本気で挑むダンジョン攻略記
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Chapter Ⅰ:to the beginning
第01話:邂逅
前書き
取り敢えずこれで以前までの分になります。加筆してますから7000字から10000字近くになってしまいましたが誤差の範囲の筈。
「…ここは――そうか、もう転生後の世界か」
意識が戻ると、視界には先程までいた空間では無く青空が広がっていた。
「そもそも何故落下している...?」
しかも、空中というおまけつき。通りで視界が全て空だったわけだ。普通こういうのは落とし穴コースの辿る道だと思うのだが。もしくは異世界に呼ばれた問題児。少なくとも俺の様なまともな一般人は普通に転生させるべきだろうに。
え?俺がまともじゃない?そんなバカな。ノルマクリアの為に必死な逸般人(誤字に非ず)だろ?
…あれ、今なんか字が違ったような...
「なるほど、既に"この肉体"であったか」
納得した。確かに『ラインハルト・ハイドリヒ』になっていれば逸般人だ。通りで口調が変わっているし高所からの落下でも全然苦にもならない訳だ。
「そしてあれがバベルか...つまり、ここはオラリオの上空か。」
下に広がる広大な街の中央にそびえ立つ巨大な建造物。あれがバベルだろう。ダンジョンの真上に転生とはまた粋な事を。
というか、流石にこの落下速度はマズイか?
獣殿の肉体強度の物体が高速で地面に落下した時の被害を考えるとかなり大きい筈。つまり、このまま落ちればダンジョン攻略に乗りだそうとしている冒険者たちに被害が出るかもしれない。俺のノルマはダンジョン攻略だ。つまり、冒険者たちは皆俺の仲間に成り得る存在だ。もしかしたら将来一級になっていた奴が墜落の衝撃で死ぬかもしれない。
地上まで残り数百メートル。どうにかせねば...
ちょっと待てよ?
かの獣殿は主人公との最終決戦の際に空に展開された城から降りてきた。その時、城の一部を使って階段の様な足場を作っていた筈だ。
今の俺はハイドリヒ卿の肉体だ。しかも聖遺物もある。永劫破壊(エイヴィヒカイト)も使える筈。つまり、足場だって作れる筈だ。
「(…出来た!)」
空中に一つ、足場を作る事に成功する。
そこに着地しようとするが、落下のエネルギーが大きすぎたのか、はたまた足場が脆過ぎたのか。足場が崩れすぐさま再び落下が始まる。だが、明らかに先程の勢いはない。
更に足場を作っていき、4つ目の足場で完全に落下のエネルギーを殺し、5枚目の足場に着地した。
「ふむ。やろうと思えばどうにかなるものだな。」
さて、取り敢えずいつまでも空に突っ立てても仕方ないし、バベルにも降りるか。このまま街中に降りたら絶対に目立つし。
今立っている足場から繋がるようにバベルの頂上に向けて足場を作り、螺旋階段を作りだす。そして数分後には無事にバベルの頂上に降り立つことに成功する。
とは言っても、流石バベルと呼ばれる事だけのことはある。オラリオはバベル以外の高い建物が少なため、空にいたのと殆ど変わらない。ここからならばオラリオの全てを見渡すことが出来る。そして、獣殿という人外の肉体は視力も桁外れで、オラリオの端まで細かく見渡せた。
「あれがダイダロス通りか...確かに複雑な形をしている。それからあれは...【ロキ・ファミリア】のホームか?なるほど、確かに派手だな」
建物だけではない。メインストリートを歩いている人々や昼から酒場で飲んだくれている冒険者、ダイダロス通りで鬼ごっこをしている子供たち、挙げればキリが無いほどの種族の者達が確認できた。その全てが俺には目新しく、好奇心を刺激してくる。
「素晴らしい...建物も、人々も、全てが美しい。」
これが異世界。ファンタジーか。実に素晴らしい。今なら獣殿が言っていた言葉も分かる気がする。
―――私は総てを愛している。
無論、破壊するなどとは言うつもりは無い。むしろ、破壊するなど勿体ない。
…一瞬、誰かが壊すくらいなら俺が。そう考えてしまったが直ぐにその感情を否定する。どうやら少し獣殿に思考が引っ張られているらしい。まあ獣殿よりも俺の理性が勝っているのだから自分を律することは出来るだろう。もしかしたら永劫破壊(エイヴィヒカイト)を使っている間はもう少し獣殿に引っ張られる可能性はあるが。
「それで、卿は誰だね?」
俺が後ろに向けて問いかけるのとほぼ同時に、俺の首に剣が添えられていた。
「貴様、何者だ」
「ふむ。その前に卿の名を教えてはくれまいかね?尋ねたのは私が先だ」
「…【猛者(おうじゃ)】オッタル」
成程。いきなりオラリオ最強の登場か。大方、バベルの頂上が確かこいつの主神の住まいだった筈だから、突如として上に現れた不審者を見に来た、もしくは始末しに来たというところか。
「俺は名乗ったぞ。貴様も名乗れ」
名前か...俺の前世の名前は和名だからこの姿では合わないだろうし、やはり今の姿が獣殿なのだから、前世の自分との決別という意味も含めてやはりこう名乗ることにしよう。
「『ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ』。かつて友から『愛すべからざる光(メフィストフェレス)』と呼ばれた男だ」
「ラインハルト・ハイドリヒ...聞かぬ名だな。」
「オッタル。確かオラリオ最強と呼び声高い冒険者であったな。」
「知っているならば話が早い。ならばここが我が主神フレイヤ様のおられる場であるという事を知っての狼藉では無かろうな?」
「無論、知っているが?」
暗に、知っていた上での狼藉ならば容赦はしない、という意味が込められているのに気づきつつそう即答した。
その瞬間、首にそえられていた剣が容赦なく振るわれる。
キンッ!!
「何?」
無論、俺は無傷だ。形成位階の藤井蓮の一撃を受け止めた獣殿の首だぞ?何の溜めもなく振るわれただけの剣では傷すらつくまい。
「ふむ。どうしたのかね?君はオラリオ最強の冒険者なのだろう?この程度かね」
「面白い...」
俺の挑発に対してオッタルが口元を歪ませた。その目にはありありと戦意が宿っており、剣を構えたその姿からは本気である事が伺える。流石にレベル7の力を"全力"で振るったら被害は大きいだろうが、バベルが崩れない程度で"本気"を出すのだろう。
そして、俺も内心ではとてもワクワクしている。何せ今から獣殿の力を試せるのだ。それもオラリオ最強を相手に。どの程度の力ならば何層まで行けるのかを確認する意味合いもあるが単に獣殿に引っ張られて戦闘好きになったかもしれない。
だが、そんな事今はどうでも良い。何せ――
――今はただ、無性に目の前の男をねじ伏せたくて仕方がないのだ。
「さあ、来ると良い。卿の力を見せてみよ」
「うおおォォッッ!!!!」
オッタルが剣を振る。先程とは全く違う別次元の速度、パワー、そして何より理想的なまでの剣の振り方。これがオラリオ最強。レベル7の実力。だが――
「遅いな」
獣殿の動体視力を以てすればその程度のスピードなどは遅く見える。せめてシュライバーに迫るスピードを出さねば届きもしない。
「それに軽い」
そして、軽く右手の甲だけで弾いて見せる。パワーもマキナ卿と比べるまでもない。
あまりの衝撃にのけぞったオッタルだったが、のけぞりながら剣を振って来る。物理法則を軽く無視しそうな動きだが、こちとら物理法則なんぞとうの昔に捨てた集団を率いていた獣殿の肉体だ。その程度驚くまでも無い。
「そしてまだ稚拙だ」
これがザミエルならばまるで詰将棋の様に合理的な攻撃を繰り出してくるのだろう。だが、オッタルからはそのような策略めいた意思を感じない。ただ圧倒的な才能と努力で培った実力で敵を真正面から斬り捨ててきたのだろう。ダンジョンのモンスター相手ならば十分だろうが対人戦では格上には全く通じない。
「アレン!」
「隙あり!」
そして、オッタルが呼ぶと同時に後ろから殺気が迸る。そして首へ向かって剣が振るわれる。
「そんなものは無い」
「何ぃッ!?」
無論、オッタル以外の者がいたのも気づいている。背を向けたまま後ろに腕を振るい、頭を掴んで投げ飛ばす。
「危ない!?」
そして、バベルから危うく堕ちていく所だった者を更に出てきた2人が捕まえる。それによって何とか落下を免れたようだが、不意打ちする気であったであろう2人は居場所が露見してしまう。そして、更に出てきた4人がラインハルトの首、心臓、両脇腹へと各々の武器を突き立てる。だが――
「成程、人体の急所を狙うか。」
皮膚どころか身に纏っている服にすら傷を付けることが出来ず、跳ね返された。
「それで?それだけかね?」
そして、思わず動きが止まってしまっていた四人を腕の振り払いのみで数メートル吹き飛ばす。
「このバケモノがッ!」
更に先程居場所が露見した2人のうち1人が魔法を放つ。
だが、ラインハルトはそれを軽く手の甲で打ち払う。
「バカなッ!?」
「驚く暇があったら動きたまえ」
そして、その魔法の影に隠れて接近していたもう一人を蹴り飛ばす。ラインハルトは軽く蹴ったつもりだったが、それでも衝撃で魔法使いの男へと飛ばされ衝突する。
「どうした、この程度か。」
「このバケモノが...!」
レベル7、オッタル。そしてレベル6、アレン、へグニ、ヘディン。レベル5、ガリバー兄妹。【フレイヤ・ファミリア】が誇るレベル5以上の一級冒険者が勢揃いしていた。だが、全員がラインハルトを警戒していた。オラリオでも随一の戦力を軽くあしらっている目の前の男は一体何なのか、と。
「卿らの愛はこの程度かね。愛が足りんよ」
「殺す!」
愛が足りない、そう言った瞬間に全員の戦意が膨張した。そう言えばこいつらってフレイヤの熱狂的な信者だったな。
「なるほど、狂信者の類であったか。だが、是非も無し。卿らの力を見せてみろ」
全員の動きが先程とは段違いに速く、無駄が無く、そして力強い。信仰心というものが彼らの力を最大限に引き出しているのだろう。次々とラインハルトへ向けて武器が、魔法が振るわれる。
だが、効かない。通じない。今度は一撃たりとも入らない。全て手の甲で弾かれる。
そして、徐々にオッタル以外の動きが鈍く成り始める。それもそうだろう、何せラインハルトが武器を弾くたびに、その武器を持つ腕に途轍もない衝撃が奔るのだから。金属を素手で殴ったら痛いのと同じだ。相手の硬さ(防御力)が自分の硬さ(攻撃力)よりも高ければ、攻撃した方にダメージが入る。当然の摂理だ。
だが、彼らは一級と呼ばれる冒険者だ。自分よりも強い敵となど沢山戦ってきたし、衝撃を受け流す技術だって身に付けている。ならば何故ダメージを受けるのか。
答えは単純だ。彼らにはラインハルトが武器を弾く瞬間が見えないのだ。衝撃を受けて初めて防御された事に気づく。それから衝撃を流そうとしてもどうしようもない。ただ敵が速いからという理由だけで技術を潰されているのだ。まさしく立っているステージが違う。
だが、彼らとてただでは負けられない。一級冒険者としてのプライドがある。そして何より、ここの下にはフレイヤがいる。彼らには負けられない理由があるのだ。
このままでは勝てない。そう判断したアレンは他のメンバーに仲間内でのみ使っている指示を出す。
そして、オッタル以外の皆がラインハルトへと特攻を仕掛けた。
無論、その攻撃はラインハルトに弾かれる。
「むッ」
そう、見えなくても弾かれると分かっていれば対処は出来るのだ。
全員の特攻はブラフ。そう、攻撃では無く防御。幾らラインハルトの方が強くとも、手加減しているならば一級冒険者7名で受け止めることは出来る。
「うおおォォッッ!!!!」
そして、無防備になったラインハルトの首にオッタルの本気の一撃が炸裂した。
そして、その一撃の轟音はバベルの頂上からオラリオ中に響き渡る。
突如として発生した爆音にオラリオの全てが止まり、オラリオに住む皆の視線がバベルへと向けられた。そして、殆どの一般人と冒険者達がまた日常に戻って行く。
そんな中、一級と呼ばれる者達だけは、ずっとバベルの頂上から目を離さない。彼らは見えないながらもその肌で感じていたのだ。極大とも言える戦意の塊を。そして――歴史が変わる瞬間を。
「なっ...嘘...だろ」
それがその場にいた誰の呟きだったかは分からないが、それは皆の感想でもあった。勿論、それは攻撃を放ったオッタルもだ。何せ、本気だったのだ。全力では無いにしても、バベルが壊れないギリギリの出力に持ち得る全ての技術を詰め込んだ、渾身の一撃だったのだ。それを――
「素晴らしい一撃だった。大儀である。」
傷一つない、ラインハルトの首が受け止めていた。それどころか、その場から動いてすらいない。オッタルの渾身の一撃をもってしても、押し勝つ事すら出来なかった。
「邪魔だ」
そして、ラインハルトを抑えていた7人が腕の一振りで吹き飛ばされる。少しだけ手加減をやめたラインハルトの力に先程まで彼を抑えていた7人は驚愕する。
「やれ、『マレウス』」
そして、ラインハルトの影がバベルの頂上に広がり、受け身をとった7人も、オッタルも、その影を踏んだ者全てがその場に縫いとめられた。
「な、何だこれ!?」
「う、動けねえ。魔法か?」
今までダンジョンを冒険してきた彼らですら見たことが無い能力に驚くも、何もすることが出来ない。そしてそのままオッタル以外の7人が影に飲みこまれた。
「さて、これで邪魔者はいなくなった訳だが...どうした。随分と嬉しそうでは無いか」
そして、渾身の一撃をラインハルトの首一つに受け止められていたオッタルの顔には、明らかに獰猛な笑みが浮かんでいた。
「ああ、嬉しいとも!この圧倒的強者に立ち向かう感覚!実に久しい!」
「そうか。【猛者(おうじゃ)】オッタルよ。卿を英雄の器であると認めよう。」
そして、ラインハルトは首で止めていた剣を握りしめる。手加減をしていない彼からしてみれば『不壊属性(デュランダル)』と言えどそこらの剣と何ら変わらない。結果として、ミシミシと音を立てていたオッタルの剣は、粉々に砕け散った。
これにはオッタルも驚きを隠せない。今まで『不壊属性(デュランダル)』が壊れるなどと聞いた事すらないのだ。そもそも壊せるものだという話も聞いたこともなく、そういう認識すら無かった。それが今、目の前で為されたのだ。
「だが、まだ足りん。這い上がって来い、オッタルよ」
そして、ラインハルトの一撃によって、オッタルの意識は刈り取られた。
オラリオの中央にそびえ立つバベルの最上階に、その神はいた。
美の女神、フレイヤ。世界一と呼び声高い美しさを持ち、そしてオラリオで【ロキ・ファミリア】とトップを争う【フレイヤ・ファミリア】の主神だ。
オラリオを見渡すガラス張りの部屋で、フレイヤは上機嫌に葡萄酒とグラス、そしてテーブルや椅子などを準備していた。普段この部屋にいて、こういった雑事を行うオッタルは今この場にはいない。何故なら先程バベルの頂上に現れた者の対処に向かったから。
ではなぜ、フレイヤが上機嫌で普段はやらない事を自らやっているのか。
最初は全く関心が無かった。突然現れた事には驚いたが所詮オッタルの敵では無いだろうと。
だが、オッタルだけでなくアレンなどの主戦力達も向かったため、興味が湧いた。一体どのような者が現れたのかと。
そして、見たのは『黄金』。オッタルを歯牙にもかけない圧倒的な強さと、滲み出る覇気。まさしく『黄金の獣』だった。そして、フレイヤは思ったのだ。
―― 欲しい、と。
今まで気に入った子供たちを様々な手法で手に入れてきた。その時その時でその子供たちを気に入って真剣に取り組み、そして自らの眷属としてきた。
だが、今はそれすら些事に等しい。
一目惚れと言っても良い。これほどまで欲しいと思った事は今まで一度たりとも無かった。オッタルを手に入れようとした時ですら感じなかった感覚だ。全ての財を無くしてでも欲しいとすら思えてしまう。おそらく、あの『黄金の獣』を手に入れられるなら、今いる子供たちが全滅したところで何の感慨も湧かないくらいに。
だからこそ、フレイヤは手始めに"歓迎"の準備を進めていたのだ。そして――
「ふむ。卿が神フレイヤかね?」
「ええ。歓迎するわ。ラインハルト・ハイドリヒ。」
フレイヤは部屋へと入ってきたラインハルトへ蠱惑的な笑みを向けた。
部屋に入ってきたラインハルトと、それを快く迎え入れたフレイヤだったが、先に動いたのはラインハルトの方だった。
「まず、謝罪しよう。防衛の為とは言え、卿の眷属を傷つけた事をここに陳謝する。」
そして、軽く頭を下げたラインハルトが右手を挙げると、ラインハルトの影から先程まで戦闘をしていた8人が出てくる。全員が気絶しているが、重症の者はいなかった。
「面白い手品を使うのね。貴方の影の中に違う色の魂が見えるわ。彼らの仕業かしら?」
「ほう...魂の色を見る事が出来るのか。面白い。」
そして、フレイヤは8人にはそこまで気を止めず、ラインハルトの影を興味深そうに見ていた。8人はフレイヤの部屋の前に控えていた者達が運んでいき、その場にはフレイヤとラインハルトだけが残される。
「まあ良いわ。"話"も兼ねて一杯いかがかしら?」
そして、フレイヤはテーブルの上に置いてある葡萄酒を掲げ、流し目でラインハルトへ問いかける。その全ての所作が一つの美として完成されており、蠱惑的な美しさを放っていた。
それもその筈である。何せ彼女は今、全力で『魅了』を使っているのだから。
軽く使っただけで冒険者はおろか、モンスター、果てには神まで虜にするそれを全力で使う。それほどまでに彼女は本気だった。しかし――
「ふむ。彼らを送り届けたら直ぐに失礼しようと思っていたのだが...まあ良い。これもまた一興。お供させていただこう。」
「っ…そう、良かったわ。」
ラインハルトには一切『魅了』が効いていなかった。一瞬、フレイヤの美の女神としてのプライドが刺激されたが直ぐにこれも収まった。自分の全力の『魅了』が効かない、という事も余計にラインハルトが欲しいという感情を昂らせるだけだった。
そして、フレイヤの座ろうとする椅子を引き、さり気なくエスコートをするラインハルト。普段オッタルが見せない様な紳士としての淑女の扱い方に、更にそれが高まる。
だが、フレイヤはそれを表情には出さず、『魅了』全開の笑顔でラインハルトへお礼を述べた。そして、フレイヤが用意したものではあるが、葡萄酒のコルクを外し、フレイヤのグラスへと注ぐラインハルト。その所作は美の女神たる彼女からしてみても洗練された美しいものだった。王族や高位の貴族ですらここまでの風格は出せないであろうと言えるレベル。そうフレイヤは判断した。
「「乾杯」」
そして、互いに葡萄酒を飲む。
「ふむ、実に良い酒だ。」
「あら、貴方葡萄酒の味も分かるの?」
「無論だ。これ程の葡萄酒には中々お目にかかれまい」
そんなラインハルトを他所に、フレイヤは頭の中で妄想に耽る。この『黄金の獣』を側に置いて、今この時のような毎日を過ごせたらどれほど素晴らしい気分を味わえるだろうか、と。
「それで、"話"というからには何か話があるのだろう?」
「もう少しこのひと時の余韻を味わっても良いと思うのだけれど?」
「普通ならば"洗脳紛い"の事をしようとしている者と長居はしたくないと考えると思うのだが?」
その瞬間、フレイヤの笑みが凍った。『魅了』が効かないどころか、それに気づいていて尚先程まで紳士として振る舞っていたのだろう。だが、彼の方から切り出してきたからには、もう冗談では済まされない。場合によっては対立もあり得る。最悪のビジョンを思い浮かべたフレイヤを他所に、ラインハルトはさも大したことでは無いという態度で続ける。
「だが、許そう。私は総てを愛している。このような事、些事に過ぎぬ」
何という傲慢。何という寛大さ。一瞬、そのスケールの大きさにフレイヤが気圧された。
「そう、じゃあ率直に言うわ。私の眷属になりなさい、ラインハルト」
そして、フレイヤは我慢が効かなくなった。目の前に欲しいものがあって、時間が経つごとにその欲求が増していくのだ。我慢できる筈も無かった。
「断る」
だが、彼女の望みは叶わない。『黄金』とは不変の存在だ。万物の影響を殆ど受け付けぬからこその『黄金』。それはフレイヤとて変わらない。
「私には目標がある。渇望がある。私は全てを愛している。だが、卿の望みには報いられん」
「…その望みは何かしら」
まだチャンスはある。その望みを叶えることが出来るならば、もしかしたら――。そう考えての質問だったのだが。
「ダンジョンを制覇する。それが私の目標だ」
『黄金』の望みは、それこそフレイヤが叶えることが出来ないものだった。神であるフレイヤがダンジョンに入る事は出来ない。そして、フレイヤの眷属でありオラリオ最強と謳われるオッタルですら60に届いていない。100層あると言われているダンジョンの先はまだ未知の領域なのだ。
そして、目の前の男はおそらくファミリアに属していない。そしてこの強さなのだ。むしろ眷属にすれば弱体化する。そうすれば余計に彼の望みは先になる。フレイヤですら完全な手詰まりだった。
「…そう。本当に残念だわ。"今日は"ここまでにしましょう。」
「ああ。それでは失礼する。」
だが、まだ終わった訳じゃ無い。もし仮に彼がダンジョンを本当に攻略したとしよう。そうすれば彼の目標は達成され、フレイヤの望みを断る理由は無くなるのだから。
「最後に一つ、質問を良いかね」
「…何かしら」
「オッタルという男。彼は何階層まで行ったのかね?」
「…この前、56層まで行ったと聞いているわ」
「情報感謝する。それでは失礼。」
そうして立ち去って行ったラインハルトの方を、暫くフレイヤは見続けていた。
「(やっべえ...フレイヤさんに目をつけられちゃったよ)」
オッタル達をそのまま放置はあれだし、ちゃんと送り届けておこうと思ってルサルカの能力で運んだが、運び終わったらそのまま直ぐに帰るつもりだったのだ。だが、何故か大歓迎ムードのフレイヤにあれよあれよと事を運ばれ気づけば酒をご馳走になっていた。
取り敢えずお返しにと思って最低限のエスコートはしたのだが、流石獣殿。上流階級の所作が染みついていたおかげで中々様になっていたと思う。
「(というか、"今日は"とか言ってる時点で今後も絶対勧誘してくるよなぁ...)」
正直、獣殿じゃなかったら即『魅了』にやられていた。さり気ない所作が何から何まで色気の塊っていうか何だよあの服部屋着ってレベルじゃねーぞご馳走様でした!
『(ハイドリヒ卿)』
『(ザミエルか。どうした)』
『(今後の予定は如何なされるのですか)』
『(取り敢えず今日は宿でもとろう。卿らもいつまでもマレウスの影の中では退屈であろう)』
ルサルカの能力で俺の影にメンバー全員が潜っているのだが、これは中々利便性が高い。大勢でぞろぞろと移動しなくても良い上に会話もルサルカの魔術を通すため隠密性が高い。やはり俺の目に狂いは無かったようだ。
『(明日にでも一度ダンジョンに潜る。卿らの活躍に期待しているぞ)』
『(Jawohl(ヤヴォ―ル)!)』
ううぉおおッッ―――!!
ザミエルさんの「Jawohl!」いただきました!やっぱカッケー!
『(ねえ、ハイドリヒ卿)』
『(マレウスか。どうした)』
『(宿をとるって言ってもお金はどうするの?)』
『(そこらの犯罪者から奪う。ゲシュタポの頃の経験を以てすれば居場所など見当がつく)』
犯罪者から奪っても警察的なところには届け出は行われない。何故なら彼らは警察的な所へ出向ける程真っ当では無いからだ。尤も、今夜だけの話だ。明日からはダンジョンに潜るので自分の金は自分で稼げるだろう。
取り敢えず、一日目から色々とあったけど、今日はオッタル達である程度の実力の確認もできたしひとまず休憩。明日から張り切ってダンジョン攻略していきますか。
後書き
以前より少しだけ戦闘描写を多くしました。結局獣殿無双は変わりませんが。
ここまでは以前の内容を覚えていたので早く投稿できましたが、これから先は新規の話ですから投稿が遅く成ります。
誤字報告や感想は気軽にどうぞ。
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