ソードアート・オンライン〜Another story〜
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GGO編
第166話 2つの出会い
「ったく、いつまで待たせんだよ……。おいダインよう、ほんとに来るのかぁ? ガセネタじゃねぇのかよ?」
GGOでのギルドの事を指す《スコードロン》
そのリーダーであるのが、《ダイン》と呼ばれている無骨な顔、ゴツゴツと大柄な体躯を持つ男が、肩から下げた大ぶりのアサルトライフルを鳴らしながら首を振った。
「奴らはこの3週間、ほとんど毎日のように同じ時間、同じルートで狩りに出ているんだ。オレが自分でチェックしたんだぞ。確かに今日はちょっと帰りが遅いけど、どうせMobの湧きがよくて粘ってるんだろ。そのぶん 分け前が増えるんだ。文句言うなよ」
「でもよぉ」
前衛の男は、尚も不満そうに口を尖らせた。その理由は勿論ある。
「今日の獲物はたしか先週襲ったのと同じ連中なんだろ? 警戒してルートを変えたってことも……」
その事なのだ。
先週の同刻・同場所で、今待っている連中を襲撃したの事にあるのだ。
即ち、『一度痛い目に見れば、学習するのでは?』と。
「前に待ち伏せてからもう6日も経ってんだぜ。それからも、あいつらはずっと同じ狩場に通ってるんだ。奴らはMob狩り特化スコードロンだからな」
ダインはそう嘲るように笑いながら言った。そう、これも裏付けがあったからこそなのだ。
「何度襲われて、儲けを根こそぎにされても、それ以上に狩りで稼げればいいと思ってるのさ。オレ達みたいな対人スコードロンには絶好のカモだ。おと2,3回はこの手で行けるさ」
「でもなぁ……、信じられねぇな。普通、一度やられれば何か対策をするだろ?」
「翌日くらいなら、警戒をしたかもしれないが、すぐ忘れたんだろうさ。フィールドMobのアルゴリズムは毎日一緒だからな。そんな狩りばっかしてるとそいつらもMobみたいになっちまうのさ。プライドの無ぇ連中だ」
彼らの話の内容が嫌にでも耳に入ってくる。やや昂ぶっていた気も覚めてゆく。
非常に不愉快な内容だからだ。
だが、そのおかげもあり元の自分を取り戻す事が出来た様で、一層深くマフラーに顔をうずめた。そう、感情の起伏は、トリガーを引く指を鈍らせるのだ。
……でも、そう判っていても賢しらに語るダインへの苛立ちというものが心の中に沸き起こる。
ルーティンワークの様に、Mob狩りに特化したパーティを嗤い、自らをPvPerと誇る割には、そのパーティーを何度も待ち伏せて襲うことにプライドは傷つかないらしい。正直、こんなニュートラル・フィールドで何時間も費やすくらいなら、地下の遺跡ダンジョンに潜って、ハイレベルのスコードロンと一戦交えたほうが、実入りは格段に増すだろう。
無論、敗北をする可能性も格段に増す。
地に伏し、装備をドロップして街に《死に戻り》する可能性も高まるだろう。だが、それが戦闘というものだ。その緊張感の中でのみ、精神は、魂は鍛えられる。
だからこそ……、以前の敗北はシノンの中に深く食い込んでしまったのだ。
ただの敗北ならまだいい、その後にもあったが狙撃手としての心構えから悪い癖まで指摘、言われて教授される始末だ。それは、大いにシノンのプライドに触ったものだ。それこそが、プライドを傷つけられる、と言うものだ。
そして、それも相手は狙撃手と言う訳ではない相手に。
その相手が使っていたのは、拳銃 《M1911A1》と《コンバットナイフ》のスタンダード。
武器重量も軽量であるから、敏捷値が通常の値よりもブーストされているから そう言った意味では驚異的な速度となるだろう。
……だが、それは幾らなんでも武器が弱すぎる事もある。
ハンドガンの中でも、最強クラスであるマグナム銃、《デザートイーグル》ならまだしも、だ。
それに、この世界で主に使われているのは実弾銃は、機関銃、突撃銃や、短機関銃等々だ。
そんな凶悪な武器が往来しているこの中で、拳銃だけでは心許なさすぎるだろう。
……そんな相手なのに、完敗を喫してしまったのだ。
あの第一回 BoBを制した彼か?とも思えたが、以前サイトで見たその彼の容姿とは、全く違うから すぐにそれは否定した。
そう、集中している間にも、色々と考えてしまっているシノン。
それは、今の戦いの場においては邪念になる。
だからこそ、僅かながら左右に頭を振り、そしてマフラーにさらに深く顔を埋めた。
その時だ。
「……大体、Mob狩りばっかり揃えてるあいつらが、そうすぐに対人用の実弾銃を人数分用意できるわけないだろ? せいぜい、支援火器を一丁仕入れるくらいが関の山さ、……そいつを潰すために、今日はシノンに狙撃ライフルを持ってきてもらってるんだ。GGO一の狙撃手。死角はねぇよ」
いきなり自分に話を振られた。
邪念を振り払おうとしていた時だったから、やや 邪魔だ、とも思ったが切欠として あの時の事を頭から消す事が出来た為、結果オーライだろう。とりあえず、シノンは顔をわずかに動かして頷いた。
マフラーで口元は全く見えないが、しっかりと口を噤むシノン。
『会話に加わる意志は全くない』
それは、雰囲気から判るだろう。
シノンと言うプレイヤーが纏っている空気と言うか雰囲気は何時もこうだから、ダインは判っている様で、それ以上は何も言わなかった。だけど、アタッカーの男は違う。
シノンに向かって、にっと、笑いかけていた。
「まぁー そりゃそっか。 シノンの遠距離狙撃がありゃあ優位性は全く変わらねえや! ……そういや、シノっちさぁ」
顔が緩みまくっているのがよく判る。
その顔のまま、四つん這いで、シノンの隣に近寄ってきた。
「あのさぁ? 今日、この後時間ある? オレも狙撃スキル上げたいんで相談に乗ってほしいなーなんて。どっかでお茶でもどう? 良いガンショップも見つけたんだ~」
シノンは男の腰に下がる武器に素早く視線を送った。
実弾系短機関銃が男のメインアームだ。
敏捷値型らしく、正面戦闘での回避力はなかなかのものだったが、それ以外に魅力といえる様なモノはないと言っていい。興味が無いからこそ、相手の名前が中々出てこない。同じスコードロンだから、調べれば一発で判るのだが、そうするのは流石に失礼に当たるだろう。
だから、シノンは何とか名前を思い出しながら小さく頭を下げた。
「……ごめんなさい、ギンロウさん。今日はリアルでちょっと用事があるから」
現実の自分の声とは似てもにつかない、と思う高く澄んだ可愛らしい声が流れ、内心うんざりするシノン。
これだからこそ、喋るのは好きじゃないのだ。
異性プレイヤーに向けられる視線もそうだ。唯一違ったのが、先刻でもあった彼は別だったけれど、大抵が今前にいるギンロウと似たようなモノ、ウットリとした表情をそのままに、笑った。
その表情には、正直寒けすら走る。これだったら、以前の屈辱の完敗を再来させる方がまだマシだと思える程にだ。
だから、シノンはこのゲーム、ガンゲイル・オンラインをするにあたって、無骨、無個性な男の姿を我が分身に、と思ったのだが、直ぐにこのタイトルでは、プレイヤー・キャラクター間の性別逆転が不可能だと知らされた。
……なら、せめて出来るだけ筋肉質で長身の女兵士に、と思ったのだが、結局は小柄で華奢、まるでお人形か?って自分自身でも思う程の代物になってしまった。
即座にアカウント削除をしようとしたのだが、シノンを誘った友人が『勿体無い!』と強硬に主張。
そして、ずるずると行くうちに、半ばなし崩し的に後戻りできないところにまでレベルを上げてしまったのだ。
だから、この手の男プレイヤーとの厄介な申し出は時折ある。
ただただ鬱陶しいだけだ。自分のプレイの動機とは180度違うモノだというのに。
「そっかー、シノっちは、リアルじゃ学生さんだっけ? 大学生? レポートかなんかかな??」
「……ええ、まぁ」
おまけに、以前に一度落ちる時に口を滑らせてしまった《学校》と言う単語。そこから、誘いが執拗になってきたのだ。……今更高校生だとも言える筈も無い。
更に悩ます種になると、かなり後悔したものだ。今の様なやり取りが2割増になってしまったのだから。
そんな時、助け舟を出してくれたのが、ギンロウの横で座っていた武器メンテを軽くしていた緑色の髪の男が口を開いた。
「ギンロウさん、シノンさんが困ってるでしょう。リアルの話を持ち出すもんじゃないですよ」
「そうそう。向こうでもこっちでも寂しい独り身だからってさぁ?」
便乗して面白おかしくそう言うのは、更に向かいの男。
残弾数の確認をしていたのだろう、弾倉を幾らか並べながら、笑いながらそう言った。
「ンだよ! お前らだって何年も春が来ないくせに!」
自分がどう聞いても、バカみたい、としか思えない会話内容と笑い声。
そもそも今は戦闘前だ。
それもアルゴリズムで動く様な、時間が完全に決まっている様なMob戦ではなく、対人戦。
なら、それなりの待機方法と言うものがあるだろう。緊張感をほぐす為か?とも思えたが、それにしてはいき過ぎている。もうちょっと有意義な過ごし方があるだろう……と。
そして、自分に話しかけてくる男たちの大半にいえる事だが、出会いを求めてくると言うなら、もっとメルヘンチックな世界を選べばいい。ある時期を境に、このVR世界と言うものは無限に広がっているのだから、探すまでもなくそんなタイトルは幾らでも出てくるだろう。こんなオイル臭い世界で求める事自体が間違っているとさえ思える。
……シノンは、言葉にすれば数分は話せるであろう事を考えつつ、どうでもよくなり再びマフラーの奥に深く顔をうずめ、左手の指先でそっと傍ら待機させている大型ライフルの銃身をなぞった。
――今は仮初の仲間だけど、いつかこの銃であなたたちの仮想の身体を撃ち、吹き飛ばすときが必ず来る。……その後でも、同じように私に笑って声をかけられる?
言葉に発した訳でもない。胸の奥でそう呟いたのだ。ささくれた気分が、ライフルのバレルの冷たさに吸い取られる様に徐々に鎮まっていった。
そして更に20分後。
「――来たぞ」
周囲を警戒していた仲間の男の1人がメンバーにそう囁いた。メンバーの大半は、陽気に笑っていたが流石に敵が来たとなれば話は別。ぴたりとおしゃべりと笑いを止めた。
……場の空気が一気に緊張する。
そう、これこそが戦闘前の空気と言うものだ。シノンは、空を確認した。まだ 夜の闇は訪れておらず、赤みを増している段階。狙撃において、日時とは重要な要素だが、この時間帯はまるで問題ない。
「やれやれ、ようやくか」
小声で唸りながら、ダインは中腰で移動を開始。壁際にいた偵察役から、双眼鏡を受け取った。敵の戦力を把握する為に。
「……間違いねぇな。あいつらだ。 ん? ……7人か。先週より1人増えてるな。 光学系ブラスターの前衛が4人。大口径レーザーライフルが1人。それに……、おっと 読み間違ってなかったな。連中の1人に《ミニミ》持ちがいる。この面の男は、先週は光学銃だったはずだ。……慌てて実弾系に持ち替えたんだろうな。 これで確定だ。狙撃するならミニミだ。……最後の1人はマントを被ってて、武装が見えないな……」
「……ッ!」
マント、の単語を聞いてシノンはやや慌てて身体を起こした。通常のプレイヤーであれば、慌てた様子には見えない普通の動き。だが、シノンを知っているメンバーからしたら、その行動には違和感が出るモノだった。
「シノンさん。どうかしましたか?」
緑髪の男が気づいた様で、シノンに声をかけた。
シノンは、その声には反応せず、伏射姿勢になり自身の大型ライフルに装着してある高倍率スコープでその姿を確認した。
自分達がいる場所は、少し高台に位置する設定である前文明の遺構の中。鉄骨むき出し、ぼろぼろのコンクリート壁、それらが掩蔽物、遮蔽物となり、前方に広がる荒野を監視するのには絶好の地形であり、高さと言う地の利もそれなりに得ている。
シノンは、仮想世界の太陽がレンズに反射してしまう位置にいないことを確認する。……これは、忠告された事の1つだ。
『……スナイパーなのに、目立つ装備。迷彩を変えないのなら太陽の位置は把握しておくべき。スコープから僅かの反射から現在位置を把握されかねない』
それを思い出したと同時に、ビキっ……、と僅かながら顔がひきつる。確かにそれは正論であり、基礎中の基礎でもある。極限の緊張感だったから……、と言い訳をしたいけれど それは、シノン自信の性格が許さなかった。
と、一先ず黒歴史は置いとくシノン。
スコープを覗く視界に集中した指先を忙しなく動かし、7人のプレイヤーの姿をスコープ内に捕らえた。ダインの言っていた他の6人は一先ず置いといて、マントの男を確認する。
確かに、全体は見えないし、装備も見えない。……が、遠目だけど判る。輪郭がやや大きい。この距離、倍率での僅かの差は実際に近づいたら、遥かに違うだろう。
そう結論したシノンは、僅かながら肩に入れた力を向いた。
「ごめんなさい。……何でもないわ」
シノンは、半ば無視してしまった様になっていた為、それについてを詫びを入れ、改めて確認をつづけた。ざっと見渡したメンバーの中で注目するのは、確かにダインの言うミニミを持った男だろう。
□ミニミ、実弾系の軽機関銃《FN・MINIMI》。
ベルギー製分隊支援火器だ。日本の自衛隊でも採用されている優秀な武器である。
少し説明すると、この《ガンゲイル・オンライン》で登場している武器は実弾銃、光学銃の2つに大別される。実弾銃のメリットは、一発のダメージが大きく、貫通性にも優れている為、このゲーム仕様であるプレイヤーに備わっている《防護フィールド》をも貫通する。そしてデメリットとして、重く嵩張る弾倉を幾つも携行しなければならない。実戦中に、弾切れでも起こしたらそれこそ洒落にならない。そして、弾道が風や湿度の影響を強く受ける。この辺は、現実世界のそれに限りなく近く再現していると言えるだろう。
光学銃のメリットは、銃自体が比較的軽量であり、射程距離が長く命中精度も高いし光学銃の弾倉といえるものは、エネルギーパックと呼ばれていモノ。それが更に軽量であり、弾数は実弾銃よりも多く持てる。
デメリットとして、《防護フィールド》なるプレイヤー用防具で威力を散らされてしまう事もあり、光学銃、と呼ばれるだけあって、実弾よりも、弾道がはっきりと見えてしまってる為、それなりに、AGIが高ければ回避されてしまう事もある。
よって、対モンスターには光学銃を、対プレイヤーには、実弾銃をというのがこの世界でのセオリー。
あの集団は、確認出来る範囲では、殆どが光学銃装備で固めてあるから、実弾銃装備であるこちら側が圧倒的に有利だろう。
だが、シノンには何かを感じた。
その根源は判りきっている。あの巨漢のマント男だ。
最初こそ、あの男か? と大型ライフル銃を握る手も強くなったけれど 人違いと判り、今は冷めている。
氷の様に、冷たく、痛い程冷たく。
それなのに、嫌な予感があるのだ。そうしている間に。
「マントで顔が見えねぇって?」
背後から、ギンロウの声がした。冗談めかしているが、かすかに緊張の響きを帯びた口調でつづけた。
「アレじゃねぇのか? ウワサの……《死銃》か?」
「なら、《老紳士》を探してこねーといけねぇじゃん」
傍から聞いているとバカな会話だと思えるが、実際にウワサになっているから、それなりに真剣だ。怪談の類になっているからと言うのもあるだろう。
「ハッ! まさか、どっちも実在するものか」
ダインはすぐに笑い飛ばしてつづけた。
「老紳士って言うが、そんな強ぇじーさん、BoB本戦でも見た事ねーし、それに、死銃ってヤツはギリースーツの小男なんだろ? あいつはかなりデカいぞ。 目算だが、2mはありそうだ。……多分、極筋力値型の運び屋ってところか。 つまるところ、稼いだアイテムやら弾薬やエネルギーパックを背負ってるんだ。武装は大したこと無いだろ。戦闘では無視していい」
ダインはそう判断するが、シノンはただただあの男を見ていた。
他のメンバー達は、それなりに警戒はしているが、ダインの言うとおり、先週に襲撃されているのにも関わらず、時折ここの連中もみせていた談笑の時に薄ら浮かぶ白い歯が見える。だが、マントをかぶった奥に唯一見えるあの男の口元は、固く引き結ばれており、微動だにしていない。
完全に無言を貫いているのだ。そして、足運びもまるで乱れがない。
『一瞬の油断が命取り。……スナイパーなら尚更』
また、あの声が頭をよぎる。
正直、『うざいっ!』と言ってやりたい。
……頭の中で出演させてしまっているのは、自分なのに、とそれは置いといたとしてもだ。
だが、今は不確定要素が間違いなくある、と心しておく事が出来た。ダインの様に安易な結論を出さない様に。目には見えない強さ。プレッシャーがあの男から感じるから。
シノンは、小声で言った。
「……あの男、嫌な感じがする。最初に狙撃するのはあのマントの男にしたい」
その言葉に、ダインは双眼鏡から顔を話して、眉を上げた。
「なぜだ? 大した武装もないのに?」
ダインがそう聞いた時、先ほどのシノンが僅かに慌てていた仕草をしていたのを見た男が呟く。
「シノンさん、ひょっとして……あの男って、シノンさんが以前いたスコードロンをたった1人で壊滅させたって言う……?」
恐る恐るそう聞いた。
シノンの腕はここにいる全員が知っているし、GGO一の狙撃手の腕前は伊達じゃない。その最高支援と言っていい彼女がいて、壊滅させられたのだから、一体どれだけの強者なのか、BoBで、名を連ねる者なのか、と色々と思ったが、その時の事、シノンは快く思っていないのは周囲のメンバーにも判っている為、聞くに聞けないのだ。
それを思わず訊いた日には、普段の2,3割増で無言になるから。……殆ど喋らなくなるから。
「……違う。あんなに大きくない」
シノンは、振り返らず小さく早口でそう答えた。
地雷だと判っていても、聞かなければならない事なのだ。死銃や老紳士と違って、実際にシノンを含むスコードロン1つを壊滅させた男がいるのだから。シノンはその考え自体は判っているから、調子を戻す。
「……不確定要素だから気に入らないだけ、それ以外の根拠はない」
「それを言うなら、あのミニミは明らかに不確定要素だろう。例の男じゃないのがわかってるなら、まずはミニミを潰した方がいい。アレに手間取ってブラスターに接近されたら厄介だ」
光学銃用に、防護フィールドが有るといっても、その効果は彼我の距離が縮まるに連れて減少するのだ。至近距離ともなれば、弾数豊富なレーザーブラスターに圧倒される可能性はたしかにある。止むなくシノンは主張を引っ込めた。
「……わかった。第一目標はミニミにする。可能だったら次弾でマントの男を狙う」
そう言い、ダインも頷いた。
次弾で、とは言ったがそれが成功するとはとても思えない。ライフルによる狙撃が有効なのは、敵に発見されていない初撃であり、発射点を認識されてからの狙撃は、敵に《弾道予測線》を与えてしまうため、容易に回避されるからだ。それは、如何にこの、自身の分身と言っていい相棒である大型ライフルであっても例外ではない。
「おい、喋ってる時間はそろそろないぞ。距離2500だ」
索敵担当の男がダインから取り返した双眼鏡を除いて言った。その声を合図に、ダインは背後のアタッカー3人に振り向いた。
「よし、オレ達は作戦通り、正面のビルの陰まで進んで敵を待つ。――シノン、動き始めたら、オレ達には奴らが見えなくなるからな、状況に変化があったら知らせろ。狙撃タイミングは指示する」
「了解」
シノンは再びライフルのスコープに右目を当てた。
標的パーティーに目立った変化はみられない。相変わらず、やや遅いペースで荒野を移動している。
……その遅さに、やや違和感を覚えたが、もう作戦は始まっているから、余計な詮索はせず、一弾に集中した。標的が歩いている付近は、まだ見通しの良い荒野だが、その少しこちらよりに死角の多い一際巨大なビルディングの遺構がそびえている。そこを利用して、ダインら5人が一気に強襲する作戦だ。
「――よし、行くぞ」
短いダインの声に、シノンを除くメンバーが短く答えた。
ブーツが砂利混じりの砂を踏む音を残して、ここ高台の後方から滑り降りていく。シノンは首元のマフラーの下から小さなヘッドセットを取り出し、左耳に装着した。ここからの数分間、シノンはスナイパーとしてのとして、プレッシャーと孤独な戦いをつづけなければならない。自分の放つ一発の銃弾でその後の戦闘の帰趨が大きく動くのだ。その中で頼れるのは、自分自身の指と、そして物言わぬ銃のみ。左手を二脚に支えられた巨大な銃身に滑らせる。
その黒い金属は、冷たい沈黙をシノンに返す。
シノンをこの世界では珍しい狙撃手としてそれなりに有名プレイヤーたらしめているのは何よりもまず、この実弾銃の存在ゆえだった。
□ PGM・ウルティマラティオ・へカートⅡ
全長138cm、重量13.8kgと言う図体を持ち、50口径、即ち直径12.7mmもの巨大な弾丸を使用する。
現実世界では、対物狙撃銃、と言うカテゴリーに属すると聞いた。その威力は絶大、つまり、本来車両や建造物を貫くことを目的とする銃だと言う事。
そのあまりの威力から何とかという長い名前の条約で、対人狙撃に使用するのは禁止されているらしい。現実世界では、例え1km離れた場所でも威力は落ちる事はなく、2km超の目標も狙撃する事が可能だとか。
だが、ここは現実世界ではない。
そんな条約もなければ、細かな条件などはない。数値的に決められた判定があるのみだ。
これを手に入れたのは、……この銃と出会ったのは今から1ヶ月程前。
GGOプレイヤーとしてそれなりにベテランの域に達した、と自分の中で勝手に思っていた頃。プライドを根こそぎ奪われる様な出来事があった為、自分を見つめ直す事も兼ねて、首都SBCグロッケンの地下に広がる巨大な遺跡ダンジョンにソロで潜っていた。
その時の不注意からシュート・トラップに落ちてしまったのだ。
……また、件の男の顔が頭に浮かんだのは言うまでもないだろう。
不注意だった、という点でもそうだ。
だが、まだ自分は生きている、と精神を立て直して、先へと進んだ。シノンが落ちたその先は、現段階最高レベルの危険度を持つダンジョン。幾ら、クールに状況を見定め、行動一つ一つを考える……、と言っても限度がある。
ソロでどうにかなる場所とは思えなかった。
きっと最初のエンカウントであっさりと敗北し、町のセーブポイントに《死に戻り》するだろう、と覚悟しつつ歩いていたシノン。
――だが、ここで予想だにしていない事が起こった。
その先には、広大なスタジアムめいた円形の空間と、そこに蹲る異形のクリーチャー、明らかにボスモンスターだ。そして、その異形クリーチャーに戦いを挑む人影。それも複数ではなく単独だ。通常では、この最高難易度のダンジョンでソロで潜る事などは考えられない。パーティーを組んでそれなりにアイテムも揃えてから挑むモノなのだ。……が、その定石をあざ笑うかの様な光景に、思わず息を飲むシノンだったが、自分自身の事を考えたらそうでもないか、と考えを改めなおす。
今の自分も同じ状況なのだから。ここはやり過ごす事も視野に入れていたが、あの目まぐるしい戦い振りを見て、更にほんのわずかだが、シノンの中に生まれたゲーマー魂が大いに刺激された。
異様な光景を目撃して、丁度10分程。
あの手のボスモンスターの一撃なら、掠っただけでもそれなりに減り、そして直撃しようものならHP全損もおかしくない。だが、あの者はまだ生きて、戦い続けている。遠目でも判る。
それは、間違いなく強者だと言う事。
強い者を殺し、自分自身が変わる事を真の目的としてこの世界で居しているシノンにあの者の姿が映り、興味を更にそそられた。
そんな時だ。
ボスモンスターとプレイヤーを交互に見ていたら、スコープの視界から片方の姿が消えた。
消えたのはプレイヤーであり、ボスモンスターは依然とまだそこに存在している。シノンは忙しなく銃を動かし、探したが見つけられない。
『死に戻りをしたのか?』と思ったが、死亡エフェクトを見逃す筈もないから直ぐに否定した。
その時だった。
『ふぅ……、疲れました。一旦休憩』
『っっ!!』
背後から、突如声が聞こえてきたのだ。心臓の鼓動が大きく聴こえてくる。
銃を構えていたから、見えていた着弾予測円の動きが鼓動に合わせてよりいっそう早くなる。そんな中、現実であれば嫌な汗が背中をながれている様な状況で考えていたのはただ一つだけ。『有り得ない』と言う事。
何故なら、ここは入口近辺。
幾ら広大なエリアとは言っても、スタジアム状の円形の形。気づかれずにここまで接近を赦すだろうか?と。全体像は、マントを羽織っていたから、それなりに擬装が向上しているだろうけれど、それ以上に擬装スキルがかなり高い使い手なのだという事がすぐに理解した。
『……1つ言うなら、狙撃をする時、片眼を閉じてしない事を進める。暗闇とは言えないまでも、それなりに暗いステージ。視界を慣らすと言うと言う意味での片眼閉じなら判りますが、精密射撃の基本は両眼を開ける事です』
『っっ!!』
もう1つ……驚いた。この口調、そして声。
最初は、今は半ばパニックになってしまっていて、判ってなかった。……この声の主が誰なのかを。
でも、この瞬間、シノンの中ではっきりとしたのだった。この人物が一体誰なのかを。
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