ゴルゴ13
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PART 2 デューク東郷
今宵の現王園貞治は珍しく、女たちとの夜の遊びに手がつかなかった。その理由は単純にして明白だ。明日にも生涯不滅だと自他共に認めていた不滅の記録が破られる可能性が高まっているからだ。こうなると80歳を迎えた今でも絶倫を発揮して、数多の女を食らってきた下の息子も萎んでしまう。ただでさえ、鬼畜王とまで呼ばれた彼も震えあがる事態に陥っていると言うのに。秘書に頼んであの男に仕事の依頼を出したのはいいが、緊急事態が故に約束の時間に間に合うのか心配だった。明日……というより、日付は過ぎて今日になってしまった。シーズン最終戦は。相手監督は必ず偉業達成のためにアルバートを1番起用して1打席でも多く立たせるに決まっている。伊達に日本野球界のコミッショナーを続けてきたわけではない。長年野球界に携わっていると、記録達成の熱は伝わってくる。アルバートは必ず今日の試合でホームランを打つという確信が脳裏に離れない以上、あの男に仕事の依頼をして夜更かしをしてまでGの到着を待つのは当たり前だ。という覚悟を持って眠らないようにカフェインの入ったブラックコーヒーを飲もうとコップに手を伸ばそうとした瞬間。背後から人の気配を察知した。背中越しでも伝わってくる圧倒的な存在感は犯罪者の匂いがしている。ただし、普通の強盗とは比べ物にならない程の殺気が立ち込めている。正体を確かめようと後ろを向くのが怖い。80年も生きてきた中でここまでの恐怖心を感じるのは初めてだったが、仮にも現王園は生きるレジェンドとして知られる国民栄誉賞まで授与された人間だ。『得体の知れぬ者にビビッてどうする!』と自分に言い聞かせる形で、これまでの恐怖を払拭するかの如く力に任せて後ろを向いた。するとそこにいたのは黒いスーツに赤いネクタイを巻いた大柄な男だ。目の合った者を問答無用で威圧する眼力を放ちながら背筋を伸ばして立っている……彼は間違いなくGだ。しかし予定した時間よりも遥かに早い到着に動揺を隠せない。現王園は唇を震わせながら言葉を出すのがやっとの状態だ。
「ミ、ミスターデューク東郷。緊急事態とは申し上げましたが、予定よりも2時間も早く到着なさるとは思いませんでした」
「何か不都合でもあるのか……」
彼の言葉は短いが低く重さに満ちている。まるで地獄の底から捻り上げた声だ。これには女相手に百戦錬磨の舌を持つ現王園もたじたじになって呂律が回らなくなる。しかし、相手は超一流のスナイパーだ。仕事内容を的確に伝えるためにも声を出さねば話しにならない。
「めめめ、滅相もございません。さっそく仕事の話しをしましょう」
内側のポケットから写真を撮り出そうとした時だった。目の前に黒い銃口が飛び込んできた。何時の間に拳銃を取り出したのかと疑問に思う間もなく、現王園の動きは完全に制止した。指先1でも動かせば間違いなく撃たれると脳内神経が危険信号を発しているのだ。
「ゆっくりとだ……」
「はい……」
彼と言葉を交わすだけで心臓発作が起きそうな気分ではあるが、そんな文句を言っている暇さえ与えられない。現王園は言われる通りにスピードを落としてポケットの中身が分かるようにして写真を取り出し、ゆっくりとゴルゴ13の元に手渡した。その写真に写っているのは今季使用されているNPB公式ボールだ。パッと見は普通のボールに見えるのだがこのボールには現王園しか知らない秘密があった。
「このボールは野球規則に違反する低反発統一球だな……」
彼の口から恐るべき言葉が飛び出した。なんとNPBの幹部すら知らない公式球の秘密をミスターGは知っていたのだ。自らのホームラン記録を塗り替えられないために、ボール製造元の社長と密かに裏取引をして違反球を造らせていた。この事実は世界でも2人しか知らないトップシークレットの秘密だ。それを此方が口外するまでもなく、彼は平然とした表情で語った。『なんという男だ』としか答えが見つからない。しかし、この言葉を直接言えばあまりにも無礼であるので、ナイーブに包まざる終えない。
「どうしてそれを!」
「俺が何故、違反球の情報を知っているかは今回の仕事とは何の関係も無い。要件だけを話せ……」
「わ、分かりました。では手短にお話しさせて頂きます。実は今回貴方には、そのボールを打ち落としてほしいのです。しかもボールがスタンドに入る前……憎きアレックスがホームラン性の当たりを放った瞬間に、ボールを球場内に打ち落として頂きたい。スタンドにさえ入らなければホームランにはなりません!」
「…………………………」
「ただでさえホームランの打球スピードは160キロを超えているのに、指定する場所には浜風が舞っています。しかも球場には、アレックスの記録更新を見届けようとする大勢の観客がいることでしょう。その中でボールを破壊せずに無傷のまま球場内に撃ち落す……こんな無謀に等しい条件、並大抵のスナイパーにはとても不可能でしょう。ですが、超A級スナイパーの貴方になら不可能を可能にしてくれるはず!」
現王園が言おうとしているのはホームランの狙撃。しかし、明日の試合中にアレックスが必ずしもホームランを打つという保証は何一つ無い。不確定要素があまりにも多過ぎる条件下でも、ミスターGは依頼を引き受けてくれるのか。緊張が走る。張り詰めた空気の中で現王園は額から汗を流していた。
「分かった。引き受けよう……」
「おおっ。ありがとうございます!」
「入金を確認次第、仕事を始める……」
ミスターGはそう言うと部屋の中から出て行った。
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