迷子の果てに何を見る
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第六十三話
前書き
これで最低条件はクリアした。
後は僕の持ち札を切るだけ。
by零樹
麻帆良武道大会 3回戦
side アリス
クルトさんもまだまだですね。自分で持ち込んだ飲み物だからって毒は入っていないと思うなんて。試合中にこっそりと仕込ませてもらいましたよ。カバンの鍵も師匠直伝の解錠術の前には有って無い様なものです。なんでそんなことを教えられてるかって?いつか必要になるかも知れないからだそうです。ちなみに師匠の一番の特技だそうです。正確には解錠、解呪、解除、などのRPGで言うサポートスキル全般が特技だそうです。一言だけ言わせてもらいます。
嘘だ!!
チートな戦闘能力持ってるくせに特技が地味すぎでしょう。いや、実際凄かったですけどね。茶々丸と千雨さんと三人でハッキングを始めて一番最初に学園結界のシステムまで潜り込んだり、造物主が本気でかけた呪いを普通に解いたり、発見されてから300年程開くことの無かった宝箱を20秒程で開けたりとかしてましたけど、それでもそんなことが一番得意だなんて。
それはともかく、次の相手であるリーネさんをどうしましょう?毒は効きませんし、十分に警戒していますし、手の内を知られているのが一番辛いですね。なんとかしてリーネさんは倒しておきたいんですよね。その方があの老害共にも分かりやすいでしょうから。仕方ないですね、手作り宝具を乱発しましょう。それしか勝率が高い方法が無いですから。
『さあ、観客の皆様も戻り始めて来ました所で選手である二人の紹介を始めましょう。両者ともに2回戦を不戦勝で勝ち上がっています。まずは、今大会を荒らしに荒らしている天流一家が長女、リーネ・M・天流選手。1回戦は鎖を用いて拘束、その上で鞭でSMプレイを始める女王様。噂では休日は弟である零樹選手に色々と御世話をさせていたという情報が入っております』
「失礼ね、他にもお茶会に参加している人もいるわよ。もちろん、アリスも」
『事実だった~~。簡単に想像できるのが怖い。対するアリス選手、1回戦は毒を用いて動きが鈍くなった所を更なる追撃を続ける鬼の様な戦いを見せてくれました』
「あれ位師匠の修行では当たり前です」
「そうね、お父様との修行なら倒れている所にも追撃をかけるわね」
『聞きたくなかった。しかも元凶が零斗選手。この大会を裏で牛耳っているのか?』
ちょっと調べるとすぐに分かりますけどね。裏で牛耳っていますよ。
『さて、時間も押していますのでいきましょう。両者ともに準備はよろしいでしょうか』
その言葉に一振りの刀を取り出す。鞘も柄も刃紋も無い、ただの鉄の棒の様な刀を持つ。リーネさんはいつものように裾とポケットに隠している糸を構える。
『それでは3回戦第2試合、開始』
「行きますよ、銘斬り」
日本には古来より強力な宝具が伝わっている。鬼斬り、雷斬りなど名前の頭に付いている文字に対して絶対的な力を誇る一般人にすら知られている宝具。銘斬りはそれら全てを合わせた様な、正確にはこのように
「糸を切り払え」
『○○を切り払え』という言葉により起動し、一定範囲内にある○○だけを斬ることが出来る刀となります。
起動と同時に刃紋が浮かび上がり一振りで範囲内の糸を切り払い、砕け散る。
銘斬りの唯一の弱点は素材の問題で一回で使い捨てになることです。また、名称が不確かでも効果がありません。
とりあえずはこれでリーネさんの糸を封じることが出来ました。次にゲイ・ジャルグと一冊の魔道書を取り出します。なんでゲイ・ジャルグを出すのかはすぐに分かります。だって、目の前には既に魔力糸が私を捉えようとしていますから。魔道書を腰のホルダーに納めゲイ・ジャルグを振り、魔力糸を霧散させていく。リーネさんは魔力糸を操りながら断罪の剣で斬り掛かってくる。これに反応できずに身体を貫かれる。口から血を吐きながらも腰の魔道書に手を伸ばす。
「NON SANZ DACICT」
その言葉と共に世界が改竄され再び、ゲイ・ジャルグと魔道書を持ち魔力糸が迫る状況に移る。リーネさんがそのことに一瞬、気が反れた内に安全圏に逃げる。
「一体、何をしたのかしら。私の魔力糸は確かにゲイ・ジャルグに霧散させられて、断罪の剣があなたを貫いたはずなんだけど」
「私の台本にはそのような事象は書かれていませんからね。やり直させてもらいました」
「チッ、厄介な宝具ね。台本とやり直すという言葉から創作家であり役者である。そんなの居たかしら?」
「ええ、居ますよ。創作家としては超が付く程有名です。役者としては貧乏な頃にやっていただけですが、そちらの方もそこそこ評価されていたみたいですね。私の祖国の英雄ですね」
「成る程ね、シェイクスピア。ペテン師で詐欺師にして物語至上主義者。所謂、変人で不躾な男の宝具である以上はそんな能力があってもおかしくはないわ」
「ちなみに、これは投影によって編み出しています」
「投影で?それにしては再現率が、まさか!?オリジナルを」
「ええ、村に居たスタン老の家にありました。それになんだかこれとは相性が良いみたいです。理由は分かりませんが」
もの凄くしっくりとくるんですよねぇ~。本当に理由は分かりませんが。
「さて、続けましょうか」
再びゲイ・ジャルグを構えて突撃する。魔力は本契約のラインから零樹に送って貰い、何か決定的なミスを犯せばその度に宝具『開演の刻は来たれり、此所に万雷の喝采を』で世界を改竄しながら押していきます。それでもリーネさんはそれにすぐに慣れ、接戦になります。お互いに細かい傷を付けあい、リーネさんは真祖としての再生力で再生を繰り返し、私は傷を治療する暇もなく徐々に押され始める。
これは仕切り直しをする必要がありますね。そう判断すると同時に一気に離れる。
「あらあら最初の威勢はどうしたのかしら」
「だからこその仕切り直しですよ。手を変えさせてもらいます」
パクティオーカードを取り出し、そのまま構える。
「アーティファクトを出さないの」
「これはあまり人に見せる様な物じゃないので」
「なるほど、お父様のアーティファクトいうわけね」
「それから、絶対に躱して下さい。当たればリーネさんでも死にます」
「…………嫌と言ったら」
「それがヴァサヴィ・シャクティだと言ってもですか」
「!?なんて物を引き当ててるのよ」
「知りませんよ。とりあえず絶対に躱して下さいよ。最悪『開演の刻は来たれり、此所に万雷の喝采を』を使いますけど、出来るだけ躱して下さいよ。これを外したなら私はギブアップします。というより魔力切れで倒れます」
「意地でも躱すわよ。といより魔力切れを起こしてどうやって『開演の刻は来たれり、此所に万雷の喝采を』を使うつもりなのよ」
「零樹から魔力の供給を受ければなんとか1回位は発動できます」
「あなた、試合中にも供給して貰っていたでしょうが。そんなので大丈夫なの」
「零樹本人が良いって言っていますから。何か隠し球があるんでしょう」
「そう、なら来なさい」
睨み合い、互いに一歩も動かずに魔力を込め始め、足りない分を周囲からかき集める。私はパクティオーカードと足に、リーネさんは足と頭に。あまりの魔力の密度に慣れていない観客が体調を崩し始める。
ヴァサヴィ・シャクティ----
インドの叙事詩「マハーバーラタ」に出てくる英雄、カルナがその身を不死身にする黄金の鎧を奪われる際にあまりにも高潔であった為にインドラから授かった雷光で出来た槍。そして数少ない対神宝具の一つ。
もちろん私のアーティファクトはレプリカだ。レプリカだがこの世界にアレを受けて死なないものは無い。それだけの威力と概念が込められている。むやみに振るうべきではないと理解している。だが、それでも自分の幸せを手に入れる為なら
世界を壊すことも厭わない
リーネさんはどっちに逃げる?
右か左か、それとも
観客の一人が倒れた音と同時に動き出す。
狙うは上。
単純に考えて一番広い空間は上。
だからこそそこに逃げ込むのは最初から分かっていた。
既に回避できない距離まで接近している。
「アデアット」
カードが雷光で出来た槍に変化し、リーネさんを貫く。
「NON SANZ DACICT」
ヴァサヴィ・シャクティが当たったという事実を改竄……できない!?
何故?という疑問は浮かばない。
「幻想空間。やられましたね。私の負けです」
その言葉と共に世界が崩れ去り、私は舞台に叩き付けられていた。
「 悪夢ゆめは見れたかしら」
「ええ、リーネさんもアーティファクトを使っていましたか」
「私のはコンタクトだから常に付けているのよ」
「油断しました」
「今回は私の勝ちよ」
「そうですね。でも、ちょっとやり過ぎですよ」
起き上がろうとすると激痛が走ったので軽く魔法で調べるとアバラが殆ど折れていた。幸いにも内蔵には刺さっていないのでこの分なら簡単に治療できますけど。
「姉さん、やり過ぎです」
「ごめんなさいね。こっちも必死だったのよ」
「はぁ~、姉さんじゃなかったら殺してますよ」
溜息をつきながら零樹は私を抱きかかえます。観客席から黄色い声が聞こえますけど完全に無視します。
「それじゃあアリスの治療とこの後の試合の準備があるのでこれで」
そのまま医務室に連れて行かれ治癒魔法をかけてもらいます。
「それにしても、本当に良いんですか?こんなに魔力を使っちゃって」
「ええ、ちょっとした細工をしていますから魔力に関しては使い切っても良いんです」
「細工、ですか」
「これの恩恵を受けれるのは僕と父さんだけですからね。存分に利用させてもらいますよ」
「そうですか。勝てますよね、お父さんに」
「……不安ですか?」
「強くなればなる程、お父さん達の強さが理解できてしまいます。あの高みに辿り着くには多くの時間か、色々なものに愛される必要があるのが理解できてしまいます」
「父さんはとてつもなく多くの時間を、ナギさんは色々なものに愛された上である程度の時間を」
「そんな人に勝てるのでしょうか。私はリーネさんにすら勝てませんでした」
「相手が悪かったとしか言えませんね。そもそも姉さんとナギさんは全く異なるタイプですからね。それに僕のことを信じられませんか?」
「その台詞、アーティファクトで死んだ時にも言っていましたよね」
「……それは置いておいて」
「駄目です。というより次の試合、使うつもりなのでしょう」
「それしか『殺人貴』と真っ向から戦う手段が無いですからね」
「できれば使って欲しくないです。でも、それが必要なのも分かります。だから、出来るだけ早めに決着を」
「分かっています。では行ってきます」
「幸運をあなたに」
離れようとする零樹にキスをする。
「勝利は貰ったも同然ですね」
そう言って零樹が出て行くのを見送ってから観客席の方に向かいます。刹那さんやエヴァさんの隣に行き、舞台に目をやります。
side out
side 零樹
対峙するのは両目を布で覆った一人の男。通称『殺人貴』本名は遠野志貴。魔眼の中でも最高峰に位置する『直死の魔眼』を持ち、母さんと同じ、真祖の吸血鬼の女性を守る騎士。一人の女の為に世界を敵に回し、その身を壊していくも人間であることをやめない男。一人の男としてその生き様を尊敬するが、勝負には関係ない。
タカミチに使ったナノマシンは既に無いので今回は普通に戦う。執事服に合わせてシルバーのナイフとフォークを投影する。『殺人貴』は飾り気の無い一本の小刀を逆手に構える。開始の合図と同時に『殺人貴』が視界から消えるが、慌てずにナイフを背後に構えて小刀を防ぐ。それと同時に後ろ回し蹴りを放つも空中を跳んで躱される。
虚空瞬動とは異なる空中歩法、これが噂に聞く七夜の一族の暗殺技法か。
それにしても気配が静かすぎる。後ろに回り込まれた時も気配ではなく空気が動いていたことから気付けただけだ。しかもナイフが斬り落とされている。
新たに投影でナイフを大量に出し、投擲する。普通に躱され斬り掛かられるので距離を取って動きを観察し続ける。
5分程逃げながら観察した結果、今まで見たことも無い動きをしていた。というより人間にこの動きが出来るのか、というのが感想だ。
古来より武術には動物の動きが取り入られることが多い。動物の動きはその動きに特化していることが多いので当然だろう。だが、この動きは見たことが無い。まるで蜘蛛の様にこちらの死角に回り込んでくる。鬱陶しい。空中でも巣を移動する蜘蛛の様にあらゆる方向に移動する。しかも途中から包帯が外れ『直死の魔眼』が解放されている。足場が殺されたり、魔法が殺されたり、投影の武器が殺されたり、大気中の魔力が殺されたり……うん、仕掛けていたトラップとかも全部殺されちゃった。はぁ~、やっぱりやるしか無いのか。パクティオーカードを取り出し
「アデアット」
アーティファクトを装備する。見た目はただの片眼鏡だが、これを装備すると同時に世界が変わる。片眼鏡を付けている左目に映る世界全てに、黒い線
・
と点
・
が現れる。線と点はあらゆるものに付いている。今立っている舞台に、周りの池に、澄み渡った空に、『殺人貴』の身体に、僕の身体に。世界に死が満ち溢れる。なぜか父さんの身体には点は無いし線も数が少ないし薄いけど(母さんにはちゃんと点もあるし線も普通に見える。それでも数は少ないけど)。それと同時に激しい頭痛が僕を襲う。
「ものを殺せるのが自分だけだと思うな」
『殺人貴』が立っている場所を崩せる点にナイフを投げる。点にナイフが刺さるとその周辺が崩壊していく。それに一瞬だけ驚いていたがすぐに『殺人貴』はその場を離れる。
「『直死の魔眼』?いや、そのアーティファクトの力か」
「正解、『直死の片眼鏡』それが僕のアーティファクト」
名前の通り『直死の魔眼』と同じ能力を身につけれる片眼鏡だ。ただし、『直死の魔眼』とは脳と一体である。そこを無理矢理魔法で接続するので脳に多大な負担をかけることになる。元から『直死の魔眼』も脳に負担をかけるが『直死の片眼鏡』の負担はよりはマシだ。並列思考込みで1回死ぬ位に辛いものがある。試合終了位までなら持つけど。
「さあ、これからが本当の試合だ」
先程とは打って変わり、僕が『殺人貴』を押し始める。基本的な身体能力はこちらが上で唯一劣っていた『直死の魔眼』をアーティファクトで代用することによりステータス上では完全に圧倒している。どんな状況でも諦めず、線をなぞり、点を貫いてきた。単純ではあるがそれが恐ろしい。単純とは欠点ではない。単純とは嵌まれば恐ろしく強いということだ。そして『直死の魔眼』は普通の攻撃を致命傷に変えることの出来る。だからこそ同じ能力を所有すればその単純な攻撃範囲を見切ることなど雑作も無い。それでも食い下がれるのは圧倒的強者を相手に戦い続けた経験によるものだろう。だが、それもここまで。小刀を弾き飛ばし、残っている僅かな舞台上に押さえつける。両手両足を完全に押さえつけ、動けない所に魔法の射手を殺さない様に叩き込む。完全に抵抗が無くなるまでそれを続け、勝者宣言がされると同時にアーティファクトをカードに戻す。
あ~、頭が痛い。けどこれで最低条件はクリアできたはず。そして舞台を離れる前にやっておかなければならないことが一つだけ残っている。舞台脇で観戦しているベイダー卿に向かって叫ぶ。
「ベイダー卿、あなたに大事な話がある。次の試合、素顔で来て欲しい。男として大事な話なんだ」
「……大事な話とは」
「ベイダー卿、いや、ナギ・スプリングフィールド。あなたの娘を、アリスを僕に下さい」
会場が一気に沸き上がる。特に、魔法先生達が。今まで行方不明だった英雄が目の前に居ることに。
ベイダー卿が仮面を外し素顔を曝す。そこにある顔は英雄としてではなく一人の父親の顔をしたナギ・スプリングフィールドの顔がある。
「アリスが欲しい、か。なら、オレを認めさせてみろ。アリスを守ってやれるだけの力をオレに」
「最初からそのつもりです。というより認められなかったら駆け落ちでも何でもしますよ、僕達」
「そんなことオレがさせる分けねえだろうが」
「そういうナギさんだって、アリカさんを(元老院の屑共から)攫って(旧世界に)逃げたでしょうが」
「オレはオレ、お前はお前だ」
「そんな屁理屈、通ると思ってるんですか」
「通るんじゃねえ、通すんだよ」
「何を言っておるかこのバカは」
ナギさんの隣にアリカさんが現れ、ナギさんを張り倒す。
「零樹よ、本当にアリスを娶るつもりなのか」
王としての貫禄を見せながらアリカさんが尋ねてくる。
「はい、誰になんと言われようとも」
「そうか、昨日も少しだけお前達の姿を見させてもらったが零樹にならアリスを幸せにできると思う。だからこそナギが言った通りアリスを守れるだけの力を見せて欲しい」
「分かりました」
「うむ、頑張れよ」
「というわけで本気で行かせて貰うぜ零樹。アリスは絶対にやらん」
「もう少し黙っておれ」
「がはっ」
再び張り倒されて背中をぐりぐりと踏まれる動きに一切の無駄が見えない所からよくあることなのだろう。
「アリスを任せられるかどうかは私が判断する。存分にやると良い」
「ありがとうございます」
「ほら、行くぞ」
ナギさんを引きずりながらアリカさんは控え室の方に姿を消す。魔法先生達がその後を追おうとするが係員に止められ、それでも強引に行こうとした所を赤き翼の面々に叩き伏せられていく。
それはともかく、次の試合で全てが決まる。アレの準備を始めなくては。
転移でとある場所に向かい術式を起動させる。
「ごめんね、無理矢理操作しちゃって。でも僕にはこれが必要なんだ。ちゃんと元に戻してあげるから、今だけは僕に力を貸して欲しいんだ。うん、ありがとう」
side out
ダイジェスト
第1試合 破竹の勢いでここまできた織斑千冬選手ですが急に棄権を伝えて何処かに行ってしまいました。一体何があったのでしょうか?零斗選手もそれを追って何処かへ。一応勝者は零斗選手となっています。
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