浪速のど根性
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9部分:第九章
第九章
「アホ程な」
「おい、それやったら勝てるで」
守は毅然としてその原を見つつ言い切ってきた。
「それやったらな」
「何でや」
「どうせ俺はアホや」
「自分で言うか?」
「だから聞けや。向こうは馬鹿やろが」
「ああ」
言葉の文化の違いだ。関東は馬鹿で関西は阿呆なのだ。だから彼は今ここであえてこのことを言葉に出して話してみせたのである。
「アホはアホでもや」
「ちゃうんか」
「関西のアホの方が重いんや。そこにあるもんがな」
「何かようわからんな」
実際かなり意味不明な言葉ではあった。
「アホに重さがあるんかいな」
「あるんや。まあ見てみい」
今度はまだわかる言葉であった。
「俺は勝つ。あんなイケメンに負けてたまるかい」
「ああ、それはわかるわ」
「御前の顔どう見ても吉本やからな」
「吉本でも最近は女にもてるけれどな」
「御前はなあ」
またここで好き放題言い出す面々だがこれはかえっていいことであった。何しろそれだけリラックスしてきているということであるからだ。
「その頭やからな」
「アホやからな」
「ええかっこしいの東京モンに負けるか」
とにかく言いたいのはこのことだった。
「何があってもな。俺は負けへんで」
「よし、じゃあその意気や」
「行って来い」
いよいよ時間であった。
「勝ってな」
「根性見せいや」
「浪速の根性やな」
守も立ち上がりつつ言う。顔はじっと正面の相手を見据えていた。
「そういうことやろ?つまりや」
「ああ。お好み焼きや」
「それやぞ」
またここで守の家の生業が話に出る。
「勝ったらそれでパーティーでもするか?」
「御前の家でな」
「金はちゃんと払えよ」
まずはこのことは釘を刺してきた。
「そこはちゃんとせえよ」
「わかっとるわ」
「金のことだけはしっかりしとるな、ホンマ」
「これだけは別や」
また実に大阪人らしい言葉である。
「金はな」
「ちぇっ、わかったわ」
「それはな」
彼等もそれで納得するしかなかった。
「まあとにかくや」
「勝ったらや」
「俺の家やな」
「そや」
このことに関しての結論はもう出ていた。
「やるで、お好み焼きパーティー」
「焼きそばにたこ焼きも用意しとけや」
「ナンボでも食えや」
彼としてもそれが願ったり適ったりだった。商売人としては商品が売れるにこしたことはない。食べ物は食べられるにこしたことはないのだ。
「思う存分な」
「ビールもな」
「やるか」
「それは表に出すな」
これについては注意をしておいた。
「先生も来るんやろ?」
「まあそやな」
「やっぱり顧問やしな」
「じゃあ止めとくか、これは」
一人が流石に止めた。
「酒だけはな」
「サイダーにしとくか、我慢して」
「コーラもええけれどな」
「それも結局勝ったらやし」
別の一人がここで話を元に戻した。
「ほな登坂」
「勝って来い」
あらためて守の背中に声をかける。
「勝てばパーティーやしな」
「根性見せるんやな」
「よっしゃ」
彼等の言葉を受けてグローブの拳を打ち合わせた。
「根性見せたるで」
こう言ったその時にゴングが鳴った。これが試合のはじまりだった。
試合は互角だった。守は確かに強いが原もかなりのものだった。フットワークを使う彼と互角の動きさえ見せる。守はまずそのことに驚いていた。
「俺と足は互角やぞ」
「わかっとるわ」
「有り得んな」
三ラウンドが終わった時だった。青コーナーの原を睨み据えつつ言う守に部員達が言う。見れば彼等も原を見据えている。そのうえでの話だった。
「御前と同じだけ動けるなんてな」
「俺もはじめて見たぞ」
「ブローも強いで」
守はそのことも言った。
「しかもや。鋭い」
「鋭いか」
「鋭さは向こうの方が上やな」
冷静に分析しての言葉だった。
「拳の鋭さはな」
「そんなに凄いんか」
「蜂や」
守は言った。
「蜂の一刺しや。そこまで鋭いで、あれは」
「おい、大丈夫か!?」
部員の一人が彼の今の言葉を受けて怪訝な顔を見せた。
「そんなんが相手で。勝てるんやろな」
「確かに足は互角で鋭さも向こうが上や」
またこの二つを話す。
「それでもや」
「それでも?」
「どないしたんや?」
「拳の強さは俺やな」
こうも言うのだった。
「俺の方が上や」
「そっちは御前か」
「それにや」
学校の勉強の時とは全く違う冷静な分析がさらに続く。
「俺はもう一つ勝っとるもんがある」
「もう一つか」
「ああ。それで勝てるで」
強い言葉で語るのだった。
「絶対にな」
「自信あるんやな」
「あるに決まってるやろ」
これが返事であった。
「なかったらな。とっくに負けてるわ」
「負けか」
「最後に勝つのは俺や」
こうまで言うのだった。
「何があってもな。勝ったるで」
「それも正々堂々とやな」
「絶対に負けへん」
このことを言いながらさらに。
「それに卑怯なこともせん」
「それもやな」
「俺は大阪の男や」
言葉に何かが宿っていた。
「浪速の根性、腐ったものやあらへんで」
「匂うけれどな」
部員の一人がここであえて茶化す。リラックスさせる為である。
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