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フェイト・イミテーション ~異世界に集う英雄たち~

作者:零水
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Extra episode
  Thief and Assassin

 
前書き
 この部は本作の本編の進行とはあまり関係のない短編集、所謂幕間集です。
 本編をやりながら思いついたら書いていく形になるので本編以上に不定期更新となります!

 記念すべき第1話の主役はタイトル通りこのお二人です!

 それではどうぞ! 

 
 私にはやるべきことがある・・・


 守らなければならない人がいる・・・



「ここが君の仕事場じゃよ。まあ基本ほとんどは書類の整理やら何やらといったところじゃがの。」



 あの娘を守ってやれるのは私だけだ・・・


 だから私は・・・



「ではこれからよろしくの、ミス・ロングビル。」
「・・・はい、オールド・オスマン。」



 あの娘のためなら、何だってしてみせる・・・!






「しっかし、さすが貴族の出って感じだね。どいつもこいつも無駄に見栄を張ってばかりじゃないか。」

 図書室で資料を返却し、オールド・オスマンのいる学長室まで帰り道の途中独りごちた。いつもの皮を被った態度ではなく素の声で言ってしまったが、今は授業中だから誰も聞いたりはしないだろう。
 ここの仕事にも慣れてきた。基本学院長室で書類まとめをし、必要があれば図書室まで資料取りに行く、この往復だ。全く退屈で仕方がない。
 しかしあの爺さん、給料はしっかり払ってくれるし何より学院長の秘書ともなるとその値段は確かなものだ。多少の苦労は目を瞑ってやるか。

 戻る際、庭を通りかかった。校舎が離れているためこっちの方が近道だ。ここでは昼休みになると、生徒たちがお茶を楽しんだり男女でイチャイチャしている姿をよく見かける。

 貴族は嫌いだ。アイツらは自分のこと以外どうだっていいとすら考えている。威張って権力を振りかざすことしか能がない馬鹿どもだ。
・・・まあ私も元々はその貴族だったりするんだけど。


「はあ、まあガキでも貴族だけあって最低限の礼儀ってのは弁えているわよね。教師だって、その辺にだらしなくしている奴なんているはず・・・・」




「ZZZZZ・・・・」




 ――――いた
 

広めの庭に申しわけ程度に置かれているベンチに仰向けになって寝っ転がっている男が。
 こっちは退屈かつ忙しい仕事で手が一杯なのに気持ちよさそうに寝やがって・・・!
よく見ると変わった服装をしているが、ヨレヨレである。髪もボサボサだしとてもじゃないが「ちゃんとしている」ようには見えない。少なくともこの学院ではあまりにも場違いな出で立ちだ。

「な、何だってんだいこの人は・・・?生徒なわけないけど教師って感じじゃない気がするし・・・。」

 いっそ起こしてやろうか、と考えてみたけど、

「ってヤバ!流石に時間かけすぎた。まだ仕事終わってないのに・・・!」

 今日中にやらなきゃいけないことがまだたくさんあることを思い出し、慌てて学院長室まで走っていった。








「おいコルベール、あの女は誰だ。」
「え、え~とヴァロナ君?ちゃんと話してくれないと答えられるものも答えられないのですが・・・」

 さっき昼寝をしていたら、見慣れない気配があったからいつもの実験室でコルベールに聞いてみた。
 片手に本、片手に薬品の入ったビンを持ったコルベールは、質問の意味が分からないと困惑な表情をこっちに向けている。

「だから、眼鏡をかけた緑色の髪をしたあの女は誰だって聞いている。」
「・・・・・ああ、ミス・ロングビルのことですな!」

 数秒の沈黙の後、ようやくひらめいたように言った。両手が塞がっていなければポンと手のひらを打っていただろう。

「最近この学校に来たのですよ。何でも、オールド・オスマンの秘書になったらしいですよ。」
「秘書だぁ?」

 大方、あのジジイが暇つぶしに雇っただけだろうが。
 なんてことを考えていたらコルベールがとんでもないことを言ってきやがった。

「何ですか、もしかして君の好みそうな方だったりして・・・」
「冗談だったとしてもそれは笑えねぇぞ。」

 とりあえず、このふざけた男に殺気をぶつけておく。奴の笑顔が凍り付いて冷や汗が流れていくのが分かった。

「はあ~、そうでした。貴方は人間が嫌いでしたね。」

 どうやら黙らせるのは失敗したようだ。召喚当時からやっていれば流石に慣れたか。
 だから何度も言っているだろう。

「別に嫌いじゃないさ。ただ信用していない。」

 ホント、ただそれだけの話だ。







「見られない服装の黒髪の男・・・?おお、ヴァロナ君のこと言っておるのかね。」
「ヴァロナ?」

 仕事がひと段落し、休憩に紅茶を飲みながら、先ほどの男のことをさりげなく聞いてみた。
 幸いにも、あの変わった服が特徴的だったからオスマンも特定するのは簡単だったようだ。

「ヴァロナ・テクートリといってな。ほれ、コルベール君は知っているじゃろう?彼の助手を務めているのじゃよ。あとついでに男子寮の寮長もな。」
「はあ・・・。」

 コルベール・・・確かあの禿げ頭の奴か。助手なら尚更あんなトコで居眠りしていた事を言いつけてやろうか。
 そう思って口を開きかけた。

「おお、そういえば君と彼は似たもの同士かもしれんのぉ。」
「・・・は?」

 思わず素の声が出てしまった。気付かれてはないみたいだけど・・・。

「彼はの・・・君と同じ没落貴族の出なんじゃよ。」
「っ!?」
「理由とかは知らんがの。まあそれがどうもコルベール君の親戚みたいなもので、結局彼が拾ってやったそうじゃ。その後、儂がコルベール君を教師として雇った際に、ヴァロナ君を助手にすると懇願してきたわけだ。」

 オスマンの話を気が付いたら熱心に聞いてしまっていた。まさか、自分以外にこんなところで同じ境遇の人物に出会うなんて・・・。彼に対しての親近感、というかそんな感じの気持ちが一気に高まった。
 だが、それと同時に少し嫉妬もした。私はこんなにも、自分やあの娘のためにお金を集めようと日々躍起になっているというのに、彼はあんなに悠々と暮らしている。それが釈然としなかった。

「よければ今度会って話をしてみてはどうかの?同じ立場の人なら少しは話も合うじゃろうて。」

 勿論そうさせてもらうさ。







「まったく、こんないっぺんに資料を借りるんじゃないよ!運ぶのは私だってのに・・・」

 あの話をしてから3日経った。仕事が忙しくてそれから彼とは話すどころか姿さえ見かけない。裏の盗賊の仕事も、まだ、数回しか行っていない。
 これじゃ、これじゃあ足りない。もっともっと金を稼がなくては・・・!!


「危ないですよ!!」
「え・・・っと、わわわっ!?」

 考えに浸っていたら壁に激突しそうになった。抱えていた資料が顔の高さまであったから余計に気付かなかった。壁との衝突は避けられたが後ろによろめいてしまった。

「きゃ・・・!」

 ドサッ

「やれやれ、大丈夫ですか?」

 背中を誰かに支えられて転ばずに済んだ。若い青年のような声がしたけど・・・

「す、すいません!ありがとうござ・・・」
「怪我の方はありませんか?」

 目の前に目的の男の顔があった。







 奴を廊下で見かけたのはホントに偶然だった。
 何か大量の本を抱え、何やらブツブツと呟いている。目の前に壁が迫っていることにも気づいてないようだ。

「危ないですよ!!」
「え・・・っと、わわわっ!?」

 とりあえず声をかけてやったらもの凄いふらついた。何だ、ドジキャラかよ。
 転ばれるのも迷惑だから支えてやる。

「やれやれ、大丈夫ですか?」
「す、すいません!ありがとうござ・・・」
「怪我の方はありませんか?」

 お礼を言おうとしたようだが、目が合った瞬間に固まった。何故に?

「あ、貴方・・・ミスタ・ヴァロナ?」
「おや、私をご存じで?」

 とりあえず、よいしょと態勢を戻してやる。ありがとうございます、と今度はちゃんと礼を告げると

「少し、お時間は開いてますか?お話ししたいことがあるので。」

 と誘ってきた。




 一先ず本を図書室まで運び、その後は庭のほうに出た。適当にベンチを見つけ(よく考えていたら昨日彼が寝ていたものだった)並んで座る。
 最初はこの学園に慣れたかとか、昨日ここで寝ていましたよね、と他愛もない話で少し盛り上がっていた。
 なんだ、思ったよりずっと好青年じゃない、とこの時までは思っていた。
 そしていよいよ、本当に聞きたい事を聞いてみた。

「オールド・オスマンからお聞きしました。貴方、昔没落した貴族だったそうですね。」
「(ギクッ)え、ええ、まあ、そんなところです。」
「実は・・・私もなんです。」
「!ほう・・・。」

 没落貴族って名前を出した瞬間、何故か取り乱した。まあ没落だなんて言われて良いモンじゃないからね、そういう反応もあるだろう。
 こっちのことを明かしたら、少なからず興味を持ったようだ。

「その、無礼を承知でお聞きするのですが・・・その、貴族の身分を取り上げられた時、どう思いましたか?」
「え、え~と、まあ特に何とも・・・。」

 その言葉は少し不服だった。何も思わないってことはないだろうに・・・。

「本当に何も思わなかったのですか?悔しかったり、他の貴族を恨んだり、とか・・・?」
「・・・・・。」

 質問をしているようで、私はどこかでこれに賛同して欲しかったのかもしれない。同じ境遇の人間なら、そう思っているはず、とどこかで安心感を得たかったのかもしれない。
 だから、目の前の彼がどんどん冷めた目になっていくのに焦りを感じていた。

「・・・そんなことをして何になるんでしょうね。」
「え・・・」

 不意に、彼がポツリと呟いた。

「アンタ、そんな思いをしてまで何で生きたいんです?」
「っ!」

 その言葉にカッとなった。少しでも同じ境遇に立っていると思った私がバカだった。同じ没落貴族でもその思いは全く別物だ!

「貴方には分からないでしょうね、貴族の名を取り上げられただけで皆の見る目が変わる様を。剥奪されても拾ってもらった身の貴方には!そんなことして何になる?確かにそうよ!そんなこと思っても何の意味もない!でもそう思わなきゃやっていられないのよ!」

 貴族を剥奪されたのは後悔していない!あの娘を守るためだったら貴族なんて身分なんていらない!
でも、憎かった!己の利益ばかり考えている奴らが!そしてそのために私から貴族の身分を取り上げた奴らが!
 悔しかった、妬ましかった、それが誰の得にもならないことだって分かっている!
 
 それでも・・・私は・・・!!
 

「私はそれでも生きなきゃいけない理由があるの!そういうアンタだって、一体何のために生きてるっていうの!?」

 失礼します、と言って立ち去る。
 私が怒りをぶちまけている間も、彼は何も言い返さずずっとつまらなそうな目をしているだけだった。
 最悪の気分だ。勝手に裏切られたと思い込んでいるのは分かっている。でも、あんな奴に自分を否定されたような気がして腹が立つ。あんな奴に生きることを諭されるのが腹が立つ。
 何よりあんな奴に言い負かされたような自分に腹が立つ!!








「・・・ふん」

 ロングビルを怒らせたようだが、一切反省はしない。
 恨みや憎しみが何になると説いたが、それは決して善意からくるものではなかった。

「くだらないんだよ、そんなの。」

 正直、アイツが激昂した時に言ったことはほとんど理解できなかった。生きるの辛くなるのだったらとっとと止めちまえばいいだけの話だろうが。

「ま、これで件の犯人はあいつだってことは分かったがな。」

 彼女が時折、夜中どこかへ出かけていくのは知っている。更に、ここ最近貴族の間にだけ出没する盗賊の話も。

「その生きるための手段がこれか。全く本当に下らない。」


『アンタは一体何のために生きてるっていうの!?』
「・・・・・。」

 先ほど彼女に言われて、ふと思い出したくもない生前の記憶が蘇ってきた。

「生きる目的、ねぇ・・・。」

 どこか遠い目をしながら呟いた一言は誰にも聞かれることなく空気に溶けていった。



 そんなもの・・・とっくの昔に失くしちまったよ。









「まったく、ミス・ロングビルも困ったものですなあ、寝坊などとは。」

 翌日、コルベールはロングビルの部屋を訪れていた。今彼が言ったように、朝になってもロングビルが学院長室に現れなかった。どうせ寝坊だろうと、オスマンはたまたま別件で来たコルベールに彼女を呼んでくるよう頼んだのであった。

 コンコン
「ミス・ロングビル、いますか?」

 ・・・・・

 何も返事がない。不思議に思ってこっそりと探査の魔法を使ってみたが、部屋の中には人の気配すらなかった。

「!開いている・・・」

 さらには部屋の鍵も開いていた。女性の部屋を除くというのはいささか以上に気が引けたが、確認のためにも彼はドアを開けた。

「ミス・ロングビル?」

 中は彼の予想通り、もぬけの殻であった。








 くそっ、油断した・・・!そう思いながら歯噛みした。
 成金として名高い貴族の館に忍び込んだはいいが、思いのほか警備のトラップが激しく、ついには捕らえられてしまった。少し、昼間のイライラで緊張が緩んでいたのかもしれない。今は手足を縛られ地下牢に入れられている。

「ほうほう、これが最近貴族の間で出る盗賊という奴か。」

 数人の部下を引き連れて現れたのはこの屋敷の主。如何にも貴族らしいデブった男だ。

「しかしまさか女だったとはな。どうだ、盗賊なんてやめて今後はワシに仕えてみんか。報酬もそれなりにくれてやるぞ。」

 いやらしい目で私の体を舐めまわすかのような視線を送ってくる。目を合わせなくたって醜悪な雰囲気が感じられた。

「はっ、誰がアンタらみたいな下賤なヤツにつくか。冗談はその太った体格だけにしてほしいね。」

 せめてもの強がりで嫌味を言ってやった。そもそも顔が良くったって貴族に仕える気なんて最初から毛頭ない。だから盗賊なんてことをやっているんだから。
 激昂するかと思っていたが、相手はそうはならなかった。が、こちらを嘲笑う表情は消え、スッと目を細めた。

「盗賊風情が、素直に乞えば許してやったものを。・・・明日の朝、周辺の貴族たちを集めお前を大衆の面前で極刑に処してやる。貴族を脅かす悪党を葬ったのだ、陛下も褒美の一つも下さるかもしれん。」

 それまでそうしているがいい、と言葉を残して男は去っていった。









 男子寮の寮長室で暇を潰していると、何やら学院内が少し騒がしかった。何事かと外に出てみると、コルベールの奴がこっちに向かってくるところだった。

「おおヴァロナ君、ちょうど君を探していたのですよ。実は、ミス・ロングビルがいなくなってしまいましてね・・・。」
「いなくなったぁ?」

 そういえば今朝から見てねえなぁ・・・。

「部屋に行っても誰もいなかったので、生徒には内密に一部の教師で捜索を行っています。」
「・・・・・。」

 まだどこに行ったのか何も分からない状態だから生徒を巻き込んで事を大きくしたくないのだろう。

 それは分かる。分かるのだが、な~んか嫌な予感が・・・。

「ヴァロナ君、君は街まで行ってミス・ロングビルの捜索を「断る!」・・・言うのが速すぎますよ。」
「当たり前だろ、何で俺がンなこと「口調。」・・・なぜ(ワタクシ)がそんなことをしなければならないのでしょうかねぇぇコルベール先生ぃ・・・!!」

 他の教員が通りかかったから言い方を改められた。まあ俺から見て背後だったから顔は青筋立てて凄んでやったが。
 コルベールはきょとんと「何でって・・・」と言ったあと、ニッコリして答えた。

「ここで動かなければ君のその高い敏捷値をどこで活かすっていうんですか!」(グッ!)←サムズアップ

 こんの野郎ォォォォォォォ!!!!


『アサシン→敏捷パラメータ:A+』


 ・・・今、変なテロップが出たような気がした。









 食事も与えられないまま一日経ち、再び夜を迎えた。明日になれば公開処刑となる。当然このままでは死にきれないが、空腹と渇きからか諦めの色も出てきてしまっている。

「(誰か、助けに・・・)」

 ふと頭によぎった考え。すぐに一蹴して自嘲した。自分は孤独の、それも盗賊だ。助け何てくるはずがない。
 あいつは、今何をしてるのかな・・・

「・・・って馬鹿か私は!?」

 どうやら本格的に頭も心もまいっているようだ。よりによってあんな奴を思い出すなんて・・・!!

「ま、あいつのことだ。私なんかがいなくなってもお構いなしに今頃呑気に寝ているだろうさ。」
「ほう、随分とお前に嫌われているようなんだな、そいつって。」
「嫌いっていうか、何だろ・・・信用が出来ないんだよね~あいつ。こう全身から胡散臭さが醸し出されている、というか?」
「ふん、ひどい言われようだな。盗賊のお前さんに言われるのもまた腹立たしいだろうよ。」
「ふふ、まあね。








って」

 いつの間にか会話していた。恐る恐る顔を上げると、暗闇の中で誰かが立っている。よく見えない。
 と、その時タイミングよく(後から思うとこれはむしろ悪かったのかもしれない)牢屋の外にある小さな窓から月明かりが降り注いだ。
 その光で映り込んだのは・・・


「ところで、お前の言う『あいつ』とはもしかしてこんな顔をしている奴のことか?」


 『あいつ』が物凄く不機嫌そうな顔をして立っていた。








 夜も更けて、誰もいない道をトボトボと歩いた。いや、正確には前をスタスタ歩いて行くコイツに遅れないよう時々早足になっているが。まったくコイツときたら女性への労わり方も知らないのかい!・・・まあ、助けてもらっておいてなんだけどさ。
 それでも聞かずにはいられなかった。

「ねえ、アンタって何者なの?」

 いかに自分が油断していたとはいえ、あそこの守りはかなりのものだ。それを誰にも気づかれることもなく私のいる牢屋までたどり着けるはずがない。地下牢に続く扉の前には見張りが二人いたが、見事に昏倒されていた。争った物音もなく。
 極め付けはさっきのことだ。鍵を持っていない状態でどうやって助けるのかと思いきや、どこからか取り出したナイフで太い鉄格子を両断してしまった。
 とてもじゃないけど、ただの没落貴族の出の奴ができることじゃあない。
 コイツは立ち止まり顎に手を当て少し考えたあと、「まあいいか。」と呟いた。

「没落貴族ってのは嘘だ。」

 やっぱり。それは何となく分かっていたから驚きはしない。だけど次の言葉は完全に予想外だった。

「俺は・・・コルベールの使い魔だ。」


 それから、彼は事情を話した。彼は10年ほど前にコルベールによって召喚され、以来ずっと一緒にいるのだと。
 
 それで知った。彼は、唯の人間ではないということ。そして彼は私以上に、孤独の身であるということ。
 
 その内に、今度は私が自分のことをポツリポツリと話しだした。故郷のこと、そこにいる妹のような子のこと、彼女を養うにはどうしてもお金がいること、そしてそのために、盗賊をやっていること。
 余計なことまでしゃっべっているかもしれないが別にもうどうでも良かった。学院に戻れば、彼はオールド・オスマンに私を引き渡すだろう。盗賊をやっていることが分かれば、オスマンだって黙っていない。良くて秘書をクビ、悪ければ王室に報告して身柄を報告されてしまうだろう。
 だから、最後に、話を聞いてほしかったのかもしれない。話してる間、こいつは「そうか。」の相槌も打つことなく、黙って私の前を歩いていた。聞いているのかも分からない。それでも良かった。誰にも打ち明けることが出来なかった胸のモヤモヤした感じが晴れていくのが分かる。

 やがて学院に着いた。夜も耽っていたため、誰も起きていないだろう。
 これから学院長室まで連行される、と思っていたら。

「じゃ、これで。夜遅かったからって明日は寝坊すんなよ。」

 と言って、実験室の方向に歩いていこうとして、

「いやいやいやいや!!」
「ンだよ大きな声出しやがって。誰か起きたらどうすんだ。」
「だだだだって!アンタ、私を連行したりしないのかい!?私が盗賊だってことをあのジジイとかに報告しないのかい!?」
「あっはっは、秘書ともあろう奴がオスマンをジジイってか!そっちの方が問題だろ。」
「笑いごとじゃなくて!!」

 こっちが大真面目で言っているのに彼は自分のペースを崩さない。それどころか、こっちまでペースに巻き込まれそうだ。

「あのな、なんで俺がそんなことしなきゃいけねえんだよ。」
「!?え、だ、だって・・・」
「俺はお前の事情なんて興味ない。そのテファ、だったか?そいつのことだって俺からしたらどうだっていいことだ。」

 これが彼の考え方だった。私のしたことが良い悪いの問題ではない。
 ただ「興味がない」のであった。
 報告をしないのも、彼にとってそれをするメリットというか、そもそもそれをする「意味」がないのである。

「俺はコルベールにお前を探すよう言われたからやっただけだ。お前がそうするんなら盗賊でも何でもやりゃあいいさ。あ、でももう捕まんなよ。また探しに行くのは御免だ。面倒くさい。」

 言いたいことだけ言って立ち去りかけた彼をまた私は「ちょ、ちょっと待って!」と呼び止めた。

「はぁ・・・今度は何だよ。」
「最後に一つ、私があそこにいるってどうして分かったの?」
「はあ?そんなの分かるわけないだろうが。貴族の館を手あたり次第探し回ってたまたまお前がいただけだ。だからこんな時間かかったんだろうが。」

 今度こそアイツは歩いて行った。残された私は一人立ち尽くしている。

「・・・ははっ、何だいそれ。そんなことが可能だと思っているのかい?」

 約半日で幾つかの貴族の館を誰にも気づかれることなく探し回る?
事もなげに言ったそれがどれだけ人間離れしているのか自覚しているのだろうか。
 それでも命令だったとはいえ、そんな危険を冒してまで、探してくれていたんだ・・・。

「・・・好き放題言ってくれちゃって。」

 興味がないだの面倒だの、私が人生を懸けてやっていること平気な顔をして貶しやがって。これじゃあ、こんだけ必死になってる私がバカみたいじゃないか。
 でも・・・・・

「ホント・・・ムカつく人だねえ。」

 でも、肩にのしかかっていたような重荷が何故か少し軽くなったような気がした。

 ・・・絶対認めたくないけど!!








「ふあ~、ねみ~~。」

 翌日、生徒が授業をやっている中適当に廊下をぶらついていた。俺が眠そうな態度をとるとコルベールに「サーヴァントに睡眠は必要ないのでしょう?」とよく言われる。でもやることがなければ(ホントは手伝うことが山ほどあるんだが)眠くもなるし、そもそも寝るのは言ってしまえば半ば趣味みたいなモンだからどうしようもない。
 と、誰かに言い訳めいたことを考えていたら向こうから本の山が歩いてきた。

「おや、おはようございます、ミス・ロングビル。」
「え・・・うわっ!きゃあ!」

 適当に挨拶しただけなのに、なぜか本の山がこちらに倒れてきた。






「ごごごごごめんなさい!私ってば・・・!」
「いえ、別にいいのですが・・・。」

 バラバラに散らばった本を集めている俺の足もとでロングビルが平謝りしている。
どうでもいいから本を集めるのを手伝ってほしい。お前が散らかしたんだろが!

「(ったく、いい歳こいてドジキャラなんだからよ・・・)」
「誰がいい歳こいてだって!?」

 ボソリと言ったつもりが聞こえていたのかよ。つーか気にするのそっちなんだな。

「・・・・・。」
「な、なによ、いきなり黙っちゃって・・・。」
「いや、やっぱりそっちのしゃべり方の方がお前さんらしいと思ってな。」
「っ!?なっ、なあ!?」

 正直、あれを聞いた後に敬語でペラペラしゃべられても違和感しかない。

「そ、そういうならアンタだって敬語なんて似合わないわよ!」
「仕方ねえだろ、コルベールの命令で人前ではこうしろって言われてんだから。」

 使えるようになるまでどんだけ苦労したと思ってるんだ全く。
 すると、ロングビルは何か考え着いたのか「じゃ、じゃあさ・・・」と何故か顔を赤くしてモジモジしながら言ってきた。

「ふ、二人きりの時は、敬語はヤメにしないかい?」
「?別に構わんが。」

 ま、そっちの方が気が楽だし。

「そ、そうかい!後、その・・・二人の時は『マチルダ』って呼んでくれないかい?」
「マチルダ?」
「マチルダ・オブ・サウスゴータってのが私の本当の名前なんだ。だから、二人の時はそう呼んでおくれ。」
「・・・ふっ。」

 今までの彼女と違い、どこか晴れやかな顔をしている。そんな彼女を見て思わず笑ってしまった。だって答えは決まっている。













「いやだ。」




「・・・・って、はあああああ!!?」
「なんで俺だけ呼び方変えなきゃいけねえんだよ、面倒くさい。」
「めん・・・!アンタどんだけ面倒くさがっているのよ!?」
「だからなんで本名で呼ぶ必要があんだよ。」
「うるさい!人の事情には興味がないんでしょ!黙ってそう呼んどきゃいいんだよ!!」
「おいおい脅迫かよ・・・。大体うるさいのはどっちだよ、年が――」
「誰が年甲斐もなくですってぇぇぇ!!」
「まだ言ってないだろ・・・。」

 ああ言えばこう言うの繰り返し。彼を前にすると、自分を着飾らないでありのままの私でいられた。口を開けばカチンとくることしか言わないけど、そんな会話が楽しくってしょうがなかった。
 にしたって、少しは察してほしいもんだ。自分の本名を明かすことにどれだけ意味があるのかさえ気づいてもらえない。

「(ホント、鈍感な人なんだから・・・)」
「は?何だって?」
「なんでも―――って、あ・・・」

 言い返そうとしてはっとそれらの存在(・・・・・・)に気づいた。私たちは廊下で話していた。それも本を片付けながらだったから互いに座り込んでである。そんな二人の状況に授業の合間の生徒たちが(・・・・・・・・・・・)注目しないわけがなかったのである。

「ねえ、あれって・・・」
「ミス・ロングビルにヴァロナさん?」
「珍しい組み合わせね。」
「でも、噂だとあの二人って同じ・・・」
「え、それって」
「まさか・・・」
「禁断の・・・!?」
「そういえば昨日の夜二人で・・・」
「え、なになに?」
「二人で学院の外から帰って来るのを・・・」
「きゃーーー!!」
「そ、そんな!?ミス・ロングビルは僕の―――」
 
 なんてことが呟かれている。ていうか最後なんなのよ!?
 と思っていると突然彼が徐に立ち上がった。

「やれやれ、ミス・ロングビル。秘書の仕事が忙しいのは分かりますが、せめて昼寝の場所ぐらいは弁えて下さいね。それも返す本を置きっぱなしにして。」

 この本は代わりに私が返してきてあげましょう。
 と言うと、今までのことが何もなかったかのようにさっさと本を抱え上げると、生徒たちの中をかき分けて消えていった。
 残されたのは状況が飲み込めない生徒たちとその中心にいる私。

「え?」
「昼寝?」
「ミス・ロングビルが?」
「こんなところで・・・」
「そりゃあ場所ぐらい・・」
「ああでも寝顔見たかったーーー!!」
「ついでにこっそりあんなことや―――」

 またしても、生徒たちがざわつき始める。だから最後なんなのよ!?埋めるわよ!
 っていうか本当に・・・!!

「(アンのバカーーーーーーーーーーーー!!!!!!)」






 そしてこの日から「ロングビルとヴァロナが実は付き合っている」という噂が流れ始めた。
 さらにそれを聞いたこの二人が――――

「ミ、ミス・ロングビル!?あの噂は本当なのかね!?」
「お、落ち着いて下さい、オールド・オスマン!」
「ミス・ロングビルの胸を触っていいのは儂だけだったのにーーー!!」
「何言ってんだい、このエロジジイ!!」




「いやあヴァロナ君、私は嬉しいですぞ!」
「・・・・・。」
「ようやく君がそういう心を・・・ってあれヴァロナ君?な、なんでナイフを取り出すのかね?そ、そしてなんで構えるのかね?」
「冗談でも笑えないと言ったはずだが?」

 「「ぎゃあああああ!!?」」

二人の男が蹴り飛ばされたりナイフであわや串刺しになりかけたというのはまた別の一コマである。

 
 

 
後書き
 いかがだったでしょうか?
 この時点でロングビル♡→アサシンが出来ていますが、逆は成立していません。現在も成立していません。

 とまあこんな感じでやっていこうかなと思っています。
 本編を読んでいく上で、「こんなやりとり見てみたいなぁ」と思ったら是非感想にご記入下さい!(なるべくご希望に添えるようにしたいですが、ネタバレ的な問題や零水の技量の問題で上手くいかない場合もありますのでご了承下さい・・・) 
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