古城の狼
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6部分:第六章
第六章
この辺りには狼はもういないそうだ。既に狩り尽くされているらしい。これはこの辺りだけでなく欧州全土で言えるらしい。
欧州は昔から牧畜を行なってきた。彼等にとって家畜を狙う狼は恐るべき脅威であったのだ。
その為人々は狼を怖れ憎くんだ。狼はことあるごとに悪魔とみなされ退治されていった。これは長きに渡った。
そして気が着いた頃には狼は殆どいなくなっていた。狼王クルトーはもう遥か昔の物語である。
ジェヴォダンの野獣ももういない。あの野獣も狼ではないのではないか、という説も多い。
「そういえば」
捜査が終わり警官達が去り森を離れ田園を歩きながら僕は考えていた。あの野獣についてである。
あの野獣が狼ではない、という人がいる根拠の一つが狼は首を切らない、というものであった。先程警官に言われ今考えるまで不覚にも気が付かなかった。
そしてあの死体にはもう一つ気になることがあった。
「うつ伏せだったのはどういうことだ」
木の上にいるというだけではない。普通狼や犬に襲われた場合喉を狙われるから死体は仰向けになる。ところがあの死体はうつ伏せであったのだ。
「考えてみれば妙だ」
僕はそのことについても考えた。おそらく警察も同じであろう。
そう考えながら田園を歩いていた。ドイツによくある牧歌的な風景である。
「同じ田園といっても我が国のとは雰囲気が違うな」
麦畑を見ながらそう思った。ジャガイモ畑もある。ドイツ人の主食は何と言っても麦とイモである。
「何処かに食べるところはないかな」
ジャガイモ畑を見ていると急にお腹が空いてきた。時計を見ようとした。だがない。どうも何処かで落としてしまったらしい。
「参ったな」
よりによって時計を。財布と時計と携帯電話だけは落としたら困るものだ。
その時鐘の音がした。見れば近くの教会からである。
「綺麗な教会だな」
僕は人目見てそう思った。その音を聞いて村の人達は作業を止めて自分の家へ帰って行く。
「昼御飯を食べに行くのか。僕も何か食べないと」
とりあえず店を探した。しかしそんなものは何処にも無い。
「・・・・・・もう少し歩かなくてはいけないかな」
僕は少し落胆してそう思った。教会の前を通り過ぎた。
「もし」
そこで教会の方から声がした。
「はい」
僕は日本語を口にして振り向いた。するとそこには黒い服を着た神父さんが立っていた。
「旅の方ですか?見たところ東洋の方のようですが」
白髪の痩せた身体をした初老の男性である。顔付きは穏やかで落ち着いた物腰である。
「はい、そうですが」
僕はドイツ語で答えた。
「そうですか」
彼はその言葉を聞いて微笑んだ。やはり穏やかな微笑である。
「どうやらお腹を空かせていらっしゃるようですが」
「いえ、そんなことは」
僕はそれを否定しようとした。だがその時腹が鳴った。
「そのようですね」
彼は微笑んで言った。
「神の御前では隠し事は出来ません。そして困っている者を救うのは神に仕える者の勤めです」
「はあ」
僕はそれを黙って聞いていた。
実は僕はキリスト教徒ではない。特に偏見はないつもりだがあまり親しんでいるわけではない。だから教会に入るのは少しはばかれるのだ。
「こちらへ。丁度私も食事にしようと考えていたところです」
僕は教会へ招かれた。
「どうぞ。大したものはありませんが」
ジャガイモとパン、そしてソーセージであった。
「如何ですか」
神父はテーブルの向かい側に座り僕に尋ねてきた。
「いえ、美味しいですよ」
それは本当であった。特にバターを塗ったジャガイモは最高であった。
どうも日本のジャガイモと違うようだ。これはドイツに最初に来た時から思っていたことだがこの国のジャガイモは我が国のジャガイモとは何かが違う。
どう調理されるかという前提が大きく関わってくるのだろうか。我が国のジャガイモはカレーに入れたり肉じゃがにしたりして食べることが多い。これに対してドイツのジャガイモはマッシュポテトにしたりパイにしたりする。勿論こうして茹でてバターを塗って食べることも多い。
ソーセージはやはり本場だろうか。こちらの方が美味しいと思う。作り方の歴史的な年季もあるのだろうか。
パンは黒パンである。教会だから質素にしたのだろうが日本にいる時は白パンばかりなのでこれは珍しかった。
「本当に気に入ってもらえたようですね」
神父は僕が食べる姿を見て微笑みながら言った。
「我が国は食べ物は今一つだとよく言われますのでこれ程美味しそうに食べて頂けるとは思いませんでした」
「いえいえ、とんでもない。日本でもこんな美味しいソーセージは食べられませんよ」
僕はソーセージを頬張りつつ答えた。
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