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魔法少女リリカルなのはStrikers~誰が為に槍は振るわれる~

作者:nk79
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第一章 夢追い人
  第8話 彼の来た理由―後編

 
前書き
長らくお待たせしました!
いや~社会人というのは思いのほか時間も体力も厳しいものですね。
これからはもっと計画的に書けるようにがんばります。
  

 
 海鳴市の閑静な住宅街を流れる静かな川。
 異常気象の豪雨でも降らなければ氾濫することもなく、不良の溜まり場になっているわけでもないその静かな川に、地面を揺らす轟音が鳴り響く。

 音の正体はラディのデバイス、セラフィム。
 待機形態である指輪から武装形態である斧槍へと姿を変え、その柄が地面に落ちたことで生まれた衝撃がこの静かな川に似つかわしくない轟音の正体であった。

 高機動の陸戦魔導士ラディオン・メイフィルスのデバイス、セラフィム。彼女を一言で言い表すなら、“巨大”だった。
 斧の刃は本来落とすことしか想定されていないギロチンの刃もかくやというほどに厚く、広く、そして長い。先端のニードルは子どもの背丈ほどの長さを持ち、返しのスパイクに至っては突起というにはあまりにも大きく、直撃すればその部位ごと身体がもがれてしまうだろう。

 それらの規格外の穂先を支える柄もまた規格外。
 穂先の中心に据えられた緑色の宝石型のコア、そしてその下にあるリボルバー式のカードリッジから伸びる柄の長さだけでも2m以上あり、太さも大人の女性の腕ほどもある。
 柄の末端にある石突は、それそのものだけで槌と呼んでも差し支えはないほどの大きさを誇っていた。
 デバイス全体を包む純白という色が、その規格外の巨体をさらに際立たせ、相対するものを威圧していた。

 事実、後ろから見ていたなのは達はセラフィムのその威容に目を瞠り、味方であるにもかかわらず微かな恐怖を抱いていた。

 だがそれ以上に、なのは達の胸はラディへの心配で一杯だった。
 巨人かなにかが扱うのかと疑いたくなるデバイスに対し、ラディはあまりにも華奢で小さかった。
 確かにヴィータという例外はいるものの、それはあくまで例外。一般論ではない。
 さらにいえば、ヴィータが膂力にものをいわせるタイプの騎士であるのに対し、ラディは機動力に優れた騎士である。長さも重さも自分の倍近くはある武器を持つべき騎士ではない。

 アレは……マズい。

 なのは達の頭に、セラフィムを振るった瞬間その重さに押し潰されるラディの姿がよぎる。
 だがラディを止める者はいなかった。
 先程彼は、自分達がただのゴミだと断じた空き瓶を使って敵の情報を引き出し、その情報に基づいて指示を出してみせた。
 それは戦い慣れているからこそできたことだ。そんな彼が、自分の扱えない武器を使うとは到底思えない。

 それになにより――

「ラディ陸曹……笑ってる?」

 ラディは――笑っていた。
 無邪気に、歳不相応の幼さを漂わせて、悪戯に成功した子どものような顔で、ラディは笑っていた。
 いや、悪戯に成功したというのは間違いだろう。これからその悪戯を、披露するのだろうから。

「さぁ、行こうか」

 風に乗って聞こえてきた微かな声に、なのは達の間に緊張が走る。
 今でもまだラディのことが心配だ。
 だがそれ以上に、これから彼が見せるものへの期待がその心配を飲みこむほどに強かった。

 心配と期待がないまぜになった視線を受ける中、ラディはセラフィムの石突をコツンと蹴り、その巨体を自分の方へと傾けた。
 支えを失い徐々にスピードを増しながらラディの方へと落ちていくセラフィム。その様は柱を壊され倒壊するビルを思わせた。
 しかしビルの下敷きになる少年は、未だ動かず眼下で蠢く敵をただ静かに見下ろしていた。
 その様子に後ろで黙って見守っていたなのは達の顔から血の気が引く。
 あんな重い物が倒れこんでくればどうなるか――そんなこと、考えるまでもない。 
 悲鳴を上げようとする者、ラディを突き飛ばそうと飛び出す者。後ろで見守る皆がそれぞれに動き出そうとした。
 だが、声も、足も、その場から動くことはなかった。

 ラディは未だ、笑っていた。

 なにがそんなに楽しいのか、ラディは笑っていた。
 その不気味とも不敵ともとれる笑みが、なのは達を魅了し動きを止めさせる。
 その間にもセラフィムは落ち続け、その巨体がラディの肩に触れる。
 肉を打つ生々しい音が号令だった方のように、不気味なほど静かに立っていた少年が動き出す。
 肩から伝わる重みを支えきれない背中が悲鳴を上げ、その上に載っていた頭諸共前へと落とす。
 背骨を走る重みは腰骨へと伝わり、深く深く腰を落としながら太腿を軋ませ、ラディの右足を前へと弾いた。
 
 あと一秒。その一秒でラディの身体はセラフィムの重さに押しつぶされ、全身の骨を砕いただろう。
 だがその一秒が来ることはなかった。
 その一秒が来るよりも早く、ラディの姿がなのは達の前から忽然と消え、音もなく川辺に降り立っていた。

 奇術かなにかのような目の前の状況に理解が遅れ、言葉を失い一瞬固まるなのは達。
 しかしこれから襲われる側のスライム達は突然眼前に現れた敵に驚くことなく、ラディが着地すると同時、身体を小刻みに震わせた。
 これまでのゆったりとした震えとは違う新しい動き。恐らくは彼らが戦闘態勢のときのみに見せる動きだろう。
 ラディはそれに臆することなく、一度宙へと身を躍らせながら身体ごと槍を大きく回し勢いをつけ、スライム達へと駆け出した。

 風すらも置き去りに川辺を疾走するラディ。対し不気味に体を震わせ待ち受けるスライム。その両者の距離は瞬く間に縮まり、そしてラディの間合いまであと一歩という所で、震えていたスライムの動きが止まる。

 そして、最後の一歩の距離が詰まったその瞬間、ラディは地を踏み砕きながらスライムへと躍りかかる。
 だが、ラディの槍が届くよりも速く、スライム達の全身から弾けるように触手が飛び出した。
 一体につき4、5本。先頭の個体すべてを合わせれば50近く。その触手すべてがラディへと殺到する。
 防御するには体勢が悪く、回避しようにもすでにラディは跳んでいる。

 完全な直撃コース。ラディが前に飛び出すその瞬間を狙い澄ました攻撃。
 目の前を覆い尽くす殺意を持った触手を前に、しかしそれでも、その横顔は――笑っていた。

 気でも触れたか。眼前を覆う敵の攻撃(さつい)を前にしてなお笑うラディに、なのは達は戦慄する。
 だが彼の浮かべた笑みは、狂気からくるものではなかった。

 自信。
 自らへの揺るぐことのない信頼から生まれた笑み。
 あたかもこの状況は自分が望んで引き起こしたのだと言わんばかりの傲慢さを滲ませて、ラディは得物を握る手に力を籠め、“浮いていたはずの足”で地面を蹴った。

 そして再び、ラディオン・メイフィルスは姿を消した。

 消滅。
 そうとしか言いようがないほどにラディは忽然と消え、放たれた触手はラディがいたはずの虚空を空しく貫く。

 突如として消えた敵に、そんな感情があるのか分からないが混乱したように前衛のスライム達の動きが止まる。
 そんなスライム達を嘲笑うかのように、彼らの真後ろにラディが姿を現す。

 そして、一閃。

 振るわれた横なぎの一撃は規格外のセラフィムの重さを乗せ、周囲を薙ぎ払う。
 刃に当たったものはその衝撃に原型を留めないほどに散り散りに裂かれ、その余波を喰らってものでさえ身体を無残に引き裂かれる。
 たったの一撃。しかしその一撃で、前衛を務めたスライム達は消え去り、陣形に穴が開いた。

 そこから先は、一方的な虐殺だった。
 振るった槍の勢いそのままに、腕を、腰を、足を回し、スライムの群れの中を駆け薙いでいく。
 その様はまさしく暴風。
 ラディが駆け槍を一度薙ぐたびに、スライム達は引き裂かれ、両断され、そして開いた穴がさらに広がりスライムの群れを崩していく。

 だがスライム達も決して、やられてばかりではなかった。
 仲間を盾に時間を稼ぎ、身体を震わせ無数の触手をラディへと伸ばす。
 ラディの動きに踊らされ、槍撃に切断され、引きちぎられながらもそれを上回るほどの触手を出し、ラディへと伸ばす。
 しかしどれほど触手を伸ばそうと、どれほど空間を埋め尽くそうと、ラディを捉えることはおろか、槍の動きを狭めることすらできなかった。
 彼らの触手がラディに届きそうになるたびに、ラディの姿が幻かなにかのように消え、まったく別の場所に現れるからだ。
 
 彼らの陣形に穴があったわけでも、攻撃が甘かったわけでもない。
 それは上から全体を見下ろすなのは達が一番よく分かっている。
 だがラディはまるでスライム達の攻撃などないかのように縦横無尽に戦場を駆け回ってスライム達を薙ぎ払い、囲まれたと思った次の瞬間には忽然と姿を消し、浮いた個体を狩っていた。

「あ、あの……これ、そろそろあたし達もラディ陸曹の援護に出たほうがいいんじゃ……」

 恐る恐る切り出したスバルに返ってきた応えは、悔しそうな唸り声だけだった。

 当初の作戦では、ラディがまず先陣を切って自分の戦い方を見せ、そしてその後彼の動きに合わせて連携し、ロストロギアの本体を特定、封印し回収するといったものだった。
 だが、戦闘が始まってから数分たった今でも、ラディのあの神出鬼没な移動法を理解できるものがいないのだ。
 とてつもなく速いわけでも、何らかの奇怪な魔法を使っているわけでもないラディに、スライム達はおろか味方であるなのは達でさえも混乱するばかり。
 ラディがどう動くのか、それ以前にどこにいてどこに現れるのか分からない状態では前に出たところで連携することなど到底できない。それどころか、いきなり現れたラディを敵と誤認し同士討ちをしてしまう危険性すらある。
 ゆえになのは達はただ、ラディの戦いを見守るしかできないのだ。

「――ん?」

 だがここで、シグナムがなにかに気づいたように目を細める。
 彼女はしばらく静かにラディの動きを目で追っていたが、ラディがもう何度目になるか分からない謎の瞬間移動術を見せた瞬間、ようやく納得がいったと言うようにニッと笑った。

「ヴィータ、昔、お前が一人で突っ込んで苦戦したあの騎士のことを覚えているか?」
「あ゛? どの騎士のことだよ」
「妙なステップを踏み、変則的な機動をしていたナイフ使いのことだ」

 シグナムの言葉にヴィータは少しの間眉根を寄せて思い出そうと頭を悩ませていたが、思い当たる人物がいたのか、アイツのことかと呟いた。

「あぁ、確かに変てこな動きをするっていうとこはアイツとラディは似てるかもな」
「いいや、それだけじゃない。ラディの動きのタネも、あの男と同じようなものだ」
「……どういうことだよ」

 胡散臭そうに下から見上げるヴィータにシグナムはラディの動きを目で追いながら説明する。

「あの男は、間合いを詰めに来るとき常にステップを踏んでいた。あれは少し上に跳んでから踏み込むことでスピードを上げることと、単調な動きから急激に動くことで、相手の意表を突く二つの狙いがあった」
「……んなこと今更言われなくたって覚えてるよ」

 当時を思い出したのかヴィータは苦虫を噛み潰すように顔を顰める。

 シグナムの語る騎士。それはまだヴィータ達が闇の書の守護騎士(ヴォルケンリッター)だった頃に戦った騎士だ。
 魔力量そのものは大したことはなかったのだがナイフの使い手としての技量は優れており、特に膠着状態から間合いを詰める技術の高さは、ヴィータがかつて相手をした猛者揃いの騎士たちの中でも光るものがあった。

 だがそれももう百年以上も前の話である。
 今更それがラディとなんの関係があるとヴィータはシグナムを見上げる。

「あの男は静止状態から急激に加速し強襲するためにステップを踏んでいた。メイフィルスの場合はそれを、相手の死角に回り、奇襲するための位置を確保するためにしている――見ろ」

 そこまで言ったシグナムが顎でラディの方を指した。
 ヴィータが視線を戻した先にいたラディは、ちょうど陣形から外れた数体のスライムへと向け、走っている最中だった。

「ヤツの足元を見てみろ。見にくいが、足の下にずっと影がある」
「んなの――」

 当たり前。そう言おうとしてヴィータは言葉を切った。
 
 当たり前ではないのだ。
 走っている以上、足の下にずっと影があるのはありえない。
 なぜなら足が地面に着いた時には必ず影が消えるはずだからだ。
 だがラディの足の下には、目を凝らさなければ分からないがうっすらとした影が消えることなくずっとあった。

 だがそれ以前に――

「――あいつの足、まったく動いてなくないか」

 唖然としたヴィータの言葉になのは達は息を飲む。
 ラディの身体は前へと動いているにもかかわらず、その身体を前へと運んでいるはずの足はまったく動いていない。
 動く歩道に乗っているような不可思議な動きに目を見開くなのは達を余所に、シグナムの説明は続く。

「本人に聞いてみるまで定かではないが、おそらくメイフィルスは、敵との距離を詰めるときに走らず跳躍している。足元に常に影があるのはそのためだろう。跳躍したなら足は地面に着かないからな。それに今まで気づけなかったのは、メイフィルスが地面の数センチ上を滑るように跳んでいたからだろう――並みの騎士では、到底真似することすらできん芸当だ」

 そこでシグナムは説明を止めた。
 跳躍するということは足が常に地面から離れているということだ。
 その状態なら、どのタイミングでもすぐに足を降ろし、地面を蹴って方向を変えたり加速したりすることができる。
 走っていれば足が浮いてしまって対応できないような場合でも、常に足の高さが一定で、足を動かさずに移動できるこの技なら対応できる。
 恐らく、最初のスライム達の予期せぬ攻撃に対処できたのはこの技があったからだろう。
 武術ではいかなる状況にも素早く対応できるよう、踵を浮かせずに動く『摺り足』を基本とするが、ラディはその『摺り足』を地面の数㎝上を跳躍とする方法で再現し、その状況対応能力に速さを乗せてみせたのだ。
 まさしく “妙技” と呼んで差し支えない歩法だ。

 だが――結局、それだけなのだ。

「……でも、それとラディ陸曹の瞬間移動になにか関係があるんでしょうか?」

 口を開いたのはエリオだった。
 
「ラディ陸曹の歩法は確かにすごいです。でも、それではあんな瞬間移動はできません」

 無礼だとは分かっても、エリオはシグナムのラディの瞬間移動の説明を切り捨てた。
 普段は謙虚で礼儀正しい彼だが、ラディと同じ陸戦、高機動の騎士としてシグナムの説明に口を挟まずにいられなかったのだ。
 だがエリオのその疑問は、彼だけのものではなかった。
 ただ口を出さないだけで、その場の全員が同じ疑問を持っていた。
 確かに、ラディの歩法はすごい。だが、それだけなのだ。
ラディの歩法はあくまで人の技。奇術でもなく、魔法ですらないあの技では、あの瞬間移動は説明できない。
 
 部下であるエリオからの苦言に、シグナムは特に気にした様子もなく、ただ一言、そうだ、と返した。
 あっさりとシグナムの一言にエリオは何か言おうとして口を開くが、それを押さえつけるようにシグナムは言葉を続ける。

「ラディの跳躍の歩法だけでは確かにあのような瞬間移動はできない。だが、もし、そこに他の “技術(トリック)” を混ぜたら……どうなる?」

 技術(トリック)という言葉にエリオは頭を傾げる。そんなエリオの様子にシグナムは彼女にしては珍しい悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「跳躍体勢から地面に足を着けて方向を変えるとき、それまでの移動速度より遥かに速い速度で加速する。その際、移動し終わるまで膝から下以外を一切動かさない――そういった “技術(トリック)” を混ぜていたなら、果たしてどうなるだろうな」

 その場の全員が目を見開いた。
 魔法を使った高機動戦において、目の果たす役割というのは思いの外少ない。
 なぜなら目がついていかない速度で戦闘が行われるからだ。
 そのため高機動戦においては相手を目で捉えることよりも、目で捉えた動きから相手がどう動くのかを予測することの方が重要になる。
 相手の身体が横に傾けば側面から回り込んでくる、後ろに引いていれば距離を空ける、のように、相手の予備動作から次の動きを予測し対処する、いわゆる見切りの能力が高機動戦においては重要なのだ。

 だがもしシグナムの言うとおり、その予備動作がない状態で高速移動されたら、どうなるか。
 しかもそれまでの目が慣らされたスピードとは桁違いの速さで動かれたなら、まず間違いなくラディの姿を見失うだろう。

「それまでとは違う速さで、しかも予測できない方向に動かれれば、誰もがメイフィルスの姿を見失うだろう。しかもメイフィルスはそれらを膝から下だけで行う。派手な武器や上体の動きにばかりに気を取られていたなら、ヤツを見失うことは難くない」

 走る高さと変わらないほどに低い跳躍と、至近距離(クロスレンジ)での戦闘で意識が外れやすい膝から下の部位だけで行われる高速移動、それこそがラディの瞬間移動術の秘密。
 知ってしまえば奇術でもなんでもないただの体術。
 だが、その技を身に着けるまでにいったいどれほどの試行錯誤を繰り返し、修練を積み上げたのか。
 使われる技の一つ一つが体術の奥義と言っても過言ではないそれらを。寸分の齟齬もなく組み合わせ、魔法と誤解させるほどの体術に昇華させる――そこに至るまでの過程は、ただ理屈を知っただけのなのは達には想像も着かないほどに苛酷なものだっただろう。

 しかし本当に恐るべきことは、苛酷な修練の果てに得たその妙技の数々ではない。
 達人達が修練の果てに体得するそれらの妙技を得ているのが、僅か “14歳の少年” であるということだ。

「まったく、厄介な男を押し付けられたものだ」

 茫然とするなのは達を余所に、シグナムは薄く笑った。

「来て早々自身をスパイだとのたまい、そのくせ協力的で、さらには優れた戦士であるときた。まったく、本当に厄介な男だ、ラディオン・メイフィルスという男は……ふふふ……」

 微かに声を上げ、不気味に笑い始めるシグナムに、なのは達は顔を引き攣らせた。
 ライトニング分隊副隊長、シグナム。その彼女の本性を知る人間は、一瞬で今の彼女の状態を見抜いていた。

 あ、これスイッチ入っちゃってる。

 シグナムの本性(バトルマニア)を知る人間は言葉を交わすでもなく悟り、彼女から一歩引く。
 自分の周りから人からいなくなったことくらい気づいているだろうに、シグナムは気にした様子もなく、愛機、レヴァンティンに手を掛けた。

「さて、いい加減見ているだけなのも飽きてきたころだ。私も続くとしよう」

 爛々と眼を輝かせながら、シグナムは鞘からレヴァンティンを抜いた。
 どうせこの戦闘狂(バトルマニア)のことだ。こうも滾ってしまえばもう止めることはできないだろう。
 その勢いに流されるように、はやてが苦笑を浮かべながらその横に並ぶ。
 

「――まぁ、このまま全部ラディ君一人に任せてしもうたら、うちらのメンツが丸潰れやしな。もっとも、半分以上ラディ君に任せてしもうた時点でメンツ潰れてるかもしれへんけどな~」

 溜息とともにこぼされる愚痴に後ろに並ぶなのは達は苦笑いを浮かべる。

 はやての言うとおり、敵の半数は既にラディが墜としている。
 あの実力なら、このまま一人で任せても問題なく無傷で全滅させることはできるだろう。

 だが、それではこちらの気が済まない。

「ラディ君はうちらの要望に応えて、うちらが期待していた以上の実力を持っとることを見せてくれた。なら、今度はうちらが見せたる番や」

 はやての激励に、全員が己のデバイスを起動し前へと踏み出す。

「さぁ、ラディ君に見せたろうか――」

 川辺に続く坂の入口に整列する全六課メンバー。
 それを横目に確認したはやては、ゆっくりと自身のデバイスの一つ、シュベルト・クロイツを掲げる。

「――うちらを舐めてかかると、どんな目に遭うんかっちゅうんをな」

 振り下ろされる杖と共に、六課のメンバーが弾かれたように坂を駆け出した。
 そして、機動六課によるあまりにも一方的な戦闘が、始まった――。


○●○●○●○●○●○


「……化け物ばかりの部隊っていうのは知ってたが、ここまでヤバいとは思わなかったな」
«まったくです»

 六課全戦力投入により、一方的な戦闘から無慈悲な蹂躙に変わった戦闘。
 それも数分とかからず終わり、ラディはなのは達から少し離れたところでセラフィムと密談していた。

«これだけ優秀な人材を集めれば、そりゃまぁ目をつけられもするでしょう»
「確かに。特にレジアス中将は少数精鋭部隊とか嫌いだからなー」
«……口を慎んでください、ラディ»

 スパイなら死んでも口にしてはいけない依頼主の名を口にするラディをセラフィムが制する。
 だが当のラディは気にも留めていないのか、ヘラヘラとした嫌味に笑った。

「別にいいだろう? 聞こえちゃいないんだし。それに――」

 そこでいったん言葉を切ったラディは、待機形態に戻り自身の左指に納まったセラフィムを眼前にまで持ち上げた。

「“オレには関係ないことだ”」

 自己紹介のとき、はやて達に言った通りラディはスパイだ。
 だが、それがラディオン・メイフィルスという人間の全てではない。
 あの場で言わなかったこと、それこそがラディオン・メイフィルスという人間の根幹部分であり、そしてそれこそが、彼が今、機動六課(ココ)にいる理由。

「中将は“報酬” を払った。なら、その報酬分の仕事はしよう。だが、それだけだ。それ以上はオレが関わることではないし、そして向こうが口出しすることでもない」
«……止まる気は、ないんですね»

 懇願するようなセラフィムの言葉に、ラディは視線を手元から遠くへと移す。
 その視線の先にいるのは、自身の子どもとも兄弟とも思っている大切な部下を労う、彼の新しい上司、フェイト・T・ハラオウン。

「ない。悪いが、受けた借りは返させてもらう。たとえ向こうに、その自覚がなかったとしてもだ」

 憎悪、嫉妬、憤怒。
 一つの言葉では決して表しきれないほどのどろどろとしたどす黒い感情がラディの目には浮かんでいた。
 なにもなければこのまま飛びかかって相手を殺してしまうのではないか。そう思わせるほど鬼気迫るなにかをラディは持っていた。

«……伝える気はないのですか、あなたの“正体” を、あの子に»
「……っ」

 そのラディを制するように、柔らかい声でセラフィムは話題を変えた。
 その効果は劇的で、それまで視線だけで相手を殺しかねないほど殺気立っていたラディが、なにかをこらえるように歯を食いしばり、視線を落とす。

«あの子は、あなたが思っているより強い。あの状態から立ち直って見せました。ならば、今度も――»
「――そんなことはないさ」

 セラフィムの言葉を遮りラディはポツリと漏らす。
 微かな声ではあったが、そこに秘められた行き場のない思いにセラフィムは口を(つぐ)む。

「あの子は、強く見えるだけだ。実際には強くもなんともない。まだまだ、子どもだ」

 ラディの頭に浮かぶのは、あの子を傷つけたときのこと。
 過去の古傷を開き、抉ったときのこと。
 あの時、もしラディが踏み止まらなければ、きっとあの子は壊れていただろう。
 だから――

「オレのことは伝えない。今はまだ、あの子が知らない残酷なもう一つの真実を、知らせる必要はない」

 そう断言するラディの横顔は、揺るぎない決意に満ちていた――そう、この人はきっと思っているのだろう。
 実際には、隠しきれていない寂しさが、昏い昏い影を落としているとは知らずに。
 
«……»

 彼の孤独の理由。彼の決意の理由。その全てを知ってなお、セラフィムは何も言わず、ただ彼の左の薬指にぶら下がる。
 言いたいことは山とある。だが、それを口にすることは許されない。
 これはあくまで彼の問題。自分はその問題を知っているだけで、その場に居合わせることも、関わることもできなかったただの部外者。

 そんな自分が口を挟むなど、許されない。

「……そろそろ戻るとするか」

 ラディは歩き出す。自分の新たな、“気を許せない仲間” の下へと。
 その顔に、任務を達成した人間に相応しい達成感に満ち溢れた笑顔を張り付けて。
 その心に、感情(どく)を押し込め鍵をして、ラディは手を振りながら、六課のメンバーの下へと歩いて行く。
 
 セラフィムは祈る。
 それが、自分の名前からみても、機械(デバイス)であることからみても、相応しくない行為であると知りながら。

 どうか、早く、強くなってくれますように。

 この人が抱え込んだすべてを受け止めれるように。

 でなければもう、この人は長くはもたないだろうから。

 だから、だから――っ!!

 セラフィムは祈る。
 いま目の前で、楽しそうに話す。自分より少ししか高くない目線の、小さな少年に。

 それが、届かぬ祈りであると分かっていても……。



«――早く、強くなってくださいね、エリオ»




to be continued



 
 

 
後書き
さて、ラディ君のスパイ以外の秘密がでてきたとこで今回はおしまいです。
勘がとんでもなく鋭い読者の方ならラディ君の正体、気づいてる方がいるかもですね~
それでは、ラディ君の正体、見破ったりぃ!!と思ってる読者の方々に作者の自分から一言。

自分、性格悪いですよ?(ゲス

それでは、ここまで読んでくださった方に感謝を送りつつ、失礼させていただきます。
  
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