ゴルゴ13
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不滅の868本
PART 1 王者の怒り
プロ野球界には不滅のアンタッチャブルレコードがいくつも存在している。その中でも飛び抜けて更新不可能と言われているのは歴代最多の868本のホームランだ。恐らくは未来永劫抜かれない世界記録だと呼ばれていたのだが、この記録に待ったをかける者が現れた。その者の名前はアレックス。阪神ドラゴンズに在籍する助っ人外国人でありながら日本球界に20年近く携わってきた伝説的な人物だ。日本の野球好きに知らない者はいないとまで言われる程の有名人物で、チームのムードメーカー的存在だ。首位打者を何度も獲得した高打率も武器だが、彼の最も注目すべきなのはホームランの数だ。最近は低反発球が問題となっている日本野球界の中で当たり前のようにシーズン50本以上の本塁打を放ち、ホームランのシーズン記録さえも塗り替えたのだ。その男が積み重ねてきたホームランの数は868本。シーズン終了まで残り1試合と波乱の展開が待ち構えていた。
『この試合、4番起用されているアレックス選手ですが、第1打席と第2打席続けてホームランを放ち、現王園貞治さんの記録した伝説の868本に並びました。これによりアレックス選手の記録更新は明日の試合にも決まりそうです。足の怪我を訴えて今季限りの引退を表明している彼ですが、ここに来て執念の意地を見せて……』
ホテルの一室で試合観戦をしていた男はリモコンを使ってテレビの電源を落とし、ぶっきらぼうにリモコンをテレビ画面に投げつけていた。男は白髪交じりでこけむした茶色い肌をした推定80歳前後の男性だ。見るからに怒り狂った表情を見せながらハアハアと肩で息をしながら後ろを振り返り、秘書と思しき男に怒りをぶつけていた。
「ありえぬ。あの外人がワシの本塁打シーズン記録のみならず、生涯を賭けて積み重ねてきた伝説の868本に到達するとは何たる醜態じゃ! これ以上、奴の好き勝手に暴れさせてはならんのだ!」
男性は顔を真っ赤にさせて、思わず杖を使わずに椅子から立ち上がって口から唾を撒き散らしていた。怒りに燃える男性を目の当たりにした秘書らしき人物は対照的に、男性の威圧感に負けて真っ青な表情を浮かべてモジモジと視線を逸らす。
「しかし、アレックス選手の今季打率は2割未満です。ホームランも今日の試合では奇跡的に2打席連続ホームランを記録しましたが、今シーズンは僅か8本塁打しか放っておりません。明日の試合で会長様の記録を更新するなど断じてありませんよ」
震える声で何とか男性を落ち着かせようとするも、既に怒りの沸点を超えている彼には何を言っても聞かなそうだ。リモコンの次に今度はテーブルの上に置いてあったグラスを掴み、テレビの液晶画面に向かって投げつけた。当然、ガラスで造られた脆いグラスは音を立てて割れた。
「ワシには分かるんじゃ! 明日の試合にも奴はワシの生涯で最も誇れる868本の無敵記録を更新するに決まっている。これまでありとあらゆる手で記録更新の妨害をしてきとはいえ、奴はことごとく乗り越えてきた。こうなったら最後の手段を投じるしかあるまい……」
そう言うと男性はポケットの中から紙切れを取り出して秘書に渡した。そこに記入されている内容を読んだ秘書は唇を紫色に変化させて身体中を震わせながらガチガチと歯を鳴らす。喉を振り絞って何とか声を出そうと切羽琢磨するぐらいに慌てている。
「会長様……ここに書かれているのはGとの接触方法ではありませんか!」
「そうだ。もはやあの男に頼るしか方法は無い。無論、この事は一切外部に漏らすな」
秘書の肩を何度も何度も叩いて言い聞かせていた。
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