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蒼き夢の果てに

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第6章 流されて異界
  第129話 白昼夢

 
前書き
 第129話を更新します。

 次回更新は、
 12月2日。『蒼き夢の果てに』第130話。
 タイトルは、『赤い瞳』です。

 

 
「ちょっと待ちなさいよ」

 愛用の笛を取り出し、今まさに土地神召喚の術式を起動しようとした瞬間、勝手に付いて来た員数外が割り込んで来る。
 その瞬間、俺の右側に立つ少女が、何故だか少し不機嫌だ、……と言う気配を発した。

 冬至の氷空(そら)にある太陽はその身を中天に据え、奥羽山脈を越えて来た冷たい、乾いた風が、ここが俺の暮らして来た西日本とは違う地方だと言う事を如実に主張している。
 表面上は平和で穏やかな週末のお昼過ぎ。図書館や博物館などが併設される公園は市民の憩いの場として利用される事が多く、ここに到着するまでの間にも、今年より学校が週休二日制へと移行した関係から、多くの子供たちの姿を確認する事が出来た。



 十二月二十一日。襲撃の夜が明け、俺たちが受けた被害が確定した。
 謎の襲撃者。犬神使いが放った常識外れの数の犬神。そいつらに襲撃された温泉旅館の関係者に、しかし、人的な被害はなし。そもそもヤツラの最初の狙いは弓月さんの従姉だけ、……だった模様で、彼女を守り切った段階で俺たちの勝利に終わったと言う事なのでしょう。
 その点に関して言うのなら、なのですが。



「その芸は昨夜見たから、他の芸はないの?」

 何の脈絡もなく無茶苦茶な事を言い出す、何時ものリボン付カチューシャで長い黒髪を纏めた少女。かなり強い瞳。万人が……と言うと言い過ぎか。少なくとも俺の目から見れば、かなりのレベルの美少女と表現しても問題はない相手。
 その恵まれた容姿。押しの強い性格。はっきり言うと、コイツはもう少し男子生徒たちから人気が出ても良さそうなのだが、その妙な方向に突出した行動力と、宇宙からか、地底人からの毒電波を受信し易いオツムの所為で、非常に残念な評価の方が勝って居る少女。

 あまり見慣れていない私服姿の彼女。そのスカートの裾を北からの風に揺らし、振り返った俺の視線を独り占めにした少女が、厚手のダウンジャケットの前で腕を組んで睨み返している。
 コイツ、どうでも良いが、俺相手だと妙に高圧で威圧感を発しているのですが……。ただ、そこまで気張らなくても、普通に話し掛けてくれば普通に答えは返すぞ、と言う気分なのですけどね。
 昨夜、俺の腕の中に居た時とはまるで別人。あの時は非常にしおらしい……少なくとも俺の事を考えてくれていたのに、今の態度は……。

 昨夜、このよく分からない事件の首謀者と思しき犬神使いに攫われた後に俺に奪還され、その後に俺と、その犬神使いとの戦いを特等席で目撃する事となったハルヒ。
 流石の彼女も、あの不思議体験。――いきなり壁抜けで現われた人物に攫われた挙句、地下を飛ぶように移動。その後、大量の土砂と共に夜空に放り出され、其処で人間の盾として使用される。
 そして、俺に救出された後に術者同士の戦いに巻き込まれ、最後は瞬間移動で遙か上空から山火事が起きて居るかのような風景を見せられた。

 流石の彼女も、これだけの不思議な現象を、身を持って体験――。それも彼女が想定していたレベルとは、おそらく違い過ぎる不思議な体験だったはず。
 以前に彼女が体験した夢の中での出来事も、確かに普通に考えると跳び抜けて不思議な体験だったと言っても良いでしょう。……が、しかし、アレはそう言う夢を見た、と思い込まされる方法が科学的にない、とは言い切れない事件。所詮夢は夢。外的要因から夢の内容を導く方法がない訳ではない、と言う事を彼女ならば知っているはずです。
 しかし、昨夜の事件は旅館内で戦いの痕跡を見付け出す事も可能なら、山火事……までには至らなかったけど、アスファルトが溶ける程の高熱や森を焼いた不審火の跡。更に細かなトコロでは、素足のままでアスファルトの上に立たされた際の冷たさ。そして、自らの足の汚れなどから、昨夜のアレが現実に起きた出来事だと簡単に理解出来たに違いない。
 故に――

「芸って、オマエなぁ――」

 人間以外の存在に危うくアブダクションされかかり、流石に少しは大人しくなるかと思っていたのに……。
 朝から犬神使いの痕跡を調べる為に、ハルヒの部屋から昨夜戦った場所。そして、最初の被害者が発見された現場へとやって来た俺たち。それに勝手に付いて来たのがハルヒ……だったのですが。
 既に地道な調査に飽きたのがありありと分かる雰囲気。

「涼宮さん、武神さんが笛を吹くのは皆に演奏を聞かせる為ではなく、術を行使する為なのですから……」

 非常に不真面目な様子のハルヒを嗜める弓月さん。
 確かに、ここには朝倉さんが付いて来ていないので、ハルヒの御守りをするのは弓月さんになるのでしょうが……。

 ただ、飽きたと言うのなら仕方がないか。

「いや、それなら別の方法を考えて見るか。別にこの方法が唯一絶対と言う訳ではないから」

 確かに成功率から言えば、長嘯を使用する方が成功率は高い。それに、今回は有希も居るから彼女にも同時に歌って貰う心算だったので、更に確率は良く成るはずでした。
 その方が効果範囲も広くなり、結果として集められる土地神の数も増えるはず。
 しかし、同時に時間が掛かるのも事実。
 長嘯はどうしても一曲、完全に演奏し切る必要がある。他の術式ならば口訣と導印だけの時間で終わるのに……。

「何よ、他に方法があるのなら、最初からそっちを使えば良いのよ」

 ここに辿り着いた最初は興味深そうに全高一メートルほどの石碑を眺め、裏側の確認などをして居たのですが……。もっとも、表面に何が彫られている訳でもない、ただのでかいだけの石に過ぎない石碑を見てもそんなに楽しい訳はなく……。
 この場の調査開始から僅か五分で飽きた彼女の台詞。
 そんな彼女のリクエストに、何故か律儀に答える俺。別に彼女に弱みを握られている訳でもなければ、俺自身が頼み込んで彼女に着いて来て貰った訳でもないのに。

 もしかすると俺自身も地道な捜査と言う物に少し飽きて来ていたのかも知れない。

 ただ――
 ただ、何故か、彼女の我が儘が通ったのに相変わらず不機嫌なままのハルヒ。この辺りは通常運転中……と捉えたいのですが……。
 どうも、本当に不満な部分は何処か別のトコロにあるような気もするのですが……。

「成功率が低くなるから使いたくないだけや」

 何のリスクも負わずに時間を短く出来るほど、世の中……と言うか、仙術は単純には出来ていない。少なくとも、俺の知っている術式にはない。
 少しは機嫌が直るかと思って別の方法が有る事を口にしたのに……。これなら当初の予定通り、有希の術式との複合で行う方がマシだったかも知れないな。
 心の中でのみ悪態を吐き、精神を少し落ち着かせる為に、俺の右側に立つ少女へと意識を少し向ける俺。

 そこ――俺の右側三〇センチの場所に立つ少女。普段と変わらない無表情。但し、今は少し不機嫌……だと思う。
 俺の精神安定剤の役割の少女まで不機嫌って……。

 現在の状況のカオスさに少し舌打ち。世の中には二股どころか、ハーレム状態を維持出来る器用な人間が多数居るのに、友人関係さえ維持するのに苦労するとは……。

「我は祈り願う。土地神をこの場に姿を現さん事を」

 結局、無理矢理、術に集中。普段よりも気合いを入れ、口訣を唱えると同時に導印を結ぶ俺。
 しかし……。

 陽光は弱いながらも世界を照らし続け、冷たい風が、相変わらず奥羽山脈から吹き下ろす。
 冬枯れの芝生は少しの寂しさと、それに勝る来年の緑を予感させた。

「……何も起こらないわね」

 長閑な週末の午後。流石に公園の端に当たるこの辺りまでやって来る散歩中の人や、何が楽しいのか分からないながらも走り回っている小学生の姿は存在しませんが、それでも異常な気配に包まれている、と言う感じはしない。
 この状態では、ここに土地神が姿を現す可能性はほとんどないでしょう。

 仕方がないか。時間が掛かった訳ではないけど、ひとつの仕事が徒労に終わった事に対して小さくため息をひとつ。
 そして、それに続く仙術の基本を知らない素人に対する説明について、更にひとつ小さくため息を吐き出す俺。

「そもそも、邪神召喚が行われる際に、最初に対処するのがその土地神たち」

 故に、真面な術者なら最初に土地神を封じる。
 有希と弓月さんだけなら、こんな手間は端折る事が出来るのに。そう考えながらも、アヒルの顔真似を続ける少女に説明を行う俺。

 もっとも、今回の事件に関して言うのなら、あの犬神使いはどう考えても術に関してはまったくの素人。故に、ヤツに入れ知恵をした存在か、それとも召喚しようとした邪神により早々に土地神が封印されたか、のどちらか。
 土地神は、『神』とは言っても所詮は亡者レベル。生前に術者や武芸者として名を成した存在だったのなら未だしも、大抵は一般人であったので……。

 それなりの術者や、それに準じる存在ならば封じる事が難しい相手、と言う訳ではない。

「つまり、何。失敗する事が分かって居て、それでも魔法を使ってみた、と言うの?」

 それって、時間の無駄じゃないの。
 言い難い事をズバッと言ってくれるハルヒ。確かに、結果から言えば時間の無駄。
 但し、

「もしも封印に失敗した土地神が居た時に得られる情報が凄まじいレベルの物になる」

 相手の姓名が分かる可能性がある。能力が分かる可能性もある。現在の相手の居場所が分かる可能性もある。召喚しようとしている邪神の正体が判る可能性もある。
 実際、魔術の関わっていない一般的な事件ならば、土地神の助力が得られれば一日で解決する事件ばかりとなるのも事実。
 神霊探偵と言うヤツが存在するのなら、ソイツは正に迷宮なしの名探偵と言う事になる。……と言う訳。
 日本やその他、ある程度の霊的魔術的な組織を持つ国には、そう言う捜査部門も存在していて、其処の連中が一般的な事件の解決に一役買って居ると言う事もありますから。

 もっとも、今回の場合は厳密に言うと失敗ではなく、ここに土地神は居なかった、……と言う事になるのですが。
 しかし、土地神が現われなかった以上、結果は失敗と同じ。ハルヒの言うように時間の無駄とその後に続いた妙に批判的なコイツへの説明……釈明で、精神的にも(かんな)でガシガシ削られたような気分になって仕舞い……。

 そう考えて、期待して損しちゃったじゃないの、とか、あたしの貴重な時間をどうしてくれるのよ、などと自分勝手な事をほざいて居るヤツは素直に無視。
 ……多分、コイツはカルシュウムが不足しているのか、そろそろ昼飯だろう、と言いたいのかのどちらかでしょう。
 オマエの相手をさせられた俺の苦痛は、一体何処の何方が穴埋めをしてくれるのです、と問いたいのをぐっと我慢。

 そして――
 改めて、最初の自殺が行われた、と言う場所の確認を行う俺。
 ……と言っても、大して特徴の有る場所ではない。冬枯れの芝生と、所々に植えられている様々な樹木。ここに来るまでの間には自動車を使用した屋台のクレープ屋とか、タイ焼き屋などもあったのですが、この辺りはすぐ傍まで迫った山……戦国時代には山城が築かれていた、と言う山から続く林と、その当時は自然の堀として使用された池が存在するだけで、これと言った建物。図書館や博物館なども存在していないので……。

 目立つ物と言えば、この石碑ぐらいか。
 そう考えながら、池の畔に立つ大きな石碑に視線を向ける。

 大きい、と言えば大きい。青い、おそらく青石と一般に呼ばれる石だと思われる石碑の部分は綺麗な状態が維持されているが、しかし、その土台と成って居る部分には苔が目立っていた。そして、その平たい表面には、この手の石碑に必要な文字や絵が刻み込まれている訳ではなく、ただ平らな面をコチラに向けているのみであった。
 時間の経過と共に摩耗して行き、結果、最初に刻まれていた文字や絵が消えて仕舞った可能性が多少なりともあると思うが……。
 普通は、ここに銘文なり、絵なりが刻まれているはず。それによって、この石碑の由来が分かるはず、なのですが……。
 それとも、マジで、この場所に何かが封じられて居る、とでも言うのか?

 手詰まりか。そう考え、正体不明の石碑から、相変わらず何故か巫女さん姿の弓月さんに視線を移す俺。土地神を召喚出来れば、この辺りの因縁話も詳しく説明をして貰えたはずなのですが……。
 俺の視線に気が付いたのか、小さく首肯く弓月さん。何故かその瞬間に、フンっと言うやや強い鼻息と共に視線を在らぬ方向に向けた少女が居たのですが……。
 コイツは素直に無視。

「この石碑……塚に纏わる伝承は――」

 何が面白かったのか不明なのですが、少しの笑みを堪えるように話し始める弓月さん。ただ、その内容は……。

 昔……。ここの山に城が築かれていたのは戦国時代まで、だと言う話ですから、おそらく戦国時代の話だと思いますが。
 戦に敗れた侍の集団が、この地まで落ちて伸びて来た事があるらしいのですが……。
 ただ、その落ち武者たちはこの地まで落ち伸びて来たけど、追っ手も直ぐ近くにまで迫って来て居たらしく。
 最早、これ以上、落ち伸びる事は不可能と考えた一同が……。

 この池の畔で全員自刃して果てた、そうです。

「流石にこの事を不憫に思った地元の人間が、自刃した侍たちの霊を慰める為に。でも、彼らは追っ手がかかる身であった為に、銘文を刻まない石碑を立てて奉った」

 ……と言う伝承がこの辺りに残っているそうです。

 筋は通っている。それに、この話が事実ならば事件の最初の死者……蘇芳優がここで自殺した理由も何となく理解出来る。
 ただ、これでは少し弱いような気も……。
 それに城にこれほど近い位置まで無事に近寄って来られた、と言う事も疑問。城主はもしかするとその落ち武者たちを受け入れる心算があったんじゃないか、とも思えるのですが……。

 上空に視線を移し、そして、そこから周囲を見渡して見る。俺たち以外に人影はない。しかし、周囲の雰囲気は穏やかな冬の休日。多少の寒さは感じるが、その中に霊場特有。それも、怨みに染まった悪霊が無理矢理、封じられているような気配は感じない。
 確かに最初の死者が出た段階で、この場に封じられて居た何モノかが解放された可能性もありますが……。
 過去視の類は……かなり難易度の高い卜占(ぼくせん)系の術の中に有る。その術で一九九八年の事件当日の夜を覗く事は可能ですが、それは結界や異界化現象を越えて、その内部を覗く事が出来る術式と言う訳ではないので……。

「でも、その伝承とは違う話が高坂の家には伝わって居ます」

 このルートから事件を探るのは無理か。そう結論付けようとした俺。しかし、そんな俺の諦めにも似た考えに待ったを掛ける弓月さん。
 そして、改めて石碑を見つめ、

「この石碑は庚申塚だと言う話です」

 ……と言ったのだった。
 庚申塚。実物を見るのは初めてだが、知識としてなら持って居る。確か、普通の庚申塚には銘文と彫刻。例えば、三猿や、青面金剛、猿田彦などが刻まれている事が多いはず。

 尚、庚申塚とは……。
 人間の身体の中には三尸(さんし)と言う虫が棲んでおり、庚申の日の夜、寝ている間に天帝にその人間の悪事を報告しに行くとされていた。
 まぁ、大抵の人間は、人に知られたくない悪さのひとつやふたつは行って居る物で、それを避ける為として庚申の日の夜は夜通し眠らないで天帝や猿田彦、青面金剛などを祀り、勤行をしたり宴会をしたりする風習があった。
 これが『庚申講』と言うヤツ。古い時代を舞台にした小説などでは時々、目にする内容でもある。俺が最初にこの言葉を知ったのは平安時代を舞台にした小説だったかな。
 それで、この庚申講を三年、合計十八回続けた記念に建立されるのが庚申塚。塔の建立に際して供養を伴ったトコロから、庚申供養塔とも呼ばれる事もある。

 ただ、庚申塚か……。

「有希、三尸虫を呼び出してみるか」

 成功する可能性は限りなく低い。そもそも、その三尸が必ず塚に存在している訳ではない、と思う。仮に存在して居たとしても、召喚に応じる可能性がどれぐらいあるのかも分からない。
 それに、俺はこの三尸召喚を実際に行った事がない。飽くまでも知識として知っているだけ、のレベル。何故ならば、俺に三尸を召喚する術は必要がなかったから。相手の発して居る気配を読めばある程度考えている事が分かるし、事件を起こした癖に、白を切り通そうとする犯人を追いつめるような類の事件に巻き込まれた事もなかったから。
 どちらかと言うと、最後は力でねじ伏せる腕力勝負の事件にばかり巻き込まれて来ましたし。

 但し、成功した場合は……高坂家の知られたくない過去が暴き出される可能性はある。が、それでも、この何の銘文も刻まれていないこの石碑の意味と、そして、今起こりつつある事件の裏側が分かる可能性もある。
 どちらの方を因り重要視すべきかを考えたら、答えは一目瞭然でしょう。

 静かに俺を見つめ返した有希が小さく首肯いた。彼女に否はない。それに、元々は土地神を呼び出す際に彼女にも手伝って貰う予定だったので、土地神が三尸虫に代わっただけで、当初の目的と大きな差が出る訳でもなかった。

 しかし――

「ちょい待ち」

 相変わらず、俺が何か始めようとすると口を挟んで来るヤツが一人。

「あんたが三尸とか言う虫を呼び出せる、と言うのなら、呼び出せるのでしょうよ。でも、其処に何で有希が関係しているのよ?」

 俺が有希……と呼び掛けた瞬間にその形の良い眉根を寄せたハルヒ。しかし、其処に対するツッコミなどではなく、まったく違う個所に噛みついて来た。
 ただ、俺は既に彼女の中では少しぐらい不思議な事を言っても、その上、やって見せたとしても不思議な事ではなく成った、と言う事ですか。

 確かに昨夜の戦いの始まりから、その決着までを見た上で、未だ恐れる事もなく話し掛けて来てくれるだけでもマシですか。
 そう前向きに解釈する俺。ただ、自分に言い聞かせたとしても、其処に一抹の寂しさに似た何かが残っているのは仕方がない。

「俺たちは基本、何人かの仲間と共にチームを組んで行動する。有希と万結は俺の今のチームメイトだ」

 もっとも、今のトコロ、俺たちは常時実戦に投入されている訳ではなくて、普段は待機状態。今回は偶々弓月さんの依頼が俺や有希たちに為されたから、コッチに仕事が回されただけだから。
 当たり障りのない答えを口にする俺。ただ、基本的に常時最前線に居る人材なら、こうやってひとつの学校に長く留まる事がないのも事実。
 そう言う人間は大抵の場合は、転校生として全国の学校を渡り歩く人間となる。

 俺たちが関わるのは霊的な事件。そんな事件がそれほど簡単に起きる物ではない。まして、御近所で毎週のように事件が起きて居たら、その地の地脈を一から調整し直す必要が出て来るほどの異常事態。
 そんな事はあり得る訳がないでしょう。
 基本的には公的権力の入り込み難い、まして学生と言う立場でしか入って行く事の出来ない人間関係の中に入り込んで捜査を行うのが『転校生』と言う連中の役割。幸い……かどうかは分かりませんが、俺はそのような仕事を中心にしていた訳ではありませんが。

「俺は……まぁ、ちょいとヘマを仕出かした挙句に大怪我。それで、一時的に御役御免となって後ろに下げられたと言う訳」

 もっとも、予想以上に怪我が酷くて、北高に通えるまで回復するのが予定よりも遅れたけどな。
 ある程度の事実を含む嘘はばれ難い。おそらく、ハルヒ自身が、自分と言う存在の意味を知って居なければ、この嘘はばれる事はないだろう。そう考えて、正に立て板に水状態で思い付きの設定を口にする俺。
 ただ、あまりしつこくツッコミを入れられるのも厄介なので、

 合わせる視線。その瞬間、小さく首肯く彼女。
 ふたりで合わせるように柏手をひとつ。見事な重なりを見せた柏手によって、それまでの会話は完全に途切れる。
 そして、

「我は祈り願う。この場に三尸の姿を現さん事を――」

 簡潔に唱えられる口訣と、結ばれる導印。
 その刹那――


☆★☆★☆


 じりじりと燈心の燃える音のみが室内に微かに響き、揺れる赤い光が几帳(きちょう)に不穏な影をふたつ作り出す。
 瞬間、強い風に晒されたのか、家の何処かがまるですすり泣くかのように軋み始めた。

「我らが主は重い租に苦しむ民の為に兵を挙げたのだ。帝に反旗を翻す心算など毛頭なかった」

 二筋の燈台の明かりにのみ支配された室内は暗く、目の前に居る人物の服装さえ曖昧。着物のようであり、そうではないようにも見える。おそらくかなり古い時代の日本の衣装、直垂(ひたたれ)と言う服装だと思う。
 部屋は板敷き。御膳に乗せられた素焼きの食器の上には質素な……。しかし、量だけは十分だと思われる料理の数々。

 刹那。目の前の男が、素焼きの盃に注がれた白濁した液体をあおるように飲み干した。
 年齢不詳。烏帽子を外し、(もとどり)すらも解いた髪の毛はまるで女性。但し、その容貌は男性。
 それも、明らかに信用の置けない相手。その細い瞳に浮かぶ色は怪しく――

「都で貴族どもが何をして居るのか。その貴族――遥任国司(ようにんこくし)に任じられた目代どもが何をしているか知らない貴殿でもあるまい」

 その刹那、燈台の明かりの加減であろうか。目の前の男の瞳が赤く光った。その目を見た瞬間、背筋に走る寒気と……そして、奇妙な既視感。
 この瞳と……そして、声には覚えが――
 ゆっくりと大きく成って行く不気味な気配。切燈台(きりとうだい)の光の届かない部分。例えば部屋の角や天井の隅。几帳の影などにわだかまる闇が、徐々に膨らみ始めているかのような、そんな錯覚さえ感じ始めた。
 まるで時代劇の一場面。ただ、これが三尸により見せられている映像だとすると……。

黄泉坂(こうさか)殿の力を借りられれば、この地に眠る神。彼の蝦夷(えみし)の長、阿弖流為(アテルイ)が祭ったとされる神の能力を――」



 雲のない氷空。冴え冴えと光る月が夜空を支配し、
 すぐ間近まで迫った山の木々の影が覆うように存在している池は、蒼よりも闇の気配の方が濃い。
 視野は……。見渡せる範囲内は、ただひたすら暗い。
 そう、月明かりの下、ほとんど見渡せない周囲に、黒々とした水面が静かに広がり……。

 微かに揺蕩っていた。

 信じられない、と言う表情で俺――おそらく、この記憶を庚申塚へと封じ込めた人物の顔を見つめる侍。
 いや、侍と言っても、別に髷を結って居る訳ではない。まして月代(さかやき)を剃っている訳でもない。本来は烏帽子を固定する為に必要な髷が結われては居らず、長い黒髪を振り乱した姿は正に落ち武者に相応しい姿形であった。

 周囲には澱んだ水の臭いと、鬱蒼とした山、枯れた下草の臭い。
 そして、これだけは非常に嗅ぎ慣れてしまった――鉄臭い、と評される臭い。

 差し込まれた直刀がゆっくりと引き抜かれると同時に、赤黒い液体が吹き出し――
 そして、今まさに事切れようとした侍――

 突如、乱れる映像。事切れる瞬間に何かを叫んだ侍。しかし、既に声は聞こえず、更に、映像にもふたつの赤い何かが重なるように……。


☆★☆★☆


 奥羽の山々より吹き寄せる冷たい風。その風が起こす灰色のさざなみが、池の上を静かに走って行く。
 世界は変わらず。ただ、ここに辿り着いた時よりも黒く感じる池の水面が、さむざむとした鏡面を氷空に向けて開けているかのように感じられた。
 そう、それは正に別世界への入り口の如くに……。

「ねぇ――」

 最早慣れっこに成って仕舞ったこの問い掛け。どうせ俺は説明するぐらいしか役に立ちませんよ。
 まぁ、取り敢えず、聞いてくれるだけでもマシなのですが。

「今の映像が、その三尸とか言う虫に見せられた記憶だって言うの?」

 ハルヒの問い。ただ、弓月さんの方も同じように疑問符が多い雰囲気ですので……。

 映像……。確かにそう表現しても間違いではないでしょう。ただ、この場所の何処を探しても、その映像を映し出すスクリーンもなければ、モニターもない。まして、携帯電話に映し出された訳でもない。
 あれは俺たちの脳に直接送り込まれた記憶。この記憶の持ち主の経験を追体験させられた、と考えた方が無難でしょうか。

「多分、そうなんやろうな」

 かなり曖昧な答え。ただ、他のタイミングで三尸召喚の術を行使した事がないので、絶対にそうだとは言い切れないので……。
 もっとも、そうかと言って、ハルヒから三尸を呼び出して試して見る訳にも行かないので、この曖昧な部分については仕方がないでしょう。

「遥任国司や目代。その他の情報から平安時代……と考える方が妥当か」

 ただ、蝦夷の生活は稲作などの農耕は行われず、基本は狩猟採集だったと思う。故に、阿弖流為(アテルイ)などが抵抗を試みても圧倒的な戦力の前に押し潰された、と言う歴史が作り上げられたはず、ですから。
 確かに東北地方、それも朝廷の支配領域では少しずつ稲作も行われるようになって居たと思いますが、それでも東北地方の気候では稲作……水田による稲作は難しかったと思いますね。陸稲に関しては……巨大な遺構が発見されていないので、俺の知識では微妙ですか。

 まぁ、何にしても日本のように狭い国土で多くの人口を養おうとすると、矢張り、米は必要。それで、如何に大陸を相手に交易を行い、文化的にもそう低い状態ではなかったはずの蝦夷が北へと追いやられて行ったのは、スペインやポルトガルに南米の文化が破壊されて行ったのと同じ図式、と言う事になるのでしょう。
 つまり、文化的にどんなにすぐれて居ようとも、ある程度の軍事的な力がなければ滅ぼされて仕舞う可能性がある、……と言う事。

 ただ……。
 ただ、スペインやポルトガルは自分たちの宗教も押し付けて……。いや、最初はインディオが人か、そうではない……人間ではない亜人の一種なのかの論争もあったと記憶しているのですが。確か、ローマ法王の有名な「新大陸の人間は真正の人間である」宣言があるまでは、人間として扱う事さえ躊躇ったはずです。それはつまり、自分たちの宗教に彼らを組み込んで洗礼を施して良いのか、と言う考えさえあったらしい、と言う事。
 まぁ、現代日本に暮らして来た俺からすると、何を訳の分からない事を、と言って呆れるしかない事なのですが。

 ただ、スペインやポルトガルなどは自分たちの優れた……と自分たちが一方的に考えている宗教を強制的に押し付けるような真似をしたのですが、流石に日本の朝廷は其処まで非道なマネを為さなかったのか、それとも蝦夷の同化を計る為に、自分たちの神話体系に彼らの信仰を取り込んだのか定かではありませんが、彼ら(蝦夷)の神への信仰を禁止するような事はありませんでした。

 先ほどの映像の中にある「阿弖流為が祭った神」なども、確か多賀城内で祭られて居た、と言う記述が何処かに残っていたはず、ですから。
 多賀城とは当時の対蝦夷の最前線。ここに、敵将が信奉している神を祭る、と言う事は、既にそれだけの数の蝦夷が恭順していたのと、朝廷……東征軍が宗教に関しては寛容だったと言う事なのでしょう。
 阿弖流為の助命嘆願まで為した、と言う記述が残されているらしいですから、坂上田村麻呂と言う人物が非常に寛容な人物で、更に、支配者として必要な事が理解出来て居たと言う事なのかも知れません。

 コルテスやピサロに……。いや、ハルケギニアの一部の貴族を見ていると、コルテスやピサロなどが特別な訳ではない事が見えて来ますか。それに、阿弖流為が生きて居た時代の国司などが何をやって私財を蓄えたか考えると、日本人だってそう上等だったとは言い切れませんし……。

「それで、今回のこの一連の事件と、さっきの映像の関連は分かったのでしょうね」

 何となく、だけど、昨夜のアイツと、さっきの映像に出て来た長髪の声が……。
 この四人の中で俺とハルヒしか聞いていない声。昨夜の犬神使いと先ほどの平安期の侍らしき男の声の共通点について口にするハルヒ。

 そう、確かに俺が既視感を覚えたのもその部分。ただ、それ以上に気に成ったのは……。

「阿弖流為が歴史上に登場したのは確か七九〇年代。ただ、さっきの映像……記憶ではその阿弖流為が歴史上の登場人物の如き表現で話されている」

 確かに鎌倉期なら国司は居た。しかし、それは荘園の領主としての国司で、その国司と武士の集団が争うと言うのはあまり考えられない……と思う。
 弓月さんの最初の台詞。関東圏で戦に敗れた武士が落ち伸びて来る。都に貴族が居て、そいつらが遥任国司として目代を派遣。その目代が私服を肥やす為に税率を勝手に変えていた時代。

 阿弖流為よりも後の時代で、服装やその他の要因からおそらく平安期。守護が力を持つ鎌倉期ではない。
 その頃に関東で起きた侍が関係する戦。
 前九年の役と後三年の役は東北を戦場とした戦で有る以上、弓月さんの最初の台詞には当てはまらない。

 それに、何より――

「さつき、無事だと良いのだけど――」

 
 

 
後書き
 さて、そろそろヤバい方向に物語が進みつつ有りますが。
 尚、この庚申塚関係のネタを思い付いたのはとあるドラマ(再放送)を見ていた時に、

「この塚は昔、戦に負けた平家の落ち武者たちがここまで落ちて来た後に(云々)」

 ……と言う台詞があったのですが、その霊を慰める為に建立されたはずの石碑の真ん中に、大きく『庚申塚』の文字が。
 思わず、画面に向かって、「もし本当にその塚が平家の落ち武者たちを慰める為に建立された塚なら、あんたの御先祖さまはかなり夢見の悪い事をして居るぞ!」……とツッコミを入れていました。
 こんなツッコミ、滅多に入れないけどね。某○流ドラマで、「武帝が兵を送り込んで来た」とその半島の王朝の家臣が騒いでいる姿を見た時ぐらいか。
「武帝はおくり名(諡)だボケ! ドラマを作るならその程度の事ぐらい調べろアホ!」
 ……とね。
 まぁ、所詮はすべてファンタジーの話なのだから、その程度で十分なのだろうけど。

 それでは次回タイトルは『赤い瞳』です。
 
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