相良絵梨の聖杯戦争報告書
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霞が関の食堂にて
冬木市における魔術協会と聖堂教会の連絡役は冬木教会の神父である言峰綺礼氏が行っている。
彼は魔術協会にも伝があり、この新しい聖杯戦争勃発寸前という報告をおくってくれた人物であり、聖杯戦争の監督役でもある。
そんな彼を冬木市から呼ぶのはいささか心苦しいのだが、立場上こっちは国というか、その同盟国である米国の要求を背負う形になっている。
彼を呼びつけることで、明確な格付けを行うつもりなのだ。
この話は、表の領分だという意味で。
某地方での有名な冗談にこんなのがある。
「久しぶり。元気してた?」
「うん。今度みんなで集まろうって。地元のみんなに声かけているの」
「えー。県庁所在地に行くの、移動が不便なんだけどー」
「だから、東京に集まろうって」
実話である。
こんな所にも東京一極集中の弊害が出ていたりするのだが、これがまた便利だから誰も反対しなかったというのがまた……
話がそれた。
で、呼び出した場所は霞が関の中央合同庁舎第7号館、文部科学省入居の食堂の一角だったりする。
聖堂教会も宗教法人である為、監督官庁からのお声は無視できないのだ。
「おやおや。
私を呼び出したのが、こんな可愛いお嬢さんだとは」
第一声から皮肉がきいている死んだ目の神父様に自己紹介をする。
挨拶は大事である。
食堂の一室でこんな物騒な話をしているとは周囲の人間も気づいていない。
密談は堂々と行うのがミソである。
「今回の件の外回りを担当する神奈絵梨と申します。
今回お呼びしたのは、例の件での資料をお渡しするようにと」
彼の前に書類の入った封筒を差し出す。
言峰神父は中をちらりと見ただけでその封筒をテーブルの上に置いた。
「君も協会に属しているのならば、そんな表向きの事に首を突っ込まなくてもいいと思うのだけどね」
「身の程は知っているので、根源なんて大それたものを追い求めるつもりはありませんとも」
メッセンジャーでしかないのだが、だからこそ背景をバックに高飛車に出る。
それがこの神父に効いているのか甚だ疑問でもあったりするが。
「表は今回の件についてガチギレしています。
第四次みたいな事になったら、協会と教会に喧嘩を吹っかける程度には」
「この国がそれほど怒るとは思えないがね」
「この国がではないですよ。
この国の同盟国がです」
言峰神父の眉が少しだけ動いたのを私は見逃さなかった。
表がどんな状況かなんて裏は知ろうともしないだろうが、表が非対称の戦争に入っている事ぐらいは知ってほしいと思う。
「去年、イギリスのロンドンで爆破テロ事件が発生しました。
それに魔術師が絡んでいるという噂はご存知で?」
言峰神父の瞳が初めて私をしっかりと見る。
聞く耳を持ったという事なのだろうか。
「2001年の非対称の戦争から世界は変わりました。
そして、ネットによる高度情報化社会は神秘の秘蔵を難しくしています」
「第四次はきちんと秘蔵したはずだが?」
「ええ。
ちゃんと秘蔵されましたとも。完璧に。
だからこそ、やり過ぎだ」
傲岸不遜の鉄面皮みたいな表情が僅かに緩む。
裏にとっては神秘が秘蔵されるのならば、災害だろうがテロだろうが関係ないのだ。
だが、表にとってはそれが死活問題である事を理解しようとしない。
「海外では冬木の災害はテロと認識されていますよ。
で、現在非対称の戦争に邁進中の我が国の同盟国はこの件にご執心です。
なお、ロンドンのテロの後で英国政府と米国政府が時計塔に圧力をかけての捜査協力をとりつけたのはご存知でしょう?」
現在戦乱に揺れる中東ことメソポタミアは神秘の巣でもある。
適性を持ったテロリストが聖杯戦争の儀式を使ってサーヴァントと呼び出したら、どのような影響をあたえるか分かったものじゃない。
そういう意味で、協会は米国の逆鱗を思いっきりぶっ叩いていたのだ。
なお、この動きで表との関係と新時代の魔術師としてのあり方と唱えて勢力を伸ばしている魔術師の一派があるらしい。
「我々は聖杯戦争には関与しませんし出来ません。
その監督はそちらにお願いしますが、外からやってくるテロリストへの対処もお願いしたいという訳でして。
お願いできますよね?」
もちろん、お願いでしかないから無視してもらっても構わないし、一目見てこいつはこっちの言う事など聞かないだろうとなんとなく確信が持てたので強制するつもりもない。
こういう事を言ったというのが重要であり、交渉を持ちかけるのは言峰神父の上である魔術協会であり聖堂教会なのだ。
「もちろん。
ご協力させていただこう」
まったく履行する気のない声で言峰神父が言う。
言質は取ったので、彼の前でボイスレコーダーを止めて微笑む。
「あと、冬木市全土に現在緊急で監視カメラ網の構築を進めています。
間に合うとは思えませんが、裏路地や人通りの少ない所は既にカメラが置いてあるのでご注意を」
「……参加者には伝えておくことにしよう」
魂食いもバレたらこっちのルールで捕えるという私の通告もさっきと同じような声で言峰神父は了承した。
これで話は終わりと立ち上がった時に、言峰神父から先ほどとは違う声で質問が投げかけられる。
「君は聖杯戦争に出れる素質があるかもしれないのに、聖杯戦争には参加しないのかね?
あれは、ありとあらゆる願いが叶う究極の願望機なのに」
私は胸元の黒真珠の首飾りを軽く指でつついてそれを笑って拒否してみせる。
そんなものは、向こうで散々たるほど見飽きたなんて捨て台詞を吐くのをこらえて返事を口に出す。
「結構です。
だから、私は占い師なんですよ」
と。
「やっぱりつけてて正解だったかー」
「きゅ」
「まだ出ちゃ駄目よ。ぽち」
後書き
『封魔の首飾り』 タクティクス・オウガより。
東方で算出される黒真珠で作られたペンダント魔法の効果を消す。
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