ソードアート・オンライン〜Another story〜
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GGO編
第168話 別人
シノンは、戦場を駆け抜ける。
交戦エリアに突入すると、AGIパラメータ支援を全開にし、猛ダッシュだ。身を隠そうなどとはもう思っていなかった。先制攻撃は狙撃手によるものだと言う事はもう知られているから、接近するシノンの姿を既に補足しているだろうからだ。
案の定、ブラスターによる攻撃がシノンの方にも何発か飛んできた。
それを難なく回避し滑り込みながら、ダインが隠れている建物のコンクリートの残骸の裏へと入る。いきなり目の前に出現したシノンをダインは、驚愕の視線で眺めた。その視線は、どう見ても好意的ではないし、感謝している様にも見えない。その眼は、わざわざ死地へと首を突っ込んできたもの好きへの疑念に過ぎなかった。
だが、ダインは直ぐに視線を反らせる。シノンの登場には驚いたが、今はそれどころではないからだ。
「……奴ら、用心棒を雇ってやがった」
「用心棒?」
「知らねえのか、あのミニガン使いだよ。あいつは《ベヒモス》って言う、北大陸を根城にしてる脳筋野郎だ。……カネはあるが根性のねぇスコードロンに雇われて、護衛のマネごとなんかしてやがんだ」
「……」
シノンは、はっきりとこの時思った。
『このスコードロンより。……っと言うより、ここのリーダーであるダインよりもよほど尊敬出来るプレイスタイルだ』と。
もし、これが放映されているとしたら、大体の人がそう思うに違いない、とも思ったが、勿論、そんな事は口に出さない。その代わりに、ダインの向こうで時折掩蔽物から顔を出しては、敵集団に向かって虚しい反撃を試みているアタッカーたち3人を見やり、ぎりぎり全員に聞こえるだけのボリュームで言った。
「このまま隠れていたら直ぐに全滅する。――あのミニガンは、そろそろ残弾数が怪しいはず、全員で攻撃アタックすれば、派手な掃射は躊躇うかも知れない。そこを突いてどうにか排除するしかない。短機関銃2人は左から、ダインと私は右から回り込んで。M4はここから援護射撃を……」
そこまで言ったとき、ダインがかすれた声で遮り、首を左右に振った。
「……無理だ。ブラスターだって3人残ってるんだぞ! 突っ込んだら防護フィールドの効果が……」
「ブラスターの連射は実弾銃程のスピードじゃない。半分は避けられる」
「無理だ!!」
ダインは頑なに繰り返す。
このスコードロンのリーダーがこの調子であれば、士気に影響してしまうのも目に見えている。どうにか、根性を出してもらおうと言葉を考えていた時だ。
「突っ込んでもミニガンにズタボロにされるだけだ。……残念だが、諦めよう。連中に勝ち誇られるくらいなら、ここでログアウトして……」
こんな圏外、ニュートラル・フィールドでログアウトしても、直ぐに消滅出来るわけではない。魂の抜けたアバターは数分間その場に残り、依然として攻撃の対象になり得るのだ。低確率だが、武器や防具のランダムドロップも発生してしまう。
シノンはこれまでも、ここのスコードロンのリーダーは、撤退・後退を指示するタイミングが早すぎるとは思ったていた。
……だが、まさかこのような自暴自棄、いや子供の癇癪とも言うべき行為。負けそうになったから、ゲーム機の電源を切ろうとする子供の行為と同じ事を提案してくるとは思わなかった。
……シノンは、半ば呆然としてるダインの姿を見ていた。
そして、どうにか呆れた表情を戻しつつ。
「今 ログアウトした所で、逃げられる訳じゃない」
ダインにそう言った。が、その途端に、ダインは歯を剥き出しに喚いた。
「なんだよ、ゲームでマジになんなよ! どっちでも一緒だろうが、どうせ突っ込んでも無駄死にするだけ……」
「なら死ね!!」
反射的に、シノンは叫びを返していた。
「せめて、ゲームの中でくらい、銃口に向かって死んで見せろ!!」
思わずそう言ったシノンだが、その更に内心では『やれやれ、ただの標的としか思ってないはずの男になんでこんなことを言ってるんだろう』と思っていた。だが、間違いなく、このスコードロンとも縁切れとも、頭の片隅で思っていた。
――……男が皆、あの男の様にはいかないか。
情けないリーダーを見て、シノンは そうも思った。
初めて戦った時、あの男は初心者たちを決して見捨てずに、更にはこちらを全滅させたのだ。
プレイスタイルもそうだ。この世界で同じ女性プレイヤーに出会う確率よりも低いんだろう、と何処か思っていた。
軽く頭を振ると、ダインの迷彩ジャケットの襟首を掴んで無理やり引っ張り上げた。そして、同時にダインの様に弱腰になってしまっている3人に向かって早口でいう。
「3秒で良い、ミニガンの注意を引きつけてくれれば、私がヘカートで始末する」
「……わ、わかった」
緑の髪をゴーグルに垂らしたアタッカーが、つっかえながらもどうにか応え、残り2人も頷いた。
「……よし、二手に分かれて、左右から一斉に出る」
これじゃ一体誰がこのスコードロンのリーダーなのかわからない。
シノンもこれっきりと決めたのに、まとめ役をするとは思わなかった。ダインも、器の違いと言うものや、リーダーの気質の差を感じ取ったのだろうか、あるいは、思い通りにいかない、子供染みたそれ同様に、不貞腐れたのか、顔は、まだしかめっ面だったが、シノンはその腰を押し、掩蔽物の端まで移動した。
そして、左腰からサイドアームであるグロック18Cを抜き、ハンドサインでカウントをする。
1,2,3……
「GO!!」
同時に思い切り地を蹴り、1秒先の死が連続して待ち受けるバトルフィールドに突撃した。
そう、これこそが戦闘と言うもの、魂を鍛える為には、勝つか負けるか、否敗色濃厚な戦いにこそ、それを乗り越えた先に得られる物が大きい。それは、経験値と言ったシステム数値の様に得られるものじゃない。
その死地からまず飛んできたのは、複数の弾道予測線が横切った。
だが、見えているモノを避ける事は造作もない。身体を倒し、スライディングで回避。そして、敵集団を視界に収めた。20m程先の左右の掩蔽物にレーザーブラスター持ちがいる。認識し、出てきたカーソルから数えて、左に2、右に1人。
そして、一番厄介な男である、《ベヒモス》は中央さらに10m程後方で控えている。左側に飛び出した味方2人を射線に収めようとしている。左手のグロックをブラスター使いに向けた。
流石に、この接近戦で心身を落ち着かせるなんて真似は出来ず、着弾予想円は、男たちの身体をはみ出す程に、脈動している。が、それでも構わずフルオートで射撃。
ついさっきまで、あのヘカートⅡを使っていた事もあり、全く無いに等しい反動の衝撃を掌に感じながら、9×19mmパラべラム弾を散蒔く。総弾数33発の全てを撃ち尽くした。
敵側も、まさか無謀な特攻をしてくるとは思ってもいなかった様で、慌てた様に壁の向こうへと引っ込もうとしたが、無駄弾覚悟のフルオート射撃をした事が功を成した様で、数発だが、ヒットした。
だが、威力が低いサブアームだ、HPを削りきるまでにはいたらなかったが、数秒の時間は稼げた。
「ダイン! 援護!」
シノンは叫んで地面に身を投げた。
そして、へカートを構える。二脚を展開している暇等はない。恐ろしい重みと、サポートである脚を展開していないせいで、手振れが通常の2〜3倍は発生した。
だが、それも気にせず、予測円の表示も無視し、あの巨漢のミニガン使い、ベヒモスに向けてトリガーを引き絞った。
一撃必殺と言える必殺の閃光が空間を貫き、そしてベヒモスの頭の直ぐ隣を通過した。
その弾丸は、ベヒモスが装着していたゴーグルを吹き飛ばした。
――外した!?
唇を噛み、千載一遇のチャンスをモノに出来なかった自分に腹立たしさを覚えたが、直ぐに立ち上がろうとした。だが、それを見逃すベヒモスではない。
素顔を顕にしたベヒモスは、不敵な笑みを浮かべ、シノンを捉えた。
6本もの銃身だ、その弾道が示す弾道予測線バレット・ラインの大きさは、シノンの身体を覆い尽くす程にデカい。回避不可能、と一瞬で判断したシノンは、伏射体勢から立ち上がった。
最後の最後まで諦めない。
諦めるとしたら、死に戻りをし、総督府へと送られた時のみだ。戦いは最後まで何が起こるかわからないものだから。
これも、あの男から教わったモノだ。
シノンは、足に力を込め、左へジャンプ。だが、予測円からは逃れられない。
――殺られるっ!
シノンがそう思った瞬間。
「ッ……」
遠目からでも判る。ベヒモスの表情が一瞬歪んだ。その巨躯の身体に幾つかの赤い斑点を作っていたのだ。着弾し、光が弾けた証拠だ。
その撃ち手は、ダインだった。
アサルトライフルをかまえ、命中精度を稼いだ上で、狙い撃ったのだ。この状況での判断力は流石と言えるモノ。人格は一先ず置いといたとしても、助けられたのは事実だ。シノンが居た場所が、無数の銃弾によって抉り取られている。
「ダイン! もっと右に!」
そこまで叫んだ時、再び掩蔽物から姿を現した2人のブラスター使いが立ち上がりかけたダインに、向かって容赦のない光の矢を射かけた。
それは、距離が近すぎた様だ。
ダインが持っている防護フィールドは全く効果を発揮せず、無数の光の矢がダインの身体を貫く。その反動で吹き飛ばされそうになるのを必死に堪えながらも、ダインはシノンを一瞬見た。
ダインも男だ。
女であるシノンの激を受け、そのまま何もせずに、くたばる訳にはいかない。彼の中に残っていた男らしい部分が、この時発揮したのだ。
「うおおっ!!」
その叫びは、システム数値に影響する訳ではない。
だが、彼の魂の咆哮は身体能力に直結したかの様に、撃たれたと言うのにその反動をも押し返し、進んだ。だが、HPの減りは止まらない。ほんの刹那で、消滅するだろう。その一瞬の隙間、ダインは腰に下げた大型プラズマ・グレネードを引き抜いた。そして、身体を散らす前に、その爆弾を掩蔽物の向こうへと投げ込んだ。敵のブラスター使いは、そのブラスター銃の銃口から吹き出るエネルギーの光のせいで、目が眩み、見る事が出来なかった様だ。
そして、気づく頃にはもう遅い。
そのエネルギーの光よりも眩む閃光が包み込んだと同時に大地を揺らす衝撃と轟音が轟渡った。
死の間際、ダインは最後に2人を道連れに死んだのだ。彼女が言ったとおりに。
――ナイスガッツ!
最後の最後で、意地を見せ、退場したダインに向かって軽く短くエールを送る。そして、押し寄せる土煙、グレネードによって発生したそれが包み隠す格好の隠れ蓑になる。味方も、ベヒモスの掃射に消され、そして 敵側ブラスター使いたちも、ダインの特攻と味方たちの援護で、姿を散らしていた。
つまり、ここからは《ベヒモス》と《シノン》の一騎打ちだ。
だが、《重機関銃vs対物狙撃銃》では、話にならない。
どうにか、ミニガンの死角に入り、且つ弾道予測線がリセットされる様に60秒も稼がなければならない。だが、意識を反らせる為に使える物は何もなく、1対1の正面対決じゃ、時間を稼ぐどころか、死角さえ作れない……。
――いや。まだ手はある。
この土煙で姿を隠している間に、ライフルのアイデンティティーでもある遠距離射撃をする為にあの半壊しているビルの屋上へ行く。勝機はそこにしかない、とシノンは判断した。砂煙に身を隠しつつも急ぎ、ビル内へと飛び込んだ。ヘカートを担いだまま、出来る最大の跳躍を活用し、階段を一気に駆け上がる。半壊したビルだけあって、所々のステップが抜け落ちているありさまだったが、気にせずに駆け上がる。
20秒足らずで、5階まで上り詰めると、そこで階段は完全に崩壊しており、登る事が出来なかった。
が、ここで十分。すぐ左側に大きな窓があったからだ。
――ここからならいける!
シノンはそう思いながら、狙撃姿勢を取った。・・・…が、敵もそう甘くはない。
こちら側の武器が一体何なのかはバレている為、この状況で、どこへ行けば反撃出来るか、その全てを読んでいた様だ。全てを読み、ベヒモスはミニガンを限界まで上に向けていた。そう、シノンがいるビルへと。
シノンの視界が一気に真っ赤に染まった。もう、後退する時間も、身を伏せる時間もなかった。
――……強い。あの男同様に、本物のGGOプレイヤー、いや兵士だ。
だが、そんな敵をシノンは求めていたのだ。
殺す、絶対に。あの男と再戦し、あの男を撃ち負かすまでは、もう二度と負けてなんかいられない。
一騎打ちならば特に。
ベヒモスは、ミニガンをばら蒔いた。シノンがいるビル5階のエリアの全てを破壊する勢いで。その弾丸、弾幕は確実にシノンを捕えた。
「ははははは!」
ベヒモスは勝利を確信した様に、高らかに雄叫びを上げた。……だが、その雄叫びは長くは続かなかった。
「……はっ!?」
ベヒモスは目を疑った。ミニガンの掃射から発生した土煙、コンクリートを砕き、粉塵煙も発生。
その中から、あの狙撃手が現れたのだ。
だが、無傷ではない。シノンの左足が消し飛んでいた。どうやら、あの当たった感触、音は左足の末端を掠めた程度だったのだ。
――私はまだ生きている。
シノンは、狙撃体制は取らずに、あの掃射を受けるその瞬間、窓枠に右足をかけ飛び出したのだ。燃えるように輝くエネルギーの激流が、左足を捉え、吹き飛ばしたが、それでも怯むことはない。
ミニガンの絶対的死角が存在する事をあの瞬間に、シノンは思い出したのだ。
それは真上。
重量武器ゆえに、マウントされたミニガンでは、真上には斜角が取れないのだ。そして、後ろに下がろうにも、落下の速度には敵わない。
シノンは、ヘカートⅡの銃床を肩に当て、スコープを覗いた。
自分が狙われる立場になったその時、ベヒモスの表情からついに笑みが消えた。歯をむきだしに、驚きと怒りの混合燃料による炎を両眼に灯している。
――殺られるのか? このオレがこんな所で!
ベヒモスの怒りはそのままミニガンに宿り、掃射を続けたが、その更に上、飛ぶように迫ってきているシノンには当たらない。動けず、当てる事も出来ない。
『……それでは、それだけでは勝てない。確かに重機関銃は強力だ。……が、その一辺倒で勝てる程、この世界は。銃の戦闘は甘くはない』
嘗て、破れた時、に言われた言葉を思い出すベヒモス。まるで、走馬灯の様に、流れる時間が一段と遅くスローになる。
そう、あの時はミニガン、《GE・M134ミニガン》ではなく、同じ重機関銃の《ブローニングM1919》だった。
あの男に、正面から撃ち負かされたのだ。
奇しくも、今ここで戦っている狙撃手と重機関銃使いは、同じ相手に破れ、そして腕を磨いてきたのだった。
……軍配が上がったのは。
高速で飛来する様に近づくシノン。自分の口元が動くのを思考の片隅で意識していた。入れ替わる様に、笑う。……獰猛で、残虐で、冷酷な微笑。
もう、距離は殆ど詰めている。安定姿勢とは程遠い射撃であり、この様に使う銃ではないが、殆ど密着撃ちと同じだ。
着弾予測円が完全に、ベヒモスの頭部を覆い、固定。
「終わりよ」
呟くと同時に、シノンはトリガーを絞った。
冥界の女神の指先から、この世界に於ける一弾辺りで最大のエネルギーを秘めた光の槍が放たれる。その直後、爆発じみた衝撃音が轟渡り、ベヒモスの巨体は円筒状に分解し、拡散した。
その衝撃、そして、反動リコイルの衝撃から、シノンの身体は跳ね返される様に、後ろへと弾かれ、背中から地面に叩きつけられた。
思わず、肺の中の空気が一気に外へと排出される。
「……はぁ、はぁ」
一瞬、酸素を取り込むのが億劫になったが、そのすぐ後には問題なく呼吸をする事が出来た。それは、ゲーム仕様だ、と言えば身も蓋もない。高所落下のダメージもそれなりにあるらしく、HPも減っていたが、死ぬ程ではない。
「……」
もう朱い空も徐々に陰り、暗闇が迫っている。その空を仰ぎながら、シノンは実感した。
――勝った。殺した。
強敵を殺す事が出来た喜びが胸に押し寄せる。これで、自分は、あの世界の自分自身は多少は強くなれただろうか? ……いや、それは帰ってみるまで判らない、結論を出す事は出来ないだろう。
「っ……」
ゆっくりとシノンは身体を起こす。
達成感も持ち合わせていたが、ここでずっと寝ている訳にはいかない。この場は圏外、ニュートラル・フィールドであり、安全地帯ではないのだから。
そんな時だった。
背後より、気配を感じたのは。
「っっ!!」
勝利の余韻も冷めぬまま、新たな敵が現れたのか?と思う。
味方達は殆ど全滅し、敵側も全滅した今、ここに近づいてくる者など、第三者以外考えられない。
「……見事だ」
誰とも判らない。声色から男だという事は判ったが……。
「っ!?」
シノンは直ぐにその声が判った。……この声、忘れる筈もないからだ。如何に戦闘、激闘直後であったとしても、この声だけは忘れられる筈が無いから。
「じい……、っと。あの男が殺られるとは思ってなかった。横槍をするつもりも無いし、ただ傍観をするだけのつもりだったが、思わず近くに来て、声をかけてしまったよ。感動した。……いいセンスだ」
そこまで言ったと同時に、シノンはまだ片脚の状態だったのにも関わらず、身体を瞬時に起こした、まだ弾倉が残っているグロックを持ち直し、構えた。その行動は当然だろう。
戦闘の終わりを狙ったかのように来たのだから。
漁夫の利を狙うかの様に。
だから、男は 少し慌てて手を前面に出した。
「オレには争う意志はない。……それに、今戦うのは圧倒的にフェアじゃないだろう?」
そう言っていた。
目の前の彼女は戦った後に、部位折損もしているのだ。そんな状態の相手を攻撃するつもりはないし、したくもないと言うものだった。
だが、シノンは違う。
「なら……私を酷評でもしに来たの?」
「ん? 酷評? オレは感動した、と言った筈だが」
「……ふざけてるの? それに言ったわよね。次にあったら その頭、吹っ飛ばしてやるって!」
勝利の余韻もまだあったが、眼前にいるのは待ちに待ったあの男だったからだ、と言う事もある。そして、厳密にはシノンが言っているのは違う。ヘカートを使いこなしてから、吹っ飛ばすと彼女は言った。次にあったら相手を……と言ったのは彼?の方だ。
「何をいって……ぁ」
等の男は戸惑っている様子だった。
「……早く再開したいと思っていたし、勝ち逃げされたかとも思っていた。ここで終わらすわ」
シノンは、銃口を男に向けた。
正直、『勝てる訳がない』頭の何処かでは思っていた。
当然だ、自身最強の武器である、ヘカートⅡは弾を撃ち尽くし弾切れだ。
再装填をする事も出来ない。そして、自分が持っている武器はサブアームのグロック。
この男相手には心許なさすぎる。
「……不味いな」
男は、ゆっくりと身体を動かした。
「チッ!!」
シノンは、一気にトリガーを絞り撃ち放った。
この至近距離であれば、幾らあの男であっても、数発位はヒットするだろう。ミニガンの様に散蒔く……と表現するには弱いが、一気に弾倉を空にする様に、トリガーを振り絞った。
弾幕が至近距離で、あの男へと迫る……が。
「なっ!」
撃つタイミングを完全に見切っていた、と言うのだろうか?トリガーを絞るよりも先に、あのマントを前面に放っていた。無数の弾丸、弾幕はマントに当たり、穴だらけにしたが、男の身体には当たった感触はない。人体にヒットした時に出る、赤いエフェクトが全く出なかったからだ。
――目晦まし!?
一瞬の事で、驚くシノン。
だが、その驚きは目晦ましの事ではない。自身の指がトリガーを絞るよりも早くに行動したその異常な速度にだ。マントに手をかけ、そして全面に振るう。その行為と、構えた銃のトリガーを絞る。
どちらが早いのかは、火を見るよりも明らかだ。だが、それでも初速、動き負けた。以前戦った事、共闘した事も踏まえ、大体のステータスは把握していたつもりだったのに、この異常速度は知らなかった。
まだ、隠し玉があったのか、とシノンは驚愕したのだ。
何にせよ、初撃を躱された今、もう勝機はない。
無策で感情に任せ、勝負に挑んだ事に後悔もややあったが、それを踏まえて戦場だ。
戦いの場だ。それら言い訳は全てこの世界に置いては全て不純物だ。
――自分がただ、弱かった、まだ敵わなかった、それだけだ。
シノンは死に戻りを覚悟した。
相棒であるヘカートⅡだけはどうか落とさないで、と願いつつ、死を受け入れようとしたのだが。
「生憎、オレは闘るつもりは毛頭ない」
「……なっ!」
その直後、いつの間にか、背後から声が聞こえてきた。そして頭に手が乗っている。
「……悪い、戦いはまた今度に取っておこう」
「バカ言わないで! ここまで来たら、殺すか殺されるか。その2つ以外有り得ない!」
「バカはどっちだ。此処で バトルロイヤルをしてる訳じゃあるまいし、ただ遭遇しただけなのに、問答無用で攻撃する訳ないだろう?」
「っ……!」
確かに……とシノンは思ってしまい、やや冷めてしまった様だ。
感情的になりすぎている。
自分は氷の機械、の筈なのに、この男の前では、中々平静を保っていられないのだ。同じ相手に2回も敗れてしまったから、と言う事もあるだろう。今回のを含めれば3回目になってしまう。
だが、そんな事よりも、違和感があった。
この男の口調、言葉遣いが違う事にだ。
あの男、これまで通りのあの男であれば、何処かあやす様に、言い聞かせる様に抑える様に、いうのだが、今目の前にいる男は、正面突破で正論をぶつけてきた。以前と明らかに違うのだ。
だから、シノンは聞いた。
「………アンタ、一体誰?」
「っ……!」
そう訊いたと同時に、明らかに動揺しているのが判った。別に初対面じゃない筈なのに、動揺するのはおかしい。そして今までに2度会ったが、こんな表情見せた事ない。
食えない笑み、やや驚いた表情、それは見せた事はあるが、あからさまに動揺しているのは初めてだ。そして、以前までの男から感じた、そのアバター通りの年配者、経験者だと思えたのだが、そのアバターの中にいる者は明らかにあの男よりも幼く感じた。
だからこそ、更に確信持てたのだ。
この男は、あの男とは別人なのだという事を。
「……あの男が言っていた強者?」
「………」
動揺をしていたが、直ぐに元に戻す。沈黙を貫き、何も言わずに離れる。
「あ、待ちなさい!」
「(……今日は頼まれごとをしてただけだ……。でも悪い事をしたな。まさか知り合いだったとは……)」
足早に立ち去ろうとしている。が、シノンは逃がしたくなかった。この男が、あの男のいう強者である可能性が高いし、それよりもあの男がどうなったのかが知りたいから。
もう、この世界に来る事がないのか?とも心配だった。
まだ、脳天に弾丸を見舞ってないのだから。
シノンは、部位折損をしていたが、時間が立ち、そのペナルティから解放された。そして、あの男を追いかけようとしたが……。男が何かを放ってきた。それは、深緑色の缶の様なモノ。
――手榴弾!?
シノンはそう瞬時に認識。だが、グレネードは安全ピンを引き抜き、5秒立たないと爆発はしない。
回避する事は出来る……が。そう考えていた刹那、たーんっ!と乾いた音が響いた。投げたと同時に撃ってきたのか?と思ったその時。
今度は、しゅぽっ!と言う音が響き、辺りが煙で満たされた。
「っ……!」
シノンは、咄嗟に口に手を当て、目を細めた。催涙作用は無く、視界を奪う為の爆弾。
――煙幕爆弾!
そう認識したが、それよりも違和感があった。
放ってから、煙が散布されるのが早すぎる事にだ。
この煙幕は解放されてから徐々に煙に満たされるモノだ。だが、煙が広がるのが早すぎる。
「……まさか」
シノンが思い出したのは、爆弾を放った後に聞こえてきたあの乾いた音。あれが銃声だった、とすれば。
「……撃ち抜いた? あの瞬間に、投げた後に爆弾を?」
口を覆いながら、そう呟く。そして拳銃の狙撃スキルが異常だ、と思った。投げた爆弾に、一発でヒットさせた事に驚きを隠せない。そんな曲芸の様な射撃に……。
「じゃあ、また……会うかどうか判らないけど」
「ま、待ちなさいっ!!」
シノンは、煙を掻き分けながら、その声を頼りに進もうとしたが……。煙が晴れた先には何も誰もいなかった。
「あ、あいつ……」
シノンは、ギリっと歯を噛み締めた。
あのアバターの中に誰が入ってであろうと、何時か、また会う。
そんな予感がした。
シノンは、傍らにあるへカートⅡを取った。そして、銃身をぎゅっと握り締めた。また必ず来る戦い、それを思い浮かべながら。
そして、荒野から離れた某場所。
「ん……、爺やに言われて入ったのは良いけど、まさかこんな展開が待っているとは」
腕を組みながら唸り声を上げつつ、そう呟く。今回、シノンが言うようにこのアバターの中身は別人なのだ。私事もあり、本来のプレイヤーは入っていない。
「……まぁ、GGOの世界に多少は慣れる、って名目で入ったけど、やっぱり自分の力で一から育てたデータじゃないと、気乗りはしない、な……。今回は状況が状況だから仕方ないか」
今回入った理由は、この世界のことを慣らす為もある。
初期ステータスで、ハイレベルの戦いの中で慣れるのは難しいとの事。数あるVRMMOの中で唯一プロがいるこの世界を知る為。
……そして、件の事件の事は爺やも知っている。
だからこそ、そこでも何時もの心配性が出たのだ。現実世界では、完全にバックアップをする。そしてゲームの中では任せるが……、ある程度は出来るまで。……彼の腕を疑う訳じゃない。寧ろ、自分よりも腕は上だ。それでも、初めてするゲームであれば、幾ら彼でも万能とまではいかないだろう。
そして実際に爺やはあの異常者、死銃と名乗る男と相対している。只者じゃない、と言う事を肌で味わっているのだから。本来なら、全てを受け継ぐ事も考えていたが、これは自分が請け負っている事件モノだ。
「……あの死銃と言う男、何か感じるから」
この世界でも、現実世界でのデータ、レコードを聴く事は出来る。端末から、アミュスフィアにデータを送信し、再生する事が出来る。
『……これが本当の力、本当の強さだ! 愚か者どもよ、この名を恐怖とともに刻め! オレと、この銃の名は死銃だ!』
当時の音声が再生され、他には聞こえない様に流れる。なぜだろうか、聞き覚えの無い声だが、……何かを感じた。まとわり付く何かを。
「……死銃か」
指で音声停止ボタンを押し、止めた。そして、この世界での武器、銃を手に取る。この世界で闘う為の武器。
あの世界で言えば、剣だ。
だが、この世界は、デス・ゲームじゃない。
死ねば総督府に戻されるだけだ。
だが、この死銃と言う男は何んらかの方法で、現実世界で標的の心臓を止めた。
――……偶然なのかもしれない、だけど、何かがある。
この世界に舞い降りたのは、あの世界での勇者である。
そして、決して、その事実を認めない男。
リュウキはこの荒野を再び歩きだした。
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