフィルターがかかっているであろうから、その意見はなんとなく信じられなかったりする。もちろんそれを口には出さない。ルーシィはそこまで馬鹿ではなかった。彼女が兄弟と相棒に対して、他と比べると甘い対応をしているのは周知の事実である。

「そ、そう……それより、何でアイツ逃げたの?ミラさんの方から告白したって話になった辺りから変だったけど」
「自分から告白出来なかったのが悔しいんですって。4年も前の事なんだから、とっとと忘れればいいと思うんだけどね」
「へー…」
「そうもいかないって本人は言うけど、話振られる度に逃げ出されてもねえ……昔はとっ捕まえてやったけど、今じゃもう面倒だわ。アイツ背高いから引き摺りにくいし」

引き摺る事前提なんだ…という言葉が咄嗟に零れたのは仕方ないだろう。多少は刺々しくなくなったものの、物事の解決に力を用いる辺りは変わらない。
と、ふとルーシィは隣の青髪問題児を見やった。同年代の中では最も長くギルドにいる古株で、妖精の尻尾(フェアリーテイル)こそが文字通りに帰るべき家だった彼女。ルーシィがよく接する間柄のメンバーの事は加入当時から知っていて、更にその相手がルーやアルカともなればきっと誰よりも詳しいであろう。

「ねえ、ティア」
「……8割方想像出来るけど、一応聞くわ。何かしら」
「アルカとミラさんの馴れ初めってどんな?」
「やっぱりね」

本人が語ってくれないのなら、最も詳しいはずの第三者に聞く。問題は一匹狼のティアがそれを了承してくれるかどうかの一点だが、最近ギルドメンバーはその点の攻略方法を学んでいる。

「ね、お願い!そりゃあアルカが嫌がる事だし悪いとは思うけど、今度書く小説に主人公とヒロインの馴れ初めのシーンがあるの。その時の参考になればなーって思ってて…頼めないかな?」

ぱちん、と顔の前で手を合わせ、必死に頼み込む。呆れに近いティアの表情が僅かに崩れるのを、ルーシィは見逃さなかった。
そう、ティアには“頼まれると断れない”という性質があった。もちろんそれが面倒だとか自分である必要性を感じない場合は徹底的に拒むが、今回の件は彼女でなれけばいけない。ミラに聞くという手もあるが、彼女は仕事中である。優しい彼女の事だから断らないだろうが、それで仕事に支障を来たしてしまうのは申し訳ない。
それはティアも解っているのだろう。かつてならそれでもミラに押し付けただろうが、今現在がそうでないからこその攻略法。ちらりとミラを見て、1度噛みしめた唇から盛大に息を吐く。

「……仕方ないわね」

お決まりになりつつある一言を吐き出した瞬間、攻略は完了した。









ミラジェーン・ストラウス。
それが“魔人”と呼ばれる少女の名であり、アルカが最も手を焼く相手であった。

「やんのかエルザァ!」
「今日こそ決着をつけるぞミラジェーン!」

それは今から5年程前。ハッピーが生まれて丁度1年が経った頃。
顔を突き合わせ睨み合うのは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)で将来有望とされる女魔導士3人のうちの2人。まだ幼さの残る年齢で、けれど大人に引けを取らない魔導士だった。
その3人のうちの1人、後にギルド最強の女問題児と呼ばれる少女は2人から距離を置いたところにおり、そんな2人を呆れたように眺めている。

「くっそー!オレとグレイには喧嘩すんなって言うくせに!」
「だったら言い返せばいいんじゃないの?」
「ルー…お前、アイツ等に言えるか?それ」
「ティアが頑張れって言ってくれたら出来るかも!」

つい先ほど「止めんか!」とエルザに一喝されたばかりでご立腹のナツにルーが首を傾げると、この頃から変わらず上半身裸なグレイが、引きつった笑みで問うた。名前の挙がったティアは、興味ないと言わんばかりに小さく鼻を鳴らす。その青い目がちらりとギルドの出入り口を眺め、口角が僅かに愉快そうに上がった。

「……ま、長引きはしないんじゃない?」
「は?」

眉を顰めるグレイ。だがすぐに言いたい事が通じたのか「ああ…」と頷く。彼女の向かいで「ティアちゃん今笑ったよね!?やったね超レア!」とガッツポーズをする姿には、今更過ぎて誰もツッコミを入れない。
一応師弟関係らしい2人が「笑ってないです」「いや笑ったよ!あたし見たよ!」「目まで悪くなったんですか?」と言い合いを続けている間にも、赤髪のストッパーは既に少女2人の死角を取る。

「お・ま・え・ら…?」
「ん?」
「げっ」

一音ずつ区切る声への対応はそれぞれで、エルザは何気ない動作で振り返り、ミラは嫌そうに顔を顰める。対するストッパーたる彼はとても、それはそれは素敵なにっこり笑顔で指の関節をポキパキと鳴らしていた。きっと今の彼は今のギルドで1番いい笑顔だろう。

「また邪魔すんのかよ、アルカ」
「ギルドのド真ん中でモメてるよりは邪魔にゃならねえだろうよ。つかオレは別に喧嘩すんなって言いたい訳じゃねえって言ってんだろ、やるならやるで場所くらい選べって話なんだって」

突っかかる相手をエルザからアルカに切り替えて、ミラは鋭い睨みを向けた。だがしかし、その程度で怯んでいてはストッパーなど務まらない。序でに言えば、このくらいの睨みならティアと接していれば日常茶飯事だ。
自分よりも低い位置からの目線に僅かに笑みを崩して、アルカは「あのなあ」と続ける。

「そりゃあ喧嘩するほど仲がいいって昔の誰かが言ったけど、だからって喧嘩しまくっていい理由じゃねえよ?仲良き事は美しきかなって言葉だってあるんだぜ?」
「仲良くねーよ!つか、何でお前はそうやっていつもいつも口うるさく言ってくるんだよ!」
「えー、だってそりゃあ」

そして、いつも彼は言う。
噛みついてくるミラに、ふっと微笑んで。先ほどまでとは違う、穏やかな笑みで言うのだ。

「理由やら原因やらが何であれ、仲良くしてんの見る方が気分いいだろ?」







「だ―――――!何なんだよアイツ本当に!」

感情任せに近くの木を蹴る。はらはらと落ちてくる葉を鬱陶しそうに手で払って、ミラはその場にどかっと座り込んだ。
あの後どこにも噛み付けず、黙り込んだ自分の頭を「な、頼むよ」なんて言いながら撫でて。その手を振り払って、いつものように街の東の森でこうして苛立ちを発散している。けれど今日はどういう訳だかいつもほどすぐに感情が治まらなくて、何度も何度も脳裏にはあの笑顔。

「あー、ったく……気に入らねえ…」

何度目になるか解らない言葉を吐く。
初めて会った時からどうにも合わない相手、それがアルカだった。初対面で喧嘩を売られたとか、大事な弟妹が何か言われたとか、そういった明確な理由があって嫌っているのではない。ただなんとなく、コイツとは合わないなと初対面ながらに思ったのを今でも覚えている。
彼の性格が悪い訳ではない。明るく社交的で、少々短気な気もするが正当な理由がない時は怒らない。自分の大事なもの―――例えばギルドであったり仲間であったりを侮辱されない限りは、本気で怒ったりはしない。エルザとミラに対しての言動だって、怒っている訳ではないのだ。それが周囲への気配りから来る言動だというのは、きっと誰だって知っている。
ミラだって、それに対して苛ついてはいない。腹が立たない訳じゃないけれど、この苛立ちの原因ではないのは自分でも解っている。苛立つ理由に気づいたのはつい最近の事で、けれど他の誰かに言えば笑い飛ばされるようなもの。

「……何で、アイツ…」

誰か、気づいている人はいるのだろうか。

「誤魔化してまで、笑うんだろ」







「え、アルカとミラさんって仲悪かったの!?」
「仲が悪いっていうよりは、ミラの方が突っかかってただけとも言えるけどね」

小さく肩を竦めて、ティアはストローでグラスの中をゆるりとかき混ぜる。小さく音を立てる黒い炭酸飲料が彼女の好物に加わったのは、つい先日の事だ。
カラコロと回る氷を軽くストローで突いてから一口飲んで、続ける。

「まあ、今の2人しか知らないアンタからすれば衝撃でしょうね。アルカはミラを蹴り飛ばすし、顔を合わせれば口論するし。だからアイツ等が付き合うって聞いた時は全員嘘じゃないかって疑ったわ」
「ああ…」

それはグレイやルーも言っていた事だった、と思い出す。
だが、2人の仲が悪い姿など想像もつかないルーシィは、ふと浮かんだ疑問をぶつけてみた。

「因みに、当時の2人の仲の悪さってどのくらい?」
「そうね……私とナツくらいかしら」
「……アンタ達、あれで仲悪いの?」
「昔よりはマシだけどね。私はアイツと仲がいいとは思ってないし、せいぜい“親しい他人”ってトコじゃない?」

人はそれを友達と呼ぶ。そう思ったが、口には出さなかった。







「まーたやっちまった…いや別にさ?怒ってねえよ?ただド真ん中でモメたら人通れねえじゃん?だから声かけたけどさ、何をどうすりゃあんな言い方になっちまうかな……ティア助けて、マジで助けて」
「ウザい。アンタ、それ今月入って何回目だと思ってる訳?昨日も聞いたわ、それ。学習能力低すぎるんじゃないの」
「そうだよ、それがオレだよ……バカで結構」
「自覚があるだけマシとは言ったけど、開き直れとは言ってないでしょうが。てか何で真っ先に私のトコに来るのよ」
「だって頼れんのお前くらいだし」

はあ、と隠す気のない呆れを大きな溜め息として吐き出す。ちらりと目を向けた先、向かい側に座る赤髪は、先ほどまでの笑みを完全に引っ込めて肩を落としていた。整った顔に後悔の念を色濃く滲ませて、机に突っ伏し組んだ腕に顔を埋める。
ギルド地下の資料部屋。背の高い本棚に圧迫されそうなこの空間が、2人の集う場所だった。ギルドの外でも構わないのだが、何せいろんな意味で目立つ2人である。人に囲まれ時に話すらままならなくなる為、メンバーでさえあまり入って来ないこの部屋が最適なのだった。
机に乗せたランプを端に寄せて、再度溜め息。

「だから、前から言ってるでしょ。とっとと告白してフラれてきなさいって」
「フラれんの前提かよ!?」
「そんな都合よく結ばれるなんて事がほいほい起こる訳じゃない事くらい、アンタにだって解るでしょう。だったらフラれる事前提に考えた方が後々楽よ」

こうやって恋愛相談に乗るのは、一体何度目だろう。出会った当初に魔法の基礎を叩き込んでからというもの、彼と彼の同居人は何かあるとティアを頼るようになった。面倒だと思いつつも返事をして、その返事が無駄に的確だったのがマズかったらしい。適当な事を言って流しておくんだった、と思い始めた頃には遅すぎて。
だから持ち掛けられた相談には一応対応していたし、2人とも自分で解決出来る事にティアを巻き込みはしなかったから、まあこれならいいかと現状に納得していた頃にこれだ。つい数か月前からアルカを悩ませている一件は、あまりにもティアに不向き過ぎた。

「それに、何度も言うけど恋愛相談とか専門外なんだけど」
「解ってるって。解ってるけどさあ……」
「ルーでも頼ればいいじゃない」
「この世の女の子の中でティアにしか興味ないよって言い切る奴にか?」
「そんなの今だから言える事よ。だってまだアイツの世界は狭いんだから。5年後くらいには別の女の子にくっついて回ってるかもしれないでしょ」
「どうだかなあ」

首を捻るアルカに「今はアイツの事よりアンタの事じゃないの」と呟いて、頭を回転させる。専門外とはいえ、途中で投げ出す気はない。この問題を最もいい形―――アルカとミラが恋人同士になるという終わりで締めくくる為だ、と自分に言い聞かせる。
面倒だし他人事だけど、ティアはアルカが嫌いじゃない。なんというか、ちゃんと線の引ける男なのだ。人と付き合う上でどこまでなら近づいてもいいかを知っていて、飽くまでも壁を置いたまま、けれどそれを邪魔だと壊す訳でもなく接する事の出来る人。それがティアには心地よくて、彼を無闇に遠ざけない理由だった。
その、自分にとっての“嫌いじゃない人”が誰かを好きになって、それを叶えたいと望んでいる。その手助けを求める手に、壁越しに手を重ねるのは、悪い事ではないだろう。

「……じゃあ、こっちでも手を回しておくわよ。リサーナに頼んでみるから」
「何を?」
「アンタとミラが2人で仕事に行けるように。リサーナもエルフマンもアンタに懐いてるし、反対はしないと思うけど」
「2人で、仕事……」
「無理強いはしないけど、どうする?」

暫しの静寂。
返ってきたのは、ティアの予想通りの一言だった。








「はあ!?お前と仕事!?」
「おう…って何だよその顔」

きっと今の自分は心底嫌そうな顔をしているに違いない。相手の反応からもそれが嫌というほど解る。
けれど仕方ないだろう。依頼書を見せてきた相手が、他でもないアルカンジュ・イレイザーなのだから。

「何で私が…ルーとでも行ってくればいいだろ」
「アイツはティアと仕事行ったし」
「じゃあ他!他の奴だっているじゃんか!」

徹底して彼との仕事を拒むミラに、アルカは少し困ったように首を傾げた。数回頬を掻いて、周囲に素早く目を配ってからそっと体を寄せる。
突然の事に身を引くと、彼は内緒話でもするかのように口元に手をやった。空いた方の手を動かす。その動きは明らかにこっちに来いと招いていて、仕方がないので引いた体を元に戻した。

「……リサーナに頼まれたんだよ」

彼の口から出て来たのは、ストラウス兄弟姉妹の末っ子の名前。
何故ここで妹の名前が、と僅かに目を見開くと、その反応を予測していたのかすぐに喋り始める。

「オレとお前の仲が悪いのが嫌なんだと。ミラ姉とも仲良くなって、なんて言われちゃ断れねえだろ?で、そのきっかけとして一緒に仕事行こうぜって話。因みにリサーナセレクト」
「む…」

確かにリサーナなら言いそうな事ではある。そこでミラではなくアルカにそれを伝えたのも、彼なら歩み寄ってくれると思っての事だろう。姉が彼と仲良くしようとしないのは解っているだろうから、アルカに頼んでもおかしなところは何もない。

「……仕事内容は?」
「ざっくり言えば討伐、まあ収集も兼ねてるけどな。グリードウィングの討伐兼ヒレの回収。ほら、あれのヒレって食用じゃん」
「報酬の分け前は?」
「半分ずつ…だから、10万Jか」
「仕事先は?」
「オニバス。近場だから、長引かなきゃ今日中には帰れるはずだけど」

なかなかの好条件だ。これが泊まりでの仕事なら即断っていただろうが、今日だけで終わるなら理想的だろう。報酬もまあそこそこ、内容も悪くない。
更に、これを妹が選んだというのが大きかった。大切な妹に頼まれたとなれば、断る事なんて出来やしない。

「……解った。準備するから外で待ってろよ」
「ん、了解」

返ってきた声は、やけに弾んでいた。






「悪かったわね、面倒事に巻き込んで」
「ううん、全然!あたしも、ミラ姉とアルカが仲良くなれればなって思ってたから」

テーブルの上にはケーキが2つ。1つはショートケーキ、1つはアップルパイ。
やたらと大きいテーブルを挟んで少女が2人向き合うように腰掛け、銀髪の方が首を傾げる。

「けど意外だなー、ティアが誰かの為にって動くなんて」

その一言に、青髪の少女は表情を変えずに返した。

「ただの気まぐれよ」







「なあ、ミラってさ」

聞かなければ穏便に済むと解っていても、聞きたくなる事というのは存在する。

「オレの事、嫌いなのか?」

それはアルカも解っている事で、それでもやっぱりハッキリさせておきたい事でもあった。
駅まで向かう道中、特に会話もなく歩いていた2人。何気なく投げかけた疑問に、ミラは何を言っているんだと言いたげに眉を寄せる。

「相性の問題なのかもしれないけど、やっぱり仲良くなりたいとは思うからさ」

顔を見れない。どうにか選んだ言葉を並べる事しか出来ない。
どうにか顔だけは取り繕わなければと浮かべた笑みは、引きつっていないだろうか。かつて青い目に見透かされた、彼女以外は誰だって誤魔化せるあの笑みは顕在か。





彼は笑っていた。それはそれは素敵なにっこり笑顔を浮かべていた。
きっと、この顔を見て笑っていないと判断する人はいないのだろう。けれど、ミラの目にはどうやっても歪んで映ってしまっている。

「ああ」

その顔は本心から笑わない。いや、きっとどこかでは心の底から笑っていて、けれどそれが普段の誤魔化した顔と大差ないから解らないだけだ。
怒りも悲しみも嘆きも―――何もかも笑って隠して、それが最善であると信じて疑わない。

「私はな、アルカ」




―――お前の事が、誰よりも1番大っ嫌いだ。



彼の誤魔化して笑った顔が、ミラはどうにも好めなかった。 
 

 
後書き
こんにちは、緋色の空です。
更新速度低下中と入ったけどこれほどか…!と自分で驚きつつ、もっと間が空いた事もあったよなあと思ったけど本当に遅くてすいません。全てはディバインゲートのせい。オベロン欲しいなあ。

という訳で、今回と次回(もしかしたらもう1話)はアルカとミラの話です。
正直アルカというのは結構書きにくいキャラでして、人の顔色伺っていながらそれを完璧に隠す奴です。今回はその辺りを強く押していく話なので、とにかくそこに力を入れなければ…!と。
あとミラちゃん。結構難しい子だと判明。彼女が彼を嫌う理由を色濃く出すって難しいです。口調が違いすぎるっていうのもありますが。
そしてメインじゃないのにメイン張りに出てくるティアさんって一体。だってあの人出てくると円滑に進むんだものー!

感想、批評、お待ちしてます。
爆弾発言は次回以降の模様。とにかくこのアルミラ回で出てくるのは確実です。 
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