送り犬

第五章

「じゃあ一体何なんですか、あれは」
「あくまで私の予想です」
　その真面目な顔でこう断ってきた。
「あくまで。それは御了承下さい」
「わかりました」
　南口さんも真面目な顔でその言葉に頷くのだった。
「それではそのように」
「はい。それではですね」
「あの犬は何なんですか？」
「狼です」
　こう言う若松さんだった。
「あれは。狼ですよ」
「狼！？」
「そうです。狼です」
　真顔で語るのだった。
「ニホンオオカミ。おそらくは」
「！？それはおかしいですよ」
　南口さんはすぐに若松さんの言葉を否定した。
「それは。有り得ませんよ」
「絶滅したからですか」
「ええ、その通りです」
　酒を飲みながらもはっきりとした声で答えるのだった。
「絶滅してるじゃないですか、もう」
「そうですね」
　若松さんもそれは認めるのだった。
「既に。ニホンオオカミは」
「それでどうして今ここで出て来たなんて」
　南口さんの言葉はさらに懐疑的なものになっていく。
「言えるんですか？やっぱり違うでしょ」
「私もまさかと思っています」
　見れば若松さんもその首を少し捻っていた。どうやらこの人も心の中でまさか、と思っているらしい。それを隠すことはなかった。
「ですが」
「その姿を見ればですか」
「はい、そうとしか見えませんでした」
　また言うのだった。
「それにですね。私達の後をずっとついて来ましたよね」
「ええ、それは確かに」
「それです。それもかなり長い距離を」
「この宿にまで」
「それもなのですよ」
　その宿のところまでついて来たことについても言及する若松さんだった。
「その行動も。ニホンオオカミのものなのですよ」
「それもですか」
「送り狼という言葉がありますね」
「ええ」
　話しながら南口さんは四本目の栓を空けた。若松さんは二本目だ。若いせいか南口さんの飲む速さはかなりのものであった。若松さんも決して遅くはないというのに。
「それはニホンオオカミの習性からなのですよ」
「縄張りに入った相手を監視する為にずっとついて来る」
「そうですがニホンオオカミはそれを越えたところがありまして」
「ずっとついて来るのですか」
「そうです。それこそ宿か家の前までです」
　まさに二人の後ろにいたその犬である。
「ずっと人の後ろをああしてついて来るのですよ」
「じゃああれは」
「私はそうだと思います」
　答える若松さんの声が強くなった。確信さえ思わせるものがあった。
「まず確実に」
「そうですか。あれがですか」
「絶滅した筈ということですが」
「いやあ、そんな話をされたら」
　苦笑いで首を横に振る南口さんだった。ビールがかなり入っているせいかその身振りがかなりのオーバーアクションになっている。
「それもね。変わりますよ」
「いると思われていますね」
「ええ、今は」
　今度は明るい笑みになって答えてきた。
「そう思いだしています」
「そうですか。それではですね」
　ここで若松さんは言葉の色を少し変えてきた。
「ニホンオオカミが生きているとなれば」
「ええ」
「知らせるべきでしょうか」
　じっと南口さんの目を見て問うてきた。