ソードアート・オンライン〜Another story〜
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GGO編
第192話 放たれた凶弾
シノンは、必死にキリトに追いすがっていた。
確か、以前聞いた話によると、キリトはSTR優先タイプだと言っていた筈だ。だから、数値的には大差ないと思えるのだが、こうして一緒にダッシュをしてみると、たなびく黒髪を追いかけるのに必死にならざるを得ない。
「……あのバギーレースじゃ、負けてたけど ダッシュなら、《フリーランニング》なら、アイツといい勝負するんじゃないの?」
何処か悔しくなってしまったのだろうか、思わずシノンはそう言っていた。
あの時、シノンはリュウキのバギーに跨っており、云わば勝者のバギーに乗っていたから、だろう。だが、明らかに他力本願だし、そんな風に言うつもりは正直無かったのだけど、……時折、キリトがちらりと振り向き、シノンにスピードを合わせている様子が、どうしても小憎たらしかったからと言う理由が強い。
キリトは、それを聴いてちょっぴりグサっときた様で、表情を険しくさせる。やはり、負ける事は悔しい様だ。でも、もう一つ思う所はある。
「……うぅん。まぁ 判らないけど。オレがアイツに勝ってる、と言うか アイツがオレに対して負けを認めてるのが、速度の領域だ、って 結構オレの事 言ってるけど、正直な所、実際どーなのか判らないんだよなぁ……」
走りつつも、頬をぽりぽりと人差し指で掻く姿、どう見ても女の……っと、今はおいておこう。
「……判んないってどういう意味?」
シノンはそれが気になった様だ。キリトは、何だか煮え切らない答えを言っていたから。
「……いや、何と言うか……、アイツが口で幾ら『全力だ』って言ってても、本当の本気。100%中の100%。……そんなのをアイツは絶対に持ってるんだよな。……オレとの勝負の時、それを使ってるのかどうか、っていうのが判んないんだ。だから 仮に勝てたとしても、ちょっぴり悔しさだってあったりする。と言うか、それ結構多かったりしたかも」
最後の方は、キリトは苦笑いをしていた。
だが、それは恐らくリュウキ本人もキリトと同じ事を言うだろう。2人の考えは……本当に似ているから。
「………」
何だか、シノンはその言葉を聞いていて、《ライバル》だと言うより、《憧れ》に近い様に感じた。
憧れているからこそ、その彼の力を大きく、大きく自分の中で作っていて、だから 現実と一致しなくなるのでは? と。
だけど、本当に彼が力を出し尽くしていないかもしれない。と言う感覚は、判らなくもない。
――……底が見えない。
色んな世界の物語で、それらはよく聞く言葉だ。だけど、実際に体感し、感じる事になるとは夢にも思わなかった。そんなのは、フィクション。……物語の中だけのものだと思っていたから。
でも、彼を見ていると……、そう思うから。
「……あの時、彼に『目を使って』って言ってたけど、それが彼の100%って奴じゃないの?」
「……っ!」
シノンの言葉を聴いて、キリトは一瞬だけ びっくりした様に身体を震わせた。
「あー……、そっか あの戦い中継されてたもんな。聞こえてても不思議じゃない、か」
「まぁ、そうね。結構場は盛り上がってたみたいだし? 私はあんまり人がいない所で見てたから聞こえただけ、だけど」
シノンはそう言っているが……、実はかなり注目していた事は キリトには勿論、リュウキにも秘密だ。倒すべき敵から、今大会の最大の目的になったのだから。
「あ、アレは……そのぉ……」
キリトは口篭る。走りながらでも、見ていなくても、シノンはキリトがどういう表情をしているのか、判る気がした。
「何? ……まだ、煮え切らないわね」
シノンがそう返すと、キリトは首を振った。
「一応、アイツの個人情報だし。オレが勝手に話すわけにも……」
「ああ、なるほどね。……なら、別に良い」
シノンは納得して、頷いた。個人情報と言われれば、そこまで突っ込めない。基本的に、他者に関わる様な事は彼女には無い。それは現実世界だろうと仮想世界だろうと同じだ。
でも、シノンにとって彼だけは、いや 目の前のこの男も同じ、別だったから。だから、聞きたかったけれど、口を噤んだ。
「ただ、言えるのは、……あの眼はヤバイって事だけだよ」
キリトが苦笑いをしながらそう締めていた。
確かに、彼らの戦いはその《ヤバイ》、と十分に言えるものだった。
ファンタジー武器、SF世界の武器の光剣、運営体のプログラマーが趣味だけで設定したとしか思えない武器を操るキリトと、現実世界で存在するものの、総合的な攻撃力に乏しい拳銃とそしてリーチにおいては圧倒的に短いナイフを多用するリュウキ。
癖が強すぎるし、扱い憎すぎる為、そのピーキーさは、狙撃銃の比ではない。
片方のメインアームである光剣の射程は、刀身の長さである約1.2m。GGO世界最小の実弾銃《レミントン・デリンジャー》の有効射程が僅か5mだが、それよりも遥かに短い。が、それを言えば メインアームは拳銃の中でも最強クラスに分類されている《デザート・イーグル》の改造仕様にしているものの、それはどうしても連射性に乏しい故に、同じ最強クラスの武器であったとしても、その辺の市販されているマシンガンの方が圧倒的に人気だ。そして、よく使っているナイフも、光剣には遥かに劣るリーチ、刃渡り25cmしかない。
つまり、2人ともがこの世界での最弱武器を装備しているも同義なのだ。
だが、最弱と威力は同類項ではないらしい。
あの僅か刃渡りcmの領域にある華奢な武器は、へカートの《50BGM弾》を喰らっても、へし折れるどころか、その弾道を逸らしてしまった程だ。出る力は横の~云々は置いといたとしても、普通であれば、対物ライフルの弾丸を弾ける等とは思えない。
そしてもしも、これがキリトの光剣であれば、あらゆる銃弾を斬り落としかねない。
その音速を超えるへカートの弾速を見切れるとは思えない、が リュウキは、反応速度の領域では自分より上だと認めていた。つまり、同じ芸当が出来るという事だ。
故に ここまで来れば2人の持つ武器は、世界最強の防御兵器だと言っていい。
銃弾の嵐とも言えるマシンガンの弾丸が渦巻いているこの世界で、その頼りないとも言える武器で次々と斬り刻み、或いは弾いた。全自動ライフルや、短機関銃の銃口を向けられているのに、全く動じない糞度胸――。
――いったいどういう練習をすれば、そんな技術が身に付くって言うの?
それは、あの時にもいったが、VRゲーム上の技術では 正直有り得ないと思える。
相応しい言葉を、探した。そしてシノンの中で、結論付いた言葉が、そのアバターと一体化したプレイヤー自身の経験、信念。……言葉にすれば簡単言える。でも、口に出して言う事は難しいとも言える最後の言葉。
それが、《魂の力》だった。
そして、更に進んだ所で、2人は立ち止まった。
「……追いつかなかったね」
色々と思考を張り巡らせ、走っている内にどうやらこの島の主戦場たる都市廃屋に侵入した様だ。思考を張り巡らせているとは言え、最低限の警戒は勿論していた。……戦場の最中でそれは愚の骨頂とも言えると思うけど。
足を緩めたキリトは、非武装状態の死銃が水から出るところを攻撃できるのでは、と期待していた。
「或いは追い抜いちゃった、とか?」
シノンがそう続けると、振り向いたキリトが川面を見ながら首を振った。
「いや、それはないよ。走りながらずっと水中をチェックしていたし」
「そう……」
一応、確認したシノン。
シノンも水中についてはチェックしていたし、2人で見たのであれば、見逃しは無いだろう。それに、アクアラングを背負っていない限り、1分以上は潜ってる事は出来ない。《L115》と言うへカートに迫る大型ライフルを持つ死銃にそこまで装備重量の余裕があるとは思えない。だから、岸に上がったら後は走ったのだろう。
「――間違いなく、もうこの街のどこかに潜伏してるはずだね。川はあそこで行き止まりだし」
シノンが視線を向けた先には、あの廃墟都市が見えている。川に繋がっていて、廃墟都市の下水に繋がっていると思えるが、その入口は鉄格子で閉じられており、プレイヤーは通り抜ける事は出来ないだろう。
「そうだな。9時のスキャンまで、あと3分か。……この廃墟の中にいる限り、衛生の眼をごまかすことはできないよな?」
「うん。前の大会じゃ、たとえ高層ビルの1階にいても、マップに映ったから。隠れるのに大きなリスクがある水中か洞窟、それ以外に衛星スキャンを避けられる場所はないはず」
「OK。なら、次のスキャンで死銃の場所を特定。勿論、リュウキの居場所も同時に。……位置的に奴が誰かを撃つ方が早い場合は、死銃優先だな。その場合の戦術として、まずオレが突っ込むから、シノンは援護を頼む」
「……それはいいけど」
シノンは、肩をすくめ 久々にキリトから一本取るべく指摘した。
「問題はあるよ。死銃ってアイツの正式なキャラネームじゃない事、これが始まる前に、あんた達にキャラ名確認させられたから、間違いないわよ。 忘れてないでしょうね? 名前が判らないと、レーダー上で位置を突き止められない」
「う……、そ、そうか」
キリトは肩を竦め、考える。
「確か、出場者達の中で、知らない名前は5人、だったよな? その内追いかけていた《ペイルライダー》は死銃じゃなかった。 てことは残りの4人……《銃士X》《赤羊》《ジーン》に《スティーブン》の内の誰かが、複数いるかもしれないけど、さっきの死銃に間違いない。……だけど、4人はやっぱり多いな。ペイルライダーを追いかけてる時に、他の連中も確認しておけば良かった」
キリトは、4人いる事を考えるとやや後悔をしていた。
死銃が1人ではない可能性も高い上に、4人もいれば、1人1人確認している内に、誰かを撃つ可能性が高いからだ。
「もし複数いたら、迷ってる余裕はないわよ。誰を攻撃するか今決めておかないと……。ん、あのさ、今ふと思ったんだけど……」
シノンはこほん、と咳払いをして続けた。
「……その内の1人 銃士、《ジュウシ》をひっくり返して《シジュウ》。《X》は《クロス》、あいつがやっていた十字の事、……ってのは、流石に安易過ぎる、よね」
「う、うーん……いや まぁ、 VRMMOのキャラネームなんて基本みんな安易だと思うけどな。オレもそうだし、アイツも。……君は?」
「……わたしも」
互いに微妙な視線を交わしてから、同時にもう一度咳払い。
「いっそ、《スティーブン》の方が名前のとおり外人さんなら話は早い。《ジーン》、ってあまり聞かないし……、ってそんなに外人さんを知ってる訳じゃないけど。BoBには、海外プレイヤーは出てないのか?」
「ん……」
クロノメーターに視線を走らせると、2分を切っている様だ。でも、まだ説明をする時間があると判断し、出来るだけ早口で説明をした。
「第1回大会の頃は、サーバーをUSとJPから自由に選べたから、UIが日本語のJPサーバーにも外人さんは少しだけどいたらしい。私はその頃まだGGOやってなかった、し……シュピーゲルに聞いた話だけど、最初のBoBで優勝したのはあっちの人なんだって。なんかもう鬼みたいに強くて、ナイフとハンドガンだけで、日本人皆殺しだったとか……」
「へぇ……、んん? ナイフとハンドガン? ……それって」
「あぁ……、今私も連想した」
キリトの考えにリンクする事が出来た様に、シノンも頷いた。
どうやって、BoB本戦で、それも間違いなくマシンガンの銃弾嵐が発生する戦場で、単発銃とナイフだけで勝つ事が出来るというのか! と、当初は思っていた事だけど……、実際にそれを体現している男が現れたから。……《Mスト》では、盛大にその事で盛り上がっている事だろう。例の過去の伝説なんたら~ と言うプレイヤーと同名のプレイヤーだと言うことも合わさって。
「ははは……、それでその人の名前は?」
キリトは、苦笑いをしつつ、そう聞いた。
シノンもシノンで、色々と思うところがあるらしく、渋い顔をしていたが、一先ずキリトの問いに答えた。
「確か、サト……サトリ、何とかみたいな変な名前。でも、私が始めた頃にはもう、JPサーバーには日本国内からしか接続できなくなってたから、第2回とこの第3回に出てるプレイヤーは全員日本人……、少なくとも日本在住。《スティーブン》も、表記はアルファベットだったけど、日本人のはず」
「成る程……、よし、まずはリュウキの所在を確認して、合流の有無を決めよう。そして、敵側に関しては、廃墟に両方いた場合は まず《銃士X》の方に行こう。もしも、俺がペイルライダーの様にスタン弾を撃たれて麻痺しても、慌てずその場で狙撃態勢に入ってくれ。死銃は必ず出てきて、あの黒い拳銃で止めを刺そうとするはずだ。そこを撃つんだ」
「え………」
そのキリトの言葉を聞いた瞬間、シノンは先ほどから気にしていたサテライト・スキャンの残り時間のことをすっかりと忘れていた。
「……なんで、そこまで」
――私を信じられるの?
シノンは、その一言は音にせずに。
そして、そんな刹那の時間。キリトが言葉を返そうとするコンマ数秒レベルの刹那の時間に、もう1人の男の言葉がシノンの頭の中をよぎった。
――俺は、1人じゃないから、1人じゃなかったから。今の俺がいるんだ。
そして、その言葉を向けられた相手は……、間違いなく目の前のキリトがその内の1人だろう。そう、考えると不思議とシノンはキリトの事を信じる事が出来ていた。でも、その逆、自分のことをキリトが信じられるのかはまだ判らない。
「だって、私が死銃じゃなく、あんたを背中から打つかも知れないのに……」
だからシノンはそう聞いた。
なぜ、自分に任せることが出来るのか、と。すると、キリトは、意外そうに眉を持ち上げ、そしてごく小さく微笑んだ。
「君がそんな風にオレを撃たないことくらい、もう判ってるさ。さぁ、もう時間だ。頼むよ。相棒」
キリトはそう言うと、シノンの左腕をぽんと叩き、川床から市街地にあがる為の階段に向かって歩き始めた。
「――って、あんたの相棒はアイツじゃないの?」
シノンは、軽くその腕を触りながら、そう苦笑いをしながら口に出していた。
それを聞いたキリトは、バツがわるそうに頭を掻くと。
「ま、まぁ アイツとは、よく一緒に戦った間柄だけど、いま現時点は、シノン。君との共同戦闘だからな。……それに、オレ達2人とも超が付くアタッカーだし、遠距離援護のシノンとは相性が良いと思うよ。リュウキと合流出来たら、3人チームでよろしく」
何をよろしくされるのだろうか? とシノンは思った。
でも、不思議と心地よささえも沸き起こる。……心地よい浮遊感も同時に。これまででは、本当の意味での仲間など持った事はない。ただただ、言われるがままに共同戦線を張っていただけ。そして、いつか相対した時に、その相手の情報をえる為、と言う打算的な考えもあった。
なのに、どうだろう?
――リュウキには、心を揺さぶられ、そしてキリトの事は信じられるとまで思いだしている。
シノンは、そう思ったと同時に、首を思いっきり左右に振った。
「え、ええ! た、頼むよ。シノン。ここまで来たらさ……」
キリトは、シノンの仕草を見て慌ててそう言っていた。断られる、と思ったからだ。
「ち、違うわよ。……ただ、自分に喝を入れただけ。さぁ、早く確認するわよ。後何秒も無い見たいだから」
「あ、ああ。判った」
結局是か非かは帰ってこなかったが、とりあえず今は衛星情報を確認するため、良しとした。
――倒すべき敵。この男達は、倒すべき敵なんだ。
シノンの胸中では、衛星情報の端末を起動することが出来るその瞬間まで、強くその言葉を唱え続けていた。確かに、何かを想う所は沢山ある。でも、勝負とは関係ないんだ。
勝つか、負けるか。……殺すか、殺されるか。
この世界に蔓延る闇を蹴散らしたら、戻る。強さを得る為に……、戻るだけだ。
シノンは、そう強く考えていた。だが、この時は思いもしなかった。
……この世界に来て、再び悪夢が自分を襲う事を。そして、もう1つ。……もう1つ、得るものがある事を。
~ISL ラグナロク・森林エリア~
それは、丁度キリトとシノンが衛星端末で位置情報を確認している時系列。
第3回BoB本戦の会場でもある広大な孤島の一角にある森林エリア。その場所は、比較的、早い段階で本当の意味での死闘を演じられていた場所だ。
そして、あの銃弾が撃たれた。
撃たれたその場所で、あのプレイヤーは、そのアバターを消滅させられてしまい、現実世界では物言わぬ身体に変えられてしまっているだろう。
それは、疑うべくもない。
何故なら、現実世界ではもう2人ものプレイヤーが死亡しているのだから。今更、アレは冗談だった。などとは言わないだろう。あの死神がそんなことを言うはずも無いのだ。
「がぁぁっ!!」
「ぐおおっ!!」
そして、森林エリアから一気に田園エリアに向かって、風の様に走り続ける影があった。その通り道、遭遇したプレイヤーも、一蹴する。通りすがりの一撃、と言わんばかりに、素早く接近すると同時にデザートイーグルをゼロ距離で撃ち抜く。そして、もう更に1人は 既にHPバーが少ない事から、首筋にナイフで斬りつけて 残HPを吹き飛ばした。
「ち……っ!!」
走る影の正体はリュウキ。
バトルロイヤルの、サバイバル戦のセオリーの全てを忘れて、走り続ける。死神の言葉が頭から離れないからだ。
『守れるかな? 死神と死銃から、あの女を……』
凄まじい閃光と音響の最中、聞こえてきたその言葉。死神が言っていたあの女と言うのは……間違いなく自分の知る相手。この世界に来て、異性と関わったのは、彼女しかいない。
――かつての闇に触れ、そして、震えていた時に、光をくれた彼女。
光をくれた、と表現出来る事は、自身の人生の中で、数える程しかない。いつの時でも、光は自分を照らしてくれて、そして助けてくれたんだ。
……でも、彼女は そんなつもりは無かったかもしれないし、ただ 不思議に思っていただけなのかもしれない。だけど、あの時。……リュウキにとっては、それだけ意味のある事だったんだ。
約束の勝負の際、それを投げ出してでも感謝を伝えたかった程に。
そんな彼女の身に、死銃が、死神が迫っていると言うなら。
「……させない!」
足に力が入り、そして風になる。銀色に輝く風に。かの世界で閃光と称された彼女達よりも早く。
白銀の閃光を身に纏って。
――彼女は助けなど、求めていないだろう。この世界で戦う理由が自分たちにある様に、彼女にもあるのだから。
それでも、リュウキがとる行動はもう決まっていた。
衛星情報を元に、彼女の位置、そしてもう1人の位置を確認しつつ、先を急ぐ。2人はもう合流している様で、都市廃墟エリアにいた。まだ、離れている場所だが その位置は目に焼き付けてある。
目的地、自分の位置、見える景色と地形。
得る事が出来た全ての情報を頭の中に映し出すと、自分が判りやすい様に視点を変える。
上空から、眺める様に視点を入れ替え、そして最短且つ効率の良いルートを導き出す。
敵の位置もそれらの情報に組み込んではいるが、流石にアルゴリズムで動くMobなら兎も角、彼らの行動の全てを把握出来る訳ではない。行動を、あの死神の様に巧みに操る様な事をこの短時間で出来る筈も無い。
無用な戦闘(参加者たちには申し訳ないが……)が増えるが、それらを圧倒し続けるリュウキ。自分と一戦 戦うにはまだまだ力量が足りなかっただけの事だから、諦めてもらうしかない。敗者に気遣う余裕などないリュウキはそのまま走り続けた。
《都市廃墟》の南東の入口を目指して……。
~ISL ラグナロク・都市廃墟エリア~
キリトとシノンは、衛星情報を確認し、作戦を実行に移していた。
この場所にいるのは、《銃士X》だけであり、《スティーブン》も《赤羊》も《ジーン》もいない。故に、死銃の正体は……、あのぼろマントの正体が《銃士X》だと結論した。
そして、あわよくばリュウキとも合流し、3:1で攻める事も視野に入れていたが、都市廃墟エリアの傍に位置していたとは言え、少し離れていた。
死銃と思われる《銃士X》が《リココ》を撃とうとしている状況だった為、合流するよりも先に撃退する方向にしたのだ。
その作戦は、キリトが後ろから攻撃をし、そして シノンが通りを挟んだ向かいのビルから狙撃体勢をとる事。
キリトがピンチになったら、その時はシノンが援護をする。と言う単純且つ最も効率の良いモノだ。狙撃手であるシノンの能力を最大限に活かすことも出来、そして何よりも、彼女に及ぶ危険が下がると言う事。
これは、事前にリュウキと話していた事でもある。シノンを死銃が狙う可能性、それがかなり高いと言う事は、事前にある程度の予想はしていたのだ。……その理由は、あの言葉に反応したプレイヤーにあった。
「オレは君と別れてから、30秒後に戦闘開始する。その時間で足りるか?」
「……うん。十分」
「よし、じゃあ頼んだ」
キリトは、躊躇う事なく、背中を廃車であるバスから離し 殆ど足音を立てずに、潜伏しているスタジアムの南ゲートを目指して駆け出した。
――納得した訳じゃないのに。
この時、シノンはそう考えていたスタジアムに、自分も行くと反論をしようとしたのだが、キリトの強い視線で遮られた。最大限に活かす作戦だと聞いたけれど、それでも……、彼らと共に戦う事で 得られる判らない感情。それが離れていく気がして……。
――何を馬鹿な!
再び、妙な事を考える自分自身に、強く叱咤する。
――私は、BoB大会に優勝し、この大会で最強のプレイヤーになると言う目的を達成するために、ただ合理的に行動しているだけだ!
念じる様に、シノンは強く、強く、自身の右胸をぐっと拳で抑えた。
相手を一弾で……凶弾とも言えるたった一撃で、殺すと言う未知のシステム外能力で、大会を混乱させている死銃。……GGO世界の全プレイヤーの敵とも言っていい死銃は速やかに排除しておきたいし、それまでは、キリトやリュウキと協力するのもやむを得ない。でも、それが達成出来たら、彼らは敵に戻る。
「………判らない感情に身を委ねるのは駄目。全員を倒して、全部……全部……忘れる。……だって」
シノンは、何処か悲しそうな表情もしていた。……その事に、恐らく自分は気づいていないだろう。
――だって、もう二度と会うことはないと思えるから。
そう、思った瞬間に、心臓のあたりのチクチクを無理矢理呑み下した。多分、呑み下す事が出来たのは、一緒にいたのが キリトだけ、だったからだろう。……心を揺さぶり続けている張本人がこの場にいないから。
――それに、彼がもし此処にいれば、……きっと自分は自分じゃなくなる気がする。
シノンの中に確かに存在する誌乃が出てくる。弱い自分が、全面的に出てきてそして 委ねてしまうかもしれない。でも、それでは忌まわしいあの過去を忘れる、乗り越える事ができなくなってしまう。
シノンは、シノンの心のかなりの部分が、いつもとは違う思考に占められていたかもしれなかった。それを自覚したのは、ビル壁面の崩壊部をくぐる寸前。……死銃を狙撃する為に、狙撃場所を選び、移動していた寸前。背筋に強烈な寒気を感じた。振り向こうとし、それすらも出来ずに路面に倒れたあとのことだった。
――何…… どうして……!?
一体何が起きたのか、直ぐには判らなかった。背中がぞっと粟立って……視界の左の方で何かが光っていた。
《自分は撃たれたのだ》と、その時理解した。
そして、次にその撃たれた弾丸と放った本人を理解する事が出来た。デザートカラーのジャケットの袖を貫き、腕に突き刺さっていたその弾丸。いや、弾丸というよりは銀色の針の様な物体だった。
まるで、電流を流されているかの様な感覚が続く。
そう、この弾丸は、《電磁スタン弾》
先にペイルライダーを麻痺させた特殊弾と全く同じものだ。
その弾丸は、アサルトライフルやマシンガン、ハンドガンには装填できない。使用可能なのは、一部の大口径ライフルのみ。……そして、撃たれたと認識したのは、出来たのは倒れ伏し、その着弾した箇所を見た時だった。つまり、全く発射音、発砲音が聞こえなかった。つまり、減音器付きの大型ライフル。
そんなものを装備している相手は、《あいつ》しかいない。
「そん……な………」
シノンは、そこまで認識しても、認める事が出来なかった。衛星端末で、確認した時には間違いなくこの周辺にはいなかった筈だからだ。死銃と思われる相手は、スタジアムの外周にいた筈、いる筈だった。
それに、9時のスキャンではこのタイミングで、今の自分の位置を高激できるようなプレイヤーは存在しなかったと断言できる。AGI極型であり、前回の準優勝者である《闇風》でも絶対に無理だ。
――理解、出来ない。なんで……? どうやって……。
そのシノンの問いに、思いに答えたのは、言葉ではなかった。
その直後にシノンが捉えた光景だった。その光景は、まるで光を無理矢理捻じ曲げたかの様な、次元が裂けた、この世界そのものが切り裂かれたかの如く、何者かが突然出現、したのだった。
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