| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

流星のロックマン STARDUST BEGINS

作者:Arcadia
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

精神の奥底
  54 埋められていくピース

 
前書き
あけましておめでとうございますm(_ _)m

今回は特に争いとかが無い日常回に近い感じです。
そして新キャラや意外な人物の意外にお茶目な部分やちょっとした謎が明らかになります。

ぜひ最後までおつきあいください。 

 
『シドウ、9時です』
「んんん…あぁぁ…」

アシッドの声とアラーム音でシドウは目を覚ました。
久しぶりによく休めたという感じで起きたばかり特有のだるさはあるが、気分はすっきりしており、ベッドから飛び起きると冷凍庫から冷凍グラタンとハンバーグを解凍時間も確認せずに放り込む。
そしてテレビをつけた。

「あの後、何か動きは?」
『2時から3時に掛けて何度かスターダストの反応を検知しました。正確な居場所のを探知しようとしましたが、かなり微弱な反応で大まかな位置しか絞り込めませんでした』
「どのあたりだ?」
『それがデンサンシティ中に散らばっていて、どのあたりと言われると難しいのですが…一晩の間に街中を移動して何かをしていたようです』
「反応が微弱だと言ったな?それはスターダストが弱ってるってことか?」

シドウは顔を洗いながら、アシッドに自分が眠っている間のことを尋ねる。
アシッドも休んでいたが、やはりスターダストの反応を感じ取った時は目を覚ましたようだ。

『いいえ。むしろ強くなっている、力のコントロールが上達した為に自分の反応を微弱にして居場所を特定されにくくできるようになったということかと』
「昨日の今日でここまで扱えるようになるものなのか?最初に現れてからまだ1週間も経ってないのに」
『よほどウィザードと相性が良かったということか、もしくは電波変換そのものに適した資質を持っていたか…どちらにせよ、進化のスピードは想像を遥かに超えています。敵か味方かはっきりしていませんが…』
「万全の状態でない今、ぶつかることがあれば、勝ち目があるかは限りなく微妙だな」

不安を覚えながら、ものの数分でレンジの中の物を口に含んで牛乳で押し流し、歯を磨く。

『今から何をするつもりですか?』
「とりあえず情報収集だ。街の現状とValkyrieの動向が知りたい」

歯ブラシを咥えたままシドウは窓から川を挟んだデンサンシティを見た。
そして次に着替える。
さすがにサテラポリス、それもWAXAの腕章のついたジャケットにジーンズを着るわけにはいかない。
幸か不幸か、インターネットがダウンしているため、それに依存していた捜査機関の情報共有は遅れていると思われる。
いきなり街中でパトロール中の警官とすれ違ったからといって、捕まることはないだろう。
だがValkyrieが相手とはいえ、全身武装や迷彩柄のサバイバルファッションでは全く別件で職務質問される可能性がある。
可能な限り街中を歩く人々、特に年齢相応の若者に打ち解けるような格好を選ぶのが無難だ。

「ん~これ、コレ、あとコイツか」

軽量で薄型の防弾チョッキを着こみ、その上から黒のTシャツ、少し丈の長い白のリネンシャツにスキニージーンズ。
シンプルだが、リネンシャツで腰のホルスターの銃を隠すことはできるし、このリネンシャツには内ポケットがあり、幾つかの装備も携帯できる。
携帯性を考えれば、他にも選択肢はあるが、この季節に見合わぬ気温の中では不自然なものばかりだ。

「よし…」

シドウは鏡を見てから、荷物を持ってマンションを出た。
まずは街の状況を知ることからだ。
昨日までの雨天を思わせない天気で視界も良好だ。
右手が自然とアクセルを開いていき、エース・パニッシャーは徐々に加速していく。
デンサンシティへと繋がる橋を疾走し、マンションから3分もしないうちに街の中に入った。

「ハァ……」

街は既にシドウの記憶を超えていた。
前に来た時には無かった建物がばかりだ。
それはかつてまでの中央部だけでなく、郊外にまで発展が広がってきていることを意味していた。
驚きの連続の中、デンサンタワーがよく見える街のメインストリートの中央街を通り抜け、電気街へと達する。
 いくつもの路線が交差する交通の中心とも呼べる場所でなおかつ最新の家電からレトロな家電、そしてジャンクパーツ、アニメや漫画のサブカルチャーの中心地でもある。

「……少し見ない間に変わり過ぎだろ?」

赤信号で停止し、思わずヘルメットのシールドを上げ、その目で直接その変化を目の当たりにした。
前々から電気街は発展していたが、更に進化している。
正直、今まではマニアックなパーツや何処で仕入れたかも分からないノーブランドの製品を売る外国人だからけの、少し悪い言い方をすれば小汚い街だった。
金さえあれば、デジタル系のもので手に入らないものはない、手に入らないなら自分で作ればいい、そんな考えの人々の行き交う場所だったのだ。
信号が青に変わると、シールドを下して発進する。
もう目的地はすぐそこだった。

「さすがに大通りは化けても、裏道に入れば大して変わらないもんだな」

路上の駐車スポットにコインを入れ、バイクから降り、ヘルメットを外す。
そこは知る人ぞ知る電気街の名物商業ビルだった。
中には細い通路が何本かあり、その両サイドで祭りの露店のように日夜何に使うのかも分からない形と機能を持ったパーツが売り買いされている、マニアでもなければ立ち入らないような場所だ。
エンジンを切ると、シドウはそこに入っていた。

「……スゴイな、何がスゴイのか分からないがスゴイ」
『随分とマニアックなものが売られていますね』
「分かるのか?」
『電子機器の部品類が大半ですが、ニホンでは普通なら手に入らないようなものまであります』

「おい、兄ちゃん。見ない顔だな」

不意に声を掛けられる。
それもそのはずで、シドウは日常的に来ているわけでもなければ、普段出入りしているマニアの類の人間のようにも見えない。
電気街よりはヤシブタウンにでもいそうな外見をしている。
現にここに入ろうとした段階でそれを見ていた女子高生風の少女たちも意外そうな顔をして通り過ぎていった。

何者(ナニモン)だ?冷やかしなら帰れ」
「エジソンだよ。5年後には発明王になる予定だ、よろしく」

シドウは中古のパソコンとパーツを売っている70手前くらいの外見で人間を決めつけそうなタイプの老人を軽くあしらうと、奥に進んでいく。

「小汚ないのは今も昔も同じか…うっ…」

老朽化による特有のカビ臭い匂いと、ジャンクパーツや中古のパソコンから漂う前の持ち主の生活臭が見事に混じりあい、シドウの鼻を突いた。
できることなら早く外に出たい。
シドウの歩調が早まっていく。
階段を早足で3階まで上り、目的の場所を探した。

「…あった」

一応、露店というのか海外製のパソコンやスマートフォン、タブレット、そしてそれに使われるパーツ類は陳列されている。
自作パソコンなども手軽に作れる現代ではあっても、スマートフォンやトランサーといったモバイル機器用のCPUや回路というのを扱っているというのはなかなかに珍しい。
しかし肝心の店員がいない。
まるで「ご自由にどうぞ」とでも言いたげな状況だ。
一応、『クローバー電子商会』と書かれた看板と、「開店中ダヨ」と若干マヌケに見える札が置いてある。
しかも「開店」という字が「回転」と書いたのを訂正してあるという、どこまで商売をちゃんとやる気があるのか分からない仕様になっている。

「……ハァ」

シドウはため息をつきながら、スタッフオンリーの扉の奥に入っていった。

「ちょっとぉ…ここ関係者意外立ち入り禁止…あれぇ?見覚えのある顔」
「こんなところに巣を張ってるとはな、”シャムロック”」

そこには畳が敷き詰められたスペースにゴロンと横になった女性がいた。
ブラウンの長髪にヘアバンド、淡褐色の目を持つ外国人のようだが、肌は黄色(おうしょく)だが色白、顔は日本人に近い顔立ちの女性で、グリーンのチノパンに黒のタンクトップ、その上にグレーのリネンシャツを羽織った状態で入ってきたシドウを見上げていた。

「その名前で呼ぶのは、もうやめたげてよぉ」
「じゃあ、なんて呼んだらいい?」
「一応、住民票上は妃緑(きみどり)ミツバってことにしてるから、それでヨロ」
「少女漫画の作家みたいな名前だな」
「結構、前に観たアニメのキャラクターにいて気に入った」
「…さっきから日本語変だぞ?前のカタコトの方がまだマシだった」
「…やっぱり変?」
「変」
「……」
「電気街に毒されたな」

ミツバと名乗った女性は気だるそうにカーテンを開けた。
すると薄暗かった部屋に太陽の光が差し込み、よく見えなかった部屋の内装が明らかになってくる。

「…随分と楽しそうな逃亡生活だな」
「だってディーラーも追いかけてこないし。てかディーラーもディーラーで私のこと覚えてない感じでない?」
「さあな」
「って、「ディーラー!オレは悪党を辞めるぞぉ!」って裏切って、サテラポリス側になったシドウちゃんに言っても分かるわけナッシング」

ミツバの部屋は壁には大量のアニメやゲームのポスター、棚には漫画とBlu-ray、テーブルの上には分解されたスマーフォン、そして窓際にはシドウなら落ち着かなくて寝れない程のフィギュアが飾られていた。

『シドウ…彼女は?』
「こいつは昔、ディーラーの一員でクラブのクイーン、シャムロックと呼ばれていた女だ」
『シャムロック…』
「オレが抜けるより早く、敵の拠点に痕跡を残すポカをやらかして逃げ出した。オレは当然、裏切り者を追いかける立場にいて、この場所も突き止めてはいたが、オレも同じタイミングでディーラーを裏切ったからディーラーにこの場所を知ってる奴はいない」
「シドウちゃんが逃げ切れたのは、私が注意を引いていたおかげなのであった、うむ」
「…こいつは昔からかなり広いネットワークを持っていた。実戦のキャリアは皆無だが、いわゆるスパイ活動においては結構な天才だ」
「私がディーラーから逃げた後は開発中だったスパイ衛星が私の代わりになったみたいだけどねぇ」

ミツバはため息をつきながら座布団に座り、畳の上の長テーブルに並べられたパソコンに向かった。
自作のPCで内部に緑色のLEDが搭載されている。
他にもMac ProやASUS Vivoなど拡張性が高いデスクトップが用意されており、4台のEIZO FlexScanに接続されている。

「店はいいのか?あれじゃ盗んで下さいって言ってるようなもんだぞ?」
「問題無し。私の店は実店舗こそあるものの、基本がネットストアだから。わざわざこんなカビ臭いところに見に来る奴なんていない」
「だが現物を確認してから買いたいって客は?」
「うちは全部、新品しか扱ってない。中古で劣化具合を気にしたりする必要はない。あと価格は他より安いから、他の店で現物を見て、安いうちで注文ってのが情強」
「なるほど。儲かってみたいだな」
「で、何の用?」
「あぁ、情報が欲しい」
「情報?あぁ、シドウちゃん、今度はWAXAから追いかけられてるんだっけ。正義の味方のくせに、大草原不可避」
「…知ってたのか」
「うん、あと高垣美緒だっけ?昨日、シドウちゃんたちが捕まえてきたValkyrieの幹部も護送中に襲撃されて、逃げられちゃった模様」
「クソ…ん?しかしどうしてそんなことを?」

ミツバはキーボードを叩き、次々とウィンドウを立ち上げていく。
その中には普段見慣れた検索エンジンのページがあった。

「インターネットは使えないはずだろ!?」
「衛星回線だよ。ホラ、日本語じゃなくて英語のページ。ニホンのインターネットを統括するシステムが破壊され、国内のネットワークはもちろん海外にも繋げない状態でも、衛星回線で海外のネットワークに直接繋げばこの通り。これで海外の情報網や情報屋たちとも連絡が取れる。もちろんニホンにサーバーがあるサイトにはアクセスできないけどね」
「…へぇ。衛星回線か…」
「まぁ、物好きな奴でやってる奴はたまにいるよ。現にここ数日でネットで注文ができないから、この通信機買いにこのカビ臭い店に実際に足を運んできた客が多いのなんのって。完売御礼、再入荷未定」
「…いいから作業にかかれ」
「ハイハイ。で、何の情報が欲しいの?」

マニアックな話で気だるそうだったのが少し火が着きかけた。
しかしシドウのピリピリした態度を感じ取り、ミツバはため息をつきながらキーボードに手を乗せる。
シドウはそれを確認すると、ミツバの隣の座布団に座った。

「今のこの街の状況とValkyrieに関する情報。あと数日前に起こった中学生惨殺事件」
「あの港の工場での不良のクソガキバラバラ殺人事件?何で?」
「表向きには報道されてないが、現場からバラバラ死体の中学生と一緒にValkyrieの売人と銃の類が見つかったんだ。それにシンクロナイザーが関わっている可能性がある」
「シンクロナイザー!?あの子が?...なに?ディーラーも関わってるの?」
「そういうことだ。この街は表立ってはいないが、ディーラー最大の縄張りだ。街のことには不干渉、だが大きな拠点がある。そこにズケズケと入ってきたValkyrie。今、この街で起こってる事件は2つの組織の衝突によるものだ。そしてその渦中にいると思われるのが…シンクロナイザーだ」
「……りょーかい。あとさ、高垣美緒に関して、ちょっとした情報があるんだけど」
「後回しだ。とりあえずValkyrieの情報と惨殺事件が先だ」
「おk。そういえばさ、ティアとはどうなったん?」
「……聞く必要あるか?」

ミツバはキーボードを叩きながら、シドウの痛いところに突っ込んでいく。
聞くまでもなく、ディーラーを単身裏切った以上は裏切り者扱いをされているのは、ミツバの情報収集能力からしても常識的にも明らかだ。

「いいから作業にかかれ」
「その前にギャラに関するスレ」
「いくら欲しい?」
「そうだなぁ…じゃあ」
「!?おい…何を」
「ティアと分かれて、ご無沙汰なんじゃない?」

ミツバはシドウに身体を預けるように、その平均以上の大きさの胸を押し付けながら、シドウの下半身を撫でた。

「冗談はよせ」
「やっぱりティアのこと忘れられないんだ?」
「…関係無いだろ」
「向こうは君ことなんて忘れて、いい男見つけてよろしくヤッてるよ」

シドウはあくまで冷静を装うが、いくら大人顔負けの実戦を積んできたエキスパートとはいえ、まだ18歳の少年だ。
少しずつ冷静な思考は削れられていく。
ミツバは悪い人間ではないし、嫌いというわけでもない。
それに深く考えれば考える程、頭の中にはクインティアの姿が思い浮かんでくる。
ミツバはそこそこの美人だし、相性はいいし、互いに悪い話ではない。
しかしValkyrieの事件がまだ終わっていないと思うと、楽しめる心の余裕が無い。
だがそれを解決するには、間違い無く情報が必要だ。
シドウは意を決して、口を開こうとした。

「……」
「ハハッ、冗談だよぉ」
「え?」
「そんな嫌々するもんでもないし。乗り気だったら、ギャラはそれでも良かったんだけど。心頭滅却したみたいな顔してるよ?」

そんなシドウの今までの人生においての一生に一度の決断と言っていいくらいの決意をミツバは軽く笑い飛ばした。
そして再びパソコンの前に向かう。

「ギャラは10万ゼニー、プラス気持ちゼニーってところかな」
「うん、10万ゼニー」
「おいおい…普通に手に入れようと思ったら、警察署に忍び込まなきゃいけないレベルの情報だよ?そこはその苦労に対していくらか多めに払うもんでしょ、JK」
「じゃあ10万ゼニーが前払い、それとベッドの上での相手が後払いだ」
「あれ?嫌じゃなかったの?」
「別に。事件が解決してないから、楽しめる心の余裕が無いだけだ」
「あぁ、そうだよね。この場でキモチイことシても、まだ仕事残ってると思うと楽しめないよね。まぁ、気が向いたらいつでも相手するよ」

シドウは少し複雑な顔をしながら、10万ゼニーをテーブルの上に置いた。

「そういえば、お前、携帯は?」
「持ってるよぉ」

ミツバはポケットからアニメのストラップが着けられたHTC Butterflyを取り出す。

「番号は前と変わらずか?」
「うん」
「オレの番号は知ってるか?」
「もちろん。架空の名義の奴も含めて全部。情強だから、私」
「そういえばあの女の居場所は分かるか?」
「あの女...?あぁ、ハートレス?うん、何ヶ所か居そうな場所は検討つくけど?」
「1時間くらい街を探索してくるが、何かあったら連絡をよこせ。オレも調べて欲しいことが増えたら、連絡する」
「りょーかい。いってら~あと弁当とかお菓子とか、買ってきてくれると助かるんだけどぉ」

ミツバは片手キーボードを叩きながら情報収集を開始する。
そんなミツバに少しため息をつきながらも、シドウは頷いた。
少し表向きの性格に難はあるが、実際は能力からしても人柄からしても頼れる人間だ。
それに態度とは裏腹に子供が好きな優しい面を持ち合わせている。
シドウはミツバがディーラーの孤児たちと楽しそうに遊んでいたのを覚えていた。
正直なところ、警戒された挙句、依頼を受けてもらえないと思ったが、ミツバのところに来てよかったと素直に思うシドウだった。






















誰かが部屋に入ってきた。
寝ているのか起きているのか分からない状態で身体の感覚が蘇ってくる。
柔らかな布団と人肌程度の温かい何かに包まれて、極楽と勘違いする程に心地が良い。
だが入ってきた何者かは、耳元で覚醒しかかった意識に呼びかけてきた。

「おはよう、サイトくん」
「ん……おはよう」

アイリスの声で彩斗は目を覚ます。
ゆっくりと起き上がり、頭に血を上らせていく。
隣ではメリーが彩斗と同じく心地良さそうに眠っていたが、彩斗の覚醒に同調する目を覚ました。

「ふわぁ…おはようございます」
「よく眠れた?」
「うん。ここ数日の中では一番寝たって感じ」
「体調は?どこか痛むとか」
「いや、大丈夫みたい。一晩眠ったら大分良くなった」
「メリーさんは?」
「私もすこぶる快調です。昨日までの疲れが嘘みたいですよ」
「良かった」
「いい朝だね、アイリスちゃん」
「気を抜いてるとお昼になっちゃうよ?」
「え?」

メリーがあくびをしながら背伸びしている中、彩斗は恐る恐る枕元のシーマスターを手に取った。
時間は午前10時52分、あと1時間程で正午だ。

「あなたたち、まだ寝てたの?早く起きなさい。朝食の準備はとっくにできてるのよ」
「分かった、分かった、起きるよ。もう少し寝かせて欲しかったんだけど」
「あなたたちが起きないと朝食がいつまで経っても始められないでしょう?」
「僕たちが起きるまで待ってる必要なんか無いさ。勝手に食べればいい。それとも僕たちと一緒に食べたかったのかな?」
「……」

彩斗は少しハートレスに意地悪な顔を見せながら、メリーと一緒に壊れたドアを通って洗面所へ向かった。
ハートレスはいつも通り大した反応は見せなかったが、一瞬だけ少し悔しそうな顔をしたのを彩斗は見逃さなかった。

「朝からいいものが見れた。見たかい、あの顔?」
「えぇ。何だか、ハートレスって時々、可愛いところありますよね」
「だけど不思議だな」
「何がです?」
「ハートレスのしぐさや表情が時々、すごく君とそっくりなんだ」
「…それって喜んでいいことですか?」
「いいと思うよ。実際、ハートレスは多分、フランス系かドイツ系か...皮肉屋なのを目をつぶれば結構な美人だ。そんな彼女に似てるっていうことは将来有望だよ」
「そう…ですか?」

メリーは鏡の前に自分の顔を見ながら、軽くファッション雑誌のモデルのようにポーズをとってみる。
彩斗はその姿を見て、やはり普段見せない表情を変えた時にメリーはハートレスに似ているように感じた。
恐らくハートレスをあのまま10歳前後に戻してみると、だいたいこんな顔になるだろう。
逆にあんなハートレスにも少女時代というものはあったのだという当然のことを思い出す。

「でもしぐさが似るってどういうことでしょう?」
「多分、小さい頃からずっと見てるからじゃない?知らないうちに真似をしてしまって癖になってるとか。意味も分からないのに、言葉を真似してみたり。態度を真似てみたり」
「言われてみれば兄さん、ハートレスと皮肉屋なところはよく似てます。特に大人と喋る時の態度はハートレスそっくりですよ」
「確かに彼女が僕の人格形成に悪影響を及ぼしてのは間違いけどね。んっ?おっと」
「どうしたんですか?」
「…いや」

彩斗は蛇口をひねろうとした時、手を通じて嫌な感覚を覚え、少し驚いてしまった。
ひねる力が強すぎて蛇口が壊れそうになったのだ。
それもそのはずで、今日の未明、目を覚ました彩斗は再びトラッシュと電波変換した。
スターダストになると、変身を解除してからもしばらくその力は残存し続ける。
その犠牲が部屋のドアだ。
昨日の夜、普通通りにドアノブに触れ、押すのと引くのを間違えただけで、無残にも蝶番ごと壊れてしまった。
しかしここで蛇口を壊してしまったら、さすがに感の鋭いメリーは昨日の夜、外の空気を吸っていたと嘘をついて電波変換して街に繰り出したことに気づきかねない。
彩斗は一気に力を抜いて、そっと蛇口をひねった。

「回す方を間違えちゃっただけだよ」

彩斗は手早く顔を洗い、メリーと交代する。
そして2人は寝癖を直し、彩斗はシーマスターを腕に、メリーはいつものヘアアクセサリーと巾着袋を身に着けて階段を降りてリビングへ向かった。

「朝から随分と豪華だね。誰が作った?」
「出前」
「なるほど。でも朝から海鮮丼か」

彩斗はテーブルの上に並べられた丼を眺めながら、昨日の夜に買ってきたチョコレートを冷蔵庫から出して、銀紙を破り一口かじる。
正直なところ、彩斗は朝は多く食べれないタイプだった。
施設の朝食も食べ終わるのが一番最後だ。
チョコレートをかじりながら冷ややかな態度の彩斗とは真逆にメリーは目をキラつかせていた。
彩斗はメリーとともにテーブルに座り、ハートレスと向かい合う形で、箸を手にとった。

「いただきます!」
「…いただきます」

メリーとハートレスは海老や刺し身、ウニなどをこれでもかと言わんばかりに乗せた海鮮丼、彩斗はイクラとウニが飯の上に敷き詰められたウニいくら丼だった。
メリーとハートレスは最初に海老を1匹頬張るところから食べ始める。
それに対し、彩斗は手の力を抜き、勢いで箸を折らないように注意しながら食べ始めた。

「あっ、兄さん。良かったら、私の海老1匹食べます?」
「うん、ありがとう」

メリーは箸で彩斗のイクラの上に乗せ、彩斗はそれを箸で摘もうとする。
だがその様子にメリーは待ったをかけた。

「兄さん、箸の持ち方、まだ直ってませんね?」
「うん、でももういいんだ。箸が持てなくても立派に生きてる人間はたくさんいる」
「もう…何年も同じこと言って、直さないんですよ。どう思います、アイリスさん?」
「ちゃんと直さないと…ニホンでの食事は箸を使うことが多いし」
「えっ…えぇ…」

彩斗はアイリスとメリーに挟まれ、箸の持ち方を教えられる。
現状の彩斗の持ち方では2本の箸がX字状にクロスしている状態だ。
それを正しい形に強制する。
頭では分かっているが、長年直す気も無く、スプーンとフォークで食べられるものばかり食べてきたせいでこの持ち方に慣れているため、そう簡単には直らない。

「あぁ!もう!」

うまく掴めず苛立って、いつも通りのX字にして摘み上げた。
しかし勢い余って海老が宙を舞った。

「あっ…」
「あら?くれるの?ありがとう」

海老が着地したのは、ハートレスの丼の上だった。
取り返そうと箸を伸ばす彩斗に対し、ハートレスはさっきのお返しとでも言わんばかりに、幸せそうな顔をしてツルンと海老を美味しそうに食べてしまう。

「スプーン使う?」
「…最初から出しなよ」

ハートレスは嫌味ったらしい隠していたスプーンを彩斗の前に出した。
メリーとアイリスは苦笑いし、ハートレスは今までに見せたことが無いくらいの勝ち誇ったような笑顔で、当の彩斗は今までに見せたことが無いくらい悔しそうな顔を浮かべた。
しかしスプーンという武器を得た彩斗は一番食べ遅れていたが、すぐに追いつき、ものの数分で朝食を終える。

「ごちそうさま」
「サイトくんって器用そうに見えて、結構不器用なんだ」
「器用なのは機械とか折り紙とか裁縫とか手芸系だけなんですよ。箸と他人には本当に不器用で」
「箸は使えなくても困らなかったし、人間って相手するのが面倒だ。嘘はつくし、平気で酷いことを言うし」
「皆が皆、そういうわけでもないよ」
「それは分かってるんだけど。この街では中々出会えない」
「そういえば今日、街に出るんですよね?」
「うん、少し買い物をして...」

彩斗は食べかけのチョコレートと、昨日と同じ位置にある時計を手に取る。

「あとこれを修理できるかどうか診てもらう」
「そっか、昨日壊れちゃったんだ」
「ニホン製の時計はある程度の耐磁性能はあるけど長時間妨害電波の中にいたからね。クォーツの時計なら磁気から離して脱磁すれば、治る場合も多いんだけど。昨日よりズレてる。機械式の時計よりズレるのは重症だ」
「機械式…」

アイリスは知識の上ではあっても、実際の機械式時計は昨日、ハートレスがしているのを見たのが初めてだ。
しかしそれでもクォーツの時計が機械式に比べて正確さが劣るというのは異常なことだとは分かった。
彩斗の方を見ると、アテッサを眺めて少し悲しそうな顔をした。
薄型、軽量、電池交換不要、ワールドタイム、クロノグラフ、デイデイト、そして限定カラーという条件で気に入っていた。
製品そのものに問題があるわけではなく、自分の使い方が悪かったと分かっていても少し凹んでしまう。
しかもまだ買ってから4ヶ月程度しか経っていない。

「時計の修理?どこで?」
「買ったところ。電気街の量販店」
「あぁ…じゃあ、これも一緒に持って行ってもらえるかしら?」
「これは…オーバーホール?」
「ええ。もう10年近くオーバーホールしてないの」

ハートレスは自身が着けていたコンステレーションを彩斗の前に置く。
ホワイトマザーオブパールのダイヤルに爪状の特徴的なパーツ、そして彩斗が今着けているシーマスター・プロダイバーズと同じく高い耐久性・安定性・高い精度を持つコーアクシャルエスケープメントの構造を持つムーブメントを搭載している。

「定期点検?」
「いいえ。日によるけど、1日で10分前後ズレるっていう調子だから」
「君が10年も同じものを使ってるなんて少し驚いたな。思い出の品ってやつ?って聞いても答えないよね」
「別に捨てる理由も無いし。使えるなら使っていてもいいでしょう?」
「…オーバーホールだけ?研磨は?」
「いいわ。別に傷も無いし」
「パーツ代が別途掛かる時の連絡先は?」
「私の番号とここの住所でいいわ」
「支払いは?」
「モノと引換でいいわ」
「分かった」

彩斗はコンステレーションを手にとって少し振り、耳元に近づけて、時計の音を聞く。
聞こえるのはローターが回る音とゼンマイから伝わった力がガンギ車を動かしている音、クォーツの時計では味わえない独特の音楽だ。
確かに彩斗が使うシーマスターよりテンプの動きが速いような感覚がある。
納得しながら、何度か頷くように首を小さく振る。
そんな時、ハートレスは別の話題を切り出した。
これは彩斗も気になっていたことでもあった。

「そういえば、高垣美緒、逃げ出したみたいね」
「え...!?」
「逃げられちゃったんですか!?」

「...やっぱり」

ハートレスの発言にアイリスとメリーは驚くものの、彩斗は特に驚く素振りを見せなかった。

「......サイトくんは分かっていたの?」
「薄々はね。今のWAXAの体制はボロボロだし、ValkyrieはValkyrieで口を封じようとするはずだと予想はしていたけど」
「高垣ってそんなに簡単に口を割るようなタイプですか?前に会った時は...そんな感じには見えなかった気がします」
「うん。だから高垣が持っていた端末だけを奪ってきた。高垣は2つ端末を持っていたから、片方はWAXAの手に渡るようにした。これで高垣に無理にでも吐かせる必要は無くなった。あとはValkyrieが口封じで処分するだけだ」

彩斗は美緒から奪ってきたXperiaを指で弾き、テーブルの上を滑らせた。
しかし反面、ハートレスは今朝から収集した情報から全く別の可能性を導き出していた。

「口を封じる...というのは少し違うかもしれないわよ?」
「え?まさかまたValkyrieの幹部として返り咲けるってこと?」
「半分正解、半分不正解。もしくは半分生存、半分死亡ってところかしら。さっき手に入った情報よ」

ハートレスはMacbook Proをテーブルの上に出した。
衛星回線で国外のネットワークに繋ぎ、再びあらゆる情報を収集してきたのだ。
その中に美緒のものと思われるカルテがあった。

「診断結果...解離性同一性障害...二重人格ってこと?」
「二重人格ですか?あの人が?」
「今朝、海外のメンバーが調べあげて送ってきたのよ。あら?あまり驚いてないみたいね?」

美緒が二重人格という部分は彩斗には大した驚きではなかった。
むしろ納得した部分の方が大きかった。

「...最初に会った時、教師の言うことを鵜呑みにして娘を巻き込んだ張本人として僕を恨んだ...少し他人行儀な感じはあったとけど、いかにも母親っていう感じはあった。だけどミヤが母親に暴力を奮われていることをあげると、何故か悪びれた感じがあった」
「あの時のことですね!?何だか確かに少し変でした。ああいう母親なら、悪びれるどころか開き直りそうなものを」
「僕が怒り散らしてしまったのもあるけど、あの時は僕みたいな子供に弱みを見せまいとしていたんだと思った。だけど昨日はどうだ?メリーを助けに学校に入った時...うまく言えないけど、前と違う感じがした」
「って言うと?」
「大人げないというのか...最初に会った時より挑発的で子供のように大声で開き直って...違和感はこれだけ、でも最初に会った時より悪人が板についているっていう感じで...二重人格かどうかはともかく、精神に何か問題があるとは予想していた」
「まぁ、そこまで予想できるなら大したものよ。どうやらかなり厄介な症例みたいね。二重人格どころか多重人格みたいだし」
「人格は大きく分けて3つ、うち1つは深い眠りに...主人格は高垣美緒本人、別人格は...10年前当時で年齢3歳から5歳?性別は女性、本人は自らを娘の美弥(ミヤ)の双子の姉妹の「美寿(みこと)」と名乗り...」
「主人格の記憶も保有している、らしいわね」
「じゃあ、この人格が10年経った今、10年分の成長をしているとすれば...」

ようやく彩斗は驚いた顔を見せた。
ただの別人格ならともかく、主人格の美緒の記憶も持っているというのだ。
もし10年間、人格が成長しているとすれば、今は13歳から15歳、ミヤや自分と同じ程度の年齢ということになる。
自分と同じ程度の年齢ならばよく分かる。
これくらいの年齢になれば、中途半端に大人に近い分、悪知恵が働きやすい。
それに美緒の記憶を持っていているということは、普段の美緒の立ち居振る舞いを学習しており、その気になれば本当の意味で美緒になりすますこともできる。
もちろん美緒として悪事を行うことも。

「本人になりすまして、高垣美緒としてのポストを利用してValkyrieに加担することができる...」
「そういうことね。どうやらValkyrieに協力していたのは、このもう片方の人格の方っていうことらしいわ。それに面白いことに、この人格、電波変換で表に出てくるらしいわ」
「は?」
「安食同様にユナイトカードを使用すると彼女の場合、“人格が電波変換した状態で肉体から分離”するらしいわ。恐らく電波変換している間は自分自身の自由な肉体も持っていられるということでしょうね」
「...それよりミヤに双子の姉妹が...?」
「そんな人間はいないわ。正確には“いた”みたいだけど」
「いた?」
「データを見る限り、もとは双子だったけど、片方が流産してる。帝王切開中に起こった停電のせいらしく、原因は変電所のトラブル」
「その時、流産したミヤの姉妹を名乗っているっていうのか...」
「あなたが聞いたっていう母親からの暴力は姉妹喧嘩だったっていうわけね」
「でもそんな相手が逃げ出した上、電波変換までできるなんて...もしサイトくんの前に現れたりしたら」

アイリスは彩斗がこれ以上、身も心も削らなくてはならない事態は避けたかった。
彩斗の才能とスターダストの性能を以ってすれば、大概の相手を圧倒することができるだろう。
しかし昨日のこともある。
彩斗は意識の上では否定していても、ダメージや恐怖、そして死すらも恐れていないようなフシがあるのだ。
彩斗が死んでしまうのではないか、無事でも繊細な彩斗の心が更に荒んでしまうのではないかとアイリスは不安な顔を浮かべた。
しかし彩斗はそれと裏腹にまるで殺し屋のように生気が感じられない表情で敵意を露わにした。

「その時は受けて立つ。そして倒すさ」

そう告げて立ち上がり、自分の部屋に着替えに戻ろうとした。

「着替えてくる」
「あぁ、ちょっと待ちなさい」
「なんだい?」
「これを持ってなさい」
「...お守り?とうとう神頼みか?」
「電波が見えない今のあなたじゃ分からないか...この中にはオラン島産のマグメタルが入ってるわ。これを持っていれば、ナイトメア・テイピアの精神干渉波の影響を受けずに済む」
「マグメタル?そんなありふれたもので防げるのかい?」
「このバチあたり」

彩斗はハートレスから受け取った瞬間にお守りを開けて中身を取り出した。
黒い水晶のような石に雷の閃光のようなものが映って見える美しい石だ。
メリーとアイリスも受け取りながら、中身の感触を味わう。

「でも兄さんもマグメタルが使われたトランサーを持っていたのに、プライムタウンでは防げなかったじゃないですか?」
「オラン島産のものは組成が少し違うらしいわ。もう採掘されていないし、ここ10年そこらの間に生産されたデバイスには使われていないわ」
「それは随分と年代物を持っていたものだね」
「私の分もあるの?」
「ナイトメア・テイピアが発するのと同じ原理のココロネットワークの技術ではネットナビであっても影響を受けるわ。持っておいて損はないでしょう?」
「...そう、ありがとう」

アイリスは少し人間らしい扱いを受けたようで嬉しかった。
その様子を見て、美緒の別人格への敵意がむき出しだった彩斗は少し笑顔を取り戻す。
そしてメリーを連れて、部屋に着替えに戻った。

「じゃあ、アイリスちゃん。すぐ着替えてくるから」
「少し待っててくださいね!」
「うん」

アイリスはリビングから出て行く2人を見送りながら、テーブルの上の丼を片付ける。
正直なところ、今から街に出てショッピングという人間らしいことができるということに心が踊っていた。
少し不安はあるが、彩斗と一緒というのが嬉しかった。
まだ成長途中で純粋さと優しさを兼ね備えつつも歳相応の冒険心と危なっかしさを持つ、まるで手の掛かる弟ができたような気分だったのだ。

「アイリス」
「はい?」
「一応、これを渡しておくわ」

ハートレスはアイリスにマゼンタカラーのAQUOS miniを渡した。
アイリスは本来自分のようなネットナビが入るべき携帯端末を手に持っているという違和感を覚えながら、カメラを起動させてみる。

「何かあったら待受にあるエマージェンシーアイコンをタップしなさい」
「するとどうなるの?」
「救難信号が発信されるのと同時に私の端末にコールされるわ」
「インターネット回線がダウンしているのに?」
「電話回線は今まで通り使えるし、この端末のSIMカードは特殊なものでネット回線に頼らずに単体で衛星に救難信号を送れるわ。ディーラーのどれかの衛星に届けば、すぐに私のところに居場所が伝わる」
「分かったわ。使うことが無ければいいけど...」
「それが一番いいことなんでしょうけどね」

「おまたせ、準備できたよ」

彩斗とメリーが着替えを済ませて戻ってきた。
彩斗はブルーのスキニージーンズに薄いストライプの入った七部丈のブラウス、そして黒のジレベストに昨日と同じ中折れ帽子、メリーは薄い青のドレープパンツに所々にピンクの模様が入った白いキャミソール、その上に薄い緑色で半袖のリネンシャツを着ている。
全て部屋のクローゼットにあったものだ。
彩斗とメリーも自分たちのサイズに合わせたものばかりだったため、かなり驚いたが新しい服が手に入ったことへの喜びが勝った。

「すいません、待たせて」
「ううん。大丈夫」
「でも...アイリスちゃんも着替えた方が...さすがにこの気温でその格好は違和感があるよ」

アイリスは彩斗に言われて自分の服を見直した。
薄いピンクのふわふわとしたリボン付きで丈の長いドレススカートにワインレッドのブラウスといった具合だ。
いわゆるゴシックロリィタ系というのか、その人形のような容姿と相まって、すれ違った者を振り返らせてしまうくらいの家柄のいいお嬢様のような魅力を放っている。
しかしそれ以上に、気温が30℃を超える今のデンサンシティにおいては見るからに暑そうで違う意味で注目の的になりかねない。

「ハートレス、このコピーロイドって服を着せ替えられないのか?」
「この服はこの娘の外装データが再現されたもので彼女の一部よ。無理に脱着させようものなら再現しているコピーロイドが壊れるわ」
「私はいいの。別に暑くないし。汗もかかないから着替える必要も無いし」
「でも...」
「見てるこっちからすると、かなり暑そうですよね...」
「ドレスアップチップならそこらのお店で売ってるでしょう?」
「ドレスアップチップか...」

ドレスアップチップとはネットナビの外装データの入ったチップだ。
自分のナビをデコレーションしたいというオペレーター、そして発達した擬似人格からお洒落を楽しみたいという欲求を持ったネットナビ、両者の希望を叶えるために生まれたもので、ここ数年で爆発的に広がった。
これまでもネットナビのデコレーションするチップは無かったわけではないが、端末を使い始める子供の低年齢化や技術的な限界を迎え、性能的な部分ではない付加価値を求める企業の考えもあり、大手のファッションブランドなどと提携した本格的なものが多くなっている。
アイリスの外装データをこれを使って変更すれば、その身体を再現しているコピーロイドの方もそれに合わせて衣装が変わる、すなわち着替えることができるはずだ。

「ちなみに用意は無いわよ」
「じゃあ、買ってくるしかないか」
「最近だと洋服屋さんに行けば売ってるみたいですよ」
「そうなんだ」
「実際にナビを立体映像で表示して、着せ替えできる試着室みたいなものもあるんですよ。最近ではオペレーターとナビがペア・ルックするのも流行ってるみたいだし」
「...すごいね」
「そんな...私のことはいいのに...」
「いいさ。僕らの都合で君を無理やり着替えさせようとしてるんだから。好きなものを選ぶといいよ。じゃあ、行こう」


彩斗はそう言って、メリーとアイリスを連れて家を出た。
やはり真夏を思わせる気温と11月直前の低い位置からの太陽の直射日光が襲い掛かってくる。
アイリスはともかく、彩斗とメリーは日常的にこの外を出歩かないため、かなり辛く感じる。
彩斗はメリーとアイリスに気遣うというよりは、自らの身の危険を感じてすぐ近くのメトロの出入り口から地下に逃げ込んだ。






















スバルは電車を乗り継ぎ、病院までやってきた。
初めての一人旅、そして初めてやってきた街ではあるが、さすがに先進都市だ。
ネットが使えずに時刻表を調べることすらもままならない状況であっても、少し上を向いて歩くだけで案内板がゴマンとあり、それを見て歩くだけでここまでたどり着くことができた。

『ん~なんかしょっぱい臭いがしやがる』
「潮風だよ...海がすぐそこだからね」
『なんでこんなところに来たんだよ?向こうがこっちに来りゃいいだろうが』
「さすがに退院したての人にそれはマズイよ...」

正式名称はデンサン中央病院、街の地図を見る限りだとどう見てもデンサンシティの中央には位置しておらず、どちらかといえば南東の臨海部に位置している。
どうやら数年前まであった旧病院は街の中心にあったようで、その名前との違和感が度々住民に指摘されるらしい。
そのため多くの人には「湾岸病院」と呼ばれており、街の大半の人にはそう言えば通じる。

「でも...どう考えても中央ではないよね」

スバルは「デンサン中央病院」と書かれた立て札と地図の位置を見比べながら、苦笑いを浮かべる。
そして一度、深呼吸をすると自動ドアを通って病院に入った。

「えっと...」

「スバルくん!こっちこっち!!」

「あっ、いた」

出入り口のところに広がる大量の椅子が設置された待合室の上を見上げる。
そこにはガーリーなサングラスとベレー帽をかぶって手を降っている少女がいた。
スバルは階段を登って2階の食堂へと向かう。
そしてそこで、彼女と再会した。

「久しぶりだね、ミソラちゃん」
「久しぶり!スバルくん!」

今売出し中の現役中学生アイドル歌手の響ミソラだ。
2人が合うのは数ヶ月ぶりだった。
最後に会ったのは撮影で偶然コダマタウンにやってきてスバルの家に寄った時だ。

「大丈夫だった?」
「うん、むしろよく眠れたよ!」
「あっ...そう」

ミソラは元気だとアピールするように腕を振ってみせる。

「そういえば友だちも一緒に病院に...」
「うん...スズカは退院に2週間くらい掛かるみたい。私より疲労が酷いし、銃で撃たれたの」
「撃たれた!?」
「でも少し掠っただけで、すぐに止血したから大事にはならずに済んだって」
「そっか...それは良かった。あっ、ちょっとごめん」

その時、スバルのポケットの中のAQUOSに着信が来た。
スバルはすぐに周囲を見渡し、院内での携帯電話使用可能エリアであるかを確認してから応答をタップした。

「ハイ...うん、そう。中に入って...2階の食堂にいるよ。うん、じゃあ」
「どうかしたの?」
「いや、僕には情報が足りないんだ。君の見たロックマンに関しても、人質をとって立てこもった連中に関しても。だからなんとか手に入った僅かな手がかりを元に助っ人を呼んだんだ」
「助っ人?」
「そう。あっ、もう来た」
「え?」

スバルを自分が登ってきた階段の方を見ながら手を振った。
するとそれを見つけた「助っ人」がため息をつきながら向かってくる。
金髪のドリルが特徴的で顔は少し高圧的な印象を与えるようなツリ目だが、全体的に整い気品のある顔立ちの少女だ。
平均以上にスリムなスタイルでそれに薄い水色のブラウスにリボン、そしてストッキングにミニスカートをタイトに着こなしている。

「こんな遠くまで来てもらってゴメンね、委員長」
「全くよ!それにこの()もいるんなんて聞いてないわよ!?」
「ルナちゃん...助っ人ってもしかして...」
「そう、委員長だよ」

その少女はスバルの学校の学級委員長にしてヤシブタウンの大型百貨店103デパートを始めとした様々な業種を統括する白金グループの一人娘、白金ルナだった。



 
 

 
後書き
新しいそれぞれの朝が始まり、それと同時に新しい展開が始まります。
裏切り者になったシドウは独自のネットワークで捜査を始め、彩斗は両手に花で買い物に出かけ(笑)、今まで目立っていなかった本家主人公スバルはようやく今までの努力が実を結んで遂に動き出す...のか?(笑)

今回登場したシドウも彩斗もスバルもわりと1人でだいたいなんでもこなせるわりに、情報収集だったり細かい部分は女性キャストを必要とする上、いつまでも昔の恋人や父親が行方不明になっているのを引きずっていたりと女々しい面があるという共通点があります。
まぁ、だいたいの物語の主人公ってそういうところがありますが(笑)

ちなみにシドウがこの3人では年長者で時折未熟な面が出ますが一番熟練していて優秀な隊員、ハニートラップに弱かったりしますが(笑)
そしてスバルは流星1で友達ができて前に進みつつメンタル面での強さを得つつも能力的にはまだ未熟な少年。

そして彩斗は優しい心と忍耐力、高い知能とスバルを上回る技能を持っている反面、アイリスと2人きりになると泣きついたり、急に自虐的になったり(笑)
ハートレスや安食、クインティアやシドウといった大人たちと対等にやりあうために必死に冷静を装ったり、大人のような面を見せたりしますが、メンタル面では強くも脆いところが目立ち、今までを振り返るとわりとキレやすかったり、何かとポカをやらかしてたりします(笑)

実際に戦わせてみたら、シドウ≧彩斗>スバルなのですが、成長の度合いはシドウ>スバル>彩斗となっているので、そんなところも楽しんでもらえたら嬉しいです。
能力としてはかなり優秀だけど精神的に本当は一番の幼く一番未熟な彩斗が成長する物語でもありますから。

あとオリジナルにして新キャラ、“シャムロック”ことミツバですが、原作ではジャック(多分スペードのジャック)やクインティア(多分スペードのクイーン)、シドウ(スペードのエース)、ジョーカー(もちろんジョーカー)、ハートレス(ハートのエース?クイーン?)クラブ・ストロング(クラブのキング?)などが登場しましたが、きっとディーラーではカードのクラスに応じた地位があるのでは?と勝手に思ったところから、生まれてきました。
実際、原作に登場しただけのメンバーしかいないのに地球存亡に関わる大事件を起こせる組織なはずがないですし、本当は53人はいたのではないかと(笑)
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧