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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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GGO編
  第193話 温かい背中



 次元を切り裂いたかの様に現れたのは、あのぼろマントの男だった。

 そして、シノンは同時に理解する事が出来た。

 あの男がなぜ、ここにいるのかを。……どうして、この場所にあいつがいるのか。……どうして、衛星に映る事が無かったのかを。


――メタマテリアル光歪曲迷彩!

 
 あのぼろマントが使用していたと思われるそれは、装甲表面で光そのものを滑らせ、自身を不可視化にするという、謂わば究極の迷彩能力だった。人間の視覚では捉えるのは困難を極める。故に、あれは一部の超高レベル、ネームドMobだけに搭載されている、持っている特殊能力だけだったはずだった。なのに……あの男はそれを持っていたのだ。それを使用する事で、容易にあの軽業スキルが高く、装備も超軽量に抑えているペイルライダーに接近し、そして撃ち抜いた。


――……自分にもあの弾丸を撃ち込んだ。


 そして……何よりその後だった。シノンは自分自身の眼が、捉えたそのモノを見た瞬間に世界が止まったかの様な錯覚に見舞われたのは。

 ……これが現実を受け入れようとはしなかった、受け入れたくなかった。

 そんな事態に見舞われたのだ。


「キリト、そして、リュウキ。……黒の、剣士、……鬼。お前たちが、本物か、偽物か、これではっきりとする。あの時、猛り狂ったお前たちの、……一瞬で、仲間、を何人も葬った、お前を、覚えている、ぞ。この女を……、仲間を殺されて、同じように狂えば。……鬼が現れたのなら、お前たちは、本物、だ。……さぁ 見せてみろ。お前達の怒りを、殺意の剣を、狂気の剣を、……もう一度、オレ達に、見せてみろ」

 それらの言葉事態は、シノンにほとんど理解することが出来なかった。ただ……、理解出来たのは ぼろマントが自分自身を殺すと言う事。光迷彩なんていう文字通りの隠れ蓑に頼っている様な奴が自分自身を殺すと言う事実に、怒りの炎が弾ける思いだった。

 見えてない所に隠れていて、一方的に攻撃する。臆病者以外の何者でもない。電磁スタン弾はまだ盛んにスパークを生んでいるが、命中しているのが左腕だからか、右腕であれば、辛うじて動かすことが出来る。脳からアミュスフィアへ、全力で運動神経を送るかの様に、念じ、そして動かし続けた。

 その思いが、システム的な麻痺を超えたかの様に、じりじりと右手が動き始めた。

 ここまでは、良かった。……後は、全力で腰に下げているサブアームである《グロッグ》を撃ち払うだけだ。安全装置は勿論存在している。が、極低確率で、暴発する危険性よりも、咄嗟に抜き、撃てる状態にしている方が実戦的なので、シノンは勿論、他の大多数のプレイヤーは外したままにしているのだ。


――必ず、撃つ。……このまま、殺さ……っっ!!


 シノンは、見てしまったのだ。その現実(・・)を。

 死銃がマントから引き抜いた右手に持たれていた銃。
 遠目からでは、ただの拳銃だろう、程度にしか判らなかったが、ここまで近くで見ればはっきりと判った。

 それを見て、シノンは全身がまるで凍りついたかの様な感覚に見舞われた。

 変哲のないハンドガンだ。今まで、この銃よりも強力な銃は見た事がある。

 あの男が使っている《デザートイーグル》も其の1つだ。それも改造されていて、銃身が伸び、威力も初速も桁外れに上がっている《カスタムマグナム》。あれに比べたら、生易しいモノだ。そう言い聞かせていた。

 だけど……出来なかった。

 その威力は、シノンにとって、()が違ったから。

 死銃が左手をスライドに添えて、丁度銃の左側面がシノンの目に晒された。全金属性グリップと、その中央に存在する小さな刻印。


――中心に、星。……黒い星。


 そう、かの銃は、未だシノンを……朝田誌乃を苦しめ続けている代物。


――黒星(ヘイシン)、五四式。あの銃。


 心臓を、……否、全身を鷲掴みにされているかの様に、全く動く事が出来ない。握られている感覚なのに、全身が氷の様に冷たい。……何時もの氷とは全く別ものだ。まるで、地獄から、……黄泉から死の冷気が身体に流れ込んできたかの様に。


――なん………で、なんで、いま、ここに、あの銃が。


 力を失った右手から、最後の望みであるサブアーム、《グロッグ》が右手から滑り落ちる。だが、シノンは唯一の武器を手放した事すら、全く意識する事が出来なかった。

 撃鉄(ハンマー)を、かちっ、と音を立てて引き起こし、左手はそのままグリップを包み、半身ウェーバー・スタンスでシノンを照準する。不意に、ぼろマントのフードの内部の暗闇が歪んだ。


 ……過去からの奔流が、現実へと流れ出てくる。


 髑髏の様なマスクに覆われていて、表情が見えない筈なのに……眼もスコープの光しか見えない筈なのに。粘液の如く揺れ、どろり滴り、その内部から2つの眼が現れたのだ。

 血走った白眼、小さな黒眼、散大した瞳孔のせいで、深い孔の様に見える。


――あの男。5年前の……。あの眼。


 そう、自分の母親を、撃とうとしたあの男。……幼い自分が、無我夢中で銃に飛びかかり奪い、……そして殺した。


――いたんだ。ここに、この世界に。


 全身が動かないシノンが、……誌乃がそう思ってしまうのも無理は無いだろう。この銃、そして明確な殺意。それらがかつての闇を起こしてしまったのだ。現実世界だけではなく、この世界にまで……。


――この世界に、潜み、隠れて、……私に復讐する時を待っていたんだ。


 これは運命だ。
 逃れることは出来ない。たとえ、GGOをプレイしていなかったとしても、もう一度、この男に追いつかれていただろう。……全ては無駄だった。今までの足掻きも全て意味などなかった。

 そんな巨大な諦念の中、ただ一粒の砂の様な……いや、二粒の砂の様な小さな感情。


――諦めたくない、こんなところで終わりにしたくない。だって、漸く判りかけてきたのに。《強さ》の意味が、戦うことの意味が、……彼等のそばで、……見て、見ていれば……。


 それらの思考が、ついに轟いた銃声が断ち切った。

 どこを撃たれたのかは判らない。……でも、シノンは瞼を閉じ、自分の意識が消える瞬間を待とうとした。アレに撃たれたら……現実世界でも死が待っているから。ただ、その永遠とも思える時間の中で。


――もう一度、あの温りを感じたかった。死ぬ前、に。……もう一度、手を握って欲しかった。


 想い馳せていた。
 なぜ、出会ったあの時に……、ちゃんと伝えられなかったのか、と再び後悔も滲んでしまっていた。


 
 そして、どれくらい経ったのだろうか。



 何時まで経っても、その時は来ない。シノンは、ゆっくりと瞼を開けた。目の前にいるのは、過去の自分自身の罪。……悪夢。

 ……の、筈だった。






――……言った筈、だろ?






 いつ、現れたのか、判らなかったが、もう1人、……目の前にもう1人いたんだ。音もなく、気配もなく、ただ……あの男の前に立っていた。

「お前には、お前たちには何の力も無い。……ただの、犯罪者だ!」

 地の底から、響く様な声が場に、この都市廃墟に響いた。……銃声と共に。

 シノンは、信じられないモノを見た様に、眼を見開かせていた。

 だが、あの時の様な氷の様な感覚ではない。言いようのない何かを……感じた。目の前の人物を見て。触れてもいないのに、温かさを感じられるその人物の背中を見て。


 その一撃を受けた死銃(デスガン)は、まるで独楽のように、身体を回転させながら、後方へと吹き飛んだ。だが、それは致命傷では有り得ない。

 死銃(デスガン)は撃たれる寸前に、身体をずらして、直撃する場所を変えた。胴体部を狙って撃った一撃は、左腕に当たったのだ。そして、死銃は衝撃をいなす様に身体を回転させたのだ。


「ちっ……!」


 それを見たリュウキは、舌打ちをしながらも、素早く倒れている彼女に寄りかかる。彼女の身体を抱き抱え、そして走り出そうとしたその時だ。

 まるで、化物の咆哮の様な銃声が続け様に鳴り響いた。その音が、マシンガンの類だと判ると。直ぐにビル壁に空いた大穴に飛び込んだ。

「……動けるか?」

 地面にゆっくりと寝かせつつ、銃を構える。

 シノンは、その言葉を理解するのにも時間がかかった。失われた全身の感覚が完全に戻るのには時間がかかる。

 その間にも、マシンガンの銃声がばら蒔かれていた。

「ち、あいつ(・・・)も来たか」

 ビル壁を背にしていたその時、シノンの眼に飛び込んできた。彼の右胸に赤い円が刻まれているのを。あの銃に撃たれたと言う事実を。

「っ……、あ、あんた、そ、それ……っ」

 シノンは身体を震わせた。

 彼は……自らを守って、動けない自分を守って撃たれたのだ。それが、何を(・・)意味するのかを、全部理解した上で。
 






 吹き飛ばされた死銃と、そしてもう1人がこの場に現れていた。

「……まさか、こんな早く追いつかれるとは思っちゃいなかった。……再会が早い」

 死銃(デスガン)のもう1人は、ぼろマントの男に手を貸しながら、立たせた。

「鬼、め……」

 ギリっ、と歯を食いしばる。
 致命的なミスを犯してしまった事に、彼等は気づいた様だ。

 あの銃(・・・)で、あの男を。……リュウキを撃ってしまったと言う事だ。







 シノンの言葉を聞いたリュウキは、ゆっくりと視線を右胸部分に向けた。
 確かに、撃たれている。距離は殆どゼロ距離だった事と胴体部分に命中した為、幾らあの銃でも、それなりにHPは下がるが、所詮は拳銃(ハンドガン)。対した事ではない。

「大丈夫だ。……気にするな」
 
 リュウキは、軽く右胸部分を払う様にすると、再び身構えた。

「そん、な……で、でも……」

 シノンは気が気じゃなかった。それも、当然だろう、自分の過去、悪夢の過去から時間を遡って来た弾丸、凶弾が彼を襲ったのだ。

 自分に当たる筈の凶弾を、彼が受け止めてくれたのだ。

 それを目の当たりにしてしまって……新たな罪を感じてしまう。

「大丈夫、だ」

 リュウキは、そんな彼女を見て、察した。
 当時は、彼女が……シノンが撃たれる事を阻止する事しか考えていなかった為、気づいていなかったが、シノンが尋常じゃない程震えている事に、今は気づいている。抱き抱えた際にも、身体に伝わっていた。それは、決してスタン弾で撃たれた影響じゃないだろう。何時もの彼女であれば、気丈に、そして何よりも冷静に反撃する筈だった。

 それをする事が出来なかったのは……、恐らく《あの男》に理由があるだろう。

 リュウキはまだ、震えているシノンの頭を軽く一撫ですると、死銃の、そしてもう1人現れたあいつの方を視た。

 
 あいつが持つ銃は、短機関銃(サブマシンガン)は、《スオミ KP/-31》

 現実世界で、伝説とも称されている男が使用していた銃の1つだ。

 恐らくは、その伝説的、狙われた敵側からは白い死神、味方側からは偉人と称されているその男が得意とし、扱っていた銃だからと言う理由で、あの銃にはかなりのスキルが備わっているのだろう。ばら蒔かれる銃弾だが、確実に狙いを定めてきている。覗き込んだ場所を正確に当ててくる。命中補正にかなりのプラスが備え付けられている様だ。


「……!!」

 リュウキは、応戦をしようと、ある方向を見て、笑っていた。シノンはその笑顔の意味が判らず、何が起きたのか? と思っていたその時、その疑問にリュウキ自身が答える事になった。

「遅いぞ。……キリト」

 リュウキの呟きとほぼ同時に、銃声が迸った。その銃声は先ほどの乱発されたマシンガンの音よりも大きい衝撃音だ。

 そして、それが来たと同時に、辺を煙幕が包む。

 銃弾によって、コンクリートの地面が削れ、砂埃でも発生したのか? とも考えたが、それにしては不自然すぎる程に、量が多い。

 このビル壁の大穴を覆い尽くす程の量にまで広がった所で、その正体に気づいた。

「スモーク……グレネード……?」

 そう、プレイヤーたちが好んで使っている、あの時、この傍らでいる男も、戦車を破壊するという離れ業を魅せた時に使っていた様な大威力のプラズマ・グレネードでも、ノーマルな火薬・ナパームの様な火炎でもなく、ただの無害な煙。

 その煙を切り裂く様に、この場に現れたのはキリトだった。

「ごめん!! 待たせた!」

 急ぎ足で、リュウキとシノンの傍にまでやって来るキリト。この状況に関しては、スタジアムの上から見えていた様だ。……リュウキが撃たれた事もそう、そして 撃たれたリュウキが倒れず、反撃して敵を、死銃(デスガン)を吹き飛ばした事もそうだし、もう1人の男が現れた事もそうだった。

「キリト、ゆっくり話してる時間はない。急いでシノンを連れてここから離れろ」
「何?」

 リュウキは、早口でキリトにそう告げる。勿論簡単に首を縦に振れる訳もなく、キリトが言おうとしたが……。

「今、一番危ないのは、オレでもキリトでもない。死銃(デスガン)標的(ターゲット)はシノンだ! 頼む! しんがりはオレが立つ」

 キリトの背を押しつつそう言うリュウキ。
 死銃に撃たれて、死んでいない事があり、説得力も強くあった。……撃たれても、死なないと言う事が判ったが、リュウキは言った。



――シノンが一番危ない。



 とだ。

「っ……判った!」

 キリトはこの話を聴いて、直ぐに頷いた。今は感情よりも、優先すべき事があると言う事が判ったから。

「此処から北側に砂漠のエリアがある。……そこで合流するぞ」
「ああ」

 頷くと、キリトはシノンを抱き抱える。シノンは突然の決まった事に、納得出来る訳も無い。

 だが、なかなか言葉も出てこなかった。

 キリトが背を向け、ビル孔から抜け出るタイミングを図っていた時。


「敵は2人いる。……1人抜けられる可能性が高い。……頼んだぞ、キリト。……行けっ!!」

 そう言うと、同時にリュウキはデザートイーグルの引き金を絞った。ずがぁん! と言うけたましい銃声が合図となり、キリトは走っていった。


 キリトに抱えてもらいながらこの場を離れる時、シノンは必死に声を上げた。



――もう、いいよ。置いていって。



 全身だけじゃない。意識までもが麻痺されたかの様に陥っていた。それを救い出してくれたリュウキ、そして まだ守られていると言う実感を改めて感じて、シノンはそう言っていた。

 リュウキが、死ななかったのは、たまたまかもしれないし、遅延が発生しているのかもしれない。いや、それ以上に撃たれたのは別の男の銃だったのかもしれないのだ。

 だから、絶対に死なない事は無いかもしれないから。過去から来る弾丸、凶弾だと錯覚してしまっている彼女は、あの場にリュウキ1人を残すくらいなら、自分もここにいる、と強く思っていたのだ。
 だが、今の自分には何も出来なかった。


 ……キリトに、運ばれる事しか。



 そして、キリトが駆け抜けていった事は、敵側、死銃と死神にも判っていた。幾ら煙で視界が塞がれたとしても、走る事で生じる気流の変化とまで言える煙の流れまでは消せる事は出来ない。故に、そこに狙いを定めていたのだが。

「ちっ……」

 それをさせなかったのが、リュウキの一撃だ。煙で見えていないのはお互い様な筈なのに、レア度は低い、市販と言っていい自動拳銃だというのに、カスタマイズされて、強力になったとは言え、命中補正が向上した訳ではないのにも関わらず、正確に狙いを定めてきており、動けなかったのだ。

「正直、こんなに早くに第2ラウンドをするとは思ってなかったなぁ……まぁ 良いか。なぁ?」
「くく……」

 軽く死銃(デスガン)の肩を叩くと、死銃(デスガン)は頷き駆け出した。どうやら 二手に分かれる行動に出た様だ。

 それを視て、再び銃弾が飛んでくるが、死銃(デスガン)はその弾丸をかいくぐり、そして死神は銃を再び乱発する。行かせまいと、デザートイーグルを、そして早撃ちが可能なSAAを多様し、牽制することで、暫くは抑え付ける事が出来てはいたが、この都市廃墟のメインストリートは如何せん、道幅が広すぎる事と、遮蔽物や廃墟と化した建物が多く、それを利用されるとどうしても抜かれてしまうのは無理もない事だった。

「いつまで、守りきれるかな? ……最後には無様に、オレ達に殺られ、そしてあの女が殺されるのを眺める事しか出来ないぞ」

 相方でもある死銃(デスガン)が抜けた事を確認すると、死神は銃の乱射を止め、リュウキに向き直った。

「光学迷彩、か。……臆病者であるお前らが好みそうな装備だ」

 煙が晴れ、リュウキは銃口を向けながら言い切った。

死銃(デスガン)? 死を齎す? 本物の力? 生憎だ。……撃たれたが、オレは死んでないぞ」

 丁度、中継カメラが数台集まってきて、リュウキと死神を映した。リュウキは、撃たれてまだ赤い円となってデジタル上の傷となっている部分に右手親指を向けると。

「何度でも言おう。お前たちには何の力も無い。……その銃に殺す力など無い。そうだろう?」

 死神と呼ばれる男の方は向いていない。リュウキは、ただただ、中継カメラを眺めていた。


――……推測が正しければ、いや、もう確定だ。


 自身は、撃たれたが、何ともない。何かあるのであれば、即座に意識が途絶え、そしてこの世界でのアバターが消え失せる。……回線が途絶えるだろう。だが、自分はまだこの世界にいる。あの死銃と呼ばれる銃から一撃を貰っても何ら関係ない。リュウキが問いかけたのは、死神だけじゃない。複数いる死銃のもう1人。……この世界の外にいる男に、言い放ったのだ。


「それとも、十字を切ってから撃たなきゃ効果が出ない……とでも言うか?」


 更に、リュウキは、胸の前で十字を切る仕草をすると、そう言い放つ。

 死神は、流石に苦虫を噛み砕いた様な表情をしていた。死銃(デスガン)の種を、看破されたことに、気づいたようだ。

だが、笑みは崩さない。

「……で? それがどうした? ……お前が何を知ったのか知らんが……、あの女は死ぬぞ。オレ達の力を持ってすれば、な。あの世界で同様、お前は守れず、また、失うだけだ。餓鬼みたいに、涙を流し、苦しみながらな。 ……ククク、それにお前はただ怒りに、仲間を殺された怒りに任せて何も考えず、死を摘み取る意味を考えず、人を殺し、そして忘れていたただの卑怯者だ。 お前にこそが、何の力も無い」

 ククリ・ナイフを抜き出すと、リュウキの方を向けて構えた。

「鬼、と形容する程の力を、あの時には確かに感じた。死神も驚愕する程のモノをな。だが、やはりお前もあの黒の剣士同様だ。……腐った現実の世界の空気を吸い過ぎだ。それに、あの程度で、アイツの追撃を掻い潜れるかな?」

 ジャグリングをする様に、ナイフを廻し、巧みに操る。そして、ナイフを逆手に持ち直すと。

「ふっ!」
「!」

 即座に、動き……、リュウキとの距離をゼロにし、再び超近接戦が始まった。

 直線状の動き、その速度だけを見れば或いは、キリトをも凌駕する程のモノだと感じる。だが、この男の種はそこではない。ただ単純に、AGI極型、速度を圧倒的に上げ、目まぐるしく動き、捉えられない動きをするのではない。

 巧みに、視線を誘導し、あらゆる手を使って視線を反らせる。気を反らせる。一挙一動の全てを見逃さず、まるで 他人を操っているかの様に誘導する。人間の心理を良く判っている様だ。ましてや殺し合いをする場面での極限の状況で磨き上げ続けてきた《ミスディレクション》はまさに驚嘆に値するだろう。

 心理的死角、物理的死角……あらゆる角度から死を呼び寄せる《鎌》を振るう。故に、この男は《死神》と恐れられたのだ。


「確かに、オレにも、何の力もない事は認める」

 死神の鎌をかいくぐりながら、時にはナイフで弾きながら、そして互いの銃を撃ち合いながら、リュウキはそう続けた。

「オレは1人じゃ何も出来ない。……1人なら、な? だが、オレは」

 ククリ・ナイフが首筋に当たりそうになったその瞬間を狙って、右手に持ったデザートイーグルをナイフの腹目掛け、上部へと撃ち放った。がきぃぃん! と言う金属音と共に、ククリ・ナイフが弾かれ、宙に舞う。

「!!!」
「1人じゃない。あの時も、そして今も。……ただ、傍に居てくれるだけで、ただ見守ってくれているだけで、オレは幾らでも戦える。負けない! これは、お前達には縁のない感情だろうがな」

 その直後、左手に装備していたSAAを撃ち放った。

「っ!」

 SAAの一撃は胴体部への直撃こそ避けた様だが、身体を掠め、そして死神を僅かに後退させる。リュウキは、デザートイーグルがグローバックし、弾倉(マガジン)が空になっているのを確認すると、ホルスターに素早く仕舞い、SAAを右手に持ち直した。

「く……ふっ!!」

 素早く、更に後退し、追撃を回避しようとする死神だったが。

「ぐぁっ!!」

 単発の銃声が響いたと同時に、死神の腹部に赤い斑点が3つ、生まれていた。

 腹部を確認したのは一瞬だけだ。あの男に視線を外し続ける危険性を認識ているからこそ。だが、拭えないものは確かにあった。

「っ……!(馬鹿なっ!)」

 そう、先ほどの攻撃、全力で回避をしようとした筈だった。

 死の世界とも言える、SAO。……浮遊城アインクラッド。

 あの死の世界で培われてきた回避術。眼前で交差される死の一撃である剣撃に比べたら、幾ら銃とは言え、この世界の鉛玉くらい難なく躱せる筈だった。事実、これまでの戦闘においても問題なく躱せたし、弾道予測線無しでも同様に躱せた。なのに、あの一撃は、躱す事が出来なかった。その上、たった一発の銃撃のはずなのに、傷が、新たな銃槍が3つ出来ている事に驚きを隠せれなかった。

「相手を視る事のは、お前の専売特許ではない」

 リュウキはそう言うと、警戒しつつ、スピードスローダーでリロードをする。

 リュウキは、相手の視線や、デジタル世界でアバターを動かす僅かな各部位、筋肉の動きを視て動きを先読みし、攻撃を当てたのだ。

 そして、たった一発と錯覚させたのは、極限とも言える早撃ちだ。SAAを撃つのに、両手を使った理由がここにある。デザートイーグルは確かに強力だが、反動の強さのせいか、片手で扱えても、速射性に劣る。故に、追撃にSAAを使用したのだ。

 ……その効果は、覿面だった。

 死神も、デザートイーグルの一撃には十分に注意している様であり意識は完全にデザートイーグルよりだった。その心理的隙間を狙ったのだ。

「侮り過ぎたな。腐っても鬼は鬼。……PoHが唯一絶対の敵だと見定めた理由が今さらながら漸く判ったぜ」
「……迷惑だ」
 
 リュウキの返答は、SAAによる銃撃。だが、それは正確に躱した。宙を舞い落ちていたククリナイフを拾いつつ、SMGで牽制した。


 1弾1弾をナイフで捌き、或いは回避し、再び間合いを取る両者。


「そう、さ。お前が、鬼がオレをあの暗い牢獄に閉じ込めたんだったよな? この死神を。くくく」

 ククリ・ナイフを、そしてSMGを構えつつそう言う死神。

「……オレとしては、牢獄よりも地獄に送りたい気分だったんだがな。それがオレの唯一のミスだった」

 死、殺人と言う十字架を背負う意味。

 それを判っていないはずはない。例え、こんな悪魔の様な男達でも、屑の様な男達でも同じ命。……殺せば殺人なのだから。だが、それを押し殺したとしても、この男達だけは、野放しにしていい筈がない、赦していいはずも無いのも事実だった。

「ずっと考えていたさ。あの牢獄の中で。お前を苦しめる方法に一番いいのはなんなのかを、な?」

 死神は蒼い眼を更に一段階輝かせながら、そう言った。リュウキも、視線を細め、睨みつける。

「一番良いのは…… あの《閃光の娘の傍ら》に、死を与えるのがそうだった」

 死神の言う、それが誰のことを指すのか、それを理解するのに時間はかからなかった。

「……貴様!」

 リュウキの中のモノに、触れてはいけないモノにこの男は触れた。
 逆鱗に触れられ、その怒りが全て弾丸に、そしてナイフに宿ったかの様に、超接近。銃を撃ちつつ、ナイフで攻撃した。

 が、その軌道を正確に読んでいた死神が、銃弾を躱し、ナイフの攻撃を居なし、近接戦闘をしない様に大きく間合いを取った。

「そう、お前は自分自身よりも、他人をヤられるのが何よりも答えるんだったな。……だから、さっきもそう挑発したんだった」

 死神は、そう言うと表情を歪ませながら、光も共に歪んでいく。姿が消えていくのだ。

「っ!」

 リュウキは、姿を消していく相手をみて、銃弾を数発見舞った。だが、それは回避した様で、手応えがまるでなかった。

『正直、侮りすぎたのは事実だ。……中々に手に余る』

 ククク、と笑い声と共に、あの男の声が場に反響する。

『まずは、お前の心に死を齎そう。……あの女を始末し、苦しむお前を楽しもう。……そして、アイツが黒の剣士を消し、オレとアイツの2人掛りで、ゆっくりと料理してやろう』

 嘲笑うかの様に笑い声がこだまする。

「……偉そうに言っていた割に、もう諦めたのか? 死神死神とほざいておいて、情けない奴だな」

 リュウキも、そう反論をしていた。戦る前に、この男は散々言っていた筈だ。なのに、手のひらを返した様に、逃げる様に消えていったのだ。いや、逃げ以外の何でもないだろう。

『そう言われてもイイさ。……だが、死神は全て合理的に判断する。過程よりも結果を求める。それに、ただ闇雲に攻めるのは3流だと思うが?』

 そう言うと同時に、声が小さくなっていく。

「見えない鎌とやらを持っているクセに、……怖くて逃げ出すのか?」

 リュウキはそう答えた。
 この男が自分に完璧に一撃を加えたのはあの攻撃だけだ。その見切れていない業を持っているのにも関わらず逃げの一手をする死神に、呆れた様にリュウキは言った。

『切り札は、取っておくさぁ……。最も、斬れる時に……な』

 その声の次の瞬間だ。からん……と、何かが落ちた様な音が響き、そして 場に閃光が迸った。

「ちっ……、何度も姑息な手を」

 リュウキは、何が来たのかを理解していた為、破裂寸前にそれを直視しない様に、大きく回避していた。視界不良のシステム的状態異常は回避する事が出来たが、あの死神の姿は文字通り全く見えなくなってしまっていた。




 
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