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浪速のど根性

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10部分:第十章


第十章

「薄口醤油の匂いがぷうんとな」
「ええやんけ。醤油よりも美味いわ」
 そして守もそれに乗ってみせる。
「その味がええんや」
「醤油とどっちが上や?」
「言うまでもあらへん、薄口醤油や」
「じゃあおでんはどうなんや?」
「味噌や」
 これが関西のおでんである。関西では味噌でたいているのだ。ところが関東では醤油でたく。だから昔はそうしたおでんを関東煮と呼んでいたのである。
「うちはおでんはやっとらんけれどな」
「よし、そういうこっちゃ」
「わかっとるんやったらええ」
 彼等は食べ物の話で区切りをつけさせた。
「それやったら行くんや」
「勝って来い」
「このラウンドでは決まらんやろ」
 守はそう見ていたのだった。
「相手もまだ。スタミナがあるで」
「じゃあ粘るんやな」
「東京モンはからっ風やったな」
 また話がそっちの方にいった。
「あの寒い乾いた風やったな」
「ああ」
「大阪にはそんなんあらへん」
 守はまた言う。
「あるのはな。どれだけ粘っても勝つ。それだけや」
「これだけは阪神とちゃうな」
「まあ阪神はな」
 皆阪神に関しては苦笑いになっていた。
「あっさり味やからな」
「ほんま。負ける時はいつもあっさりや」
「全然粘らんで負けるわ、いつもいつも」
 これが阪神という球団の特徴である。とかく負ける時は本当にあっさりとしているのだ。あまりにもあっさりとしていて情ない程である。
「そんなんやけれどな。ボクシングはな」
「ちゃうで」
「こってりソースや」
 そしてまた食べ物の話になる。
「こってりとしたソースやから」
「粘りは凄いで」
「その粘りでも勝ったる」
 ここで立ち上がった守だった。
「納豆かて食えるんやしな」
「それは俺も食うぞ」
「俺もや」
 皆結構納豆が好きなようである。
「今時食わへんのは少数派やろ」
「美味いし栄養がある」
 それぞれ納豆について語る。
「実にええ食べもんやないか」
「おとんやおかんは何でか忌み嫌ってるけれどな」
 かつて、つい最近まで関西では納豆は食べなかったのだ。その真価を認めたのは本当にこの最近のことである。それまでは関西において納豆を食べるということは完全に異端であったのだ。
「けれど俺等はちゃうからな」
「納豆食べて元気一発や」
「お好み焼きパワーに納豆も入れてや」
 守もその納豆をプラスさせてきた。
「やったるか」
「よしっ」
 こうして第四ラウンドがはじまった。相変わらず激しい攻防が続くがこのラウンドでは決まらなかった。そして第四、第五と進み遂には最終ラウンドとなったのであった。
 その最終ラウンドになるとセコンド側は流石に騒ぐのは自粛していたが観客席が騒がしくなった。皆口々に応援をするのである。
「行けや登坂!」
「勝たんかい!」
 赤コーナー側からの声である。
「頑張れ原!」
「負けるなよ!」 
 青コーナー側からはこうだ。完全に大阪と東京に分かれていた。
「負けてたまるか!!」
「こっちもだ!」
 そして守と原もそれは同じだった。
「勝つのはな。お好み焼きやで!」
「いや、もんじゃだ!」
 それぞれの家の看板をも背負って殴り合う。
「もんじゃがお好み焼きに負けてたまるか!」
「もんじゃがかい。ふざけるな!」
 ここで守は思いきり右ストレートを出してきた。
「お好み焼きパワー、受けんかい!」
「受けてたまるか!」
 しかし原は守のその右ストレートを身体を右に捻ってかわした。
「んっ!?」
「御前のパンチは強い!」
 原もそれは見抜いていた。これまでの戦いで。
「それでも遅い。パンチならな!」
「しもた!」
「鋭い方がいいんだよ。俺の勝ちだな!」
「ぐうっ!」
 今度は原が左ストレートを出した。それはそのまま見事に守の顔に当たった。その顔が一瞬ひしゃげ血反吐が飛び散る。見事に決まった。
「やられた!?」
「やったか!?」
 観客席も守がストレートを浴びたのを見て声を止めた。勝負あったかと思ったのだ。
 しかしだった。守は踏ん張った。吹き飛ばされず倒されもせずそのまま踏み止まった。恐ろしい粘りだった。
「あれで倒れないのか」
「アホ、これ位で倒れるかい」
 守は姿勢を戻して原に言葉を返した。顔の右半分が腫れてきているがそれでも彼は不敵に笑っていた。
「大阪人はな。しぶといんや」
「しぶとい!?」 
「そや」
 また腹に言葉を返す。
「だからや。この程度で負けるかい」
「そうか。じゃあ次の一撃で決める」
 原も今度こそという気になったのだ。それぞれまた構えに入り身構える。またしても闘いに入るのだった。
「これでな」
「来んかい」
 守は今度は自分から仕掛けようとはしなかった。
「やったるからな。こっちも」
「じゃあな。その言葉通り」
 原は彼の言葉を受ける形で動いてきた。すすす、と影の様に静かに前に出るのだった。やはり見事なまでのフットワークであった。
「やってやる。これでな」
 右アッパーだった。それで顎を叩くつもりだった。
「決まりだ!」
「来たかい!」
 しかしここで守は会心の声をあげた。
「そう来たらな!」
「何っ!?」
「楽勝でかわせるわい!」
「なっ!?」
 紙一重だった。ほぼ透き通ったような感じだった。守は上半身を僅かに、しかも素早く動かしそのアッパーをかわしたのだった。見事な動きだった。
「俺のアッパーをかわした・・・・・・」
「それだけやない!」
 彼はさらに言ってきた。
「これで・・・・・・終わりやあっ!」
 最後に左ストレートを浴びせる。それで決まりだった。最後のブローで全てが終わった。こうして彼は見事優勝を掴んだのであった。
「やったな!」
「やったで!」
 観客席から関西弁で声援が起こる。
「勝ったわ大阪が!」
「お好み焼き屋が!」
「見たかい!」
 そして彼自身も最後のブローを放った左手を掲げて誇らしげに叫ぶのだった。
「俺の勝ちや!正面からな!」
「ふん、KO負けか」 
 原は立ち上がり少し忌々しげに彼に言った。
「久し振りだぜ。こんなのはな」
「どや、お好み焼きパワーは」
 誇らしげに彼の方を見ての言葉だった。
「強いやろ。パワーがちゃうんやぞ」
「上半身の動きもよかったな」
「それを読んで勝てると思うたわ」
 またしても誇らしげに言う。
 
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