Deathberry and Deathgame
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Chapter 2. 『想う力は鉄より強い』
Episode 9. Don't judge by appearance
前書き
お読みいただきありがとうございます。
第九話です。
よろしくお願い致します。
「ヘー、そりゃタイヘンだったナ。攻撃特化キラーモンスター入りのトラップルーム、カ。そんな物騒なトコに特攻しといテ、よくもマア無事に帰ってこれたナ、ベリっち」
ヘルネペントなんちゃらとかいう蔦の怪物を斬った翌日、俺はアルゴと一緒に食事を摂っていた。今が昼食時の時間帯なことや、絵具で塗りつぶしたような青空というすこぶる良好な天気も手伝い、メシ屋の並ぶここ三番街はかなりの混雑を見せていた。俺たちが座っているカフェのテラス席も、すでに多くのプレイヤーで埋め尽くされている。
「無事なモンかよ。アイツに一発ド突かれたせいで、クソ高い篭手が片方お釈迦になってんだ」
「リッちゃんを護って、ダロ? ご立派じゃねーカ。名誉の負傷ってヤツダ。
ア、何ならマタ記事にしてやろっカ? 『危機一髪!? 最前線に現れた暴虐の植物! あの死に損ない共が死にかけた激闘の一部始終を――」
「フザけんな。やったらマジでフレンド解除するぞ」
「いいネタだと思うんだけどナー」
微塵も悪びれる様子を見せず、アルゴは目の前のカルボナーラを口に運ぶ。好物なのか、やたら美味そうに食べてるのは大いに結構なんだが、この後に頼んでた『スイーツ五品盛り合わせ』を食えるだけの胃の容量は空けといてほしい。コイツも食う量は多い方だがリーナほどデタラメな量は食えない。余ったデザートを押し付けられて、昼間っから過食するような羽目になるのは勘弁してもらいたい。それでなくても、ここ最近リーナに付き合って食い倒れることが多いんだ。たまには平和な食事がしたい。
「ところデ、今日はリッちゃんお休みなんだナ」
「ああ。食べ疲れが抜けねえとか言って、二度寝しやがった」
「コンナにいい天気なのニ、勿体ナイ」
「天気が良いからって、別に食い物が降ってくるワケじゃねえからな。飲食が関わらない以上、アイツにとっちゃあ晴れだろうが雨だろうが、どーでもいんだろ」
「ブレねえナ、リッちゃん」
今日もリーナは宿屋に放置だ。昨日の討伐祝い大宴会(メインディッシュだけで四軒ハシゴした)の大食いが祟ったらしく、朝飯もそこそこに「お休み」とベッドに潜り込んじまった。つくづく自堕落な私生活だが、世話を焼いて叩き起こしてもいいことなんか何もない。「牛になっても知らねえからな」とだけ言って宿を出てきたのはよかったんだが、一人で昼飯を食うのもなんかイヤだ。ってことで、新しい情報が入ってないか訊くついでに、アルゴを昼飯に誘ったってワケだ。
「マ、オレっちとしては、忘れっぽいオマエがちゃんとメシに誘ってくれただけで十分だけド。ありがとナ、ベリっち」
「へいへい」
「何ダヨ、オネーサンがニコニコ笑顔でお礼してるンだゼ? 照れの一つでも見せろヨ、可愛くネーナ」
「可愛くなくて結構、大体オメーにンなこと言われたって、これっぽっちも嬉しくねーよ」
それに用事のついでに誘っただけだ、とは言わない。約束のことなんざ全く覚えてねえことも言わない。言わない方がいいような気がしたからな。わざわざこの平穏な空気をブチ壊すこともねえだろ。
とっくにペスカトーレを食べきってアイスティー片手に頬杖を突く俺とは対照的に、アルゴは終始ご機嫌のにまにま顔だった。何が楽しいのかはさっぱりだが、さっき運ばれてきた平皿に盛られているスイーツが次々と削り取られていくあたり、とりあえず俺の懸念は杞憂に終わりそうだ。
しっかし、このゲームで会う女連中は皆よく食うな。アレか、仮想世界だといくら食っても太ったりしねえから、タガが外れて健啖家になるってのか。女ってのは色々大変だな。
「にしてモ、『死力』スキル持ってるってことは、ベリっちはあの鬼畜クエをクリアしたってことだよナ。ミスったら即アウトなのに、よくやるゼ」
アルゴの言う「鬼畜クエ」ってのは、『死力』スキルを習得するための専用クエスト『仙人の挑戦』のことだ。三層迷宮区の北部にある洞窟で会える、総隊長の爺さんを彷彿とさせるNPCに話しかけると受注できるんだが、難易度がまさに鬼だった。
やることは超単純、奥の闘技場に連れて行かれ「自分に打ち勝て」とだけ言われて、自分を模した敵に一対一で勝利する、それだけだ。武装に関してはその時の装備と全く同じものを付けてるんだが、そいつのステータスは何とプレイヤーの数値のきっかり二倍。つまり、プレイヤーのレベルが高いほど、敵の相対的な強さも跳ね上がる意味不明仕様ってことだ。結論から言えば俺もリーナも何とか勝利できたんだが、あの時程マジメにレベルを上げてたことを恨んだことはねえな。
「ケド、そのスキルのおかげで今回生き残れたんだシ、良かったジャねーカ。そんな『忌々しいコト思い出したぜ』ってツラするんじゃねえヨ、ベリっち」
「うるせーな。そんな呑気なこと言えるってんならオメーも一回やってこい、そうすりゃイヤでも湿気た面になるからよ」
「それはゴメンだナ。つか、オレっちはそーゆードンパチ系は苦手なんだヨ」
「嘘つけ、ソロで潜れるぐれえには強えんだろ? 毎回情報の裏取りに行ってんだから」
「安全マージンの範囲でならナ。それを超えたトコにはいけねえヨ」
そう言って、アルゴは最後に残ったモンブランを摘まんで口に放り込んだ。指がクリームまみれだが、そういう汚れはどうせシステムが数秒後にデリートしてくれる。でなけりゃ普段散々食い散らかしてるウチの相棒が、食事の度に大変な目に遭うハズだからな。
「……さて、そろそろ俺は行くぜ」
「エー、他人を呼んどいてそれカヨ。それニ、今日はオフなんダロ? もーちょいゆっくりしてけヨー」
「わりーな。俺にも用事ってもんがあんだよ」
「ドンナ? マ、マサカ、逢引きカ!?」
「言葉が古ーよ。つかそもそも違えし。新しい武器買いに行くんだよ」
「オ、じゃあ良い店教えるカラ、一緒に――って思ったケド、流石にそれは過干渉ってヤツダナ。ここは大人しく退散するサ」
「オメーが物分かりがいいと、それはそれで違和感だな」
「失礼ナ。オレっちはいつだっテ、物分かりのいいオトナのオネーサンだゼ?」
「そういう台詞は身体年齢で俺を越えてから言え」
「アバターが成長シネーこの世界でムチャ言うナ」
いつも通りの軽口を交わしてから、またナー、と手を振るアルゴと別れた俺は雑踏をかき分けるようにして中央広場に戻った。時刻はまだ正午にもなってないが、人の出はかなり激しい。身動きが取れなくなる前に、早く武器を買っちまわねえとな。
そう。早く、新しい武器を買うんだ。
◆
エクストラスキル『カタナ』は、そう珍しいスキルじゃない。
曲刀スキルがスキルスロットに選択されていれば、あとは曲刀装備で戦い続ければ大体熟練度300から400の間で出現するらしい。俺はあの蔦の化け物を倒した直後、熟練度420で出てきたが、習得するタイミングはどうもランダムみたいで、俺よりずいぶん前に習得してる奴も何人か見たことがある。熟練度百の差はズルくねえかとは思うが、文句を言ってもそこはリアルラック如何だから仕方がない、と考えとくことにする。
ただ、スキル自体は珍しくなくても手に入る「刀」は意外と少ない。売られている武器の大半以上を占めているのは、装備すると同時にその武器種に応じたスキルが手に入ってしまう「基本カテゴリ」の武器であり、曲刀のサブカテゴリ的な位置にある刀を取り扱っている所は今の所あまりない。
で、売られてる武器の母体数が減るってことは、当然、
「……ぜんっぜん強ーのが見つかんねえ」
ってコトになる。
雑踏を歩くことしばし、装備関連の店が並ぶ六番街の一通りの武器屋を覗いてはみたが、見つかった刀はたったの四振り。しかもどれも似たり寄ったりの性能だった。いくら最初に装備する武器に頭抜けた性能のモンがねえからって言っても、こんだけ弱っちいともう曲刀のままでいいんじゃねえか、って気がしてきてしまう。仕方ないとはいえ、せめて今振ってる曲刀に近いくらいの性能があってくれないとなあ。
妥協すべきか、納得いくまで探すべきか、それともいっそドロップ狙いで迷宮にカチ込みかけるか。
頭を悩ませながら中央広場まで戻ってきたとき、それは目に入った。
中央広場のど真ん中の噴水。その周囲をぐるりと取り囲む芝生の帯。そして、その上でシートやテーブルを設置してアイテムを並べている、何人かのプレイヤーの姿。
「……そうだ、露店を漁るって手があるじゃねえかよ」
露店ってのは、まだ自前の店が持てない職人・商人クラスの連中が商売をするために設置する簡単な売買スペースだ。NPCよりもプレイヤー連中が多くを占めていて、中に腕利きが混じってれば、良い掘り出し物にありつけるかもしれない。あればラッキー、ぐらいの確率だろうけど、見ておくに越したことは無いだろ。そう思い、俺は露店を一つずつ見て回る。
「いろいろあるのは良いが……やっぱ、服飾品とか消耗アイテムみてえな、コストが低いモンしか売ってねえか。そりゃそうだ。まだ全体の五分の一も攻略できてねえ今、武器防具を最前線の街で売れるクオリティで造れる奴なんていな……あ?」
露店の半分も見ないうちに諦めモードになっていた俺は、ふと一つの露店の前で立ち止まった。
地面に広げられた麻のシートの上には、剣、槍、斧、ハンマー。木箱の上には短剣とピックが何本か並べられている。その横には盾が数種類、台座に掲げられていた。
あった、武器屋が。
とりあえず人の流れから抜け出し、露店の前にしゃがみ込んで展示品を眺めていく。武器の種類と数はそれなりにあるみたいだが、刀がなくちゃここに来た意味がない。さて、並んでる中にあるかどうか……。
「あのー、何かお探しですか?」
「……あ?」
刀を見逃さないよう注意深く武器を見ていた俺は、前方からかけられた声につい胡乱な返事をした。顔を上げると、そこにはフードを被った女子の顔。武器屋なんてやってっから、てっきり男だとばっか思ってたが、こんなヤツが店主だったのか。ちっと意外だ。
全体的に小作りな目鼻立ちと丸っこい瞳を持つその顔立ちは、かなり幼く見える。少なくとも、俺より三つか四つは下だ。何やら緊張とビビりが半々、みてえな表情をしてるが、俺としては不本意ではあるが見慣れたモンだ。初対面の後輩連中は、大多数がこういう面をしてたからな。
まあその辺は今はどうでもいい。店主がいるなら直接訊いちまった方が早いし、その方が確実だ。
「ちょっと新しい刀を探してんだ。アンタんトコで扱ってねえか?」
「は、はい。刀は、えーっと、こちらになりますね」
女子店主はそういって、三振りの刀を提示してきた。受け取って一つ一つの性能を確認していくが、
「うーん……確かに性能はNPCんトコのには勝るが、火力が足んねえな」
そもそも刀自体、どっちかと言えばスピード系の武器種だからか仕方ないんだが。しかしこの性能じゃ同格相手ならともかく、格上相手の前衛はキツい。リーナが蔦の化け物のドロップでゲットしたダメージ率補正効果のついた手甲『メサイアの碑』と、そう変わらなくなっちまう。
これはもうこういうモンだって納得して買うしかねえのか、と逡巡していると、
「実は……その、一振りだけ。ここには並べてないの」
「お、マジか! それを早く言えよ。ひょっとしてアレか? 表にゃ出さねえ『秘蔵の品』ってヤツか? 見せてくれよ。金ならそれなり以上にあるぜ」
「えっと、そういうワケじゃないんだけど……これがそう」
緊張の度合いが増したからか、敬語のはずれた女子店主は少し躊躇しながらウィンドウを開き、ストレージから一振りの刀と取り出してきた。
「……これか」
刀身は肉厚で、重量はかなりのものだ。曲刀の優に三倍はあるように思う。くすんだ鋼の色が重々しい鈍い輝きを放っていた。
だが、最も目立つのは、その造りの粗雑さだ。
『宵刈』と銘打たれたその刀には、鍔がなかった。柄には細い革の帯が巻き付けられているだけだ。柄頭もない。この世界で武器の外見にはプレイヤーは干渉できないらしいから、多分作ったらたまたまこうなっちまったんだろう。
性能を見てみると、これまたアレな感じだった。補正効果なし、筋力要求値は以前少しだけ検討した両手剣並だ。一桁層の武器屋ならいざ知らず、19層相当の武器であればNPC製ですらなにかしらの補正効果がついている。加えて高重量ってことは、片手用武器ならではの利点「取り回しが良い」ってのを潰しにかかっている。
反面、耐久値だけは今まで見た中じゃぶっちぎりで高い。高重量に引きずられてか敏捷性補正もないが、火力は今使ってる『グローアーチ』よりも上だ。
正直、一武器としちゃあビミョーなスペックだ。安定性を求めるなら、さっきの刀の方に軍配が上がる。女子店主が店頭に並べなかったのもう頷ける。
でも、俺はこの不格好な刀に無性に惹かれるものがあった。
俺の持つ斬魄刀・斬月の、マトモに刀の形をしてないとすら言われた一番最初の姿に、どこか似たものを感じたんだ。
「……試しに振ってみてもいいか?」
「え? う、うん。ご自由にどうぞ」
意外なことを聞かれた、という表情を浮かべた女子店主から距離を取り、俺は装備欄を操作して刀を装備する。二度、三度と振ってみるが、曲刀と同じ感覚で振ると重量のせいか斬撃速度は遅い。実戦を重ねて感覚を更新してくしかないか。でもそれ以上に、この掌に吸いつくような感覚とか、空を裂く重々しさとか、数値には現れない「良さ」が伝わってきた。
「……いいな、これ」
「へ?」
「これ売ってくれ。気に入った」
「……え!?」
俺は鞘に納めた刀を突きだし、そう宣言した。
対する女子店主は相当ビックリしたようだった。童顔を驚きの表情のまま数秒硬直させてたが、すぐに慌てたように再起動した。
「で、でもその刀、見た目がちょっと失敗気味で、付加効果もしょぼいし、それに……」
「見た目? ンなモン大して気にしねえよ。敵が斬れることには変わりねえだろ。余計な効果もなくて、シンプルでいいじゃねえか。
それに、見た目が変わってるほど、中身はすげえモンだって昔から相場が決まってんだ。コイツもそーゆーモンの一つだったってだけだろ。むしろ俺は、その辺の小奇麗な剣よりも、こっちの方が愛着が湧く気がすんな」
そう、周りと同じってのよりも、独特の姿をしてた方が「俺の武器」って感じがする。要求通りの攻撃力も備えてるし、それに、この飾りの一切ない刃そのものの簡素極まる出で立ちが、ひたすらに敵を斬り続ける日々を送ってる今の俺には合っているように思えたんだ。
「つうかよ、捨てずにちゃんと取っといてるってことは、アンタもコイツが大事なんだろ? そんなに自分の作った武器をけなさなくてもいいんじゃねえか? 自信持てよ、いい刀なんだから」
「ほ、ほんと!? ……やった!!」
そういうと、女子店主は屈託のない満面の笑みを浮かべた。口では見た目がどうのとか言ってても、やっぱり出来を褒められて喜ぶくらいには愛着があったみたいだ。まあ、自分で鍛えた武器に思い入れがねえワケがねえよな。飾りっ気のない本当にうれしそうな笑顔に、小さなガッツポーズのオマケつき、なんていうコイツの純粋な喜びのポーズを見てると、そう感じると同時に柄にもなく少しだけ照れくさくなる。
それを隠すためってわけじゃないが、喜色満面の女子店主との売買を成立させた俺は、買ったばかりの刀をストレージには入れず、その場で装備した。黒革の鞘に収まった刀が俺の背中に現れると、女子店主の笑顔がさらに輝いた。照れくさい感じが増して、むず痒いような感じがしてくる。
「……んじゃ、機会があったらまた頼むわ」
「もっちろん! あ、あたし、リズベットっていうの。ちゃんと覚えといてね!」
「ああ、一番最初の刀を買った相手だ。覚えとくぜ。そんじゃあな、リズベット」
「はい! ありがとうございました!!」
少しだけ震えた声で、お決まりの接客業らしい礼をする女子店主――リズベットに俺は片手を上げて応え、露店を後にした。
歩くたびに肩に食い込む剣帯の重い感触は曲刀にはなかったもので、まるで久々に斬月を背負っているかのような懐かしさと頼もしさを俺は感じていた。
◆
最初の刀を手に入れて密かにご満悦の俺は、試し斬りをするために勝手知ったる19層の迷宮区に単身で来ていた。俺の武器慣らしに付きあわせるのも悪いんで、リーナには「刀買ったから慣らしにいってくる。晩メシは先に食っちまってくれ」というショートメッセージを投げておいた。一分後に「いってら」とだけ返ってきたから、不服はないらしい。
「フッ!」
遺跡エリア東部に出現する紫ゾンビ剣士『パープルデッド』に、カタナ単発攻撃《浮舟》を叩き込んだ。黄緑の光を帯びて下段から斬り上げた刃が、錆びた剣を握る腐った手ごと胴を抉り飛ばす。重い刀を引き戻し、背後に迫っていた一体にカウンターの一閃を当て、さらに追撃の正拳突き《閃打》を顔面にブチ込んでトドメを差す。空いたスペースに身を躍らせ、ノロノロと集まってくるゾンビ四体の包囲網から脱出した。
「助太刀は要るか? ヤンキー侍殿」
そう遠くないところから、茶化すような軽いノリの声が聞こえた。戦闘中によそ見は出来ないためにそっちは見れないが、見なくても誰だかは分かった。
「いらねえよ。むしろジャマだ、手ぇ出すんじゃねえぞキリト」
「そっか。なら、俺はここで観戦してるかな」
「いや見てねーでどっか行けよ――っと!」
迫ってきていたゾンビ剣士の剣を数歩下がって躱す。肉が物理的に削がれた痕のある細腕のクセに、振っているのは身の丈を超えるようなサイズの両手剣。錆びついてても正面から受けた時の衝撃はバカにならない。受け止めて力づくで押し返してやりたくなるのをグッと堪えて、最小限の動作とスピードで回避してから、
「まとめて、くたばれ!!」
鋭く一歩踏み込んで、一気に斬り捨てる。半円状に広がって俺に群がろうとしていたゾンビ剣士四体は、濃紺のエフェクトを帯びた刃をモロに受けて吹き飛んだ。が、HPバーは全く減らない。そのまま怯むこともなく鈍い再突撃をかけてくる連中を見据えながら、俺は血糊払いの動作をしてから、腰提げに変えていた鞘にゆっくりと納刀。そして、
「……大人しく死んどけ、クソゾンビ」
パチリ、と納めきった瞬間に、四体が同時に爆散した。
斬撃が当たった瞬間にはノックバックしか発生しないが、納刀モーションを五秒以内に完了することで、敵にスタン付きのダメージを与える広範囲攻撃《矢筈》。初期から存在するスキルにしてはテクニカルだが、攻撃の流れがかっこいいんで使ってみた。
敵の殲滅を確認して一息吐きながら、やっぱり腰に鞘があると落ち着かねえな、と思い剣帯を背負うようにして付け替えていると、パチパチと気のない拍手が聞こえてきた。
「おー、なんか侍って感じの動きだな。お前はもう死んでいる、ってやつだ」
「うるっせーな。つかオメーまだいやがったのかよ」
背負い直した刀の具合を確かめつつ、刀のついでに新調した襟なしのロングコートの裾を翻して、俺はキリトの方を振り返った。他人との干渉を避ける傾向の強いコイツが、自分から話しかけてくるのは珍しい。何か用か、あるいは目的でもあんのか。
「何の用だ。なんか刀使いが要るイベントでもあんのかよ」
「そんなに警戒しなくてもいいじゃないか、知らない仲じゃないだろ」
「知らねえ仲じゃねえから訊いてんだ。ソロの中でも人付き合いのわりーお前が、圏外でわざわざ俺に寄ってくるワケがねえだろ」
「ヒドい言われようだなあ……ま、その通りなんだけど」
「帰れ」
「まあそう言うなって」
飄々としたいつもの表情を浮かべながら、キリトは一枚のウィンドウを開いて俺に見せてきた。マップデータらしく、この迷宮区の地形が表示されていて、その中に紅い点が一つ打たれている。
「知り合いからの目撃情報で、このポイントで黒い外套を着込んだ女性NPCを見掛けたって話がある。ずいぶん前の情報なのに、その後に目撃したって話が出てない。他の目撃者が情報を秘匿してるか提供者が嘘を吐いた、あるいは見間違えた可能性が考えられたが、複数の情報屋を当たっても類似した情報は一つも出て来なかった。最前線に潜るプレイヤー数が少ないとはいえ、ここまで情報の隠ぺいが徹底してるとは思えない」
「んじゃあ、その情報が間違ってんだろ」
「それが、その知り合いは遠距離で撮影結晶を起動して証拠写真を撮って来てるんだ。普段はそんな機転の利く奴じゃないんだけどな、たまたま直前に買ってたのを覚えてたらしい」
これだ、と言ってキリトはさらに一枚のウィンドウを開いた。今度は画像データで、薄暗い遺跡の通路の奥に、確かに黒い外套の女が映っている。海外の彫像を思わせる彫の深い顔立ちに、外套の上からでもわかる起伏に富んだ肢体。腰には刀のものらしき鞘を提げているが、刀身は見当たらない。手に持ってるわけでもなさそうだ。
「コイツが普通にプレイヤーだったんじゃねえの。なんでNPCだって言い切れんだよ」
「消えたからさ、霧のように」
「消えた?」
「そうだ。普通、プレイヤーが消える時には、なんらかのエフェクトが発生するはずなんだ。死ぬときも、転移結晶で移動するときも、フィールドのワープ機能で転移するときも、『隠蔽』で消える時ですらも。けど、そういう現象を提供者は確認出来なかったそうだ。本当に、霧のように消えたと言ってるんだ。となると、そういう消失をプログラムされたNPCだと考えるのが一番自然だろ」
「成程な。んで? それと俺に寄ってきたことの間になんの関係があるんだよ」
「提供者が刀使いだったこと、それからこの写真の女性が刀の鞘らしいものを装備していることから、このNPCの出現には刀使いが必要だと俺はふんでいる。特定の条件を満たした時にNPCが出現するような演出があるってことは――」
「なんかのクエストの開始条件って可能性が高いってことか」
「そういうこと。そして、俺はもう一つ推測している」
細い人差し指をピンと立て、キリトは真剣な表情で続けた。
「このクエストを達成することで、未だ発見されていないボス部屋の入り口、ないしはそこへ続く道が出現する。何の根拠もないが、俺はそう考えてる」
そう、キリトの言うように、現在この19層のフロアボスの部屋はまだ発見されていない。東部はとっくの昔に俺たちがマッピングを終え、残る西部ももう九割近くが踏破されているのに、だ。何か見落としがあるか、あるいはカギになるクエストやアイテムがあるんじゃねえかって攻略組の間では噂されていて、完全踏破を目指す一方でいろんな検証が行われてるって話だった。ウチのリーナも戦闘の合間に『索敵』や『開錠』を使ってアレコレ試してはいたが、どれも不発に終わっていた。
キリトが言ってるのは、今回目撃されたNPCこそがこのフロアボスの部屋を見つける手がかりになるんじゃ、ってことだ。
「……確かに、可能性はたけーな」
「だろ? そういうわけで、お前を尾行してきたってワケだ。もしクエストが開始された場合、報酬が出たら均等割り、ドロップアイテムは獲った者勝ち。この条件で、俺と臨時で組まないか?」
「さらっと尾行けてきたとか言いやがって。最初っからそういう風に誘えってンだよ、このストーカー野郎……まあ、武器慣らしのついでだ。仕方ねえな」
それじゃよろしくな、とキリトが頷き、そのまま俺の前に出て歩き始める。ソロで活動している以上、『索敵』スキルを持ってるってのは前に聞いていた。今回はそれを活かして警戒役をするつもりなんだろう。なら、俺はいつも通りにヘイト集めと盾役だな。組んでる奴が腹ペコ体術士から真っ黒剣士に変わっただけだ。やることは変わらない。
予想外の臨時パーティーメンバーの背中を見ながら、俺は遺跡の奥へと進んでいった。
後書き
感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。
リズベット初登場、そして一護がカタナ装備をゲットしました。
反面、女性キャラ二名の登場でキリトのガッツリ出番が削られてしまいましたが。次話は今回からそのまま続くので、次こそはちゃんとキリト君を多めに出します(フラグにあらず)。
……ところで、食事中に一護はいったい何コル分のネタをアルゴにすっぱ抜かれたんでしょうね? 習得スキルのこととかペラペラ喋っちゃってるし。
※おまけ
「ところでベリっち、もうすぐバレンタインだけド、リっちゃんからのチョコ、もらえそうカ?」
「ああ。この前本人から直に宣言されたから、まあもらえんじゃねえの?」
「エ!? も、もうナノカ!?」
「俺も気が早えとは思うけど別にいいだろ。本人も『期待してて』とか自信満々に言ってたから、それなりのモンはくれると思うぜ」
「そ、それって、つまり……」
「それに、アイツの魂胆は見え見えだしな」
「ヘ? 魂胆?」
「『ホワイトデーの三倍返し』に決まってんだろ。他に何があるってんだよ。自分にメリットが無い限り、アイツが他人に無償で食い物を渡そうとするハズがねえ」
「……そ、そう、カ?」
「当たり前だろ。ちゃっかり『期待してて』の後に、『私も期待してるから、一か月後』って笑ってやがったからな。俺から菓子をブン取れる正当な理由が出来たんだ。そりゃ嬉しいだろうよ」
「イヤイヤイヤイヤ!! それって完全に、あ、愛の告白の返事を期待する乙女の台詞じゃネーカ!!」
「……まあ、ぶっちゃけそれだけだったら、俺も一瞬そう思わなくもなかったんだけどよ。この前、アイツが『今から選ぶホワイトデーのお返し! 愛する彼女に百倍返し!!』とかいう、男にとっちゃあ物騒なタイトルのカタログをにやにやしながら読んでんのを見ちまったからな。その可能性は微塵もねえと思っていいだろ」
「ひゃ、百倍はエグイナ……」
「ああ……破産する未来が鮮明に見えるぜ……」
ベリっち、強く生きロヨ。 byアルゴ
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