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Deathberry and Deathgame

作者:目の熊
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Chapter 2. 『想う力は鉄より強い』
  Episode 8. First (Hellish) Prize!

 
前書き
お読みいただきありがとうございます。

第八話です。過去最長? です。

宜しくお願いいたします。 

 
 19層迷宮区は、典型的なジャングルタイプの景観をしている。
 縦横無尽に伸びる蔦が鬱蒼とした木々の間を伝い、そこかしこに沼が散見される。出てくるモンスターは植物系や獣系で、一定区画より奥にある遺跡エリアでは逆にゾンビ剣士や獣人系の人型モンスターが出てくる。
 前者は連携無視で次々と殺到してくるため、回避を重視しながらカウンターをメインに。後者は攻防の切り替えなどある程度パターンが決まっている代わりにプレイヤーの戦闘パターンを読んでくるため、スイッチ中心で読みを外すスタイルが有効だ。曲がりくねった道のため見通しは悪いが、道幅は意外と広めで戦闘はしやすい。角を曲がった瞬間いきなり湧いて出る「角待ち」には要注意だ。

「オラぁ!!」
「とう」

 安全エリア目前の大きな曲り道に潜んでいた「角待ち率」ナンバーワンモンスター、獣人系戦士の『アックス・オーク』に左右からのスキル同時挟撃を叩き込んだ。ムダに多いHPゲージがようやくゼロになって砕け散ったのを確認してから、俺たちは臨戦態勢を解く。安全エリアまで十メートルもない以上、もう納刀しちまっても良かったんだが、油断してサックリ刺されたら目も当てられないし。

 と、一応警戒しながら進んじゃみたんだが、結局なにも起こらずに俺たちは19層迷宮区中間安全エリアに到達した。苔むした石畳の広がるバスケコート二面分ぐらいの大きさの広場の奥には、巨大なトーテムポールが二本そびえてて、あの先からダンジョン構成が遺跡エリアに切り替わることを示していた。

「……着いたな」
「うん、着いた」
「今何時だ?」
「12時36分」
「……やるか」
「うん」

 短く言葉を交わし、俺たちは距離を取る。間合いは二メートルないぐらい。ちょうどお互いの武器がカチ合わないスレスレの距離だ。
 俺とリーナは武器を納め、そのまま拳を強く握る。重心は低く落とし、視線は相手の拳に合わせる。一縷の隙も作らず、一瞬の隙も逃さないために。

 俺たちの間に静寂が降り、緊張が最高潮に達した瞬間、

「「最初はグー! じゃんけんポン!! あいこでしょ!! あいこでしょ!!」」
「…………」
「……私の勝ち」

 「今日の昼飯当番決定ジャンケン勝負」の勝敗が一瞬で決した。

「だアアアアアアアアッ!! またかよ!! おかしくねえか!?
 オメーとパーティー組んで早二か月、単純計算で六十回はジャンケンしてんのに一回も俺が勝てねえとかどーなってんだよ!! いつもの勘も大概だけど、コッチはもうバグのレベルだろ!! アレか!? オメー実はコッソリ『ジャンケンスキル』習得してたとか、そーゆーオチじゃねえだろーな!?」
「そんなニッチなスキルはない。自分の弱さをスキルのせいにしないの」

 得意げに鼻を鳴らすリーナの無表情にすげえ腹が立つが、負けちまったのは事実だ。どんだけウダウダ言っても、今日の昼飯の当番は俺なんだ。黙って作る他に道は無い。

「ねえ一護、もういっそお昼当番、貴方固定にしない? 勝つって分かってるじゃんけんを毎回するのって、時間の無駄だと私は思う」
「フザケんじゃねえ! 例え何百回負けようが、お前に勝つまで俺はゼッテー諦めねえからな!!」
「……愚劣」

 呆れ果てたと言わんばかりのリーナの呟きをシカトして、俺はさっさとキャンプ用調理器具をアイテム欄から引っ張り出した。不本意ながら毎回使っているために、食材のストックなんかの準備も俺持ちだ。俺とリーナの間で食う量に圧倒的な差があるんで、費用は流石に割り勘だけどな。
 男女間で割り勘はご法度? 男は女に奢ってやるのが甲斐性? 勘弁してくれ。コイツの昼食代まで肩代わりしてたら確実に破算だ。他人の金だからって食う量遠慮するような奴じゃねえ。むしろタダ飯だって喜んで食うに決まってる。

「……クソッ、次こそは勝ってやる……多分、アイツは俺の出す手のパターンを読んでやってんだ。まずは俺が無意識に作っちまってるそのパターンを崩して、逆にリーナの手を読む。そうすりゃもう勝率三分の一だ。そうそう負けるハズがねー……」

 次の勝負に向けて大真面目にジャンケン戦法を考えながら、俺は淡々と調理を進める。一日一回の料理当番に従事させられたことで、これまた不本意ながら俺の『料理』スキルは中々の熟練度になっている。野外でやるような簡単な調理なんて容易いもんだ。あくまで、不本意ながら、だけどな!

 ベジタブルスープを鍋で温めながら、ストックしておいたハムを厚切りにして、胡椒っぽいナニか(ピンミルとかいう実の粉末。見た目が赤いせいで一味唐辛子にしか見えない)を振ってから鉄板で焼き、切った野菜や調合済みのバーベキューソースと一緒に大皿に大量に盛りつける。
 この皿に盛った具材を自分で黒パンに挟んで食うのが、俺等の定番の昼食だ。いつも同じなのも飽きるってことで、今回はプラスして12層の主住区で売ってたホタテとイカのトマト煮も持ってきてる。パンに合うようにってことを注意しながら日によって違う料理を付け加えるのは、けっこう面倒だ。遊子の苦労はこの比じゃねーんだろうけど、その一端をこんなトコで身をもって知ることになるなんてな。

 出来上がった料理を出しておいたちゃぶ台みたいな低いテーブルに乗せ、最後に山盛りの黒パンの入ったバスケットを置けば、昼飯の準備は完了だ。

「メシ――」
「来た」
「……はえーなオイ」

 出来たぞって言う前に、リーナはもう自分の定位置、すなわちスープとパンのお代わりが置いてある場所の隣を確保していた。コイツの食への執着は、もう呆れを通り越して感心するレベルだな。俺はそこまでマジになれねえわ。
 まあ、いいか。他の意地きたねえ連中に出くわしてメシをタカられてもイヤだし、

「とっとと食っちまうか……んぁ?」
「んぅ?」

 ハムと野菜をたんまり挟んだ黒パンにかぶりついた俺は、椀に口を付けてスープを飲み干したリーナと同時に声を上げた。安全エリアのジャングル側の入り口、そこから一人のプレイヤーが入って来たのが見えたからだ。しかも、なんかフラついている。
 遠目に見る限りはHPは八割ぐらい残ってるし、バッドステータスも付いてない。腹を押さえてるから、さっきのブタ戦士に腹パンでも食らったんだろうな。ドンマイ。

 とか他人事みたいに思ってたら、

「ぅう、仮想空間でも空腹で動けなくなるなんて……なんかおいしそうな匂いするし、お腹減ったなぁ……って、貴方たち!?」
「あ?」

 どうもソイツは赤の他人ってワケじゃなかったらしい。



 ◆



「ふう……生き返ったあ……」
「ああ、そうかよ」
「……良かったね」
「………………その、えっと……ごめんなさい」

 そーとも、謝れ。リーナに優るとも劣らないペースで食糧を食い漁った罪は重い。足らなくて予備分の食料まで出す羽目になったじゃねえか。おかげで見ろ、大事な食い物をとられたリーナの機嫌がダダ下がりしてんぞ。どーしてくれんだ。

 食後のお茶を啜りながら、俺は恨みのこもった視線を女剣士アスナに送った。今は申し訳なさそうに身を縮めているが、ついさっきまでの両手に黒パン装備で昼の食卓という戦場で大暴れしていた光景は忘れない。敏捷に長けた細剣使いらしい凄まじい勢いだったな、スゲーどうでもいいが。

「……ソロで潜ってるクセに非常食持ってないとか、貴女バカなの? 死ぬの?」
「し、仕方ないでしょ! アイテムボックスの収容数に上限がある以上、ソロでアイテム収集する時は持ち物は最低限にする必要があるの!」
「それで餓死しかけて私たちにお昼ご飯タカってたんじゃ、世話無いと思う」
「……だ、だから、ごめんなさいって」
「許さない、『食べ物の恨みは十倍返し』が私のスタンス。相応の報いは受けてもらうから」

 いつになく饒舌なリーナが、何故かスプーン片手にアスナに詰め寄る。コイツ食い物が絡むとホントに豹変するよな。優しそうな顔しといて言う事キッツイ卯ノ花さんとか、器用なクセにエグイ見た目の料理を生み出す井上とかもそーだけど、女の裏の一面ってマジおっかねえ。出来ればそんなもん一生見たくねーんだけど、生憎コイツは俺の相方、クリアまでは揃って行動だ。見たくなくてもこの先山ほど見る羽目になるんだろーな……イヤだな。

「そもそも、SAOのインスタントフードって美味しくないのよ! 値段も高いし、薬が混ざってるみたいな味するし!」
「さっきのスープもインスタントなんだけど」
「嘘よ。確かに野菜スープのインスタントは売ってるけど、私が前に食べた時は苦酸っぱかったし」
「それは貴女が『料理』スキルを持ってないせい。スキル持ちの一護が作ったさっきのスープには雑味が無かったのがその証拠」
「え!? あ、貴方『料理』スキル持ちなの? その人相で!?」
「食い物恵んでもらった相手にケンカ売ってんのかテメー」
「あ、ご、ごめんなさい。見た目と料理とのギャップがすごくって、つい……」
「いや言い訳になってねえよ、つかオメー謝る気ねーな」

 ごめんなさい、で止めとけばいいものを、なんで最後に余計な一文足してんだよ。頭良さそうな顔してるクセに、バカなのか? それともワザとやってんのか? 後者なら今すぐデュエルを申し込んでやるが。

 などと、内心で俺がアスナの人物像を修正していると、リーナが手に持ったスプーンでちゃぶ台をガンガンと叩いた。食器を裁判官の小づちみたいに扱うなよ。壊したら自腹で買ってきてもらうからな。
 
「余計な話はおしまい……さて、私のパートナーのガラの悪さはともかくとして」
「おい、オメーまでさりげなく俺をディスってんじゃねえぞコラ」
「ともかくとして、私たちの食糧をバカ食いした分の対価を支払ってもらう」
「う……わかったわよ。いくら?」
「五万コル」

 高っ!? いくら最前線に出てくるトッププレイヤーでも五万コルはポンと出せる額じゃねえぞ。

「い、いくら何でもボッタクリすぎよ!!」
「おいリーナ、流石に五万(それ)はねえだろ。アスナの今日の狩りの収支が赤字になっちまう」
「飢えが原因でモンスターにぶち殺されてたら、赤字どころじゃなかったと思うけど……まあいい。じゃあ一万コルプラス有用な情報。モンスターハウス、あるいは高レベルな敵が出現する区画、部屋の位置を教えて」
「それなら、まあ……」
「何か知ってんのかよ」
「一つだけなら、ね。貴方たち、この先の遺跡エリアって、どこまで探索済み?」
「多分、西側なら入り口から一キロ圏内まで済んでるな。東側はもうコンプ済みのはずだ」

 遺跡エリアは安全アリアを出てすぐに東西に分かれている。東エリアの方は、この前アルゴから買った情報を基に潜った時にマッピングを終わらせていたが、逆に西エリアは薄暗い通路が続くってことで深部の京略は後回しにしていた。派手に登場する戦士モンスターならまだしも、隠密(アサシン)モンスターみたいな『隠蔽』スキル持ちの連中はそういうトコの暗闇に潜んで奇襲とかしてくるからな。リーナの『索敵』で常に警戒する必要がある分集中力が要るから、長時間の狩りには向かないんだ。

「そう、なら丁度いいわ。入り口から西へ直線距離で1600メートル地点、そこにモンスターハウスらしき隠し部屋があったの。おっかなくて放置してきたけど、部屋の造りからして間違いないわ。マップのデータも付ける。この情報と五千コル、これでどう?」
「…………むう」
「リーナ、どうすんだ?」
「……まあ、それでいい。交渉成立」

 値切られたことが少し不服らしかったが、結局リーナはアスナの出した条件を飲んだ。マップデータまでもらえれば、目的地までの移動は格段に楽になる。最前線の未踏破エリアデータに五千コル分の価値があると判断したらしい。

「西エリア、か……厄介なのが湧いてきそうだな。不意打ちでも食らって最終手段(アレ)を使うようなコトにならねーようにしねえと」

 マップデータとコルのトレードを始めた二人を横目に、俺は少しだけ警戒心を高めていた。



 ◆



「死ぃぬうぅぅうううぅぅううううううっ!!」

 結論から言う。

 少しだけじゃ全く足んなかった。警戒マックスじゃねえと即死確定だ。

「何だよアレ何だよアレ!! あんなんアリかよ!? 耳朶に一発掠っただけで(・・・・・・・・・・・)HPが三割抉れるとかありえねえだろ!!」
「一等賞、相手に、文句を、言わない! さっさと、躱して、斬り殺す、のっ!!」

 ブツ切りのツッコミを返すリーナも、表情に余裕がない。手にした短剣だけでなく、四肢の手甲や足甲もフルに使ってラッシュを捌き続ける。
 本来なら、前衛である俺が『挑発スキル』でリーナへラッシュが飛ぶのを防ぐんだが、今の相手はたった一体きり。しかもこの狭い部屋でこんだけ暴れられたら、俺がヘイトを集めようが集めまいが全く変わらない。迫りくる猛攻を曲刀で弾きながら、俺はその嵐の中心にいるレベル36の蔦植物の化け物『ヘルネペント・テンペスタ』を睨みつけた。

 アスナの情報にあった隠し部屋、その中の宝箱を空けた瞬間に出現したコイツは俺たちを認識するなり、地面に根を張って身体を固定すると八本のぶっとい蔦を凄まじい速度で振り回し始めた。一辺十メートルもない狭い室内を縦横無人に飛び交い始めた蔦を見て、鬱陶しいからとりあえず蔦を斬り落とそうってんで俺が一歩前に出た瞬間、一本の蔦が俺に飛来。とっさに避けたものの耳に少しばかり掠り傷を負った。まあ掠るぐらいなら慣れっこ……と念のためHPバーを見た瞬間、一瞬で血の気が引いた。
 満タンだったハズのHPがみるみるうちに減っていき、あっという間に七割をきっていた。いくらレベルが四つ上でもこれは反則だろ!! と思わず絶叫した直後、それに反応したかのように蔦の群れが俺たち目掛けて殺到した。
 固まってたらまとめて殲滅されるのが目に見えてたんで、すぐ散開して挟み撃ちにしようとしたのはいいんだが、ネペントの攻撃(ラッシュ)は一向に止まず、近づくことすら儘ならない。

 首をへし折りにきた横凪の一閃をスライディングで回避し、追い打ちの叩きつけから《タイガー・クロウ》の短距離ダッシュを応用して逃れながら、俺は全力でヤツの隙を探っていた。
 現実の戦闘なら、急所への攻撃だけ弾きながら突っ込んで倒すことができる。が、ここはゲームの世界。例え急所に一発も食らってなくても、極端なことを言えば耳にしか攻撃を食らわなくても、何発も当たってHPがゼロになれば死んじまう。掠っただけでこの威力なら、直撃すれば相当量を持ってかれそうだ。だから迂闊には攻撃できない。でも、攻撃しないと、その内に躱しこそねてやられちまう。

 なんとかして、この状況を切り抜けねえと。
 俺が頭をフル回転させていた、その時、

「グギルィッ!!」

 奇声と共に繰り出された三本の蔦による同時攻撃が、ついにリーナを捉えた。

 二本の軌跡を《水月》と《閃打》で逸らしたリーナだったが、最後の一本を見切り損ねた。ガラ空きの鳩尾に、蔦による痛烈な一撃が叩き込まれる。

「ゕはっ……」

 目を見開き、苦悶の声を漏らしながらリーナがふっ飛ばされた。HPはどうにか残ってはいるが、もう一発食らったらアウトだ。その瀕死のリーナ目掛けて、トドメといわんばかりに蔦が伸びる。

「リーナぁ!! クソ! この、ジャマなんだよッ!!」

 俺は三角跳びの要領で壁を蹴って跳躍、蔦をまとめて躱してリーナに駆け寄り、迫っていた蔦を強引に腕で払いのけた。篭手をしていてもそのダメージは凄まじく、一気にHPがレッドゾーンまで削られたが、相棒(コイツ)の命には代えられない。
 倒れたリーナを抱えて、一気にその場から後退する。

「おいリーナ、しっかりしやがれ! 寝たら即死ぬぞ!! 死んだらもうメシ食えねえんだぞ!?」
「……ぅ……そ、それは、困る。うん、大丈夫、もうやれる」

 再起動してするりと俺の腕から抜け出したリーナは、《クイックビンゴ》で背後の蔦を弾き、俺の後ろに着地した。いつもならポーションで回復したいところなんだが、そんなヒマはない。一瞬でも回避行動以外のなにかをすれば、確実に攻撃を食らう。いつにないギリギリの戦況だ。

 この苦境を脱する可能性がある方法は――一つだけ、ある。

 二人のHPがレッドゾーンになった今だけ使える、半分賭けみたいな、SAO唯一の自己強化(・・・・)スキル。

「リーナ! こうなりゃイチかバチかだ!! 『死力』スキルを使って、効果時間内に一気に押し切るしかねえ!!」

 この『死力』スキルだ。

 こいつはプレイヤーのHPがレッドゾーンになったときにだけ使えるスキルで、コマンドを唱えて発動すると、一定時間HPを除く全パラメータを熟練度に応じた割合で上昇させる効果がある。習得するには専用のクエストで地獄を見る必要があったが、その見返りとしては十分以上の上昇率を誇る、最後の命綱に相応しいスキルだ。
 ただ、デメリットもある。効果が切れると、今度はHP以外のステータスが減少してしまう。元の上昇率が高いほど、発動後の減少する割合も大きくなり、熟練度が高い程効果時間も長くなるが、その後のペナルティタイムもそれに比例して延びる。正しく「死力を尽くす」スキルだ。

「……確かに、『死力』スキルのパラメータ補正は大きい。攻撃力は高くてもHPと防御が低いネペント系相手なら、効果時間内に押し切れる可能性はある。でも、もし失敗したら……」
「らしくねーぞリーナ!」

 二人まとめて打擲しようと打ちかかってきた蔦の軌道を《エル・ファング》で逸らしながら、俺は相棒の言葉を遮って怒鳴る。

「可能性が低かろうが何だろうが、やる以外に道はねえんだよ! 失敗したときのことなんか聞かねえ! 勝たなきゃ死ぬってンなら、あの夜オメーが言ったように『勝てばいいだけの話』だろーが!! 腹にいいモン一発もらったぐらいで、弱気になってんじゃねーよ!!」

 腹の底から叫んだ俺の言葉に、すぐには反応は返ってこなかった。

 ただ、ゴンッ、と頭を硬い物で殴ったときのような鈍い音が一度だけ、俺の耳に届いた。

 何の音だ、と俺が問う前に、

「……どっちが行く?」

 いつもの冷静な声が聞こえた。思わず口元に笑みが浮かぶのを感じながら、俺は大声で応える。

「いつも通りだ! 俺が突っ込んでアイツの右を空ける! そこに飛び込んで一気に仕留めてくれ!!」
「わかった。発動は?」
「十秒後だ! いいな!?」
「おーらい」

 カタコト英語の返答を聞き、俺は再び前方のネペントへと集中する。

 そうだ、何が「迂闊に攻撃できない」だ。言葉に出てなかっただけで、ビビッてんのは俺もじゃねーか。
 今更なにを躊躇してんだよ、俺は。マトモに当たれば即死するような攻撃なんて、今まで散々あったじゃねえか。剣八、白哉、グリムジョー、ウルキオラ、藍染、思い返せばキリがないくらいの「必殺の一撃」を出されても、それでも俺は勝ってきたんだ。頼りになる相棒もいる今、たった一体の化け物相手に、何を恐れるってんだ!!

「……三、ニ、一。一護、いくよ」
「……ああ、いいぜ!!」

 
「「――【恐怖を捨てろ。『死力』スキル、発動】」」


 刹那、爆発的な光の奔流が俺たちを飲み込んだ。

 霊圧の放出を思わせる青白い光が全身を覆い、角の生えたドクロのアイコンがHPバーの上に追加される。そして、視界の右上に小さく表示されるカウントダウンタイマー。これが効果時間のリミットを示す。

 『死力』スキルの発動が、完了した。

「行くぜ!!」
「うん」

 さっきまでの数倍軽くなったように感じる身体で、俺たちは蔦の嵐の中に一気に飛び込んだ。当然のように八本の蔦が迫ってくるが、

「トロいんだよ!!」

 俺はただの斬撃(・・・・・)でそれらを弾き返した。

 『死力』スキル発動中は特に筋力が大幅に上昇し、移動のスピードと踏み込みでブーストすれば、ソードスキルにも劣らない威力を叩き出すことが可能だ。今までスキが大きくて弾くよりも回避を優先していたが、この状態なら真正面から打ち返せる。俺が正面と側面からの攻撃を弾き、背後はリーナがしっかりアシストすることで、たった十メートル弱の間合いに満ちる死線を、俺たちは次々に踏破していく。

「ッ!? 一護、上!!」

 リーナの声に俺は視線を上げる。
 そこには、蔦を捻じり合わせて一本にまとめ上げ、こちらに向けて突き込もうと構えるネペントの姿があった。本体についたやたらデカイ口が、ニヤリと歪んだように見えた。

「連撃じゃ俺等を止められねえからって、蔦を一つにまとめやがったか。いいぜ、来いよ!!」

 俺は刀を八相に構え、一直線に本体目掛けて突っ込んでいく。

 矢弓のように引き絞られた蔦の先が俺に照準をあわせ、滅却師の矢並の速度でそれが打ち出された瞬間、

「おおおおおおおオオオオッ!!」

 俺は咆哮と共にソードスキルを撃ち込んだ。逆袈裟、斬り上げ、袈裟斬り。雪の結晶を描くように振るわれる斬撃全てを、蔦の先端に叩きつける。曲刀三連撃《アスタリスク》、俺の今最高の威力を誇る連撃は、極太の蔦の束を左端の壁までふっ飛ばした。

「今だ、リーナ!!」
「スイッチ」

 その蔦が引き戻される前に、リーナが短剣を下段に構えて本体に肉薄する。蒼い残光を引きながら突貫したリーナの《バウンドノート》が発動し、守るもののない本体に二連続の強打を与える。予想通り、ネペント系らしく防御はもろいようで、HPがみるみるうちに減っていく。

 後は俺が追撃して終い、そう思った瞬間、

「駄目だリーナ! 避けろォ!!」

 俺は咄嗟に叫んだ。

 大きく裂けた奴の口、そこから長い舌がズルリと伸び、今まさに二撃目を終えようとしているリーナへと狙いを付けていた。
 アレを食らえば命はねえ! 俺が行って間に合うか!? こうなりゃ剣を投げてでも攻撃を止めてやる――俺がそう考えた時、

「――甘い」

 リーナの身体がぐるんっと急旋回、間一髪で舌の刺突を躱した。さらにその勢いのまま後ろ回し蹴りによるカウンターをブチ込み、

「トドメ!!」

 正面に向くと同時に剣を投げ捨て、高速の拳打二連発を叩き込んだ。
 短剣二連撃《バウンドノート》プラス、体術スキルによる三連撃《参胴打》。計五連撃の合わせ技全てがネペントに命中し、そして、

「……クギュルルゥ……」

 尻すぼみの唸り声のようなものを残して、粉々に砕け散った。

 宙に舞うポリゴンの最後の一片が消え失せたと同時に、緊張の糸が切れたらしいリーナはその場にぺたりと座り込んだ。俺も大いに疲弊していたので、その場にどっかりと腰を下ろす。疲労の度合い的には、あと十分は動きたくない感じだ。

「……ったく。久々に肝が冷えたぞ、クソったれ」
「でも、勝ったからいいでしょ」
「……ま、そーだな」
「帰ったら、宴会?」
「そうだな」
「ちょっと高級な感じに?」
「いいんじゃねえの」
「一護の奢り?」
「それはねえな」
「ちぇっ」

 結局その後三十分もの間、リーナが「お腹減った」コールをし出すまで、俺たちは冷たい石畳に座り込み、ずっとしょうもない会話をしていた。
 
 

 
後書き
感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

ついに9000字を超えてしまいました……最早何も言うまい。
これでも最初の10000字超からは削ったハズなんですが……もう途中で心が折れました。「長くて読みづらい」という方々、堪忍してつかあさい。

肉一つ焼くのにも『料理』スキルが要るこの世界、何とも面倒くさい……。
それはさておき、前回登場させ損ねたアスナを出しました。この一件がきっかけで彼女が料理スキルを上げだした……かどうかは定かではありませんが。

新スキル『死力』は、よくあるバーサクみないな感じです。SAOじゃ生命線になりそうですよね。でも発動条件的にプレイヤー間の初撃決着デュエルでは使えないし、肝心の習得条件がちょっと……詳細は次話で書きます。


※おまけ
「そういやリーナ、『死力』スキル発動する前のゴンッて音、アレ何だったんだよ」
「剣の柄で自分の頭をシバいた音」
「……なんでンなことしてんだよ」
「ヘタレた自分へのけじめ。えらいでしょ」
「そ、そうかよ……(ソレが原因でHP尽きてたら、とか考えなかったのか、コイツ)」

ストイック、流石リーナ、ストイック。

 
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