ホウエン地方LOVEな俺がゲームの中に吸い込まれちゃった
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フラダリカフェ
「がっ……はあ、はあ……」
ーー酷い、とても夢を見た。女の子が男に追いかけられる夢。
「あれは……一体……」
心臓が体を揺らすほどにドクンドクンと脈打ち、身体全体に冷や汗をかいている。
ーー本当に酷い夢だった。
「しかもすごいリアルっていうオマケ付き」
身体が緊張でピクピクしているのはその所為だろう。それほどまでにリアルで残酷で……胸が締め付けられた。
「汗……すごいな……」
独り言を呟く。身体を見ると汗で下着がびちょびちょだった。
「そういや昨日そのまま寝ちゃったんだっけ……まあ替えも無いし今日探してみるか……」
まだぽやっとする頭を摩りながら右手を見る。
「こまった……ずっと繋ぎっ放しかよ」
そういえば昨日もジムバトルの時以外は離してくれなかった。
「って……シャワー浴びたいんだけどこの状況でそうすれば……?」
暫しの沈黙後、ハルカの手を離す為に四苦八苦するマヌケな姿を当のハルカ氏本人にガン見されるという赤面モノの未来が俺を待っていた。
***
ーーミアレシティ・サウスサイドリゾート
「ハルカ……昨日はどうしたんだ?」
俺は現在、ハルカを連れ服を買うため活気ある大通りを進んでいた。多くの人々が行き交い、喧騒に包まれながら俺は唐突に話を切り出した。
というのも……あのハルカの動揺の理由を知りたくて堪らなくなったのだ。
ーーまあ聞きたいことは他にも沢山あるが、今のところはコレさえ聞ければいい。
「昨日……ですか……」
ハルカの顔が曇る。
……あー、これは聞かない方がイイかな。経験上こういう表情をした人間を無理に追い詰めるとろくなことにはならない。
「そうだな……おっ!あったあった」
「え……ちょっと」
なんだかんだで繋ぎっぱなしの手を引いて俺はハルカを引っ張る。
ーーついた先は……レストラン。
「気分があまりよろしくない時はとにかく発散させることだよ」
「は、はあ……」
「つまり服なんて何時でも良いんだから、今日一日遊び倒そうぜってことだよ」
言って、俺は高級そうなレストランのドアに手を掛けた。表札には『レストラン・ド・キワミ』と書かれている。ポケモンの世界でもなければ一生縁のないと思うほどの高級感に純日本人の俺は少し怖気ずくが……例の観光雑誌るるぽによると、このレストランはバトルと食事が同時にでき、更にバトルに勝てば食事代が浮くという俺にとっては一石二鳥な場所だった。
「先ずは食事!ポケモン持ってるよな」
「……は……い。一応ゲンガーを」
「へ?ゲンガー?」
「……はい」
「いや、まあそれならそれで良いんだけど」
ホウエンのポケモンじゃないのは驚きだがゲンガーなら十分だろう。
「おしっ、じゃあいこうか」
今日の予定なんてもういい。見ていてこっちの気が滅入るハルカの表情を少しでも和らげることが出来るのならば……服やIDクジセンターやトライアルハウスやたまやややミアレステーションなど……!!
「……行きたいけども!!!!」
言って、俺は必死で気持ちを抑え込みドアを開けた。
***
『……というわけでユウキくんのポケナビに繋がらないから直接この事を伝えて欲しいんだけど』
「エニシダさん……まだ私もユウキに会えてないんですけど」
ハルカは装飾が悉く赤いカフェでポケナビを耳に当て通話をしていた。
ーー元々こんなに面倒くさいことになってるのは貴方のせいなんですけど。
そう思いながら頼んだ紅茶を一口、口に含んだ。
「……わかりました。
《一ヶ月後にある計画を実行に移す。貴君にとっても無関係とは言い難い内容の計画となっている故、至急カロスポケモンリーグ協会へご足労願う》
……ですね、会ったら話しておきますよ」
『すまないねえ。じゃあよろしく』
電話を切ってふうと一息つく。
「伝言……か。ポケモンリーグがユウキになんだろ」
どうせ、厄介ごとだろうな。
「もういい加減ユウキを振り回すのはやめて欲しいんだけどね……」
ポケモンリーグ協会が、ユウキが半年間行方不明になっていた理由に関与しているという情報は掴んでいる。こっちだって無為に半年過ごしてた訳じゃない。
そう思って内心溜息の暴風雨が吹き荒れるが、ハルカはふと……ユウキを捜すついでに頼まれていた《仕事》の最中だということを思いだす。
「いけない、いけない。集中しないと」
仕事の内容は偵察……店員の一挙手一投足見逃てはいけない。
「全く、ハンサムさん……自分で来ればいいのに」
自分に仕事を頼んで起きながらついてこない依頼主に悪態をつく。シンオウのなんちゃら団を壊滅させたんだか知らないが……今度はここ、カロス地方のいわゆる《悪の組織》に目をつけたらしい。そう何個も悪の組織があることにも驚きだがーーマグマ団、アクア団然りーーわざわざまだ子供と言って良い年齢の人を巻き込むのはやめて頂きたい。
そういった諸々の事情をハルカはカップの中身と共に飲み干した。
しかし……頼まれたからにはやり遂げよう。
万が一のため腰のモンスターボールを握りながら周囲に視線を這わせ、気分を落ち着ける。
(大丈夫、偵察くらい。カラクリ屋敷のおじちゃんのビックリ仕掛けよりは幾分もマシなはず)
ーーはやく終わらせてユウキを探しに行こう。
そんな事をハルカが思った瞬間だった。
「キミ……」
ハルカはーー真後ろからの唐突な声に危うくビクッと怪しい反応をしそうになってーー緊張を押しとどめつつ振り向いた。
「なにか?」
慌てて表情を取り繕い、問い返す。
「いや……キミの雰囲気に何か感じるものがあってね」
「は、はあ?」
どうやら気づかれた訳ではないらしい。安堵と共に困惑を覚えながら、話しかけてきた赤い髪の男の人を見上げる。
結構貫禄のある人だ。
率直な感想を浮かべ、ハルカは男をみつめた。
「すまない。私は強そうな御仁を見ると何か来るものがあってね……思わず話しかけてしまうんだ」
ーーこの人、危ない人?
と思ってしまったハルカは悪く無いだろう。言っていることがオカルト過ぎてそう思うのも無理はない。
まあこの世界には一癖も二癖もある人は沢山いるからそんなところだろう。とハルカは結論付けた。
「あの……?」
「ああ、私としたことが名乗るのを忘れてしまった」
そういうことじゃないんですけど!?
何と無くペースに巻き込まれている気がして嫌になるハルカだが、彼女は続くその名を聞いて驚愕することになる。
「私の名はフラダリ。このカフェのオーナーをしている者だ」
ハンサムからその名前だけはよく聞かされていた。
ーー曰く、要注意人物……とのこと。
***
「では始めようか」
ハルカはフラダリとバトルフィールドを挟んで向かい合っていた。
何故そんな状況になっているのかというと……
ひとえに相手のペースに巻き込まれた部分が大きい。
ーー私とポケモンバトルをしないか?
ーーまあ良いですけど。
ーーではついて来てくれ。
店の裏口から出て、すぐにあった扉を開けると立派なバトルフィールドが広がっていた。
いやに近代的な施設で少し疑問を抱くハルカだがその時……自身の決定的な過ちに気づいた。
(私のバカー!偵察だけだっていうのに敵の本陣に踏み込んでどうするのよー!)
よく考えてみれば、『フラダリ』とは偵察対象の親玉の疑いもある超超危険人物だったー!
ーー気づいた時にはもう遅い。
今更その事実を思い出し心の内で叫ぶ。元はといえばユウキの事で頭がいっぱいで話を聞いていなかった自分が悪く、もうどう見ても自業自得なのだった。
「使用ポケモンはお互い一体ずつで良いかな?」
「あ、ああ!はい!大丈夫です!」
「ハハハ、別に緊張することはない。私はキミの戦いを見てみたいだけだからね」
緊張といっても方向性の違うものなのだがわざわざ言及する必要はないだろう。
切り替えないと……そう思って表情を引き締めた。
「良い顔だ!では早速……始めよう!」
「お願いラグラージ!」
「ゆけ!コジョフー」
「ラーージ!」
「コジョー!」
一対一。その試合形式は最もトレーナーに大きく左右される方法である。お互いに一体ずつしか出せないこのルールは相手のポケモンを見極め、タイプや強さにおいて勝るポケモンを出さなければならないからだ。
しかし、今回はどちらも最初の時点では相性に有利不利はない。
となれば、この勝負はトレーナーの指示が命運を握ると言えるだろう。
「珍しいな。カロス地方では見たことがない……キミは他地方の出身かな?」
「はい、ホウエンです」
「これは……実力がますます気になるな」
「どうも……」
思わずホウエンって言っちゃったけど、要注意人物に自分の情報を教えるとか……。
ハルカは度重なる自分の失態に頭を抱えた。
「では先手は譲ってもらおう。コジョフー、とびひざげり!」
「ラグラージ!まもる!」
とびひざげりは格闘タイプ最強の威力を持つが、その分リスクの高い技である。技が外れてしまうとその高い威力故に自分に反動が返ってきてしまうのだ。
つまり【まもる】や【みきり】を使えば大ダメージを与えることが出来る。
……しかしそれはゲームの話である。
「コジョフー!勢いを殺さずフェイント!」
とびひざげりの後押しを受け加速した状態でのフェイント。それによりラグラージはまもるを破壊されながら同時にとびひざげりのダメージを受けるという絶望的な状況に……
ーーというところまでは全てハルカの計算通りだった。
「カウンター!!」
「な!しまった!」
「ラァァグラアアアア!」
「コジョ!?」
コジョフーはラグラージに技が直撃した安堵からか少し気を抜いてしまっていた。
倍返しだ!!!
とばかりにとびひざげりのダメージを力に変えたラグラージの前脚が直撃する。
「コジョォォォ!」
開始から数秒にも満たない僅かな時間。一瞬の攻防でハルカとフラダリの試合は終了となった。
「ありがとうラグラージ!戻ってゆっくり休んで」
ラグラージをモンスターボールに戻す。ハルカはいつの間にかコジョフーをしまったフラダリに視線を向ける。
「強いなあ、キミは」
「ありがとう……ございます」
「正直ここまでの実力者とは……コジョフーの一撃を耐えられるとは思っていなかった」
とびひざげりからのフェイント。トレーナーとポケモンの呼吸がぴったり合わなければ成功しない計算された一撃だった。
しかしその思いもよらぬ攻撃を受けたにも関わらず、冷静に対応して見せたハルカの方がトレーナーとしては一枚上手……そのトレーナー自身の経験で勝者は決まったのだ。
「全く……勝負の最中でも気を抜かずバトルも強いとは」
「え?」
「これでは力付くしかないな」
おもむろにリモコンのようなモノを取り出したフラダリはハルカに、
「君が国際警察の依頼を受けているのは知っている。暫くおとなしくしてもらおう」
身体を反射的に動かそうとした瞬間だった。
包み込まれるような浮遊感にハルカが気づいた時には、もう立っていた場所から手を伸ばしても届かない程の距離があった。
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