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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第五話。ベッド下の怪人

2010年6月18日。七里家リビングルーム。

携帯電話で時間を確認すると、もうすぐ日付が変わる時間になっていた。
夜中まで起きていることが多かった一文字の(この)身体ではまだまだ眠くはないのだが。

「ふぁ……」

パジャマ姿の先輩は眠そうに目を擦っていた。ソファの上でゴロンと転がってダラダラしているその姿はなんとも可愛らしかった。俺はそんな先輩を床に敷いたクッションに座りながら眺めていた。

(なんというか……平和だな)

普段、生死をかけた殺伐とした日常を送っているせいか、詩穂先輩のような普通の人が送る。
普通の日常というものを確認すると……なんというか。
安心するな。
といっても、俺はその普通の日常の中で生きようとはもう思えない。
一度武偵を辞めて、普通の人のように生きようと思った事もあったが俺には普通の生活は合わなかったからな。
別に普通の生活に不満があったわけでも、ましてや常に死と隣り合わせになるような環境に身を置きたいわけじゃない。
ただ俺は気がついてしまっただけだ。
普通の人が普通に暮らせるように、力を持つ者にはその力を正しく使う責任があるという事実に。
それは死んで憑依してしまった今でも変わる事はない。
ロアの力は巨大だ。
これまで俺が使ってきた銃器や刀剣類なんかよりも遥かにその力は巨大で、危険だ。
噂一つで力が増減する存在。
ただの人間をも噂一つで化け物に変えてしまう世界。
その力は恐ろしいが戦うことでしか生きられない俺にとっては必要な力だ。
別にその力を悪用しようとかそんなことを考えているわけじゃない。
むしろ、普段の俺にとってはヒステリアモードと同じくらいいらない力だ。
だが力がある以上、俺には責任がある。
成り行きでなっちまったが、主人公としてその力を正しく使う責任が。
大切な人やその人の周りの日常を守るという責任があるんだ。
だから俺は戦ってやる。
世界を救う主人公とか、正義の味方にはなれないが。
……俺の大切な物語達や周りの人を助けることはできるから。
なーんて事を考えていると、先輩は眠そうに欠伸をし始めた。
ちなみに今は俺と先輩の二人っきりだ。

「詩穂先輩っていつもこの時間帯まで起きてるんですか?」

「ううん、いつもはもっと遅いよ。夜中のアニメとか見てるもん」

「ああ、俺も見てましたよ」

同じ学科の理子に付き合わされて、電話で感想を聞かれたりしたからな。

「面白いもんねー! いつもワクワクしちゃうもんっ」

そんな話題をしつつも、俺は緊張で胃が痛くなっていた。
と、言うのも……。

「んにゅ?」

先輩はパジャマ姿。入浴を終えたその濡れた髪がセクシー度を上げている。
さらに湯上がりのいい香りがふわぁっと漂ってきて、俺のドキドキをヒートアップさせていた。
ようは、つまり……。
またヒスりそうになっていたのだ。

「んふふ、どうしたのん?」

(うっ……⁉︎)

よりによって、先輩はソファから降りて四つん這いになった体勢で俺に近寄ってきた。
湯上がりの先輩の髪。そこから漂う花の香りを模したシャンプーの匂い。
濡れた長くて綺麗な髪。
パジャマの隙間から今にも飛び出さんとしているかのような山を持つ、豊かな谷間。
俺は今、視線を外したくても外せない状況に陥った。
視線を外せば先輩の豊かな谷間(危険ゾーン)を直視しなくてすむ。
だが、あからかさまに視線を逸らせば先輩を傷つけるかもしれない。
それに……俺の中のもう一人の俺はこのまま先輩の胸を見ることに賛成している。

「い、いや、先輩が……可愛くて」

歯切れが悪いのは先輩の胸を凝視してしまった事への罪悪感と気まずさからだ。

「あら、ありがとっ! モンジくんも可愛いよ?」

「ふぇ?」

「女の子の部屋で、お風呂上がりのわたしを見て、ドキドキ緊張してる顔が、なんだかとっても可愛いもの」

チキショーやられた。
先輩に弄ばれてる感じがするが……怒るに怒れない。
こっちの(・・・・)俺ではとくに。

「うん、それは、ほら……詩穂先輩が魅力的な女の子だからだよ?」

「っ⁉︎ ……ありがとう」

「詩穂先輩のような魅力的な可愛い女の子が俺の先輩なんて。俺は幸せ者だよ?」

「ふにゃぁ……可愛い、私が?」

「ああ。詩穂先輩はとっても可愛い、魅力的な女の子さ」

______ダメだ。止まらない。

「詩穂先輩……いや、俺の詩穂はやっぱり最高だね!
どうだい、君も俺のも」

ヒステリアモードの俺が一世風靡の告白をしようとした……まさにその時。

「ひゃああああ! こ、こら鳴央! へんなとこ触らないで!」

「音央ちゃんの肌ってほんっと、綺麗ですよね……」

シャワ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、っと解りやすいシャワーの音と共に、そんな会話がエコーして聞こえてきた。
先輩の家の風呂はデカい。
先ほどまで先輩が入っていたそこに、今はダブルボインな姉妹が入っているのだ。

「______あいつら……」

俺の顔はさぞかし真っ赤になっているだろう。
告白を仕損なったから……というのもあるが。美少女がお風呂でキャキャウフフとはしゃぐ姿を想像してしまった、というのが一番の理由だ。

「んふふふ、楽しそうだよね、二人とも」

楽しそうに笑う詩穂先輩。
先輩がいる前で他の子のことを想像してしまうのはどうかと思うが。
それでもお風呂ではしゃぐボインな美少女の姿を妄想してしまうのは悲しいことに男の性というやつだ。
ちなみに、さっき先輩がお風呂に入って『ふんふんふーん♪』と鼻歌を歌っていた音もゴシゴシとボディタオルで身体を洗う音もちゃっぷと水が浴槽から溢れる音が聞こえたのもヒステリアモードで強化された俺の聴力はしっかり聞いていた。
ヒステリアモードの無駄使い?
いや。これは詩穂先輩の身を『ベッド下の男』から守るのに必要な行動だ。
だから仕方ない!
と、そんな言い訳を脳内でしていると。

「モンジくん、わたしのお風呂覗きに来なかったね?」

先輩が爆弾を落としてきた。

「ナニヲイッテルンデスカ⁉︎」

いきなりナニを言ってるんだこの人は!
俺の頭の中ではかなりスピーディに、
『お風呂覗きに来なかったね?』→『覗きに来てくれてもよかったのに』→『モンジくん、これがわたしの体だよ……』→『ふふ、いらっしゃい……♡』
のように変換された。
イヤイヤイヤ。そんなはずねえから! いつもの先輩のお茶目だから!
そう思う自分と。
いや、でも詩穂先輩が望むならそれに応えるのが男の、俺の役目だ!
という想いがある。
前者は普段の俺やモンジの思考だが。
後者はヒステリアモードの今の俺だ。
こっちの俺は女性の頼みを断ることはできないからね!

「もし音央ちゃんと鳴央ちゃんがいなかったら覗いてた?」

ヒステリアモードの俺がそんな思考をしているとは知らない詩穂先輩は。
あろうことか。まるで本当に望んでいたかのような仕草をして。
俺の方にさりげなく身を寄せてきた。
当然、その豊かな胸元も寄せてきた。

え、何だこれ?
もしかして俺、誘惑されてる?

ははは、まさか。
そんなはずあるわけないだろ……ゴクリ。
しかし……先輩、やっぱり大きくて形もいいなっ!
一之江やアリアにも先輩のような物理的な包容力があれば……。
おっと、いかんいかん。
ここにいないとはいえ、一之江は俺の心読めるみたいだからそれ以上は考えるはよそう。
まだ死にたくないし。

「いなかったら、ですか?」

「うん。あ、いなかったら家にお泊まりに来てないー、とかはなしね。『もしかしたら』のお話だもの」

「うっ、わ、解ったよ……」

先輩の顔が近い。風呂上がりの上気した頰は愛らしいピンク色をしていて、触ったらきっと気持ちいいんだろうな。それに、先輩の体からはやっぱり柑橘系のいい香りが漂っていて、もっと近くでその空気を吸いたくなってきた。ああ______男ってヤツは、可愛い女の子が側にいるとおかしくなっちまうものなんだよなぁ……。

「……た、多分」

「多分?」

「先輩が望んで言ったのなら覗いていたかもしれません」

「わたしが望んで?」

「はい。先輩が俺になら見られてもいい、とか思ってくれていたのなら覗いていました。
だけど……そうじゃないのなら覗いたりはしませんね。先輩に嫌われたくないですし」

「わたしがモンジくんを嫌うの?」

「ええ。というか、何ていうかほら。大事にしたいんですよ、やっぱり。こう……詩穂先輩のこと、ちゃんと。そういう邪なノリとかじゃなくて。ちゃんと」

ああ、クソっ! 自分でも何を言ってるのかよくわからなくなってるが。大事にしたいという気持ちに嘘偽りはない。

「大事に?」

「はい。だって、詩穂先輩は俺の……」

大事な人だから、と続けようとして。






______俺の視界の隅に、不意に何かが映った。


……なんだ……あれ?


ソレを見た瞬間、俺の頭はクリアになり、荒かった呼吸が静かになった。
……さっきまで先輩が座っていたソファの下。そこに『ソイツはいた』。
ソファの下なんて僅かなスペースだ。ベッド下なら人一人隠れていたとしても納得できるが、ソファの下なんて数センチしかない。
なのに。
そこに『ソイツ』はいた。

「俺の、何かな?」

先輩は気づいていない。
相変わらず俺に身を寄せて、火照った顔を近づけて、甘い吐息を吐いている。
クソッ! 美少女な先輩がこんな無防備な格好で俺に身を寄せてくれているのに、どうして俺はソファの下なんか気にしなくちゃいけないんだ!
チキショウ!
俺は今ほど『ロア』というものを恨んだことはない。
後にも先にも、きっと今のこの瞬間が一番ロアに対してキレた瞬間だった。


「俺の……大事な先輩なので、一緒にアイスを食べに行きましょう!」

「ほえ、アイス?」

「湯上がりと言えばアイスです! ここに近いコンビニに、俺オススメのアイスが売ってるんですよ。それをぜひぜひ、先輩にも……あの子達にも食べて欲しいので! 行きましょう!」

「ふえ、ほんとうっ⁉︎ うん、食べる、食べる!」

「パジャマ姿のままだとアレなんで、ちょっと着替えてきてもらえるかな? 俺とコンビニデートしましょう!」

「ん、りょうかい!」

詩穂先輩は嬉しそうに立ち上がると、パタパタと自分の部屋に駆け込んだ。
そして、先輩の部屋のドアが閉まる。


「つ______づり______あんたって人はああああぁぁぁっっっ‼︎」

俺は先輩やご近所さんに配慮して、小声で絶叫した。
Dフォンが熱くなり、赤く光るのが解ったが、そんなことどうでもいい。

「とりゃあっ!」

ソファを力一杯持ち上げた瞬間、そこには______小さな人影がいた。
いや、人影と言ってもただの(・・・)人間ではない。
まず、性別は(一応)女。
ショートカットの黒髪で。
目は据わって______俗に言うイッチャッテル感じで、真っ黒なコートを羽織っている。
この女性の名前は、綴 梅子。
東京武偵高。尋問科(ダギュラス)の教師だ。
その綴は______
ぷは、と美味そうに室内で。それも家主の詩穂先輩に許可を得ずに喫煙してタバコの煙を輪っか型に吹いているが……そんなこと大した問題じゃない。
綴がイッチャッテルのはいつものことだからな。
そんなことより問題なのは……。

「小さっ⁉︎」

そう。俺が知る綴よりその背丈がかなり小さいのだ。
大きさで言うと3センチくらいだろうか?
ソファの下にいてもおかしくない。それくらい小さな存在として俺の目の前にいる。

「あん? なにこのクソガキィ。 初めてあった奴にいきなり小さいとかはないんじゃない?」

やっべー、声に出てた……。

「ん、んー? おかしいなー……なーんかどっかで見た気がするんだけど?
ってそれはないか。ただの気のせいだよな? 武偵高(ウチ)の生徒でもないしなー」

俺の体から大量の汗が流れ出ていたがそれは仕方ないことだろう。

(あっ危ねえ______⁉︎ バレたかと思ったぜ……)

綴はそんな俺の内心を知らずに明らかに市販のものじゃない二本目のタバコを取り出して吸い始めた。

「……うっ、草っぽい」

「あふぁ……まあ、そんなことどーでもいいんだけどさぁ」

こら、駄目教師。
室内で、それも詩穂先輩の部屋でそんな怪しいもの吸うな!

「なーに……えーっと……あれ……あ、ロア。お前もロアとかいう奴か?」

ほら見ろ! 怪しいタバコなんか吸ってるからそんな単語を忘れる残念な脳味噌になっちまってんだ。

「お前も……ってことは、やっぱり綴……先生も?」

いかん。つい癖で先生呼びしちまった。
呼び捨てだと後が怖いから、癖でそう呼んじまったが……。
案の定。

「んー? 『先生』呼びってことはどっかで会ったかー? まあ、後で聞き出せばいいか。
『ベッド下の小人斧女』のハーフロア。綴 梅子だ。よろしく」

獲物を見つけた、そういう目つきで俺を見つめ。
綴は薄ら笑いを浮かべてそう名乗った。 
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