俺と乞食とその他諸々の日常
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三十七話:ご先祖様と日常
「久方ぶりの目覚めだが、やはり命の危機が鍵か」
「リ、リヒター?」
「それにしても動きが遅い。あれほど鍛えろと言ったものを……」
自分の体の動きを確かめるように手を握ったり開いたりするリヒター。
血塗れのままに行う姿にジークは引きつった声を出すが彼には聞こえない。
そんな折にひったくりの被害に遭った女性が震えた声を出し走り去っていく。
「……殺し。人殺し…ッ! 人殺しッ!」
「そや! 早よ治療せんと!」
罪人ではあるものの殺されるほどの罪はない。
ジークは急いで血塗れで倒れる犯人に駆け寄る。
が、足元にナイフを投擲されすぐさま飛び下がる。
「何するんや、リヒター!?」
「ふむ、正確には違うが今話しても混乱するだけよのう。なれば、今は簡潔に話そうではないか。これを助ける理由はあるのか?」
「何意味わからんこと言っとるん! 理由なんて関係あらへんやろ!」
「くくく、綺麗な心だな。だが我には関係がない。正当防衛として斬り捨てたまで、死んでも問題あるまい」
「正当防衛ならもう死なす必要なんてないやん。早よ助けな!」
「汝はこれに生きる価値があると思うのか?」
氷のように冷たい言葉がジークの心を凍えさせる。
リヒターの目は斬り捨てた男を見下してはいない。だが認識してもいない。
彼にとって価値のあるものとは思えないのだ。
「我には生きる価値があるようには思えん。剣を敵に向けた時点で殺される覚悟がなされていなければならないのだ。その程度の覚悟が無い者に生きる価値は無い」
「で、でも……仕方がない理由があるかもしれんやん」
「そんなもの我の知ったことではない」
ジークの反論をピシャリと遮るリヒター。
その姿には世界のルールよりも自分のルールを優先させる我の強さが強く見受けられた。
やはり自分の知るリヒターではないとジークはその姿から確信を抱き警戒心を強める。
「どうにかしたければ意志を示せ。示せば報酬として持って行ってもよいぞ」
「人の命をなんやと思っとるんや!」
余りの言い方に我慢できずにジークが怒号を上げるがリヒターは澄ました顔でそれを受け流す。
そして野獣の様な獰猛な笑みを浮かべて語り始める。
「面白い事を聞くな。では逆に聞こう、エレミアの小娘。汝は虫が苦手であったな。汝は虫を殺す時に何か罪悪感を抱くか? 殺される虫を見て憤りを覚えるか?」
それは暗に人の命を虫の命と同じように考えていると言っている事。
「人は虫やない! 命を馬鹿にしとるん!? ふざけんといて!」
「ふざけているのは汝の方だ」
人と虫は違うと叫ぶジークにそれまでの笑みを消して冷徹な声で語るリヒター。
その変わりようにジークの怒りも揺らいでしまう。
「虫であろうと人であろうと命であることには変わらん。それにも関わらず虫を殺すのには罪悪感を抱かず、人には罪悪感を抱く。そちらの方が余程命を馬鹿にしているのではないか?」
「そ、そんなことは……でも! 殺す方がもっと命をバカにしとるんやないか!」
「そうかもしれんな。しかし、我ら人は命を奪わずして生きることは出来ぬ。ならば全てを背負う覚悟をして命を奪う他ないではないか。種族によって命を奪うことを戸惑う事を我はせん。どんな命であろうと価値がないと思えば我は平等に摘み取る」
彼が言っていることがジークには理解できなかった。
だが、ただ一つだけ理解できたこともある。
それは今の彼は自分の理解の外にある人間だという事。
「して、どうする? 汝であるが故に剣を向けてはいぬが……汝が我に歯向かうのであれば我の望むところよ」
「……ッ!」
再び獰猛な笑みを浮かべた彼の手に二本の剣が握られているように幻視したジークはつばを飲み込む。
怖い、そう思わずにはいられないが引き下がるわけにはいかない。
人の命がかかっているのは勿論だが、何よりもリヒターが普通の状態ではないのは明白なので止めるしかない。
そう考えたジークはバリアジャケットを纏い構え鉄腕を開放する。
「くくく、その鉄の腕……懐かしい」
「……なぁ、あんた誰や? リヒターやないやろ」
「さて……どうだろうな」
ニヤリと笑う姿にリヒターがリヒターではないことに確信を抱く。
なら遠慮はいらないと思い拳に力を籠める。
そして一歩踏み込もうとしたところで―――
「止まってください! 時空管理局のスバル・ナカジマです。戦闘態勢を解いてください」
青色の髪を短めに切り揃えた女性スバル・ナカジマが現れた。
それを見たジークは戦闘態勢を解きスバルの方を向く。
一方のリヒターは軽く溜息を吐きながらジークを見る。
「敵の前で構えを解くとは……落第よの。これが敵の罠やもしれんというのに……我が子孫が心配するわけよ」
「我が子孫? 何言っとるんや」
「とにかく事情は聞かせていただくので、今は倒れている男性を治療の為に運ばせてもらいます」
「はあ……そのような盗人を助けて何になるのか。まあ、もうよい。勝手にせい」
この空気の中戦う気が失せたのかその場に座り込むリヒター。
スバルは彼の姿を油断なく見ながら犯人への応急処置を行う。
彼女は休暇で出歩いている時に逃げ出していった女性のただならぬ様子を見つけて何事かを聞き応援を頼むと共に現場まで来た次第である。
(あー……ジーク? 聞こえるか?)
(リヒター! 今どうなっとるん!? というかあれは誰や!)
(あー…うん。取りあえず目の前に居るのは俺であってご先祖様でもあるな)
(…………どゆこと?)
本物と思われるリヒターからの念話にジークが質問攻めにするが対するリヒターは顔は見えないが困っているのが分かる小さな声で話す。
ジークの方は相手が何を言っているのか分からず眉をひそめ『俺であってご先祖様』な人物を見つめる。
手持ち無沙汰な様子を見ても自分と話しているようには見えない。
一体全体どういうことなのかますます混乱するジーク。
(まあ、そっちは話すと長くなるから詳しくは後で話す。簡単に言うと俺の中に二つの人格があっていつもとは違う方が出ているって感じだ。正確には違うがな)
(……取りあえず今目の前におるのは私のリヒターやないんやな?)
(ああ、今はその認識でいい)
(そっか……よかったわ)
人を斬り伏せたのが想い人でないと分かりホッと胸を撫で下ろすジーク。
しかし、それと同時に彼が殺されていたかもしれないという恐怖が今更のように湧き上がり全身の血が冷たくなる。
リヒターの言うご先祖様が居なければ今あそこに倒れているのは間違いなくリヒターだった。
そう思うと先程まで助けようとしていた犯人に憎しみすら覚えてしまう。
そして、そんな汚い自分に嫌気が刺して来る。
(……ク、ジーク聞いているか?)
(…ッ! ごめん、なんか言っとった?)
(結構重要なことだ。今のところご先祖様に体の権限を握られていて動けない。まあ、ご先祖様も戻れないという可能性もあるが……)
(うわっ、それホンマかいな……どないしよか。……ん? というかご先祖様って)
ご先祖様→死んでいる→つまり幽霊。
体の権限を握る→憑りつく→つまり呪い?
ジークの頭の中ではおおよそこのような考えに至り一人顔を青ざめさせるのだった。
(お、お祓いに行かな、リヒター!)
【人を悪霊扱いするでない。エレミアの小娘】
(で、でおった!? 私も呪われるー!)
(控えめに見ても今のご先祖様は悪霊だろ)
【またみねうちの刑に処すぞ?】
(これを悪霊と言わずに何と言うんだ)
繰り広げられる念話によって先程までの緊張感はどこかに行ってしまう。
やはり我のこ奴らは空気クラッシャーだと思うどこかの王様だった。
しかし、その間に犯人の男の病院への搬送も終わりスバルが二人、正確には三人に声を掛けてきた。
「さてと、ちょっとお話を聞かせてくれるかな。と、その前に名前を教えてくれないかな?」
「ジ、ジークリンデ・エレミアです……」
「君の名前は?」
笑顔で尋ねてきたスバルにジークが噛みながら伝える。
そして次に渦中の人物であるリヒターに声を掛ける。
彼は少し悩んだ末に答えた。
「エクスヴェリナ・V・ノルマン」
(すいません、この体の持ち主はリヒター・ノーマンです)
「え? えっと……あれ?」
微妙に混乱するスバルだったが洗脳にかかっていないかをすぐに調べたのは正しい判断だったであろう。
後書き
「俺はエクスヴェリナでもリヒターでもない。お前を倒すものだ!」
ちょっと言わせたかった。
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