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俺と乞食とその他諸々の日常

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三十六話:デートと日常


 学院祭の次の日の試合は王者としての貫禄を見せつけてジークが危なげなく勝ち決勝に駒を進めたので一安心だ。
 ミウラちゃんが危なかったがそれ以外は危なげなく勝っていた。
 まあ、ミウラちゃんがあの年齢で勝っている方が凄いんだがな。

「リヒター、はよ行こうやー」
「分かった。分かったから引っ張るな。パフェは逃げたりしない」

 そんなことを考えているとジークが俺の腕を引っ張って来る。
 学院祭での詫びと決勝進出のご褒美を兼ねて最近話題になっている店にパフェを食べに行っている最中だ。

「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「二名です」
「カップルでしたらカップル割引が効きますがいかがなさいますか」
「カ、カップル!?」

 店に入ると若干ニヤついた顔の女の店員さんからそんなことを言われる。
 その言葉に顔を赤らめてあたふたするジーク。
 しかし、ここは乗っておくべきだと考えた俺の答えは簡潔なものだった。

「勿論お願いします」
「リ、リヒター!?」
「かしこまりました。それではご案内いたします」

 混乱して固まるジークの手を引いて席へと座る。
 どこか落ち着きのない様子でチラチラとこちらの方を見てくるジーク。
 そんな様子が可愛いのでさらに虐めるように声を掛ける。

「なんだ。俺が彼氏じゃ不満か?」
「そ、そんなことないんよ! む、むしろ……嬉しいし」
「ん? 最後が聞こえなかったな。もう一回言ってくれるか」
「うっ……リヒターのアホ!」

 途中でからかわれていることに気づいて頬を膨らませるジークに微笑みが止まらない。
 するとさらに馬鹿にされたと感じたのか今度はムスリとした表情でそっぽを向く。
 仕方がないので頭を撫でてやりながら謝る。

「悪い。少しからかいすぎた」
「……毎度毎度そうやって誤魔化してくるのは反則や」
「お前が可愛いのが悪い」
「か、かかか可愛い……?」

 不機嫌な表情から一転して今度は頬を朱に染めて恥ずかしがる。
 可愛いという言葉を言ってやるだけでこれだけ反応してくれるのだから言う側としては嬉しい限りだ。

「ああ、飛び切り可愛いぞ。今日は特にな。俺と一緒に居るからだと嬉しいがな」
「あ、あうぅぅぅ……」
「俯くのは無しだ。お前の可愛い顔が見られなくなるだろ」
「うぅぅ……リヒターのイジワル」
「それは光栄だな」

 自分でも恥ずかしくなる台詞をポンポンと続けて行く。
 ジークは段々と顔を俯けながらトマトのように顔を赤くしていく。
 そして最後は涙目上目遣いで『イジワル』だ。
 狙ってやっているのなら大したものだ。

「……なんか今日のリヒターいつものと違わん?」
「さて、俺は特に変わった気はないぞ。敢えて言うなら……答えに気づいたか」
「どゆこと?」
「と、頼んでいたパフェが来たぞ」
「あ、ホンマや」

 パフェの登場にそれまでの訝しげな表情からコロリと嬉しげな表情に変える。
 そんな姿に単純な奴だと思うのと同時に愛おしさを感じる。
 ふむ……どうやら俺も大分ダメな男らしいな。

「リヒターは抹茶?」
「ああ、お前はチョコレートか。丁度いい後で食べさせ合おう(・・・・・・・)
「ええよ~」

 幸せそうな表情でパフェを頬張るジークは俺の言葉の真意に気づかない。
 まあ、気づいたとしても止める気など毛頭ないが。

「ほら、あーん」
「ふぇ?」
「だから、あーんしろ」
「い、いきなり何言っとるん!?」

 いい感じに混乱して顔を真っ赤にするジーク。
 これだけでもここに来た価値があるというものだ。
 だからといって、ここで止めてやらないがな。

食べさせ合おう(・・・・・・・)ってさっき言ったはずだが? ほら」
「ん~ッ!」
「どうだ、美味いか?」
「……おいひいでしゅ」

 無理やり口に突っ込んでやると真っ赤な状態でモゴモゴと口を動かしながら答える。
 噛みまくってちゃんとした言葉になっていないのはご愛嬌だろう。

「そうか、それは良かった。それじゃあ今度は俺に食べさせてくれ」
「……へ?」

 一瞬ポカンと口を開けて何を言っているか分からないという表情をするジーク。
 しかし、次の瞬間にはボンッと頭から煙をだして爆発する。
 これは少し刺激が強すぎたか?

「えーと……(ウチ)がリヒターに食べさせてあげるってこと?」
「All right」
「あ、あうぅ……どないすればええんや、(ウチ)
「Hurry up!!」
「というかさっきから何でデバイス口調なん!?」
「何となくだ」

 頭を抱えて考え込むジークをただ見るだけではつまらないのでデバイス口調で喋ってみたがあまり受けなかった。
 今度は古代ベルカのデバイス口調でいってみるべきか……。
 そんな事を考えていると覚悟を決めたのかジークが恐る恐るスプーンを俺の口元に持ってくる。
 プルプルと震えながら頬を染める姿が可愛い。

「あ、あ~ん」
「いや、別にそこまでは頼んでいないんだがな」
「え、ええから食べーや!」

 真顔でからかってやると流石に怒ったのか真っ赤な顔で俺の口にスプーンを突っ込んでくる。
 こっちも普通に美味いな。
 だが、普通に感想を言ってもつまらない。

「どうや、美味しい?」
「ああ、ジークの味がする」
「んなぁっ!?」
「いや、間接キスだし」

 どうやら効果は抜群のようだ。
 目を渦巻にして混乱の極みに達したジークの再起動はもう少しかかりそうだ。
 因みにまだ自分が俺と間接キスをしたことは分かっていないようだ。
 気づいたら気づいたらで今度は気絶しかねないので言わないが。

「間接キス…間接キス……うきゅ~」
「……現実に戻ってこられるか、こいつは?」

 少し心配になってきた俺だった。




「あかん……今日のリヒターはホンマにあかん。なんやあのイケメン。普段と違いすぎるやろ」

 あの後何とか再起動に成功したジークは店から出た後に体勢を立て直すためにトイレに逃げ込んでいた。
 ジークとてデートのつもりで臨んでいたが相手が余りにも積極的すぎた。
 あのままでは心臓がもたなかったというのが本人談である。

「でもなんで急にあんな風になったんやろ? やっぱからかっとるんかな。やけどいつもより優しい気もするし……分からんわ」

 元来考えるのがそこまで得意ではない彼女はそこで思考をやめる。
 だがそれは真理でもある。
 分からないものはいくら考えたところで答えは出ないのだから。
 もっとも、そこまで複雑に考える前に彼女は思考を放棄しているのだが。

「まあ、ええわ。(ウチ)にとってはええこと尽くめやし。ちょっと恥ずかしいけど今日はデートなんや。楽しむでー!」
「がんばってね、お嬢ちゃん。おばさん応援してるわよ」
「って、うわっ!」

 なお、ジークがブツブツと呟いていたのは鏡の前なのでバッチリと他の利用者に聞かれていた。
 相手が悪ければ通報ものだったかもしれないが幸運(?)なことに年配の夫人だったために暖かな目で見送られるだけで済んだ。
 但し、ジークの心には深刻なダメージが残ったのだが。

「し、失礼しましたー!」
「あらあら、若いっていいわね」

 逃げるように、出て行ったジークだったがさっきの出来事のせいで顔を合わせ辛い。
 仕方がないので顔の火照りが冷めるまで待っていようと考えた時だった。

「誰か! ひったくりを捕まえてください!」

 女性の悲鳴にも似た声を聞き瞬時にそちらを向く。
 すると顔を隠した男らしき人物がバックを片手に逃げ出していた。
 辺りには人は見当たらない。しかし、ジークは間違いなく一人は近くにいることを知っている。
 そう、リヒターだ。

「リヒター!」
「任せろ!」

 犯人の行く手を遮るように立つリヒターにジークは僅かばかりの安堵を覚える。
 犯人はどうやら魔導士ではないらしく魔法を使ってはこない。
 これならば大丈夫だろうとジークは思ってしまった。魔法が使えるが故に。
 魔法が使えるが故に気づかぬうちに使えぬ人間を下に見てしまっていたのだ。
 そしてすぐに気づかされる。人は―――魔法などなくとも殺せるという事実に。

「ナイフ!? 持っていたのか!」
「んな!? リヒターッ!」

 このままでは逃げられないと判断した犯人がナイフを取り出し勢いそのままに突き出して来る。
 これがジークであれば難なく躱せていただろう。だが、リヒターにその様な技術は無い。
 目を見開き迫りくる凶器を眺める事しか出来ない。
 ジークもこの距離からでは間に合わない。

「……死にたくないな」

「リヒターーッ!!」

 どこか諦めにも似た本心からの小さな呟き。
 それを拾えた者はその場には誰一人としていなかった。
 ジークの絶叫と共に真っ赤な噴水が噴き上がる。
 惨劇に一瞬目を瞑ってしまうジークだったがすぐに振るえる瞼をこじ開け現状を確認する。
 喉を切り裂かれ血塗れで倒れる一人とそれを悠然と眺める一人。
 その光景にジークは言葉が出ずに茫然と見つめる事しか出来なかった。
 なぜならナイフを持っていたのは―――リヒターだったのだから。


「ふん、歯ごたえの無い奴め。もう少し上手く―――踊ったら(・・・・)どうだ」


「リ、リヒター?」

 慣れた手つきで血を払う想い人の姿にジークは何が起こっているか分からなかった。
 しかし、一つだけ理解できたことがあった。
 あれは自分の知る―――リヒターではないと。
 
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