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送り犬

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4部分:第四章


第四章

 いた。まだ二人の後ろにいるのだった。その生き物はその一定の間合いで二人について来ているのだった。それを見て若松さんはここでまた言うのであった。
「犬にしてはどうも」
「どうも?」
「縄張りがあまりに広いですね」
「広いですか」
「こんな縄張りが広いとは聞いていません」
 縄張りについても述べられた。
「犬のそれは」
「ここまで広くはないんですか」
「とても。それに先程のお話ですが」
「はい、どの犬でもない、ですよね」
「それです。そうなのですよ」
 若松さんもまたその犬をまじまじと見ていた。そのうえでの言葉であった。
「どうやら」
「どうやら?」
「いえ、ひょっとしたらです」
 その犬を見ながらの言葉だった。
「この犬は犬ではなく」
「犬ではなく?」
 南口さんは今の若松さんの言葉に首を捻ることになった。
「犬でなかったら何なんですか?」
「まあそんな筈はありませんか」
 だがすぐにこう言って首を横に振るのだった。
「流石にそれは」
「何かあるのですか?」
「いえ、別に」
 これ以上は話そうとしないのだった。
「何もありません」
「何もないですか」
「ええ。それよりもです」
 そしてここで南口さんに対してさらに言うのであった。
「先を急ぎますか」
「そうですね。やはりここは」
「はい、もうすぐですから」
 微笑んで南口さんに述べた。
「急ぎましょう」
「パンを食べて元気も出ましたし」
「そういうことです。それでは」
「はい」
 こうして二人は足を進め宿に向かった。その間犬はずっと一定の距離を保ったまま二人の後ろをついてきていた。だが二人が宿の前に着くと。ぷい、と背を向けてそのまま来た道を引き返すのだった。そのまま夜の道の闇の中に消えていくのだった。
「行っちゃいましたね」
「そうですね」
 二人は宿の玄関にいて犬が帰るのを見ていた。玄関は灯りが照っている。ずっとさっきから照っていて道標にもなったその灯りである。
「これで。あの犬は」
「ええ。それで若松さん」
「何でしょうか」
「入りましょう」
 ガラスの扉を開けつつ若松さんに声をかけるのだった。既に入り口には宿の人が来ていた。二人が帰って来たのを見て出て来たのである。
「後はお風呂に入ってゆっくりして」
「そうですね。今日は一日中歩きましたし」
 また微笑んで南口さんに言うのだった。
「疲れを取るとしますか」
「そうしましょう。明日も歩きますしね」
「それでは」
 こうして二人は宿に入り風呂で一日の疲れを癒した。その後は浴衣に着替え部屋に入った。部屋は畳で既に布団が二つ敷かれている。二人はそのちゃぶ台のところに座りそこでビールを飲みつつ話に入った。疲れているせいかビールとつまみの柿の種もやけに美味い。ビールも柿の種も宿の売店で買ったものだ。それ等を飲み食いしながらくつろいだ姿で話すのだった。時間はもう十二時を回っていた。
「思ったより早く宿に戻れましたかね」
「そうですね」
 若松さんは自分の左手の腕時計を見ながら南口さんの言葉に頷いた。
「今時分に着くと思っていましたし」
「それを考えれば上出来ですね」
「確かに」
 応えながら缶ビールを口に含む若松さんだった。既に南口さんは一本空けて二本目もかなり飲んでいる。若松さんはそれに対してまだ一本目である。二人で楽しく飲んでいた。
「それでですね」
「はい?」
 不意に南口さんが話題を変えてきた。若松産さんもそれを聞いて声をあげた。
「何かありますか?」
「さっきの犬ですよ」
 見れば南口さんの顔が探るようなものになっている。そうしてその目で語るのだった。
「さっきの犬。あれは一体」
「あの犬ですか」
「犬じゃないって仰いましたね」
「ええ」
 若松さんも真面目な顔になっていた。ビールと柿の種はそのまま飲み食いしつつも顔は真剣なものになっている。赤ら顔であってもだ。
 
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