異界の王女と人狼の騎士
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第六十七話
そして、警官があっというまに手錠をかける。
「いや、お巡りさん、話を聞いてくださいよ。これは誤解だ。……えん罪だ。えん罪だよ」
「ごちゃごちゃ五月蠅いな。いいわけは交番で聞くからおとなしくしなさい」
身柄を確保したことで落ち着いたのか、妙に柔らかくなった口調で田中が窘める。そして俺を一瞥する。その瞳は明らかに変態を見る目だったことが、すごく恥ずかしいし腹が立った。
「もう大丈夫だからね。変態はお兄さん達が押さえ込んでるから安心しなさい」
もう一人の警官が王女に話しかける。
王女は涙ぐんだ、うん? その瞳に涙は無い……瞳で警官を見つめ、頷いている。
「早くその変態をどうにか、してください。えぐえぐ、怖かった」
「あのぉ……姫、冗談はそれくらいにしてくれよ。お巡りさんも誤解してるだろ。なんとか言ってくれ! なあなあお願いだよ、うー、ふんす! ふんす! 」
俺はあきれ顔で王女を見る。
目があった途端、王女は怯えたように、……かすかに悲鳴を上げたと思うと警官の影に隠れる。
「こら貴様! 、なれなれしいんだよクソガキが。この、くそったれ。この子が怯えているだろう。変態糞野郎が。いい加減にしないとタマキン蹴り潰してやろうか? 」
公僕とは思えないほどエキサイトした台詞を吐いてくるなあ。そう思いながら、呆れたように王女を見た。
王女を守るという騎士道精神に二人の警官はかぶれてしまったのだろうか? なんだかあり得ないくらいに張り切っている感じ。
抵抗してもいい。その気になれば、こんな手錠あっさりと引きちぎれるし、二人の警官が拳銃を仮に使用して俺を取り押さえようとしても、まったく問題なくこの場を逃れることができるけど、何の恨みもない人間を二人も叩きのめす理由なんてないんだから。
……そんなのできるわけないし。
力を王女から与えられて以降、自分の力の使いどころに注意するようにはしている。寄生根との戦いの中で自分がありえないくらい強くなっていることを実感している。そのことが心に余裕を生み、必要以上に何かに対して腹を立てることも無くなったし、気が長くなったんじゃないかって思っている。昔は、ちょっとしたことで腹を立ててたように思う。
電車で傍若無人に席を独占し、騒ぎ立てる連中。禁煙席なのに何も考えずたばこを吸う奴。並んでいるのに脇から入って順番を追い抜く奴。息を吐くように嘘をつく奴。ゲームソフトを借りたまま返さず、催促すると「ケチな奴」と逆ギレする奴。面倒なところだけを押しつけて、最後の最後にやってきてその成果を独占する奴。いじめを見つけても見て見ぬふりをする奴。
でも、何もできずにただ黙っているだけだったんだな、これまでの俺は。何か言えば逆にこちらが被害者になるかもしれない、何かいえばせっかく仲良くなっているのに嫌われてしまうかもしれない。そんなマイナス思考のせいで自分の感情を抑え込み、見て見ぬふりで生きてきた俺。
そんな俺が一番嫌いだった。
そして、俺は力を手に入れた。
電車で騒ぐ連中も、弱い物いじめをする奴らも、徒党を組んで暴れる連中も、何もかもまとめて相手にしてもおつりがくるくらい強くなった俺。その気になれば、ものの数分でそいつらを皆殺しに出来るほどの圧倒的力だ。
いつかこいつらに復讐してやる、正義を教えてやるってずっと思っていたのに、その力を手に入れたら、逆になんだか怖くなった。
本気で怖くなったんだ。
漆多をいじめ抜いていた蛭町とその部活の連中を半殺しにしたとき、確かに爽快な気分だった。弱気を助け、強くをくじくというヒーローそのものだった。
ずっと憧れていた力だったのに。
でも、その力のせいで逆に親友を失うことになった。
圧倒的な力でその逆境を救った人間が、少し前まで自分と変わらないレベルの奴だったとしたら、彼はそいつに感謝できるだろうか? そいつの前で自分は醜態を見せていたという現実に耐えきれるだろうか? そして、その一番格好悪いところを見られているのに、心から感謝できるだろうか?
そして親友は感謝してくれなかった。むしろ憎まれ疎まれた。
善かれと思ったことが、所詮は自分本位でしかなかったってことを思い知らされたんだ。
みんなに感謝されるはずの力が、みんなに尊敬されるはずの行為が理解されない。
親友の漆多にも。
そして力を用いた行動は、やがて俺の中に別の誰かの侵入を許すことになり、俺を暴走させてしまう。
得体の知れない、でもなんだか懐かしい存在。
それが俺を乗っ取り、圧倒的な力で暴虐非道を繰り返す様。あの時の高揚感と拳に残る破壊の感触。いつか取って代わられてしまうかもしれないという予感めいた恐怖がその力にブレーキをかけるんだ。
そしてこの現実、相手が悪党なら、それでもこの拘束を断ち切り反撃するんだろうけど。
「どうしますか、田中さん? こいつを」
「そうだな。とりあえずは交番に戻らないといけないだろう。この変態野郎はともかく、女の子は親御さんが心配しているだろうからな。しかし、持ち場を離れるのは少しまずいな。応援を求めるしかないだろうな」
「ですね」
そう言って、若い方の警官が無線機に手をかけた。
「お嬢ちゃん、とりあえずこの変態は留置所にぶち込んで出られなくするから安心してね。で、君のおうちへ連絡しないといけないんだけど、電話番号を教えてくれるかな。親御さんが心配していると思うからね」
あり得ないくらい優しい声色で田中が話しかける。
「うん、ありがとうお巡りさん」
涙を拭くふりをしながら、王女がにっこりとほほえむ。
いい年こいたおっさんがその笑顔に思わず顔を赤らめる。
お前こそロリコンじゃないのか? そう思ったが声には出さない。
「お名前はなんて言うの」
「マリオン。マリオン・アドミラル」
「そう、マリオンちゃんか。おうちの電話番号はわかるかな? 」
「うん。……パパの携帯番号なら、わかるよ」
そう言って、王女は電話番号を告げる。
「マリオンちゃん、日本語すごく上手だね。うんうん。いまお父さんに連絡してあげるからね。で、迎えに来てもらう」
警官はポケットから携帯電話を取り出すと、入力を開始した。
辺りに着信音が鳴り響く。
警官は一瞬びくっと身を縮めた。
俺は電話を取っていいか警官に訴える。
「仕方ないな、いいだろう」
では、ということで俺は電話を取った。
ディスプレイには見たこともない電話番号が表示されている。しかし、言った手前、この電話を無視したら、怪しまれるよな。取らないわけにもいかないよ。
「もしもし」
と俺。
同時に警官の相手方も出たようだ。
「あー夜分遅くに申し訳ありません。マリオンさんのお父様でしょうか? こちら第一公園前交番の田中と申します。実は……」
と一気に捲し上げるように喋る。
俺の電話はどうだというと、混戦でもしているんだろうかいまいち電波が聞き取りにくい。この電話のキャリアは外資系企業で、基地局の設置をケチってるせいか受信状態の悪さでは他の携帯キャリアと雲泥の差とよく言われている。でもどういうわけかうちの学校で採用されている。おそらく政治的な理由か、コネかなんかがあるんだろう。結構うちの学校がらみはそういったある国の企業がらみの利権が蠢いているように思える。一度頭のおかしい政党が連立とはいえ政権に紛れ込んだせいだろうといわれている。一度張ってしまった根は、なかなか根絶できないんだよね。
それはともかく、原因は通信回線ではなく、隣で田中が電話しているせいだろうと思うことにした。それでも彼の声が携帯から聞こえてくるよなのはなんだろうね。
「もしもし、ちょっと聞き取りにくいのでもう少し大きい声でお願いします」
俺は携帯を当てた反対側の耳を押さえながら話す。
「あーすみません。聞こえにくかったですかぁ? こちらぁ~警察のものです」
なぜか田中が反応する。
「いや、お巡りさんじゃなくて、電話をかけてきた人に言ってるんです。ちょっと聞きにくいんで離れていいですか? 」
「はあ? 何でお前が俺の電話で話しかけてくるんだ? 」
警官は不可思議そうな顔で俺を見る。
そして、その声は俺の携帯からも聞こえてくるんだよね。
俺は大きくため息をついた。
ディスプレイの表示された画面をみて、
「お巡りさんがかけた電話番号って、もしかして090-○○○-○○○○じゃないですか? 」
「うん。お? 」
何を言っているんだこのガキはといった感じの表情で俺を見ながらも、とりあえずといった風情で画面を見る警官。何を思ったか、再び電話を耳元に当てる。
「もしもし」
そして俺の携帯からは田中警官の声。
「はい、もしもし」
おそらくはその声は彼にも聞こえているんだろう。
「な、なななななななんあな!! 」
素っ頓狂な声を上げ、王女を見る。
「マ、マリオンちゃん。ぉ ぉ 君、まさかあのガキの携帯番号をお兄さんに教えたんじゃないよね、まさかね。まさかね。マリオンちゃん。ねねね」
王女は先ほど涙ぐんでいたような態度はすでに止めている。
「うん、そうだよ。おじさんに教えた電話番号はあそこにいる私の下僕の電話番号よ」
澄み切った清清しい声で話す。
「マ、マリオンちゃん。もしかしてお兄さんをからかったの? 」
少しその声に怒りが篭っているんじゃないのかな? と俺は心配になったりして。
「今頃気づいたの? ちょっと面白かったからシュウとお前たちをからかってみただけよ。それがどうしたの? 」
「ちょ、ちょっと! 姫」
「な、な、何だって!! 」
俺とお巡りさんが同時に声を上げた。
「そもそも」
と俺たちの怒りなど興味ないかのように王女は話し始める。
「田中といったわよね、お前。さっきから私の名前を読んでいるけど、誰の許可を得てその名を口にしているというの? 立場をわきまえなさい、無礼者。私の許可を得た者以外は決して口にしてはならないと決まっている。こちらの世界は知らないけれど、本来なら死を持って償わなければならない大罪をお前は犯しているというのを理解しているのかしら? それに先ほどから「お兄さん」と私に呼ばせたいみたいだけれど、お前たちは変態か? 赤の他人の私が下賎なお前たちにどうしてそんな呼び方をしなければならないのかしら。そもそも私の行動を制限すること自体、お前たちの一生において許可などされるべきものではないはず。ちょっとからかってみただけでしかないのに、何を当たり前のようになれなれしくしているというの? 」
「は? 」
「は? 」
二人の警官は何を言っているか分からない王女に驚きと呆れと同情の入り混じったような声を上げる。
「ま、まあ姫、もういいじゃない」
俺は彼らの間に入って王女に話しかけた。
これ以上王女に話を続けさせたら、さすがにお巡りさんたちも怒り出すのは間違いない。なんでこんなにトラブルに巻き込まれるんだろう……。
「心配する必要なんて無いわよ、シュウ。……さあ、二人とも私たちは忙しい。くだらない遊びはここまで。事件現場を案内してくれる? 」
唐突に話を変える王女。
いや、そんなこと言ったって結構怒ってたんじゃないの、二人のお巡りさん。
「うーん。本当は一般の人を現場に入れちゃいけないって上からの指示たんだけどね、姫様のお願いだったら仕方ないかな」
「ですね、先輩。どうせばれやしないでしょうから」
あれ?
なんで?
どうして?
俺は王女を見る。
「簡単なこと。二人の精神は私の支配下にある。それだけのことよ」
HAHAHAHAHA!!
事も無げに言うな、この子は。
そして、さっきまでのやりとりは、一体何だったんだ? と思ってしまうんだった。
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