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流星のロックマン STARDUST BEGINS

作者:Arcadia
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精神の奥底
  49 避けられない未来

 
前書き
今回は安食、そして彩斗がメインです。
計画が失敗したはずなのに暗躍を続ける安食一派、そしてそんな謎を残しつつ、眠りに落ちた彩斗にフォーカスが当たります。
今回も特に戦闘シーンはありませんが、徐々に再び戦闘に近づいている雰囲気を感じて頂ければ幸いです。 

 
シドウがタワーを眺めながら、眠りに落ちた頃、同じくタワーを眺めている者がいた。

「...作業は順調か?」
『ハイ、あと20分程で完了します』
「終わったら、すぐに撤退しろ。痕跡も残すな」
『了解』

安食空夢だった。
Valkyrieは、ディーラーの関与している施設の1つである図書館を占領して、仮の拠点としていた。
無線機で指示を済ませ、シドウと同じくカロリーゲッターを口に含んで、水で押し流す。

「どうだい?身体の調子は?」
「...お前か。上々だ。傷口はほぼ塞がっている」
「なら良かったよ。ところでオレを呼んだでしょ?何か用?」

安食の後ろには、例の銀髪の少年が立っていた。
安食ですら、全く気配を感じることはなかった程に素早い動きで何処からともなく現れる。
これが、この少年の特徴だ。
神出鬼没、そんな言葉がピッタリと合う。
少年は安食のことを心配しているような素振りを見せるが、顔は相変わらず幼くも不敵な笑みを浮かべている。
いつものことだが、安食にもこの少年がどこまで本気で心配しているのかは分からない。
つまらなくなっていきなり興味を失っては、別のものに興味を持つ子供のような行動と言動は全く読めなかった。

「そうだ。約4時間後の6時30分、高垣美緒がWAXA関連の医療施設からWAXAニホン支部へと移送される。襲撃して高垣を連れ戻せ」
「へぇ。まだ生きてたんだ、あのオバサン」
「WAXAに捕まったと、報告したのはお前だろ?」
「いやいや、ホントのこと言うと、捕まって運ばれていく段階でスターダストに電気ショック食らって虫の息だったのよ。だから今頃、死んでるかとね」
「......」

ケラケラと笑っている少年に腹を立てながら、安食は冷静を装う。
この少年の今までの一連の行動を見ると、相手を煽り立てて冷静さを欠かせた上で手玉に取ろうとする。
これは安食の専売特許とでもいうべき手法であり、誰よりも知り尽くした手であるため、すぐに分かってしまう。
ここで少年の策略に乗ってやるつもりは無かった。

「まぁ、いいが、受けるのか?受けないのか?」
「もちろん受けるさ。それなりに恩があるし?でも少し嬉しいなぁ」
「何が?」
「安食ちゃんも、今回の作戦の功労者である高垣美緒に恩義を感じているみたいで。ちょっと残酷な...ね?」

「お見通しか...高垣には特等席で見てもらおうと思ってね。自分の『最後』の晴れ舞台ってやつを...」

安食は少年以上に不敵で楽しそうな笑みを浮かべた。

「フッ、了解。取り返したら、何処に連れてったらいい?」
「ここだ。このビルの最上階。デンサンタワーがよく見える」
「本当に特等席だ。安食ちゃんや...お主も悪よのぉ」

少年はそう言って、安食に背を向けた。
しかし少年は振り返り、安食の前のテーブルに目を向ける。

「今からまた街の住人にダークチップとユナイトカードを売り飛ばしに行くの?」
「あぁ。一応、目標の売上には既に達してるし、計画を実行するために必要な数もあと僅かで揃う。だが念には念を...大いに越したことはない」
「確かに、世の中カネ!...なところもあるしね」

少年は安食がやはり抜け目の無い面を確認すると、再び出口を目指す。
だが再び、足を止める。

「あぁ、1つ言い忘れてたよ」
「何だ?」

「星屑の逆鱗にはご注意を。奴は闇夜を味方に身を隠し、こちらが隙を見せるのを、爪を研ぎながら狙っているかもしれないぜ?」

その時の少年の表情と言葉には、さすがの安食も背筋に悪寒が走るを感じていた。

「...スターダストについて、やはり何か知ってるな」
「...まぁ、隠しても仕方ないか」
「キサマ、やはり...」
「多分、安食ちゃんの考えてることはハズレだ。スターダストにけしかけたのはオレじゃない。だがスターダストが現れることだけは何となく知っていたよ」
「何!?」

少年は「バレちゃった!テヘッ!」っとでも言いそうな顔で部屋を出て行く。
それはちょうど、ピンポンダッシュをして逃げていく子供のようだった。

「...クソガキめ...」

安食は、この問題が一筋縄ではいかないことを改めて思い知った。
当初、安食はスターダストはディーラーの開発したものだと思っていたが、自分との戦闘のあった夜を思い起こしてみる。
するとスターダストは途中で暴走して、ジョーカーに匹敵する程の力を持った自分を打ち負かした。
自分たちですら手の付けられないものを開発する程、ディーラーもバカではない。
それにジョーカーのようにプログラムの操作で手駒にできるものと違って、スターダストは人間が使うものだ。
使っている人間が反乱を起こせば、ディーラー自体が壊滅しかねない。
ましてディーラーの最終兵器であるジョーカーにも匹敵しかねない程の力を持っている。
そんなリスクはディーラーなら間違いなく犯さない。

「チッ...」

安食はいつもの様に胸ポケットから携帯している薬を水で飲み込む。
すると頭に昇りかけていた血が引いていくのを感じた。
冷静な思考を取り戻したのだ。
腕を少しまくって時間を確認する。
SEIKO・BRIGHTZのワールドタイム、ソーラー電波で25のタイムゾーンに対応した世界を飛び回る商人にとっては高い利便性を持った時計だ。
安食はニホンが嫌いだったが、その技術力の高さは認めていた。
事実、15歳の頃に手に入れてから、6年間、一度も狂ったことはない。

「2時28分か」

そして再び地図を確認すると、少年同様に部屋を出て行く。
だがその様子は少年に見られていた。
少年は出て行った後、すぐ近くに潜んでいたのだ。

「あららぁ...安食ちゃんも、もう限界かなぁ...」

『ン?ドウいうコト?』

少年は電話を掛けていた。
安食に頼まれた高垣奪還のために、自分の下の人間に指示を出す必要があったからだ。
だが少年は安食が例の薬を飲んでいるのを見て、ため息をついていた。

「いやね、安食ちゃんの経歴は知ってるな?」
『Ja、naturlich.<えぇ、もちろん>』
「その壮絶な生い立ちが安食ちゃんの内面に影響を与えた。安食ちゃんは最初から、あんな奴だったわけじゃない。あらゆる暴力で後天的に人格を狂わされた人間、ある意味では被害者なのさ」
『ヘェ』
「だが同時に常人を遥かに超えた精神力を得た。ユナイトカードを使った進化体の想定を超える力を持ったナイトメア・テイピアに進化した上、精神干渉をまるで受けつけない」
『デモ、薬ナイとダメなんデショ?』
「同時に脳内のバランスが崩れてしまってるんだ。精神だけが強くなった一強他弱状態、そのせいで他の部分が圧迫されて悪影響を受けている。特に人格の部分が」
『アァ...ダカラ、温厚ソウに見えテルと思っタラ、イキナリキレたりスルの?』
「まぁ、そんなところだ。それを維持するために必要な薬だ。依存性は少ないが...耐性がつきやすく、徐々に効果が薄れていく。個人差はあるだろうが、薬に手を出し始めたら、約10年程度で殆どと言っていいくらいに効き目は無くなる」
『ジャ、普通の人ダト思っテ相手二しチャダメ?』
「そうだな。身体はともかく中身は普通の人間じゃない。その境遇に頭の中を壊され、誰も意図しないところで自然発生した後天的人格破綻者だ。価値観を分かちあったり、理解を求めるのは難しいな」
『チョット、難しいニホン語多スギ…』
「ん〜『ボーン・アイデンティティー』とか観たことあるか?あれのジェイソン・ボーンみたいなもんだ。いじめによる暴力や精神的苦痛が、あの映画の計画みたいな睡眠剥奪、拷問に近い状況を作り出し、無意識のうちに人格改造が施された」
『Aha!<なるほど!>』
「結局、安食ちゃんが完全に人間じゃなくなるのは、避けられない未来ってことだ。じゃ、30分後に」

少年は電話を切ると、ため息をついた。
互いに自分を痛めつけてきた社会を嫌い、それに反発するように犯罪に走り、自分の寿命を激しく削りながら生きている彩斗と安食に何か近いもの感じていた。
そんな2人がぶつかり、どちらか勝ち、どちらかが負ける。
しかも、2人は放っておいてもぶつかり、結果としてどちらかが負けるのは想像に難くない。

「でも悪いけど、彩斗にはまだ死んでもらっちゃ困るんだよなぁ…」

スターダストが現れることを予期していたと言ったが、正確にはスターダストシステムの本体、すなわちトラッシュが見入り、訪れるであろう人間が現れると予期していた。
そしてトラッシュが彩斗の元に現れるということも。
開発に携わっていたヨイリーですら知らないこと、隠された製作過程があるのだ。
彩斗の元に現れた理由もそこにある。
そして本来、使いこなせないとヨイリーが考えているシステムを使いこなせる人間がいる理由も。
ヨイリーが考えている資格者の資質には誤りがある。
少年は本棚が広がる空間を見下ろす。

「…朝まで生きてられてるといいな。Valkyrieの諸君?」

安食同様に取引に出かけようとするValkyrieの商人たちの末路が目に見えるようで、少年は笑みを浮かべた。



























「…ッ!?」

同じ頃、安食と少年の悪意を感じ取ったように、彩斗は目を覚ました。
全身の毛穴が開いて、汗が吹き出す。

「…ハァ…」

しかし反面、身体は楽だった。
眠りに落ちる直前まで凄まじい疲労と胸の痛みに襲われていたというのに、それが嘘のようにすら感じられる。
その上、身体中の傷もほぼ完治している。
相変わらず常軌を逸した回復力だった。

「2時32分…」

眠る前にあまりの疲労に外すのを忘れて腕に装着されたままのシーマスターで時間を確認する。
眠りに落ちてから僅か数時間しか経っていない。
再び眠りに入ろうと、身体をゆっくりとベッドに倒して、隣で眠るメリーの寝顔を見て少し安心した。
だが不思議と胸騒ぎがする。
回復したことで今まで通り、シンクロが働いて自分でも意図せずに何かを感じ取ってしまう。
今感じているのは、そこはかとない悪意だ。
街の住人たちの悪意、そしてValkyrieだということは、深く考えずとも分かってしまう。
再びメリーを見た。
メリーは今でこそ、安心したように眠っているが、今でも心にはValkyrieに捕らえられて植え付けられた恐怖が残っている。

「……懲りない連中だ」

Valkyrieに対するあまりの憎さに唇を噛んだ。

「ん…うぅ…」

メリーは寝言を呟いた。
彩斗は少し安心したような顔を浮かべる。
幸いなことに悪夢にはうなされていない。
安心しきった顔をして、いつもどおり寝言を呟いている。
昔からメリーは寝言が多かった。
大して意味のないことが大半だが、普段のメリーからは想像もできないような愚痴も飛び出すこともある。
しかも普段の敬語も殆ど使わず、メリーの本音が聞ける瞬間でもあった。

「大好き…食べちゃいたい…」
「何が?たこ焼きかい?」

彩斗は当然返ってくるはずもないと知りながら聞いてみた。
思わず自分でもバカバカしいとは思った。

「聞こえてるわけないか」

「…兄さん」

「!?…起きてる?会話…成立した?」

思わぬ返事に呆気にとられた。
気づいてはいたが、実際に言われると驚いてしまう。
だが少し後ろめたさもあった。
今まで何一つ兄らしいことをしてやれなかった、だというのに自分のことを兄だと思ってくれている上、好きだと言ってくれるのだ。
思わず寝ているメリーを抱き寄せて、口紅を使わずとも綺麗な桜色で柔らかなメリーの唇にキスをした。
暖かく甘ったるい感触が広がり、全身が蕩けそうだった。

「僕も大好きだよ、メリー」

彩斗はゆっくりと起き上がり、部屋を出た。

「兄さん…とたこ焼き」

メリーの事を愛しく思う程、Valkyrieへの怒りがこみ上げてきたからだ。
きっと見るに耐えない憎しみまみれた酷い顔をしているに違いない、メリーにはこんな顔を見せられないと思ったのだ。
それに少し気がかりな事があった。

「…ハートレスもさすがに寝てるか」

2階のリビングにはハートレスはおらず、窓際のテーブルの上にはコーヒーカップとその横にジン、そして何かの資料が置いてあった。
資料を読みながら、コーヒーにジンを入れた即席のイングリッシュコーヒーを作って飲んでいたらしい。
彩斗は資料を手に取る。
何かの論文のようだが、導入部を流し読みした辺りで止めた。
導入部はある程度理解できたが、導入部の段階で本論に手を伸ばすのを諦めた。
本も最初の数ページを読めば、何となく分かってしまう。
文章の書き方・表現といった僅かな情報だけで、書いている人間がどんな者か、自分とは仲良く出来るタイプかどうかが感じられる気がしていた。
もちろん、最初の数ページで決めつけるのは褒められたことではない。
だがこれは自分に合わないというよりは、書いている人間がどれだけ偉大な人間かがよく分かってしまい、むしろ自分程度の人間が読んではいけないと思ってしまったのだった。
ため息をついてテーブルの上に戻し、本棚の仕掛けを使って地下のガレージへと向かう。
ガレージにもハートレスはいなかった。
ガレージの中央部のハートレスのイスに座る。

「…ハートレス、やっぱり僕に何か打ったな」

PCデスクの上に置かれた注射器を見て、ハートレスが彩斗に対して使ったのだということが分かった。
メリーに使った可能性もハートレスが自分自身に使った可能性もあったというのに、その可能性を考えもせずに結論づけた。
身体の疲労が無くなったせいか、シンクロがいつもよりも強く働いている。
触れただけでハートレスがこれを持って、部屋に来て、胸の痛みで苦しんでいた自分に注射したことを確信する。
彩斗は続いてPCの電源を入れる。
起動と同時に大量のモニターに演算処理が開始した。

「最後にアクセスしたファイルは…パスワードがいるのか」

彩斗はキーボードに指を乗せた。
指は彩斗が思い描くことをPC上で実現するコマンドに変換して動き出す。

「ツメが甘いよ…」

不思議と難しい暗号には思えなかった。
全てのデータを暗号化してしまえば、普段の使用する時、いちいちロックを解除しなくてはならず面倒だ。
だからこそハートレスも何か重要な作業をするのに必要なもの以外は大したセキュリティを掛けていない。
彩斗自身もそうしている。
セキュリティばかりを優先すると、利便性が大きく落ちてしまう。
インターネット閲覧ソフトやワードプロセッサー程度なら特に必要な権限無しに動かせた。
しかもこの家はニホン全体のインターネットシステムがダウンしている中、衛星接続による海外のネットワークへのアクセスが可能なのだ。

heartless:~$ wget http://autumn_moon.net/images/.shtools/analyze/toolkit.tar.gz
—-02:37:11— http://autumn_moon.net/images/.shtools/analyze/toolkit.tar.gz => ‘toolkit.tar.gz’
Resolving autumn_moon.net… 193.2312.89.122
Connecting to autumn_moon.net[193.2312.89.122]:80… connected.
HTTP request sent, awaiting response… 200 OK

100%[=======================>] 341,221 4.1M/s

USBメモリーやSDカードを含めた自らの武器とも言えるデータの詰まったがストレージが手元に無い時のために、海外のサーバーにツールキットを隠していた。
ダウンロードして解凍し、パスワードを解析する。

「ビンゴ」

パスワードは南京錠の如く、あっさりと敗れた。
よくアクセスが故にセキュリティは比較的低めにするというのも防御の1つだ。
セキュリティを強固にしている程、重要なデータだと思わせることが出来る。
すなわちセキュリティが高いものを囮にすることで本当に大切なデータを隠すということも可能なのだ。
彩斗はハートレスが自分に何か隠していることは分かっていた。
このデータがそれに直接的に関係しているかは分からない。
しかしセキュリティをかけている以上は何かしら大切なデータなのは間違いない。
彩斗は一瞬、躊躇うように指が鈍るが、すぐさまEnterキーを押した。

「日誌?じゃない。何だろ、この数値は?」

それは数値と文章、そして所々にグラフや人体の図のようなものが載っている小中学校の教育では見ることが無いであろうものだった。
一見しただけでは、全くといい程、理解は出来るものではない。
特徴としては最初に日付から始まり、ほぼ毎日欠かさずに更新されていることだ。
彩斗は親指で唇のあたりを触ったり、目のあたりに垂れ下がった前髪をいじりながら考える。
数字には強い方だという自身はあったが、何かの計算式というわけでもない。
だが客観的に考え過ぎていた。
本来なら客観的に考えるのが正解であるはずが、不思議と主観的に見ていくと答えが見えてきたのだ。

「これは…僕のデータ」

それは全て彩斗に関するデータだった。
ここにある数値が身長や体重を含めた身体に関する数値だと考えれば、身長は158センチ、体重が38kg、これは彩斗の身長と体重に一致している。
BMIに換算すると約15.2、平均の22をここまで大きく下回る痩せ型の体型の人間はハートレスの周辺には自分以外いない。
メリーもそれなりの痩せ型だが、身長は140センチあるかどうか、ハートレス自身も170センチ程度はある。
ここまでで彩斗のデータではないと否定する要素は見当たらない。
だがそれを前提に見直すと、納得がいった。
自分のライフサイクル、食事の摂取量、全ての自分のデータと一致する。
それもここ最近のものだけではなく、ざっと10年近くの記録が残っている。

「そんな…そうか…」

それは自分の知らないこと、知りたかったことの殆どが詰まっている、彩斗にとってのアカシックレコードだった。
最近の僅かなデータを見ただけで彩斗はそのデータを閉じた。
それだけですぐには受け止められない現実が彩斗に襲いかかったのだ。
今まで彩斗には自分に関して、数多くの疑問があった。
無論、自分の本当の名前、家族、主に自分が何者なのかということが大半だった。
しかし今、直面しているのは自分の身体の異変、自分の身を反射的に守るような行動が起きないのか、時に痛みを忘れるのは何故か、という疑問だ。
アイリスに指摘されるまでもなく確実に自分でもおかしいと感じていたことだ。
そんな疑問をこのデータは僅か数ページにして答えをもたらした。

「……そうだよね…僕がまともな人間なわけないんだ…」

その答えを知っても正直なところ大して驚いてはいなかった。
むしろ心の何処かでは気づいていたのかもしれない。
自分の命の炎はそう遠くないうちに燃え尽きる。
たとえValkyrieとぶつかることが無く、スターダストの力に魅入られることが無くても。
それ以前から感じていたことだった。
特に理由は無いが、無性に長くは生きられないという感覚が物心ついた頃からあったのだ。
幼いにメリーに何度か打ち明けたことがあった。
夜中にいきなり不安になって眠れなくなって泣きついたこともあった。
そして同じように幼い頃から何度か自分に襲いかかっては、すぐに鳴りを潜めて正体を現さなかった胸の痛み。
それらのことは全て結びつき、彩斗の心の奥深くに巣食ってたのだ。
遠くないうちにどのみち燃え尽きると潜在的に身体が覚えているなら、ダメージを顧みる行動が反射的に起きないのも納得がいくし、こんなブリキの心臓に無理やり血を通わせているなら、胸が痛むのは当然だった。

「……」

しかし無意識に気づいていたとはいえ、実際に根拠も含めて事実をつきつけられると驚きこそせずとも、衝撃ではあった。
湧き上がってきた吐き気に思わず口元を抑えて下を向いた。
心臓がバクバクと激しく脈打ち、息が苦しい。
目の前が真っ暗になった。
身体は受け入れていた現実だが、心はまだ受け入れられていない。
自分が誰なのかも分からず、自分を産んでくれた親の顔も知らず、ただ実験と暴力を受ける人生を歩んできた。
別にディーラーも、この事実を知っているのに知らぬふりをしていたハートレスにも大した怒りは湧いてこない。
神様というものがいるならば、素直に神を恨んだ。
もちろん自分より酷い境遇の子供は世界を見渡せば大勢いるはずだ。
紛争地帯で生まれ、食べ物も手に入らず、ただひたすら生きるのに精一杯な子供からすれば、自分などニホンという恵まれた国に生まれて生活しているだけマシに思えるだろう。
だが彼らと決定的に違うのは、戦場であれ、貧国であれ、未来が見えないのに対して、彩斗は来るであろう未来がはっきりとしていることだ。
未来が見えないということはある種の希望でもあり、もしかすると偶然にも食料が見つかって生き延びられるかもしれないし、戦争が終わるかもしれないという可能性がある。
だが彩斗はどう足掻いても近いうちにその命は果てる、それは避けられない運命だ。
明日が分かりきっているのと分からないのでは、前者の方が残酷のように感じていた。
真っ暗になった世界の中で必死に出口を探す。
何か希望が無ければ、やっていけなかったのだ。

「……どうせ人間、生きてればいつかは死ぬんだ」

彩斗はしばらく目を瞑って出口とは言えないが、気休めとばかりに希望を見出して、再びキーボードに指を乗せた。
タスクを閉じ、今までの自分が使ったログを全て削除する。
そして新たなコンソールを開いて検索を始めた。
文字列が美しい羅列を描き、彩斗の求めるものを探し当てる。

Dock7 : Scanners
Dock11 : EMP tools
Dock19 : Guns

Result 3

Garage[4] open 7
Password:
Ok.

Garage[5] open 11
Password:
Ok.

そのコマンドを入力すると、ガレージのコンクリートの壁が2箇所程、せり出してくる。
壁に見せかけて引き出しのような仕組みになっているのは先程も見ているが、やはりそのコンクリートの塊が迫ってくる光景は迫力がある。
彩斗はハートレスが所持しているディーラーの試作品の中から使えそうなものを探し、それが保管されている引き出しを開いただ。
椅子から立ち上がり、目的のものを幾つかチョイスしてPCデスクの上に並べた。

「あと必要なのは…高度。ウェーブロードを使うか?いや…ウェーブロード上から現実空間の標的に攻撃を仕掛けるのは不可能。周波数をコントロールして半分現実空間にいる状態から出来たとしても威力は…」

そんなことを呟き、頭を回転させながら、ハートレスが中身を調べていたであろう自分のトランサーからPCとの接続ケーブルを引き抜いて左腕に装着する。
彩斗が見出した僅かな希望、それはデンサンシティがメリーやアイリス、そしてミヤのように自分にとって大切な者が安心して過ごせる街になるように、少しでも蔓延る悪を減らすことだった。
放っておいても燃え尽きていく命、失われていく時間、消えても誰の目にも映らない存在、そして偶然にも得てしまった強大な力。
条件としてはほぼ完璧だ。
特に力に関しては、これくらいしか使い道など無い。
スターダストを使った者にしか分からない。
この力は暴力でしか分かり合えない相手を圧するためにある。

「トラッシュ!いるんだろ!?」

彩斗はハートレスのビジライザーを通してガレージの中を見渡す。
力を失った今の彩斗は肉眼では電波を見ることはできなくなっていた。
ビジライザーを通してみる世界はついこの間まで当たり前だったはずの世界だった。
色んな色の線と波が飛び交う未知の世界。
その世界で伝説に登場するグリフォンのように攻撃的なフォルムを持ちつつも、それを忘れさせる落ち着いた佇まいでトラッシュは彩斗を待っていた。

「また力を貸してもらうぞ」
『……』

案の定、トラッシュは何も喋りもしなければ、首を振ることをもしない。
しかし今までの行動から考えれば、聞こえていない上、自分で判断する機能を持っていないと言うわけではないはずだった。
戦闘中は指示した通りに武器へと姿を変えるし、彩斗が行動不能に陥った時はわざわざハートレスに助けを求めに1人で行動した。
だがこの時ばかりは彩斗はトラッシュの少しも変わることのない鋭い表情が何処か悲しそうに見えた。

「君は僕の命があと僅かだということまで全て知ってたのか?」
『……』
「どうしてこんな欠陥だらけの僕を選んだ?社会から消えても誰にも気づかれない人間だからか?」
『……』
「そうか…答えられないのか、答える気が無いのかは分からない。でも一方的に話すから聞いて欲しい」

彩斗はデスクの上に並べた武器類をまとめ、自分が使っていた痕跡を隠そうとPCを操作する。

「ハートレスのデータによると、君の力を使い続けたことで、僕の元から短い寿命はますます削られているそうだ」
『……』

「だけど結論だけ言うと、僕は君に感謝してる。こんな失敗作の僕にも最後にまだやれることがあるんだって、今、僕に気づかせてくれたから」

デスクの上とPCを全て整理し終えた。
彩斗は最後にビジライザーを外して、元あった場所に戻す。
一度、目を閉じる。
彩斗は不思議と何かが振り切れたような気がした。
自分の辿る最終的な結末は変わらないし、絶望しているのは間違いない。
本来なら泣き叫びたい衝動にすら駆られている。
だがそんな中で唯一見出した希望が辛うじて今の彩斗を保たせている。
しかしその希望もトラッシュがいなければ、浮かばなかったものだ。
本来、身体は欠陥だらけ、理由も無く忌み嫌われ、死んでもメリーと行きつけの流行らない電気屋の店員くらいが涙ぐんで終わる程度の自分の人生の最後に降った流れ星だ。
彩斗は深く息を吸い、ゆっくりと目を開くと、醜い欲望と悪意に満ちた深夜の街へと身を投じた。









 
 

 
後書き
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
安食と彩斗は意外なところで共通点がありました(笑)
既にそんな未来を受け入れて進んでいる安食と、それを知ってまだ受け入れられずに希望を見つけ出そうとする彩斗という方向性の違う2人が再びぶつかりそうな感じ今回は終わりです。

次回、いよいよ久々のアクション回に...

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