ソードアート・オンライン〜Another story〜
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GGO編
第183話 言いたかった言葉
それは、キリトが降参を宣言し、準決勝決着が着いたすぐ後。
リュウキとキリトの2人が、其々の戦場。決勝、3位決定戦に転送される前の事だった。
「……本戦に、ちゃんと来いよ。キリト」
リュウキは、後ろにいるキリトにそうとだけ伝えた。
もう、後ほんの数秒で次の戦場に転送させられるのは判っている。キリトと自分の戦った時間は1時間半程、正確には1時間22分15秒。
これまでの予選の傾向から言って、1対1での戦いで自分達以上に時間がかかっているとは思えない。つまり、もうこのタイミングでしか言えないのだ。
3位決定戦。
キリトがBoB本戦に来られるかどうかはその一戦にかかっているが……、問題は無いだろう。この戦いで、勘を取り戻しつつあるから。
「ああ。……当然だ。そこでリベンジしてやるからな!」
キリトは、そう言うと、手を上げた。空にはリュウキが勝利した証しが高々と刻まれている。
――……やっぱし、悔しい……な。
キリトは、空を見上げながら、そう思っていた。それは当然だろう。リュウキには、まだ勝てないだろうとは正直思っていた。それが、剣の世界ならまだしも、この銃の世界では尚更。でも、そう思う事と実際に負ける事は訳が違う。負けて悔しくない者なんていやしないだろう。……誇りを持つ者なら尚更だ。負けを知って強くなっていく、とは何度も色んな所で聴く事だけど、そう綺麗事の様にすぐに考え直すのは難しかった。
だが、熟練者相手に初心者が善戦出来た、と言えば間違いなく出来ただろう。
2人の戦いを見ていた観客達も、濃密な戦いを見て興奮冷めやまぬ状態だ。事実上決勝戦、と言う声も増している。……当然、シノンにとってはいい気はしないが、それ程の戦いを見た今、なんの不満も無かったのは、また別の話。
「今度は負けないぜ。リュウキ」
キリトは、ぐっと拳を突き出した。リュウキも、その声に振り返る。
キリトの顔を見たリュウキ。
そう、久しく忘れていた感覚、だった。協力プレイを主体としていたから、当然だと思うけれど……、競い合うゲームも悪くない。本来の目的とズレてしまっている気がするけれど、そう思わずにはいられなかった。
「ああ。……オレもな」
キリトに答える様に、リュウキも拳を突き出した。そして、その瞬間……視界が光で包まれ真っ白になった。次の戦場へと送られる合図、だった。
~予選会場~
1つの戦いが終わった。
予選の1つが終わっただけだと言うのに、場は興奮の渦に包まれていた。
『やばかったな……あんなバトル見た事ねぇぞ? これまででも』
『超女子同士の対決だったってだけでも凄いのに……、アレはちょっと、な』
『予選Fブロックって言うより、最強女子決定戦になってんな……』
等々だ。
キリトの銃弾を弾く剣技と銃弾を躱す速度。リュウキの銃弾を自由自在に操る銃技とレベルが高すぎる近接戦闘。もっと深く見た者なら判るが、リュウキの眼の力。速度の領域では、キリトに軍配が上がるのに、押し切られた最大の理由がそこにあったのだから。
シノンは、それらの話を耳にしながら、苦笑いをする。
――あの2人、男なんだけどなー。
それはまごう事なき事実である。
だけど、外見は明らかに女の子のソレだから公言でもしない限り……、いや 公言しても信じてもらえるかどうか判らないだろう。軽くため息をした後、シノンはゆっくりと動いた。
「シノン、頑張ってね」
シュピーゲルがシノンに激励を送る。もう、相手が決まったから。待つだけだったシノンの相手が決まり、後は転送されるのを待つだけだ。
「……ええ」
シノンはゆっくりと頷いた。……決勝の相手は類稀なる難敵、……いや 間違いなく嘗てない程の強敵。
その男は、離れても良し、接近しても良し。
非の打ち所が無い程だ。だが、唯一勝機があるとするなら、へカートによる超遠距離からの狙撃。そして狙撃手の有利性であり、最大の武器でもある《予測なしの第一射》。ステージの場所、性質次第で幾らでも、それは変わる。不利にでも、有利にでも。
だが今はそれに全てを賭けるしかない。外せば……終わりだ。
「……私は」
シノンは震える手をぎゅっと握りこんだ。これは武者震い。本当の強者と闘う事が出来るから、感じる魂の高揚。あの男を倒す事が出来るとしたら……。
この時、シノンの頭の中に声が流れ出てきた。そう、あの時にあの男が言っていた言葉。
『予言しておきましょう。もう直、もう直 強い男プレイヤーが、男達がこの世界へとやってきます。……私よりも強い男達が』
嘗て、共闘した時に。
勝ち逃げをしそうだったあの男を引き止めようとした時に、言っていた言葉。そして 彼とこの画面の中で戦い、勝利した彼は身内同士。敗れはしたものの、惜敗のキリト。
あの男が言っていた『男達』と言う言葉。
――もし、彼の言う自分よりも強い男達と言うのが、キリト。そしてリュウキなのだとしたら、全てが繋がる。
「……上等、じゃない」
氷の闘志に、再び火が着いた。自身の氷が溶けてしまいかねない程に、滾る。仮想世界の身体の中に流れる電子が、仮想世界の血が湧く。
――この戦い、絶対に勝ってみせる。
場に転送の光が満ちてきたのを確認したシノンは、ゆっくりと目を瞑った。最後の集中をする。……次に目を開けたその時に、再び氷となる為に。
~予選Fブロック・決勝戦~
次の転送を経て、シノンはゆっくりと瞼を開いた。そう、もう自分は氷になっている。冷静に、戦場では常に冷静に。
そして、おあつらえ向きだった。
その決勝の舞台は、どこまでも一直線に伸びる高架道、そしてその先で今まさに沈まんとしている血の色の夕日。
《大陸高速道》ステージだ。
これまでの戦場と同じく広さは1km四方だが、中央を東西に貫く幅100mのハイウェイから降りることはできない。ゆえに、実質的には只細長いだけの単純なマップ。だが、路上には無数の乗用車、軍用車、軍用ヘリなどが遺棄されており、そしてあちこちで舗装面が斜めに飛び出したりしているので、端から端までを見通すことはできない。
「……場所は」
シノンは、さっと、後ろを振り向き、自分がマップのほぼ東端にいることを確認した。つまり、リュウキは西に伸びる高架道の少なくとも500mは離れたどこかに出現しているはずだ。なら、もう狙撃位置1つしかない。
周囲を見渡していたシノンは、一点を見つめるとすぐに走り出した。目指した場所は右斜め前に横たわる大型の観光バス。半開きになった後部ドアから内部へと駆け込みに解析への階段を上る。中央の床面に身体を投げ出すように腹ばいになり、肩から外したへカートⅡの二脚を展開。
伏射姿勢を取り、スコープ前後のフリップアップ・カバーをはね上げた。
『……スコープからの僅かな反射で現在位置を把握されかねない』
頭に一瞬だけ、氷の自分に過ぎったのはその言葉。だが、心配は無用だ。確かに正面に太陽が大きくある以上、スコープのレンズに反射され、敵に気取られてしまう危険性はあるだろう。
だがそれは屋外での話だ。
このバスの中であれば、ミラーコーティングされた窓硝子がスコープの反射光を隠してくれる。そして、何よりも高さと言うポジションも得られる。この場所が間違いなく現時点、現エリアで最適の狙撃位置だ。
――……必ず、当てる。
シノンは、右目をスコープに当てた。胸の奥で強く、念じながら。これ程までに、勝ちたいと思ったのは もう2度目だろうか。いや、準決勝で敗れ去ったキリトの事も含めると3度目だ。
この2人戦士達の戦いは、これまでGGOで経験した殆どの戦闘が色褪せてしまう程、強烈なモノだったから。
『……私よりも強い男達が』
何度も再生されるかの様に流れる言葉。だが、不思議と今はその言葉で集中力を乱される様な事は無かった。逆に訊けば訊く程、集中する事が出来るのだ。
そして、集中したからこそ、判ったのかもしれない。
あの時の彼らの表情、そして 僅かに震えている彼の姿。
――私があいつを、心のどこかでは敵として認識しきれていない?
震えるその肩に手を触れた瞬間、何かが身体の中に入ってきた気がした。そして、感情が生まれるのも判った。同情、憐れみ、共感……、どれも違う。だけど、何かが生まれた。
そして、もう1つ。多分、次が重要、最も重要だった。
彼に、リュウキに触れた時、仄かに暖かさを感じ取る事が出来たんだ。アバター、設定された体温だ。ただ、それだけの事、だった筈なんだ。
だけど、強い何かを感じた。懐かしさに似た何かを。
――……私は、あいつに触れた事が……ある?
そう、心の何処かで引っかかった。だけど、それだけは即座に否定した。そして、暖かさを、感じた事をも、もう否定した。……感情の一切を。
何故なら、そんな事を感じられる人間が、暖かさを感じること、感じられる様な人間が居る筈が無いから。
……氷である自分に温もりを与えるのは、強くなり、そして勝利したその時だけだ。自分を支えてくれるのはそれだけだ。……自分を助けてくれるのはそれだけ。つまり、自分の強さだけだ。
シノンはそれを再認識したと同時に、これまで感じていた全てを一蹴する事が出来た。彼らの事を見ていて、聞こうとすら思っていた事を、自分の中で完全撤回。2人が抱えた事情など知りたくないし、知る必要もないのだ。
自分の糧にする為のターゲット。……それも最高のだ。
――……それだけ判っていればいい。私の闇を、暗闇を一緒に背負ってくれる人間なんか、手を握ってくれる人間なん……っ!!
この時、氷になっていた自分の中に何かが沸き起こってきた。なぜ、構えている手に、何かチクリとまた感じた。戦いが始まって、いや……あの2人の戦いを見ていて収まったと思っていたアレが、また。
「っ……」
シノンは、軽く首を左右に振る。引き金から、指を離し 手を握り、開くを繰り返した。この戦場では愚公だと言える。だけど……、せずにはいられなかった。自分の心が乱れている方が深刻だったから。
そんな時だ。
一瞬、目の前の高架道に、何か影が現れた気がした。シノンは慌てて再びスコープのレンズを覗いた。
「……な……っ」
そのスコープの中に居たのは、微風に揺れる束ねた銀の髪を持つ彼がいた。迷彩服の所々に銀のラインが入っているせいか、それに陽光が反射し、輪郭に光も宿している。目立つ、と言えばそうだが、それが逆に恐ろしくも思える。正面からの撃ち合いも勿論あるが、こんな1対1の戦いであれば、身を隠し、隙をついて攻撃をする。……撃ち合いをする。それがガンゲイル・オンラインでの戦いでもある。
なのに、相手はこの高速道のど真ん中に堂々と立っている。
当初の想定では、止まらず動き回り、身を隠しつつ接近してくるモノだと思っていたシノン。まさかの状況に驚きを隠せれなかった。驚愕している間も、スコープの中の彼はゆっくりと歩いてきている。
連想するのは、先ほどのキリトとの決戦の時の事だ。
確かに、あの準決勝では彼らは互いに歩み寄り、橋の上で決着を着けていた。
だけど、それは明らかに対戦相手によるだろう。
キリトの戦い方を知っているからこそ、取れる行為であり、狙撃手である自分には、自滅行為でしかありえない。
――……弾道予測線がなくても、私の狙撃なんかいつでも躱せるってこと?
シノンの中の炸薬のような思考が脳裏に弾けると同時に、スコープを再び覗き込んだ。照準線は、はっきりとリュウキを捉えた。その、瞬間……判ってしまった。
スコープ越しだと言うのに、リュウキと目が合ったのだ。
「なっ……」
再び、シノンに戦慄が走った。もう既に、相手には捕捉されている。……自分が何処から狙撃をするか、その位置の全てを、彼は見極めていると言うのだ。
対戦相手とは最低でも500mは離された位置に転送されている筈なのに、自分がこの場所から狙撃してくると言う事を完全にバレているのだ。
「そんな、有り得ない!」
シノンは思わず声を発してしまった。それだけでも、位置情報がバレてしまう要因になってしまうのを忘れて。動揺するその鼓動は、着弾予測円に顕著に現れていた。
「っ……!!」
シノンは、咄嗟に引き金を絞った。
円の中に、リュウキの身体が含まれているのは2割以下。つまり、20%以下の確率で当たるのだが、それは予測線が見えていない場合に限る。位置がバレてしまっている以上、その線ははっきりと見えてしまっているだろう。そうなれば、狙撃するのは殆ど不可能だ。
現に、STR値を極上げしたベヒモスでも、余裕を持ってこの音速をも超えるへカートの銃撃、咆哮を躱しているのだから。
へカートの発射炎で、銃先が真っ赤に燃える。その炎の勢いのままに、弾丸はリュウキの方へと吼えながら飛んでいくが……、リュウキの右数cm外れた。着弾したのは、廃車の内の1つ。へカートの威力によって、その廃車は着弾したと殆ど同時に、黒炎を上げながら爆発した。
そんな凶悪とも言える弾丸がリュウキの傍を通ったと言うのに、避ける動作はおろか、彼は全く微動だにしなかった。
ただ、真っ直ぐにシノンの方を見ている。……今も真っ直ぐ見つめている。
「……何時でも」
シノンはギリっと歯を食いしばった。
位置情報が判っている以上、このステージ、大陸高速道の性質上、一度把握されたら狙撃手は逃げられない。接近戦に持ち込まれたら、へカートを捨て、グロッグで戦わなければならないだろう。だが、それで勝てる相手じゃない。それは判っている。
これは、この勝負は自分の負けだ。位置がバレたその瞬間に、勝負は決したと言っていい。
だが、かと言って、シノンは勝負を投げ出すような真似は決してしない。最後の最後まで、足掻いて見せる、と思っていたのに、あの男はあの場所から一歩も動かない。動いていない。
「私なんか何時でも、殺れる。……だから、舐めてるの? だから 動かないの?」
キリトとの戦闘を見ているシノン。あのリュウキの速度も十分に驚嘆に値する実力だ。この距離程度では、位置を把握されている以上即座に間合いを詰められてしまうだろう。
そう結論した時、シノンの中である推測が形を成した。
――……つまり、自分は弄ばれている、と言う事だ。
「ふ、ふざけないでよ!!!」
それは、負ける事よりも屈辱だった。情けをかけられているのだとしても、同様だ。この戦いに賭ける思いは……誰よりも強いと思っているから。
シノンは、即座に二脚で固定したへカートを肩に担ぐと、バスから飛び降りた。そして、高速道のコンクリートの足場を蹴り、走り続けて数秒後。……リュウキの前に立つ。
「何よ……! 私に、情けをかけている、とでも言うつもり!? そんな所で立ち止まって、つったって!」
シノンの眼には涙すら浮かんでいる。そして、もう1つ思い立った事を口にした。
「あんたはさっき、へカートの一撃を避け様ともしなかった! ……私にわざと殺させて、キルカウントを1つ献上しようとでも思ったの!?」
そう、もう1つ思った事がそれだった。
自分の場所が判っている以上、撃つ弾道予測線も恐らくは見えているだろう。だが、実際に撃つとなれば、少なからず避ける素振りを見せるのが自然だ。……なのに、この男は一切の動作をみせなかった。
「もう、本戦出場も決定してる! だからたかがVRゲームのたかがワンマッチ。どんな結果になってもいい。負けても勝っても、殺しても殺されてもいい。私との勝負なんてどうでもいい! そう思ってるっていうの!?」
「違う」
この時、リュウキが初めてシノンに声をかけた。少し慌てて。……彼女が思わず泣き出しそうな表情をしていたからだ。自分は知っていた筈、なのに。判っていた筈なのに、とリュウキは思った。
「……シノンがこの戦いに、この世界での戦いに全力を。……ある意味では現実より情熱を賭けている事は、気づいていた。……正直配慮が足りないってことは、オレ自身も思っていた。……だけど シノンには悪いとは思っていたんだけれど、今、今、どうしてもシノンに言いたい事があったんだ。勝負の後より、今……」
「っ……??」
シノンは、肩で息をしつつも、リュウキの眼をしっかりと見つめた。そして、その表情を見た。
リュウキの目は何処か穏やかになり、そして表情も柔らかくなる。この世界で、見た事の無い表情だった。その表情を作った後、リュウキは一呼吸置いて。
「……あの時、オレの震えを止めてくれて、ありがとう」
シノンにそう言っていた。
「……!?」
シノンは、その言葉を聞いて驚いていた。まさか礼を言われるとは思ってなかったし、考えてもいなかった。……その事に驚くのと同時に、『それこそが自分を舐めているんだ!』 と言いたかった。
リュウキが言う『あの時』と言うのはあの第1回戦後の事だろう。
だけど、そんな事なら、別にこの試合が終わった後にでも言えばいい。戦いの前に言いたかったからといって、……この戦いに無気力になって良い理由になっていない。
それらが頭の中をまわっていたのだが、なぜか、言葉が喉から出てこなかった。
リュウキも、シノンの顔を見て察した様だ。
「……やはり、勝負の前に言うような事じゃない、よな」
「……あ、当たり前じゃない」
「本当に悪かった。……ただ、それだけは どうしても言いたかったんだ。戦う前に。……でも あの時に、言うべきだったんだ。本当は」
混乱していて、返事を返す事が出来なかったシノンだが、リュウキにそう言われて何とか言う事が出来た。
だけど、シノンはやはり動揺をしてしまう。上手く感情を現す事が出来ない。ただただ、自分でも判らない感情に包まれていた。
「ふむ……」
リュウキは、拳銃を取り出した。1発の弾丸を取り出すと、ガンプレイをしながら、ホルスターに仕舞う。
「……??」
シノンは、まだ混乱をしていたが、リュウキがしていた事に目を向ける。
「自分の都合で、勝負の腰を折ってすまない。だからこれで、決着をつけないか? 決闘スタイル。……ここまで接近したから、狙撃手であるシノンとフェアで戦えるスタイルはこれが1番だろ」
リュウキはそう言うと親指と人差し指で弾丸を摘みながらシノンにそういった。シノンは、混乱する頭で言っている意味を必死に理解しようとした。……理解をすると同時に、呆れ返った。だが、そのおかげで普段の自分を取り戻すことが出きたのかもしれない。
「……1番って。それにひょっとしてだけど 互いに距離とった後で、攻撃。その弾丸が合図?」
「ああ。距離は……10m程、が良いか?」
「良いか? って、あのね。そんなので勝負になると思ってるの? へカートの性能知らないわけは無いよね。……絶対に当たる。私自身のスキル熟練度、ステータス補正、それにこの子自身のスペックが重なる。……だから、システム的に必中距離なのよ。 SAAは確かに良い銃だって思うけど、決闘で、この距離なら、威力に難ありじゃない。 正直それじゃ勝負放棄と対して変わらないじゃない」
シノンがそういったと同時だった。リュウキの眼が、変わったのだ。シノンはそれを間近で感じる事が出来た。
「本当にそう、思うか?」
赤く輝く瞳を見たシノン。
あの時、キリトと戦った時にしていた眼の色だった。……間違いない。
「……眼」
シノンは、その眼をはっきりと見た。そして、リュウキを取り巻いているモノ、オーラと言えばいいだろうか。自分と殆ど同じ大きさのアバターなのに、一回りも二回りも大きく見える気がした。
「勝負はやってみなきゃ判らない。……オレは強いぞ」
不遜にもそう言い放つリュウキ。
本来、こんな自己主張する彼じゃない。だけど、シノンに強気な姿勢を見せる事で彼女を刺激しようと思ったのだ。それは彼女の性質を知っている。……あの世界、ALOの大魔法使いと何処か似ている。負けん気の強い性格だと言う事。
シノンは、この時、リュウキの考える策略に填った訳じゃない。ただ単に彼の実力は知らない訳はない、と言う事を改めて思っていたのだ。あれ程の試合をしていたのだから、当然だ。
だが、この条件での戦い、ウェスタン・スタイルでの決闘は、リュウキはフェアだと言っていたが、明らかにフェアじゃない。
へカートⅡは単発式。
だから、次弾射撃までの時間を狙っている事は判る。だが、それは甘いと言う他ない。必中にして必殺の弾丸だから。それを回避しようなどと、出来るはずもないのだ。
あのショッピングモールにあった《弾撃ちゲーム》。確かにあのゲーム終盤での怒濤の射撃を躱したリュウキだが、あの弾丸とは弾速も精度も威力もその全ての桁が違う。そもそもあのガンマン達が使っていたのは骨董品のリボルバー。……へカートと比べるべくもないのは当然なのだ。速度の領域ではリュウキを上回っているであろう、あのキリトでも無理だと思える。
でも、もしもこの男、リュウキに何かがあるのなら。
「……ええ、そこまで言うなら、その方法で良いわ。それで、決着をつけてあげる」
シノンは、それを見てみたかった。そう返事を言うと同時に、頷いた。
「ああ」
リュウキは、振り向き中央分離帯の上を東へ進んだ。そして、もう一度向き直る。丁度二人の距離はリュウキの言う通り、10m。
シノンは、へカートを持ち上げると、ストックを右肩に押し当てて、両足をしっかりと開いて構える。
その小柄な身体を考えたら、非現実的な光景だ。
現実であれば、へカートの様な対物狙撃ライフルを立射で撃つなどできるようなものではない。が、そこはゲーム。この世界GGOでは、十分なステータスさえあれば、決して不可能ではない。次弾の事を考えていたシノンだが、2発目は無いモノと考えていた。外せば負けだからだ。……だが、外す事は有り得ない筈。
観客も息を飲んでいる事だろう。
あのキリトとリュウキの一戦の様な光景がまた開催されているのだから。あの時、一体何をしているのか? と最初こそは思ったが、蓋を開け、終わってみれば残ったモノは驚愕の二文字だった。
それが、また再来するのか? と期待しているかもしれない。
――だけど、シノンはそんな事考えていない。
ただ、1発の弾丸で全てを終わらせるつもりだからだ。あんな派手な戦いは出来ないし、そもそもしたいとも思わない。
頭の中ではまだ負けるとは思えなかった。思えなかったのだけど、この肌を刺す様な緊張感。……うなじをチリチリと焦がしているこの緊張感。その全て本物だった。
「……じゃあ、行くぞ」
リュウキは、躊躇なく左手の指を弾いた。弾薬が回転しながら高く高く舞い上がる。この時、リュウキはだらりと、両手を下ろしていた。シノンの様に構えたりしていない。
ただ、自然体。自然体の姿勢だった。
――構えさえ必要としないというの?
シノンの中で急激に高まっていくのを自覚した。構えすら取っていないことに、驚きも勿論あったけれど、それより言いようのない感覚が高まっていくのだ。あの宙を舞う11.43ミリ弾の動きがあまりにも遅かった。この世界のありとあらゆる音が完全に消滅し、ただ自分の体、そしてへカートⅡにだけ意識が集中する。
今の自分は精密機械。
ただ、目の前の目標に弾丸を命中させる為の精密な機械。時がまるで止まったかの様にゆっくりと動く世界。その世界で弾丸がゆっくりと地面、アスファルトに触れた。
その瞬間、シノンは人差し指を絞る。
狙った場所へと正確に飛んでいくへカートⅡの弾丸。近距離であれば、体の何処に当たったとしても、インパクト・ダメージが発生するため、その必殺の弾丸は、相手のHPの全てを奪う。
だから、この一発で終わり。そう、終わりの筈……だった。
その刹那……キッ! と言う音が聞こえたかもしれない。
聞こえたかも、そう表現する程の微かな音。へカートの大型マズル・ブレーキから迸った炎の轟音よりもはるかに小さな音なのだが、シノンの耳には確実に届いた。あの微かな音は一体何だったのだろうか? と一瞬考えてしまう。
そして、同時にシノンの中に疑問が生まれた。
「………」
何故、こんなに考える余裕があるのだというのだろうか?と。もう、へカートの弾丸は発射された。音速を超えるその銃弾は、如何に時が止まったかのようなゆっくりと流れる世界でも、そんな遅い筈がない。1発撃てば、全てが終わる筈だった。
ただ、目の前に広がるのは……有り得ない光景だった。
「………」
リュウキが、立っていた。それは間違いない。だが、この光景はどう説明がつく?へカートは確かに咆哮を上げた筈なのに。シノンは、それらが頭に流れ出て、行動が遅れ、言葉も詰まる。
そして、その呪縛から解放されたのはその後。
「なっ……!?」
シノンは、慌ててへカートを手放すと、腰に挿したグロッグに手を伸ばした。だが、その所作をするには、時間をかけすぎた様だ。
ほんの刹那の時間前。
リュウキは確かに目の前に、10m先にいた筈だ。だが、その本人がもう目の前に迫っていた。シノンは、グロッグを構えるが距離を詰められすぎた為、容易にその銃身を押さえ付けられてしまった。そして、そのまま銃のグリップを握っていた手を掴まれ、リュウキに引き寄せられると。
「……詰みだ」
背後から聞こえるリュウキの声。
手首を取られ、引き寄せられた後、空いた左腕で首を取られた様だ。首を取られる、と言うよりは丁度、肩に腕を掛けるような仕草だった。そして、左手にはあのコンバット・ナイフが握られ、首元に添えられており、シノンはへカートもグロッグも全て使用不能に陥った。
確かに、HPこそはまだ全快のままだが、彼の言うように……もう決着が着いた瞬間だった。
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