ソードアート・オンライン〜Another story〜
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GGO編
第184話 強さの意味
――いったい、どうして……? 確かに、あの男にへカートを撃ち込んだはずだ。
シノンは、頭の中でその言葉がぐるぐると回っていた。
狙ったのはリュウキの身体の中心ではなく左脚を照準した。へカートの威力であれば、その部位でも十分にHPも身体も吹き飛ばす威力を得られる。……勿論、リュウキも其れくらいは把握しているだろう、とシノンは思えていたが、それでも、音速を遥かに超えるその弾丸、それはどうしようもない一撃の筈だった。
だが、へカートの弾丸はリュウキに当たらず、消え去っていたのだ。
「へ、へカートの……弾丸は……」
シノンは、そのコンバット・ナイフの刃で斬り裂かれる、若しくは SAAかデザート・イーグルで撃ち抜かれる事を予感しつつ、思わずそう聞いていた。撃たれるとしても、斬られるにしても、決して瞼だけは閉じまいと目を見開きながら。
「あの弾丸なら、向こうだ」
シノンは反射的に、向けられた指先方向に視線を向けた。そのリュウキが指さした先は高速道路から外れた先、方角は北東の位置。その先にあった支柱に大きな風穴の様なモノが出来ていたのだ。
「な……、有り得ない。そんなの……、わ、私が狙ったのは……」
シノンは、一気に動揺した。あの先に銃撃を入れようとすれば、初めからそちら側に向いて、構えなければならない。それこそ、銃身が曲がっているかの様に、銃撃ではありえない曲射砲でも起こらなければ、有り得ない軌道だ。
「シノンが狙ったのはオレの左脚、だな。 これだけの近接での射撃。へカートの様な威力の高い対物ライフルなら、それが定石だろうと思う。バカ正直に胴体を狙うよりは良い。どこを狙っても即死だからな」
シノンはその言葉を聞いて狙いがバレている事は判った。だけど、それだけじゃ説明がつかない。あの音速を超えるへカートの咆哮、その軌道をどうやって変えたのかと言う事だ。だが、その疑問は次のリュウキの言葉で解消される。……信じがたい事をやってのけたという事実を。
「へカート、いや他の銃にも言える事だ……。それは出る力が強ければ強い程、進む力が強ければ強い程、横からの力には弱いと言う事。このナイフの切っ先程度でも、簡単に軌道を変える程に、な」
リュウキは、シノンからナイフを離して、切っ先を見せた。
へカートの一撃だ。ナイフにも黒ずんでいる箇所がしっかりとあった。だが、そこは耐久値無限仕様だから折れる様な事はない。それを見せられたシノンは更に目を見開かせていた。
「……なっ」
自身が撃ち込んだであろう、へカートの刻印が入ったナイフを見て、驚く。この男は、へカートの弾を斬った、いや違う、そのナイフで受け流した、と言ったほうが良いだろう。音速を超える速度で迫る弾丸。それを捕える事、それ事態が有り得ない。
何かをするかと思ったが、まさかここまでとは思えなかった。撃つ瞬間、即ち あの上に弾いたSAAの弾薬がアスファルトの地面に接地した瞬間に動くものだと、思っていた。だが、シノンが撃つその瞬間まで、彼が動く素振りは……みせなかったと思う。自分の指が、へカートの引き金を絞る方が早かった筈だ。後の先を捉えた、とでも言うのだろうか?
――つ、強い。強すぎる。
シノンの中に芽生えた気持ちはその言葉だけだった。この男が、リュウキがしてのけたのだから、キリトだってやってのけるだろう。あの光剣であれば、或いはへカートの弾を斬れるかもしれない。でも、ナイフであれば押し負ける可能性だってあり得る。それを加味した上での受け流しだから。
シノンはへカートを使いこなす事が出来れば、あの時の男。即ちリュウキの身内である男と、良い勝負が出来る、と思っていた。
だから、この冥界の女神を相棒と呼べる程までに、使いこなせる様になれた、と思う。……その自信を根刮ぎ吹き飛ばされた気分だった。
「なんで、私が左脚を狙ったって判ったの……? 右かもしれないし、脚とは限らなかったじゃない……」
へカートのインパクト・ダメージは身体のどこに当たったとしても、HPを全て奪う。だから、手先であっても、問題無いのだ。なぜ、リュウキは左脚だと言う事が判ったのだろうか? それが知りたかった。
「シノンの狙い、それが視えた。システム・アシストがあったとしても、銃は基本的に銃口を向けた方向にしか飛ばない。ある程度離れた場所からであれば、現実で言えば環境の差異で変わる。この世界では着弾予測円によるランダムもある程度ある。……が、これだけの近距離であれば、その銃口の延長線上、……そこに必ず当たるんだ」
「なっ……そんな、僅かな 傾きだけ、で?」
「後は、シノンの目も視えた。……引き金を絞るその気の瞬間も。……正直、反応の速度は、あいつと比べるべくも無いが、視る事で多少は補える」
シノンは再び驚愕した。何度驚いたか、もう判らない。
確かに、狙いをつける時は、へカートの長い銃身の向きが僅かながら変わる。1cm、いや距離によれば1mm単位のズレで大きく変わる。だから、目測程度でそんな事を瞬時に見える筈がない。この空間を上から見ている。……それも立体的に詳細を全て見えていて、即座に解析。弾道を自らの目測だけで 把握し切った。そんな事が本当に可能、なのだろうか?
恐ろしいまでの空間認識能力だ。どれだけ、信じられなくても、この男は体現している。……そして、恐らくこの男、リュウキと五角の戦いを繰り広げていたキリトも、同じ様な事が出来るのだということは判る。シノンの中に出てきた言葉はたった1つだけ。
「つよ、い……」
そう、その強い、それ以外にもう言葉が浮かばないのだ。そして、その言葉が生まれたと同時に、疑問も生まれていた。
「あなたは、あなた達は、それだけの強さを持っていて、何に怯えていると言うの……?」
その疑問と同時に、震えていたリュウキ。そして 何処か険しい表情、いや 何処か怯えているとさえ思えるキリトの表情。それらが鮮明に浮かび上がったのだ。それだけの強さを持っている。VR世界の枠を超えている程に。なのに、何を怯える事があるのだろうか? と。
「……オレは強くなんかない。それに、眼は単なる技術。培ってきた代物だ。強さとは何ら関係ない」
不正に似た力、と思っていたリュウキだったが、もう本当に改めた様だ。そして、シノンは首を思い切り横に振った。
「うそ、うそよ! ただの技術で、へカートの弾丸を、幾ら積み重ねてきたって言ったって、対物ライフルの弾速を、弾道を読みきる事なんて、絶対無理よ! 一体、どうやったらその強さを手に入れられるっていうの……? わ、私はその強さを得る為に……」
シノンは最後まで言えず口を噤んだ。この世界で闘う理由。シノンにとってはそれが全てだから。
「シノン。仮にオレを殺せたとして、キリトを。……最後にじい……彼を。……そしてBoBの世界で一番強くなった所で、得られる物は限られるとオレは思うよ」
「……か、限られる?」
「……シノンは、ただこの世界で強くなるだけが目的じゃ、……BoBで勝つ為だけじゃ、無いってことなんだろう?」
「っ……」
シノンは俯いた。それは肯定していると言う意味だ。
「……強さか。 一体何なんだろうな。 シノンの言う強さっていうのは何なんだ?」
リュウキは、シノンの身体を離して空を見上げながらそう聞く。
「それは……」
シノンは答える事が出来なかった。
答えると言う事は、現実世界での弱い自分をこの場に呼び起こし、そして見ず知らずの他人であるリュウキに晒してしまうも同義だからだ。現実世界では、ただ震えている弱い自分なのに、この世界では震えるどころか立ち向かっていける。へカートと共に、強い相手を殺す事が出来る。それが強さなんじゃないのか?と、口には出さずに、訴える様に思っていた。
その表情を見たリュウキは、返答を待たずに続けた。
「……オレは、1人じゃないから、1人じゃなかったから。今のオレがいるんだ。シノンがオレに何を聞きたいのか、……シノンが真に何を求めているのか、正直判らない。……簡単に判っちゃいけない事だ。 ただ、オレに答えを求めるのなら、オレから言えるのはそれだけだ。それしか、オレは知らない、から」
リュウキの言葉を聞いて、シノンはリュウキの方に向き直った。目を見開かせ、正面からリュウキに訴えかける。
「っ……! た、他人なんて、みんな、みんな敵よ!! そんなモノを求める心こそ、心こそが弱い証拠……なのよっ!」
そう、目に涙を溜めた涙を散らばせながら。シノンがこの時脳裏に描いたのはあの時の事。友達を欲しがることが弱さ、目を曇らせた、と心底思う結果を生んだあの時の事だ。
そんなシノンを見て、リュウキは首を軽く振った。
「1人で、たった1人で出来る事なんて、それ程多くないんだ。……オレはそれを学んだんだ。……オレはあの時に。オレの手は、……本当に奪ってしまったあの時、1人じゃなにも出来なかった。自分1人じゃ……」
今にも消え入りそうな声、だった。そのリュウキの告白を聞いて、訴えていたシノンの瞳に力が失われた気がした。足元から崩れ落ちる様な感覚とともに。
「仮にもし、この世界の銃弾が、刃が本当に人を殺すモノなのだとしたら、それを躊躇わずに最後の一撃を、全てを奪う一撃を入れる事が強さ、なのか? それが強さだ、って言うなら、多分オレはもう、誰よりも何よりも弱いと思う。オレ達はきっと。あの時だって支えが無かったら、1人だったら、オレはきっと崩壊しているだろうから……」
リュウキの言葉。
それは、嘗ての自分が犯したあの時の事、あの時の状況に酷似していた。一瞬、あの時の事を知った上で、そう言っているのか?と思った程だ。
ただ、1つだけ確かなことはあった。
やはり、この男は、リュウキはその内側に、自分と同じ、いやひょっとしたらそれ以上の闇を、その恐怖を隠しているのだと言う事。
だけど、どうしてもシノンは認めたくなかった事もある。この時に強く、強く想った。
シノンは、詩乃はあの1件、他人は全て敵である事を念じながら生きてきた。気を許せる者がいたとしても、それでも。何処へ来たとしても、変わらない。……人殺しと言う名を背負ったあの日から、他人が見る眼は、何処へ言っても変わらない。だからこそ、己を救えるのは己だけ。そうずっと考え、思い、過ごしてきたのだ。
だけど、だけど、目の前の男は、はっきりと否定をした。
自分と同種の闇を背負っている男が発した言葉。
――1人じゃなかったから、今の自分がいる。
この強さは、1人じゃなかったからこそ、得られたモノだ、と言っているんだ。そして、恐らくはあのキリトも。この世界の強さの枠を超越した超人達は……。
シノンは、無意識に、多分無意識なのだろう。手の中に収まっていたグロッグは、その手から零れ落ち、そしてなにも掴んでいない手は、まるで見えない糸に惹かれるかの様に、持ち上がった。その、無垢な顔を形成しているアバターの素顔の先にある本当のリュウキ。
それを求める様に、その頬を指先で触れようとしたその寸前だった。
「――……さぁ、この決闘はオレの勝利、と言う事でいいか?」
リュウキは、ふっ、と笑いながらそう言う。
シノンの表情を見て、少し安心、した様だ。闇に囚われている様な表情をし、闇に落とす涙をみせていた彼女の顔が変わったから。
「え……? あ、え、ええと……」
いきなりそう言われても、シノンは中々気持ちが切り替えられない。だから、ぱちぱちと瞬きをしていた。
「なら、悪いが降参をしてくれないか? ……女の子に手を掛けるのは、正直無理な所があるんだ」
シノンは、その言葉を聞いて、気障だ! と一瞬想った。だけど、その表情の奥底に見えた真剣な眼差し。それをはっきりと見た。自分の中の信念に似た何かなのだという事を。
「……守るモノだと、言われて、教えられてきてる、から。……最近は ちょっと破った、いや破りかけたんだけど」
リュウキはそう言って軽く笑った。この時、この時、シノンは心の何処かで引っかかったんだ。そのリュウキの言葉を聞いて。
だけど……、改めて今の状況を思い返した。
リュウキは、銃を下ろしているのに、拘束もされていないのに、殆ど密着状態。今にも身体が触れ合う距離で静止している姿。そして、銃を落とした手は、まだリュウキの頬に触れかかっている。それはまるで、彼を求めている様に手を伸ばしている。
見つめ合って、手を伸ばして……、そんな状況。
おまけに、この光景はありのままに待機ドームや総督府ホール、そしてグロッケン中の酒場に生中継されているのだ、と言う事実。
たちまち頬に、かぁっと血が上るのを意識したシノンは、伸ばした手を思い切り引っ込めた。手を引っ込めると同時に、心に引っかかった事も奥へと追いやった。
「あ、あんたともう一度闘うチャンスがある事に感謝するわ。……それに、あいつも!」
シノンが、口にするのはキリトの事もあるだろう。あの強さを持つ男が、準決勝、つまり 自分が倒した相手に破れるとは思えない。だからこそ、本戦に来る、と確信をした様だ。
「……キリトは強いぞ。オレと同等、若しくはそれ以上、だ。今回オレが勝ったのは銃の経験の差。 あいつと闘るんだったら、今日以上に覚悟した方が良い」
「~~っ!!」
シノンは、自分の葛藤を全く判ってなく、あくまでマイペースのリュウキを見て、更に血を上らせた。顔面が真っ赤に熱く茹で上がる感じがする。この世界、このステージが夕日で染まる高速道でよかった、と思ってしまう。赤く染まる空が、自分の頬の、顔の赤さを覆い隠してくれるのだから。
「どっちでも良いわよ! ともかく、私と遭遇するまで、絶対に生き残るのよ! この借りは、倍にして返してやるわ!」
そう言うと、もういたたまれなくなってしまったのか、顔を背け。
「リザイン!!」
天に届くが如く勢いと声量で、叫んだ。
試合時間:19分55秒。
第3回BoB予選トーナメントFブロック決勝戦、終了。
Fブロック 本戦出場者 RYUKI Sinon Kirito
~桐ヶ谷家~
その日、自分は少し不機嫌だったかもしれない。
その原因は判っている。……本当に悔しかったんだと言う事。でも、これでよかった、とも思えている自分もそこにはいた。
何せ、これまでアイツと戦って負けたとしても、『アイツだからなぁ……?』と負ける事を前提に考えていた自分が絶対にいたから。
それは、これまでの経緯を思えば仕方がない、と言えるだろう。
もう、随分昔の事だと思えるが、あのゲームのβテストの時、競うジャンルじゃないのだけれど、圧倒されてしまったのだから。倍以上の差を付けられてしまった。あの時は、自分自身も随分と熱中し 一日の殆どをあの世界に費やしかねない程に、ダイヴしていた。それでも、追いつけられない、逆に差を広げられる。当時は知らなかったけど、この時既に相手は働いている身だった。自由な時間は自分よりも少ないだろう(和人の想像上)。その上での差だから、脱帽もすると言うものだ。
ライバル意識だったのが、憧れになり、そして目標にし、追いつこうと頑張り続けていた。様々な戦いを経て、今に至る。
そんな相手と戦って敗れて……悔しいと思えている自分が、何処か嬉しかった。
《悔しさ》《嬉しさ》《満足》 それらの感情が5:4:1の割合で占めている。
今の自分は不機嫌かもしれないけれど、実際はどんな顔しているのだろうか?
「おにーちゃんっ!」
そんな時だ。……目の前の直葉に声をかけられたのは。
因みに、今は昼食の為、テーブルに着いている。合掌、会釈を済ませて、愛する妹と一緒に食事を楽しんでいる時間。日曜日のよく晴れた日だ。
「それ、どんな顔なの? 笑い顔? 渋い顔? なんだか、とっても中途半端だよ?」
……妹に、自分がどんな顔をしているのか、教えられた様だ。慌てて元に戻す和人。
「あ、それよりさー……」
表情を指摘された数秒後の事。
目の前の愛する妹の表情が変わった……、それは最上級の笑顔。それを間近で見て、真っ先に《嫌な予感》が眉間のあたりに走ってしまう。擬音を付けるとしたら、《ピキューン!》がふさわしい、だろうか。兎も角 強く、強く、感じる。それは、自分事、桐ヶ谷和人の日頃の行いが宜しくないか、と言う事の証明であろうか。
「か、顔の次はなんだ? 何か、ついてんのか??」
とりあえず、自分の頬にご飯粒でもついてるのか? と探す仕草をしつつ、そう訊ねた。……すると、直葉は更に笑いながら、タブレットを取り出し、そして和人の方に向けた。
「あのねー、あたし今朝ネットでこんな記事、見つけたんだけどね?」
それは、自分の嫌な予感が当たった事を、盛大に的中させている、と認識するには十分すぎる事だった。朝からの直葉からの、質問攻めだ。
見せられたタブレットには、《MMOトゥモロー》、国内でも再代休のVRMMOゲーム情報サイトである。そこに表示されているのは……、勿論GGO関連の記事。
決勝進出したのは45人と従来よりも人数が増えており、ある程度話題が上がった様だが、それ以上に上がったのは、とあるプレイヤーたちのこと。
正直、『何でそんなに注目するんだよ!!』と大声で叫びたかった和人。
決勝に進出するメンバーの名前くらいでいいだろう、ともため息を吐きながら思うのだが、見出しには《美少女対決》だの《かつてない長期戦》だの《華麗な銃技と華麗な剣舞》だの……、Fブロックの話題ばかりだった。
ご丁寧に2人の名前が大々的に報じられている。1位と3位の名前。
――2位の人に失礼だろ。
とも正直想った。……思い切り睨んでいる彼女が簡単に思い浮かべてしまう。目立ちたがり屋、という訳じゃなさそうなのだが、眼中にない戦いと思われてしまった、となれば話は別だろう。……決勝戦も多く記事が上がっているが、どうしても《銃と剣》の対決の話題に比べたら霞んでしまうのだ。
その後。
「ね? この人とこの人の名前だけど……」
「へ、へぇー、似たような名前の人がいるもんだなぁー」
「似たような、じゃなくてまったく同じだよね?」
和人には、『絶対に勝てない』と断言できるプレイヤーは他にもいる。
……目の前の愛しき妹もその内の1人だ。現実世界の彼女は高校1年生にしていきなりインターハイと玉竜旗の団体戦レギュラーに抜擢された剣道選手。……あの事件での衰えを置いといたとしても、典型的な都会のもやしっ子である自分では体力では絶対に敵わない。
それはVRMMOの世界でも同じだ。現実での剣技を遺憾無く発揮する直葉。……リーファ。
つまる所、現実世界だろうが仮想世界だろうがケンカになったら、速攻で頭を下げるのが良いと言う事。……勿論、実際にはそんな事になる事は無いけれど。
「う~~ん、こっちの美少女? さんも凄いよねー。 『伝説のプレイヤー降臨か?』だって。ほんとーなのかなー? 正直、これは眉唾なんだけどなー」
直葉は、探りを入れ続ける。
和人は、珈琲を口に運びながら、誤魔化しながら聞いているけれど、それについては自分も同じく疑問だ。
HN: RYUKI
その名前は、別段珍しいモノじゃない。現実世界での普通の名前としても、だ。
だからそれ程気に留めてなかったんだけれど……、過去のMMO、ネットゲーム。ジャンルを問わず、トップ戦線に名を連ねる名前も、確かにそれだった。昔から、ネットと言うモノにハマっているからこそ、その名前は知っている。
それを大々的に……、と言うより面白可笑しく放映しているのがMストの皆さん。
プレイヤーたちに、刺激を与えているのか、本人に会ってみたいのか……、その本意は判らないけれど、Mスト司会をしているお姉さんは後者だろう、と言う気配は判った。
「ま、まぁ…… アイツの腕を考えりゃ そんなに驚きはしないけど、ち、ちがうだろ? だって、目立つこと、嫌うアイツなんだぜ? スグだってよく知ってるだろ?」
和人は、どもりながらも、そう返す。
その点においては、直葉も頷かざるを得ない。……これまでで、何度も彼と接した事があるのだから。正直友達でもあるあの子にも負けてないくらい、いや、それ以上かも? とか思ってしまうから。
「ウン。それはそーだけどー。今、肝心なのは名前だよ? な・ま・え」
「う……」
「どう? いっしょじゃない??」
「ま、まぁ 同じかな? ウン」
和人は、降参……と、昨日今日合わせて二回も言わされてしまった事に、少なからず肩を落とした。目の前に、くっきりと名前がのった画面を見せられたら、頷くしかないだろう。
即ち、《Kirito》と《RYUKI》の2つ。
でも、和人は まだ完全に諦めた訳ではない。和人は昼食の残りであるプチトマトを口の中に放り込み、咀嚼しつつ不明瞭な声で続けた。
「で、でもまあ、ありがちな名前じゃないか? オレだって本名の省略だし、あいつもそうだろ? きっとそのGGOのび、美少女……さんは、え、えっと きり……霧ヶ峰東和子さん。とか、りゅ、りゅう……龍雅美紀とか、きっとそんな名前だよ。ウン、きっとそうだ」
随分と空々しい。今のシーンをこの画面に写ってる彼?に見られたら、盛大に横からツッコミの一撃を入れられるだろう、と想像出来る。
勿論、これらは真っ赤な嘘であり、嘘をつく理由も、勿論存在している。
単純に、あの妖精の世界からコンバートする、となれば、あの世界をこよなく愛している目の前の直葉は大きなショックを受けるだろう、と言う事もある。
だけど……、この数あるVRMMOの中でも一際大きく見える世界、GGOにはその見えない部分に深い闇が潜んでいる、事もあるのだ。それを細かく、詳しく直葉に説明など出来る由もない。
『あの世界で、人を本当に殺してるかもしれないヤツがいるから、リュウキと一緒に調査してるんだ』
なんて事を、億面もなく言える筈もない。
ただでさえ、自分達はSAOと言う世界の中で多大なる心配をかけた身だからだ。……リュウキも同じだろう。その世界に入る為に色々と制約の様なモノまであって、更に自分が試してから~……と言う程の過保護とも取られかねない綺堂氏の安全の元、入っている。
正直、入った当初は9割以上偶然だ、と思っていたが、その割合は逆転した。
GGOの世界で……、克つての闇と対峙したからだ。噂と同じ名前、死銃と。
直感した。あの男は因縁が存在している。……オレ達2人に。
リュウキの事を鬼、と形容したのも、それに拍車を掛けていた。そう呼ぶのはアイツ等しかいないから。つまり、自分達はかつて実際に剣を交えている。……命の
「お兄ちゃん」
「っ……どうした?」
不意に直葉から声が聞こえた。和人は慌てて直葉に向き直る。
「……さっきまでの顔、じゃないよ。 ……時々、お兄ちゃん怖い顔になってるよ」
直葉の言葉に和人はぴくりと身体を震わせた。
直葉は、この時告白をする。
和人と隼人の2人が、あの世界にコンバートしているという事実を聞いている、と言う事を。フレンドリストから2人の名前が消えた事。……其々の最愛の人に聞いた事を。
「……アスナさんも、レイナさんも、『いつもみたいに、GGOでひと暴れしたらきっとすぐに戻ってくるよ』って言ってた。……でも本心では不安に思ってるみたいだった。 だって、あたしもそうだもん。それにお兄ちゃん。昨日帰ってきた時も、さっきみたいな顔、してたんだ」
「そう……、かな」
和人は、軽く俯き思う。
――……多分、その時の顔は、負けた事を悔しがってる様な類のモノじゃないんだろうな。
と。
そして、隼人もきっと……。
「ね……、危ないことは何もないんだよね……? 嫌だよ、またどこか遠くにいっちゃうのも……、悲しそうなみんなを見るのも……」
「……行かないよ。約束する。今夜のGGO大会イベントが終わったら、ちゃんと帰ってくる。2人でALOに。……そしてオレはこの家に」
「……うん」
和人は、直葉の言葉を聞いて、みんなが心配している事を、その顔を思い浮かべて……、全てを忘れて、依頼の全てを2人でキャンセルして、と言う選択肢も再び思い描いていた。
だけど、理由によってもうそれは有り得なくなってしまったのだ。
自分達と死銃との因縁。
そして、彼女との約束。戦えていないから、あの恐ろしく巨大狙撃ライフルを操る彼女と。
そして、隼人の。……リュウキのあの言葉もある。理由の中では、これが最大の理由なのかもしれない。
「さ、食べようぜ。冷めちゃうよ」
和人は、直葉にそう笑いかける。直葉はゆっくりと頷いた。さっきよりもその表情には笑顔が戻っていた。笑顔で、『うん』と頷いていた。
そして、景気づけ……ではないが、直葉は声のトーンを変える。明るく、そして楽しい?話題に。
「そーいえば、お兄ちゃん。アスナさんから聞いたんだけど、今回の『お仕事』、なんかすっごいバイト料がでるんだよねー??」
「うっ……」
苦虫を噛み潰す。とはこういった事を言うんだろう。何処かでそう思う和人。
「オトコの子って甲斐性だもんね~~。その点、リュウ、、、っとと、隼人君はすごいよねー」
「こ、こらこら! あいつは無茶苦茶稼いでるんだぞ! 一緒にするなって。そこまで合わせてたら 速攻でスッカラカンだ」
「わかってるよー。でもそれは心の問題、だもん! 隼人君だったらさ、例えお兄ちゃんとおんなじ境遇でも、そんな『うっ』なんて声、出さないと思うんだけどねー??」
「うぐっ……」
その通りだなぁ、と思ってしまう和人。隼人は事金銭面では 拘りは殆どないといっていい。確かに資産面を考えたら一般人の一線を遥かに超えているのだが、その点は 彼の親である綺堂氏がしっかりとしていたから、偏見の類は一切ない。
それに金銭面の話題は殆どしない。そういった目線で見てしまったら……、と思うところがあるからだ。培われてきた絆が切れる様な事は無い、と言えるが、自分もそれなりにプライドはあるのだから。
結局和人は、胸を張って、どんと叩き宣言した。
「よし! 何でもオゴってやる!」
「やったー! あのね、あたし、前から欲しかったナノカーボンの竹刀が……」
この手のモノも負けたくない、と言う事もあるだろう。……勿論、許容範囲内だけど。……許容範囲内なんだけど……、と大切な事なので、二度言う。
買う予定にしていた最新スペックのPC。……どうやら、メインメモリ容量に多少の修正が必要だ、と頭の中に展開させていた。
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